世界樹から実ったハイエルフ(中身は元社畜)、八百年ぶりの上位種として崇められていますが、人間の町でのんびり暮らしたいだけです   作:月白イツキ

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第4話 共犯者たち

プロジェクト名、人間の町へ行こう。

 

メンバー、俺と精霊。精霊の人数は不明。全員、小学生並みの集中力。

 

不安しかない。

 

でも、他に頼れる相手もいなかった。

 

*

 

課題その一、体力。

 

「俺、長く歩くと息が切れるんだけど。森を抜けるのって、どうにかならない?」

 

夜、窓辺でそう相談すると、精霊たちはしばらく、くるくると相談するように回っていた。

 

『おおつのさんに、のせてもらえば』

 

「おおつのさん?」

 

『もりの、おおきいしか』『ふるいの』『やさしいよ』

 

大きい鹿。鹿か。鹿に乗る。ファンタジーっぽくて悪くない。

 

「その鹿、呼べる?」

 

『よぶ!』

 

また、ぴゅんと光の粒が飛んでいった。

 

――で、十分後。

 

窓の外の暗がりに、何かがいた。

 

最初は、木だと思った。苔むした太い枝が二本、闇の中に広がっていたから。

 

それが、ゆっくりと動いた。

 

枝じゃなかった。角だ。

 

神殿の裏手の森から、とんでもなく大きな鹿が、音もなく姿を現した。

 

肩の高さが、俺のいる二階の窓とほぼ同じ。角には苔と蔦が絡まって、小さな白い花まで咲いている。体毛は灰色がかった緑で、森の闇に溶け込むような色だった。

 

そして、目。

 

深い琥珀色の目が、窓越しにまっすぐ俺を見ていた。

 

静かで、穏やかで、ものすごく古い目だった。

 

「……でっか」

 

思わず素直な感想が漏れた。

 

鹿は、ふすっと鼻を鳴らした。

 

『よろしくって』『おおつのさん、りあのこと、しってる』

 

「知ってる?」

 

『まえのこも、のせてた』『ずっとまえ』『だから、りあのことも、のせるって』

 

先代も、この鹿に乗っていた。

 

ということは、少なくとも八百年以上生きているわけだ。この森、長生きなやつしかいないのか。

 

大鹿は、窓の高さまで頭を下げた。苔むした角が、すぐ目の前に来る。ほんのり土と若葉の匂いがした。

 

「……乗せてくれる?」

 

ふすっ。

 

『いいって』

 

「ありがとう。えーと……名前は?」

 

『なまえ、ない』『おおつのさん』『みんな、そうよんでる』

 

名前がない。それはちょっと寂しい。

 

「じゃあ……ツノさんで」

 

大鹿の耳が、ぴくりと動いた。

 

『……』『……』

 

精霊たちが、一斉に黙った。

 

「え、だめ?」

 

『りあ、なまえつけるの、へた』

 

うるさいよ。

 

でも、大鹿――ツノさんは、ゆっくりと一度だけ頭を上下させて、また森の闇の中へ戻っていった。

 

『きにいったって』

 

本当かよ。

 

*

 

課題その二、金。

 

「人間の町って、お金がいるんだよな。この里って、お金あるの?」

 

『おかね?』『しらない』

 

だよな。エルフの里で、何かを買っている人を見たことがない。

 

『でも、にんげん、ぴかぴかすき』『きらきらのいしとか』『こうかんしてた』

 

物々交換か。ぴかぴかするものなんて、俺は何も持っていない。

 

『はっぱは?』

 

一匹の精霊が、窓の外を指すように光った。

 

大樹の根元には、落ち葉がたくさん積もっている。黄金色と若草色が混じったような、不思議な色の葉だ。落ちてから何日経っても、枯れずにつやつやしている。

 

エルフたちはこの落ち葉を集めて、儀式のたびに燃やしている。煙がいい匂いで、精霊が喜ぶらしい。つまりこの里では、別に珍しいものじゃない。そのへんに山ほど落ちている。

 

「葉っぱで、物って買えるのかな」

 

『わかんない』『でも、きれいだよ』

 

まあ、手ぶらよりはましか。珍しい葉っぱとして、多少の値段はつくかもしれない。

 

翌朝、散歩のふりをして根元を歩き、きれいな落ち葉を十枚ほど拾って、袖の中に隠した。

 

*

 

課題その三、変装。

 

「セレスさん。夜、ちょっと冷えるので、外套をいただけませんか。できれば、目立たない地味なやつを」

 

「かしこまりました!」

 

セレスさんは、目を輝かせて飛んでいった。

 

三日後。

 

「お待たせいたしました! 巫女一同、三晩かけて縫い上げました!」

 

差し出されたのは、白銀の糸で全面に刺繍が施された、純白の外套だった。

 

襟元には、親指の先ほどもある翠玉が縫いつけてある。裾には大樹と精霊の図案が、金糸でびっしりと描かれていた。月明かりの下で着たら、たぶん発光する。

 

「……あの、地味なやつって」

 

「はい! 装飾は、本来の半分に控えております!」

 

半分でこれか。

 

俺は礼を言って外套を受け取り、その夜、こっそり裏返してみた。

 

裏地は、灰色の、何の飾りもない麻布だった。

 

完璧だ。

 

翠玉だけは、表に縫いつけてあるから外からは見えない。たぶん。

 

*

 

課題その四。

 

これが、一番難しかった。

 

「リア様。御髪を」

 

毎晩、寝る前。セレスさんは俺の髪を梳く。

 

初日に断ろうとしたら、泣きそうな顔をされたので、それ以来されるがままになっている。木の櫛が、長い銀髪をゆっくりと通っていく。その手つきは、いつも驚くほど丁寧だった。

 

「セレスさんは、なんで巫女になったんですか」

 

ふと聞いてみると、櫛の動きが一瞬止まった。

 

「……わたくしが生まれたのは、先代様がお還りになって、五百年ほど経った頃でございました」

 

櫛が、また動き出す。

 

「祖母が、子どもの頃に一度だけ、先代様のお姿を遠くから拝見したことがあったそうです。わたくしは、寝物語にその話ばかりせがみました。銀の髪の、精霊と語らう御方のお話を」

 

「……」

 

「百の歳に巫女となり、それから百四十二年。毎朝この神殿を清め、露を集め、いつか御方がお生まれになる日のために、歌を練習してまいりました」

 

百四十二年。

 

毎朝。

 

「わたくしが生きているうちに、その日が来るとは思っておりませんでした。巫女の多くは、御方をお迎えすることなく生涯を終えますので」

 

セレスさんの声は、少しだけ震えていた。

 

「ですから、リア様の実りを目にしたあの朝。わたくしは、自分の生涯はこの日のためにあったのだと思いました」

 

櫛が、髪の先まで通る。

 

重いな、と思った。

 

最初の日に感じたのとは、少し違う重さだった。押しつけられる重さじゃなくて、手渡される重さだ。

 

だから、余計に言えなかった。

 

「……セレスさん」

 

「はい」

 

「もし。もしもの話ですけど。私がここから、いなくなったら。どうします?」

 

櫛が止まった。

 

振り返ると、セレスさんは目を丸くしていた。それから、ふわりと微笑んだ。

 

冗談だと思ったらしい。

 

「その時は、どこまでもお探しいたします」

 

優しい声だった。

 

「たとえ、世界の果てまででも」

 

……。

 

俺は前を向いた。

 

「そうですか」

 

「はい」

 

櫛が、また動き出す。

 

置き手紙には、「探さないでください」って書いておこう。絶対に。太字で。

 

*

 

決行は、二日後の夜に決めた。

 

新月だ。月明かりがない夜なら、白銀の外套を裏返しに着ていても、少しは目立たないだろう。

 

その夜、セレスさんが扉の前で正座しているのを確かめてから、俺は小さな羊皮紙に手紙を書いた。

 

何度も書き直して、結局こうなった。

 

『セレスさんへ 少し、人間の町を見てきます。 心配しないでください。 探さないでください。 本当に、探さないでください。 リア』

 

「探さないでください」を二回書いたのは、念のためだ。

 

窓の外で、精霊たちがわくわくしたように明滅していた。

 

『あさって!』『あさって!』『おでかけ!』

 

「声が大きいって」

 

小声で叱りながら、俺は手紙を枕の下に隠した。

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