十一月十六日、月曜日。
午後六時四十分。
クレセントベイ・アカデミーの体育館へ続く道は、いつもの放課後とはまるで違う賑わいを見せていた。
ブレイカーズのロゴが入ったパーカーを着た生徒たちが、友達同士で笑いながら歩いている。学校のカラーである青と白のフェイスペイントを施した男子生徒もいれば、大きな応援ボードを抱えた女子生徒の集団もいた。
体育館の入口には、いつの間に用意されたのか、巨大な横断幕が掲げられている。
『BREAKERS BASKETBALL — HOME OPENER』
ホーム開幕戦。
十一月二日から始まったVarsityの正式練習から、ちょうど二週間。
ついに、ブレイカーズの新しいシーズンが始まろうとしていた。
そして、その体育館の中。
「……うっわ」
更衣室からコートへ出てきた高山時春は、思わず足を止めた。
目の前に広がっていたのは、これまで何度も見てきたはずの体育館だった。
磨き上げられた木製のフロア。中央に描かれたブレイカーズのエンブレム。高い天井から吊り下げられた照明と、壁に並ぶ歴代の優勝バナー。
どれも見慣れたものだ。
しかし、今日は違った。
観客席には、すでに大勢の生徒たちが詰めかけていた。青いシャツを着た集団が一角を埋め尽くし、手拍子を合わせながら何やら叫んでいる。コートの反対側では、チアリーダーたちが音楽に合わせてウォーミングアップをしていた。
大型スピーカーからは重低音の効いたヒップホップが流れ、低いベースの音が体育館の床を震わせている。
さらに、コート脇には学校のペップバンドまで陣取っていた。金管楽器の音が突然響き渡るたびに、観客席から歓声が上がる。
「……マジかよ」
時春は口を開けたまま、ゆっくりと周囲を見渡した。
すげえ。
マジですげえ。
何だこれ。
……プロの試合みてえだ。
もちろん、実際のNBAのアリーナとは規模が違う。観客席の数だって比べものにならないし、コートもごく普通の高校の体育館だ。
それなのに、この熱気。
試合開始までまだ二十分近くあるというのに、観客たちはすでに大騒ぎしている。
日本にいた頃だって、バスケットボールの大会には何度も出場した。地区大会の決勝などでは観客席が埋まることもあったし、応援の声も決して小さくはなかった。
だが、ここは何というか、まるで違う。
選手たちが入場してくるだけで歓声が上がり、ウォーミングアップでダンクが決まれば、まるで試合中に決勝点でも入ったかのように盛り上がる。
バスケットボールが、学校全体のイベントになっているのだ。
「Hey、リトルマン!」
突然、背後から肩を叩かれた。
振り返ると、ノア・レイノルズがにやにやと笑っていた。青と白のウォームアップシャツを着て、片手にはボールを抱えている。
「どうした? 口開けっぱなしだぞ。虫でも入るぜ?」
「いや、ノア! これ、すごくない!?」
「何が?」
「この人! めっちゃいるじゃん!」
時春が観客席を指差すと、ノアは一瞬きょとんとした。それから、豪快に笑った。
「ハッ! 何言ってんだ! まだ開幕戦だぜ?」
「えっ?」
「これでもまだ普通だってことさ。大事なリーグ戦になったら、もっとすげえぞ!」
「マジで!?」
「そりゃそうだろ! 特にライバル校との試合なんて、耳がおかしくなるくらいうるせえんだからな!」
ノアはそう言って、ボールを軽く床へ叩きつけた。
「ま、今日は俺たちのホームだからな。派手に楽しもうぜ!」
「うん!」
時春は満面の笑みで頷いた。
……やばい。
まだ試合も始まってないのに、めちゃくちゃ楽しい。
◇
ウォーミングアップが始まると、時春は真っ先に観客席へ目を向けた。
今日は友人たちが応援に来てくれることになっていた。
エマからは昼休みにメッセージが届いていたし、ジェイクも朝から「絶対に行く」と大騒ぎしていた。
どこにいるんだろう。
そう思って観客席を見渡していると、
「TOKIーー!!」
聞き覚えのある大声が飛んできた。
時春はすぐに顔を上げた。
「あっ!」
コートに近い観客席の中央付近。
そこに、ジェイク・ハリスが立っていた。
青いブレイカーズのTシャツを着て、両腕を頭上で大きく振っている。その隣ではエマ・パーカーが笑顔で手を振り、ゾーイ・ウォーカーが楽しそうにこちらを見ていた。
「トキーー! 頑張ってーー!」
エマの声が聞こえる。
「うん!!」
時春も思いきり手を振り返した。
するとジェイクが両手を口元へ当て、大声で叫んだ。
「LET’S GO, TOKI!!」
「YEAH!!」
思わず時春も拳を突き上げた。
周囲にいた知らない生徒たちまで笑いながら手を振ってくれる。何だか、もう自分がすごい選手にでもなったような気分だった。
……いや、まだ何もしてないんだけど。
嬉しくなりながら、さらに観客席を見渡す。
そのときだった。
「あれ?」
端の方に、見覚えのある丸いメガネが見えた。
ラリー・ナードだった。
「……ラリー!?」
思わず声が出た。
ラリーは観客席の端に座り、いかにも居心地が悪そうな顔で周囲を眺めていた。
しかし、一人ではない。
隣にはオーウェンがいて、そのさらに横にはエイブリーとニーナの姿もあった。
ゲームクラブの仲間たちだ。
どうやら四人で応援に来てくれたらしい。
時春は思わず笑顔になった。
「ラリーーー!!」
大声で呼ぶ。
ラリーが顔を上げた。
時春は両手を振った。
するとラリーは、ものすごく嫌そうな顔をした。
いや、何でだよ。
だが、その隣でオーウェンが笑いながらラリーの肩を叩いた。エイブリーとニーナもこちらに手を振っている。
ラリーは何やら文句を言っていたが、最後には諦めたように片手を上げた。
ほんの少しだけ。
時春は思わず吹き出した。
……来てくれたんだ。
ラリーはスポーツ観戦にまったく興味がない。
以前から、わざわざ大勢の人間が集まる場所へ行く理由がわからないと何度も言っていた。
それなのに、今日はここにいる。
しかも、ゲームクラブの友達まで連れて。
「……へへっ」
時春は小さく笑った。
何だか、すごく嬉しかった。
◇
今日の対戦相手は、ウェストハーバー高校。
チーム名はホークス。
クレセントベイからそれほど遠くない海沿いの街にある高校で、ブレイカーズとはリーグが異なるものの、シーズン前半には時折対戦する相手らしい。
昨シーズンの成績は地区でも中堅程度。
特別な強豪校というわけではないが、決して弱いチームでもなかった。
紺色を基調としたユニフォームに、胸元には白い文字で『HAWKS』と書かれている。
選手たちは全体的に機動力があり、ガード陣を中心に素早い攻撃を仕掛けるのが特徴だった。特に背番号四番のポイントガードはスピードがあり、ウォーミングアップ中から鋭いドリブルを見せていた。
一方で、インサイドのサイズや選手層ではブレイカーズにやや分がある。
総合的な戦力を比べれば、CBAの方が一段上。
それが、試合前の大方の評価だった。
もっとも、そんなことを言っていられるのも試合が始まるまでだ。
ヘイズコーチは更衣室で、選手たちにそう釘を刺していた。
「いいか。相手がどこの学校だろうと関係ない。最初の一分から全力で戦え。自分たちの方が強いと思い込んでいるチームほど、簡単に足元をすくわれる」
そして、いつもの鋭い目つきで選手たちを見渡した。
「今日は開幕戦だ。自分たちがどんなチームなのか、まずはプレーで示せ」
「YES, COACH!」
全員が声を揃えた。
時春も胸の奥で、何度もその言葉を繰り返していた。
……よし。
いよいよだ。
そのとき、場内の照明が少し落とされた。
音楽が切り替わる。
観客席から大きな歓声が上がった。
『Ladies and gentlemen!』
場内アナウンサーの声がスピーカーから響き渡った。
いよいよ、選手紹介が始まったのだ。
まずウェストハーバーのスターティングファイブが紹介され、紺色のユニフォームを着た選手たちがコートへ駆け出していく。
続いて、ホームチーム。
『CRESCENT BAY BREAKERS!!』
「WOOOOOO!!」
体育館が揺れた。
名前を呼ばれた選手たちが、一人ずつベンチから飛び出していく。
マイク・トンプソン。
ノア・レイノルズ。
マイルズ・カーター。
そして、ポイントガードのイーサン・コール。
ノアは入場するなり両腕を広げ、観客席へ向かって大きく吠えた。
「LET’S GO!!」
それに応えるように、学生たちの歓声が一段と大きくなる。
マイルズは落ち着いた表情で仲間と拳を合わせ、イーサンは軽く手を上げながらコートへ向かった。
時春はベンチからその光景を見つめていた。
……かっけえ。
全員、めちゃくちゃかっこいい。
自分も、いつかあんなふうに名前を呼ばれたい。
そんなことを考えながら、時春はぎゅっと拳を握った。
そして午後七時。
ついに、開幕戦のティップオフを迎えた。
◇
試合は、序盤から激しく動いた。
ジャンプボールを制したのはマイルズだった。
高く弾かれたボールをイーサンが受け取り、素早くフロントコートへ運ぶ。
「セット!」
イーサンの声が響いた。
ノアが左サイドへ広がり、マイクは右のコーナーへ走る。マイルズがゴール下で相手センターを押さえ込み、残る選手もそれぞれの位置へ動いた。
時春はベンチから身を乗り出した。
……始まった。
イーサンはゆっくりとドリブルを続ける。
相手のガードが距離を詰めてくるが、慌てる様子はない。
右手でボールをつきながら、左手で仲間たちへ指示を出す。
そして、マイルズがスクリーンに入った瞬間。
イーサンは一気に右へ抜けた。
ディフェンスが寄る。
そこで、すかさず左コーナーへパス。
待っていたのはマイクだった。
「おっ!」
時春の声が漏れる。
マイクはボールを受け取ると、ほとんど迷うことなくジャンプした。
高く、美しい軌道。
ボールはリングへ向かい、そのままネットを通過した。
シュッ。
「THREE!!」
場内アナウンサーが叫ぶ。
「YEAHHHH!!」
観客席が爆発した。
時春もベンチから立ち上がる。
「Nice shot!!」
マイクは表情をほとんど変えず、片手を上げて守備へ戻っていった。
……すげえ。
試合開始から、いきなりスリーポイント。
しかも、あんなに簡単そうに。
だが、相手も黙ってはいなかった。
ホークスの四番がボールを運び、鋭いクロスオーバーでディフェンダーを揺さぶる。そこから一気にペイントエリアへ入り、フローターを放った。
ボールがリングに当たり、ネットへ落ちる。
すぐに二点を返された。
スコアは三対二。
ここから、両チームの攻防が続いた。
しかし、時間が経つにつれて、ブレイカーズの強さが少しずつ表れ始める。
特に印象的だったのは、イーサンの安定感だった。
相手が前からプレッシャーをかけても、無理に突破しない。味方へ一度ボールを預け、すぐに受け直す。守備が固まっていれば時間を使い、隙ができれば一気に攻撃を仕掛ける。
その判断が、いちいち的確だった。
「ノア! 走れ!」
「Got it!」
イーサンから鋭いパスが飛ぶ。
左ウイングでボールを受けたノアが、一歩でディフェンダーの横を抜いた。
ゴール下へ切り込み、そのまま跳び上がる。
ダァンッ!!
強烈なワンハンドダンク。
「OH MY GOD!!」
観客席から悲鳴のような歓声が上がった。
ノアは着地すると、胸を張ってベンチへ向かって叫んだ。
「LET’S GO!!」
「うおおおっ!!」
時春も思わず両手を突き上げた。
今度はマイルズだった。
ゴール下で相手のビッグマンと体をぶつけ合いながら、しっかりとポジションを取る。
イーサンからパスを受けると、一度だけ強くドリブル。
右肩を入れて相手を押し込み、体を反転させた。
そのままリングへ向けてボールを放る。
ガンッ。
バックボードに当たったボールがネットを揺らした。
「Nice、マイルズ!」
ベンチから声が飛ぶ。
マイルズは軽く拳を握り、すぐに守備へ戻っていった。
……やっぱり、みんなすごい。
時春は夢中で試合を見つめた。
オープンジムでも、トライアウトでも、彼らが上手いことはわかっていた。
しかし、公式戦になるとまた違う。
観客が見ている中で、相手も本気でぶつかってくる。その状況でも、先輩たちは普段通りのプレーを見せている。
いや、普段以上かもしれない。
ノアのダンク。
マイクのスリーポイント。
マイルズのゴール下。
そして、それらを生み出すイーサンのパス。
それぞれの武器が、きちんとチームの得点へつながっている。
第一クォーターは、二十二対十八。
ブレイカーズが四点をリードして終えた。
◇
第二クォーターが始まってしばらく経った頃だった。
スコアは三十対二十五。
ブレイカーズが五点をリードしている。
時春はベンチに座り、タオルを膝の上へ置いていた。
ウォーミングアップを終えてから、まだ一度もコートには立っていない。
もちろん、控えなのだから当然だ。
だが、試合を見れば見るほど、自分もプレーしたくなってくる。
あのコートで。
あの歓声の中で。
自分もボールを持って、仲間たちと走りたい。
そのときだった。
「トキハル!」
「はいっ!」
突然、ヘイズコーチに名前を呼ばれた。
時春は勢いよく立ち上がる。
「準備しろ。次のプレーが切れたら入るぞ」
「……えっ」
一瞬、頭が真っ白になった。
……来た。
ついに、来た。
「はい!!」
時春は慌ててウォームアップシャツを脱ぎ、ベンチの前へ進んだ。
心臓がものすごい速さで動いている。
ドクン、ドクン、ドクン。
練習のときとは、まるで違う。
あれほど楽しみにしていた公式戦のコートが、いざ目の前に迫ると少し怖かった。
……いや。
怖いというより、緊張しているのだ。
手のひらが汗ばんでいる。
時春はユニフォームで軽く拭った。
ちょうどそのとき、ホークスのシュートが外れ、ボールがラインを割った。
ホイッスルが鳴る。
「交代!」
ヘイズの声に、イーサンがこちらへ向かってきた。
「トキ」
「はい!」
イーサンは笑いながら時春の肩を叩いた。
「落ち着いていけよ。練習でやってることを、そのままやればいい」
「……はい!」
「お前のパス、見せてやれ」
そして、拳を差し出した。
「Go get ’em!」
時春も拳を合わせた。
「Yes!」
次の瞬間。
高山時春は、初めて公式戦のコートへ足を踏み入れた。
観客席から、歓声が上がる。
その中に、聞き覚えのある声が混じっていた。
「TOKIーー!!」
ジェイクだ。
エマも立ち上がって手を振っている。
時春は一瞬だけそちらへ目を向けた。
そして、すぐに前を見た。
……よし。
やってやる。
◇
最初の攻撃。
時春はエンドライン付近でボールを受け取った。
目の前には、ホークスのポイントガードが立っている。
背番号四番。
身長は百八十センチほどだろうか。時春より十センチほど高く、引き締まった体つきをしていた。
相手は時春を見ると、少し意外そうな表情を浮かべた。
小柄な一年生が出てきたのだから、当然かもしれない。
だが、時春は気にしなかった。
右手でボールをつき始める。
タン、タン、タン。
……落ち着け。
まずは、いつも通り。
センターラインを越えると、マイルズがこちらへ目を向けた。
「トキ!」
「うん!」
マイルズがフリースローラインの少し上まで上がってくる。
時春はその動きを見て、すぐに理解した。
ピック&ロールだ。
※ピック&ロール:味方がスクリーンでディフェンダーの進路をふさぎ、その直後にゴールへ走り込む連係プレー。
マイルズが時春の右側に立ち、しっかりとスクリーンをセットする。
相手のガードが一瞬、進路を塞がれた。
その瞬間。
時春は一気に右へ飛び出した。
低いドリブル。
一歩、二歩。
ディフェンスが遅れる。
ホークスのセンターが慌てて前へ出てきた。
……来た!
時春は視線をリングへ向けた。
シュートを打つ。
そう見せかけて。
右手から、ボールを床へ鋭く叩きつけた。
バンッ!
バウンドパス。
ボールは相手センターの横を抜け、ゴールへ走り込んでいたマイルズの手元へ届いた。
「Got it!」
マイルズが力強くボールを受け取る。
そのまま二歩。
体を寄せてきたディフェンダーをものともせず、バックボードへボールを押し込んだ。
ガンッ。
シュッ!
「YEAH!!」
観客席から歓声が上がった。
時春は思わず拳を握った。
「よっしゃ!!」
マイルズがこちらへ振り返る。
「Nice pass、トキ!」
大きな手が差し出される。
時春は思いきりハイタッチした。
「Nice!!」
……やった。
やった!
公式戦、初アシスト!
しかも、こんなにあっさり!
胸の奥から、嬉しさが一気に込み上げてくる。
だが、その余韻に浸る暇はなかった。
「トキ! 戻れ!」
「うわっ、はい!」
マイルズの声に、時春は慌てて守備へ走った。
◇
次の守備。
時春の前に立ったのは、先ほどの背番号四番だった。
ホークスのポイントガード。
すでに何度か鋭いドライブを成功させており、ブレイカーズも警戒している選手だ。
相手は低い姿勢でボールをつきながら、時春の動きを見ていた。
……でかいな。
やっぱり、身長差はある。
腕も長い。
しかも、スピードもある。
練習なら何度も対戦してきたタイプだった。
しかし、今日は公式戦だ。
ここで簡単に抜かれれば、チームの守備に穴を開けてしまう。
……絶対に、抜かせない。
時春は腰を深く落とした。
相手が右へ動く。
すぐに足を滑らせる。
左へ切り返してくる。
時春も体を移動させた。
相手の肩がわずかに下がる。
……来る!
時春は迷わず、一気に距離を詰めた。
正面へ胸を入れるようにして進路を塞ぎ、相手が自由に加速できる空間を消す。
ドンッ。
体が触れ合った。
相手の方が大きい。
それでも、時春は下がらなかった。
足を動かし続け、相手の進路を守る。
「くっ……!」
ホークスのガードが一瞬、体勢を崩した。
ボールが少しだけ体から離れる。
……今だ!
時春の右手が伸びた。
バシッ!
指先がボールを弾く。
相手が慌てて手を伸ばしたが、もう遅かった。
時春はこぼれたボールを拾い上げた。
「取った!!」
ベンチから声が上がる。
スティール。
相手からボールを奪ったのだ。
そして、次の瞬間。
時春は一気に走り出していた。
「GO! GO!」
ノアの声が響く。
速攻だ。
※速攻:相手の守備が整う前に、素早くボールを運んで得点を狙う攻撃。
時春は右手でボールをつきながら、前方を確認した。
相手のディフェンダーは二人。
そのうち一人が、時春を止めようと中央へ寄ってくる。
そして左側。
そこを、とんでもない速さで走っている男がいた。
ノアだ。
「TOKI!!」
ノアが叫ぶ。
時春は一瞬だけ顔を上げた。
ゴール。
ディフェンダー。
そしてノア。
すべての位置を確認する。
……いける。
時春はゴールへ向かって、少し高めにボールを放り上げた。
シュッ!
ボールが空中を飛ぶ。
その瞬間。
ノアが跳んだ。
長い脚が床を蹴り、百九十センチを超える体が空中へ舞い上がる。
リングの少し上。
そこへ、時春のパスが届いた。
ノアが片手でボールをつかむ。
そして――。
ドガァンッ!!
強烈なダンクがリングへ叩き込まれた。
アリウープだった。
※アリウープ:リング付近へ浮かせたパスを味方が空中で受け取り、そのままシュートやダンクを決めるプレー。
「OOOOOOHHHHHH!!」
体育館が爆発した。
観客席の生徒たちが一斉に立ち上がる。
ペップバンドが大きな音を鳴らし、場内アナウンサーの声が歓声にかき消された。
「LET’S GOOOO!!」
ノアが着地すると、両腕を広げて吠えた。
時春はその場で立ち止まっていた。
……入った。
入った!!
「うおおおおおっ!!」
思わず叫ぶ。
ノアが猛然と駆け寄ってきた。
「BROOOOO!!」
そして、時春の肩を思いきり抱き寄せる。
「今のパス! 最高じゃねえか!!」
「ノアのダンクも!!」
「ハッ! 俺を誰だと思ってんだ!」
「はははっ!!」
二人は笑いながら拳を合わせた。
ベンチではライアンとジェイスが飛び跳ねていた。
「YEAH! TOKI!!」
トムも嬉しそうに両手を叩いている。
マイルズが時春の背中を強く叩いた。
「いいぞ! その調子だ!」
「うん!!」
時春は笑顔で頷いた。
そのとき、ふと観客席が目に入った。
エマが立ち上がっている。
ジェイクは両腕を振り回し、ゾーイは笑いながら手を叩いていた。
そして、その少し離れた場所。
ラリーがいた。
オーウェンたちが立ち上がる中、ラリーは口を半開きにしてコートを見ていた。
……あれ?
何だか、すごく驚いてる。
時春が笑いかけると、ラリーは一瞬だけこちらを見た。
そして、小さく両手を叩いた。
……へへっ。
時春は嬉しくなった。
だが、すぐにマイルズから声が飛んでくる。
「トキ! まだ試合中だぞ!」
「あっ、そうだった!」
時春は慌てて守備へ走った。
◇
それから数分間、時春は夢中でプレーした。
速い。
とにかく、試合の展開が速い。
一つの攻撃が終われば、すぐに次の守備へ切り替わる。ベンチからは絶えず指示が飛び、観客席からは歓声と野次が入り混じった声が聞こえてくる。
だが、不思議だった。
最初はあれほど大きく感じられた歓声が、プレーを続けているうちに気にならなくなっていく。
目に入るのは、ボールと仲間たち。
そして、相手のディフェンス。
それだけだった。
もちろん、失敗もあった。
一度、相手のガードに体を入れ替えられ、簡単にレイアップまで持ち込まれてしまった。
その次の攻撃では、ノアへ通そうとしたパスを相手の手に弾かれ、ボールがラインを割った。
「くそっ……!」
時春が悔しそうに唇を噛むと、マイルズが声をかけてきた。
「気にすんな! 次だ!」
「うん!」
時春はすぐに頷いた。
そうだ。
まだ、次がある。
そして次の攻撃では、無理に突破しようとせず、マイクへボールを預けて位置を変えた。返ってきたパスを受け取り、再び攻撃を組み立てる。
相手の守備が寄ったところで、今度は逆サイドへ素早く展開した。
ボールがノアを経由し、マイクへ届く。
スリーポイント。
シュッ!
「THREE!!」
またしても、ネットが揺れた。
「Nice!!」
時春は拳を握る。
……楽しい。
めちゃくちゃ楽しい。
しばらくして、ヘイズのホイッスルが鳴った。
「トキハル! イーサンと交代だ!」
「はい!」
時春は小走りでベンチへ戻った。
イーサンがすれ違いざまに拳を差し出す。
「Nice work、トキ」
「ありがとうございます!」
「いいパスだった。特にノアへのやつ」
「へへっ!」
「ただ、守備ではもう少し相手の左を警戒しろ。あの四番、そっちへの切り返しが得意だ」
「あっ、はい!」
イーサンは笑って肩を叩き、そのままコートへ向かった。
時春はベンチへ腰を下ろした。
首にタオルをかける。
冷たい水を飲む。
胸が大きく上下していた。
全身に汗をかいている。
脚も重い。
それなのに。
「……へへっ」
笑いが止まらなかった。
……通用した。
アシストを決めた。
スティールもできた。
ノアへのアリウープまで成功した。
もちろん、相手の方が強ければ簡単にはいかなかったかもしれない。ディフェンスで抜かれた場面もあったし、まだまだ先輩たちに比べれば足りない部分は多い。
それでも。
……俺、通用するじゃん。
アメリカでも。
このコートでも。
自分が日本で積み重ねてきたものは、決して無駄ではなかった。
あれほど大きく見えたアメリカの高校生たちと、同じコートで戦えた。
それだけで、胸が熱くなった。
「……よっしゃ」
時春は小さく拳を握った。
隣にいたライアンが、その様子を見て笑った。
「何だよトキ、一人でにやにやして」
「いや、めっちゃ楽しくて!」
「ハハッ! だろうな!」
ジェイスも笑いながら身を乗り出した。
「でも今のアリウープ、マジでよかったぜ! ノアの奴、絶対あとで自慢するぞ!」
「あははっ!」
「たぶん今夜だけで十回は聞かされるな」
ライアンが肩をすくめる。
時春は声を上げて笑った。
そのとき、コートではマイルズが再びゴール下のシュートを決めていた。
イーサンが冷静に試合を組み立て、マイクが外から得点を重ねていく。
ブレイカーズの攻撃は、ますます安定していた。
前半終了。
スコアは四十二対三十二。
CBAが十点のリードを奪っていた。
◇
ハーフタイム。
選手たちは更衣室へ戻り、ヘイズコーチの指示を聞いていた。
「悪くない前半だ。だが、ディフェンスの戻りが遅い場面がある。ホークスは速攻を狙ってくるチームだ。シュートを打ったあと、全員がリバウンドだけ見ているようじゃ困るぞ」
ヘイズはホワイトボードに簡単な図を描きながら、後半の守備について説明した。
時春も真剣に話を聞いていた。
前半に自分が抜かれた場面を思い出す。
あのとき、相手のガードは左へ切り返してきた。
イーサンが言っていた通りだ。
……次は、絶対に止めよう。
そう考えていると、ヘイズがこちらへ視線を向けた。
「トキハル」
「はい!」
「最初のプレーはよかった。マイルズとの連係も、ノアへのパスもな」
「ありがとうございます!」
「だが、あの二つが成功したからといって、次も同じようにいくとは限らん。相手はお前の動きを覚えてくる。いいな?」
「はい!」
「次にコートへ出たら、相手が何を警戒しているかを考えろ。ポイントガードは、自分のプレーだけを考えていては務まらん」
「Yes, Coach!」
ヘイズは短く頷いた。
その隣で、マイルズがにやりと笑う。
「まあ、最初にしては上出来だろ」
「うん!」
「でも、まだ半分だ。最後まで集中しろよ」
「もちろん!」
時春は力強く答えた。
後半が始まるまで、あと数分。
ようやく、自分の呼吸も落ち着いてきた。
それでも心臓の奥には、まだ熱いものが残っていた。
◇
第三クォーター。
ブレイカーズはさらにリードを広げていった。
ホークスも簡単には諦めなかった。
四番のガードを中心に、素早いドライブから得点を重ねる。外からのシュートも何本か決まり、一時は点差を一桁まで縮めた。
しかし、そのたびにブレイカーズの主力たちが応えた。
マイクがスリーポイントを決める。
ノアがドライブからダンクを叩き込む。
マイルズがゴール下でリバウンドを奪い、そのまま押し込む。
そしてイーサンは、ほとんどミスをしない。
時春はベンチからその姿を見つめていた。
……やっぱり、すげえな。
特にイーサン。
彼は得点こそノアやマイクほど目立たないが、コートにいるだけでチーム全体の動きが安定する。
相手の守備を見て攻撃を選び、時には自分でドライブし、必要なら時間を使う。
試合の流れを読む力が、まるで違った。
自分も、いつかあんなポイントガードになれるだろうか。
いや。
なりたい。
そして、いつかはイーサンからスターターの座を奪いたい。
その気持ちは、前半にプレーしたことでむしろ強くなっていた。
第三クォーター終了。
スコアは六十五対四十九。
ブレイカーズが十六点をリード。
体育館の雰囲気は、すっかりホームチームのものになっていた。
観客席からは、
「LET’S GO, BREAKERS!」
という声が何度も響いている。
時春もベンチから手を叩き、仲間たちを鼓舞した。
◇
第四クォーター。
試合時間は残り五分。
スコアは七十七対五十九。
十八点差。
ブレイカーズが大きくリードしていた。
ホークスは依然として粘りを見せていたが、残り時間を考えれば、CBAがかなり有利な状況だった。
そのとき、ヘイズコーチがベンチへ振り返った。
「トキハル! ライアン! ジェイス! トム!」
「はい!」
四人が一斉に立ち上がる。
「次の交代で入るぞ。マイクはそのまま残す。お前たちで最後まで戦ってこい」
時春の目が輝いた。
「はい!!」
ライアンが勢いよく立ち上がる。
「Alright! やっと出番だぜ!」
ジェイスも拳を握った。
「待ちくたびれた!」
トムは少し緊張した様子で頷いていたが、その顔には期待が浮かんでいた。
主力を休ませ、控え選手を中心にしたメンバーで試合を進める。
いわゆる、セカンドユニットだ。
※セカンドユニット:スターターを休ませる時間帯などに出場する、控え選手を中心としたメンバー構成。
イーサン、ノア、マイルズらがベンチへ下がり、時春たちがコートへ入る。
すれ違いざま、ノアが時春の頭を軽く叩いた。
「Hey、リトルマン!」
「ん?」
「さっきみたいなパス、もう一本頼むぜ!」
「ノア、もうベンチじゃん!」
「ハッ! そうだったな!」
ノアが大笑いする。
マイルズはそんな二人を見て呆れたように笑い、時春の肩を叩いた。
「トキ。最後まで気を抜くなよ」
「うん!」
「ライアンもジェイスもトムもいる。お前がしっかりまとめてこい」
……まとめる。
その言葉に、時春は少しだけ緊張した。
今度は、イーサンもマイルズもいない。
自分がポイントガードとして、仲間たちを動かさなければならない。
……よし。
やってみよう。
◇
再開直後。
ホークスは前から激しいプレッシャーをかけてきた。
十八点差。
このままでは負ける。
相手もそれを理解しているのだろう。残り時間で少しでも点差を縮めようと、積極的にボールを奪いに来ていた。
「トキ!」
ライアンが右サイドから声をかける。
時春はすぐにパスを送った。
ライアンは素早くボールを受け取り、相手のディフェンダーを引きつける。
「Back!」
時春が声を上げた。
ライアンからボールが戻る。
時春は一度ドリブルを止め、周囲を確認した。
右にライアン。
左にマイク。
ゴール下にはトム。
ジェイスはコーナー付近で待っている。
……よし。
今度は、こっちの番だ。
「トム! スクリーン!」
「うん!」
トムがすぐに動いた。
大きな体で相手のガードの進路を塞ぐ。
時春はその横を抜け、ゴールへ向かってドリブルした。
ホークスのディフェンダーが寄ってくる。
……ここだ!
時春は右手でボールを持ち上げた。
シュート。
そう見せかけた瞬間、相手が跳ぶ。
時春は空中へ飛ばず、もう一歩だけ踏み込んだ。
そして、フリースローラインの少し内側。
そこから短いジャンプシュートを放った。
ボールが高い弧を描く。
シュッ。
綺麗にネットを揺らした。
「YES!!」
時春は思わず拳を握った。
公式戦、初得点。
さっきのアシストも嬉しかった。
だが、自分で決めたシュートはまた別の喜びがあった。
「Nice、トキ!」
ライアンが駆け寄ってくる。
「今のいいじゃん!」
「ありがとう!」
ジェイスも笑いながら親指を立てた。
「その調子だぜ!」
時春は嬉しくなって頷いた。
……やった。
俺も、点を取れた。
しかし、次の数分間は簡単にはいかなかった。
ホークスは最後まで諦めず、激しく攻め込んできた。
外からスリーポイントを決め、さらに守備でもプレッシャーを強める。
ライアンが一度ボールを奪われ、速攻から得点を許してしまった。
続く攻撃では、ジェイスのシュートがリングに嫌われる。
ホークスのベンチが大きく盛り上がった。
点差は十一点。
残り時間は二分を少し切っていた。
「……くそっ!」
ライアンが悔しそうに声を上げる。
時春も少しだけ焦っていた。
十八点差あったはずなのに。
あっという間に、ここまで詰められてしまった。
相手の勢いが増している。
観客席からは相変わらず大きな声が聞こえていたが、その中に少しだけ緊張感が混じり始めていた。
……どうする。
時春はボールを持ちながら考えた。
ここで無理に攻めれば、またボールを奪われるかもしれない。
だが、時間を使うだけでは相手のプレッシャーを受け続けることになる。
そのとき。
ふと、イーサンの言葉が頭に浮かんだ。
『急いで答えを出す必要はないさ。ポイントガードには、時間を使う仕事だってあるんだぜ』
……そうだ。
時春は大きく息を吐いた。
「みんな! 落ち着こう!」
声を張り上げる。
ライアンがこちらを見る。
「Okay!」
「無理に攻めなくていい! ちゃんと回そう!」
ジェイスが頷いた。
「Got it!」
時春はゆっくりとボールを運び始めた。
相手が距離を詰めてくる。
時春は一度右へドリブルし、ライアンへパスを送る。
すぐに動き直す。
ライアンからボールが戻る。
今度はマイクへ。
マイクがボールを受け取ると、相手のディフェンダーが慌てて飛び出してきた。
だが、マイクはシュートを打たなかった。
落ち着いて時春へ返す。
……いい。
こういうのでいいんだ。
時春はボールを持ちながら、味方の動きを確認する。
トムがゴール下へ走る。
その動きに相手センターが反応した。
同時に、右コーナーのライアンが空く。
……そこ!
時春は迷わずパスを送った。
「ライアン!」
「Got it!」
ライアンがボールを受け取る。
足を揃える。
ジャンプ。
スリーポイント。
ボールがリングへ向かい――。
シュッ!
「THREE!!」
「YEAHHHH!!」
再び観客席から歓声が上がった。
「よっしゃあ!!」
ライアンが拳を突き上げる。
時春も駆け寄り、思いきりハイタッチした。
「Nice shot!!」
「Nice pass、bro!」
ライアンが笑う。
点差は再び十四点。
ホークスの勢いが、少しだけ弱まった。
その後も、ブレイカーズは落ち着いて試合を進めた。
トムがゴール下でリバウンドを奪い、ジェイスが体を張ってルーズボールを確保する。
マイクは相変わらず冷静で、空いたところから確実に得点を重ねていった。
時春も無理に自分で攻めることはせず、仲間たちへボールを配り続けた。
最後の一分。
ホークスはまだ諦めていなかったが、時間は少しずつ減っていく。
残り三十秒。
残り二十秒。
そして。
残り十秒。
時春はセンターライン付近でボールを持っていた。
相手はもう積極的には奪いに来ない。
ライアンが笑いながらこちらへ近づいてくる。
「トキ! もう終わりだぜ!」
「うん!」
ジェイスも両手を広げた。
「勝ったな!」
時春は笑いながら、ボールを両手で抱えた。
そして、残り時間がゼロになった瞬間。
ブザーが鳴り響いた。
ブーーーーッ!!
試合終了。
『FINAL』
電光掲示板に、最終スコアが表示された。
CRESCENT BAY BREAKERS 88
WEST HARBOR HAWKS 73
八十八対七十三。
十五点差。
ブレイカーズ、開幕戦勝利。
◇
「……勝った」
時春は電光掲示板を見上げた。
八十八対七十三。
確かに、勝っている。
初めての公式戦。
初めてのアシスト。
初めてのスティール。
そして、初めての得点。
そのすべてが、一つの勝利につながった。
「……やった」
時春は小さく呟いた。
次の瞬間。
「やったあああああ!!」
思いきり叫んだ。
「LET’S GOOOO!!」
ライアンが飛びついてくる。
「うわっ!」
さらにジェイスが背後から肩を組んだ。
「初戦勝利だぜ、bro!!」
「うん!!」
トムも嬉しそうに駆け寄ってきた。
「トキ! 勝ったね!」
「うん! 勝った!!」
四人が笑い合っているところへ、ベンチから主力選手たちがやってきた。
「HEY! リトルマーーン!!」
ノアだった。
相変わらずの大声で叫びながら、時春へ突進してくる。
「うわっ、ノア!?」
「最高だったぜ、お前!!」
そのまま時春の体を持ち上げた。
「ちょっ、ノア! 下ろして!」
「ハッハッハ! 見たか、お前ら! こいつ、初戦からアリウープなんか決めやがった!」
「ノアがダンクしたんでしょ!?」
「細けえこと言うなって!」
周囲から笑い声が上がった。
マイルズが近づき、時春の頭を軽く叩く。
「よくやったな、トキ」
「マイルズ!」
「最後、焦らずにボールを回せたのもよかった。ああいう判断ができるなら、これからもっと使えるぞ」
「……うん!」
時春は嬉しくなって頷いた。
マイクも近づいてきた。
「Nice game」
「マイク!」
「ライアンへのパス、よかったよ」
「ありがとう!」
「次は俺にも頼む」
「もちろん!」
マイクは小さく笑った。
その後ろから、イーサンが歩いてきた。
「トキ」
「あっ、イーサン!」
時春は慌てて背筋を伸ばした。
イーサンは笑いながら、軽く拳を差し出した。
「初試合、おめでとう」
「ありがとうございます!」
「どうだった?」
時春は少し考えた。
どうだった。
そんなの、決まっている。
「……めっちゃ楽しかったです!」
思いきり笑って答えた。
イーサンは一瞬目を丸くした。
それから、声を上げて笑った。
「ハハッ! そいつはよかった!」
そして、時春の肩を軽く叩いた。
「これから何十試合もあるんだぜ。楽しんでる暇ばっかりじゃないぞ?」
「わかってます!」
「でも、今日は喜んでいい。俺たちの最初の勝利だからな」
「……はい!」
時春は満面の笑みで頷いた。
◇
試合後、選手たちはコート中央へ集まり、観客席へ向かって手を振った。
体育館には、まだ大勢の生徒たちが残っていた。
音楽が流れ、チアリーダーたちが笑顔で拍手している。
時春はその光景を見ながら、ふと二週間前のことを思い出した。
Varsityとして初めて練習した日。
あの日は、ただこのチームに入れたことが嬉しかった。
イーサンのプレーに驚き、マイルズの言葉に胸を熱くし、ヘイズコーチに何度も指導された。
そして今。
自分は、このチームの一員として初めて公式戦を戦い、勝利をつかんだ。
……本当に、始まったんだな。
ブレイカーズのシーズンが。
自分の、アメリカでのバスケットボールが。
「トキーー!!」
観客席から声が飛んできた。
顔を上げると、エマが大きく手を振っていた。
その隣ではジェイクが相変わらず大騒ぎしている。
「BRO!! あのパス、最高だったぜ!!」
「ありがとう!!」
時春が叫ぶ。
ゾーイも笑顔で親指を立ててくれた。
そして少し離れた観客席では、ゲームクラブの四人が帰り支度をしていた。
オーウェンがこちらへ大きく手を振る。
エイブリーとニーナも笑っている。
ラリーは相変わらず、少しだけ面倒くさそうな顔をしていた。
だが、時春が手を振ると、今度はちゃんと手を振り返してくれた。
……へへっ。
時春は笑った。
ここに来てよかった。
アメリカに来て、本当によかった。
周囲には、笑っている仲間たちがいる。
自分を応援してくれる友達がいる。
そして、これから何か月も一緒に戦っていくチームがある。
「Hey、トキ!」
マイルズの声が聞こえた。
「何ぼーっとしてんだ! 行くぞ!」
「あっ、うん!」
時春は慌てて振り返る。
ノアが両腕を広げていた。
「さあ、お前ら! 開幕戦勝利だ! 今夜は祝うしかねえだろ!」
「お前、またダニーズとか言い出すんじゃねえだろうな?」
マイルズが呆れたように尋ねる。
ノアは大きく笑った。
「当たり前だろ! 勝ったんだぜ!? 今日くらい盛大に食おうじゃねえか!」
「お前、負けても同じこと言うだろ」
マイクが淡々と答えた。
「Bro! 何でわかった!?」
周囲から笑い声が上がった。
時春も声を上げて笑った。
そして、改めて体育館を見渡した。
青と白に染まった観客席。
眩しい照明。
コート中央に描かれたブレイカーズのエンブレム。
この場所で、自分たちのシーズンが始まったのだ。
今日の相手は、地区の中堅校だった。
これから先には、もっと強いチームが待っている。イーサンがいなければ勝てない試合もあるかもしれないし、自分のミスで苦しい展開になる日だって来るだろう。
それでも、今は。
この勝利が、たまらなく嬉しかった。
「……よっしゃ!」
時春は小さく拳を握った。
そして仲間たちの方へ走り出す。
「LET’S GO, BREAKERS!!」
高山時春、十五歳。
アメリカで迎えた、初めての公式戦。
ブレイカーズは八十八対七十三で勝利を収め、シーズン最初の一勝を手にした。
長い長い、チャンピオンシップへの道。
その第一歩を、確かに踏み出したのだった。