夜更かしには理由がない   作:ユー霊

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 太陽は眩しい。

 朝になれば昇り、夕暮れには沈む。誰に頼まれたわけでもなく、誰かの許しを得るでもなく、ただ決められた道を進んでいく。

 私は、そういうものが嫌いではない。

 朝には窓を開け、昼には廊下を磨き、夕方には食卓を整える。昨日と同じ仕事を、今日も同じように。昨日とは違う今日を、明日へと送り出す。

 そうしているうちに、一日は終わる。

 けれど、太陽は何も知らない。

 誰が笑い、誰が眠り、誰が夜の底で本を読んでいるのか。光の届かない場所で、どんな言葉が交わされているのか。太陽はそれらに頓着せず、空を渡っていく。

 お嬢様は、太陽がお嫌いだ。

 少なくとも、眩しいとはおっしゃるだろう。

 私はその言葉を思い浮かべ、少しだけ笑う。眩しいものは眩しい。それだけのことなのに、そこには、どうしようもなくその人らしい理由がある。

 私にも、眩しいものがあるのだろうか。

 目を細めずにはいられないもの。手を伸ばしても届かないもの。毎日を完璧に整えながら、どうしても自分の手では決められないもの。

 ……さて。

 考えごとは、ひとまずここまでにしよう。

 太陽が昇るなら、窓を開ける。日が傾くなら、灯りを用意する。今日が終わるなら、明日の支度をする。

 それが私の仕事であり、私が選んだ一日の過ごし方なのだから。

 明日も、太陽は昇る。

 私はきっと、また窓を開けるだろう。



第四刻 お嬢様、太陽が眩しいです

 

 朝、紅魔館には太陽が昇る。

 

 正確には、紅魔館の外に太陽が昇り、その光が窓を通して館内に差し込んでくる。

 

 私にとっては、どちらでも大差ない。

 

 太陽は毎朝、決まった時刻に空へ現れる。窓から差し込む光の角度は季節によって変わるけれど、それも計算の範囲内だ。カーテンを開ける時刻、廊下に光が届く時刻、花瓶の花を取り替える時刻。そうしたものを把握しておけば、朝の仕事に支障はない。

 

 ただし、ひとつだけ、どうにもならないことがある。

 

 太陽は、眩しい。

 

 私は窓辺に立ち、カーテンを開けた。

 

 光が差し込む。

 

「……眩しいわね」

 

 当然の感想だった。

 

 私は目を細め、カーテンを適切な位置まで戻した。光を完全に遮る必要はない。部屋を明るく保ちつつ、家具や調度品に直射日光が当たりすぎないようにする。窓辺の花にも、ほどよく光を与えたい。

 

 完璧だ。

 

 私は満足して頷いた。

 

 朝の仕事は、いつだってこうありたいものだ。必要なことを、必要な順序で、必要なだけ行う。無駄は省き、見落としはなくし、最後に全体を確認する。

 

 それだけで、たいていのことはうまくいく。

 

 もっとも、世の中には、うまくいくことをわざわざ難しくする者もいる。

 

 たとえば、床を磨いた直後にそこを歩く者。

 

 たとえば、整理した書類を別の場所へ移し、移したことを忘れる者。

 

 たとえば、昨日まで何の問題もなかった調度品に、突然、問題を見いだす者。

 

 誰のこととは申し上げない。

 

 私は瀟洒なメイドである。主人の不在をいいことに、主人の行動をあげつらう趣味はない。

 

 ……ただし、床を磨いた直後に足跡を残された場合は、少しばかり事情が異なる。

 

 足跡は、拭けば消える。

 

 拭けば消えるものに、なぜ足跡を残すのか。

 

 この問いに、私はまだ満足のいく答えを得ていない。

 

 ともあれ、今朝は誰も廊下を汚していなかった。

 

 私は手袋を整え、銀器の並ぶ棚へ向かった。

 

 銀器の手入れは、嫌いではない。

 

 磨けば磨いただけ、表面が応えてくれる。曇りが取れ、光が戻り、最後には自分の顔が映る。努力と結果の関係が明瞭で、余計な解釈を必要としない。

 

 人間関係も、これくらい単純ならよいのに。

 

 ……いえ、訂正しよう。

 

 人間関係まで銀器のように磨こうとするのは、いささか問題がある。そもそも、相手の顔が映るまで磨き上げたところで、こちらの都合どおりに振る舞ってくれるわけではない。

 

 銀器ならば、棚に戻せば済む話なのだけれど。

 

 私は磨き布を動かしながら、そんなことを考えた。

 

 考えたところで、手は止まらない。

 

 一本目の銀匙を磨き終え、二本目に移る。柄の模様に沿って布を滑らせ、光の反射を確かめ、傷の有無を確認する。二本目を終えれば三本目。三本目を終えれば四本目。

 

 数を数える必要はない。並べ方を見れば、残りの本数はわかる。

 

 やがて、最後の一本が終わった。

 

 私は銀匙を棚に戻した。

 

 左右の間隔、柄の向き、並びの高さ。すべて問題なし。

 

 素晴らしい。

 

 ここまで完璧だと、誰かに見せたくなる。

 

 しかし、見せる相手がいない。

 

 私はしばらく銀器の棚を眺めたあと、ひとりで頷いた。

 

「よろしい」

 

 誰もいない部屋に、私の声が響いた。

 

 返事はなかった。

 

 当然である。

 

 私は返事を期待していたわけではない。仕事の成果を確認しただけだ。確認というものは、誰かに見てもらわなければ成立しないわけではない。

 

 それでも、少しだけ静かだった。

 

 私は磨き布を畳み、次の仕事へ向かった。

 

     *

 

 厨房では、朝食の片づけが始まっていた。

 

 食器の数を確認し、残った食材を整理し、調理台を清潔に保つ。火の始末を確かめ、刃物を所定の場所へ戻し、布巾を洗って干す。

 

 厨房の仕事は、廊下の掃除や銀器の手入れとは違う。清潔さだけでなく、時間と温度と分量が関係してくる。手順をひとつ誤れば、後の工程に影響することもある。

 

 だからこそ、面白い。

 

 私は棚から茶葉の缶を取り出し、蓋を開けた。

 

 香りを確かめる。

 

 問題ない。

 

 残量を確認する。

 

 問題ない。

 

 缶の底に記された日付を確かめる。

 

 問題ない。

 

 私は蓋を閉めた。

 

 さて、ここでひとつ、重大な問題が発生した。

 

 私は紅茶を飲みたくなったのである。

 

 仕事の途中に紅茶を飲むこと自体は、何ら問題ではない。むしろ、適度な休憩は作業効率を高める。紅茶には香りを楽しむという利点もあるし、淹れる工程そのものが気分転換にもなる。

 

 問題は、今この瞬間に飲むべきか、ということだった。

 

 湯を沸かす。茶葉を量る。ポットを温める。抽出時間を計る。カップを用意する。

 

 所要時間は短い。

 

 短いが、今は片づけの途中である。

 

 ここで紅茶を淹れると、作業を中断することになる。作業を中断すれば、再開時に進捗を確認しなければならない。進捗の確認には、わずかながら時間がかかる。

 

 したがって、合理的に考えるなら、片づけを終えてから紅茶を淹れるのがよい。

 

 私は茶葉の缶を棚に戻した。

 

 その直後、私はもう一度、茶葉の缶を取り出した。

 

 ……待ってほしい。

 

 私は紅茶を飲みたいのである。

 

 飲みたいものを、飲みたいときに飲む。それは、ひどく単純な話ではないだろうか。

 

 しかし、単純な話ほど、実行する前に余計なことを考えてしまう場合がある。

 

 私は缶を見つめた。

 

 茶葉は、何も言わない。

 

 当然である。

 

 茶葉に意思表示を求めるのは、さすがに無理がある。

 

 私は缶を棚へ戻した。

 

 片づけを終えたら、紅茶を淹れよう。

 

 それでよい。

 

 私は調理台を拭き、食器を片づけ、道具を整えた。残った食材は種類ごとに分け、保存状態を確認し、必要なものを記録する。

 

 作業は順調だった。

 

 最後の布巾を干したところで、私は時計を見た。

 

 予定より三分早い。

 

 素晴らしい。

 

 私は湯を沸かし、紅茶を淹れた。

 

 ポットに湯を注ぐ。茶葉が開く。香りが立つ。砂時計の砂が落ちきるのを待ち、カップに注ぐ。

 

 完璧な一杯だった。

 

 私はカップを持ち上げた。

 

 そして、気づいた。

 

 砂糖を入れていない。

 

 ……私は、砂糖を入れる予定だっただろうか。

 

 いや、予定などなかった。紅茶は砂糖なしでも飲める。普段から、砂糖を入れる日もあれば入れない日もある。つまり、これは失敗ではない。

 

 私は紅茶をひと口飲んだ。

 

 おいしい。

 

 問題はなかった。

 

 問題はなかったのだが、私はなぜか、砂糖を入れなかったことを少しだけ惜しく思った。

 

 砂糖を入れれば、違う味になっただろう。

 

 違う味になったからといって、今の紅茶がまずいわけではない。

 

 それでも、別の可能性があったことは確かだった。

 

 私はカップを置いた。

 

 人生とは、案外こういうものなのかもしれない。

 

 選んだものが悪いわけではない。今あるものに不満があるわけでもない。ただ、選ばなかったもののことを、ふと思い出す。

 

 別の道を選んでいたら。

 

 別の仕事をしていたら。

 

 別の場所で暮らしていたら。

 

 そうした想像は、いつでもできる。

 

 そして、想像したところで、今の紅茶が冷めることに変わりはない。

 

 私はカップを持ち上げ、残りを飲み干した。

 

 冷める前に飲み終えられたのだから、結果としては上々である。

 

 さて、次の仕事に取りかかろう。

 

 

 廊下の窓を開けると、外から風が入ってきた。

 

 カーテンが揺れ、窓辺の花がわずかに傾く。私は窓を開けたまま、風の通り道を確かめた。

 

 換気は大切だ。

 

 空気を入れ替えれば、室内の湿気や匂いがこもるのを防げる。季節によっては、窓を開ける時間を調整する必要もある。今日の気温なら、しばらく開けておいても問題はないだろう。

 

 私は窓枠に手を置き、外を眺めた。

 

 空が青い。

 

 庭の木々が揺れている。

 

 陽光は相変わらず眩しい。

 

「お嬢様、太陽が眩しいです」

 

 私は、誰もいない庭に向かって言った。

 

 もちろん、返事はなかった。

 

 お嬢様がここにいらっしゃったなら、何とお答えになっただろう。

 

 太陽が眩しいのは当たり前でしょう、と笑われたかもしれない。あるいは、眩しいならカーテンを閉めなさい、と簡単に済まされたかもしれない。

 

 どちらにしても、私の発言が特に有益なものでないことは確かだ。

 

 私は窓を閉めた。

 

 さて。

 

 仕事はまだ残っている。

 

 庭の花壇の確認、客間の整頓、備品の補充。午後には食材の在庫をもう一度確認し、夕食の準備に取りかからなければならない。

 

 やるべきことは、いくらでもある。

 

 それはありがたいことだと思う。

 

 少なくとも、何をすればよいのかわからずに立ち尽くすことはない。仕事が終われば次の仕事があり、次の仕事が終われば、その次がある。順序を整え、優先順位を決め、ひとつずつ片づけていけばいい。

 

 私は、それが得意だった。

 

 得意であることに、不満はない。

 

 ただ、ときどき思う。

 

 もし、今日の仕事がすべて終わってしまったら。

 

 そのとき私は、何をするのだろう。

 

 紅茶を飲むのだろうか。読書をするのだろうか。それとも、普段は手をつけないような仕事を探し始めるのだろうか。

 

 ……最後の可能性は、十分にあり得る。

 

 仕事が残っているときには、仕事以外のことをしたくなる。仕事がなくなれば、今度は仕事を探したくなる。

 

 人間というものは、なかなか面倒な生き物である。

 

 もっとも、私もその人間のひとりなのだから、あまり偉そうなことは言えない。

 

 私は手袋を整え、廊下の先へ歩き出した。

 

 歩幅は一定。

 

 姿勢に乱れはない。

 

 足音は控えめ。

 

 そして、次の仕事はすでに決まっている。

 

 今日も紅魔館は、平穏である。

 

 少なくとも、今のところは。

 

 

☆大切なもの

 

 

 昼を過ぎると、紅魔館の空気は少し変わる。

 

 朝の仕事がひととおり片づき、厨房からは食器の音が消え、廊下には柔らかな光が伸びる。館の中を行き交う者も少なくなり、普段は気にも留めない小さな音が、妙にはっきり聞こえるようになる。

 

 時計の針が進む音。

 

 窓の外で鳥が鳴く声。

 

 風に揺れるカーテン。

 

 そして、私が歩く音。

 

 私は廊下を歩きながら、手にした帳簿を確認していた。

 

 備品の在庫に問題はない。食材の残量も把握している。明日の準備に不足はなく、今日中に済ませるべき仕事も、予定どおりに進んでいた。

 

 素晴らしい。

 

 この調子なら、夕方までに余裕ができるだろう。

 

 余裕ができる。

 

 そう考えた瞬間、私は足を止めた。

 

 余裕ができたら、何をしよう。

 

 ……いや、まだ早い。

 

 今は仕事の途中である。終わったあとのことを考えるのは、終わってからでも遅くない。

 

 私は帳簿を閉じ、歩き出した。

 

 客間へ向かう途中、廊下の壁に掛けられた絵画が目に入った。

 

 少し傾いている。

 

 私は立ち止まり、絵画の額縁に手を添えた。右へわずかに動かし、水平を確かめる。問題なし。

 

 ……いや、ほんの少しだけ左が高い。

 

 もう一度、調整する。

 

 水平。

 

 私は一歩下がり、全体を眺めた。

 

 よろしい。

 

 そのまま通り過ぎようとして、再び足を止めた。

 

 今度は、隣の絵画が気になった。

 

 こちらも、ほんのわずかに傾いているように見える。

 

 私は額縁に手を添えた。

 

 右へ。

 

 少し戻す。

 

 左へ。

 

 ……違う。

 

 私は首を傾げた。

 

 これは難しい問題だった。

 

 ひとつ目の絵画を基準にすれば、ふたつ目の絵画が傾いて見える。ふたつ目を基準にすれば、ひとつ目の絵画が傾いているように感じられる。

 

 どちらかが正しいのか。それとも、両方が少しずつ間違っているのか。

 

 私はしばらく考えたあと、廊下の反対側へ移動した。

 

 正面から見る。

 

 斜めから見る。

 

 少し離れて見る。

 

 そして、結論に達した。

 

 最初の絵画も、隣の絵画も、問題なく水平だった。

 

 問題があったのは、私の立ち位置だったらしい。

 

 私は深く頷いた。

 

 なるほど。物事を見る位置というのは大切なものだ。

 

 人間関係でも、同じことが言えるだろう。近くにいると気づかないことがあり、離れてみて初めてわかることもある。

 

 ……ただし、絵画の場合は、離れて見れば傾きがわかる。

 

 人間関係の場合は、離れてみたところで、何が正しいのかはわからないことが多い。

 

 絵画のほうが、いくらか親切である。

 

 私は満足して、その場を離れた。

 

 客間の整頓は、すぐに終わった。

 

 クッションの位置を整え、テーブルを拭き、窓辺の花を確認する。カーテンの裾に乱れはなく、床に埃もない。

 

 最後に、部屋全体を見渡した。

 

 問題なし。

 

 私は帳簿に確認済みの印をつけた。

 

 そのとき、ふと気づいた。

 

 客間は、いつでも使えるように整えておく場所だ。けれど、今は誰もいない。椅子は空いていて、テーブルの上には何もなく、花だけが静かに咲いている。

 

 この部屋は、誰かが来ることを待っている。

 

 私の仕事も、似たようなものなのかもしれない。

 

 誰かが必要とする前に整え、誰かが使うときには不自由がないようにしておく。自分が使うためではなく、誰かが使うために。

 

 それは、悪いことではない。

 

 むしろ、私はそういう仕事が好きだった。

 

 必要な場所に、必要なものがある。

 

 困っている者がいれば、手を差し伸べられる。

 

 誰かが安心して過ごせるように、見えないところを整えておく。

 

 そうしたことに、私は確かな手応えを感じている。

 

 ただし。

 

 誰も来ない客間を、完璧に整えたとき。

 

 私は、その成果を誰に見せればいいのだろう。

 

 もちろん、誰かに見せるためだけに仕事をしているわけではない。部屋を整えること自体に意味がある。いつ誰が来てもよいようにしておくことが、私の役目なのだから。

 

 それでも、ほんの少しだけ。

 

 誰かが来てくれればいいのに、と思うことがある。

 

 私は窓辺の花を見た。

 

 花は何も答えない。

 

 それでいい。

 

 私は帳簿を閉じ、次の仕事へ向かった。

 

 

 午後の仕事には、備品の確認が残っていた。

 

 倉庫へ向かい、棚ごとに在庫を調べる。数を記録し、破損の有無を確認し、補充が必要なものをまとめる。

 

 作業は順調だった。

 

 ところが、三番目の棚を確認していたとき、私はひとつの箱を見つけた。

 

 箱には、こう書かれていた。

 

 『予備』

 

 ……予備とは、何の予備だろう。

 

 箱を開ける。

 

 中には、予備の箱が入っていた。

 

 私は黙って、その箱を取り出した。

 

 こちらにも、同じ文字が書かれている。

 

 『予備』

 

 開けてみる。

 

 中には、さらに小さな箱が入っていた。

 

 私は、ゆっくりと目を閉じた。

 

 これは、なかなか興味深い問題である。

 

 予備の箱の中に予備の箱があり、その中にさらに予備の箱がある。では、最後の箱は何の予備なのだろう。

 

 私は箱をひとつずつ開けていった。

 

 大きな箱。

 

 少し小さな箱。

 

 さらに小さな箱。

 

 そして、最後に残ったのは、掌に収まるほどの小さな箱だった。

 

 私は蓋を開けた。

 

 中には、鍵がひとつ入っていた。

 

 ……鍵。

 

 私は鍵を取り出し、しばらく眺めた。

 

 何の鍵だろう。

 

 倉庫の鍵ではない。部屋の鍵でもなさそうだ。少なくとも、現在使われている鍵の形状とは違っている。

 

 私は鍵を箱に戻し、帳簿を開いた。

 

 記録を探す。

 

 該当する記載はない。

 

 古い備品の一覧を確認する。

 

 やはり、ない。

 

 私は少しだけ考えた。

 

 こういうとき、普通ならば誰かに尋ねるのが早いだろう。けれど、私は館内の備品を把握しているつもりだったし、この鍵に見覚えがないこと自体が気になった。

 

 私は箱の底を調べた。

 

 小さな紙片が貼りついている。

 

 そこには、かすれた文字でこう書かれていた。

 

 『大切なもの』

 

 ……。

 

 私は紙片を見つめた。

 

 これは、困った。

 

 大切なものというのは、管理項目としては少々曖昧すぎる。何が大切なのか。誰にとって大切なのか。何をもって大切とするのか。

 

 できれば、もう少し具体的に書いてほしかった。

 

 私は鍵を持ち上げた。

 

 小さな鍵だった。飾り気はなく、古びているが、壊れてはいない。

 

 何かを開けるためのもの。

 

 それだけは確かだ。

 

 私は倉庫の棚を見渡した。

 

 鍵のかかる箱は、いくつもある。けれど、どれも現在使われている鍵で管理されていた。古い箱の中に、さらに古い箱がある可能性もある。

 

 探し始めれば、日が暮れてしまうかもしれない。

 

 私は考えた。

 

 この鍵が何を開けるのかを調べることは、今すぐ必要な仕事だろうか。

 

 答えは、否である。

 

 現状、鍵の所在は確認できた。破損もなく、紛失していたわけでもない。『大切なもの』という記載は曖昧だが、管理上の緊急性は低い。

 

 つまり、今日の仕事としては、鍵の存在を記録し、保管場所を定めればよい。

 

 私は帳簿に記した。

 

 『用途不明の鍵。一時保管。後日確認』

 

 これでよし。

 

 ……いや、待ってほしい。

 

 後日とは、いつだろう。

 

 明日だろうか。一週間後だろうか。それとも、来年だろうか。

 

 後日という言葉は便利だ。今すぐ決めなくてもよいことを、未来の自分に預けられる。

 

 しかし、未来の自分もまた、同じように忙しいかもしれない。

 

 私は帳簿を見下ろした。

 

 なるほど。

 

 私は、未来の自分に仕事を押しつけたのである。

 

 これはいけない。

 

 私は新しい紙を取り出し、鍵の調査予定を作成した。

 

 優先順位は低い。作業時間は未定。確認対象は、旧式の鍵を使用する収納箱、および過去の備品記録。

 

 予定表に記入する。

 

 期限は、今月末。

 

 これでよし。

 

 私は鍵を小箱に戻し、箱を保管棚へ収めた。

 

 予備の箱は、すべて元の順番に戻した。

 

 最後に、棚の前に立って全体を確認する。

 

 問題なし。

 

 私は頷いた。

 

 今日もまた、ひとつの問題を解決した。

 

 もっとも、解決したのは鍵の用途ではなく、鍵の用途を調べる予定である。

 

 仕事というものは、奥が深い。

 

     

 

 夕方が近づくと、窓から差し込む光が長くなった。

 

 私は廊下を歩きながら、窓の外を眺めた。

 

 太陽は少しずつ傾いている。

 

 朝にはあれほど眩しかった光も、今では床の上に柔らかく伸びていた。壁に掛けられた絵画を照らし、窓枠の影を床に落とし、やがて廊下の奥へ消えていく。

 

 時間が過ぎるというのは、こういうことなのだろう。

 

 時計を見れば、何時なのかはわかる。帳簿を見れば、何を終えたのかもわかる。けれど、時間そのものを手に取ることはできない。

 

 過ぎた時間は、戻らない。

 

 私はそれを知っている。

 

 知っているからといって、特別に悲しくなるわけではない。時間が戻らないことは、明日も仕事があることと同じくらい、当たり前のことだからだ。

 

 それでも、ときどき考える。

 

 今日という一日は、何のためにあったのだろう。

 

 私は仕事をした。

 

 廊下を掃除し、銀器を磨き、紅茶を淹れ、客間を整え、備品を確認した。どれも必要なことだったし、どれも問題なく終わった。

 

 今日の私は、十分に役目を果たした。

 

 そのことに疑いはない。

 

 けれど、一日の終わりに、何かが残る。

 

 疲労ではない。後悔でもない。やり残した仕事があるわけでもない。

 

 強いて言うなら、言葉にしにくい余白のようなものだ。

 

 仕事を終えたあとに残る、使い道の決まっていない時間。

 

 それを何に使えばいいのか、私はまだよくわからない。

 

 私は窓の前で立ち止まった。

 

 外では、太陽が傾いている。

 

「お嬢様」

 

 小さく呼びかけた。

 

 もちろん、返事はない。

 

「太陽が眩しいです」

 

 今度は、少し笑って言った。

 

 朝と同じ言葉だった。

 

 けれど、朝とは違う。

 

 朝の私は、眩しい太陽を見て、カーテンの位置を調整した。それだけだった。今の私は、ただ太陽を眺めている。

 

 仕事は、まだ残っている。

 

 夕食の準備もあるし、明日の予定も確認しなければならない。今日一日を振り返るのは、そのあとでもいい。

 

 私は窓から離れた。

 

 考えることをやめたわけではない。

 

 ただ、今は仕事をする時間なのだ。

 

 私は歩き出した。

 

 足音は静かで、歩幅は一定だった。

 

 夕食の準備は予定どおりに進んだ。食材の状態を確認し、必要なものを切り分け、調理の順序を整える。火加減に気を配り、器を用意し、食卓を整える。

 

 すべてが終わるころには、外はすっかり夕暮れになっていた。

 

 私は最後に、食卓を見渡した。

 

 問題なし。

 

 今日も、完璧だ。

 

 私は手袋を外し、手を洗った。

 

 それから、ひとりで紅茶を淹れた。

 

 今度は砂糖を入れた。

 

 朝と同じ茶葉、同じポット、同じカップ。違うのは、砂糖が入っていることだけだ。

 

 私はひと口飲んだ。

 

 おいしい。

 

 朝の紅茶もおいしかった。今の紅茶もおいしい。どちらが優れているということではない。

 

 ただ、違う味がする。

 

 私はカップを置き、窓の外を見た。

 

 太陽は、もう見えなかった。

 

 眩しくない空は、少しだけ物足りないようにも思えた。

 

 ……困ったものね。

 

 私は苦笑した。

 

 眩しいときには眩しいと文句を言い、見えなくなれば物足りないと思う。

 

 人間とは、実に勝手な生き物である。

 

 もちろん、私も例外ではない。

 

 紅茶を飲み終えた私は、カップを洗い、明日の準備を始めた。

 

 今日の仕事は、これで終わり。

 

 明日の仕事は、明日になれば始まる。

 

 そのあいだに何をするかは、まだ決めていない。

 

 けれど、それでいいのだと思う。

 

 何も決まっていない時間があるからといって、何かを決めなければならないわけではない。

 

 私は時計を見た。

 

 まだ、少しだけ時間がある。

 

 さて。

 

 何をしようかしら。

 

 私は棚から一冊の本を取り出した。

 

 今夜くらいは、少し読書をしてもいいだろう。

 

 そう考えてから、私は本を開いた。

 

 数行読んだところで、ふと顔を上げる。

 

 ……明日の予定を、もう一度確認しておこう。

 

 私は本を閉じた。

 

 明日の仕事に抜かりがあってはならない。

 

 確認はすぐに終わった。

 

 問題なし。

 

 私は再び本を開いた。

 

 今度こそ、読むことにしよう。

 

 今夜もきっと、長くなるに違いない。

 




『大切なもの』と書かれた箱に収められていた、あの鍵。いったい誰のものなのでしょう。いつか、その答えがわかる日も来るかもしれません。

 ところで、この小説の主人公は私、十六夜咲夜だったのです。

 驚きましたか、お嬢様方?
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