【TS】世界樹から実ったハイエルフ(中身は元社畜)、八百年ぶりの上位種として崇められていますが、人間の町でのんびり暮らしたいだけです   作:月白イツキ

27 / 33
第25話 燕の来た日

「今日、おれの誕生日」

 

朝の食卓で、トビがぼそっと言った。

 

「……え?」

 

俺も、マルタさんも、セレスさんも、パンを持ったまま固まった。

 

「今日?」

 

「たぶん」

 

「たぶん?」

 

トビは、窓の外を指さした。

 

白百合館の庭園の、軒の下を、黒い小さな鳥が、すいっと横切っていった。

 

燕だった。

 

「おれ、本当の誕生日、知らねえんだ。婆ちゃんが拾ってくれた時、名前も年も分かんなかったから」

 

トビは、パンをかじりながら、なんでもないことみたいに言った。

 

「そしたら婆ちゃんが、春の終わりに、燕が初めて来た日をお前の誕生日にしようって。……で、今朝、燕が来たから」

 

トビは、指を折った。

 

「今日で、十二」

 

十二歳。

 

ギルドに、登録できる歳だ。

 

*

 

王都の冒険者ギルド本部は、ハルトンのギルドの十倍くらいの大きさだった。

 

三階建ての石造りの建物で、入口の扉だけで、ハルトンのギルドの壁一面くらいある。中に入ると、カウンターがずらりと十個並んでいて、掲示板は壁三面分あった。冒険者も、何百人といた。

 

トビは、入口で立ち尽くしていた。

 

「……でけえ」

 

「行くぞ、ガキ」

 

マルタさんが、トビの背中を押した。

 

新規登録の窓口には、明るい栗色の巻き毛の、元気そうな若い女の人が座っていた。ハルトンのペトラさんとは、正反対の雰囲気だった。

 

「はい、新規登録ですね! お名前は?」

 

「……トビ」

 

「年齢は?」

 

「十二。今日、十二になった」

 

受付の人が、ぱっと顔を輝かせた。

 

「あら、お誕生日! おめでとうございます! お誕生日に登録なんて、縁起がいいですね!」

 

トビの耳が、赤くなった。

 

用紙に記入して――トビは字が書けなかったから、俺が代筆した――最後に、魔力測定の水晶が出てきた。

 

トビは、ごくりと唾を飲み込んで、水晶に手をかざした。

 

ぼんやりと、小さな光がともった。

 

薄い、青色の光だった。焚き火の熾火くらいの。マルタさんの赤い光と、だいたい同じくらいの大きさだった。

 

「はい、平均的な魔力ですね! 魔法使いは難しいですけど、剣士や斥候なら問題ありません!」

 

トビは、水晶の中の小さな青い光を、じっと見つめていた。

 

「……光った」

 

「光ったな」

 

マルタさんが、トビの頭をくしゃりと撫でた。

 

「姉ちゃんより、魔力ある」

 

「それは測り方の問題だから」

 

受付の人が、焼き印を押した木札を、カウンターの上に置いた。

 

表に、トビ。裏に、F。

 

トビは、両手で、その木札を受け取った。

 

しばらく、何も言わなかった。

 

それから、木札を胸に押し当てて、目をぎゅっと閉じた。

 

「……婆ちゃん。おれ、冒険者になったよ」

 

小さな、小さな声だった。

 

*

 

ギルドの外に出ると、マルタさんが、トビを呼び止めた。

 

「おい、トビ」

 

「なに」

 

マルタさんは、腰の後ろから、革の鞘に収まった短剣を取り出した。

 

使い込まれた鞘だった。あちこち擦り切れて、色が抜けている。柄に巻かれた革も、何度も巻き直した跡があった。

 

「やる」

 

「……え」

 

「誕生日だろ。冒険者になったんだろ。丸腰で依頼に行く気か」

 

トビは、差し出された短剣を、信じられないものみたいに見つめていた。

 

俺は、その短剣に見覚えがあった。マルタさんが、ハルトンにいた頃からずっと、大剣とは別に、腰の後ろに差していたやつだ。使っているところは、一度も見たことがなかった。

 

「……これ、マルタの?」

 

「いや」

 

マルタさんは、少しだけ目を伏せた。

 

「レオンのだ」

 

空気が、静かになった。

 

「あいつが、十二で冒険者になった時に、最初に買った短剣だ。……あいつが死んでから、ずっと、あたしが持ってた」

 

「そんな大事なもん――」

 

「使わない剣は、ただの鉄だ」

 

マルタさんは、短剣をトビの手に押しつけた。

 

「あいつも、たぶん、そう言う。……ずっと、誰に渡すか、決められなかった。でも、この前、ニナと話して、やっと決められた」

 

トビは、両手で短剣を握りしめた。

 

鞘から、少しだけ、刃を抜いた。

 

小さな、細身の刃が、春の陽射しを受けて、白く光った。手入れが行き届いていて、錆ひとつなかった。

 

三年間、使わずに、それでもずっと、研ぎ続けていたんだと思う。

 

「……大事にする」

 

トビは、震える声で言った。

 

「絶対、大事にする」

 

「大事にすんな。使え」

 

マルタさんは、ぶっきらぼうに言って、そっぽを向いた。

 

耳が、ちょっとだけ赤かった。

 

*

 

「わたくしからは、こちらを」

 

セレスさんが、懐から、細い紐を取り出した。

 

銀と、緑と、白の糸を、細かく編み込んだ組紐だった。

 

「エルフの里の、旅立ちの組紐でございます。剣の柄に巻いておけば、持ち主が必ず無事に帰ってこられるという、古いまじないです」

 

セレスさんは、トビの短剣の柄に、その組紐を丁寧に巻きつけた。

 

「……セレス姉ちゃん、これ、いつ作ったの」

 

「この三晩で」

 

セレスさんは、少しだけ恥ずかしそうに微笑んだ。

 

「トビ殿が、そろそろ十二になると、伺っておりましたので」

 

三晩。

 

神殿で、俺の外套を、三晩で縫い上げてくれたのと同じだ。

 

*

 

みんなの視線が、俺に集まった。

 

……しまった。

 

何も、用意していなかった。今朝、誕生日だと聞いたばかりだ。

 

「えっと」

 

俺は、袖の中や、懐の中を、ごそごそと探った。

 

葉っぱ。九枚の、世界樹の葉。……いや、これは駄目だ。金貨三百枚のものを、十二歳の子に渡すわけにはいかない。いろいろ、問題が起きる。

 

他には。

 

指先に、何かが触れた。

 

ギルドの木札の、革の札入れだった。ハルトンで作ってもらったやつだ。その中に、一枚、平べったいものが挟まっていた。

 

取り出した。

 

押し花だった。

 

小さな、白い花。

 

「……これ」

 

トビに、差し出した。

 

「ハルトンの、東門の前に咲いた花。目が覚めてから、門の外の畑で摘んだやつ」

 

あの夜。森のぬしが帰っていった後に、枯れた畑に一面に咲いた花。

 

「トビが、女の子を守った場所に咲いた花だよ」

 

トビは、手のひらの上の、小さな押し花を見つめていた。

 

「……こんなん、いつ摘んだの」

 

「三日寝てた後に。散歩がてら」

 

本当は、なんとなく、何かを残しておきたかったのだ。あの夜のことを。

 

「大したもんじゃなくて、ごめん」

 

「……いい」

 

トビは、押し花を、そっと自分の木札の札入れに挟んだ。

 

それから、顔を上げて、にっと笑った。

 

「これが、一番いい」

 

*

 

それから、一週間。

 

俺とトビは、毎日、ギルド本部に通った。

 

王都にも、失せ物探しの依頼は山ほどあった。ペトラさんの言った通りだった。落とした指輪。逃げた飼い猫。井戸に落とした鍵。屋根の上に引っかかった凧。

 

探すのは、もちろん精霊たちだ。

 

ただ、王都の精霊たちは、ハルトンの精霊たちより、ずっと弱々しかった。光が薄くて、声が小さくて、すぐに物陰に隠れてしまう。

 

「大丈夫。怖くないよ」

 

そう声をかけると、少しずつ出てきてくれた。俺の周りに集まって、肩や髪の中にとまって、ほっとしたように明滅する。

 

どうやら、俺の近くにいると、夜の「引っ張り」が届かないらしい。

 

『りあのそば、あったかい』

 

『ひっぱられない』『ここ、こわくない』

 

そういう噂が、王都の精霊たちの間で広まったんだと思う。

 

三日目の夜、白百合館の庭園が、光っていた。

 

噴水の縁に、植え込みの葉の上に、石灯籠の中に。何百という小さな光が、身を寄せ合うように集まって、ほのかに明滅していた。

 

使用人の人たちが、庭園に出て、口をぽかんと開けて見上げていた。

 

「……リア様が、王都中の精霊を、集めておられる……」

 

セレスさんが、窓辺で手帳を開いていた。

 

集めてるんじゃない。逃げてきてるんだ。

 

でも、それは、言わなかった。

 

*

 

七日目の夕方。

 

「はい、リアさん。依頼完了、十二件目です!」

 

栗色の巻き毛の受付の人が、満面の笑みで、新しい木札をカウンターに置いた。

 

表に、リア。裏に、E。

 

「E級昇格、おめでとうございます!」

 

俺は、その木札を、両手で受け取った。

 

たった一文字、変わっただけだ。

 

でも、なんだか、すごく嬉しかった。

 

「マルタさん」

 

振り返ると、マルタさんが、壁にもたれて腕を組んでいた。

 

「E級になりました」

 

「見りゃ分かる」

 

「あと、D級と、C級です」

 

マルタさんは、ふっと鼻で笑った。

 

「先は長いな」

 

「頑張ります」

 

「……ああ」

 

マルタさんは、壁から背を離して、俺の頭に、ぽんと手を置いた。

 

「待っててやるよ」

 

隣で、トビが、F級の木札を握りしめて、ものすごく悔しそうな顔をしていた。

 

「……すぐ追いつくからな、姉ちゃん」

 

「どうかな」

 

「見てろよ!」

 

*

 

その夜。

 

白百合館の庭園で、精霊たちが、相変わらずほのかに光っていた。

 

窓辺に座って、それを眺めていると、扉が控えめに叩かれた。

 

「……ハイエルフ殿。夜分に、失礼いたします」

 

クラウスだった。

 

灰色の長衣を着て、両腕に、大きな革の鞄を抱えていた。眼鏡の奥の目の下の隈が、また濃くなっていた。

 

「どうしたんですか、こんな時間に」

 

クラウスは、少しためらってから、口を開いた。

 

「お願いがあって、参りました」

 

鞄を、床に置く。中で、何か金属の器具が、かちゃりと鳴った。

 

「精霊に、意思があるということを」

 

クラウスは、まっすぐに俺を見た。

 

「――証明したいのです」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。