夜の森は、昼間とはまるで違う顔を見せていた。
生徒たちが肝試しを楽しんでいる頃、宿泊施設から少し離れた大木の枝に、一人の少女が腰掛けていた。
遊々花神、尽小花・イマリ。
小さな足をぶらぶらと揺らしながら、時折吹き抜ける夜風に長い袖をなびかせている。眼下には鬱蒼とした森が広がり、遠くからは生徒たちの楽しそうな声が聞こえていた。
「……うん?」
不意に、イマリが顔を上げた。
森の奥を見つめる。
「……誰か来てるね」
何かが動く音がした。
それも、一人や二人ではない。
イマリはしばらく耳を澄ませていたが、やがて枝から立ち上がると、ひょいと地面へ飛び降りた。
その直後だった。
森の向こうで、轟音が響き渡った。
夜空を照らす炎。木々の間から上がる悲鳴。そして、次々と響き始める破壊音。
敵連合による襲撃が始まったのだ。
「……あれ?」
イマリは燃え上がる森を見つめ、小首を傾げた。
すると、突然頭の中に声が響いた。
『生徒のみんな! 緊急事態よ! 敵連合による襲撃が発生したわ! ただちに避難して!』
マンダレイの個性、テレパス。
その声は森に散らばった生徒たちへと届けられ、続けて相澤消太からの指示も伝えられた。
『相澤先生からの伝言よ! 生徒の個性使用を許可する! 敵の攻撃から身を守り、施設への避難を最優先にして!』
そして、もう一つ。
『イマリちゃんには相澤先生から個別の伝言があるわ』
「……うん?」
『「ヴィランと思う存分遊んで来い」……だそうよ』
一瞬、沈黙があった。
それから、イマリの顔がぱっと明るくなった。
「……えへへ」
嬉しそうに両手を合わせる。
「消太、遊んでいいって!」
長い袖がふわりと揺れた。
「じゃあ、イマリ、行ってくるね」
誰にともなくそう告げると、少女は軽やかな足取りで森の奥へと駆け出していった。
燃え上がる木々の間を、小さな影がすり抜けていく。
その手には、いつの間にか花札が握られていた。
◇
襲撃開始から数分後。
森を覆い尽くそうとしていた正体不明のガスが、不意に薄れ始めた。
木々の間に充満していた有毒な気体は、供給源を失ったかのように勢いをなくし、夜風に流されて消えていく。
その頃、森の一角では一人の少女が楽しそうに歩いていた。
「えへへ……今日はいっぱい遊べるね」
イマリの後ろを、二匹の小鬼がついてくる。
一匹は、先ほどまで森中にガスをばらまいていたヴィラン、マスタード。
もう一匹は、口元を除く全身を黒い拘束着で覆い、鋭い歯を自在に伸ばす個性を持っていたヴィラン、ムーンフィッシュ。
二人とも、今では元の姿など見る影もない。
小さな角と丸い身体を持つ鬼へと変えられ、自慢の個性も使用できなくなっていた。
「ギャッ、ギャッ」
「ギィ……」
「うん? どうしたの?」
イマリは振り返り、小鬼たちを見下ろした。
「もっと遊びたい?」
二匹が揃って小さく跳ねる。
「えへへ。イマリもだよ」
少女は嬉しそうに笑った。
「じゃあ、次のおともだちを探しに行こうね」
そのまま二匹を引き連れ、森の奥へと歩いていく。
開闢行動隊の二人がすでに戦闘不能となったことを、この時点で知る者はほとんどいなかった。
◇
――まずい。
緑谷出久の頭には、その言葉しか浮かんでいなかった。
身体中が痛む。特に右腕は、もはや自分のものとは思えないほど激しい痛みを訴えていた。
それでも、倒れるわけにはいかなかった。
目の前には、筋骨隆々とした大男。
そして背後には、恐怖に震える小さな少年がいる。
洸汰くん。
プッシーキャッツのマンダレイさんが預かっている、ヒーローを嫌う少年。
緑谷は荒い息を繰り返しながら、男を睨みつけた。
「……はぁ……はぁ……!」
「ははっ! おいおい、どうしたよ! さっきまでの威勢は!」
男が笑う。
その左目には、大きな傷跡があった。
マスキュラー。
かつて洸汰の両親であるプロヒーロー、ウォーターホースを殺害したヴィランだ。
そんな男が、よりにもよって洸汰の前に現れた。
見逃せるはずがなかった。
だから緑谷は戦った。
ワン・フォー・オール、フルカウル。
そして、右腕が壊れることも覚悟して放った、百パーセントのスマッシュ。
あれだけの威力なら、どんな相手でも倒せると思っていた。
しかし。
「いやぁ、驚いたぜ。まさかあんな一撃をぶち込んでくるとはな!」
マスキュラーは笑っていた。
全身を覆う筋繊維が蠢き、先ほどの攻撃で受けた衝撃を受け流すように厚みを増していく。
倒れない。
あれだけの攻撃を受けても、まだ立ち上がってくる。
(嘘だろ……!?)
緑谷は歯を食いしばった。
(百パーセントだぞ……!? あれでも倒せないのか……!)
右腕は使い物にならない。
足にも相当な負担がかかっている。
左腕はまだ動くが、もう一度百パーセントの攻撃を放ったところで、確実に倒せる保証などなかった。
「……洸汰くん」
緑谷は背後の少年に声をかけた。
「逃げて……!」
「で、でも……!」
「いいから! 早く……!」
洸汰は動かなかった。
当然だ。
自分の両親を殺した男が目の前にいる。恐怖で身体が動かなくなってもおかしくない。
だが、ここで逃がさなければ。緑谷は残された左腕に力を込めた。
そのとき、マスキュラーの視線が動いた。
「……ああ、そうだ」
男は何かを思い出したように笑った。
「そこのガキ、ウォーターホースの息子だったな」
「……っ!」
「親父とお袋の仇を討ちたいんだったか?」
洸汰の身体が震えた。
マスキュラーは口元を歪める。
「だったら、先にてめぇから殺してやるよ!」
「――っ!?」
男が動いた。
全身を覆う筋繊維が膨張し、地面を蹴り砕く。
狙いは緑谷ではない。
洸汰だった。
(まずい!!)
緑谷は反射的に踏み出そうとした。
しかし、足に力が入らない。
全身を襲う激痛に、身体が一瞬遅れた。
(動け!!)
必死に前へ出ようとする。
(動けよ!!)
マスキュラーの拳が振り上げられる。
その先には、恐怖で身をすくめた洸汰の姿。
間に合わない。
(洸汰くん!!)
緑谷は残された力を振り絞ろうとした。
その瞬間だった。
ふわり、と。
風が吹いた。
「…………え?」
何かが視界を横切った。
花びらだった。
一枚、二枚。
夜の森には似つかわしくない、色鮮やかな花びらが宙を舞っている。
そして、その花びらの向こうに、小さな人影が現れた。
「……あれ?」
聞き覚えのある、のんびりとした声。
長い袖を揺らしながら、少女が二人の間に立っていた。
マスキュラーと、洸汰の間に。
(……イマリさん!?)
緑谷は目を見開いた。
遊々花神、尽小花・イマリ。
合宿初日に出会った、小柄なプロヒーロー。
少女は目の前に迫る巨漢を見上げ、いつものように首を傾げていた。
「……うん?」
「ああ?」
マスキュラーも突然現れた少女に気づいたらしい。
振り上げた拳を止め、怪訝そうに顔を歪めた。
「なんだ、てめぇ?」
「イマリ!」
「はぁ?」
「イマリはね、遊々花神のイマリだよ。プロヒーローなの」
「……プロヒーロー?」
「うん」
少女はにっこりと笑った。
「尽小花・イマリ。よろしくね」
緑谷は思わず息を呑んだ。
(イマリさん……!? どうしてここに……!?)
いや、今はそんなことを考えている場合ではない。
目の前の男は危険だ。
圧倒的な筋力と、それをさらに増強する個性を持つヴィラン。あの百パーセントの一撃を受けても立ち上がってきた怪物なのだ。
「イ、イマリさん!!」
緑谷は声を張り上げた。
「その人、危険です!! 僕の百パーセントの攻撃でも――!」
「……うん?」
イマリがこちらを見た。
「あっ、緑谷くんだ」
「そ、そうですけど! 今は――!」
「えへへ。こんばんは」
少女は嬉しそうに手を振った。
緑谷は思わず言葉に詰まった。
(……こんなときに!?)
マスキュラーが、苛立ったように舌打ちをした。
「おい。俺を無視してんじゃねえぞ」
「……うん?」
「プロヒーローだか何だか知らねえが、邪魔するならてめぇからぶっ殺すぞ」
「……そっかぁ」
イマリは小さく頷いた。
それから、何かを思いついたように袖の中へ手を入れた。
「じゃあね、おじさん」
「あ?」
「イマリと遊ぼう?」
取り出したのは、花札だった。
「…………」
緑谷は一瞬、呼吸を忘れた。
(……花札!?)
マスキュラーも呆気に取られた様子で少女を見下ろしている。
「……何言ってんだ、てめぇ?」
「花札だよ。イマリ、花札が好きなの」
イマリは嬉しそうに札を広げた。
「ねえ、一緒に遊ぼう?」
「……はぁ?」
マスキュラーの顔が引きつった。
「おいおい……何だよこいつ。頭おかしいんじゃねえのか?」
「……うん?」
「こっちは殺し合いしてんだぞ! 遊びたいなら他所行けや!」
男が凄んでも、少女はまったく怯まなかった。
それどころか、楽しそうに花札を一枚抜き取っている。
緑谷は、その光景に既視感を覚えた。
(……待って)
初日に見た、イマリの個性。
トランプの勝負に負けた瞬間、自分は小さな鬼に変えられてしまった。
ならば。
(そうか……!)
緑谷は息を呑んだ。
(イマリさん、個性を使うつもりなんだ……!)
しかし、同時に疑問も浮かんだ。
相手はあのマスキュラーだ。
大人しく花札の勝負に付き合うとは思えない。
そもそも、そんな話をしている間に攻撃されたらどうするのだろう。
イマリは花札を一枚、胸元へと隠した。
「じゃあ、聞くね」
その声は、先ほどまでと何も変わらなかった。
「イマリの手には、【梅に二匹】に【幸に三匹】」
少女は首を傾げ、にっこりと微笑む。
「ね。イマリの札、当ててみて」
「…………」
マスキュラーはしばらく黙っていた。
何を言われたのか理解できていないのだろう。顔には明らかな困惑が浮かんでいる。
しかし、それも一瞬だった。
「……っは!」
男は大きく笑った。
「はははははっ!! 何だそりゃ!」
全身の筋繊維が、再び蠢き始める。
「訳が分からねぇが、一つだけ分かったぜ!」
マスキュラーは大きく腕を振りかぶった。
「てめぇが死にてえってことだけはな!!」
「――イマリさん!!」
緑谷は叫んだ。
間に合わない。
あの拳をまともに受ければ、いくらプロヒーローでも無事では済まないはずだ。
何しろ、自分の百パーセントの攻撃を耐え切った男なのだ。
それだけの力が、今、あの小さな少女へと向けられている。
(逃げて!!)
そう叫ぼうとした。
だが、その前に。
「……なんだ」
イマリが、ぽつりと呟いた。
それまで浮かべていた笑顔が消えている。
緑谷は思わず目を見開いた。
少女は、振り下ろされようとしている拳を見ていなかった。
ただ、マスキュラーの顔を見上げていた。
ひどく、つまらなさそうな表情で。
「……遊んでくれないんだね」
「ああ!? だから何だってんだ!!」
「……そっかぁ」
小さなため息。
そして。
「じゃあ、イマリの勝ち。」
その瞬間だった。
「――あ?」
マスキュラーの身体が、縮んだ。
いや。
縮んだなどというものではなかった。
全身を覆っていた分厚い筋繊維が、まるで最初から存在しなかったかのように消え失せる。
巨大な腕が小さくなり、太い足が短くなり、男の身体そのものが見る見るうちに小さくなっていく。
「な……に……!?」
驚愕に歪んだ顔が変形する。
肌の色が変わり、額から小さな角が生えた。
振り下ろされようとしていた拳は、とうとうイマリに届かなかった。
代わりに、ぽとり、と。
小さな何かが地面に落ちた。
「……ギャッ?」
赤い小鬼だった。
丸みを帯びた身体に、小さな手足。
先ほどまで筋骨隆々とした巨漢だったとは到底思えない、奇妙な生き物。
小鬼は自分の身体を見下ろし、不思議そうに首を傾げている。
そして、顔を上げると。
「ギャッ! ギャギャッ!」
嬉しそうな声を上げながら、イマリの足元へ駆け寄った。
緑谷は、言葉を失っていた。
(……え?)
何が起きた?
答えは分かっている。
イマリの個性だ。
負け鬼。
ゲームに敗北した相手を小鬼へと変化させる、あの個性。
しかし。
(……おかしい)
緑谷は目の前の光景を見つめた。
(今の……ゲームなんかしてないぞ……!?)
マスキュラーは花札の問題に答えていない。
それどころか、勝負を受けることさえしていない。
(……まさか)
緑谷の脳裏に、合宿初日の会話が蘇った。
『それなら、誘われても断ればいいんじゃないでしょうか?』
あのとき、相澤先生は答えを教えてくれなかった。
ただ、イマリとは勝手にゲームをするなと言っただけだった。
(……そういうことか!!)
緑谷は息を呑んだ。
(ゲームを断った場合も……負けたことになるんだ!!)
背筋がぞくりとした。
それなら、あの個性の発動条件は、自分が考えていたものとはまるで違う。
勝負を受けて負ければ、小鬼になる。
勝負を拒否しても、小鬼になる。
つまり、イマリから遊びを持ちかけられた時点で、相手は何らかの対応を迫られることになる。
(……そんなの)
緑谷は小さく震えた。
(そんなの、どうやって対処すれば……!?)
どれほど強力な個性でも関係ない。
どれほど身体を鍛えていても関係ない。
あのマスキュラーでさえ、たった一言で無力化されてしまった。
自分が命懸けで戦い、百パーセントのスマッシュを打ち込んでも倒せなかった相手が。
今では、小さな鬼になってイマリの足元で跳ね回っている。
「……えへへ」
その声で、緑谷は我に返った。
イマリがしゃがみ込み、小鬼を抱き上げていた。
「かわいいね」
「ギャッ!」
「うん。じゃあ、一緒に行こうね」
少女は小鬼を地面へ戻すと、くるりと向きを変えた。
すると、近くの茂みから二匹の小鬼が飛び出してきた。
「ギャギャッ!」
「ギィッ!」
「……うん? 待っててくれたの?」
イマリは嬉しそうに笑った。
緑谷は目を瞬かせる。
(……あれ?)
あの二匹は、いつからいたのだろう。
先ほどまでの戦闘に必死で、周囲を確認する余裕がなかった。
しかし、イマリが連れているということは。
(……もしかして、あの二匹も……?)
イマリの足元には、三匹の小鬼が集まっていた。
少女は満足そうに頷く。
「えへへ。おともだち、増えたね」
そして、三匹を引き連れて歩き出した。
「あ、あのっ!」
緑谷は慌てて声をかけた。
「イマリさん!!」
「……うん?」
少女が振り返る。
「た、助けていただいて、ありがとうございました!」
緑谷は深く頭を下げた。
そうだ。
どれほど恐ろしい個性であっても、彼女が助けてくれたことに変わりはない。
もしイマリが来ていなければ、自分は洸汰を守れなかったかもしれない。
「……えへへ」
イマリは小さく笑った。
「どういたしまして」
少女はしばらく緑谷を見つめていたが、不意に森の奥へ顔を向けた。
遠くから、何かが壊れるような音が聞こえてくる。
まだ戦闘が続いているのだ。
「まだ、おともだちがいるみたい」
「えっ?」
「じゃあ、イマリ、行ってくるね」
「あ、ちょ、ちょっと待っ――!」
緑谷が止める間もなく、イマリは小鬼たちを連れて駆け出していった。
夜の森へと、小さな背中が消えていく。
やがて、その姿も見えなくなった。
「…………」
緑谷はしばらく、その場に立ち尽くしていた。
聞きたいことは山ほどあった。
個性の発動条件。変化の上限。勝負を拒否した場合の扱い。それに、先ほどのマスキュラーがどうなってしまったのか。
しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。
「……洸汰くん!」
緑谷は振り返った。
「大丈夫!? 怪我はない!?」
少年は、ぺたりと地面に座り込んでいた。
俯いたまま、何も答えない。
「洸汰くん……?」
緑谷は慌てて駆け寄った。
「どこか痛いの!? それとも、さっきの攻撃で――!」
「……こ」
「……え?」
「……怖ぇ……」
洸汰の声が震えていた。
緑谷は息を呑んだ。
当然だ。
両親を殺したヴィランに襲われ、今にも殺されそうになったのだ。どれほど怖かったことだろう。
「……大丈夫だよ」
緑谷はできるだけ優しく声をかけた。
「もう、あのヴィランはいないから」
「……違う」
「……え?」
洸汰が顔を上げた。
その表情は、緑谷が想像していたものとは少し違っていた。
「……あの女……」
「……女?」
「……あの、ちっちゃい女……!」
洸汰は、イマリが消えた方向を指差した。
「……怖ぇ……!」
緑谷は言葉に詰まった。
「……あー……」
どう説明すればいいのだろう。
確かに、あれは少し怖かった。
いや、少しどころではないかもしれない。
百パーセントのスマッシュを耐え切ったヴィランが、花札の誘いを断っただけで小鬼になったのだ。
しかも、その小鬼は先ほどまで自分たちを殺そうとしていたことなど忘れたかのように、嬉しそうにイマリの後ろをついていった。
あの光景を見て、何も感じないほうが難しいだろう。
「……えっと」
緑谷は苦笑した。
「イマリさんは、プロヒーローなんだよ」
「……知るかよ……!」
「……うん……」
緑谷は、それ以上何も言えなかった。
ただ、遠くの森を見つめた。
先ほどまで響いていた戦闘音が、一つ、また一つと途切れていく。
それがイマリの仕業なのか、それとも他のヒーローや生徒たちが戦っているからなのかは分からない。
けれど、緑谷には一つだけ確信があった。
あの人がいる限り、ヴィランたちは相当に苦労することになるだろう。
そう考えたところで、緑谷は自分の右腕に走る激痛を思い出した。
「……っ、いたたた……!」
「お、おい! 大丈夫かよ!?」
「だ、大丈夫……じゃないかも……」
緑谷は顔を引きつらせながら、それでも洸汰へ向かって笑ってみせた。
「でも、まずはここから離れよう。まだヴィランがいるかもしれないから」
「……おう」
洸汰が小さく頷く。
緑谷は動くほうの腕を差し出し、少年を立ち上がらせた。
森では、今も敵連合による襲撃が続いている。
自分たちだけが助かっても意味はない。ほかの皆がどうなっているのか、確認しなければならなかった。
しかし、歩き出す直前、緑谷はもう一度だけ背後を振り返った。
花びらが一枚、地面に落ちていた。
先ほどイマリが現れたとき、風に舞っていたものだろうか。
緑谷はそれを見つめ、ふと考えた。
もし、あの人がヴィランだったら。
もし、あの人が人を助けようとするヒーローではなかったら。
「…………」
その先を考えるのは、やめた。
緑谷は洸汰の手を引き、森を下り始めた。
遠くから、楽しそうな少女の笑い声が聞こえた気がした。