『刻を統べる甲虫(クロノ・ビートル)』   作:もこもこ

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独自設定注意


第4話

 

TOPSの民間軍事会社『オメガ・ミリテック』との激闘を抜け、邪兎屋の騒がしい乱入を背にした青年とプロキシ兄妹は、六分街のビデオ屋『Random Play』へと帰還していた。

 

深夜の静寂に包まれた店内。シャッターの降りたフロアの奥、ワークスペースでは、数十台のサーバー群が微かな駆動音を唸らせている。

 

青年はソファに深く腰掛け、両手を組んでじっと床を見つめていた。その傍らには、リンが淹れたホットコーヒーから白い湯気が立ち昇っている。

 

「……それで、先ほどの話の続きだが」

 

青年が顔を上げると、コンソールの前で腕を組んでいたアキラが静かに頷き、メインモニターに複雑な三次元の波形データを投影した。

 

「ああ。Fairy、彼にさっきの解析結果を」

 

『了解しました、マスター。……単刀直入に申し上げます。あなたが過去、何度も「ハイパーフォーム」で特異点へ向かいながら、歴史の改変に失敗し続けていた理由は、「速度が足りなかった」からではありません』

 

Fairyの無機質な声が、青年の長年の絶望の正体を解き明かしていく。

 

『零号ホロウの中心――特異点(グラウンド・ゼロ)は、超高濃度のエーテルによって、空間と重力がブラックホールのように極限まで捻じ曲がった場所です。あなたが発するタキオン粒子は「時間」を遡る力ですが、そこに立ちはだかる「空間の壁」に弾き返され、正確な過去の座標へと到達できていなかったのです』

 

「ブラックホールに光が吸い込まれるように、いくら時間を遡る力があっても、空間そのものが歪んでいたら目的地には辿り着けない……そういうことだね」

 

アキラが補足するように静かに言った。

 

「……なるほどな。俺がどれだけタキオンを極限まで加速させようと、分厚いコンクリートの壁に素手で殴りかかっていたようなものだったというわけか」

 

青年は自嘲気味に息を吐いた。11年間、己の無力さを呪い続けてきたが、そもそも物理法則の前提が間違っていたのだ。

「だが、先ほどの戦闘でTOPSが放った人工エーテルと、君のタキオン粒子が衝突した瞬間、Fairyは僅かな『共鳴』を観測した」

 

アキラはモニターの波形を指差した。赤黒いエーテルの波形と、黄金色のタキオンの波形が、完全に一致して重なり合っているグラフ。

 

『肯定します。解決策は存在します。あなたのタキオンの波長(振動数)を、特異点のエーテルのゆらぎと完全に一致させる――【エーテル・タキオン共鳴波長】の形成です。波長を同期させれば、特異点の捻じれた空間はタキオンを「異物」として弾かず、「自分の一部」だと錯覚して透過させます』

 

「無理やり空間の壁を壊すんじゃなく、エーテルの波長に合わせた『鍵』を作って扉をすり抜けるんだね。……だけど、ホロウ内部のエーテル波長はコンマ1秒ごとにランダムで変異し続けている。君一人の脳や、スーツの自律演算だけでは、その同期を保ち続けることは絶対に不可能だった」

 

アキラの言葉に、青年は深く頷いた。

 

「だから、お前たちが必要になる。……お前のその超AIの演算能力で、俺のベルト(ゼクター)にリアルタイムで波長調整データを送り続けるんだな?」

 

「その通りだ。だけど……」

 

アキラはそこで一度言葉を切り、痛ましそうに目を伏せた。

 

「ここからが、君に覚悟してもらわなければならない最も重要な話だ」

 

青年の鋭い視線が、アキラを射抜く。

静まり返ったワークスペースで、リンも不安げに両手を握りしめていた。

 

「Fairyの全力の演算と、僕たちプロキシのナビゲートで、君が11年前に跳躍するための『扉』は確実に開く。そして、僕とリンがこの現在の新エリー都で『観測者(アンカー)』となることで、過去を変えた君自身の存在がタイムパラドックスで消滅するのを防ぐ命綱になる。……だけどね」

 

アキラは真っ直ぐに青年の目を見つめ返した。

 

「一度君が11年前の過去へと跳躍(ジャンプ)してしまえば、そこから先は完全に『未知の時間』だ。現在(いま)と11年前という絶望的な時空の隔たりがある以上、僕たちの通信電波も、Fairyの演算データも、過去の君には一切届かなくなる」

 

それは、残酷な宣告だった。

「扉を開ける」ことも、「帰る場所を守る」こともできる。

だが――。

 

「11年前の旧都の底で、君が儀降(イーシャン)さんを救い出すための戦い……その一番肝心な瞬間、僕たちは君の目をナビゲートしてやれない。君はたった一人で、あの地獄のような過去で運命を切り拓かなければならないんだ。……その、覚悟はあるかい?」

 

重苦しい沈黙が下りた。

通信による0.1秒の死角予測、最適な光のルート、アキラとリンの声。

この数日間、凍りついていた青年の心と体を支え、共に戦ってくれたそのすべてが、最も過酷な死地において失われる。

再び、あの孤独な時間に身を投じなければならない。

だが。

青年の口元に浮かんだのは、絶望でも怯えでもなく――力強く、不敵な笑みだった。

 

「……なんだ、そんなことか」

 

青年は立ち上がり、テーブルに置かれたままになっていたホットコーヒーを手に取った。

 

「たった一人で戦うことなど、この11年間、嫌というほどやってきた。むしろ俺の日常だ」

 

一口、コーヒーを飲む。

熱い。そして、心地よい苦味が胸の奥を満たしていく。

 

「それに、今回は『一人』じゃない。……俺がどれだけ過去で時間を乱そうと、お前たちがこの現在で『帰る場所(アンカー)』を繋ぎ止めていてくれるんだろう? ならば、俺は一切の迷いなく、極限の速度で過去を穿つことができる。……それだけで、お釣りが出るほど充分だ」

 

青年の迷いのない言葉に、アキラは少しだけ驚いたように目を見開き、やがて優しく微笑んだ。

 

「……参ったな。覚悟を決めるのは、僕たちの方だったみたいだ」

 

「うんっ……!」

 

リンが堪えきれないように涙ぐみながら、青年に向かって強く頷いた。

 

「絶対に、絶対に私たちが命綱を握って離さないから! だから、思いっきり過去をぶっ飛ばして、大切な人を連れて帰ってきてね!」

 

「あぁ。約束しよう」

 

青年は空になったコーヒーカップをテーブルに置き、黒いジャケットを翻した。

 

「行くぞ。俺の止まっていた時間を、動かす時だ」

 

 

 

 

 

 

 

零号ホロウ・最深部【グラウンド・ゼロ】。

11年前、旧都が呑み込まれた災厄の中心地であり、新エリー都における「死」の象徴。

空は毒々しい紫黒色に染まり、大地はすり鉢状に大きく抉れ、重力すらも上下左右の概念を失って瓦礫が宙を舞っている。

その中心には、まるで空間そのものにぽっかりと開いた真っ黒な大穴――超高濃度エーテルが渦巻く『特異点』が、脈打つように不気味な波動を放っていた。

 

「……ここが、11年前のあの日から続く、因果の果てか」

 

瓦礫の崖の上に立つ深紅の戦士――仮面ライダーカブトは、静かに特異点を見下ろした。

周囲のエーテル濃度は致死量を遥かに超え、マスクドアーマーの重装甲であっても内部機構が悲鳴を上げかねない極限環境だ。

『Fairy、特異点のエーテル波長の解析を急いでくれ。彼のスーツの防御機能が限界を迎える前に、扉を開けるんだ!』

通信機越しに、アキラの緊迫した声が響く。

 

『解析進行率、94%……97%……完了しました。これより、エーテル・タキオン共鳴波長の同調シークエンスに移行します』

 

Fairyの音声と共に、カブトの視界(コンパウンドアイ)に、無数の数式と緑色の波形データが奔流のように流れ込んでくる。

 

「……来るぞ」

 

カブトが右手を虚空へ翳した。

空間がガラスのようにひび割れ、眩い黄金の光が漏れ出す。

未来から、あるいは別次元の因果から彼を導くために飛来した、究極の自律兵器。

金と赤の輝きを纏ったハイパーゼクターが、カブトの右手にふわりと収まった。

カブトはそれをベルトの左側面にガシャリと装着し、天へ向けて角(ゼクターホーン)を押し倒した。

 

『HYPER CAST OFF』

 

凄まじい衝撃波が、周囲の紫黒色の霧を吹き飛ばす。

全身の装甲が未知の超金属へと再構築され、胸部、肩、背面のアーマーが展開する。内部から溢れ出した膨大なタキオン粒子が、特異点のエーテルと混ざり合い、陽炎のような巨大な光の翼となってカブトの背後に顕現した。

 

『CHANGE HYPER BEETLE』

 

『波長同調、完了! 特異点の壁が、今だけ君のタキオン粒子を「透過」する状態になっている!』

 

アキラの叫び声が響く。

 

『時間跳躍(タイムジャンプ)の座標は、11年前の旧都陥落時……儀降さんが青溟剣を抜いた、あの瞬間のグラウンド・ゼロだ!』

 

カブトは無言で頷き、背中のスイッチ――スラップスイッチへと手を伸ばした。

ここから先は、アキラの声も、Fairyの光の道標も届かない。

己の命と存在そのものを賭けた、絶対的な孤独の戦い。

だが、今の彼の胸の中には、六分街で飲んだあの温かいコーヒーの記憶と、帰りを待つプロキシたちの確かな体温が灯っていた。

 

『気をつけてね! 絶対に、帰ってくるんだよ!』

 

リンの祈るような叫び。

 

『僕たちが、君の現在(いま)を繋ぎ止める。……行け! 運命を、過去を打ち破ってこい!!』

 

アキラの力強い号令。

 

「……あぁ。天の道を往き、すべてを救う」

 

カブトは腰のスイッチを強く叩き、さらにハイパーゼクターの角を倒して、すべてのエネルギーを極限まで解放した。

『MAXIMUM RIDER POWER』

 

全身を包み込む黄金のタキオン粒子が、特異点の黒い渦と完全に共鳴し、空間に巨大な光のトンネルを穿ち始める。

過去への扉が、11年の時を経てついに開かれた。

 

『HYPER CLOCK UP』

 

――世界が、光に呑み込まれた。

重力も、空間も、時間という概念すらも置き去りにして、深紅の戦士は11年前の絶望の淵へと、ただ一人、一直線に飛び込んでいった。

 

 

 

 




読まなくても大丈夫です。
一応、作中フェアリーが説明してくれた内容の再確認用です。
ガッツリ独自設定です。

失敗の理由:「時間は超えられても、空間の壁に阻まれていた」
タキオン(時間・速度の粒子)の限界:
ハイパーゼクターが生み出すタキオン粒子は「時間軸」を直線的に遡る力です。通常の世界ならこれで過去へ行けます。
エーテル(空間・因果の歪み)の壁:
一方、零号ホロウの中心(特異点)は、超高濃度のエーテルによって「空間と重力がブラックホールのように捻じ曲がった場所」です。

これまでの失敗の理屈:
主人公がいくらタキオンで「過去」へ向かって直進しようとしても、特異点のエーテルの壁(ねじれた空間)に弾き返されるか、迷路のように無限ループさせられてしまい、儀降(イーシャン)のいる「正確な座標と時間」に到達できなかった、という理屈です。

解決策:【エーテル・タキオン共鳴波長】の理屈
剛腕(速度)ではなく、同調(パスワード)による突破:
特異点の分厚いエーテルの壁を、タキオンのスピード(剛腕)で無理やりぶち破るのではなく、タキオンの波長(振動数)をエーテルの波長と「完全に一致(共鳴)」させます。
量子トンネル効果の応用:
波長が完全に一致すると、特異点のエーテルはタキオンを「異物」として弾かず、「自分の一部」だと錯覚して透過させます。これにより、空間の捻じれをすり抜け、11年前の儀降がいるグラウンド・ゼロの「真の過去」へと到達できるようになります。

なぜアキラ・リン(Fairy)が必要だったのか?
一人では絶対に不可能な理由:
ホロウ内部のエーテル波長は、コンマ1秒ごとにランダムで変異しています。これにタキオンの波長を合わせ続ける計算は、人間の脳やゼクターの自律機能だけでは絶対に不可能です。
Fairyの超演算:
アキラ達が持つ超AI・Fairyの途方もない演算能力があって初めて、「刻一刻と変わるエーテルの波長を先読みし、主人公のベルトへ波長調整データを送り続ける」という離れ業が可能になります。
「現在」を繋ぐアンカー(命綱):
過去を変えると主人公自身の存在が消える(タイムパラドックス)危険がありますが、アキラ達が「現在の新エリー都」から彼をナビゲートし続けることで、彼らが『観測者(アンカー)』となり、歴史の修正力から主人公の存在を保護する役割を果たします。

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