後宮の司書になったので、死ぬ気で政争から遠ざかりつつ本の虫になるTS転生者 作:暁刀魚
──昔の夢を見た。
昔と言っても私には二つの昔があって、一つは前世、一つは士官する前。
前世にいい思い出はほとんどない。
自分に生きる価値なんてないと思っていたけど、かといって死ぬ勇気なんてあるはずもなく。
そもそも私は
まぁ結局、事故であっけなく死んじゃったんだけど。
生まれ変わってからは、祖母が私を導いてくれた。
一応前世は社会人として社会に出ていたわけだから、同年代の子どもよりはしっかりしているつもりだ。
でも、社会人になっても未熟な人間は未熟なわけで。
人付き合いも苦手だったし、今みたいにお偉い人と正面から話せる度胸をつけさせてくれたのは、間違いなく祖母だった。
そんな祖母が晩年常々言っていたのが、生きることは難しいということ。
それは、生きていくことには貧困や病苦といった困難が伴うという話だけではない。
誰が死んで誰が生きるか、そういう話でもあるんだ。
素蓮と秋葉様は、素蓮が死んで秋葉様が生きることになった。
ある意味で彼女たちにとって、それは正しい形だっただろう。
主が生きていることが、素蓮にとって何よりの幸福なんだから。
でも、私は違う。
本当なら私は──生き残るべきじゃなかったんだ。
私には兄がいた。
優秀で、無価値な私と違って誰からも将来を渇望されていたんだ。
なのに兄は、大きな災害で私を庇って死んでしまった。
庇わなければ、兄は助かったはずなのに。
それからずっと私はなんで私の方が生き残ったのだという言葉と共に生き続けて、結局若くして事故で死んだ。
じゃあ、私が生き残った意味ってなんだったんだろうな。
転生して、幽蘭になって、禁書を手にして。
祖母や周囲の人々のおかげで、多少なりとも私は前を向けるようになったけど。
多分、前世の答えはこれからも出ることはないのだろう。
ああ、
そういう意味では、多分私を一番支えてくれているのは──凌雲ってことになるんだろうな。
■
──素蓮と秋葉様の件に型がついた翌日、私は早速昭華様の命令で使いっ走りをさせられることになった。
なんとなく、昭華様が素蓮に呼びかけた時点でこうなるということはわかっていたけれど、心底面倒くさい。
しかし敵は宮中にいて、禁書を解体する禁書の持ち主を探しているはず。
そうなると、先んじて私が行動を起こして敵を排除するしかない。
こういうことは、後宮に士官してから幾度となく行ってきた。
それもこれも、『
今回も、厄介事を死ぬ気で片付ける外朝の一画で、ある人物と待ち合わせをしていた。
──わけだが。
「……さみゅいですね」
いかん、噛んだ。
人に見られたら舌を噛んで死ぬしかない。
ともあれ、既に西暦であればそろそろ年が変わるという時期、外は果てしなく寒い。
思いっきり着込んでぶくぶくになり、さらには服の中に熱符──道術で作ったカイロみたいなもの──を仕込んでも肉が極端に少ない私の体は熱を帯びてくれない。
加えて言えば、顔を隠すと怪しすぎる上に解析の精度が落ちてしまうため顔は野ざらし。
舌も回らなくなるというもの。
熱符の他にも、昭華様が身体強化をしてくれたことで体の調子が絶好調であるにも関わらず寒いのだ。
この体は、寒さに……弱い。
「──
「むあ」
──と、そこに待ち人きたれり。
しかし最悪なことに、鼻をずびずびさせているタイミングでやってきたものだから、恥ずかしいところを見られてしまった。
私はやってきた人物──凌雲を睨みつけると、挨拶もなく歩き始めた。
「遅いですよ凌雲、ほら、さっさと行きましょう」
「誤魔化そうとするな!」
「麗しい姉は鼻涕など垂らしません、幻覚でも見ていたのでしょう」
「ろくに呂律も回らず、さみゅいとか言っていたくせに……!」
「チッ」
「本気で舌打ちしたなアンタ!?」
見ていやがったのか、クソ。
とにかく、私は凌雲にずびずび鼻水を見られないよう、ずんずんと先を進む。
なんでこいつと待ち合わせているかと言われれば単純で、こいつが私の護衛だからだ。
「まったく、私の禁書解体に付き合っていたから出世できたというのに、どうして姉より後にやってくるのです? そこは姉より一日も早く先に来て、雪の中に埋もれてでも待っているべきでしょう」
「っぐ、それは悪かったと思ってるけどな……俺にも他に仕事があるんだよ。基本昭華様の仕事でしか働かない蘭姐と違ってな」
凌雲は禁書の存在を知っている。
まぁ、市井にいた頃婆さんの次に付き合いのあった人物だ、知っていて当然と言えば当然。
そしてこれのおかげで、私は凌雲を信頼できる護衛として小間使にすることができるのだ。
昭華様は常に私を護衛できるわけではないからね。
そして凌雲が出世頭として羽林軍で注目を集めている要因の一つが私、というわけ。
「どちらにせよ、私をもっと敬い持ち上げるべきであることに代わりはなかろうというわけです」
「はぁ、分かってるよ姉上。高い高いしてやろうか」
「物理的に持ち上げたら、その場でお前の髪の毛を全て解体してやりますからね」
「ごめんなさい」
分かればよろしい。
とにかく、そうして私は凌雲と共に外朝の中を歩き回る。
私の体力はドーピング済みなので、疲れて休憩を取る必要もない。
怪しい人物を、こっそり遠くから解析あるのみだ。
これで私が禁書使を探せなかったことはないぞ。
「にしても、そうやって着込んでるのを見ると昔を思い出すな。あの頃は随分と病弱だったもんだが」
「あの頃は、まだまだ精神的に未熟でしたから」
「今じゃこの傍若無人っぷりだ。婆さんの影響受けすぎだろ」
「……まぁ、そうですね」
なんて話をしながら歩く。
当時の私は、別にうすほそだから病弱だったわけではなく、精神的に参っていたから健康を崩しがちだったんだ。
一度死んだことで、当時の私は結構心が弱っていた。
お陰様で冬は厚着をして寒さを耐え凌がないと、すぐに風邪を引いてしまう状態だったのだ。
その時のことを、こいつは話しているというわけ。
まぁ立ち直らせてくれたのは、祖母と……こいつのおかげってところもあるけどさ。
まったく、失礼なやつ。
「何にしても、今やるべきことは代わりません。いつも通りに行きますよ」
「わかってるよ、おいコラ一人でさっさと行くんじゃねえ!
私と凌雲の犯人探しは、ある程度流れが決まっている。
犯人の目星がある程度ついていてもいなくても、まずは足場固めからだ。
私を昭華様が投入するということは、そこで決着をつけるということ。
何しろ向こうにこちらの正体が知られてはならないのだ。
代わりに、私の禁書なら知られる前に敵を丸裸にできる。
敵の手の内を事前に把握したうえで、本丸に乗り込むというわけ。
後まあ、最近はどこも解析対策が進んでおり、ただ禁書の持ち主を解析しても禁書持ちだと特定できない場合が多い。
そのため、情報を集めて解像度をあげなくてはいけないのだ。
そのために、宮中へ運び込まれる荷物が一手に集まる検封所なんかに行くわけだね。
「それで、今回は犯人に目星はついているのか?」
「そうですねえ、ちょっと怪しい人はいるんですけど、確証はなにもないんですよね」
「割といつも通りってことか」
怪しい人、言うまでもなく沈承淵のことだ。
しかし具体的な証拠は何もない。
そもそも殺人経験が今回の件に関係あるのか、というのも微妙なところだ。
昭華様は監視をつけているが、向こうが何か行動を起こした素振りは見せていないという。
そもそも下手人ではないのか、はたまた昭華様の監視を逃れられる禁書なのか。
まあ、全く宛の無い状態で犯人探しをすることもあるので、当てずっぽうとは言え目星がついてるだけ今回は上等だ。
と、そこで──
「ん、待ってください?」
「急になんだよ……ん、ありゃ
私はふと、道ゆく官吏の手元に視線を向けた。
今回はすでに多少ながら敵の禁書について目星をつけてあり、解析も賭けている。
それによって、検封所にいかなくとも情報を得られるアテがあったのだが、ちょうどいいところにそのアテが通りかかった。
その人物は若い武官のようで、粗野な雰囲気だが、手元には何やら紙が握られている。
「──もし、少々よろしいですか?」
「あ、はい……え!? あ、なんでしょう、凌雲様!」
「急にすまんな、広盛。こいつの話に少し付き合ってもらいたい」
おおう、凌雲が様づけで呼ばれてるぞ、新鮮すぎる。
割と同年代なのだが、階級に差があるようだ。
「その紙は一体どのようなものなのですか?」
「あ、こ、これは字を覚えるためのものです。最近流行している娯楽小説を……」
「ふふ、『双龍覇業録』ですか?」
「あ……はい、えと……それを自分で読めるように、文字を覚えるための教材です」
「それはいいですね、私は後宮で司籍をしているのです。文字を教えるのも業務の一つ、どれ、分からないところがあればお教えしますよ」
私はそれを、ぐいっと横から覗き込む。
凌雲ほどではないけど、背が高いせいで手元がよく見えない。
すると広盛という成年は、しゃがみ込んで私に紙を見せてくれた。
それを私は、髪をかきあげるお姉さん仕草をしながら覗き込む。
ドギマギしろ! 凌雲のように!
とか思っていたら、後方からめちゃくちゃ凌雲が鬼のような視線を向けてくる。
ごめんて、だから心読まないで?
「なるほど、難しい字を覚えようとしているのですね。字は一つ一つの形を覚えて組み合わせると、覚えやすいですよ。たとえば……」
「あ、確かに……」
それから、しばらく広盛に字を教える。
後ろから凌雲の何をしているんだという視線を感じるものの、必要なことだ。
話をする傍ら、広盛に対して私は無自覚を装い距離を詰める。
凌雲から鬼のような視線が飛んでくるものの、必要なことだ。
そうしていると広盛がいよいよ気まずそうに視線を逸らすので、その瞬間を見計らい──
「──解体」
一瞬だけ、瞳を光らせた。
途端、凌雲の顔が険しくなる。
私がこっそり解体を使ったことに、正面から私を睨んでいた凌雲だけが気づけたのだ。
瞳を閉じて光が漏れないようにしているから、視線をそらす広盛は気付けない。
途端に紙を覆っていた”あるもの”が弾け飛び──私はそこで広盛から距離を離す。
「大変、良く勉強できていますね。このまま励めば、すぐに字を覚えることができますよ」
「は、はいっ!」
「ちなみにこの紙は、誰が配っているものか解りますか?」
「いえ……軍の中でいつの間にか多くのものが持つようになっておりまして……ただ、私は承淵様からいただきました」
「あいつか……」
「なるほど、ありがとうございます。それでは──」
最後に私は、数歩広盛の前を歩いてから振り返り──
「──応援していますからね、広盛」
彼の名を呼んで、別れた。
うーん、我ながらちょっとかっこよすぎたかな。
こういう年上ムーブは嫌いじゃない。
凌雲相手にずっとそうしてきたから、それなりに自尊心みたいなものが芽生えているのだ。
なお凌雲は今にも私を高い高いしそうな雰囲気である。
やめろお! 私が何をしたっていうんだ!
「──で、何だったんだアレは」
「……なんだかとてつもなく不機嫌ですね?」
「不機嫌じゃない」
「それを不機嫌というのです。こほん、アレは単純ですよ」
私は目を細めながら言う。
「──
そう、私が広盛に目をつけた理由は単純。
彼が呪符を持っていたからだ。
正確には、何の変哲もないあの紙に、呪いが付与されていた。
そう簡単には気付けないくらい、微小に。
「前にもあったよな。呪いを小さく細かく刻んで宮中にばらまくっていうの」
「道術による探知をくぐり抜ける上では非常に有効ですからね……
「……ああ」
さて、検封所へ向かうこと無く次の目的地が決まったようだ。
次の目的地は文林院。
この国の多くの知恵者を集め、書物の編纂などを行う部署。
紙に呪いが紛れ込んでいるなら、目指すべきはここか宮廷書庫。
宮廷書庫は以前調査に訪れていて、そのときは何もなかった。
故に自然と、私たちの足は文林院へと向かうのだった。
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