太陽は眩しい。
朝になれば昇り、夕暮れには沈む。誰に頼まれたわけでもなく、誰かの許しを得るでもなく、ただ決められた道を進んでいく。
私は、そういうものが嫌いではない。
朝には窓を開け、昼には廊下を磨き、夕方には食卓を整える。昨日と同じ仕事を、今日も同じように。昨日とは違う今日を、明日へと送り出す。
そうしているうちに、一日は終わる。
けれど、太陽は何も知らない。
誰が笑い、誰が眠り、誰が夜の底で本を読んでいるのか。光の届かない場所で、どんな言葉が交わされているのか。太陽はそれらに頓着せず、空を渡っていく。
お嬢様は、太陽がお嫌いだ。
少なくとも、眩しいとはおっしゃるだろう。
私はその言葉を思い浮かべ、少しだけ笑う。眩しいものは眩しい。それだけのことなのに、そこには、どうしようもなくその人らしい理由がある。
私にも、眩しいものがあるのだろうか。
目を細めずにはいられないもの。手を伸ばしても届かないもの。毎日を完璧に整えながら、どうしても自分の手では決められないもの。
……さて。
考えごとは、ひとまずここまでにしよう。
太陽が昇るなら、窓を開ける。日が傾くなら、灯りを用意する。今日が終わるなら、明日の支度をする。
それが私の仕事であり、私が選んだ一日の過ごし方なのだから。
明日も、太陽は昇る。
私はきっと、また窓を開けるだろう。
朝、紅魔館には太陽が昇る。
正確には、紅魔館の外に太陽が昇り、その光が窓を通して館内に差し込んでくる。
私にとっては、どちらでも大差ない。
太陽は毎朝、決まった時刻に空へ現れる。窓から差し込む光の角度は季節によって変わるけれど、それも計算の範囲内だ。カーテンを開ける時刻、廊下に光が届く時刻、花瓶の花を取り替える時刻。そうしたものを把握しておけば、朝の仕事に支障はない。
ただし、ひとつだけ、どうにもならないことがある。
太陽は、眩しい。
私は窓辺に立ち、カーテンを開けた。
光が差し込む。
「……眩しいわね」
当然の感想だった。
私は目を細め、カーテンを適切な位置まで戻した。光を完全に遮る必要はない。部屋を明るく保ちつつ、家具や調度品に直射日光が当たりすぎないようにする。窓辺の花にも、ほどよく光を与えたい。
完璧だ。
私は満足して頷いた。
朝の仕事は、いつだってこうありたいものだ。必要なことを、必要な順序で、必要なだけ行う。無駄は省き、見落としはなくし、最後に全体を確認する。
それだけで、たいていのことはうまくいく。
もっとも、世の中には、うまくいくことをわざわざ難しくする者もいる。
たとえば、床を磨いた直後にそこを歩く者。
たとえば、整理した書類を別の場所へ移し、移したことを忘れる者。
たとえば、昨日まで何の問題もなかった調度品に、突然、問題を見いだす者。
誰のこととは申し上げない。
私は瀟洒なメイドである。主人の不在をいいことに、主人の行動をあげつらう趣味はない。
……ただし、床を磨いた直後に足跡を残された場合は、少しばかり事情が異なる。
足跡は、拭けば消える。
拭けば消えるものに、なぜ足跡を残すのか。
この問いに、私はまだ満足のいく答えを得ていない。
ともあれ、今朝は誰も廊下を汚していなかった。
私は手袋を整え、銀器の並ぶ棚へ向かった。
銀器の手入れは、嫌いではない。
磨けば磨いただけ、表面が応えてくれる。曇りが取れ、光が戻り、最後には自分の顔が映る。努力と結果の関係が明瞭で、余計な解釈を必要としない。
人間関係も、これくらい単純ならよいのに。
……いえ、訂正しよう。
人間関係まで銀器のように磨こうとするのは、いささか問題がある。そもそも、相手の顔が映るまで磨き上げたところで、こちらの都合どおりに振る舞ってくれるわけではない。
銀器ならば、棚に戻せば済む話なのだけれど。
私は磨き布を動かしながら、そんなことを考えた。
考えたところで、手は止まらない。
一本目の銀匙を磨き終え、二本目に移る。柄の模様に沿って布を滑らせ、光の反射を確かめ、傷の有無を確認する。二本目を終えれば三本目。三本目を終えれば四本目。
数を数える必要はない。並べ方を見れば、残りの本数はわかる。
やがて、最後の一本が終わった。
私は銀匙を棚に戻した。
左右の間隔、柄の向き、並びの高さ。すべて問題なし。
素晴らしい。
ここまで完璧だと、誰かに見せたくなる。
しかし、見せる相手がいない。
私はしばらく銀器の棚を眺めたあと、ひとりで頷いた。
「よろしい」
誰もいない部屋に、私の声が響いた。
返事はなかった。
当然である。
私は返事を期待していたわけではない。仕事の成果を確認しただけだ。確認というものは、誰かに見てもらわなければ成立しないわけではない。
それでも、少しだけ静かだった。
私は磨き布を畳み、次の仕事へ向かった。
*
厨房では、朝食の片づけが始まっていた。
食器の数を確認し、残った食材を整理し、調理台を清潔に保つ。火の始末を確かめ、刃物を所定の場所へ戻し、布巾を洗って干す。
厨房の仕事は、廊下の掃除や銀器の手入れとは違う。清潔さだけでなく、時間と温度と分量が関係してくる。手順をひとつ誤れば、後の工程に影響することもある。
だからこそ、面白い。
私は棚から茶葉の缶を取り出し、蓋を開けた。
香りを確かめる。
問題ない。
残量を確認する。
問題ない。
缶の底に記された日付を確かめる。
問題ない。
私は蓋を閉めた。
さて、ここでひとつ、重大な問題が発生した。
私は紅茶を飲みたくなったのである。
仕事の途中に紅茶を飲むこと自体は、何ら問題ではない。むしろ、適度な休憩は作業効率を高める。紅茶には香りを楽しむという利点もあるし、淹れる工程そのものが気分転換にもなる。
問題は、今この瞬間に飲むべきか、ということだった。
湯を沸かす。茶葉を量る。ポットを温める。抽出時間を計る。カップを用意する。
所要時間は短い。
短いが、今は片づけの途中である。
ここで紅茶を淹れると、作業を中断することになる。作業を中断すれば、再開時に進捗を確認しなければならない。進捗の確認には、わずかながら時間がかかる。
したがって、合理的に考えるなら、片づけを終えてから紅茶を淹れるのがよい。
私は茶葉の缶を棚に戻した。
その直後、私はもう一度、茶葉の缶を取り出した。
……待ってほしい。
私は紅茶を飲みたいのである。
飲みたいものを、飲みたいときに飲む。それは、ひどく単純な話ではないだろうか。
しかし、単純な話ほど、実行する前に余計なことを考えてしまう場合がある。
私は缶を見つめた。
茶葉は、何も言わない。
当然である。
茶葉に意思表示を求めるのは、さすがに無理がある。
私は缶を棚へ戻した。
片づけを終えたら、紅茶を淹れよう。
それでよい。
私は調理台を拭き、食器を片づけ、道具を整えた。残った食材は種類ごとに分け、保存状態を確認し、必要なものを記録する。
作業は順調だった。
最後の布巾を干したところで、私は時計を見た。
予定より三分早い。
素晴らしい。
私は湯を沸かし、紅茶を淹れた。
ポットに湯を注ぐ。茶葉が開く。香りが立つ。砂時計の砂が落ちきるのを待ち、カップに注ぐ。
完璧な一杯だった。
私はカップを持ち上げた。
そして、気づいた。
砂糖を入れていない。
……私は、砂糖を入れる予定だっただろうか。
いや、予定などなかった。紅茶は砂糖なしでも飲める。普段から、砂糖を入れる日もあれば入れない日もある。つまり、これは失敗ではない。
私は紅茶をひと口飲んだ。
おいしい。
問題はなかった。
問題はなかったのだが、私はなぜか、砂糖を入れなかったことを少しだけ惜しく思った。
砂糖を入れれば、違う味になっただろう。
違う味になったからといって、今の紅茶がまずいわけではない。
それでも、別の可能性があったことは確かだった。
私はカップを置いた。
人生とは、案外こういうものなのかもしれない。
選んだものが悪いわけではない。今あるものに不満があるわけでもない。ただ、選ばなかったもののことを、ふと思い出す。
別の道を選んでいたら。
別の仕事をしていたら。
別の場所で暮らしていたら。
そうした想像は、いつでもできる。
そして、想像したところで、今の紅茶が冷めることに変わりはない。
私はカップを持ち上げ、残りを飲み干した。
冷める前に飲み終えられたのだから、結果としては上々である。
さて、次の仕事に取りかかろう。
廊下の窓を開けると、外から風が入ってきた。
カーテンが揺れ、窓辺の花がわずかに傾く。私は窓を開けたまま、風の通り道を確かめた。
換気は大切だ。
空気を入れ替えれば、室内の湿気や匂いがこもるのを防げる。季節によっては、窓を開ける時間を調整する必要もある。今日の気温なら、しばらく開けておいても問題はないだろう。
私は窓枠に手を置き、外を眺めた。
空が青い。
庭の木々が揺れている。
陽光は相変わらず眩しい。
「お嬢様、太陽が眩しいです」
私は、誰もいない庭に向かって言った。
もちろん、返事はなかった。
お嬢様がここにいらっしゃったなら、何とお答えになっただろう。
太陽が眩しいのは当たり前でしょう、と笑われたかもしれない。あるいは、眩しいならカーテンを閉めなさい、と簡単に済まされたかもしれない。
どちらにしても、私の発言が特に有益なものでないことは確かだ。
私は窓を閉めた。
さて。
仕事はまだ残っている。
庭の花壇の確認、客間の整頓、備品の補充。午後には食材の在庫をもう一度確認し、夕食の準備に取りかからなければならない。
やるべきことは、いくらでもある。
それはありがたいことだと思う。
少なくとも、何をすればよいのかわからずに立ち尽くすことはない。仕事が終われば次の仕事があり、次の仕事が終われば、その次がある。順序を整え、優先順位を決め、ひとつずつ片づけていけばいい。
私は、それが得意だった。
得意であることに、不満はない。
ただ、ときどき思う。
もし、今日の仕事がすべて終わってしまったら。
そのとき私は、何をするのだろう。
紅茶を飲むのだろうか。読書をするのだろうか。それとも、普段は手をつけないような仕事を探し始めるのだろうか。
……最後の可能性は、十分にあり得る。
仕事が残っているときには、仕事以外のことをしたくなる。仕事がなくなれば、今度は仕事を探したくなる。
人間というものは、なかなか面倒な生き物である。
もっとも、私もその人間のひとりなのだから、あまり偉そうなことは言えない。
私は手袋を整え、廊下の先へ歩き出した。
歩幅は一定。
姿勢に乱れはない。
足音は控えめ。
そして、次の仕事はすでに決まっている。
今日も紅魔館は、平穏である。
少なくとも、今のところは。
☆大切なもの
昼を過ぎると、紅魔館の空気は少し変わる。
朝の仕事がひととおり片づき、厨房からは食器の音が消え、廊下には柔らかな光が伸びる。館の中を行き交う者も少なくなり、普段は気にも留めない小さな音が、妙にはっきり聞こえるようになる。
時計の針が進む音。
窓の外で鳥が鳴く声。
風に揺れるカーテン。
そして、私が歩く音。
私は廊下を歩きながら、手にした帳簿を確認していた。
備品の在庫に問題はない。食材の残量も把握している。明日の準備に不足はなく、今日中に済ませるべき仕事も、予定どおりに進んでいた。
素晴らしい。
この調子なら、夕方までに余裕ができるだろう。
余裕ができる。
そう考えた瞬間、私は足を止めた。
余裕ができたら、何をしよう。
……いや、まだ早い。
今は仕事の途中である。終わったあとのことを考えるのは、終わってからでも遅くない。
私は帳簿を閉じ、歩き出した。
客間へ向かう途中、廊下の壁に掛けられた絵画が目に入った。
少し傾いている。
私は立ち止まり、絵画の額縁に手を添えた。右へわずかに動かし、水平を確かめる。問題なし。
……いや、ほんの少しだけ左が高い。
もう一度、調整する。
水平。
私は一歩下がり、全体を眺めた。
よろしい。
そのまま通り過ぎようとして、再び足を止めた。
今度は、隣の絵画が気になった。
こちらも、ほんのわずかに傾いているように見える。
私は額縁に手を添えた。
右へ。
少し戻す。
左へ。
……違う。
私は首を傾げた。
これは難しい問題だった。
ひとつ目の絵画を基準にすれば、ふたつ目の絵画が傾いて見える。ふたつ目を基準にすれば、ひとつ目の絵画が傾いているように感じられる。
どちらかが正しいのか。それとも、両方が少しずつ間違っているのか。
私はしばらく考えたあと、廊下の反対側へ移動した。
正面から見る。
斜めから見る。
少し離れて見る。
そして、結論に達した。
最初の絵画も、隣の絵画も、問題なく水平だった。
問題があったのは、私の立ち位置だったらしい。
私は深く頷いた。
なるほど。物事を見る位置というのは大切なものだ。
人間関係でも、同じことが言えるだろう。近くにいると気づかないことがあり、離れてみて初めてわかることもある。
……ただし、絵画の場合は、離れて見れば傾きがわかる。
人間関係の場合は、離れてみたところで、何が正しいのかはわからないことが多い。
絵画のほうが、いくらか親切である。
私は満足して、その場を離れた。
客間の整頓は、すぐに終わった。
クッションの位置を整え、テーブルを拭き、窓辺の花を確認する。カーテンの裾に乱れはなく、床に埃もない。
最後に、部屋全体を見渡した。
問題なし。
私は帳簿に確認済みの印をつけた。
そのとき、ふと気づいた。
客間は、いつでも使えるように整えておく場所だ。けれど、今は誰もいない。椅子は空いていて、テーブルの上には何もなく、花だけが静かに咲いている。
この部屋は、誰かが来ることを待っている。
私の仕事も、似たようなものなのかもしれない。
誰かが必要とする前に整え、誰かが使うときには不自由がないようにしておく。自分が使うためではなく、誰かが使うために。
それは、悪いことではない。
むしろ、私はそういう仕事が好きだった。
必要な場所に、必要なものがある。
困っている者がいれば、手を差し伸べられる。
誰かが安心して過ごせるように、見えないところを整えておく。
そうしたことに、私は確かな手応えを感じている。
ただし。
誰も来ない客間を、完璧に整えたとき。
私は、その成果を誰に見せればいいのだろう。
もちろん、誰かに見せるためだけに仕事をしているわけではない。部屋を整えること自体に意味がある。いつ誰が来てもよいようにしておくことが、私の役目なのだから。
それでも、ほんの少しだけ。
誰かが来てくれればいいのに、と思うことがある。
私は窓辺の花を見た。
花は何も答えない。
それでいい。
私は帳簿を閉じ、次の仕事へ向かった。
午後の仕事には、備品の確認が残っていた。
倉庫へ向かい、棚ごとに在庫を調べる。数を記録し、破損の有無を確認し、補充が必要なものをまとめる。
作業は順調だった。
ところが、三番目の棚を確認していたとき、私はひとつの箱を見つけた。
箱には、こう書かれていた。
『予備』
……予備とは、何の予備だろう。
箱を開ける。
中には、予備の箱が入っていた。
私は黙って、その箱を取り出した。
こちらにも、同じ文字が書かれている。
『予備』
開けてみる。
中には、さらに小さな箱が入っていた。
私は、ゆっくりと目を閉じた。
これは、なかなか興味深い問題である。
予備の箱の中に予備の箱があり、その中にさらに予備の箱がある。では、最後の箱は何の予備なのだろう。
私は箱をひとつずつ開けていった。
大きな箱。
少し小さな箱。
さらに小さな箱。
そして、最後に残ったのは、掌に収まるほどの小さな箱だった。
私は蓋を開けた。
中には、鍵がひとつ入っていた。
……鍵。
私は鍵を取り出し、しばらく眺めた。
何の鍵だろう。
倉庫の鍵ではない。部屋の鍵でもなさそうだ。少なくとも、現在使われている鍵の形状とは違っている。
私は鍵を箱に戻し、帳簿を開いた。
記録を探す。
該当する記載はない。
古い備品の一覧を確認する。
やはり、ない。
私は少しだけ考えた。
こういうとき、普通ならば誰かに尋ねるのが早いだろう。けれど、私は館内の備品を把握しているつもりだったし、この鍵に見覚えがないこと自体が気になった。
私は箱の底を調べた。
小さな紙片が貼りついている。
そこには、かすれた文字でこう書かれていた。
『大切なもの』
……。
私は紙片を見つめた。
これは、困った。
大切なものというのは、管理項目としては少々曖昧すぎる。何が大切なのか。誰にとって大切なのか。何をもって大切とするのか。
できれば、もう少し具体的に書いてほしかった。
私は鍵を持ち上げた。
小さな鍵だった。飾り気はなく、古びているが、壊れてはいない。
何かを開けるためのもの。
それだけは確かだ。
私は倉庫の棚を見渡した。
鍵のかかる箱は、いくつもある。けれど、どれも現在使われている鍵で管理されていた。古い箱の中に、さらに古い箱がある可能性もある。
探し始めれば、日が暮れてしまうかもしれない。
私は考えた。
この鍵が何を開けるのかを調べることは、今すぐ必要な仕事だろうか。
答えは、否である。
現状、鍵の所在は確認できた。破損もなく、紛失していたわけでもない。『大切なもの』という記載は曖昧だが、管理上の緊急性は低い。
つまり、今日の仕事としては、鍵の存在を記録し、保管場所を定めればよい。
私は帳簿に記した。
『用途不明の鍵。一時保管。後日確認』
これでよし。
……いや、待ってほしい。
後日とは、いつだろう。
明日だろうか。一週間後だろうか。それとも、来年だろうか。
後日という言葉は便利だ。今すぐ決めなくてもよいことを、未来の自分に預けられる。
しかし、未来の自分もまた、同じように忙しいかもしれない。
私は帳簿を見下ろした。
なるほど。
私は、未来の自分に仕事を押しつけたのである。
これはいけない。
私は新しい紙を取り出し、鍵の調査予定を作成した。
優先順位は低い。作業時間は未定。確認対象は、旧式の鍵を使用する収納箱、および過去の備品記録。
予定表に記入する。
期限は、今月末。
これでよし。
私は鍵を小箱に戻し、箱を保管棚へ収めた。
予備の箱は、すべて元の順番に戻した。
最後に、棚の前に立って全体を確認する。
問題なし。
私は頷いた。
今日もまた、ひとつの問題を解決した。
もっとも、解決したのは鍵の用途ではなく、鍵の用途を調べる予定である。
仕事というものは、奥が深い。
夕方が近づくと、窓から差し込む光が長くなった。
私は廊下を歩きながら、窓の外を眺めた。
太陽は少しずつ傾いている。
朝にはあれほど眩しかった光も、今では床の上に柔らかく伸びていた。壁に掛けられた絵画を照らし、窓枠の影を床に落とし、やがて廊下の奥へ消えていく。
時間が過ぎるというのは、こういうことなのだろう。
時計を見れば、何時なのかはわかる。帳簿を見れば、何を終えたのかもわかる。けれど、時間そのものを手に取ることはできない。
過ぎた時間は、戻らない。
私はそれを知っている。
知っているからといって、特別に悲しくなるわけではない。時間が戻らないことは、明日も仕事があることと同じくらい、当たり前のことだからだ。
それでも、ときどき考える。
今日という一日は、何のためにあったのだろう。
私は仕事をした。
廊下を掃除し、銀器を磨き、紅茶を淹れ、客間を整え、備品を確認した。どれも必要なことだったし、どれも問題なく終わった。
今日の私は、十分に役目を果たした。
そのことに疑いはない。
けれど、一日の終わりに、何かが残る。
疲労ではない。後悔でもない。やり残した仕事があるわけでもない。
強いて言うなら、言葉にしにくい余白のようなものだ。
仕事を終えたあとに残る、使い道の決まっていない時間。
それを何に使えばいいのか、私はまだよくわからない。
私は窓の前で立ち止まった。
外では、太陽が傾いている。
「お嬢様」
小さく呼びかけた。
もちろん、返事はない。
「太陽が眩しいです」
今度は、少し笑って言った。
朝と同じ言葉だった。
けれど、朝とは違う。
朝の私は、眩しい太陽を見て、カーテンの位置を調整した。それだけだった。今の私は、ただ太陽を眺めている。
仕事は、まだ残っている。
夕食の準備もあるし、明日の予定も確認しなければならない。今日一日を振り返るのは、そのあとでもいい。
私は窓から離れた。
考えることをやめたわけではない。
ただ、今は仕事をする時間なのだ。
私は歩き出した。
足音は静かで、歩幅は一定だった。
夕食の準備は予定どおりに進んだ。食材の状態を確認し、必要なものを切り分け、調理の順序を整える。火加減に気を配り、器を用意し、食卓を整える。
すべてが終わるころには、外はすっかり夕暮れになっていた。
私は最後に、食卓を見渡した。
問題なし。
今日も、完璧だ。
私は手袋を外し、手を洗った。
それから、ひとりで紅茶を淹れた。
今度は砂糖を入れた。
朝と同じ茶葉、同じポット、同じカップ。違うのは、砂糖が入っていることだけだ。
私はひと口飲んだ。
おいしい。
朝の紅茶もおいしかった。今の紅茶もおいしい。どちらが優れているということではない。
ただ、違う味がする。
私はカップを置き、窓の外を見た。
太陽は、もう見えなかった。
眩しくない空は、少しだけ物足りないようにも思えた。
……困ったものね。
私は苦笑した。
眩しいときには眩しいと文句を言い、見えなくなれば物足りないと思う。
人間とは、実に勝手な生き物である。
もちろん、私も例外ではない。
紅茶を飲み終えた私は、カップを洗い、明日の準備を始めた。
今日の仕事は、これで終わり。
明日の仕事は、明日になれば始まる。
そのあいだに何をするかは、まだ決めていない。
けれど、それでいいのだと思う。
何も決まっていない時間があるからといって、何かを決めなければならないわけではない。
私は時計を見た。
まだ、少しだけ時間がある。
さて。
何をしようかしら。
私は棚から一冊の本を取り出した。
今夜くらいは、少し読書をしてもいいだろう。
そう考えてから、私は本を開いた。
数行読んだところで、ふと顔を上げる。
……明日の予定を、もう一度確認しておこう。
私は本を閉じた。
明日の仕事に抜かりがあってはならない。
確認はすぐに終わった。
問題なし。
私は再び本を開いた。
今度こそ、読むことにしよう。
今夜もきっと、長くなるに違いない。
『大切なもの』と書かれた箱に収められていた、あの鍵。いったい誰のものなのでしょう。いつか、その答えがわかる日も来るかもしれません。
ところで、この小説の主人公は私、十六夜咲夜だったのです。
驚きましたか、お嬢様方?