十二月三十一日、木曜日。
カリフォルニアの空が夕暮れに染まり始める頃、クレセントベイ・アカデミーの学生寮は、普段にも増して静かだった。冬休みに入ってから一週間以上が経ち、多くの生徒は家族のもとへ帰っている。校舎の窓にはほとんど明かりがなく、芝生の広場を横切る人影もまばらだった。昼間には穏やかだった風も、日が傾くにつれて冷たさを増し、海の方から潮の匂いを運んできていた。
高山時春は、寮の部屋でベッドに寝転がりながら、スマートフォンの画面を眺めていた。
表示されているのは、日本にいる母親から届いたメッセージだった。日本ではすでに新しい年を迎えており、家族で初詣へ行く予定だという。添えられた写真には、見慣れた実家の食卓と、大きな器に盛られた年越しそばが写っていた。
時差があることは、もちろん知っている。それでも、自分にとってはまだ十二月三十一日なのに、日本ではすでに一月一日になっているという事実には、何となく不思議な気分にさせられた。
「……ラリー、日本もう新年だって」
時春が声をかけると、机の前に座っていたラリー・ナードが画面から目を離さずに答えた。
「知ってるよ。日本の方が十七時間早いからね」
「十七時間って、結構すごいよな。俺たちまだ大晦日なのに」
「地球が丸いからね」
「いや、それは知ってるけど!」
ラリーは小さく笑い、キーボードへ指を戻した。パソコンの画面には、冬の特別イベントが開催されているオンラインゲームが映っている。どうやら新年を迎える時間帯に限定アイテムが手に入るらしく、彼は数日前からその準備に余念がなかった。
「トキも今のうちにログインしておけば? あとでイベントに参加できるように」
「うーん、そうだなあ。でも、せっかくの大晦日だし、何かしたい気もするんだよね」
「ゲームをすればいいじゃない」
「それ、昨日も一昨日もやってたじゃん!」
「楽しいことは何度やっても楽しいんだよ」
ラリーは至極もっともだと言いたげな顔をした。時春は呆れたように笑い、もう一度スマートフォンを見た。日本ではすでに年が明けている。父親と母親には先ほど新年の挨拶を送ったが、こちらの年越しにはまだ数時間ある。アメリカで迎える初めての大晦日を、いつものように寮の部屋で過ごすのも悪くないかもしれない。
そう思った矢先、突然ドアが激しく叩かれた。
「トキ! ラリー! いるかー!」
聞き覚えのある声だった。
時春はベッドから勢いよく起き上がった。
「……ジェイク?」
「おーい! 開けろって!」
ドアを開けると、そこにはジェイク・ハリスが立っていた。厚手のパーカーにジャケットを羽織り、首には赤いマフラーを巻いている。いつも以上に上機嫌な様子で、時春の顔を見るなり大きく笑った。
「Yo、トキ! 何してんだよ!」
「何って、ラリーと部屋でのんびりしてた!」
「はあ!? 大晦日に!?」
ジェイクは大げさに頭を抱えた。
「お前さ、せっかくアメリカに来たんだから、カウントダウンを楽しもうぜ!」
「……カウントダウン?」
「そう! クレセントベイの海辺で毎年イベントやってんだよ! ライブもあるし、年が明けるときには花火も上がるんだぜ!」
時春の表情がぱっと明るくなった。
「えっ! 花火!?」
「そうだよ! めちゃくちゃ盛り上がるんだって!」
「マジ!? 行きたい!」
「だろ!? そう言うと思った!」
ジェイクは満足そうに笑ったあと、部屋の奥へ視線を向けた。
「もちろん、ラリーも来るよな!」
その言葉に、ラリーの指がキーボードの上で止まった。
「……え?」
「何だよ。聞こえなかったのか? 海辺でカウントダウンだって!」
「いや、聞こえたけど。僕は行かないよ」
「はあ!? 何で!」
「ゲームのイベントがあるから」
ラリーは平然と答えた。
「今夜の零時から限定クエストが始まるんだ。しかも一時間しか開催されない。何日も前から準備してたのに、今さら外へ出るわけないでしょ」
ジェイクは呆れたように天井を見上げた。
「Oh my God……。お前、年が変わる瞬間までゲームしてんのかよ!」
「そうだけど?」
「少しは外の空気吸えって!」
「毎日吸ってるよ。人間だからね」
時春は吹き出した。
ジェイクは一瞬言葉に詰まったが、すぐに気を取り直した。
「とにかく、今日は全員参加だ! エマもゾーイも来るんだぜ!」
「エマとゾーイも?」
時春が尋ねると、ジェイクは得意そうに頷いた。
「ああ! 二人とはもう約束してる。あとはお前らだけだ!」
「じゃあ決まりじゃん! 行こうよ、ラリー!」
「……だから僕は」
「いいじゃん! カウントダウンのときだけでもさ!」
時春もジェイクに加わり、ラリーを説得し始めた。ラリーは最初こそ頑なに首を横に振っていたものの、二人がまったく諦めようとしないので、やがて深いため息をついた。
「……君たち、僕が断るって選択肢を最初から考えてないでしょ」
「もちろん!」
ジェイクが即答した。
「そこは否定しなよ……」
ラリーは頭を抱えた。それでも、時春が楽しそうに笑っているのを見ると、とうとう椅子から立ち上がった。
「……わかったよ。でも、あんまり遅くまで付き合わないからね」
「よっしゃあ!」
「Let’s go!」
ジェイクと時春が同時に拳を突き上げる。ラリーは二人を交互に見つめ、ひどく疲れたような顔をした。
「……本当に騒がしいな、君たちは」
そう言いながらも、机の横に掛けてあった上着を手に取った。
◇
夜九時を少し過ぎた頃、五人はクレセントベイの海辺へ到着した。
普段は観光客や散歩を楽しむ地元の人々が行き交う海沿いの通りも、この夜ばかりはまったく違う表情を見せていた。街路樹には無数の小さなライトが巻きつけられ、レストランやカフェの軒先には金色や青色のイルミネーションが輝いている。海岸へ続く遊歩道には屋台が並び、温かな飲み物や焼きたての菓子を売る声が、人々の話し声に混じって響いていた。
その先には、大きな特設ステージが設けられていた。
ステージの上では地元のバンドが演奏しており、ドラムの音とエレキギターの旋律が夜の海へ広がっていく。観客たちは音楽に合わせて体を揺らし、頭上では色とりどりのライトがゆっくりと動いていた。子供を肩車した父親や、友人同士で写真を撮る若者たち、手をつないで歩く恋人たち。集まっている人々は皆、今年最後の夜を楽しもうとしているようだった。
「……うわあ!」
時春は思わず声を上げた。
「すっげえ! 何これ!」
ジェイクが隣で得意そうに笑った。
「どうだ! 来てよかっただろ?」
「うん! めっちゃ綺麗!」
「まだまだこれからだぜ! 零時になったらもっとすごいからな!」
時春は周囲を見渡しながら、何度も感嘆の声を漏らした。十二月の海風は思っていたより冷たかったが、人々の熱気と眩しいほどの明かりのおかげで、寒さを忘れてしまいそうだった。
「トキ!」
少し離れたところから声が聞こえた。
振り返ると、エマとゾーイがこちらへ歩いてきていた。
エマは淡いクリーム色のコートに赤いマフラーを巻き、長い髪を肩の上に流していた。ゾーイは黒いジャケットにニット帽という動きやすそうな服装で、片手には温かい飲み物の入った紙カップを持っている。
「Hey! エマ! ゾーイ!」
時春が手を振ると、エマも笑顔で応えた。
「トキ! 来られたんだね!」
「うん! ジェイクが誘ってくれて!」
「ふふっ。よかった!」
エマはそう言うと、時春の隣に立った。
「寒くない? 海辺だから、夜になると結構冷えるんだよ」
「大丈夫! ちゃんと上着着てきたし!」
「それならよかった」
その横でゾーイがラリーを見つけ、少し驚いたように目を丸くした。
「あれ? ラリーまでいるんだ」
「……不本意だけどね」
ラリーが答えると、ジェイクがすぐに肩を組んだ。
「何言ってんだよ! 楽しんでるくせに!」
「まだ何も楽しんでないんだけど」
「これから楽しむんだよ!」
ジェイクはそう言って笑った。
ゾーイは二人の様子を眺めながら肩をすくめた。
「まあ、今日はせっかくだし、みんなで楽しもうよ」
「ほら! ゾーイもそう言ってる!」
「……多数決って便利だね」
ラリーの皮肉っぽい返事に、全員が笑った。
五人は人の流れに沿って、海辺の遊歩道を歩き始めた。イベント会場にはいくつもの屋台が出ており、甘いシナモンの香りや焼いた肉の匂いが漂っている。ジェイクは早速ホットドッグを買いに走り、ゾーイは温かいチョコレートドリンクを勧めてくれた。
時春も紙カップを受け取り、一口飲んだ。
「……あったか!」
「でしょ?」
エマが笑った。
濃厚なチョコレートの甘みが口の中に広がり、冷えかけていた体を内側から温めてくれた。時春は両手でカップを包み込みながら、海の方へ目を向けた。
暗い海面には、街の明かりが細長く映り込んでいた。遠くでは小さな船の灯りが揺れ、波が規則正しく砂浜へ打ち寄せている。その穏やかな音の上を、ステージからの音楽と人々の歓声が流れていった。
「……何か、すごいね」
時春が呟くと、エマが首を傾げた。
「何が?」
「アメリカの大晦日って、こんなに賑やかなんだなって」
「日本とは違う?」
「うん。少なくとも俺の家では全然違ったよ」
時春は少し考えながら、日本で過ごしていた年末のことを話し始めた。
大晦日には家族で年越しそばを食べ、テレビを見ながらのんびり過ごすことが多かった。夜遅くなると、近くのお寺から除夜の鐘が聞こえることもある。年が明けば家族で新年の挨拶を交わし、翌朝には初詣へ出かける。もちろん、日本にも賑やかなカウントダウンイベントはあるが、時春の記憶にあるお正月は、どちらかといえば静かで落ち着いたものだった。
「へえ……。何だか素敵だね」
エマは興味深そうに聞いていた。
「うん。あれはあれで好きなんだけどさ。でも、こっちはすごいね! 何か、お祭りみたい!」
「確かに。アメリカだと、みんなで集まって新年を迎えるイベントも多いからね。ニューヨークのタイムズスクエアのカウントダウンなんか、世界的に有名だし」
「あっ! あれテレビで見たことある!」
時春が声を上げると、エマは笑って頷いた。
「ここはあそこほど大きくないけど、クレセントベイのカウントダウンも結構人気なんだよ」
「へえ! 楽しみだなあ!」
時春が目を輝かせると、エマは嬉しそうに笑った。
そのとき、二人の背後からジェイクが突然割り込んできた。
「おーい! 何してんだよ! あっちにめっちゃ面白そうなゲームあるぜ!」
「えっ、ゲーム?」
時春が振り返る。
「そう! ボール投げて景品取るやつ!」
ジェイクが指差した先には、屋台の一角に並んだ小さなゲームコーナーがあった。積まれた缶へボールを投げ、すべて倒すことができれば景品がもらえるらしい。
「おっ! やろうぜ!」
時春が声を上げると、ジェイクは嬉しそうに笑った。
「よし! 勝負だ、トキ!」
◇
ゲームコーナーでは、ジェイクが早速大騒ぎしていた。
「見てろよ! 一発で全部倒してやる!」
威勢よく宣言したものの、最初のボールは缶の横を通り過ぎてしまった。
「あれっ!?」
「全然当たってないじゃん!」
ゾーイが笑う。
「いや、今のは手が滑っただけだって!」
ジェイクは言い訳しながら二球目を投げた。しかし、今度は端の缶が一つ落ちただけだった。
「……おかしいな」
「運動神経の問題じゃない?」
ラリーが淡々と言う。
「お前、そこまで言う!?」
全員が笑った。
次に挑戦した時春は、ボールを手の中で軽く転がし、積まれた缶との距離を確かめた。バスケットボールとは大きさも重さも違うが、狙った場所へ投げるという点では似ている。
「よし……!」
時春は軽く腕を振った。
ボールが一直線に飛び、缶の中央へ当たった。
ガラガラッ!
缶が勢いよく崩れ落ちる。
「おおおっ!」
ジェイクが叫んだ。
「トキ! 何でそんな上手いんだよ!」
「えっ!? たまたまだって!」
「いや、絶対おかしいだろ!」
時春が笑いながら景品を受け取ると、エマが小さく拍手した。
「すごい! さすがバスケ部!」
「ははっ! ありがと!」
景品は、手のひらほどの大きさの青いイルカのぬいぐるみだった。時春は少し考えたあと、エマの方へ差し出した。
「はい、エマ!」
「……えっ?」
「これ、あげる!」
エマは驚いたように目を瞬かせた。
「いいの? トキが取ったのに」
「うん! だって俺、寮に置いてても仕方ないし!」
「……そっか」
エマはぬいぐるみを受け取り、少しだけ頬を緩めた。
「ありがとう。大事にするね」
「うん!」
時春は何気なく笑っただけだったが、エマは受け取ったイルカをしばらく眺めていた。柔らかな青い布地に小さな黒い目が縫いつけられた、どこにでもありそうな景品だった。それでも、時春が自分にくれたというだけで、何となく特別なものに思えた。
その様子を隣で見ていたゾーイが、口元を押さえて笑っている。
「……何?」
エマが小声で尋ねると、ゾーイは何でもないというように首を振った。
「別に。よかったねって思っただけ」
「もう……!」
エマは少しだけ頬を赤らめた。
そんなやり取りに気づかないまま、時春はジェイクと次の勝負を始めていた。
ラリーは最初こそ離れた場所で退屈そうに見ていたが、やがて小さな的を狙う別のゲームに興味を示した。慎重に角度を測り、投げる位置を細かく調整する姿は、普段パソコンの前でゲームの攻略法を考えているときに少し似ていた。
「ラリー、何してんの?」
時春が覗き込む。
「……確率を考えてる」
「確率!?」
「この的、見た目より当たり判定が小さいんだよ。だから真正面から狙うより、少し角度をつけた方がいいと思う」
「いや、ゲームに本気すぎない!?」
ラリーは返事をせず、狙いを定めてボールを投げた。
次の瞬間、的が見事に倒れた。
「……おっ」
ジェイクが驚く。
「えっ、ラリー!?」
時春も目を丸くした。
ラリーは得意そうにメガネを押し上げた。
「……まあ、こんなものでしょ」
「うわっ! 何か腹立つ!」
ジェイクが叫ぶと、全員が笑い出した。
結局、ラリーも小さな景品を獲得し、少しだけ上機嫌になったようだった。時春がそのことを指摘すると、本人は頑なに認めなかったが、帰るまで景品をポケットにしまわず、ずっと手に持っていた。
◇
夜十一時を過ぎると、海辺の人出はさらに増えていった。
ステージの音楽も次第に盛り上がりを見せ、観客席の前方には多くの人々が集まっている。イベントスタッフが新年までの残り時間を案内し始めると、あちこちから歓声が上がった。海沿いの建物には大きな時計が投影され、その数字が少しずつ零時へ近づいていくのを、誰もが楽しみに待っているようだった。
五人は人混みを避けながら、海がよく見える遊歩道の端へ移動した。そこからはステージの様子も確認でき、花火が上がる予定の海上もよく見渡せた。冷たい風が吹くたびにエマはマフラーを少し引き上げ、時春もジャケットの襟元を押さえた。
「あと何分?」
ジェイクが尋ねる。
「二十分くらいじゃない?」
ゾーイがスマートフォンを確認した。
「まだそんなにあるのかよ!」
「あなた、さっきから五分おきに聞いてるわよ」
ジェイクが不満そうな顔をすると、ラリーが小さく笑った。
「数学的には、五分おきに聞けば毎回五分ずつ減るはずなんだけどね」
「わかってるって!」
時春は二人の会話に笑いながら、海の方を見つめていた。
十二月の終わりだというのに、夜の海には穏やかな波が立っているだけだった。水平線の向こうは暗闇に溶け込み、遠くの船の明かりだけが小さく瞬いている。街から聞こえる音楽や人々の声も、海の広さを前にすると少し遠く感じられた。
「……もう一年終わるんだなあ」
時春が呟くと、隣のエマが顔を向けた。
「早かった?」
「うん。めっちゃ早かった気がする」
時春は今年の出来事を思い返した。
日本で過ごしていた頃は、アメリカへ留学することを決めた自分が、これからどんな生活を送るのか想像もできなかった。言葉も文化も違う場所で友達ができるのか、バスケットボールで通用するのか、心配になることもあった。
それでも、実際にクレセントベイへ来てみれば、毎日のように新しい出来事が待っていた。学生寮でラリーと出会い、ジェイクやゾーイと知り合い、エマとも親しくなった。学校では仲間たちと笑い合い、体育館では何度も悔しい思いをしながら、ようやくVarsityのメンバーになることができた。
十一月には初めての公式戦に出場し、感謝祭にはマイルズの家族に迎えてもらった。そしてクリスマスには、ノアたちと一緒にNBAの試合を観に行った。
思い返せば、どれも日本にいた頃の自分には想像できなかった出来事ばかりだった。
「……今年、アメリカ来てよかったなあ」
時春はしみじみと言った。
エマは少しだけ目を丸くしたあと、柔らかく微笑んだ。
「そっか」
「うん! だって、みんなと友達になれたし!」
時春は笑顔で続けた。
「バスケもすごく楽しいしさ。もちろん大変なこともあるけど、毎日新しいことばっかりで、全然飽きないんだよね!」
エマは時春の顔を見つめていた。
「……私も、トキが来てくれてよかったって思ってるよ」
「えっ?」
「だって、トキがいなかったら、今みたいにみんなで出かけることもなかったかもしれないし」
時春は少し考えたあと、大きく頷いた。
「そっか! そうだよね!」
「ふふっ。うん」
エマは笑った。
彼女にとっても、この一年は少し特別なものだった。
時春と出会う前から、学校には友達がいたし、日々の生活も十分に楽しかった。しかし、彼がやって来てからは、何となく周囲の景色が以前より賑やかに感じられるようになっていた。くだらないことで笑ったり、バスケットボールの試合を応援したり、ダイナーで長い時間話し込んだりする。そのどれもが、気づけば大切な思い出になっていた。
特に、時春が何かに夢中になっている姿を見るのが好きだった。
バスケットボールの話になると途端に饒舌になり、試合に勝てば子供のように喜ぶ。誰かが困っていれば自然と声をかけ、時には自分のことを後回しにしてしまう。少し無鉄砲で、驚くほど鈍感なところもあるけれど、その真っ直ぐさに何度も心を動かされてきた。
エマは手の中にある青いイルカのぬいぐるみへ目を落とした。
今日も、彼は何気なく景品を渡してくれた。
その何気なさが、少し嬉しくて、少しだけ困るのだった。
◇
やがて、年明けまで十分を切った。
ステージでは演奏が終わり、司会者がマイクを手に観客へ呼びかけ始めた。大きなスクリーンには『WELCOME 2027』という文字が映し出され、背景にはクレセントベイの海と花火の映像が流れている。
「みんな! もうすぐだぜ!」
ジェイクは待ちきれない様子で声を上げた。
「わかってるって!」
ゾーイが笑う。
「いやー、何か緊張してきた!」
「何でお前が緊張するんだよ!」
時春が尋ねると、ジェイクは真顔で答えた。
「だって、年が変わるんだぜ!?」
「いや、そりゃそうだけど!」
二人が笑い合っている横で、ラリーはスマートフォンを確認していた。
「……あ、そろそろだ」
「何が?」
「ゲームのイベント」
時春は思わず吹き出した。
「まだ気にしてたの!?」
「当たり前でしょ。日付が変わるタイミングなんだから」
「もう! 今日はゲームのこと忘れようよ!」
「無理な相談だね」
ラリーは平然と答えたが、その口元には小さな笑みが浮かんでいた。
時春は笑いながら、ステージの方へ視線を戻した。周囲では人々がスマートフォンを取り出し、写真や動画を撮る準備を始めている。子供たちは親の手を握り、若い恋人たちは肩を寄せ合っていた。
時計が午後十一時五十五分を示すと、海辺の人々の間に、少しずつ落ち着かない空気が広がり始めた。司会者が何度も残り時間を告げるたびに歓声が上がり、ステージの照明が色を変えていく。
時春はその光景を見ながら、ふと日本にいた頃の大晦日を思い出していた。
実家では、年が変わる少し前になると、家族でテレビを見ながら静かに時間を待っていた。外から除夜の鐘が聞こえる夜もあったし、年越しそばを食べ終えて、そのまま眠くなってしまうこともあった。
あの穏やかな時間が好きだった。
けれど、今夜のように大勢の人々と一緒に新年を迎えるのも、きっと忘れられない思い出になるのだろう。
同じ一年の終わりでも、国が違えばこんなにも景色が変わる。
時春はそのことを、少し面白く感じていた。
「トキ」
エマが隣から声をかけた。
「ん?」
「もうすぐだね」
「うん!」
時春は笑顔で頷いた。
エマも微笑み、少しだけ肩を寄せた。
二人の間を、冷たい海風が吹き抜けていった。
気づけば、周囲の人々は少しずつステージへ向かって声を上げ始めていた。大きなスクリーンの数字が残り一分を示し、会場全体から歓声が沸き起こる。
ジェイクは両手を掲げ、今にも飛び跳ねそうな勢いだった。
「よっしゃあ! 来るぞ!」
「まだ一分あるって!」
ゾーイが笑いながら言う。
「わかってる! でも来るぞ!」
時春も胸の奥が高鳴るのを感じていた。何万人もの人々が同じ瞬間を待っていると思うと、不思議な一体感が生まれてくる。普段は知らない人同士であっても、今だけは同じ目的のために集まっているようだった。
やがて、スクリーンに最後の十秒が表示された。
司会者が大きく腕を振り上げる。
その瞬間、海辺に集まった人々が一斉に声を合わせた。
「TEN! NINE! EIGHT!」
ジェイクが叫び、ゾーイも笑いながら声を上げる。時春は周囲の熱気に圧倒されながらも、隣のエマと顔を見合わせた。
「SEVEN! SIX! FIVE!」
ラリーも、いつの間にか一緒になって数えていた。普段はどこか冷めた態度を崩さない彼が、今は少し照れくさそうに笑いながら声を出している。
「FOUR!」
時春は大きく息を吸った。
「THREE! TWO! ONE!」
そして。
「HAPPY NEW YEAR!!」
凄まじい歓声が海辺に響き渡った。
次の瞬間、夜空へ一筋の光が駆け上がり、暗い空に大きな花火が咲いた。赤、青、金色の光が次々と広がり、海面に鮮やかな色を映し出す。少し遅れて腹の底へ響くような音が届き、観客たちがさらに大きな歓声を上げた。
花火は一発では終わらなかった。
続けざまに打ち上がった光が夜空を彩り、海辺の街を一瞬ごとに明るく照らしていく。大きな金色の花火が開くと、その下を小さな赤い光が追いかけ、最後には幾筋もの光が波のように広がっていった。
「うわあああっ!!」
時春は思わず叫んだ。
「すっげえええ!!」
ジェイクも隣で両手を突き上げている。
「HAPPY NEW YEAR!!」
「Happy New Year!」
ゾーイが笑顔で応え、ラリーも少しだけ声を張った。
「……Happy New Year!」
会場には祝福の声が満ちていた。近くにいた家族連れが抱き合い、子供たちは父親や母親の腕の中ではしゃいでいる。少し離れたところでは若い恋人たちが新年を祝ってキスを交わし、友人同士で肩を組みながら笑っている人々もいた。
時春はその光景を眺めながら、胸がいっぱいになるのを感じた。
日本では、年が明く瞬間をこんなふうに過ごしたことはなかった。
大きな音楽、花火、何千もの人々の歓声。そして、隣にはアメリカへ来てから出会った大切な友達がいる。
時春は興奮したまま、すぐ隣のエマへ顔を向けた。
「エマ! あけましておめでとう!」
エマは少し驚いたあと、満面の笑みを浮かべた。
「ふふっ! Happy New Year、トキ!」
「今年もよろしくね!」
「うん! こちらこそ!」
二人は笑い合った。
夜空では花火が次々と開き、赤や金色の光がエマの頬を照らしていた。彼女の髪が海風に揺れ、赤いマフラーの端が小さく動く。時春は嬉しそうに空を見上げ、次に打ち上がる花火を待っていた。
エマはそんな彼の横顔を見つめていた。
今なら、言えるかもしれない。
新しい年になったばかりの、少し特別なこの瞬間なら。
「……ねえ、トキ」
「ん?」
時春が振り返る。
エマは口を開きかけた。
「今年も……」
言いかけたところで、急に胸が高鳴った。
本当は、今年も一緒にいろんなところへ行けたらいいな、と伝えたかった。去年の夏に出会ってから、時春と過ごした時間はどれも楽しかった。ダイナーで何気ない話をしたことも、体育館で彼を応援したことも、クリスマスにNBAの試合を観に行ったことも、今ではかけがえのない思い出になっている。
だから、新しい一年にも、そんな時間がたくさんあればいいと思っていた。
けれど、それを改めて口にするのは、なぜかとても恥ずかしかった。
時春がまっすぐこちらを見つめている。その顔を見た途端、エマは自分の気持ちをどう伝えればいいのかわからなくなってしまった。
「……ううん! 何でもない!」
エマは慌てて笑った。
「えっ? 何?」
「本当に何でもない! ほら、花火すごいね!」
「あっ、うん! めっちゃ綺麗!」
時春はそれ以上気にする様子もなく、再び夜空へ視線を戻した。
エマは小さく息を吐いた。
こういうところが、時春らしい。
自分がどれほど緊張しているのか、まるで気づいていない。きっと、今はただ目の前の花火に夢中なのだろう。
エマは苦笑しながら、手の中の青いイルカをそっと握り直した。
◇
花火がひと段落すると、会場のあちこちでは新年の挨拶が交わされ始めた。
ジェイクは興奮冷めやらぬ様子で時春の肩を叩き、今の花火がどれほどすごかったかを身振り手振りで語っていた。ゾーイはスマートフォンで撮影した動画を見返し、ラリーはようやくゲームのイベント開始時刻になったことに気づいたらしい。
「……あっ。もう始まってる」
ラリーが画面を見ながら呟く。
「まだそれ気にしてんの!?」
ジェイクが驚いたように叫ぶ。
「そりゃそうでしょ。期間限定なんだから」
「お前、さっき花火見て楽しそうにしてたじゃん!」
「花火を楽しむこととゲームのイベントを気にすることは両立するんだよ」
ラリーは平然と答えた。
時春は笑いながら、その肩を軽く叩いた。
「でも、来てよかったでしょ?」
ラリーは少しだけ考えた。
それから、ゆっくりと頷いた。
「……まあ、悪くなかったかな」
「おっ!」
「花火は綺麗だったし。君たちも思ってたよりうるさくなかった」
「いや、めちゃくちゃうるさかっただろ!」
ジェイクが抗議すると、ラリーは小さく笑った。
「じゃあ、次はもう少し静かなところに連れてってよ」
その言葉に、時春は嬉しくなった。
「うん! またみんなで出かけようぜ!」
ジェイクも大きく頷いた。
「もちろん! 今度はもっと面白いとこ探しとく!」
「その前に、ちゃんと全員の予定聞いてよ」
ゾーイが呆れたように笑った。
しばらくして、五人は海沿いのベンチに腰を下ろした。イベント会場の熱気はまだ続いていたが、ステージから少し離れると、波の音がはっきりと聞こえるようになっていた。新年を迎えたばかりの夜空には、花火の煙が薄く残り、その向こうで星がかすかに瞬いている。
ジェイクは温かい飲み物を飲みながら、突然思いついたように言った。
「そうだ! せっかく新年になったんだし、今年の目標でも言い合おうぜ!」
「……急だね」
ラリーが呆れたように言う。
「いいじゃん! 新年なんだから!」
ジェイクはそう言って胸を張った。
「まず俺からな! 今年はもっとモテる!」
ゾーイが即座に吹き出した。
「去年も同じこと言ってなかった?」
「うるさい! 去年とは違うんだよ!」
「何が違うの?」
「……気合い!」
その答えに、全員が笑った。
ゾーイは少し考えてから、勉強を頑張ることと、今年も友達といろいろな場所へ出かけたいという目標を挙げた。ラリーはゲームで新しいランキングに入ることだと宣言し、ジェイクからそれ以外にないのかと突っ込まれていた。
エマは温かい飲み物を両手で包み込みながら、少し考えるように微笑んだ。
「私は……今年も楽しい一年にしたいかな」
「何だよ! 普通すぎるだろ!」
ジェイクが言う。
「いいじゃない。そういう目標だって」
エマは笑って答えた。
「それに、学校の勉強も頑張りたいし、ダイナーのお手伝いも続けたいしね」
「エマって本当に真面目だよなあ」
「ジェイクも少しは見習ったら?」
ゾーイの一言に、また笑い声が上がった。
そして、ジェイクは最後に時春へ顔を向けた。
「よし! 最後はトキだ! 今年の目標は?」
時春は待ってましたと言わんばかりに顔を上げた。
「もちろん、ブレイカーズで優勝すること!」
その声には迷いがなかった。
ジェイクが大きく笑う。
「おおっ! やっぱりバスケか!」
「当たり前じゃん! 地区大会も勝ちたいし、州大会にも行きたい!」
時春は嬉しそうに続けた。
十一月に始まったシーズンは、年明けからいよいよ本格的なリーグ戦へ入っていく。強豪校との試合も増え、これまで以上に厳しい戦いが待っているはずだった。
しかし、それを考えると不安になるどころか、胸が熱くなった。
自分はまだ控えのポイントガードにすぎない。それでも、もっと練習して、もっと上手くなれば、チームの勝利に貢献できる場面は増えていくはずだ。
そして、その先には。
「それと……DJに勝つ!」
時春が宣言すると、ジェイクが目を丸くした。
「……DJ?」
「ほら! クリスマスにノアが教えてくれた、キングDの息子!」
「ああ! あのすげえ高校生か!」
「そう! ウェストゲート・プレップの!」
時春は大きく頷いた。
「同じ地区だから、プレーオフで当たるかもしれないんだよ。だから、もし試合できるなら絶対に勝ちたい!」
ジェイクはしばらく時春の顔を見つめたあと、にやりと笑った。
「……いいじゃん! めちゃくちゃ燃えるな!」
「でしょ!?」
「だったら俺も応援行くぜ! DJ相手にトキがどこまでやれるか見てみたいし!」
「よし! 任せて!」
時春は勢いよく拳を握った。
ゾーイはそんな二人を呆れたように眺めながらも、楽しそうに笑っていた。ラリーはバスケットボールについてそこまで詳しくないため、DJがどれほど有名な選手なのかまではよくわかっていないようだったが、時春が本気で目標を語っていることは伝わったらしい。
「……まあ、頑張ってよ」
ラリーが言った。
「ありがと、ラリー!」
「ただし、練習で疲れすぎて授業中に寝ないようにね」
「わかってるって!」
時春が笑うと、エマも口元を緩めた。
やっぱり、トキらしいな。
エマはそう思った。
新年の目標を聞かれれば、迷わずバスケットボールの話をする。しかも、世界的なスーパースターの息子を倒したいと、本気で言っている。
普通なら無謀だと思うような相手であっても、時春はそこに挑戦する楽しさを見つけてしまう。クリスマスの夜、DJのプレーを見て少しだけ震えていた手を、エマは覚えていた。それでも彼は怖がって終わるのではなく、勝ちたいと願うことを選んだのだ。
その真っ直ぐなところが、何だか眩しかった。
エマは青いイルカのぬいぐるみを膝の上へ置き、小さく笑った。
「……応援してるよ、トキ」
時春が振り返る。
「えっ?」
「ブレイカーズの優勝も、DJとの試合も。ちゃんと応援してるから」
時春は満面の笑みを浮かべた。
「うん! ありがと、エマ!」
その笑顔を見ていると、エマも自然と嬉しくなった。
今年もきっと、彼はたくさんの出来事に夢中になるのだろう。勝って喜ぶ日もあれば、負けて悔しがる日もある。今はまだ想像もつかないような試合が待っているかもしれない。
そんな時間を、できるだけ近くで見ていられたらいい。
エマはそう思いながら、再び海の方へ目を向けた。
◇
午前一時が近づく頃、五人はそろそろ帰ることにした。
カウントダウン直後の賑わいは少しずつ落ち着き始めていたが、海辺にはまだ大勢の人々が残っていた。ステージでは穏やかな音楽が流れ、屋台の明かりもいくつか点いたままだった。新年を迎えたばかりの街には、どこか浮き立つような空気が残っている。
ジェイクは最後まで元気いっぱいだったが、ゾーイはさすがに少し眠そうだった。ラリーもスマートフォンの画面を確認しながら、早く寮へ戻ってゲームのイベントを進めたいと呟いている。
時春は笑いながら、みんなと並んで遊歩道を歩いていた。
「いやー、楽しかった!」
ジェイクが満足そうに言う。
「来年もまた来ようぜ!」
「来年のことは来年考えればいいじゃない」
ゾーイが笑った。
「えー! いいだろ、今決めたって!」
「あなた、絶対忘れるでしょ」
「忘れねえって!」
二人が言い合いを始めると、ラリーが静かに口を挟んだ。
「僕は来年こそゲームのイベントに参加したいけどね」
「まだ言ってる!」
時春が吹き出した。
そんなやり取りを続けながら、五人は街の中心部へ向かって歩いていった。海辺から少し離れると人通りは減り、ライトアップされた街路樹の下には、冷えた夜気が静かに漂っていた。
やがて、ジェイクとゾーイが少し先を歩き、ラリーもそのあとを追う形になった。時春とエマは自然と並んで歩くことになり、先ほどまでの賑やかな会話が少し遠くに聞こえた。
「……楽しかったね」
エマが言った。
「うん! めっちゃ楽しかった!」
時春は大きく頷いた。
「ジェイクに誘ってもらってよかった! ラリーも何だかんだ楽しそうだったし!」
「ふふっ。そうだね」
「花火もすごかったなあ。日本のお正月とは全然違うけど、こういうのもいいね!」
エマは微笑んだ。
「うん。私も楽しかった」
時春は少しだけ考えたあと、ふとエマの手元に目を向けた。
「あっ! それ、まだ持っててくれたんだ!」
「えっ?」
「イルカ!」
エマは自分の手にある小さなぬいぐるみを見た。
「ああ、これ? もちろん!」
「ははっ! そんな大したものじゃないのに!」
「そんなことないよ。可愛いし、気に入ってるから」
エマはそう言って、ぬいぐるみを軽く持ち上げた。
「部屋に飾ろうかなって思ってるんだ」
「えっ! マジ!?」
「うん!」
時春は嬉しそうに笑った。
「よかった! じゃあ、今度もっとすごい景品取ってあげるよ!」
「ふふっ。期待してるね」
エマも笑った。
しばらく二人は、街路樹の明かりの下を歩いていた。遠くからはまだイベントの音楽が聞こえ、ときどき新年を祝う人々の声が混じっている。
エマは何となく、先ほど花火の下で言いかけた言葉を思い出していた。
今年も一緒にいろんなところへ行けたらいいな。
結局、言えなかった。
時春は気づいていないようだし、今さら改めて話すのも少し恥ずかしい。だから、その願いは胸の中にしまっておこうと思った。
そんなときだった。
「……あっ、そうだ!」
時春が突然声を上げた。
エマは少し驚いて顔を向けた。
「ん?」
時春はいつものように明るく笑った。
「今年もエマといっぱい遊びたいな!」
エマは一瞬、足を止めそうになった。
「……えっ?」
「だってさ、去年もいろんなところ行ったじゃん! ダイナーとか、バスケの試合とか、クリスマスのNBAとか! 今日もめっちゃ楽しかったし!」
時春は楽しそうに続けた。
「だから、今年も一緒にいろんなところ行こうよ!」
エマはしばらく何も言えなかった。
ほんの少し前、自分が言いたくても言えなかった言葉を、時春が何のためらいもなく口にしたのだ。
あまりにも自然で、あまりにも彼らしい言い方だった。
時春は特別なことを言ったつもりなど、きっとないのだろう。ただ、本当にそう思ったから口にした。それだけなのだ。
けれど、エマにとっては、それが何よりも嬉しかった。
「……うん」
エマは少しだけ俯いた。
口元が緩んでしまうのを抑えられなかった。
それから顔を上げ、時春を見つめた。
「……うん。私も!」
時春は満面の笑みを浮かべた。
「よかった! じゃあ決まりだね!」
「ふふっ。うん!」
エマも笑った。
胸の奥にあった小さな願いが、思いがけない形で叶ってしまったような気がした。
新年が始まって、まだ一時間しか経っていない。
それなのに、今年はきっと楽しい一年になるのだろうと、何となく思えた。
「おーい! トキ! エマ!」
少し先からジェイクの声が聞こえた。
「何してんだよ! 置いてくぞ!」
「あっ! ごめん!」
時春が声を上げる。
エマは小さく笑った。
「行こっか!」
「うん!」
二人は並んで歩き始めた。
街路樹に巻きつけられたイルミネーションが、夜風に揺れる葉を淡く照らしていた。海から聞こえる波の音は少しずつ遠ざかり、代わりにジェイクとゾーイの騒がしい声が近づいてくる。
その夜、時春が胸に抱いていたのは、バスケットボールで優勝するという大きな目標と、同じ年齢の強敵に勝ちたいという新しい闘志だった。そして、それとは別に、友達と過ごす何気ない時間も、これから先ずっと大切にしていきたいと思っていた。
アメリカへ来て、初めて迎えた新年。
今年は、どんな一年になるのだろう。
年明けから本格化するリーグ戦。ブレイカーズの仲間たちと目指すチャンピオンシップ。そして、その道の先に待っているかもしれないDJとの対決。
まだ何も決まっていない。勝利を手にできる保証もなければ、すべてが思い通りに進むとも限らない。それでも時春は、これから始まる一年が楽しみで仕方なかった。
隣ではエマが、青いイルカのぬいぐるみを大切そうに持って歩いている。前方ではジェイクとゾーイが相変わらず言い合いを続け、その間をラリーが少し呆れたような顔で歩いていた。
時春はその光景を眺めながら、自然と笑顔になった。
新しい年を、こうして大切な友達と迎えられたことが嬉しかった。
クレセントベイの夜空には、先ほどの花火の煙がもうほとんど残っていなかった。冬の澄んだ空気の向こうには、静かな星の光が瞬いている。街にはまだ新年を祝う人々の声が響き、その賑わいは夜更けまで続いていくようだった。
時春は冷たい空気を胸いっぱいに吸い込み、少し先を歩くジェイクたちへ向かって声を上げた。
「Hey! 待ってよー!」
その声に仲間たちが振り返り、また楽しそうな笑い声が広がった。
アメリカでの二度目の暦が、いま始まったばかりだった。