『刻を統べる甲虫(クロノ・ビートル)』 作:もこもこ
このまま次の話を投稿してみます。
ペースが激速なのは短編なので許してください。
新エリー都の闇は、ホロウという絶対的な自然災害だけではない。
むしろ、その災害すらも自らの利権と支配のために利用しようとする人間の強欲さこそが、時にエーテリアスよりもタチの悪い牙を剥く。
零号ホロウの中層セクター。
深部――特異点へと向かうための旧地下鉄路線跡を、深紅の甲冑を纏った青年は音もなく進んでいた。
バイザー(Oシグナル)には、プロキシであるアキラとFairyが演算した安全なルートが、淡い緑色のガイドラインとして常に投影されている。
『――順調だね。このまま地下鉄網のメインシャフトを抜ければ、目的のグラウンド・ゼロまでショートカットできるはずだ』
通信機越しに聞こえるアキラの声は、いつになく穏やかだった。
『君のスーツのタキオン粒子ジェネレーターも安定している。……疲労はないかい?』
「……問題ない。お前たちの引くルートには無駄がないからな。俺の主観時間(クロックアップ)を浪費せずに済んでいる」
青年が短く答え、足を踏み出そうとしたその時だった。
『警告。周囲の空間座標に、異常なエーテル変動を検知』
Fairyの無機質なアラートが鳴り響くと同時、青年を取り囲んでいた崩落した地下鉄のホームが、突如として赤黒い光のグリッド線に覆われた。
「なんだ……!?」
空間そのものが歪み、空気が目に見えないほどの粘度を持ったかのように重くなる。
足元のコンクリートがひび割れ、異常な重力場が青年の身体を地面へと押さえつけた。
『お兄ちゃん! 自然発生の空間断層じゃないよ! 何者かが外から強制的にエーテル濃度を操作してる!』
リンの切羽詰まった声が響く。
「……罠か」
青年がカブトクナイガンを構えた瞬間、赤黒い空間の奥から、無数の重装甲に身を包んだ兵士たちが姿を現した。彼らの装甲には、新エリー都のあらゆる利権を牛耳る巨大財閥ユニオン『TOPS』のエンブレムが刻まれている。
その中から、一機の巨大な重機動メカを伴って、部隊の指揮官が悠然と歩み出てきた。
「見つけたぞ、所属不明のオーバーテクノロジーめ」
TOPS傘下の民間軍事会社『オメガ・ミリテック』の指揮官は、葉巻の煙を吐き出しながら残忍な笑みを浮かべた。
「我が社が誇る『擬似ホロウ生成器』と『高密度重力結界』の味はどうだ? お前がどれほど異常な速度で動けようと、空間そのものを重力で凝固させてしまえば、泥沼の中でもがく羽虫と同じだ」
「TOPSの軍事会社……!」
青年は低く唸り、腰のバックル両脇にあるスラップスイッチを叩き込んだ。
『CLOCK UP』
――しかし、世界は完全に止まらなかった。
タキオン粒子が全身を駆け巡り、極限の加速へ入ろうとした瞬間、赤黒い擬似ホロウの空間から照射されたエーテル波動が、タキオンの軌道を強引に捻じ曲げたのだ。
「ぐっ……!?」
青年の動きは、常人から見れば依然として高速ではあったが、本来の「静止した世界」とは程遠い、スローモーションのような重苦しい世界に引きずり降ろされていた。
「無駄だと言っただろう! 貴様のそのスーツは、TOPS兵器開発局がすべて解体して研究させてもらう。……やれ! 跡形もなく捕獲しろ!」
オメガ・ミリテックの兵士たちが一斉にプラズマライフルを構え、重力場でもがき苦しむ深紅の戦士へ向けて集中砲火を浴びせた。
咄嗟の判断でCLOCKUPを解き、プットオンを行い、激しい砲火に耐えようとするも凄まじい爆発と閃光。強固なカブトの装甲が火花を散らし、青年は瓦礫の壁へと吹き飛ばされた。
『応答して! 大丈夫!?』
『Fairy、結界の発生源にハッキングを仕掛けてくれ! すぐに僕がこのファイアウォールをこじ開ける……!』
アキラの焦燥に満ちた声が聞こえる。しかし、民間軍事会社の最新鋭セキュリティは強固であり、外部からの突破にはわずかに時間が必要だった。
「ふはははは! 抵抗するだけ無駄だ! 我々TOPSの技術力こそが、新エリー都の法であり、力なのだ!」
指揮官が勝利を確信し、重機動メカの主砲の照準を倒れた青年へと向けたその瞬間――。
「――アハッ! TOPSの隠し金庫かと思ったら、随分と物騒なオモチャを隠し持ってるじゃないの!」
突如、天井の崩落口から、豪快で勝ち気な女性の声が響き渡った。
「な、なんだ貴様らは!?」
見上げた指揮官の頭上から、巨大なアタッシュケース型の銃器を構えたピンク髪の女性――『邪兎屋』のリーダー、ニコ・デマラが不敵な笑みを浮かべて降下してきた。
「あーあ、TOPSのお偉いさんがこんな地下でコソコソと。……その重力発生装置、裏ルートで売り飛ばせばかなりのディニーになりそうじゃない!」
ニコがアタッシュケースのトリガーを引くと、凝縮されたエネルギー弾が放たれ、重力結界の制御ノードの一つを木端微塵に粉砕した。
「ニコ、敵の増援多数。しかし、統制は取れていない。……殲滅する」
すかさず、静寂を切り裂くような鋭い刃の閃きと共に、緑色の髪をした少女――アンビー・デマラが虚空から躍り出た。雷光を纏った彼女の斬撃が、重力結界の発生アンテナを次々と両断していく。
「馬鹿な……! 貴様ら、どこから湧いて出た!?」
パニックに陥る私兵たち。
その混乱の只中へ、けたたましい銃声とハイテンションな叫び声が降り注いだ。
「ヒャッハー! スターライトナイトの如く、華麗に参上だぜぇ!!」
空中で鮮やかなスピンを決めながら、二丁の特製リボルバーを乱射して降り立ったのは、真紅のコートを羽織った機械人間――ビリー・キッドだった。
彼の放つ無数の弾丸が、私兵たちの武装を的確に弾き飛ばしていく。
『……待たせたね。ファイアウォールの突破に時間がかかると思ったから、事前に“腕利きの用心棒”を雇っておいたんだ』
アキラの冷静さを取り戻した声が、青年のバイザーに響く。
「……お節介なプロキシだ。俺一人でなんとかなった」
強がる青年だったが、その口元にはわずかな安堵の笑みが浮かんでいた。
アンビーの斬撃によって重力結界が著しく低下した瞬間。
青年はゆっくりと立ち上がり、天を指差した。
「……お前たちが何者だろうと、俺の往く道は塞げない」
腰のゼクターホーンを押し込み、再びレバーを弾く。
『CAST OFF』
『CHANGE BEETLE』
分厚い重装甲が弾け飛び、眩い深紅の甲冑が姿を現した。
その変身のプロセス、立ち昇る火花、そして洗練されたフォルムを見た瞬間――ビリーのデジタルな目が、限界まで見開かれた。
「お、おおおおおおおおっ!? な、なんだ今の!? 装甲が弾け飛んで中から真の姿が!? まさか、お前……実在したのか!? 伝説のアーマード・ヒーロー!!」
ビリーが銃を放り投げんばかりの勢いで大興奮し、ガシャガシャと機械の身体を震わせた。
「スターライトナイト顔負けの二段変身! シャープな深紅のボディ! くぅ〜ッ、たまんねぇぜ兄弟!! 俺はビリー・キッド! 一緒に悪党をぶっ飛ばそうぜぇ!!」
「……誰が兄弟だ。騒がしい奴だ」
青年は呆れたように短く溜息をついたが、腰のスイッチを叩き込む手には一切の迷いがなかった。
『CLOCK UP』
重力場から解放された今、彼を縛るものは何もない。
世界が完全に静止した。
いや、今回は違う。
「アハッ、私たちのディニーのために、派手にぶっ飛ばすわよ!」
「……ビリー、遊んでいないで援護射撃を。……それにしても、あの装甲、ハンバーガーの包み紙のように効率的なパージ機構だ」
「アイアイサー! 俺のスターライト・ショットを見せてやるぜ!」
通常時間の中で暴れ回る邪兎屋の三人が、強引に敵のフォーメーションを崩す。
そしてその生み出されたコンマ1秒の隙間を、超高速の因果領域(クロックアップ)から飛び出したカブトが完全に支配した。
カブトクナイガンが紫の閃光を描き、私兵たちの装甲の継ぎ目を的確に破壊していく。邪兎屋の連携と、カブトの神速。それはTOPSの民間軍事会社にとって、まさに手も足も出ない一方的な蹂躙だった。
「ひぃっ……! ば、馬鹿な! 我らが最新鋭の重機動メカを使え! 奴らを塵にしろ!」
追い詰められた指揮官が、巨大な四脚の重機動メカを起動させた。エーテルとプラズマを融合させた巨大な砲口が、カブトたちを狙う。
「……させない。終わらせる」
カブトはクナイガンを収め、腰のスイッチを流れるように3度押し込んだ。
『ONE, TWO, THREE――』
「おおお! 出るのか!? ヒーローの必殺技が!!」
ビリーがその光景に気づき、戦闘中にも関わらず、自分の二丁拳銃を顔の横で構えて見事な「キメポーズ」をとった。
「よっしゃあ! 俺も一緒に! スターライトォォ……!」
青年は振り返りざま、極限のタキオン粒子を収束させた右足を跳ね上げる。
ビリーも同時に、銃口を重機動メカへと突きつけた。
『RIDER KICK』
「ゼロ・シュートォォォッ!!」
深紅のカウンターキックと、ビリーの放つ会心のエネルギー弾が、見事なシンクロを描いて重機動メカの中心核へ直撃した。
凄まじい衝撃波が走り、重機動メカは内部から膨張し――大爆発を起こして瓦礫へと崩れ落ちた。
「ひ、ひぃぃぃっ! 撤退だ! 撤退しろぉぉっ!」
指揮官と残存兵たちは、もはやまともな戦闘意志を保つことができず、蜘蛛の子を散らすように地下鉄網の奥へと逃げ去っていった。
戦闘が終わり、静寂を取り戻した地下空間。
「……すぅぅぅぱぁぁぁ・ヒィィィ・ロォォォォッ!!」
装甲を解き、黒いジャケット姿に戻った青年の前に、ビリーがスライディング土下座の勢いで滑り込んできた。
「頼む! サイン! サインくれ兄弟! あんたのそのベルト、どこ製だ!? 特注か!? グッズ展開はしてるのか!?」
「……近寄るな、暑苦しいし鬱陶しい」
青年は眉間を揉みながら後ずさるが、ビリーは目を星マーク(デジタル表示)にしてまとわりついてくる。
「まあまあ、いいじゃない! TOPSの隠し資金も根こそぎいただいて、今回は大黒字よ!」
ニコは重機動メカの残骸から高価なパーツを手際よく回収しながら、満足そうに笑っている。
「で? あのプロキシ……『パエトーン』からの依頼でアンタの窮地を助けに来てあげたわけだけど、アンタ、一体何者なの? そのスーツ、新エリー都じゃ見たことない規格だけど」
「名乗る気はない」
青年はそっぽを向いた。
アンビーがトコトコと近づいてきて、青年の顔をじっと見上げる。
「……戦闘時の無駄のない動き。完璧なエネルギー効率。あなた、とても優秀。……戦いの後はお腹が空く。一緒にハンバーガーを食べに行く?」
「……遠慮する」
呆れ果てる青年だったが、彼の背後から現れたボンプ(イアス)のスピーカーから、アキラの優しげな笑い声が聞こえてきた。
『ありがとう、邪兎屋のみんな。おかげで彼が無事だったよ。報酬は契約通り、君たちの口座に振り込んでおく』
「毎度あり! また厄介事があったら、いつでもこのニコ様に頼りなさい!」
ニコがウインクを飛ばし、ビリーが「次はぜひコンビ技の名前を考えようぜ兄弟!」と叫びながら、邪兎屋の三人は騒がしく去っていった。
「……疲れる連中だ。お前はいつも、あんな奴らを相手に仕事をしているのか?」
青年がボンプに向かって溜息をつく。
『ふふ、賑やかでいい人たちだろう? 君にも少しは、ああいう賑やかな時間が特効薬になると思ってね』
アキラの言葉に、青年は不満げに鼻を鳴らした。
だが、その瞳に宿っていた冷酷な孤独の光は、彼らとの掛け合いの中で確かに薄れ、人間らしい温もりが戻ってきているのを、プロキシ兄妹は感じ取っていた。
『さて、本題に入ろうか』
アキラの声が、ふと真剣なトーンに切り替わる。
『Fairy、さっきの戦闘データの解析結果を彼に』
『了解しました、マスター』
Fairyの無機質な音声が通信に割り込んだ。
『先ほどの戦闘中、TOPSが展開した「擬似ホロウの人工エーテル」と、あなたのスーツが放出する「タキオン粒子」が衝突した際、未知のエネルギー融合反応――【エーテル・タキオン共鳴現象】が観測されました』
「共鳴現象……? それがなんだというんだ」
『あなたが過去、何度も「ハイパーフォーム」で時間の逆行を試みながら、特異点において歴史の改変に失敗していた理由が判明しました』
Fairyの言葉に、青年の身体が硬直した。
『君が救えなかった人――儀降さんが消えた零号ホロウの中心(特異点)は、エーテル濃度が絶対値に達している』
アキラが引き継ぐように静かに語りかける。
『通常のタキオン粒子による時間干渉(ハイパークロックアップ)だけでは、その強大すぎるエーテルの壁に弾かれてしまい、因果を書き換えることができなかったんだ。……だけど』
「……さっきの現象を利用すれば、壁を越えられるとでも言うのか?」
青年の声が、わずかに震えていた。
決して希望など持たないように、何度も絶望に心を塗り固めてきたはずの彼が。
『そうだよ。この【エーテル・タキオン共鳴波長】を、君のスーツのシステム……ハイパーゼクターの演算に組み込めば、特異点の因果の壁を中和し、完全に過去の時間をこじ開けることができる』
アキラの言葉が、冷え切っていた青年の胸の奥に、小さな、しかし決して消えない火を灯した。
『計算結果を提示します。最適化された共鳴波長を用いて、過去の特異点への跳躍および対象者の救出・歴史改変が成功する確率は――87.4%まで上昇しました』
「87.4……パーセント……」
青年は自分の両手を見つめた。
11年前、儀降の手を掴めなかった、無力な手のひら。
その後、どれだけ時間を駆け抜けても、彼女の魂を引き戻すことはできず、ただ自分の心を擦り減らすだけだった孤独な道程。
だが今、自分の手の中には、確かにその「未来」を変えるための鍵が握らされている。
『一人で悩む必要はない。その共鳴波長の同調オペレートは、僕とFairyが完璧にサポートする。……君が過去に飛ぶための命綱(アンカー)は、僕たちがこの「現在(いま)」でしっかり握っておくから』
アキラの言葉に、リンも力強く頷いている気配が通信越しに伝わってきた。
『うん! 私たちも絶対に見捨てないから! だから、今度こそ助けに行こう。君の大切な人を!』
張り詰めていた青年の感情の糸が、静かに解けていく。
「……お前たちには、敵わないな。プロキシというのは、ここまで踏み込んでくる職業なのか」
青年は小さく笑った。皮肉ではなく、心からの安堵と感謝を込めた笑みだった。
「……行くぞ、アキラ、リン。あの特異点へ。俺の止まった時間を、お前たちのナビゲートで動かしてくれ」
『ああ、任せてくれ! 行こう、僕たちの手で、正しい未来を取り戻すために!』
暗く冷たかった地下鉄網の奥から、一条の光が差し込んでいる。
過去を縛る後悔の鎖を断ち切るための、最後の戦い――零号ホロウ最深部・特異点への最終行軍が、今、静かに幕を開けた。
どうしてもビリーと絡ませたかったので
ハイパーフォーム使わせない方向で行きました。