しくった。
おれもあの事故の当事者の一人。けっして無関係じゃない。
(まじか……)
犯人――は離婚した父親だけど――が現場にノコノコもどってくるなんて。
どうする?
「あれは三年前の12月でした。ぼくも彼も中学二年生で、そのとき、彼の幼なじみの女の子も同学年にいて」
「……あの」
「はい?」
「おれはただ……花がそなえられてたから、ここで事故があったんだなぁって。べつにそれだけですよ」
一瞬、
黒ぶちメガネの奥の目が、するどくおれをにらんだ――気がした。
が、すぐに口元に微笑を浮かべる。
「あー、すみません。やっぱり、そうですよね」
「はは……」
「失礼しました」
ぺこっ、と頭をさげてスタスタと歩いていく。
近くに乗り物らしきものはない。家から歩いてここまで来たんだろうか。
まわりは田んぼだけってわけじゃなく、民家もポツポツあるから、そのどれかが彼の家なのかもしれない。
(あ! やっぱり)
スマホでしらべた。
あの黒い学ラン。胸元のポケットに入ったグレーのライン。あれ、超・進学校の制服じゃないか。
たぶんあの人、エグいぐらいかしこいんだろうな。
スマホをポケットにしまう。
ため息。
(もう……ここにくるのはやめよう)
自己嫌悪。
ウソつきな自分。
親友を亡き者にしたのが自分の家族だった男という事実。
ヘコみまくった気持ちで、おれはこの場所まで乗ってきた自転車にまたがった。
■■■■■
「タイチ~~~やめよ~よ~」
「いいからだまってみてろ」
「あぶないよ~。足、ついてないし~」
「おいキア、うしろ、ちゃんとささえててくれよ?」
「いいけど……」
「よ、よし、いくぞ、いくぞ、せ、せーのっ!」
「きゃーっ!!!!」
■■■■■
ぱちっ、とおれはとじていた目をあけた。
なんだいまの。またか。
サドルの上でぐらぐらゆれて、地面につかない足。
自転車のうしろにいたのは肩ぐらいまでの髪に赤いワンピースの女の子。
最後、思いっきり二人でこけてたけど。
場所はここだ。
今よりも一面、田んぼだったな。
女の子は、前のときよりも少し成長していた。
「タイチ」の視点で「キア」をみてる映像。
(もうこれは〈夢〉とかでは説明がつかない)
週明けの登校日。
おれは一日中、彼女のことで頭がいっぱいだった。
彼女にはわるいが、現状、あの子は喜ぶや輝くとはほど遠い学校生活だといえる。
なによりクラスに友だちがいないのが痛い。
おれも人見知りするほうだけど、喜中さんのはそういうんじゃない。
拒否ってるんだ。人間関係を。
(ああやって、休み時間もずっと下にうつむいて……)
「よー
「えっ」
声のしたほうをみる。
おれの机の横に男子が立っていた。ニヤニヤした顔で。
喜中さんがいるほうを指さして言う。
「今日ずっと彼女を見てたろ。おれ、すぐうしろの席だから丸わかりだぜぇ?」
「ああ……そう」
「ちょっ。そんなウザがらないでくれよー。からかいたいんじゃないんだよ」
「どういうこと?」
「応援してやるよ」
どん、と片手のグーで自分の胸をたたく。
身長175ぐらいで細身だが肩幅が広い。
「おれ、そういうのやれる男なんだよ。なんていうの、キューピットっつーの?」
「いやあのさ、おれそこまでじゃないから。ただ、一人でいるから気になって……」
「バーカ。それを恋心といわずなんという」
「そうかな……」
「おれにまかせろよ。交野ちゃん」
たぶんこれがはじめての会話だと思うが、
向こうは親しげにおれを「ちゃん」づけで呼んだ。
人生でときどきこういう、ナチュラルなコミュ強に出会うことがあるが、
あまりそういう人たちと親しくつきあった記憶はない。
(『まかせろ』って――あっ!!!)
どこへ行くのかと思ったら、一直線に喜中さんのところにいった。
そして何か話しかけている。声は聞こえない。
しばらくすると、こっちにもどってきてこう言った。
「やったぞ交野ちゃ~ん。今日の放課後。二人で話をしてもいいって」
それが昼休みのことだった。
放課後。
その約束をとりつけたコミュ強は、さっさと部活に行ってしまってもういない。
(……)
じっと見ているが、席を立つ様子はない。
じっと、そこに大事なことが書かれているかのように、机をみつめる彼女。
(このままにするのはよくないな)
おれは意を決してイスから立ち上がった。
「あの……ど、どうも」
「……」
スッ、とスマホをおれに示した。
そこには「声が出しづらいので、文字でお返事していいですか?」。
おれはコクコクコクと三度うなずいた。
となりの席のイスをひいて、そこに座る。
(でもいったいなにを話せばいいんだ……?)
目をつむって、考えこんだ。
■■■■■
「キア。どうした?」
「…………」
「うつむいてんなよ」
「……ママと、ケンカした」
「へー」
「へーじゃないし!」
「なあ、そんなの考えるの、バカらしくなるおまじない教えてやるよ」
「ほんと?」
「おれもいっしょにやってやる。まず両手を広げるだろ」
「こう?」
「そうそう。で、右手の親指を右の鼻の穴にあてる」
「……うん」
「そしたら左の親指も左の鼻の穴にあてて、そのまんまのポーズで五つかぞえるんだ」
「いいよ」
「1、2――」
「ぷっ」
「お。笑った。な? このおまじない、すげーだろ?」
「あははっ!!」
■■■■■
明るい笑顔。
あれは……小学校高学年ぐらいの喜中さんか?
長い髪で、カチューシャつけてたな。
(どういうことだ……まさかおれに今のを〈やれ〉っていうのか―――?)
おまじない。
でもあのときの「キア」はたしかに元気をとりもどしてた。
目の前にいるのが、同じ人間なら……
偶然手がそこにいった、みたいな感じでごまかせるし、やってみる価値はある。
せーのっ、
「……」
「……」
おれに注目したまま、彼女はかたまった。
いや……なにやってんだおれ。
二人で話がしたいといって、いきなりこんなポーズするとか意味不明すぎるだろ。
おれは何事もなかったように両手をさげて、
すいません、と小さな声でつぶやく。
(さすがにわるふざけがすぎたな……
ふつうの真顔と思ったら、ちがった。
彼女はおれをみながら、まるでおれの背後にいる〈だれか〉をみているかのようにフリーズして、
左右の目から涙を流していた。
――「ねぇ、あの子泣いてない?」
――「まじで? あの男子、なにかしたの」
近くの女子のグループの声。
すごいスピードで注目されてるのがわかる。
冷や汗。
でもどうしていいかわからない。
と、
ごめん
スマホの画面にそんな文字。
「ごめん」はおれのほうだろ。
おれは自分の席にもどってスクールバッグをとり、彼女を追いかけた。
正面玄関のところでやっと追いついた。
「まって」
「……」
「おれ、あの」
追いかけておきながら言葉につまった。
なにをどう―――説明すればいい?
「キミとキミの幼なじみの過去を見た」なんていえるのか?
おれは……
「ご、ごめんね」スマホの表示じゃなく、彼女の口から直接出るささやき声。「私ちょっと、心が不安定で」
「おれのせいだよ。キアはわるくない」
「……!」
「あっ! じゃなくて、
どうしたんだおれは。
むかしからいっしょの幼なじみみたいに名前を呼び捨てにするなんて。
「あなた……
「ああ」
「どこかで会ったこと、あります?」
おれは首をふった。
彼女も首をかしげる仕草。
チャイムがなった。
そこでおれは急に体を横から強く押される。
すごい力。体がよろけて、地面にヒザをついた。
「ちょっとちょっとちょっと!」
押されたほうに目を向けるとそこに、ツインテールの女子が立っていた。
片目を細めた怒りの表情で彼女は叫んだ。
「アンタがうちの友だち泣かしたんか!」