冒険者になった猫 ~話せないけど、言葉はわかります~   作:播磨 由道

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第36話 オットーの行方

翌朝。吾輩たちは、またギルドの受付の前に並んでいる。

 

エレナが書類をめくる手を止めて、首をかしげた。

 

「おはようございます。休暇は、今日からでしたよね?」

「ああ。その休暇のうちに、ちょっと人を捜したくてな」

 

ジェイクが、受付台に片肘をつく。

 

「ハーゲン商会の倉庫番だった、オットーを覚えてるか? 街を出たって話だが、行き先に心当たりはねえか」

 

「オットーさん、ですか」

 

エレナの顔から、営業スマイルがすっと消えた。

指先で受付台を軽く叩きながら、少しのあいだ考えこむ。

それから引き出しを開けて、小さく折りたたんだ紙を一枚取り出した。

 

「東の街道を歩いて半日ほどのところに、粉ひき小屋のある村があります。オットーさんは、そこに住むお姉さんの家に身を寄せているそうです。詳しくは、この書きつけを読んでください」

 

(すでに調べていたのか?)

 

「ん? エレナさん、調べてたの?」

 

カティアが身を乗り出して、吾輩の聞きたいことを聞いてくれた。

 

「倉庫の件の報告が途中で消えてしまったでしょう? あれが少し気になったので、商会の荷馬車の御者さんたちに、こっそり聞いておいたんです」

 

エレナは紙を指先で押して、ジェイクのほうへ滑らせた。

 

「本当はこういう情報を渡すのはダメなんですけど、皆さんは信頼できる方たちだと思っていますので、特別ですよ?」

 

(すごいなエレナ。言われる前に資料がそろっているとは、仕事ができすぎる)

 

「理由は、聞かねえのか」

「なんとなく察しはつきますので」

 

エレナは、すました顔で書類に目を戻した。

 

吾輩は、受付台にひょいと飛び乗る。

前足をきちんとそろえて座り、軽く会釈をする。

 

「ニャア(恩に着る)」

 

エレナは目を丸くして、それから、くすりと笑った。

 

「ふふっ、どういたしまして」

 

隣の窓口の冒険者が、いつになく柔らかく笑うエレナを見て驚いていた。

営業スマイルではない、彼女の素の笑顔はなかなかに破壊力があるようだ。

 

   *

 

東の街道は、雲ひとつない晴れ空だ。

 

吾輩は一行の先頭を歩いている。

今は急いでいるので、ジェイクやカティアに先頭を歩かせるわけにはいかない。

彼らに任せていたら西の村に到着してしまう。

 

そういえば、街道を歩いてよその村まで行くのは、これが初めてである。

そもそも街の名前すら知らなかったが、昨日、マルタの話で初めて知った。

一度、この世界の地図とかも見ておきたいものだ。

 

「オットーさん、わたしたちのことを覚えていてくださるかしら」

「さあな。まあ、覚えていてもいなくても、やることは変わらねえよ」

 

吾輩たちの目的は、オットーからドルナー子爵が不正に関与していたという証言を得ることだ。

今のところ状況証拠だけで、明確な証拠がない。

疑わしきは罰せず、まずはドルナー子爵が黒であることを確定させ、大義名分を手に入れるのだ。

 

「問題は、話してくれるかどうかだ。罪をかぶせられて街を追い出されたんだ。俺たちの顔なんか、見たくもねえだろう」

 

ジェイクが、頭の後ろで手を組んだ。

メアリーは、紙とインク壺の入った鞄を大事そうに抱えている。

 

「お話を聞かせてもらえたら、ちゃんと書きとめておかないとね」

 

今回の議事録係は、メアリーらしい。適材適所というやつだ。

 

昼を少し過ぎたころ、ごとごとと水車の回る音が聞こえてきた。

粉ひき小屋のある村だ。

 

「村の人に聞けば、一発でしょ」

「よそ者が元倉庫番を捜してるなんて噂になったら、オットーが困る。こっそり見つけてえな」

 

ジェイクの言うことはもっともだ。

となれば、ここは吾輩の出番である。

 

吾輩は久しぶりに『探知』のスキルを広げながら、風上に向けて鼻をひくひくと動かした。

探知でわかるのは、人の気配がどこにあるかまで。誰なのかは、匂いで確かめる。

 

土と、刈った草と、水車の濡れた木の匂い。

その中に一筋だけ、この村には似合わない匂いが混じっていた。

 

インクだ。

倉庫で帳簿をのぞき込んだとき、紙から立ちのぼっていたのと同じ匂い。

 

匂いの先には、探知の気配がひとつ。

たどってあぜ道を進むと、カブ畑の真ん中に、籠を抱えた中年の男がいた。

丸めた背中と、腰の低そうな立ち姿には見覚えがある。

 

吾輩は振り返って、短く一回鳴く。

 

「ニャッ(はい)」

 

「あれか? よくわかったな」

「そういえばあんた、鼻だけじゃなくて『探知』のスキルもあったわね」

 

「ニャア(忘れてもらっては困る。斥候の本業だ)」

 

   *

 

「あ……ネズミ退治の、猫の……」

 

吾輩たちに気づいたオットーは、さっと青ざめた。

カブの籠を抱えたまま、じりじりと後ずさっていく。

 

「待ってくれ。話を聞きに来ただけだ」

「お話しすることなんてありません。わたしは帳簿の不始末で辞めた男です。もう、済んだことなんです」

 

(もう済んだこと、か。ギルドの上の人も同じことを言っていたな)

 

ジェイクは声を落として、セリアのことを話した。

仲間がドルナー子爵に嫁がされそうなこと。それを止めたいこと。

 

オットーの顔から、さらに血の気が引いた。

 

「ドルナー様に……。それなら、なおさらです。わたしが何か話したと知れたら、姉の家にまで迷惑がかかります」

「それに、商会からも、黙っているようにと……少しばかりのお金も、いただいておりますので」

 

(そこまで言ったら、もう話しているのと同じではないか?)

 

籠を抱える腕に、ぎゅっと力がこもる。

 

「わたしは、言われたとおりに帳簿を書いただけです。十年、真面目に働いてきたのに、不始末はわたし一人のせいになって……」

 

「ニャア(それは真面目と言っていいのか?)」

 

言われたとおりに書いたということは、何を書いているのか、わかっていたということだ。

上に逆らえない気持ちは、吾輩にも痛いほどわかる。

だからといって、帳簿をごまかしていいことにはならない。

 

とはいえ、オットーには猫が鳴いたとしか聞こえないだろう。

ここは、聞かなかったことにしておく。

 

ジェイクは、オットーの前にしゃがんだ。

目の高さを合わせて、ゆっくりと話す。

 

「あんたの事情は、わかった。上に言われたら、断れねえよな」

「あんたを切ったのは商会でも、そうさせたのはドルナーだ。商会からも子爵からも切られて、黙って畑を耕して終わりでいいのか?」

「一泡吹かせてやりたいとは、思わねえか?」

 

「一泡、ですか」

「ああ。知ってることを話してくれりゃ、あとは俺たちがやる。姉さんに迷惑はかけねえ」

 

「冒険者さんが、どうやって子爵様に一泡吹かせるんです」

「それは言えねえ。知らねえほうが、あんたのためだ」

 

カティアが、ちらりと吾輩を見た。

 

「ニャア(言えるわけがない。こちらも、伯爵をだます算段なのだから)」

 

こうでもしなければセリアを助けられない、というのは、だます側の理屈だ。

だまされる側には、関係のない話である。

こちらも、オットーを偉そうに責められる立場ではない。

 

それに、一番悪いのがドルナーなのは間違いない。

 

オットーは、長いあいだ黙っていた。

それから、カブの籠をあぜ道に下ろした。

 

「正直に言うと、悔しかったんです。十年いて、最後は追い出されて終わりでしたから」

 

どうやら、話す気になってくれたらしい。

 

   *

 

オットーの話は、こうだった。

 

帳簿の『ネズミ被害による廃棄』は、商会の番頭からの言いつけだったという。

廃棄と書いた袋は、夜のうちに荷車で運び出されていた。

荷車の木札には、黒い鷹の紋章。

 

「荷車が向かったのは、子爵様のご領地です。わたしは、帳簿の数を合わせるだけの役でした」

 

帳簿をごまかして浮かせた小麦は、ドルナーのもとへ流れていた。

状況証拠ばかりだったドルナーが、これで黒と決まった。

 

「本当の数は、もう一冊の帳簿につけていました。月に一度、お屋敷から若い男が取りに来るんです」

 

(試験の日に、東の街道で見かけた目つきの鋭い男か)

 

「一度だけ、お屋敷まで届けたことがあります。書斎の奥の、鍵のかかった棚にしまわれました」

 

やはり、帳簿はふたつあった。

倉庫で読んだ帳簿がきれいすぎたときから、そんな気がしていたのだ。

しっぽの先が、勝手に少し持ち上がる。

 

メアリーが切り株を机がわりにして、オットーの話を書きとめていった。

教室で子どもたちに見せるお手本のような、きれいな字だった。

 

オットーは上着のポケットから、小さな木の印を取り出した。

 

「倉庫番の印です。商会を出るとき、これだけは返しそびれまして」

 

(インクの匂いの正体は、これだったか)

 

オットーは、メアリーの書いた紙の端に、ていねいに印を押した。

 

「ありがとな、オットーさん」

「いえ。大したものはありませんが、せめて、これを」

 

オットーはカブを四つ、ジェイクの腕に押しつけた。

 

証言が一枚と、カブが四つ。

休暇の初日の成果としては、上々である。

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