【TS】世界樹から実ったハイエルフ(中身は元社畜)、八百年ぶりの上位種として崇められていますが、人間の町でのんびり暮らしたいだけです   作:月白イツキ

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第11話 森の奥の杭

「東の森に行く。ついてくるか」

 

ある朝、マルタさんがそう言った。

 

「ギルドからの頼まれごとでな。最近、東の黒樫の森から獣がやたら出てくる。この前の大猪もそうだ。何が起きてるのか、ちょっと見てこいってさ」

 

「私が行っても、役に立たないと思いますけど」

 

「森の外縁なら、癒し草が生えてる。F級の採取依頼、まだ残ってただろ。ついでにやればいい」

 

それから、マルタさんはちらりとトビを見た。

 

「あと、そこのガキが、あたしの仕事を見たそうな顔してる」

 

「し、してねえし!」

 

していた。ものすごくしていた。

 

*

 

問題は、俺の足だった。

 

東の森まで、歩いて一時間。俺の足だと、たぶん日が暮れる。

 

「……で、これか」

 

「これだ」

 

マルタさんが宿の裏から引いてきたのは、一頭のロバだった。

 

灰色で、耳が長くて、ものすごくやる気のない目をしている。ハンナさんが仕入れの荷運びに使っている、ポンタという名前のロバだ。

 

俺は、ポンタの背中にまたがった。

 

ツノさんに比べると、背中が低い。揺れる。乗り心地が悪い。そして、ポンタは三歩ごとに立ち止まって、道端の草を食べようとする。

 

「ぶっは!」

 

トビが、腹を抱えて笑っていた。

 

「エルフがロバに乗ってる! ぜんぜん似合わねえ!」

 

「うるさいよ」

 

「森の大鹿とかに乗ってそうな顔してんのに!」

 

……乗ってたんだよ、実は。

 

とは、言えなかった。

 

*

 

黒樫の森は、アルヴの森とはずいぶん違った。

 

木の背が低い。幹が細い。葉が黒っぽくて、森の中が昼間でも薄暗い。それでも、ちゃんと森の匂いがした。土と、苔と、湿った葉の匂い。

 

森の外縁でポンタを降りて、癒し草を探すことにした。

 

マルタさんは、少し奥を見回ってくると言って、木々の間に消えていった。トビは「すぐ戻るから、ここ動くなよ」と念を押されて、不満そうな顔で残された。

 

「癒し草って、どんなのだっけ」

 

「葉っぱの裏が白くて、ぎざぎざしてるやつ。揉むと、すーっとする匂いがする」

 

トビが教えてくれた。路地暮らしの間に、怪我をしたら自分で摘んで傷に貼っていたらしい。

 

俺は、肩の上の精霊に小声で頼んだ。

 

「癒し草、ある場所わかる?」

 

返事が、なかった。

 

「……?」

 

振り向くと、精霊たちは俺の髪の中に潜り込むようにして、じっとしていた。いつもの、きゃっきゃとはしゃぐ感じがない。光も、心なしか弱い。

 

「どうした」

 

『……ここ、へん』

 

小さな声だった。

 

『このもりのこたち、げんきない』『みんな、かくれてる』

 

言われて、周りを見回した。

 

アルヴの森では、どこを見ても精霊が飛んでいた。木漏れ日の中にも、草むらの陰にも、小川の水面にも。

 

この森には、ほとんどいなかった。

 

たまに見かけても、木の幹の陰にじっと身を寄せて、震えるように明滅しているだけだ。

 

『いたいって』

 

髪の中から、精霊が言った。

 

『このもりのこたち、いたいって』『おくのほう、いたい』『なにか、すわれてるって』

 

吸われてる?

 

その時だった。

 

胸の奥に、鈍い痛みが走った。

 

歯の奥がうずくような、遠くで誰かが泣いているのが聞こえるような、そういう痛み。どこか分からないけど、森の奥の方から、それが響いてくる。

 

「……リア姉ちゃん? 顔、真っ白だぞ」

 

「……大丈夫」

 

大丈夫じゃなかった。でも、トビを心配させたくなかった。

 

「癒し草、探そう」

 

*

 

結局、癒し草は、森の精霊が案内してくれた。

 

震えながら、それでも俺の前にふわりと出てきて、木々の間の小さな空き地まで連れていってくれた。空き地には、葉の裏が白い草が、一面に生えていた。

 

『……ありがとう』

 

小声で言うと、その精霊は少しだけ明るくなって、また木の陰に隠れていった。

 

俺とトビは、籠に癒し草を摘み始めた。

 

依頼は、籠一杯。

 

普通に摘んで、普通に帰ろう。目立たないように。

 

そう思っていたんだけど。

 

『もっと』『もっと、あげる』

 

空き地の精霊たちが、次々と癒し草を引き抜いて、俺の籠に放り込み始めた。

 

「ちょ、待って、もういい、十分」

 

『おれい』『ここまできてくれた、おれい』

 

籠が、あふれた。

 

トビの籠も、あふれた。

 

空き地の端に、癒し草の山ができた。

 

「…………」

 

「…………」

 

トビと俺は、癒し草の山を見つめていた。

 

「……リア姉ちゃん。これ、どうなってんの」

 

「……運が、いいみたいで」

 

「運でこうなるかよ」

 

なるんだよ、たぶん。俺の場合は。

 

*

 

「なんだ、こりゃ」

 

戻ってきたマルタさんは、癒し草の山を見て、たっぷり十秒は固まっていた。

 

「籠一杯って、そういう意味じゃねえぞ」

 

「分かってます」

 

「あんた、本当に魔力ゼロか?」

 

マルタさんの目が、まっすぐに俺を見ていた。

 

冗談の目じゃなかった。

 

「失せ物探しもそうだ。猫も、指輪も、鼠も。最初は運だと思ってた。でも、運にしちゃ出来すぎてる」

 

「……」

 

何か言わないと、と思った。でも、何を言えばいいのか分からなかった。

 

マルタさんは、しばらく俺の顔を見ていた。それから、ふっと息を吐いて、目を逸らした。

 

「……まあ、いい」

 

「え」

 

「あんたが何者だろうが、あたしには関係ない。トビに飯食わせて、借りを返そうとする奴が、悪い奴なわけない。それで十分だ」

 

マルタさんは、そう言って、癒し草の山をひと抱え持ち上げた。

 

「ほら、持って帰るぞ。ポンタの背中に積めるだけ積め」

 

俺は、何も言えなかった。

 

ただ、胸の奥の鈍い痛みとは別のところが、少しだけ熱くなった。

 

*

 

「それで、奥はどうだったんですか」

 

ポンタに癒し草を積みながら聞くと、マルタさんの顔が曇った。

 

「……妙なもんがあった。見るか?」

 

森の奥へ、十分ほど入った。

 

もちろん、俺は途中でマルタさんの背中に担がれた。情けないけど、背に腹は代えられない。

 

奥に進むほど、胸の痛みが強くなった。

 

精霊たちは、もう完全に俺の髪の中に潜り込んで、一言も喋らなくなっていた。

 

そして。

 

「……ここだ」

 

木々が、急に途切れた。

 

円形の空間だった。直径は、二十歩くらい。

 

その中だけ、草も木も、全部が枯れていた。

 

黒樫の葉は茶色く縮れて落ち、下草は灰色に干からびて、地面にはひびが入っていた。まるで、そこだけ何年も雨が降っていないみたいに。

 

円の真ん中に、それはあった。

 

鉄の杭だった。

 

俺の背丈くらいの高さで、太さは腕くらい。表面に、びっしりと細かい文字のようなものが刻まれている。そして、てっぺんに、拳ほどの大きさの緑色の水晶がはめ込まれていた。

 

水晶は、ぼんやりと光っていた。

 

ゆっくりと、明るくなって、暗くなって、また明るくなる。

 

心臓の鼓動みたいに。

 

「……っ」

 

吐き気がこみ上げてきた。

 

見えた。

 

杭の周りの空気の中に、薄い光の筋が、何本も漂っていた。煙みたいに細くて、今にも消えそうな光。それが、森のあちこちから、ゆっくりと水晶に吸い寄せられていく。

 

水晶に吸い込まれた光は、二度と出てこない。

 

『――いや』

 

髪の中で、精霊が悲鳴を上げた。

 

『いや、いや、いや』『あれ、こわい』『あれ、せいれいを、たべてる』

 

精霊を、食べている。

 

「マルタさん、降ろしてください」

 

「おい、リア」

 

「お願いします」

 

マルタさんの背中から滑り降りて、ふらつく足で杭に近づいた。

 

枯れた草が、足の下でかさかさと砕けた。

 

手を伸ばして、杭に触れた。

 

ばちっ、と手のひらに痛みが走った。

 

「っ!」

 

弾かれるように手を引っ込めた。手のひらが、じんじんと痺れている。

 

それでも、もう一度つかんだ。両手で。引き抜こうとした。

 

びくともしなかった。

 

地面に刺さっているだけじゃない。何か別の力で、この場所に縫いつけられている感じがする。俺の腕力じゃ、髪の毛一本分も動かない。

 

「どけ、リア」

 

マルタさんが、俺を後ろに下がらせて、杭をつかんだ。腕の筋肉が盛り上がる。歯を食いしばる。

 

杭は、動かなかった。

 

「……くそ。なんだこれ、地面に生えてるみたいだ」

 

マルタさんは手を離して、杭の側面を覗き込んだ。

 

そこに、何かの模様が刻まれていた。円の中に、六つの尖った星。星の真ん中に、ひとつの目。

 

マルタさんの顔が、険しくなった。

 

「……王国魔術院の紋だ」

 

「魔術院?」

 

「王都の、魔法使いどもの総本山だ。なんでこんな辺境の森に、そんなもんがある」

 

マルタさんは、しばらく杭を睨んでいた。それから、俺の肩をつかんだ。

 

「下手に触るな。ギルドに報告する。あたしらの手に負える代物じゃない」

 

「でも」

 

「でもじゃない。あんた、さっきから顔が死人みたいだぞ」

 

反論できなかった。実際、立っているのもやっとだった。

 

*

 

森を出る時、一度だけ振り返った。

 

木々の向こうに、緑色の光が、かすかに見えた。

 

ゆっくりと、明るくなって、暗くなって。

 

心臓みたいに、脈打っていた。

 

『りあ』

 

髪の中から、精霊が小さく言った。

 

震える声だった。

 

『このもりのこたち、たすけて』

 

俺は、ポンタの背中の上で、ぎゅっと手を握りしめた。

 

痺れた手のひらが、まだじんじんと痛んでいた。

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