新宿・歌舞伎町ダンジョンB25F
毒親の生き意地汚い愚行のせいで、歌舞伎町ダンジョンの深層近くまで潜ることになった。
血統魔法とかいう追跡用魔法は、魔素が多い場所にいれば交わせる……はずだ。
確証はない。
そもそもオレ、魔法の知識なんてほとんどないし。
スマホでもあれば調べられるんだろうけど、そんな便利なもん持ってるわけもない。
つまり、勘だ。
だが、地上で怯えているよりはマシだった。
ダンジョンの魔物は分かりやすい。
見つけたから殺す。あるいは襲う。
人間の女みたいに、笑顔で近づいてきて人生を終わらせたりはしない。
「あー……しんど」
壁に背を預けて息を吐く。
B25Fまで来ると空気が違う。
重くて湿っていて、肺の奥まで魔素が入り込んでくるみたいだった。
壁も床も黒い岩肌で、ところどころ青白く光っている。
綺麗というより、不気味だ。
でも、そのおかげか、地上にいた時みたいな嫌な感覚は少し薄れていた。
誰かに居場所を探られているみたいな、あの気味の悪さだ。
思い込みかもしれないが、今はそれでもいい。
装備を確認する。
魔力銃は一丁。
マジックソード一本。
ポーションは二本。
携帯食は残り一食。
「終わってんなぁ……」
ここまで来る探索者は、もっとまともな装備と仲間を揃えてる。
戸籍なし、身分なし、金なしの単独潜りが来る場所じゃない。
それでも来るしかなかった。
少し休んでから、また歩き出す。
B25Fは通路こそ広いが、そのぶん隠れる場所が少ない。
コソコソ進みたいオレとは相性最悪だ。
そして、こういう嫌な予感はだいたい当たる。
前方の暗がりが揺れた。
「うわ、出た」
灰色の毛並みに狼みたいな頭。
コボルトウォリアーだ。
しかも一体じゃない。三体。
「三体かよ……」
引き返すより早く、一体が床を蹴った。
「だよな!」
横に飛ぶ。
さっきまでいた場所に骨剣が叩きつけられ、岩床が砕ける。
転がりながら銃を抜いて撃つ。
魔力弾が肩口を抉る。
だが、止まらない。
「硬っ!」
追撃で目を狙う。
今度は当たった。
片目を潰された一体が吠える。
その隙に距離を取ろうとしたが、左右から残り二体が回り込んできた。
「連携すんなよ!」
右から飛び込んできた一体に反射で撃つが、外れる。
近い。
左のホルスターからマジックソードを抜き、魔力を流す。
青い刃が伸びる。
噛みつきをかわし、そのまま首元を斬り上げる。
浅い。
次の瞬間、体当たりを食らって壁際まで吹き飛ばされた。
「っ、が……!」
背中を強打し、肺から空気が抜ける。
最悪だ。
ここで気絶でもしたら、そのまま死ぬ。
いや、死ぬだけならまだマシかもしれない。
相手が♀だったら、それより嫌なルートまである。
コボルトが迫る。
真正面から骨剣が振り下ろされた。
避けきれない。
咄嗟にマジックソードを横にして受ける。
火花みたいな魔力光が散った。
重い。
押し切られる。
その時、乾いた連射音が響いた。
目の前のコボルトの頭が横から弾ける。
「伏せて!」
女の声。
反射でしゃがむ。
頭上を魔力弾が抜け、残る二体に突き刺さる。
続けて炎の矢が飛び、片目を潰していた個体の胸を貫いて爆ぜた。
最後の一体には、暗がりから飛び出してきた長身の女が槍で止めを刺した。
……助かった。
助かったが。
「最悪だ……」
「え、そこは助かったでしょ、普通」
男だってバレてみろ。
助けたことを恩に着せて、種馬コースもあり得る。
最初に声をかけてきたのは、二丁拳銃を持った小柄な女だった。
明るい茶髪を後ろでまとめた、妙に距離の近いタイプだ。
「大丈夫? 立てる?」
「だ、大丈夫です……」
反射で少し高めの声を出す。
危ない。今の見た目ならそれでいい。
槍を持った長身の女と、ローブ姿で杖を持った女も近づいてくる。
三人パーティー。
装備もまともで、ここまで無傷で潜れる実力もある。
そして全員女。
帰りたい。
帰る場所なんてないんだけどさ!
「単独?」
槍の女が短く聞く。
黒髪を後ろで束ねた、いかにも無駄口を叩かなそうな顔だ。
「まあ……そんな感じで」
「無茶」
短く言って、じっとオレを見る。
やめろ。
見るな。怖い。
「私はミナ。で、こっちがレイカ、シオン」
二丁拳銃の女が言った。
「で、君は?」
「……名乗るほどでもないです。ただのモブですので、お気になさらず」
「警戒強っ」
ローブ姿の女――シオンが静かに口を開く。
細身で色白、いかにも頭が回りそうな目をしていた。
「当然でしょう。この階層で単独、軽装、消耗した装備。事情があるのは明らかです」
「……」
見ないで。
オレはどこにでもいるタイプです。
性別以外は!
「あれ。もしかして、B3Fにいた?」
心臓が嫌な跳ね方をした。
「ゴブリンに襲われてた子、助けたでしょ?」
あ。
「あの時ポーション置いてったじゃん。あれ、うちの妹なんだ」
最悪の意味がちょっと変わった。
「探したんだよ、恩人!」
「やめて」
「やめない」
即答だった。
「お礼くらいさせてよ」
「いいって。そういうのいいから」
「そんな露骨に嫌がる!?」
嫌だよ。
女との関わりなんて増やしたくない。
ミナがふと首を傾げる。
「でも、なんか見たことある気がするんだよね」
やめろ。
「うーん、役所やギルドとかじゃなくて……あ!」
ポケットからスマホを取り出して、スクショした画像をオレに見せてきた。
そこには大型モニターで流れていたニュースに映った、現在のオレの想像図のパターンが表示されていた。
シオンが細く目を眇めた。
「たしかに、似てはいますね」
心臓に悪い。
ものすごく悪い。
ミナがスマホを下ろす。
「似てるとは思う」
レイカが言う。
「でも、決めつける気はない」
……逃げられるか?
装備、コンディション、実力、人数。
全部負けている。
それに三人とも、オレの位置は完全に捉えている。下手に動いても――。
これって詰んでるな。
ダンジョンのある世界で、もっと冒険したかったんだけどなぁ。
その時、通路の奥から低い唸り声が重なって響いた。
暗がりの向こうから、さっきより一回り大きいコボルトと、数体の魔物が現れる。
「面倒なの来たね」
ミナが眉をひそめる。
「数が多い」
レイカが槍を構えた。
「話は後です」
シオンが杖を上げる。
オレもマジックソードを握り直した。
女三人と一緒に戦うとか嫌すぎるが、一人で相手するのはもっと嫌だ。
一瞬、囮にして逃げようとも思ったが。
それをすると毒親と一緒になりそうで嫌だった。
次の瞬間、魔物の群れが一斉に動く。
先頭のコボルトが突っ込み、その横を蜥蜴型の魔物が低く走る。
オレは蜥蜴型の目を狙って撃つ。二発目で潰れた。
そこへレイカが踏み込み、喉元を正確に貫く。
間髪入れず、コボルトが骨剣を振り下ろす。
横からミナの魔力弾が叩き込まれ、軌道がずれた。
「ぼーっとしない!」
「してない!」
叫び返しながら懐に潜り込み、オレはマジックソードで脇腹を斬り裂いた。
後方ではシオンが短く詠唱し、氷の杭を生み出していた。
ゴブリンがまとめて床に縫い止められる。
「今です」
言われるまでもない。
銃を連射し、動けなくなったゴブリンの頭を撃ち抜く。
強い。
やっぱり強い。
そして、連携が取りやすい。
そこがちょっと悔しい。
最後に残った一番大きなコボルトが吠え、魔力を纏った骨剣を振り上げた。
「うわ、それ反則だろ」
距離を取る。
振り下ろされた一撃が床を砕いた。
「左!」
レイカの短い声。
反射で身体をずらす。
背後に回り込もうとしていた別個体の顎を、オレは振り向きざまに斬り飛ばした。
そのまま主格らしいコボルトへ銃口を向ける。
だが硬い。一発じゃ抜けない。
「ちっ……!」
「下がって!」
ミナの声。
横からの連射でコボルトがよろける。
そこへレイカが膝裏を裂き、シオンの放った炎の槍が胸を貫いた。
一拍遅れて、爆ぜる。
巨体が崩れ落ち、ようやく周囲が静かになった。
「はぁ……」
助かった。
「やっぱ強いね、君」
ミナが言う。
「……貴女たちも強いね」
「一人でここまで来るだけはある」
レイカが槍を払う。
「とはいえ、その貧弱な装備でここまで潜るのは、おすすめしませんが」
シオンが淡々と付け足した。
好きでこんな貧弱装備の縛りプレイをしているわけじゃない。
金がなくて、仕方なくこうなってるだけだ。
少しだけ間が空く。
「魔石と素材、買い取らせてくれる?」
「……え」
「私たち、魔石や素材が欲しくて潜ってるんだよね。ダメ?」
「……現金と交換ならいいですよ」
オレは五万円をもらい、この場所を後にした。
さすがに貰いすぎだと言ったが、妹の件のお礼も含んでいると言われた。
……何か感づいている気がしないでもない。
女の勘は鋭いって言うし。
まあ、くれると言うのなら貰っておく。
この世界に転生して、一万円札を見るのは初めてだ。
五万あれば、久しぶりに腹いっぱい食べることができそうだ。
あ、でも地上に出ると、血統魔法で見つかる可能性も……。
三人娘の気配が感じ取れないくらい離れた場所で、深く息を吐く。
血統魔法は、まだ使われるかもしれないってだけだ。
確定じゃない。
……だが、安心できる材料でもない。
毒親は減刑を狙っている。
世界は相変わらずクソ仕様だ。
戸籍も身分も、まともな未来もない。
それでも、少なくとも今日はまだ生きている。
オレはマジックソードを収め、再びダンジョンの奥へ向かって歩き出した。
安息の場所にするには危なすぎる。
だが、今のオレにとっては一番マシな場所だ。
まったく。
転生は望んだ。
たしかに望んださ。
だけど、こんなクソみたいな環境までは、誰も頼んでないんだよ。