冒険者になった猫 ~話せないけど、言葉はわかります~ 作:播磨 由道
翌朝。吾輩たちは、またギルドの受付の前に並んでいる。
エレナが書類をめくる手を止めて、首をかしげた。
「おはようございます。休暇は、今日からでしたよね?」
「ああ。その休暇のうちに、ちょっと人を捜したくてな」
ジェイクが、受付台に片肘をつく。
「ハーゲン商会の倉庫番だった、オットーを覚えてるか? 街を出たって話だが、行き先に心当たりはねえか」
「オットーさん、ですか」
エレナの顔から、営業スマイルがすっと消えた。
指先で受付台を軽く叩きながら、少しのあいだ考えこむ。
それから引き出しを開けて、小さく折りたたんだ紙を一枚取り出した。
「東の街道を歩いて半日ほどのところに、粉ひき小屋のある村があります。オットーさんは、そこに住むお姉さんの家に身を寄せているそうです。詳しくは、この書きつけを読んでください」
(すでに調べていたのか?)
「ん? エレナさん、調べてたの?」
カティアが身を乗り出して、吾輩の聞きたいことを聞いてくれた。
「倉庫の件の報告が途中で消えてしまったでしょう? あれが少し気になったので、商会の荷馬車の御者さんたちに、こっそり聞いておいたんです」
エレナは紙を指先で押して、ジェイクのほうへ滑らせた。
「本当はこういう情報を渡すのはダメなんですけど、皆さんは信頼できる方たちだと思っていますので、特別ですよ?」
(すごいなエレナ。言われる前に資料がそろっているとは、仕事ができすぎる)
「理由は、聞かねえのか」
「なんとなく察しはつきますので」
エレナは、すました顔で書類に目を戻した。
吾輩は、受付台にひょいと飛び乗る。
前足をきちんとそろえて座り、軽く会釈をする。
「ニャア(恩に着る)」
エレナは目を丸くして、それから、くすりと笑った。
「ふふっ、どういたしまして」
隣の窓口の冒険者が、いつになく柔らかく笑うエレナを見て驚いていた。
営業スマイルではない、彼女の素の笑顔はなかなかに破壊力があるようだ。
*
東の街道は、雲ひとつない晴れ空だ。
吾輩は一行の先頭を歩いている。
今は急いでいるので、ジェイクやカティアに先頭を歩かせるわけにはいかない。
彼らに任せていたら西の村に到着してしまう。
そういえば、街道を歩いてよその村まで行くのは、これが初めてである。
そもそも街の名前すら知らなかったが、昨日、マルタの話で初めて知った。
一度、この世界の地図とかも見ておきたいものだ。
「オットーさん、わたしたちのことを覚えていてくださるかしら」
「さあな。まあ、覚えていてもいなくても、やることは変わらねえよ」
吾輩たちの目的は、オットーからドルナー子爵が不正に関与していたという証言を得ることだ。
今のところ状況証拠だけで、明確な証拠がない。
疑わしきは罰せず、まずはドルナー子爵が黒であることを確定させ、大義名分を手に入れるのだ。
「問題は、話してくれるかどうかだ。罪をかぶせられて街を追い出されたんだ。俺たちの顔なんか、見たくもねえだろう」
ジェイクが、頭の後ろで手を組んだ。
メアリーは、紙とインク壺の入った鞄を大事そうに抱えている。
「お話を聞かせてもらえたら、ちゃんと書きとめておかないとね」
今回の議事録係は、メアリーらしい。適材適所というやつだ。
昼を少し過ぎたころ、ごとごとと水車の回る音が聞こえてきた。
粉ひき小屋のある村だ。
「村の人に聞けば、一発でしょ」
「よそ者が元倉庫番を捜してるなんて噂になったら、オットーが困る。こっそり見つけてえな」
ジェイクの言うことはもっともだ。
となれば、ここは吾輩の出番である。
吾輩は久しぶりに『探知』のスキルを広げながら、風上に向けて鼻をひくひくと動かした。
探知でわかるのは、人の気配がどこにあるかまで。誰なのかは、匂いで確かめる。
土と、刈った草と、水車の濡れた木の匂い。
その中に一筋だけ、この村には似合わない匂いが混じっていた。
インクだ。
倉庫で帳簿をのぞき込んだとき、紙から立ちのぼっていたのと同じ匂い。
匂いの先には、探知の気配がひとつ。
たどってあぜ道を進むと、カブ畑の真ん中に、籠を抱えた中年の男がいた。
丸めた背中と、腰の低そうな立ち姿には見覚えがある。
吾輩は振り返って、短く一回鳴く。
「ニャッ(はい)」
「あれか? よくわかったな」
「そういえばあんた、鼻だけじゃなくて『探知』のスキルもあったわね」
「ニャア(忘れてもらっては困る。斥候の本業だ)」
*
「あ……ネズミ退治の、猫の……」
吾輩たちに気づいたオットーは、さっと青ざめた。
カブの籠を抱えたまま、じりじりと後ずさっていく。
「待ってくれ。話を聞きに来ただけだ」
「お話しすることなんてありません。わたしは帳簿の不始末で辞めた男です。もう、済んだことなんです」
(もう済んだこと、か。ギルドの上の人も同じことを言っていたな)
ジェイクは声を落として、セリアのことを話した。
仲間がドルナー子爵に嫁がされそうなこと。それを止めたいこと。
オットーの顔から、さらに血の気が引いた。
「ドルナー様に……。それなら、なおさらです。わたしが何か話したと知れたら、姉の家にまで迷惑がかかります」
「それに、商会からも、黙っているようにと……少しばかりのお金も、いただいておりますので」
(そこまで言ったら、もう話しているのと同じではないか?)
籠を抱える腕に、ぎゅっと力がこもる。
「わたしは、言われたとおりに帳簿を書いただけです。十年、真面目に働いてきたのに、不始末はわたし一人のせいになって……」
「ニャア(それは真面目と言っていいのか?)」
言われたとおりに書いたということは、何を書いているのか、わかっていたということだ。
上に逆らえない気持ちは、吾輩にも痛いほどわかる。
だからといって、帳簿をごまかしていいことにはならない。
とはいえ、オットーには猫が鳴いたとしか聞こえないだろう。
ここは、聞かなかったことにしておく。
ジェイクは、オットーの前にしゃがんだ。
目の高さを合わせて、ゆっくりと話す。
「あんたの事情は、わかった。上に言われたら、断れねえよな」
「あんたを切ったのは商会でも、そうさせたのはドルナーだ。商会からも子爵からも切られて、黙って畑を耕して終わりでいいのか?」
「一泡吹かせてやりたいとは、思わねえか?」
「一泡、ですか」
「ああ。知ってることを話してくれりゃ、あとは俺たちがやる。姉さんに迷惑はかけねえ」
「冒険者さんが、どうやって子爵様に一泡吹かせるんです」
「それは言えねえ。知らねえほうが、あんたのためだ」
カティアが、ちらりと吾輩を見た。
「ニャア(言えるわけがない。こちらも、伯爵をだます算段なのだから)」
こうでもしなければセリアを助けられない、というのは、だます側の理屈だ。
だまされる側には、関係のない話である。
こちらも、オットーを偉そうに責められる立場ではない。
それに、一番悪いのがドルナーなのは間違いない。
オットーは、長いあいだ黙っていた。
それから、カブの籠をあぜ道に下ろした。
「正直に言うと、悔しかったんです。十年いて、最後は追い出されて終わりでしたから」
どうやら、話す気になってくれたらしい。
*
オットーの話は、こうだった。
帳簿の『ネズミ被害による廃棄』は、商会の番頭からの言いつけだったという。
廃棄と書いた袋は、夜のうちに荷車で運び出されていた。
荷車の木札には、黒い鷹の紋章。
「荷車が向かったのは、子爵様のご領地です。わたしは、帳簿の数を合わせるだけの役でした」
帳簿をごまかして浮かせた小麦は、ドルナーのもとへ流れていた。
状況証拠ばかりだったドルナーが、これで黒と決まった。
「本当の数は、もう一冊の帳簿につけていました。月に一度、お屋敷から若い男が取りに来るんです」
(試験の日に、東の街道で見かけた目つきの鋭い男か)
「一度だけ、お屋敷まで届けたことがあります。書斎の奥の、鍵のかかった棚にしまわれました」
やはり、帳簿はふたつあった。
倉庫で読んだ帳簿がきれいすぎたときから、そんな気がしていたのだ。
しっぽの先が、勝手に少し持ち上がる。
メアリーが切り株を机がわりにして、オットーの話を書きとめていった。
教室で子どもたちに見せるお手本のような、きれいな字だった。
オットーは上着のポケットから、小さな木の印を取り出した。
「倉庫番の印です。商会を出るとき、これだけは返しそびれまして」
(インクの匂いの正体は、これだったか)
オットーは、メアリーの書いた紙の端に、ていねいに印を押した。
「ありがとな、オットーさん」
「いえ。大したものはありませんが、せめて、これを」
オットーはカブを四つ、ジェイクの腕に押しつけた。
証言が一枚と、カブが四つ。
休暇の初日の成果としては、上々である。