弟からの説明は、夕飯の直前まで続いた。
三輪が撮って送った写真には、机いっぱいに小さな模型が並んでいた。その一つ一つに名前があり、どこが動くのか、前に持っていたものと何が違うのか、弟は順番に教えてくれた。
全部を一度には覚えられなかった。
けれど、分からないところを聞き返すと、弟は嬉しそうにもう一度説明してくれた。
夕飯のあと、携帯電話を見ると、メカ丸から返事が来ていた。
『左端のものは、腕が外れているのか』
三輪は写真を開き直した。
「ねえ、これ、腕が外れてるって」
「外れるんだよ。交換できるから」
「あ、そうなんだ」
言われたとおりに打って送る。
少しして、今度は別の部分について質問が来た。
三輪が読み上げると、弟は箱まで持ってきた。
「友達、好きなの?」
「どうだろう。詳しいかもしれない」
「じゃあ、これも撮って」
弟は模型を並べ直す。
三輪は携帯電話を構えて、笑った。
「まだ増えるの?」
「さっきのは、半分」
残り半分は、翌日も机の上に出ていた。
*
帰省から戻った一月、高専の廊下はいつもより冷たかった。
三輪は自分の部屋に荷物を置き、先に教室へ向かった。
メカ丸は窓際の席にいた。机には、ばらした小さな部品が並んでいる。
「ただいま」
「ああ」
「写真、たくさん送ってごめんね」
「俺も聞いたからな」
彼は部品を一つ持ち上げた。
「あのあと、弟に聞けたのか。関節の固定方法」
「聞いたよ。箱の説明も撮ってきた」
三輪が携帯電話を出すと、メカ丸は工具を置いた。
画面を見せる。
「ここが、はまるんだって」
「……なるほど」
「分かる?」
「お前の説明よりは」
「えー。頑張って聞いてきたのに」
「写真を撮ってきたのは正解だ」
褒められたのか、よく分からない。
三輪がもう一枚見せようとすると、教室の扉が開いた。
「帰ったなら、荷物くらい片づけなさいよ」
真依が言った。
「置いてきたよ」
「置いただけでしょ」
三輪は携帯電話を閉じた。
そのとおりだった。
鞄の中には、まだ土産も入っている。
「あ、そうだ。二人に渡すものがあるんだった」
「先に持ってきなさいよ」
「今、取ってくる!」
三輪が部屋へ戻ると、真依の声が廊下まで追いかけてきた。
「走らなくても逃げないわよ!」
*
冬の間、三輪は授業と任務の合間に、自分の剣を人へ説明することになった。
最初に頼んだのは真依だった。
「あんた、近づかれたとき、どうやって距離を作ってるの」
「え?」
「銃を向ける前に、腕を押さえられたらって話」
訓練用の銃を持つ真依の前で、三輪は考えた。
腕を押さえられる前に動く。
押さえられたなら、掴まれた方向を見て、足を置く。
言葉にするところで、手が止まった。
「その、相手の力が来る方に、ちょっと身体を合わせて……」
「ちょっとって、どれくらい」
「押されすぎないくらい」
真依が黙った。
三輪も黙った。
「……ごめん。分かりにくいよね」
「実際にやってみて」
真依が三輪の右手首を掴む。
三輪は軽く体を回し、掴まれた手をそのまま前へ出した。
真依の指が離れる。
「今の」
「うん」
「見えなかったんだけど」
三輪は自分の手首を見た。
「もう一回、ゆっくりやる」
今度は、足を動かす前に真依を見る。
「こっちに引っ張ってみて」
「こう?」
「うん。それで、この足を……」
三輪の左足が、自然に半歩ずれた。
真依が手を離す。
「今、何でそっちに動いたの」
「えっと」
そこは、考えるより先に動いていた。
三輪はもう一度、最初の位置へ戻った。
「ちょっと待って。私、何してた?」
「それを聞いてるのよ」
二人で顔を見合わせていると、稽古場の入口から歌姫が声をかけた。
「何を練習してるの?」
*
歌姫は二人の話を聞くと、床へ線を引いた。
「じゃあ、まず真依が、銃を取られない位置へ手を引く。その間に足をどこへ置くか、一つずつ見ましょう」
三輪は線を見た。
これなら、動いた場所が残る。
真依が手首を取る。三輪がゆっくりと身体を回す。
「ここで足が動いたわね」
「はい。相手の正面から外へ出たくて」
「最初にそう言いなさい」
「すみません」
歌姫が真依へ向く。
「三輪と同じ速さでやる必要はないわ。まず、掴まれたままでも、銃を撃てる向きへ身体を運べるか試して」
真依は一度頷き、今度は自分から三輪の手を取った。
足を置く。腕を引く。
途中で三輪の手が引っかかる。
「今、離れなかった」
「離すことだけ考えなくていい。まず、撃つ手をどこへ向けたいか」
歌姫の言葉に、真依がやり直す。
今度は一歩分、間ができた。
「あ」
三輪が声を上げる。
「それなら、私が追うとき、一回そっちの足を避けないといけない」
「最初からそれを言いなさいよ」
「ごめん」
「だから、謝らなくていいって」
真依は訓練用の銃を構え直した。
「もう一回」
「うん」
今度は三輪が手首を取る。
真依の足が動き、銃口がこちらへ向く。
そこで歌姫が止めた。
「三輪。今、追おうとしたとき、どこが邪魔だった?」
「左足です。そこを避けると、真依の右側に回れなくて」
「真依、聞いた? そこまでが今の練習。次は、相手に別の方向へ回られたらどうするか考えましょう」
三輪は床の線を見た。
自分ができることを、そのまま見せるだけでは足りない。
真依がどこを目指して動くのか、先に知る必要があった。
それが分かると、さっきより、少しだけ話しやすくなった。
*
二月の終わり、成績表が返ってきた。
三輪は教室へ戻るまで、裏返したまま持っていた。
席へ座ってから開く。
「……あ」
前より上がった科目がある。
授業のあとに質問したところと、メカ丸と一緒に解き直した範囲だった。
隣から真依が覗く。
「どうだったの」
「ここ、上がった」
「よかったじゃない」
「うん」
思っていたより嬉しくて、三輪はもう一度数字を見た。
逆に、下がった科目もある。
そちらは、次の試験までに聞いておこう。
メカ丸が、自分の用紙を畳む。
「復習した問題、出ただろう」
「出た。途中までは、ちゃんとできたよ」
「途中までか」
「最後の計算、間違えた」
メカ丸は何か言いかけて、やめた。
三輪は成績表を鞄へしまった。
帰省のとき、弟たちに、学校は楽しいのかと聞かれた。
楽しいことも、難しいこともあると答えたら、曖昧だと言われた。
今なら、もう少し具体的に話せそうだった。
*
同じ頃、三輪の名前は、別の部屋でも話題になっていた。
任務記録と、百鬼夜行の報告。
五条悟との手合わせについての、限られた記録。
机の上に並ぶ資料を前に、一人が言った。
「特級として扱うべきではないのか」
「個人の勝敗だけで、同じ区分へ入れるのは適切か」
「しかし、現行の等級では実力が伝わらん」
意見は揃わなかった。
強さを低く見ている者ばかりではない。
むしろ、何ができるかを知ったからこそ、その力をどう使うか考えている者もいた。
「本人を直接呼んで、いくつか任務を――」
「任務の依頼は、京都校を通してください」
歌姫は、手元の予定表を閉じた。
「学業と休暇も含めて調整します。一級への推薦は、すでに手続きの途中です」
「それでは遅い」
「必要な情報なら、報告書にあります。等級を上げれば、同じ時間に二つの現場へ行けるようになるわけではありません」
返事が途切れた。
歌姫は資料を揃えた。
議論が終わったわけではない。
ただ、この場で勝手に三輪の予定を決めさせるつもりもなかった。
*
その話を、幸吉は知らなかった。
知っているのは、数日後に行われる校内の結界設備の点検日だった。
校内で傀儡を使う彼にも、点検の時間は事前に伝えられている。
その予定を、暗い部屋で口にした。
向こうから聞こえる声は、穏やかだった。
『それで、変更はないんだね』
「……今のところはな」
『助かるよ』
幸吉は目を閉じた。
声の主の顔を、今は見ていない。
それでも、その言葉が誰に向けられたものか、間違えようがなかった。
「京都校の人間には手を出さない。忘れていないだろうな」
『約束は守る』
短いやり取りのあと、接続は切れた。
幸吉は、しばらく動かなかった。
自分が伝えたのは、学生の名前でも、任務の出発時刻でもない。
それでも、学校の内側にいるから知ったことだった。
机に並べられた模型の写真を思い出す。
小さな関節の仕組みを知りたくて尋ねたこと。
三輪が、弟に聞いてきたと笑っていたこと。
彼女に、この話をすることはできない。
言えば、何を代償にしようとしているのかも、話さなければならなくなる。
幸吉は傀儡の視界を呼び戻した。
教室には誰もいない。
窓から入る日差しが、三輪の机の端を照らしていた。
*
三月。
三輪は寮の部屋で、教科書を積み直していた。
一年生の間に使ったものと、次の年度も使うものを分ける。
間に挟まっていた紙が、床へ落ちた。
真依と練習したとき、歌姫が描いた足の位置だった。
三輪は拾い上げ、しばらく眺めた。
丸と、矢印。
その横に、自分で書き足した短い言葉。
『相手が向きたい方を聞く』
折り目を伸ばして、手帳へ挟む。
扉を叩く音がした。
「三輪、いる?」
「いるよ。ちょっと待って」
扉を開けると、真依が立っていた。
「稽古場、空いたって。行くんでしょ」
「うん。今、刀持ってくる」
「急がなくていいわよ。もう一人は、先に行ってるから」
「メカ丸?」
「他に誰がいるの」
三輪は頷き、刀袋を手に取った。
春からは、自分たちが二年生になる。
先輩と呼ばれるところを想像して、少しだけ背筋を伸ばしてみる。
真依が、怪訝そうに見た。
「何してるの」
「……何でもない」
三輪は肩の力を抜き、真依と並んで廊下を歩いた。
稽古場の方から、窓を開ける音がする。
冷たい空気に、少しだけ春の匂いが混じっていた。