友だち?
てっきりボッチだと思っていた彼女に?
「はよ立ち。返答次第では、うち、やるよ!」
は~、と自分の拳に息をふきかける。
この目は本気だ。
「ちょ、ちょっ」よろよろしながら地面に片ヒザをついた姿勢から立つ。「まってくれ。話がしたい」
「なんやて?」
「キミと二人きりで」
「あ~~~~ん?」
これはたぶん〈メンチ〉ってやつだろう。
おれの下方向から、あごをくいくいさせて
「たのむ。まじで。5分だけ」
「こんなこというとるけど、どーする、キアっぴ」
急にあだ名で呼ばれたのが恥ずかしかったのか、彼女は目をふせた。
そして「いいよ。ここでまってるから」と声を発する。
さっき耳にしたささやき声よりも、いくぶんはっきりしたボリュームだった。
安心できる人間がそばにいると、ある程度ふつうに話せるということなのかな。
しゃーないな……そうボヤくツインテの女子をつれて、
おれは
「で? なに? てみじかにたのむで」
腕をくんで指をトントンとしている。
イライラしているような雰囲気。
それはそうか。彼女は〈友だちが泣かされた〉ってことでこの場にあらわれたんだからな。
―――まずは誤解をとこう。
ちがう―――もっと誤解させるんだ。
「たしかにおれはさっき教室で彼女を泣かせた」
「―――っ!」
「まあまてよ」
おれのみぞおちに向かってフルスピードの正拳づき、の寸止め。
「適当いうたら次はとめん。アンタ、昼に食うたもんぜんぶ吐き出すことになるで」
「ええと……キミの名前は?」
拍子抜け、という感じですとんと肩の力が抜ける。
いいぞ。
リズムを狂わせて、なんとかこっちのペースにしないとな。
「
「守田さん。おれは
「漢字とかどうでもええ」
「おれと取引しないか?」
「とりひき~~~~ぃ?」
ツインテールの女子が、片目を細めすぎてほとんどウィンクみたいになる。
「おれにはキミのような協力者が必要なんだ」
「まてや。なんやねん自分。おかしいで」
「おれはあの子」向こうに立っている
「うちもそうや」
「きいてくれ。おれは、それができるカギをもっているかもしれないんだ」
「カギ?」
「たとえばこれ―――」
両手をパーにして、右手の親指を右の、左手の親指を左の鼻の穴にあてたポーズをしてみせる。
「……アンタ、ふざけてんのか?」
「いたって大真面目だよ」おれは手をおろす。「事実をいう。おれが教室で〈これ〉をしたら、彼女は突然涙を流した」
「は?」
「このポーズはおまじないらしい。むかしタイチって人がキア……いや、落ちこんでる喜中さんに教えたやつなんだ」
「自分なにいうてん。ついていかれへんわ」
「彼女は泣いた。きっと亡くなった幼なじみのことを思い出して感情がゆれたんだと思う」
「そこは知っとんやな。幼なじみのことは、だれから聞いた?」
ちょっと話しすぎたか?
幼なじみの過去の映像がフラッシュバックしたことはいずれ打ち明けるつもりだが、
おれが事故の当事者であることは秘密にしておきたい。
「ああ……えっと、中学が同じだってやつが知り合いにいて……」
「だれやそいつ。同じ学校か。自分と同じクラス?」
「いやべつの高校で、まあそこはいいじゃないか」
「そのおまじないっていうんも、そいつからきいたん?」
足音。
ゆっくり、こっちに歩いてくる。
おれたちが深刻に話しこんでいるように見えて、気になって様子をみにきたか。
おれは守田さんに一歩近づいた。
まだ、彼女は会話がきこえる距離にはいない。
「おれたちの目的は同じはずだ。キミがおれに親しくしてくれれば、おれも彼女に近寄りやすい」
「は、はぁ!? っていうか近い、近いて」
「どうするかは、キミがえらべ」
「ちっ」
どんと胸をおされた。
平均的な女子の身長と体重――どちらかといえば細身――なのに、意外と力が強い。
「ハル? どうしたの、その人と何かあった?」
「あ~あ~、いや、なんもない。かる~く自己紹介しあってただけやで」じろ、とおれに目線。「な、なあ交野くん」
「え? ああ」
「ほなかえろか」
さっ、と腕をとる守田さん。
「恥ずかしいよハル」
「ええやんええやん」
腕をくんで歩いていく二人。
背は、
桜の枝にまだ残っていた花びらが、上から下にヒラヒラ舞い落ちる。
■■■■■
「ええねん! もうほっといて!」
「いっしょにかえろうよ。ね? ね?」
「うっさいねん。ええカッコすんな」
「んー」
「アンタもあいつらと同じや。うちの言葉とか、ウラでバカにしとんやろ!」
「あのさ」
「なんやねん」
「キアはそんな子じゃないぞ」
「……わかっとるわ。そんぐらい。うちかてガキやない」
「だったら」
「ええんか? あそこにおる自分のガールフレンドが、明日からうちと同じようにイジメにあうようになっても」
「いいんじゃないか」
「はぁ!!??」
「あいつは強いんだよ。おれよりも」
「……」
「おーいキア! いっしょにかえろうってさ! 三人でかえろうぜ!」
「うん!!!」
「な、なんやねん自分ら、ほんま………………」
■■■■■
あ。
泣いてた。
最後、たしかにキラリと光るものが、ランドセルを背負った彼女のほっぺを流れた。
あの――ツインテールと関西弁。
その特徴は、小学生のときから今まで変わっていないようだ。
(おおかた、よそから転校してきて苦労してたってとこか)
翌日。
「ライン交換しよ」
校門のところで彼女はおれをまちぶせしていた。
ことわる理由はない。
彼女の名前は、
その日の授業中、さっそく彼女からラインがきた。
「どうするん?」
おれは頬杖をついた。
たしかに「どうする?」だ。
具体的に、おれはこれから何をどうすればよいのか。
うーん……
と、うしろから「おい」「おい」と小声。
先生は黒板に英文をカリカリ書いている。おれはうしろを向いた。
「交野ちゃん、昨日なにしたんだよ。え? きいたぜ? あの子を泣かせたんだって?」
「あー、まあそうだけど」
「やるなー」
「え?」
「最初は好きな子にキラわれるぐらいのほうがかえってうまくいくのさ。まじまじ」
おれは苦笑した。
で、へんなタイミングだが「おれ交野」とあらためて自己紹介する。
「
スポーツマンらしいさっぱりした髪のコミュ強と、そこで握手した。
「まて。ほれこれ」
前に向こうとしたら、彼は何か紙のようなものをおれににぎらせた。
「映画のタダ券。二枚な。タダだとさそいやすいべ?」
「さそう? だれを?」
「ははっ。ボケんなよ。そんなのいうまでもないだろ?」
あ。
おれはガツンと頭をたたかれたようだった。その衝撃で目がさめた。
おれがやるべきことは知らない過去の思い出をたどることではなく、
いち男子高校生として、きわめて健全に彼女と恋愛することなんだ。
(いや知らないって。彼女のつくりかた)
放課後になった。
おれは……
「じゃあがんばれよー、
おれは……
教室から出て階段をおり、正面玄関をでて、校門にさしかかろうとする彼女を、
呼びとめられないでいた。
(むずいな。こんなの、やったことないから……)
女子と映画。
もしそれが実現したら、記念すべき人生の初デートだ。
(でもことわられたら…………えっ!!!???)
校門を出て数メートルすすんだところで、
だれかが彼女のもとへ駆け寄ってきた。
他校の男子。
真っ黒な学ラン。胸ポケットにはいったグレーのライン。あれは全国レベルの進学校の制服。
――「ちょっと……、いいですか?」
――「ここでぼくの親友が亡くなりました」
まさか、こんなところで。
おれはとっさに下校する大勢の生徒の中にまぎれこんで、気配を消す。
「……」
「……」
会話はきこえない。
少し言葉を交わしたような仕草のあと、駅がある方にいっしょに歩いていく。
(まずいことになったな)
第一に、彼におれの存在を知られるわけにはいかない。
そうなったら、彼はおれが事故現場にいた理由を徹底的に問いつめてくるはずだ。
第二に、あの二人の関係性。
彼らはつきあってるんだろうか――?
気がつけばおれは映画のタダ券を、紙がぐしゃぐしゃになるほどにぎりしめていた。