三輪霞は、剣だけでいい   作:ケーケーケー

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AI利用です


第十八話 二年生になる前に

 

 弟からの説明は、夕飯の直前まで続いた。

 

 三輪が撮って送った写真には、机いっぱいに小さな模型が並んでいた。その一つ一つに名前があり、どこが動くのか、前に持っていたものと何が違うのか、弟は順番に教えてくれた。

 

 全部を一度には覚えられなかった。

 

 けれど、分からないところを聞き返すと、弟は嬉しそうにもう一度説明してくれた。

 

 夕飯のあと、携帯電話を見ると、メカ丸から返事が来ていた。

 

『左端のものは、腕が外れているのか』

 

 三輪は写真を開き直した。

 

「ねえ、これ、腕が外れてるって」

 

「外れるんだよ。交換できるから」

 

「あ、そうなんだ」

 

 言われたとおりに打って送る。

 

 少しして、今度は別の部分について質問が来た。

 

 三輪が読み上げると、弟は箱まで持ってきた。

 

「友達、好きなの?」

 

「どうだろう。詳しいかもしれない」

 

「じゃあ、これも撮って」

 

 弟は模型を並べ直す。

 

 三輪は携帯電話を構えて、笑った。

 

「まだ増えるの?」

 

「さっきのは、半分」

 

 残り半分は、翌日も机の上に出ていた。

 

     *

 

 帰省から戻った一月、高専の廊下はいつもより冷たかった。

 

 三輪は自分の部屋に荷物を置き、先に教室へ向かった。

 

 メカ丸は窓際の席にいた。机には、ばらした小さな部品が並んでいる。

 

「ただいま」

 

「ああ」

 

「写真、たくさん送ってごめんね」

 

「俺も聞いたからな」

 

 彼は部品を一つ持ち上げた。

 

「あのあと、弟に聞けたのか。関節の固定方法」

 

「聞いたよ。箱の説明も撮ってきた」

 

 三輪が携帯電話を出すと、メカ丸は工具を置いた。

 

 画面を見せる。

 

「ここが、はまるんだって」

 

「……なるほど」

 

「分かる?」

 

「お前の説明よりは」

 

「えー。頑張って聞いてきたのに」

 

「写真を撮ってきたのは正解だ」

 

 褒められたのか、よく分からない。

 

 三輪がもう一枚見せようとすると、教室の扉が開いた。

 

「帰ったなら、荷物くらい片づけなさいよ」

 

 真依が言った。

 

「置いてきたよ」

 

「置いただけでしょ」

 

 三輪は携帯電話を閉じた。

 

 そのとおりだった。

 

 鞄の中には、まだ土産も入っている。

 

「あ、そうだ。二人に渡すものがあるんだった」

 

「先に持ってきなさいよ」

 

「今、取ってくる!」

 

 三輪が部屋へ戻ると、真依の声が廊下まで追いかけてきた。

 

「走らなくても逃げないわよ!」

 

     *

 

 冬の間、三輪は授業と任務の合間に、自分の剣を人へ説明することになった。

 

 最初に頼んだのは真依だった。

 

「あんた、近づかれたとき、どうやって距離を作ってるの」

 

「え?」

 

「銃を向ける前に、腕を押さえられたらって話」

 

 訓練用の銃を持つ真依の前で、三輪は考えた。

 

 腕を押さえられる前に動く。

 

 押さえられたなら、掴まれた方向を見て、足を置く。

 

 言葉にするところで、手が止まった。

 

「その、相手の力が来る方に、ちょっと身体を合わせて……」

 

「ちょっとって、どれくらい」

 

「押されすぎないくらい」

 

 真依が黙った。

 

 三輪も黙った。

 

「……ごめん。分かりにくいよね」

 

「実際にやってみて」

 

 真依が三輪の右手首を掴む。

 

 三輪は軽く体を回し、掴まれた手をそのまま前へ出した。

 

 真依の指が離れる。

 

「今の」

 

「うん」

 

「見えなかったんだけど」

 

 三輪は自分の手首を見た。

 

「もう一回、ゆっくりやる」

 

 今度は、足を動かす前に真依を見る。

 

「こっちに引っ張ってみて」

 

「こう?」

 

「うん。それで、この足を……」

 

 三輪の左足が、自然に半歩ずれた。

 

 真依が手を離す。

 

「今、何でそっちに動いたの」

 

「えっと」

 

 そこは、考えるより先に動いていた。

 

 三輪はもう一度、最初の位置へ戻った。

 

「ちょっと待って。私、何してた?」

 

「それを聞いてるのよ」

 

 二人で顔を見合わせていると、稽古場の入口から歌姫が声をかけた。

 

「何を練習してるの?」

 

     *

 

 歌姫は二人の話を聞くと、床へ線を引いた。

 

「じゃあ、まず真依が、銃を取られない位置へ手を引く。その間に足をどこへ置くか、一つずつ見ましょう」

 

 三輪は線を見た。

 

 これなら、動いた場所が残る。

 

 真依が手首を取る。三輪がゆっくりと身体を回す。

 

「ここで足が動いたわね」

 

「はい。相手の正面から外へ出たくて」

 

「最初にそう言いなさい」

 

「すみません」

 

 歌姫が真依へ向く。

 

「三輪と同じ速さでやる必要はないわ。まず、掴まれたままでも、銃を撃てる向きへ身体を運べるか試して」

 

 真依は一度頷き、今度は自分から三輪の手を取った。

 

 足を置く。腕を引く。

 

 途中で三輪の手が引っかかる。

 

「今、離れなかった」

 

「離すことだけ考えなくていい。まず、撃つ手をどこへ向けたいか」

 

 歌姫の言葉に、真依がやり直す。

 

 今度は一歩分、間ができた。

 

「あ」

 

 三輪が声を上げる。

 

「それなら、私が追うとき、一回そっちの足を避けないといけない」

 

「最初からそれを言いなさいよ」

 

「ごめん」

 

「だから、謝らなくていいって」

 

 真依は訓練用の銃を構え直した。

 

「もう一回」

 

「うん」

 

 今度は三輪が手首を取る。

 

 真依の足が動き、銃口がこちらへ向く。

 

 そこで歌姫が止めた。

 

「三輪。今、追おうとしたとき、どこが邪魔だった?」

 

「左足です。そこを避けると、真依の右側に回れなくて」

 

「真依、聞いた? そこまでが今の練習。次は、相手に別の方向へ回られたらどうするか考えましょう」

 

 三輪は床の線を見た。

 

 自分ができることを、そのまま見せるだけでは足りない。

 

 真依がどこを目指して動くのか、先に知る必要があった。

 

 それが分かると、さっきより、少しだけ話しやすくなった。

 

     *

 

 二月の終わり、成績表が返ってきた。

 

 三輪は教室へ戻るまで、裏返したまま持っていた。

 

 席へ座ってから開く。

 

「……あ」

 

 前より上がった科目がある。

 

 授業のあとに質問したところと、メカ丸と一緒に解き直した範囲だった。

 

 隣から真依が覗く。

 

「どうだったの」

 

「ここ、上がった」

 

「よかったじゃない」

 

「うん」

 

 思っていたより嬉しくて、三輪はもう一度数字を見た。

 

 逆に、下がった科目もある。

 

 そちらは、次の試験までに聞いておこう。

 

 メカ丸が、自分の用紙を畳む。

 

「復習した問題、出ただろう」

 

「出た。途中までは、ちゃんとできたよ」

 

「途中までか」

 

「最後の計算、間違えた」

 

 メカ丸は何か言いかけて、やめた。

 

 三輪は成績表を鞄へしまった。

 

 帰省のとき、弟たちに、学校は楽しいのかと聞かれた。

 

 楽しいことも、難しいこともあると答えたら、曖昧だと言われた。

 

 今なら、もう少し具体的に話せそうだった。

 

     *

 

 同じ頃、三輪の名前は、別の部屋でも話題になっていた。

 

 任務記録と、百鬼夜行の報告。

 

 五条悟との手合わせについての、限られた記録。

 

 机の上に並ぶ資料を前に、一人が言った。

 

「特級として扱うべきではないのか」

 

「個人の勝敗だけで、同じ区分へ入れるのは適切か」

 

「しかし、現行の等級では実力が伝わらん」

 

 意見は揃わなかった。

 

 強さを低く見ている者ばかりではない。

 

 むしろ、何ができるかを知ったからこそ、その力をどう使うか考えている者もいた。

 

「本人を直接呼んで、いくつか任務を――」

 

「任務の依頼は、京都校を通してください」

 

 歌姫は、手元の予定表を閉じた。

 

「学業と休暇も含めて調整します。一級への推薦は、すでに手続きの途中です」

 

「それでは遅い」

 

「必要な情報なら、報告書にあります。等級を上げれば、同じ時間に二つの現場へ行けるようになるわけではありません」

 

 返事が途切れた。

 

 歌姫は資料を揃えた。

 

 議論が終わったわけではない。

 

 ただ、この場で勝手に三輪の予定を決めさせるつもりもなかった。

 

     *

 

 その話を、幸吉は知らなかった。

 

 知っているのは、数日後に行われる校内の結界設備の点検日だった。

 

 校内で傀儡を使う彼にも、点検の時間は事前に伝えられている。

 

 その予定を、暗い部屋で口にした。

 

 向こうから聞こえる声は、穏やかだった。

 

『それで、変更はないんだね』

 

「……今のところはな」

 

『助かるよ』

 

 幸吉は目を閉じた。

 

 声の主の顔を、今は見ていない。

 

 それでも、その言葉が誰に向けられたものか、間違えようがなかった。

 

「京都校の人間には手を出さない。忘れていないだろうな」

 

『約束は守る』

 

 短いやり取りのあと、接続は切れた。

 

 幸吉は、しばらく動かなかった。

 

 自分が伝えたのは、学生の名前でも、任務の出発時刻でもない。

 

 それでも、学校の内側にいるから知ったことだった。

 

 机に並べられた模型の写真を思い出す。

 

 小さな関節の仕組みを知りたくて尋ねたこと。

 

 三輪が、弟に聞いてきたと笑っていたこと。

 

 彼女に、この話をすることはできない。

 

 言えば、何を代償にしようとしているのかも、話さなければならなくなる。

 

 幸吉は傀儡の視界を呼び戻した。

 

 教室には誰もいない。

 

 窓から入る日差しが、三輪の机の端を照らしていた。

 

     *

 

 三月。

 

 三輪は寮の部屋で、教科書を積み直していた。

 

 一年生の間に使ったものと、次の年度も使うものを分ける。

 

 間に挟まっていた紙が、床へ落ちた。

 

 真依と練習したとき、歌姫が描いた足の位置だった。

 

 三輪は拾い上げ、しばらく眺めた。

 

 丸と、矢印。

 

 その横に、自分で書き足した短い言葉。

 

『相手が向きたい方を聞く』

 

 折り目を伸ばして、手帳へ挟む。

 

 扉を叩く音がした。

 

「三輪、いる?」

 

「いるよ。ちょっと待って」

 

 扉を開けると、真依が立っていた。

 

「稽古場、空いたって。行くんでしょ」

 

「うん。今、刀持ってくる」

 

「急がなくていいわよ。もう一人は、先に行ってるから」

 

「メカ丸?」

 

「他に誰がいるの」

 

 三輪は頷き、刀袋を手に取った。

 

 春からは、自分たちが二年生になる。

 

 先輩と呼ばれるところを想像して、少しだけ背筋を伸ばしてみる。

 

 真依が、怪訝そうに見た。

 

「何してるの」

 

「……何でもない」

 

 三輪は肩の力を抜き、真依と並んで廊下を歩いた。

 

 稽古場の方から、窓を開ける音がする。

 

 冷たい空気に、少しだけ春の匂いが混じっていた。

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