『刻を統べる甲虫(クロノ・ビートル)』   作:もこもこ

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独自設定注意 ご都合設定も生やしてます


第5話

11年前の因果と、吹き荒れる光の竜巻

 

時空の狭間を駆け抜ける感覚は、どこまでも冷たく、そして眩しかった。

アキラとリン、そして超AI・Fairyが紡ぎ出した【エーテル・タキオン共鳴波長】。

 

それがガイドラインとなって、本来ならいかなる物質もエネルギーも弾き返すはずの零号ホロウ中心部――特異点のねじれた空間壁を、まるで熱したナイフが氷を溶かすように透過させていく。

青年の視界(コンパウンドアイ)には、11年分の時間の奔流が逆再生のフィルムのように流れていた。

 

崩れ落ちたビルが立ち上がり、風化した瓦礫が元の街並みを取り戻し、静まり返っていた廃墟に、かつての悲鳴と爆音が蘇ってくる。

 

『――これより先は、完全に11年前の時間軸だ。通信はここで途絶する!』

 

遠ざかるノイズの向こうから、アキラの声が響く。

 

『僕たちは現在(いま)で君の帰還座標を固定し続ける! 絶対に、全員で帰ってくるんだ!』

 

『待ってるからね! あったかいコーヒー淹れて、待ってるから!!』

 

リンの叫びが、最後のノイズと共にプツリと途切れた。

静寂。

これまでバイザーの片隅で常に輝いていた緑色のナビゲートラインが消え、完全な孤立無援の領域へと放り出される。

だが、青年の胸に恐怖や焦燥はなかった。

 

(……ああ。必ず帰るさ)

 

黄金の光のトンネルを突き抜けたその瞬間。

青年の全身を叩いたのは、11年前のあの日――旧都を地獄へと変えた、むせ返るような焦げ臭い熱風と、肌を刺すような超高濃度エーテルの奔流だった。

時は、11年前。

後に『旧都陥落』と呼ばれる未曾有の大災害の中心地、グラウンド・ゼロ。

 

空は毒々しい紫黒色の雲に覆われ、空間の亀裂からは無数の異形――エーテリアスの大群が、まるで黒い洪水のように溢れ出していた。

 

崩落した大通りの真ん中で、雲嶽山(うんがくざん)の門下生たちと避難民を背後に庇いながら、二人の姉妹が絶望的な防衛戦を繰り広げていた。

 

第十二代宗主・儀降(イーシャン)と、その妹である若き日の儀玄(イーシェン)。

 

すでに周囲の防衛線は崩壊し、軍の救援も絶望的。四方八方から押し寄せる特A級を含むエーテリアスの群れを前に、彼女たちの体力も、気力も、限界を迎えようとしていた。

「はぁっ……はぁっ……! 姉様、右翼の結界がもう持たない……! 一度退いて、合流ルートを……!」

 

血と煤に汚れた顔で叫ぶ儀玄。

だが、その隣に立つ姉――儀降は、静かに目を閉じ、腰に携えた一振りの剣の柄へとその白く細い手を添えていた。

雲嶽山に代々伝わる、禁忌の業物『青溟剣(せいめいけん)』。

それに気づいた瞬間、儀玄の顔から血の気が引いた。

 

「姉様……!? ダメだ、その剣を使っては……!」

 

儀玄の脳裏に、かつての記憶がフラッシュバックする。

 

『――あれは、みんなを守るための剣では?』

 

『青溟剣の使い手は、最後には五感と記憶を奪われ、抜け殻になる。だが、皆を守るにはこの力が必要だ』

 

かつてそう語った姉に対し、若き儀玄は必死に食い下がったのだ。

 

『修行を積めば、別の術もあるはず! その剣を使ってはダメだ、師匠の二の舞になるぞ! もっといい使い方がきっと見つかるはずだ、それか私が努力すれば……!』

 

『……姉様。感覚を奪われるのが、怖くないのか?』

 

あの時、姉は優しく、そしてどこか寂しげに微笑んでこう答えた。

 

『怖い。……でも、儀玄がいる。賢い妹なら、青溟剣とみんなの未来をいずれ託せるから』

 

『――それまでは、私が儀玄を守る』

 

その言葉の通りに。

今、目の前の地獄の中で、姉は自らのすべてを捧げる覚悟を決めてしまっていた。

 

「やめて、姉様!! 抜くなァッ!!」

 

儀玄が悲痛な叫びを上げて駆け寄ろうとする。

だが、足元に迫った強襲型エーテリアスの爪がそれを阻み、爆風が儀玄の身体を後方へと吹き飛ばした。

チャリン――と、冷たく澄んだ金属音が戦場に響く。

儀降が、青溟剣を鞘から抜き放った音だった。

その瞬間、蒼白い鬼火のようなオーラが儀降の全身から噴き上がった。

 

青溟剣が使い手の生体エネルギー――すなわち『五感』と『記憶』を喰らい、それを莫大な破邪の力へと変換し始めたのだ。

儀降が一閃するごとに、数十体のエーテリアスが塵となって消滅する。

 

圧倒的な力。だが、剣を振るうたびに、儀降の瞳から光が失われていく。

 

(……音が、消えた)

 

儀降の世界から、怪物の咆哮も、瓦礫の崩れる音も、愛しい妹の叫び声も消え去った。聴覚が奪われたのだ。

 

続いて、火薬の匂いが消え、血の味が消え、視界の端から色が抜け落ちて白黒の闇へと塗り潰されていく。

 

(玄……お前と食べた、出来たての饅頭の温かさも……お前の笑顔も……もう、思い出せない……)

 

記憶が剥がれ落ちていく恐怖の中、それでも儀降の身体は、ただ一つ残された「妹と皆を守る」という魂の執念だけで、ホロウの拡大源である巨大な『特異点の核』へと向かって最後の跳躍を見せようとしていた。

 

瓦礫に倒れ込んだ儀玄が、霞む視界の中で絶望の涙を流す。

 

「ああ……姉様……!」

(結局……私の言葉を、聞いてくれなかった……!)

 

 

 

あの日の少年だったカブトが、 瓦礫の向こうから必死に手を伸ばしながらも、決して届くことのなかった、運命の断絶の瞬間。

儀降の身体が特異点の黒い渦へと呑み込まれ、その魂が完全に燃え尽きようとした、まさにそのコンマ一秒の間隙――。

 

 

――パァンッ!!

 

 

世界の因果律そのものが、ガラス細工のように砕け散る音がした。

 

「……え?」

 

涙に濡れた儀玄の瞳に映ったのは、毒々しい紫黒色の空を真っ二つに引き裂いて出現した、眩い黄金の光の奔流だった。

 

空間の裂け目から、背後にオーロラのような光の翼(タキオンプレート)を大きく広げた深紅の超戦士――仮面ライダーカブト・ハイパーフォームが、流星のごとき速度で降臨した。

 

『HYPER CLOCK UP』

 

すでに極限の加速状態にあるカブトにとって、周囲の風景は完全に静止していた。

 

吹き上がる炎も、宙を舞う瓦礫も、涙を流して手を伸ばす若き日の儀玄も、そして――今まさに青溟剣の反動で命の灯火が消えかけている儀降の姿も、すべてが止まった絵画のようにそこにある。

 

「……見つけたぞ。11年越しの、俺の忘れ物だ」

 

カブトは静止した空間を蹴り、儀降の真横へと降り立った。

近くで見る儀降の状態は、想像以上に深刻だった。青溟剣の呪詛と、特異点から噴き出す超高濃度エーテルの侵蝕が彼女の神経系をズタズタに引き裂き、魂の器そのものが崩壊する寸前だった。

普通に抱きかかえて連れ帰るだけでは、元の時間軸へ戻る前に彼女の命が尽きる。

 

「お前が繋ごうとした未来は、11年後の世界で確かに花開いている。……だから、お前がここで散る理由はもうどこにもない!」

 

カブトは左手で、儀降の細く冷たい肩を力強く抱き寄せた。

 

そして、右手で自らの左腰に装着された『ハイパーゼクター』の背中――スラップスイッチへと手をかける。

 

(アキラ、リン、Fairy……お前たちが合わせてくれたこの『共鳴波長』、最後の一滴まで使わせてもらうぞ!)

 

カブトは儀降に触れたまま、ハイパーゼクターのスイッチを、さらなる限界へと叩き込んだ。

 

『HYPER CLOCK UP』

 

――ハイパークロックアップの、多重起動(重ねがけ)。

 

本来なら変身者自身の肉体すら時間の彼方へ分解しかねない、禁忌のオーバーブースト。

 

カブトの全身の装甲から、黄金のタキオン粒子と共鳴エーテルが混ざり合った眩い光の奔流が溢れ出し、左手を伝って儀降の身体へと直接流し込まれていく。

 

「っ……!? あ……ぁ……!?」

 

静止していたはずの儀降の瞳が、大きく見開かれた。

カブトから流し込まれたタキオン粒子が、彼女の体内で暴走していた青溟剣の呪いとエーテルの侵蝕に干渉し、『呪いが進行する時間そのもの』を強制的に停止・逆行させたのだ。

 

暗闇に閉ざされていた儀降の視界に、黄金の光が差し込む。

奪われかけていた聴覚が戻り、自分の心臓の鼓動がドクン、と強く打つ音が聞こえた。

消えかけていた妹の笑顔の記憶が、温かい熱を伴って胸の奥に蘇ってくる。

 

「あな、たは……? 一体、何が……」

 

困惑し、震える声で呟く儀降。彼女の手から、青溟剣が力を失って鞘へと収まる。

 

「話は後だ。少しの間、俺の背中で休んでいろ」

 

カブトは儀降を安全な後方――静止している儀玄のすぐ傍らへと優しく 下ろすと、彼女の周囲にタキオンの保護フィールドを展開した。

そして、ゆっくりと振り返り、目の前に広がる「地獄の元凶」を見据えた。

 

そこには、旧都を呑み込もうと際限なく膨張を続ける『特異点の中心核』と、そこから幾万と湧き出し続けるエーテリアスの大群が、静止したまま牙を剥いていた。

 

儀降一人を救い出しただけでは、この崩壊の連鎖は止まらない。

ここでホロウの異常拡張そのものを力でねじ伏せ、11年前の被害を最小限に抑え込まなければ、未来への因果は完全に繋がらないのだ。

 

「……来い、パーフェクトゼクター」

 

カブトが右手を虚空へ伸ばすと、時空を超えて長大な剣型武装――パーフェクトゼクターが飛来し、その手の中に収まった。

カブトは迷うことなく、剣の柄を折り曲げて変形させ、長銃形態(ガンモード)へと切り替えた。

 

「俺の時間を削り続けた11年分の後悔……ここでまとめて、すべて撃ち抜く!」

 

カブトの指先が、グリップに備わった4つのボタン(フルスロットル)を、神速の連打で押し込んでいく。

 

 

 

『KABUTO POWER!』

 

 

『ZABEE POWER!』

 

 

 

『DRAKE POWER!』

 

 

 

『SASWORD POWER!』

 

 

 

時空の歪みから飛来したザビー、ドレイク、サソードの三つのゼクターが、パーフェクトゼクターの銃身へと次々に合体していく。

 

四つの自律兵器の全エネルギーと、周囲に満ちる膨大なエーテルを取り込んだタキオン粒子が、銃口の先端へと極限まで圧縮され、小さな太陽のような輝きを放ち始めた。

 

 

『ALL ZECTOR COMBINE』

 

 

「――消え去れ!!」

 

 

カブトがトリガーを引いた。

 

 

 

『MAXIMUM HYPER CYCLONE』

 

 

 

轟音すら置き去りにする、絶対的な光の奔流。

銃口から撃ち出されたのは、空間そのものを抉り取る超巨大な黄金の竜巻だった。

その光の暴風は、前方にひしめいていた数千体のエーテリアスの群れを一瞬で呑み込み、原子レベルへと分解して消し飛ばした。

 

通常であれば、『マキシマムハイパーサイクロン』は発射時の反動があまりにも凄まじく、一発撃つだけでもハイパークロックアップで衝撃を吸収しなければならないほどの負荷を伴う。

だが、今のカブトは止まらない。

 

押し寄せるホロウの膨張圧力が、一発の竜巻だけではまだ押し返しきれないと見るや、カブトは銃身を握り直すことすらなく、再びフルスロットルを連続で叩き込んだ。

 

『KABUTO, ZABEE, DRAKE, SASWORD――ALL ZECTOR COMBINE!』

 

「まだまだァッ!!」

 

『MAXIMUM HYPER CYCLONE!!』

 

二発目の光の竜巻が、一発目の軌跡に重なるように撃ち出される。

 

ハイパークロックアップの重ねがけによる極限の時間制御の中で行われる、必殺技の超高速連射。

 

全身のサインスーツが悲鳴を上げ、青年の肉体に鉛のようなG(重力)と熱量が跳ね返るが、彼は奥歯を噛み締めて一歩も引かない。

 

「これで、終わりにする……!!」

 

三度目のフルスロットル入力。

 

四度目のトリガー。

 

『MAXIMUM HYPER CYCLONE!!』

『MAXIMUM HYPER CYCLONE!!』

 

三発、四発、五発――!

 

静止した時間の中で、黄金の竜巻が幾重にも連なり、巨大な光のドリルとなって零号ホロウの『特異点の中心核』へと直撃した。

まだ時間の止まっている世界の中で、空間の亀裂がピシピシと音を立てて修復されていく。

無限に湧き出していたエーテリアスの生成源が光に焼き尽くされ、旧都を丸ごと呑み込もうとしていたホロウの異常膨張が、カブト一人の圧倒的な火力の前に、完全にその勢いを削がれていく。

 

そして、最後の一撃を撃ち終えたカブトが、静かに銃口を下ろし、腰のスイッチに触れた。

 

『HYPER CLOCK OVER』

 

――世界に、時間が戻った。

 

次の瞬間、旧都の戦場にいたすべての人間が目にしたのは、信じがたい奇跡の光景だった。

 

「な……え……!?」

 

涙を流していた若き儀玄の目の前で、空を覆っていた紫黒色の闇が、突如として出現した『黄金の暴風』によって一掃されたのだ。

 

幾万といたはずのエーテリアスの大群は、断末魔すら上げずに光の粒子となって消滅し、迫り来ていたホロウの壁は、まるで神の怒りに触れたかのように遥か後方へと押し戻されていた。

 

「……イー、玄……?」

 

「え……? あ、姉様……!?」

 

儀玄が振り返ると、そこには死の淵へ飛び込んだはずの姉――儀降が、傷一つない、そして確かな光を取り戻した瞳で、呆然と座り込んでいた。

 

青溟剣の呪いは消え失せ、彼女の五感も、記憶も、すべてがそこにあった。

 

「姉様ァッ!!」

 

儀玄が泣き叫びながら儀降へと抱きつく。

 

「生きてる……! 姉様、私の声が聞こえるのか!? 私の顔が、見えるのか!?」

 

「ええ……見えるわ、儀玄。あなたの声も、その温かい手も……全部、わかる……!」

 

姉妹が涙ながらに抱き合うその前方。

黄金の光の残り火が舞う瓦礫の上に、傷だらけの深紅の超戦士が、静かに背中を向けて立っていた。

 

11年前の少年だったあの日、どうしても届かなかった背中。

 

今、彼は自らの手でその因果をねじ伏せ、二つの命と、その先に続く未来を守り抜いたのだ。

 

だが、戦いを終えたカブトの身体が、ふらりと大きく傾いた。

ハイパークロックアップの重ねがけと、マキシマムハイパーサイクロンの連射。それは、人間の肉体と精神が耐えられる限界を遥かに超えていた。

 

さらには、過去を大きく改変したことによる『歴史の修正力(タイムパラドックス)』が、彼の存在そのものをこの時間軸から弾き出そうと、黒いノイズとなって全身に絡みつき始めていた。

 

「……あとは、11年後の現在(あいつら)のところへ、帰るだけだ」

 

薄れゆく意識の中、カブトは最後の力を振り絞って天を仰いだ。

その視界の奥に、時空の壁を越えて、微かな、しかしどこまでも温かい『緑色の光の糸』が一筋だけ垂れ下がってくるのが見えた。

 

アキラとリンが、現代から必死に伸ばしてくれた命綱(アンカー)だった。

 

「……本当に、頼りになるプロキシだ」

 

深紅の戦士は小さく微笑むと、その緑色の光へ向かって手を伸ばし、再び光の渦の中へと姿を消していった。

 

 

 




CLOCKUPの重ねがけはやりすぎだと思ったんですが
ここまで来たらご都合主義でも赦されるかなと思ってやりました。原作設定好きな方には申し訳ないです。
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