後宮の司書になったので、死ぬ気で政争から遠ざかりつつ本の虫になるTS転生者 作:暁刀魚
それから私と凌雲は、道中で少し仕込みをしてから後宮へと移動した。
正確には後宮の表側、皇帝が執務を執り行う場所の一画だ。
ここは皇帝の側近と宦官官女しか入ることが許されていない。
つまり、護衛の凌雲と官女の私は入ることができる。
限られた人物しか入ることができないここは、内緒話には最適だ。
防諜用の道術も最高のものが使用されている。
ついでにここで、私と凌雲は昭華様と合流する予定だった。
「……それで、承淵が黒幕……だったか」
「何かと一緒に扱われがちな間柄ですから、思うところもありますか」
「いや、うーん……ぶっちゃけた話、そこまで意外とは思わないな」
「おや、そうですか? お人好しな貴方の事ですから、それなりに意外だと感じそうなものですが」
「さすがに俺もそこまで鈍くない。あいつが性格悪いのは、さすがに知ってるよ」
あーうん、それはよかった。
凌雲のことだから、あの厭味ったらしい承淵に出世のためいいように使われてるんじゃないかと思ったんだ。
「一応、味がするやつではあるんだよなあ。俺には何かと助言してくれるし、口は悪いけど」
「いやそれは、貴方が彼の嫌味を助言と受け取って勝手に改善に繋げてるだけだと思いますよ」
「え、そうなのか? そんな感じはしなかったけどなあ」
こいつ……!
この分だと、雑用とかも色々押し付けられてるんだろうなあ。
凌雲は全く気付いてないけどさ。
「ただまあ……正直な所別の意味で意外ではある」
「そうですか? 嫌なやつではあるけど、一線は越えないだろうと思っていた?」
「いや、やるとしたら絶対露呈しないと判断してからやると思ってた」
「ああ……」
なんとなくわかる。
絶対にリスクがあることはやりたがらないタイプだ、彼。
「……ちなみにどうして承淵が怪しいと思ったんだ?」
「え? それはえーと……」
私が怪しんだ理由……結構前のことだけど確か……
「そうです、彼と宮廷書庫であったんです。そこでたまたま解析をしたら彼が一人だけ人を殺してることが判明しまして」
「んだ、そりゃおかしいな。あいつは殺るにしても自分の手は汚さねえよ」
「ですよね、そこからちょっと怪しいと思ってまして」
「……それだけ?」
「それだけですが」
私の言葉を聞いて、凌雲は天を仰いだ。
なんですかその反応。
「……あー、そんな気はしてたが、哀れな」
「なんですかさっきから、人を不幸を呼ぶ猫みたいに」
「お前は猫じゃなくて虎かなにかだよ」
「それは聞き捨てなりませんが?」
別に可愛げがあると思ってほしいわけでもないが、そんな物騒な扱いをされると少し気にいらない。
これが……乙女心?
いや単純に生意気な弟が気に入らないだけだな。
ともかく。
「……それで、あいつが怪しいのはわかったよ。それで、あいつは何をするつもりなんだ」
「──宮中にいる人間全ての、呪殺」
「正気か」
「禁書を使って国を害そうとする連中のすることなんて、それしかないではないですか。禁書とはそれに特化した存在なのですから」
「まあそうだけどよ」
禁書の特性はとにかく隠密性が高く、敵の拠点に忍び込ませやすく、そして実行者の用意が簡単であるということ。
純粋な兵器としてはあまりに暴走のリスクが高すぎて使いにくい。
相手の陣地に送り込んでの爆破テロ以外に、ちょうどいい使い方がないのだ。
「微細な呪いを複数繋ぎ合わせることで、宮廷を丸ごと一つの大きな呪いで飲み込み呪殺する。かなり大がかりな呪術ですね、相当格のある禁書が持ち込まれたようです」
「んで、その核となるのがこの原本か」
「正確にはその本に使われている紙ですね。今、宮中では『双龍覇業録』の大流行で、あちこちに大量の紙がばら蒔かれています。これに細工をするだけで、巨大な呪術の準備ができるというわけです」
「……まあそれは、よりにもよってその作者が事前に原本を回収しちまったわけだが」
「作者は紅玉様ですよ」
そうだったな、とバツが悪そうな凌雲は話題を逸らす。
「それにしても、何だってあいつはこんな無茶苦茶な計画に乗ったんだろうな」
「そりゃ、禁書に取り憑かれてるんでしょう? 私にはそれ以上のことなんて言えませんよ。私より貴方のほうがずっと彼のことに詳しいんでしょうから」
「あいつがどんな奴か? そうだなぁ……」
承淵が悪事を働く根本的な理由は、禁書に操られているからだ。
そのうえで、そこに本人の意思がまったくない……というタイプの人間性ではないだろう、彼。
じゃあその意思が何だって言われたら、私にはさっぱりだ。
凌雲は少しだけ考えてから──
「──お前に似てる」
「叩きますよ! 人を享楽主義の駄目人間みたいに言わないでください!」
「悪かった悪かった! だからその両手を振り上げて威嚇するのやめてくれ!」
いくらなんでも、禁書を使って国家転覆を図ろうとしてる奴と同類扱いはされたくない!
確かに彼も私も楽ができるなら楽をして生きていきたい性質の人間だし、禁書使だけどさぁ。
あれ、じゃあやっぱり結構似てる……?
いやいや、根底が真逆だって会った時に感じたじゃないか。
享楽にふけりたい彼と、楽をするために全力の私は似ているようで正反対なんだ。
「ちげーよ、もっと何ていうかなぁ……
「……ああ」
それなら、何となく分かる。
自分が読み書きもできて、禁書という特別な力を操れる存在であるという自覚はある。
ただ、そんな自分が特別な存在だと、私は思っていない。
たまたま禁書の力を手に入れることができて、読み書きのできる人間が優れている世界に前世の記憶をもって生まれ落ちただけなのだ、私は。
「あいつの場合は……自分の行動で結果が出て初めてそれを価値と認められるんだ。蘭姐もそういうところ、あるだろ?」
「まぁ、そうですね……」
私の場合は、それこそ転生と禁書という特別が外付けされたのだから、そう思うのは当然だろう。
前世の経験がそれに絡んでいないとは思わないけど……それでも、理由としては自然な理由のはずだ。
であれば、承淵は?
「……まあでも、今の蘭姐は傍若無人もいいところだけどな」
「そんなに叩かれたいんです?」
「ちげえって! 昔の蘭姐は承淵みたいだったけど、今はそうじゃねえって言いてえの!」
「まあ、散々凌雲や婆さんに色々してもらいましたからね。それもこれも、周りの人達のおかげです」
「それは蘭姐が──」
「……っと、昭華様が来ましたよ」
話の途中ではあったが、私は凌雲を遮る。
さすがに個人的な話をしている場合じゃない。
そうして二人で視線を向けると、やってきた昭華様が手を上げる。
「──幽蘭、凌雲。またせたのう」
めちゃくちゃ急いでやってきたのだろう、呼吸を整えながら手を上げて挨拶をしてきた。
「はっ! お待ちしておりました、昭華様!」
「お待ちしておりました、昭華様」
「うむ。……こうしてみると、普段の態度はどちらも似たりよったりじゃというのに、真面目な時の態度が違いすぎるの」
「何故私を見るのです」
というか、凌雲がいきなり大声出すもんだからこっちはびっくりだよ。
これが体育会系ってやつか。
こういうところだけ真面目なんだから、ほんと。
「状況を伺ってもよろしいですか?」
「うむ、今のところ沈承淵に動きはない。常のように業務をこなしておる」
「まぁ、そうでしょうね。奴はもう動く必要はありませんから」
例の遺骸騒動で自身の能力の効くところを試し、そして紙に仕込みをした。
後は『双龍覇業録』が主上の元まで届くのを待つだけでよい。
実に、面倒を嫌う彼らしいやり口だ。
「ただ、こちらの動向は気にしていると思います。彼は自身が呪った紙から周囲の情報を多少ながら得られるようです」
「それで、本を布で覆っていたのか」
「しかし、厄介なものじゃのう。これな呪い、言われなければ吾でも気づけなんだぞ」
「それはそうでしょう。昭華様が我が国最強の道士であることはよく知られています。昭華様を騙せるかどうかという一種の基準があるのです」
敵は私の解析によって、自身が潜り込ませた禁書の存在が露呈することを危惧している。
しかし、情報が足りないせいでどれくらい高度な隠蔽を測れば私の解析を騙せるか、把握できていないのだ。
そこで便利な物差しとなるのが、昭華様の存在。
道士として最強である昭華様を騙せれば、大抵の人間は騙せるだろう。
「まぁ、私が本気で解析をすれば、隠せるものなど何もないのですが」
「さすがは明眼人じゃのう」
「よっ、明眼人」
「人をからかうのはやめていただきたいですね」
「ぐあ!」
昭華様の分まで凌雲のスネを蹴りつつ、私は続ける。
「本気で今の朝廷を滅ぼそうとするなら、絶え間なく禁書を送り込み物量作戦で滅ぼすしかありません」
「それができれば誰も苦労はせんぞ」
「おそらく、自分がいる限り禁書が国を害することはないといいたいのかと」
「そういうつもりはないのですが……」
さっきの話の流れから、もう少し自分に自信を持てという圧を凌雲から感じるな。
それができたら苦労はしないのだ。
「何にしても、それでは始めますよ」
「うむ」
現在、陳徳殿が承淵の側に控え、何かあったら即捕縛するよう待機していた。
昭華様は、宮中の基盤とも言えるこの場所で、大規模な呪術の発動があったら対処できるようにしつつ道術で承淵を見張っている。
凌雲は私を護衛しつつ、何かあったら主上の元へ行けるよう待機。
と言った感じの布陣。
で、その状態で私は──
「──解体」
呪いの核となる『双龍覇業録』にかけられた呪いを辿って、宮中にはびこる全ての呪いを一斉に解体した。
やったことは、今回の事件の発端である『
相手のやっていることが分かってしまえば、私の解体は非常に強力だ。
まぁ、これをやると──
「……承淵が突如としてあんぐりと口を開けて呆けおったぞ」
「相変わらず、身も蓋もねぇよな……これ」
「言ってる場合ですか。ほら、陳徳殿に確保させてください」
──周りがひっじょーに遠い目をするのだが。
いいじゃないか、楽なんだから。
とはいえ、これで終わったわけじゃないぞ。
私が解析で承淵の状況を確認すると、一瞬呆けてから「はぁああああ!?」と凄い勢いで怒声を挙げた後、その場から逃亡を始めた。
周囲がなんだなんだと困惑する中、陳徳殿がそれを追っているが──
普段の流れからいうと、これくらい大規模な禁書が、これだけで終わることはない。
実際、承淵は禁書を送り込んだ連中が用意しただろう化生をあちこちに放った。
そしてその場から掻き消えたのだ。
承淵の禁書によるものだろう。
「……昭華様、承淵は私が追います」
「なるほど、布石は打ってあると言うことか」
「大丈夫なのか!?」
昭華様はこれまでの経験から、すぐに私の打った布石に気付いたようだ。
対する凌雲は、独断で動く私を心配している。
私は対禁書の秘密兵器、存在を敵に知られてはいけない。
しかし時には私しか敵の対処ができないと分かった時、私が単独で追撃をかけることがある。
無論、解析で敵に情報が抜かれることはないと判断した上で、ね。
今回は敵が凌雲の禁書に全賭けしているらしく、逃げる凌雲に監視の類いはなかった。
「残念ですが、承淵の移動速度は私しか追いつけません。これまでにも、私が単独で禁書使と対峙したことはあると、雲坊も知っているでしょう」
「けど!」
「凌雲、汝には護らねばならぬ者がおるじゃろう」
「……! かしこまりました」
それでも食い下がる凌雲は、昭華様の言葉で我にかえる。
この状況、承淵は陽動のためにこの国の者が"もっとも護らなければならない相手"を狙う。
だからこそ、守護を命じられた凌雲はその相手──主上の元へ向かわなくてはならない。
そもそも、迎撃のために私達は後宮に陣取ったわけでして。
昭華様も、後宮の防衛にむかうだろう。
「決まりですね。……では、後を頼みます」
そうして私は禁書を起動し、意識を移す。
逃げだそうとしている承淵へ向かって。
さぁ最終局面だ。
なんにしても、上手く事を収められるといいんですけどね。
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