クロス・ザ・メドウ   作:ドクター・ヴィオラ

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後編

 

 

 

 

「陸上戦艦の製造所を見学しましたか?」

「いや」

「あれはすごいですよ。威圧感があって……」

「わたしはきらいだな。戦艦と言うのはどうにも野蛮だよ」

「スマートではないですか」

「そうだな……戦闘機よりは」

 

 ファトシアに着陸してからの数日は、思ったよりも平穏なものだった。

 それからのわたしたちは、単に待つことを命令されていた。

 待つ――何を? 分からない。わたしたちはそれに従うのみだ。

 その日はウルぺスとファトシアを歩きまわっていた。ファトシアは鋼鉄の施設だが、生活圏は思ったよりも快適だった。沢山の労働者がいるだけあって、レストランも運動の場もある。こんな海上で生活が成りたつと言うのは、なんとも不思議な感じがした。

 わたしは陸上戦艦のように野蛮な兵器は好きになれないが、別に技術者までがきらいなわけではなかった。この数日のうちに上層区でも沢山の技術者を見た。誰もが仕事に誇りを持っていた。

 その指がわたしたちを助けてくれている――それが尊かった。

 ところで散策するうちに、愉快なやつと交流した。と言うのも、その若者は新型の爆撃機のパイロットなのだった。

 

「極秘ですよ。ラドーンと言うんです」

 

 極秘と言うわりに口が軽いのが、なんとも若者らしいのだった。実際はそんなに機密でもないのだろう。別にファトシアで情報が漏れるわけもない。

 

「超音速の爆撃機なんっす……ですよ」

「ほう」

「舐めてますね?」

「爆撃機の新型と言ってもね」

「さすがのルクス・ルーナエだ! ほかの航空機なんてのは、ついでなわけっすね!」

 

 こんな当てこすりもかわいらしいものだ。バディを組んでいるらしいが、その上官もこの跳ねっかえりを、かわいがっているにちがいない。でなければルクス・ルーナエに対して、こんな態度でいるはずがないのだ。

 それから話は必然的に戦争のほうへと移っていった。つまり、わたしたちが招集されたことについて。それが何を意味するのかと言うことに。

 それについて爆撃機のパイロットの意見は端的だった。

 

「そんなのFCUとやるために決まってますよ」

「やるとは?」

 

 爆撃機のパイロットは鼻を鳴らした。

 

「分かっているくせに」

「きみは大胆だな」

「腕の見せどころですよ」

 

 そして拳を握りしめる。

 

「FCUの土地があれば、あんな砂漠で生活することもなくなる」

「きみは“世代”かね」

「何もありませんよ。うちの故郷には」

 

 なるほど。考えてみれば、戦争の恐怖がなんだと言うのだろう。

 その世代の人生は何もないところに始まっていた。ところが若者は聞かされている。かつてソトアの大地がどんなに偉大なのか。その草原がどんなにやさしかったのか。

 だからこそ若者は夢の中に望郷を見るのだった。忘れることのできない、空想の故郷への望郷を。つまり約束の地のことを。

 しかし今は未来に道がひらかれている。仮に戦争が起こるとして、それに勝てば――勝ちさえすれば――望んでいたものが手にはいるかもしれないのだ。

 その誘惑のなんと甘く、抗いがたいことだろう。

 

 

 

 

 数日のうちに、わたしたちはファトシアの中枢に呼びだされた。

 そこの会議室のひとつでは、大佐のギリッシュ・トプラクと教育総監のカミール・テュイが待っていたのだった――なんとなく、わたしたちはそんな可能性を予期していたような気もする。と言うのもルクス・ルーナエが招集されたからには、彼女が関係していないとは考えられないからだ。

 ルクス・ルーナエは空軍の管轄だったが、実体は教育総監の親衛隊でもあった。彼女の経歴は称賛されて、さらには心酔されている。その崇拝者の集まりこそ、ルクス・ルーナエの中心なのだ。

 

「休息はたのしめたかしら」

 

 きよらかで繊細な声が会議室に広がる。

 

「はい」

 

 ティグリスがチームを代表した。

 

「都合で遅れているけれど……いずれはルクス・ルーナエの部隊が集まるようになっているわ」

「それは……たのしみですね。普段は顔を合わせることもすくないですから」

「そうね」

 

 教育総監はくすくすと笑った。そのうしろでトプラクが石像のようにわたしたちを見ていた。教育総監の“オキニ”で、執拗に獲物を追いまわす、溝鼠のような男だった。

 

「端的に言うわ」

「はい」

「上層部はFCUに電撃作戦をしかけることを決定した」

 

 会議室が静まりかえった。しかし、いつまでも駄目っているわけにもいかない。この沈黙をやぶるのもティグリスの役割だ。彼はだるそうな調子を隠すように聞く。

 

「完全に決定したのですか?」

「そうね」

「……そうですか」

「不満かしら」

「そう……ですね。できることなら……するものではないわけですから」

「正直なことね」

「はい」

 

 そのとき教育総監は、はじめて表情を歪めるのだった。

 

「どうにもならないのですか」

「わたしに権限はない。それは分かっているでしょう?」

「もちろん……それはもちろんです」

 

 教育総監はかなりの立場だが、軍閥の最高権力者ほどではない。開戦を止めるほどの権力を、わたしたちの上官は持っていない。

 

「忙しくなるわ。特にダブルスには活躍してもらわなければならない……分かるわね」

「はい」

 

 ティグリスが胸に手を当て、わたしたちもそのようにした。

 

「戦力が集結すれば、作戦が通達されるでしょう」

「はい」

 

 ティグリスは機械のように「はい」を連呼する。

 

「その瞬間のために英気を養いなさい。そして、ときが来たら……ソトアに勝利を齎すのです」

 

 

 

 

 やがて戦力が集まり、そして戦争が始まった。

 トニトルスの槍がFCUの大地をくしざしにした。二隻の陸上戦艦が大地に乗りあげ、わたしたちもそれに参戦した。

 分離独立派の影響もあり、いとも簡単にFCUは分裂した。

 

 

 

 

 分裂――つまり崩壊ではないのだ。わたしがそんなふうに言うのは、どうしてもユージアの体質を揶揄したくなるからだろう。灯台戦争のエルジアがそうであるように、どうしてユージアの人間はそんなに独立をしたがるのだろうか。仮にFCUが強固に一致団結して、陸上戦艦に立ちむかうなら、簡単に終わらなかったはずである。

 

『それはFCUが連合国だからですよ』

 

 FCUの空で残党を警戒しているとき、ウルぺスがわたしの疑問に答えた。

 

『ウルぺス……そんなことは誰でも知っている』

『ぼくが言うのはですね。つまり……周囲の国を無理に連合に組みこむから、反発が起こるんじゃないですか?』

『理屈の上ではそうだろう。しかし国家の一大事なんだぞ』

『どうでも……向こうの事情なんて』

 

 パンテーラはFCUの事情に辛辣だった。

 

『それで負けていてはね。ブタで勝負をしかけるようなものですよ』

 

 たしかにFCUのまとまりのなさは、ばらばらの手札と同じかもしれない。

 なるほど、わたしたちは向こうよりも団結している。しかし、それは単にそうすることを迫られているからだ。

 と言うのも、黎明のソトアで氏族は草原を取りあっていたにちがいなかった。わたしたちの結束は、皮肉にも砂漠がもたらしたものなのだ。

 わたしたちは、こうして故郷を諦める。そして集まる。辺鄙な砂漠の片隅に。

 落馬したとき、わたしたちを受けとめてくれる、あの若草を諦める……。

 

『ところで聞いたか? シーヴの翼と言うやつ』

 

 占領基地へ戻るまえにティグリスが言った。

 

『なんですか?』

 

 わたしが返事をする。

 

『向こうのエースだよ。撤退戦で活躍して……トプラクのやつが追いまわしているらしい』

『強いのですか?』

『それが報告を聞くに、撃たないらしいんだ』

『撃たない? 攻撃しないと言うことですか』

『らしい』

 

 らしい。不確定。噂。

 戦場では、そんなものがいつでも蔓延している。

 

『傑作ですね』

 

 パンテーラが嘲笑した。

 

『FCUのパイロットは平和主義者でもエースになれるわけだ』

『侮れないぞ。トプラクに追いかけられて、落とされていないわけだからな』

 

 永久に飛びまわることなど、この世の誰にもできはしない。

 それから、しばらく。

 シーヴの翼を海上で撃墜した。そんなふうにトプラクは報告したのだった。

 

 

 

 

「第百十六小隊がやられた」

 

 ティグリスが教えてくれたのは西方の占領基地――すでにソトアの領土で朝食を食べているときだった。

 わたしたちの手が止まった。と言うのもルクス・ルーナエはこの戦争で一度も撃墜されていなかったから。別に無敵の部隊とは思っていないが、FCUを占領したあとに、そんな報告を聞くとは思わなかった。

 

「優秀なパイロットが残っていたわけですか」

 

 わたしが聞くとティグリスは予想外の返事をした。

 

「それが……落としたのはシーヴの翼なのだそうだ」

「なんですって? 落とされたのでは」

「無線の記録で翼のマークが確認されている」

 

 わたしたちは黙るしかなかった。

 撃墜――そして矛盾。トプラクが嘘の報告を? 即座に頭の中で否定する。

 人格は好きになれないが、トプラクは職務に忠実な男だった。

 

「ベイル・アウトに成功したとか」

「それならトプラクが確認しているだろう」

「では別人を乗せているとか」

「そんな人材が急に現れるものだろうか?」

「しかし……実際にルクス・ルーナエが落とされているわけですから」

 

 滑稽な会話。

 わたしたちは知らない。本当に夢物語の英雄が、FCUに現れていることに。

 わたしたちは知る。世界には途方もないほどのパイロットがいる。それは形容しがたい。嵐のように吹きあれ、それは戦争に影響を与えて、どこかに去ってゆく。

 世界には、そんなパイロットがいる。トランプのジョーカーのように、反則もすれすれのパイロットが。

 それからの戦果は疾風のごとしだ。シーヴを奪還された。陸上戦艦を破壊した。そして何人ものルクス・ルーナエを撃墜した。

 らしい。不確定。噂。 

 わたしたちは分からなかった。どうしても人間業とは思えなかった。

 ひとりのパイロットにそんなことが可能なのか?

 何が本当で、何が嘘なのか?

 ソトアもFCUも――そして誰も。その存在をどんなふうに捉えるべきか、何も分かっていなかったのである。

 

 

 

 

『作戦を説明します』

 

 ブリーフィングは大陸の東方占領基地でおこなわれた。陸上戦艦の撃沈の影響で情勢が変化したあと、わたしたちの部隊もその周辺に撤退していたのだった。

 ブリーフィングは無線で教育総監がじきじきにおこなった。つまり、それだけ重要な作戦と言うわけだ。

 任務の内容は端的に言うと、輸送機を護衛中のシーヴの翼を、襲撃すると言うものだった。初動は別動隊と第百小隊で襲撃して、わたしたちは翼が釣れるのを雲の中で待ちうける。

 

『二番艦が敗北したのは、想定内ではあるの』

『と言うと?』

 

 ティグリスが疑問を投げかけた。

 

『一度でも敗れたものは、つぎも攻略される。それが道理と言うものだわ』

『轍を踏むつもりはありません』

『そうね……だからこそ十数機のルクス・ルーナエで立ちむかわなければならない』

『過剰戦力ではない……と言うわけですね』

 

 第百小隊とわたしたちの合同で互角だと、教育総監は考えていたのかもしれない。

 

『シーヴの翼。その実力が本物なのかどうか、空戦でたしかめましょう』

 

 わたしたちは胸に手を当てる。

 

 

 

 

Mission 20 Escort Orbiter

Operation Migration Keeper

 

 

 

 

『来た』

 

 ウルぺスが反応した。雲の中でレーダーが翼の部隊を捉えたのだ。

 

『慌てるなよ。まずは別動隊と第百小隊が行く』

 

 ティグリスが窘めた。

 作戦は思うように進行した。別動隊が落とされながらも場を荒らして、そこに第百小隊が参戦した。そして翼の部隊とおまけを引きつける。

 おまけはともかく、ほかの二機はなかなかのものだ。レーダーの動きだけでそれと知れた。特に一機の動きは舞うようで、まるで曲芸のような印象を受ける。

 

『よし……行くぞ』

 

 しかし、それをいつまでもやらせるつもりはない。

 

『了解』

『了解!』

『了解しました』

 

 上空の風は普通――人間には感じられない。ところがパイロットにはそれを感じられるのだ。それこそ今のように雲の中を突きぬけて、音速の壁をぶちやぶるときなど。そのとき、わたしたちは自由な鳥と似ていた。下方の人間は空を眺めて、豆粒のような戦闘機を細目で見るのみだ。

 風を感じながら、わたしたちは知る。

 わたしたちよりも自由な翼が、この生命を約束の地に向かわせるのだと。

 分かってほしいのは、わたしたちが翼の存在を認めたと言うことだ。それが本当かどうかを決めるのは、空虚な噂なのではなく、それと実際に敵対したものなのだ。強敵に接近すると言うのは、それを殺すと言うだけでなく、その存在を認めることなのだ。

 

 

 

 

≪手はあるんだ。でも……≫

 

≪言って≫

 

≪でも無茶なんだ≫

 

≪言って!≫

 

 

 

 

 どうにも不便なものだ。残留思念と言うのは。いつなんどきに消えるかもしれないと言うのは。

 曖昧な記憶は海上の風のように掴みどころなく、わたしたちを世界にたゆたわせている。

 

「どうして中尉はルクス・ルーナエに?」

 

 そんなふうにウルぺスに聞かれたのは、第九十九小隊に編入したときだった。わたしは返事に困った。ルクス・ルーナエに腕を買われると言うのは名誉だが、誰もがそんなふうに考えているわけではない。

 わたしは野心に疎かったし、教育総監への忠誠心があるわけでもなかった。

 別に適当に返事をしてもよかったのだが。ウルぺスにはどうにも柔和な、態度を軟化させるものがある。この中尉が階級は同じなのに、単に年上と言うだけの理由で、丁寧な口調でいるもの原因かもしれない。

 

「じつを言うとラプターに乗れると聞いたものだから」

 

 これがわたしの本懐なのだった。ダブルスの機体は前の戦闘機よりも性能が飛びぬけている。

 わたしはこれだけを理由にルクス・ルーナエに編入しようと決めたのだ。

 

「それだけ?」

「うん」

「信じられませんね。普通はあるものじゃないですか……名誉だとか、昇給だとか」

 

 しかしウルぺス。第九十九小隊の中で最初に撃墜されるものよ――きみが落とされたとき、パンテーラは激昂していた。やつがあんなに動揺するところは見たことがなかった――きみは最後まで疑っていたが、これがわたしの本音なのだ。

 わたしは出身地について、つぶさに他人に語ろうとは思えない。それはすでに存在しないものだからだ。それは頭の中の望郷、過去の独白の底にある。

 南方の草原だった。身内の中で誰よりも馬に乗るのが得意だった。そして、そうしたことが未来に関連してゆくのだ。わたしは草原と一緒に生きていたから、それが死んでゆくのを感じられる。いつか、この土地を去るのを予見している。

 そこにいられないと感じるとき、わたしたちは居場所を求める。元の場所と似たものを求める。

 分かってくれるだろう? それが空と戦闘機だったのだ。空が草原の代替であり、戦闘機が馬の代替だった。

 わたしたちは、こうして故郷を諦める。そして集まる。辺鄙な砂漠の片隅に。

 落馬したとき、わたしたちを受けとめてくれる、あの若草を諦める……。

 それでも、わたしたちは前を向く。

 落馬しても立ちあがるとき、そこに精神が創造される。

 

 

 

 

 

 

 

 

≪ジョーカー・ワン≫

 

 故郷は。

 

≪あんたがひとりで残るんだ≫

 

 今となっては遠いな――たしかに。

 

 

 

 

クロス・ザ・メドウ 終わり

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