A.頼んだラーメンに、勝手にマヨネーズをぶち込まれた気分だよ!
俺は死んだ。
……らしい。どう死んだのかは覚えていない。
気がついた時には、俺は魔法と科学が共存する平行世界の日本に転生していた。
転生するなら、正直もっとコテコテの異世界がよかった。
だが、そこはスマホもネットもある文明社会。
そのうえ、剣があり、銃があり、魔法があり、ダンジョンまである。
最高じゃないか。
男なら一度は夢見る全部盛りセットだ。
――そう。
ここまでは、本当に最高だった。
問題は、その先だ。
この世界、男女比が終わっていた。
男1人に対して、女は1000人。
男は常に女から狙われ、下手をすればダンジョンの中にいる時のほうが、よほど安心できる。
オレ――世風ハヤテは、ある組織で男娼をしていた父親と、その客だった女との間に生まれた。
そして、その女はオレが男だと分かった途端、金目当てでさっさと売り払いやがった。
ベリーハードどころの話じゃない。
チュートリアルが始まる前に人生詰ませにくる。
これもどっかの男ばかりの冒険者パーティーが、ダンジョンでバカをやって世界に呪いが振り撒かれた所為だ。
同じ時代に生まれていたらボコボコに殴りたい。
オレにはその権利がある!
転生は望んだ。
たしかに望んださ。
だけど、こんなクソみたいな環境までは、誰も頼んでないんだよ!
新宿・歌舞伎町ダンジョンB3F。
「あー、生き返る……!」
肺いっぱいに空気を吸い込んで、オレは心底そう思った。
普通なら逆だろう。
魔物がうろつくダンジョンの中より、外のほうが安全なはずだ。
なのにオレにとっては違う。
ダンジョンの外は、息が詰まる。
胃がねじ切れそうになる。
下手をすれば、魔物に殺されるよりよっぽど悲惨な目に遭う。
なにしろこの世界では、オレみたいな「男」が見つかった時点で人生終了だからだ。
鳥籠に閉じ込められて、生活の全てを管理される。
自由なんてものは綺麗さっぱり消し飛ぶ。
だからオレは、戸籍も身分も捨てて「女」として生きている。
バレたら終わり。
見つかったら最後。
笑えない冗談みたいな話だが、これがこの世界の現実だった。
「■■■」「■■■■」
耳障りな声が響く。
人間じゃない。
ダンジョンの壁際に身を寄せ、そっと先をのぞく。
いた。
ゴブリンだ。
ゴブリンと聞けば、普通は♂で知能が低く、女を見れば襲いかかるようなテンプレを想像するだろう。
だが、この世界では逆だ。
ゴブリンは♀。
少なくとも、オレは♂のゴブリンなんて見たことがない。
そして連中は、男を見つけると飢えた獣みたいに襲いかかってくる。
隠れていたオレのほうへ、ゴブリンの顔がぴたりと向いた。
……だよな。
ゴブリンには男性ホルモンを嗅ぎ分ける性質がある。
ほんと、どうしようもないクソ仕様だ。
腰のホルダーから銃を抜く。
あらかじめ魔力を充填していたから、五発は撃てる。
どうせ、もうバレてる。
息を吸って、吐く。
物陰から踏み出すと同時に、トリガーを引いた。
銃口から放たれた魔力弾が、一体目の頭をぶち抜く。
もう一体は狂気に染まった目で、一直線にこっちへ突っ込んできた。
……これだけは、外もダンジョンも変わらないな!
立て続けに引き金を引く。
魔力弾が胴に叩き込まれ、ゴブリンはそのまま床に崩れ落ちた。
「さて、あとは魔石の回収だな」
ゴブリンの魔石の相場は五十円。
オレが使ってる買取屋じゃ二十円。
今のご時世、十体倒してもコンビニのおにぎり一個がギリギリ買えるかどうかだ。
世知辛いなんてもんじゃない。
オレは、ここではない別世界から来た、いわゆる転生者ってやつだ。
前の世界と違う点はいくつかある。
一つは、この世界にはダンジョンがあること。
魔石っていうエネルギー資源が採れて、魔物の素材も技術発展に使われている。
そして、もう一つ。
こっちのほうが、オレにとってはよほど深刻だ。
この世界は、男女比が狂っている。
男一人に対して、女は千人。
転生して数年経つが、日常でオレ以外の男を見たことなんてほとんどない。
テレビやネットの中のアイドルくらいだ。
男に飢えた女がどれだけ怖いかって?
……オレは昔、それを嫌というほど思い知った。
思い出したくもない。
あの頃のせいで、今でも女性恐怖症になりかけてる。
つまりこの世界は、男にとってあまりにも生きづらい。
少なくとも、普通には生きられない。
「いやぁぁぁあああああ!」
不意に、悲鳴がダンジョン内に響いた。
反射的に顔を上げる。
舌打ちしたい気分になった。
下手に事件が起これば、ダンジョン警察の調査が入ることがある。
身分証のないオレにとって、事情聴取なんてそれだけで致命傷だ。
悲鳴のしたほうへ急ぐと、案の定、ゴブリンがいた。
ちなみにゴブリンは、女には容赦なく殺しにかかる。
男には欲情し、女は殺す。
同族嫌悪か何かかと勝手に思ってる。
尻餅をついた少女とゴブリンの距離は近い。
あの位置じゃ銃は使えない。
下手に撃てば、少女に当たる。
……FPSは苦手なんだよ。
オレは右のホルスターではなく、左のホルスターへ手を伸ばした。
引き抜いたのは、一本の筒状の装置。
そこへ魔力を流し込むと、青い光の剣が唸るように伸びる。
マジックソード。
魔力の刃を形成する武器だ。
ドラゴンみたいな高級素材の武具と比べれば、性能は大きく劣る。
使用者の魔力量にも左右されるし、所詮は普及品。
それでも安価で扱いやすいし、なにより――ライトセイバーっぽくて、ちょっとカッコいい。
脚部に魔力を回し、一気に踏み込む。
ゴブリンが振り向くより早く、青い刃がその胴を両断した。
少女は尻餅をついたまま、呆然とオレを見上げていた。
見たところ、大きな怪我はなさそうだ。
オレは無言でポーションを一本だけ足元に置く。
名乗りもしない。
礼を言われる前に、その場を離れる。
下手に関わって、どこで「男」だとバレるか分かったもんじゃないからな。