『喝っっっっっ!』の爆発的なヒットは、もはや社会現象という言葉すらぬるいレベルに達していた。
νステでの切り抜きショート動画は、「覚醒大河内」とタイトルが付けられ、SNSで全世界に拡散されたあげく、瞬く間に億単位の再生数を記録。
70歳の大御所が魂を叩きつけてくる動画として若者から老人に至るまで。そして海外の音楽ファンまで熱狂させ、各種ストリーミングチャートの1位を爆走し続けた。
そして、街のカラオケボックスでは空前絶後の珍現象が発生していた。
『喝っっっっっ!』を歌う際、最初に前座として『人生』を退屈そうに歌い、曲の終わりに「つまらない人生だ……!」と叫んで『喝っっっっっ!』の爆音ロックに雪崩れ込むという、「覚醒大河内ごっこ」がカラオケの超定番スタイルとして大流行したのだ。
その副産物として、僕の命である『人生』も、カラオケのセットリスト入りによって『喝っっっっっ!』のついでにチャートの上位へズルズルと引き上げられ、結構な順位を記録していたのだった。
なんだこれ。
「……ハァ」
自室のベッドで、僕はスマホのチャート画面を見ながら、深すぎる溜め息をついた。
画面に並ぶ、1位『喝っっっっっ!』、そしてついでのように上位にランクインしている『人生』。
「……まあ、うん。売れてるよ」
僕は自分に言い聞かせるように、ぽつりと呟いた。
僕の曲が売れてる。
でもこれは絶対思っていた売れ方じゃないよね。
「でも理由はともあれ、全国で、いや世界中で僕のポップスが聴かれて、買われているのは事実だからね……! 踏み台? いやいや、これは完璧な構成美としてのセット運用なんだよ……多分!」
そんな解釈ってある!?
自分の愛するポップスが、10分で作成したロックを際立たせるための「前座」「ネタ」として消費されている現実に唖然としてしまう。
……でも売れてるということは、聞いてくれてるし歌ってくれてるし、喜んでくれているということ。
掲示板のみんなの声も見てみる。
「人生からの喝最高!」
「人生歌ってる時が最高に楽しい説、あると思います」
「分かるw溜めてる感あるよなww」
「高く飛ぶためには、まずしゃがまなければならないのだ。
しゃがむことの大切さを教えてくれる名曲」
喜んでいる……よね?
あふれる喜びの声、そしてこれだけ売れているのであれば、僕のポップスを心から気に入ってくれた人だって絶対いるはずなのだ。
自分の作ったポップスをみんな聞いてくれてるという事実が、ほんの少しだけ慰めになる。
「……くそっ、素直に喜べないよ!! なんだろう、この複雑すぎる感情は!!」
頭を抱えてベッドの上でゴロゴロと悶絶する僕であった。
★
悶々とした気分で過ごしていたとある日。
突然、凜から「一度直接会って、ちゃんと謝罪がしたい」という短いLuinが届いた。
謝罪??
何のことだろう??
凜とは服を買ったときに会った以来、特に絡みはなかった。
エリートコンサルスーパーOLである凜と、基本家に引きこもっている僕に接点などあるわけない。
ご近所とはいえ偶然とか弾みとかでもなければ、そんなに会うことだってないのだ。
いつも連絡取り合ってるわけでもあるまいし……
なんのこっちゃと思いながら、指定された公園へ足を運ぶ僕。
懐かしいなここ。よく凜と遊んだっけ。
先に待っていた凜は、ベンチに浅く腰かけていた。
心なしか所在なさげだ。
僕に気づいた凜が、じっと見つめてきた。
いつも通りの無表情で整った顔立ちだが、どこか肩を身狭くし、居心地の悪そうな雰囲気を漂わせている。
「……わざわざ呼び出してごめんなさい、秋彦くん」
「いや、別にいいけど。でも急にどうしたの? それに謝罪って……」
僕が首をかしげると、凜は意を決したように僕の目をまっすぐ見つめ返してきた。
「『人生』って……あっくんの曲でしょ」
「……っ!?」
心臓が跳ね上がった。
「な……なんで、分かったの……?」
「作曲者のハルトって名前……あっくんが中学時代に使ってたペンネームだったから」
言葉が詰まる。そんな昔の事を覚えていたとは。
――ハルト
……ハルトは、昔からずっと使ってるペンネームだ。
アキヒコなんかじゃない。
僕の望む真の音楽――ポップスの作曲者としてのみ使おうと、思っていた名前。
ロックの作曲者として使われるのが嫌だったから、そっちには適当に付けたアキヒコを使っていた。
いつの間にか忌まわしきアキヒコの方が幅を利かせていて、ハルトが日の目を見ることは無かったけど、『人生』のリリースでようやく日の目を見たのだ。
「……よく覚えてたね」
「覚えてるよ。春の音で、ハルト――でしょ?
ポップスに相応しいのは秋じゃなくて春の方って、よく言ってたじゃない」
懐かしむようにクスリとほほ笑む凜。
「それに――」
凜は静かにカバンからイヤホンを取り出すと、その片方を僕の耳へと差し出してきた。
触れ合う指先が少しだけ冷たい。
二人で並んで座るベンチ。
イヤホンから流れてきたのは、不器用で、けれど真っ直ぐで、僕が中学時代に命を削るようにして作ったあのポップスだった。
「これとメロディラインが同じだもん」
そう言って、凜は小さく息を吐いた。
確かにそれを意識して作った面はあるかも。
でも、ホントに中学時代の音源持ってたのか。
……じゃあ、ずっとたまに聞いてたってのも事実なんだ。
「だから……納品って本当だったんだね」
「え……?」
「あっくんがずっと作曲家として納品してるって言ってたの、私、ただの強がりだと思ってた。
現実逃避の嘘なんだって、勝手に決めつけて……酷いことばかり言ってごめんなさい」
どこか泣きそうな、けれど必死に表情を押し殺した声。
「私、あっくんの音楽をずっと否定し続けてた。
本当はずっと夢を追いかけて、ちゃんとお仕事にしてたのに……信じてあげられなくて、本当にごめんなさい」
深々と頭を下げる凜。
風が吹き抜け、公園の木々がざわめく。
あんなに正論で僕を詰めてきた彼女が、こんなにも小さく見えたのは初めてだった。
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
あらゆるプロデューサーから、家族から、僕の愛したポップスは「カス」だの「退屈」だのと否定され続けてきた。
それだけじゃない。今は世界から、つまらないポップスだと言われている。
だから別に、前に凜に否定されていたことは全然気にしてない。
ってか最初なんの謝罪か分かってなかったくらいだし。
「……別に、いいよ」
僕は頭を掻きながら、そっぽを向いて言った。
「嘘だと思われても仕方ないような状態だったしさ。
それに……凜が僕の曲だって気づいてくれただけで、なんか……十分だよ」
母と妹なんてひどいもんだったからね。
何回聴かせてもメロディが頭に残らないとかほざいてる。
それに比べたら感動的ですらある。
「あっくん……」
凜が顔を上げる。
その涼しげな瞳が微かに潤み、ほんのりと頬が朱に染まっていた。
「私……ずっと心配だったの……でも、あっくんの曲が売れたみたいで嬉しい。
それにやっぱり、あっくんの作るポップス、私は嫌いじゃないよ」
「凜……」
すれ違い続けた心が、夕暮れの空気の中で溶けていくような、少し甘くて切ないエモーショナルな時間――
しかし。
イヤホンのメロディがふっと途切れ、次の曲へと自動再生が切り替わった。
――ジャカジャカジャカジャカ!!!
爆音のギターリフが耳を突き破る。
流れてきたのは、僕があの曲――『喝っっっっっ!』だった。
時間が……止まる。
は?
情緒も、甘酸っぱい空気も、すべてが音速で吹き飛んだ。
「ち、ちょ……この曲って……!?」
僕が焦ってイヤホンを外して問いかけると、凜はバツの悪そうな顔をして、クイッと視線を明後日の方向へと逸らした。
「あ……えっと……『人生』のついでに聴いてたら、はまっちゃって」
は?
は?
「はハマッ!?」
「意外とロックも悪くないかな、なんて……」
気まずそうに、けれどどこか名残惜しそうに耳元のイヤホンを押さえる凜。
ふと、彼女のスマホの画面が目に入った。
ミュージックアプリの再生画面。そこに表示されている再生回数を見た瞬間、僕の思考は完全に停止した。
凜が昔から聞いていたという僕の原点のポップス再生数――およそ300回。
つい最近買って聞いてるであろう『喝っっっっっ!』の再生数――およそ600回。
圧倒的上回り。ダブルスコアだ。
嘘だろ……
ぼくの ぽっぷす すきだったのに
圧倒的情報の大きさに、僕の頭の回線がパンクした!
『人生ぇぇぇぇぇぇ!!!! 歪んだ世界で俺は叫ぶぅぅぅぅぅ!!』
大河内先生の渾身シャウトが響き渡る。
うわああああああああ!!!!!
叫びたいのは僕の方だよ!!!!!
音取られやんけ! と、僕は心の中で盛大に愕然とするのであった。
それから少し、記憶が飛んだよ。
公園でのあまりの衝撃から、自分がどうやって家に帰ってきたのか、正直よく覚えていない。
気づけば夜風に吹かれながら最寄りの駅を通り過ぎ、自室のベッドにゴロンと転がっていた。
脳裏でリフレインするのは、凜が聴いていたストリーミングアプリの圧倒的な再生回数の差。そして、彼女が口にした「意外とロックも悪くないかな」という一言。
しばらく悶々とした僕だったが、
「……まぁアキヒコって、結局僕だしね!」
天井を見上げて、僕は大きく息を吐き出した。
そうそう!
名前がどうであれ、凜が気に入ったあの曲を作っているのは紛れもなく、この僕である。
今更ながら、自分で自分と殴り合ってどうするのだ。
ハルト「アキヒコォォォォォォ!!!」
アキヒコ「ハルトォォォォォォ!!!」
ボカボカ
僕、フルボッコである。
ここに至り、僕はついにロックのアキヒコを受け入れることにした。
嫌々で作ろうが10分で作ろうが、世間がそれを「神曲」と持て囃し、札束の雨を降らせてくれるというのなら、やはりその事実は受け入れていくべきなのだろう。
ハルトも『喝っっっっっ!』のセット運用という形ではあるが、一応世に出たわけだし一人前の作曲家となった。
つまりアキヒコとハルトは、同じ舞台に立てたのだ。ここから勝負すればよい。
ポップスで人々の心に寄り添い、ロックで脳みそを直接殴り飛ばす。二刀流の作曲家として、僕はこの狂った音楽界を生き抜くとしよう!
……とまぁ、なんかそれっぽいこと言ってみたけど、実は現実的にアキヒコを受け入れざるを得ない問題があったのだ。
そう――税金である。
少し前に「こんな不浄な金はいらない!」と高潔な精神を発揮し、全額寄付したのは記憶に新しい。
その時はこれこそが僕の人生、と清々しい気分になったものだが、その後、坂本さんから税金に気を付けてねと言われて気が付いてしまったのだ。
寄付したら税金って無くなるんじゃないの?
→無くならない。現実は非情である。
3択くらい選択肢を用意してくれませんかね。
ちょっとこの方向に人生が転がって行くとは思ってなかったかな。
「……稼がなければならない」
生き残るためには、嫌々でもロックに頼り作曲し続けるしか道がないのだ。
ポップスへの純粋な愛と、税金という名の物理的暴力の狭間で、僕は力強くこぶしを握りしめた。
でも、考えてみれば同じ土俵に上がってさえしまえば、僕のポップスの方が優れていることは確定的に明らかなのだ。
僕のこれまでの血のにじむような努力と、世の音楽家たちが打ち立ててきた音楽理論がそれを証明してくれる。
なぁに、すぐに世界は僕のポップスを理解してくれるはずさ!
何の問題もないよね!
そして僕は余裕をもって机に向かい、新たなるポップスを作曲すべく全身全霊をもって取り組むのであった。
第1章 完
脳破壊すみませんでしたm(_ _)m
あとスイカバーと感想を見るに、主人公が合わない方がちらほらいらっしゃるようで、すみません。
でも書いてて楽しいので……つまりすべて作者がいけないm9( ・ω・)
ただ8万字も読んでもらったのに、イライラさせてしまったのは申し訳ない。
コメディなのに本末転倒ですからね(汗) なので続きを出すかは考え中 ( ー̀ωー́ ).。oஇ