天繋記   作:鼓爺

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こんにちは。鼓爺(つづみや)です。

筆が乗りました。

どうぞ。




第一話 出会う、再び

 

......まずい。

 

まずい。まずいまずいまずい、まずい。

 

まずい......!

 

初日から寝坊......入学初日から遅刻......

 

初っ端から、寝坊して遅刻......ッ!!!

 

 

冷や汗をかきながら階段を駆け降りる。

リビングではすでに、ばあちゃんが朝ごはんの支度をしてくれていた。

 

 

「ばあちゃんっ!!!」

 

 

「おはよ。あんたって子はこんな日にまで......ほれ、ちゃんととりなよ」

 

 

「ん、ありがと!」

 

 

無造作に放り投げられたりんごをキャッチし口に捩じ込む。シャリっとした食感を楽しむ暇もなく、淡々と身支度を整えようとした。

しかし歯磨きをしようとしたところで、ルーティンの順番を間違えたことに気がつく。鏡に映る俺の口には、間抜けにもリンゴが咥えられていた。

 

寝起きではあったものの自分の間抜けさに思わず呆れてしまい、なんだか笑えてきた。くつくつと込み上げてくる笑いを堪えながら、齧り跡の目立つリンゴを脇に置いて、身支度の続きを始めた。

 

 

 

身なりを整え、制服にも着替えたところで廊下に出ると、タイミングよくばあちゃんがやってきた。

 

 

「朝ごはんやめとく?この時間だと無理そうかね」

 

 

「ぽいな。せっかく作ってくれたのにごめんよ、りんごだけもらっとく」

 

 

「いいよいいよ、帰ってから食べればいいし。はい弁当」

 

 

ばあちゃんはそう言うと、エキゾチックな模様の目立つ弁当袋を手渡してきた。受け取った瞬間ずしりと腕にくる重さに、その中身にはかなり期待ができた。

 

ばあちゃんにはいつも甘えてばっかりだ。俺ももう高校生なんだから、気を引き締めないと。

 

でないと、父さんにも面目が立たなくなってしまう。

 

 

「ばあちゃん」

 

 

「なに?」

 

 

「その......いつもありがとう」

 

 

靴紐を結びながら、俺の背中を見守っているであろう人に向けてお礼を言う。面と向かってはなんだか小恥ずかしかったから。

 

と次の瞬間、パァンという甲高い音とともに衝撃が背中に走った。

 

 

「ッだ!?」

 

 

「お礼は寝坊助を治してからにしてほしいね」

 

 

「ちょ、何も叩かなくても......わっ」

 

 

ばあちゃんは続け様に、立ち上がる途中の俺の背中を容赦なく小突いてきた。

 

連続して全身を襲う衝撃と目まぐるしく変わる状況に思わずよろけたものの、幸いにも玄関のドアに腕をもたれ掛けさせて事態を収めることはできた。

 

収拾もついたところで、事の発端となったばあちゃんへ文句ありげに鋭い視線を向ける。廊下の奥から差し込む朝日で表情はうまく読み取れなかったが、仁王立ちをして腕を組むばあちゃんの立派なシルエットは目視できた。

 

 

「......なんだよ」

 

 

「こちらこそありがとうね」

 

 

「へ?」

 

 

意味がわからなかった。なぜばあちゃんから礼を言われなければならないのだろう。世話をしてもらっているのはこっちだというのに。

疑問符を浮かべたが、そんな事をしている場合ではない状況であることを思い出す。そろそろ出発しなければ、本格的に入学式に遅れてしまう。

 

 

「腰さえ悪くなければね......あたしも老いたもんだよ」

 

 

「それはもう何回も聞いたって。いいから安静にしてろ、毎日ご飯作ってくれてるだけでもありがたいんだから」

 

 

「あたしがただ見たかったんだよ、あんたの晴れ姿をさ」

 

 

「ばあちゃん......ありがとう。でもごめん、もう行くから。父さんには代わりに挨拶しといて」

 

 

名残惜しそうに年甲斐なくむくれるばあちゃんに釣られるように、俺も後ろ髪を引かれる。しかし背に腹は変えられない。

 

俺は心を鬼にして玄関のドアを勢いよく開け放ち、「行ってきます」と外に一歩踏み出した。

春の新緑の香りが入り混じった空気が、生暖かくて心地よかった。

 

 

「行ってらっしゃい。気をつけるんだよ」

 

 

いつも通りの挨拶。そんな暖かな声援を背に、俺は韋駄天の如く学校へ一直線に向かった。

 

 

狂おしいほどの晴天。入学式には打ってつけの天気に、俺の気持ちは晴れやかだった。

 

そう逸る一方で、今回もヘマ(点ルビ)をしないようにと、心にそっと釘も刺しておいた。

 

 

 

***

 

 

 

「〜〜〜っ!ふぅー、やっと終わった......」

 

 

入学式も終わり、会場から退出してからすかさず大きな伸びをする。それは長ったらしい校長の挨拶から解放されたことよりも、入学式に間に合ったことへの安堵感という意味合いの方が大きかった。

 

時間通りに敷地内には着いていたものの、本来であれば間に合っていなかった可能性も十分あった。なにぶん羽丘(ここ)の校舎は想像以上に広すぎる。施設の位置関係など新入生からしたらわかったもんじゃない。

 

誘導役の先輩がわざわざ道案内してくれたおかげで、会場である体育館までたどり着くことができたのは暁光だった。入学式での挨拶で彼女が生徒会長だったと知った時の衝撃は、未だに頭の隅にぽつねんと残っている。

 

次はクラス発表の時間だ。俺は気を取り直して、足早にクラス表の掲示された掲示板へと向かって行った。

 

 

 

羽丘学園高等部──通称『羽丘』は地域の中でも上位の進学校であり、加えて昨年度まではなんと女子校だったという。

 

そんな羽丘がなぜ今年度から共学制になったのか詳細な理由まではわからないが、先ほど長話を論じた校長曰く近隣地域からの要望の声が存外多かったらしく、それに応える形で共学制にしたのだそう。

 

今まで女子しかいなかった学園に男子を取り込むのは男子である俺から見てもいささかどうかと思うが、変革をよしとする歴史の若い学校にありがちといえば、案外ありえることなのかもしれない。

 

そうらしくもないことを逡巡するのは、目の前に張られたクラス表から読み取れる男女比故だった。ざっと見た感じ、クラスは男女比3:7の比率で構成されている。

 

とはいえ、俺からすればどっちでもよかった。男でも女子でも、友達を作る気はさらさら無いから。あくまでクラスメイトとしてなんとなく仲良くやって、無事学校生活を終えられたらそれで十分。

 

どれだけ深い時間を過ごしたところで、いつかは別れてしまうのだから。悲しい思いをするくらいなら、そんなことしなくたって構わないだろう。

 

 

「......行くか」

 

 

吐き捨てるようにそう呟き、俺は自分のクラスである1-Aに向かった。

 

登校時から心に棲みついていた浮ついた気持ちには、いつの間にかぼやけた靄のようなものがかかっていた。

 

 

 

***

 

 

 

初のホームルームは、まず自己紹介から始まった。

 

 

「──以上です。これから一年間、どうぞよろしくお願いします」

 

 

高校生活で初めて一年を共にするクラスメイトに一礼し、暖かな拍手で見送られながら席に戻る。

 

クラスの自己紹介は出席番号順で行うのが定例だが、苗字が“あさひ”なせいでこれまで俺より先に自己紹介した者は一人としていなかった。

 

そういうわけで今回も例に漏れずトップバッターを務めた俺は、後は気楽に聞き役に徹することができるのだ。最初こそこの足掻き用のない運命に悲観したが、今となっては早めに苦しみから解放されるという利点に気づけたため、役得以外の何物でもない。

 

 

「旭日さん、ありがとうございました。次はー......梅里さん!お願いしますね」

 

 

「はいっ!!初めまして、梅里ちえりです!実は先日誕生日を迎えて、歳もみんなより一個上なんですよ!!趣味は────」

 

 

その後はスムーズに自己紹介が進んでいった。元気溌剌な子、お淑やかな子、内気そうな子、適当そうな子。

 

男子より女子の方が多いものの性格の違いは性別関係なく千差万別で、他人の人となりを知るのが好きな俺にとっては、いい退屈しのぎになりそうだった。

 

 

ふと窓の外を見やる。校庭に植えられた桜たちは一身に春の日差しを受け、無機質な校舎に燃え上がるほどの極彩色をもたらしている。

 

いつも通りの春。いつも通りの入学式。いつも通りのホームルーム。

何を意識せずともとりどりのクラスメイトの声を肴にお花見を楽しめるこの瞬間は、極力友好関係を持ちたくない俺にとって唯一の楽しみなイベントだ。

 

......そう、唯一の。

 

 

今までだって耐えてこられたんだ。どれだけ話したくとも、仲良くしたくとも、目先の欲をぐっと堪えて耐えてきた。今回だってやれるはずだ。

不必要な『繋がり』なんていらない。あってもどうせ切り離される運命なのだ。今仲良くしたところで何になる。

 

どうせみんないなくなる。

 

 

みんないなくなって、俺はまた置いてかれて────、

 

 

 

 

 

 

 

 

「────高松ともり、です」

 

 

「────ぇ」

 

 

ハッとするとはこういうことを言うのだろうか。

外に向けられていた意識が、一気に前へと向き直る。耳だけは傾けていたので、何が聞こえていたかははっきりと覚えている。

 

高松ともり。

 

はっきり知覚できるわけではない、それでいて隙間に挟まって取れるに取れない。そんなもどかしくもいやに聞き覚えのある名前だった。

 

そして、覚えがあったのは声だけではなく......

 

 

「趣味は、石とか集めたり......自然な物を集めたり、みたいなことです......」

 

 

鳩の羽のような、色素を薄めた紫系の色をしたショートヘアー。素朴な髪のイメージをそのまま転写したかのような、穏やかな顔つき。

暗がりの中、遠巻きに見える街灯の明かりで辛うじて見えていた彼女の特徴。

 

『あの夜』がやけに忘れられなくて。それでもあまりにも夢のような体験で。

それゆえに今までただの想像に等しかったそれらが。今、はっきりと。

 

俺の目の前に存(・)在(・)し(・)て(・)い(・)る(・)。

 

 

「......以上です。ありがとう、ございました」

 

 

気がつけば高松の自己紹介は終わっていた。内容はろくに聞いちゃいなかった。石とか何かがどうとか言っていた気がするが、今はそんなことよりも、この現状を理解するのに脳を行使していたかった。

 

高松が同じ学校にいる。しかも同じクラス。

 

初めて会ったあの日から同級生くらいかと思ってはいたが、まさか本当に同世代だったとは。学校が被るだけならまだわかるが、よりにもよってクラスまで一緒だなんて思わな────......

 

 

「......!」

 

 

自席に戻る途中、周囲を気にするようにきょろきょろと見回す高松と視線がかち合う。それを避けるかのように、俺は咄嗟に机上の虚無に視線を向け、息を止めた。

自分でも何にそこまで怯える必要があるのかわからなかった。無様にも縮こまる俺の姿は側から見ればどういう風に映っているのか、無性に気になって仕方がなかった。

 

 

「高松さん?どうしたの、立ち止まって」

 

 

「あ......すみません」

 

 

先生に促されるままに高松が席に戻っていく。擦れる靴音、引きずられるイスの音、最後にそっと座る音が聞こえて、ようやく俺は呼吸ができるようになった。

 

 

何だったんだ、今のは。

得体の知れない感情。不整脈でざわつく俺の心臓は、さながらかかりの悪いエンジンのようだった。

 

高校生にもなるので心機一転で髪の毛を切ろうか悩んでいたが、どうやら切らなくて正解だったみたいだ。無造作に伸びた前髪は焦点の合わない俺の目を覆い隠し、平常という名の外套を着せてくれた。

 

何事も無かったように、自己紹介が再開される。顔こそ上げてはいたものの、背後にいるであろう高松の存在が、あの夜俺を見送ってくれた姿と重なり合ったままでしょうがなかった。

 

 

どうするべきか、何が自分にとって最善なのかわかっていたはずなのに。それなのに。

 

思いがけず再会した、願いを果たしてくれた『流れ星』に、俺の心は性懲りも無く、無様にも揺れ動かされるのだった。

 

 




ありがとうございました。

言葉選びって難しいですね。
MyGO!!!!!の曲を聴いてると、燈の作詞スキルがいかに高いのかがわかります。

ではまた。次回の更新は未定です。

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