~ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの人生上映会~   作:上映会を愛するもの

2 / 3
番外編 上映会を見つめる者たち

### 第一話 死んだ皇帝と、仮面の英雄

 

「……スザク」

 

「何だい?」

 

「お前、いつまでその格好をしているつもりだ?」

 

 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、隣の椅子に座っている黒衣の男へ、心底呆れたような視線を向けた。

 

 相手が枢木スザクであることは疑っていない。少なくとも、彼が身につけている衣装は見覚えのあるものだった。黒を基調とした衣装に、特徴的な仮面。かつて自分がゼロとして活動していた頃の姿を忠実に再現したそれは、世界を恐怖に陥れた皇帝を討った英雄の象徴でもある。

 

 そして何より、あの衣装をスザクへ託したのはルルーシュ自身だった。

 

「何か問題でも?」

 

「問題というより、単純に暑苦しくないのかと思ってな。ここには俺とお前しかいないんだぞ」

 

「そうだね」

 

「……それだけか?」

 

「ほかに何を答えればいいんだい?」

 

 取りつく島もない返答に、ルルーシュは思わず額を押さえた。

 

「まったく。昔から融通の利かない奴だったが、ゼロになってから余計に面倒になったな」

 

「誰のせいだと思っているんだい?」

 

「…………」

 

 即答できなかった。

 

 ゼロとして生きることをスザクに選ばせたのは、ほかならぬ自分である。世界中の憎悪を一身に引き受け、悪逆皇帝として討たれる。そのために必要だったのが、英雄ゼロの存在だった。

 

 つまり、スザクが今も仮面を被っていることに文句を言うのは、筋違いというものだろう。

 

「……悪かった」

 

「珍しいね。君がそんなに素直に謝るなんて」

 

「お前の相手をしていると、余計なことまで思い知らされるのでな」

 

「それなら、少しは成長したんじゃないかな」

 

「……本当に口が減らない奴だ」

 

 ルルーシュは深々と椅子へ腰を下ろした。

 

 それにしても、奇妙な状況だった。

 

 まず、目の前にあるのは巨大なスクリーンである。部屋は小さな映画館を思わせる造りになっており、二人が座る椅子のほかには目立った家具もない。扉らしいものは見当たらず、壁にも天井にも、何か仕掛けがあるようには見えなかった。

 

 そして何より、ルルーシュ自身がここに存在しているという事実が異常だった。

 

 最後の記憶は、はっきりしている。

 

 神聖ブリタニア帝国第99代皇帝として、世界の憎悪を集めた日々。そして、パレードの最中に現れたゼロ。

 

 スザクが剣を突き立てた。

 

 身体を貫く衝撃と、白い衣装を染める血。遠ざかっていく意識の中で、ナナリーが自分の本心を理解してくれたことだけが、最後の救いだった。

 

 あの時、自分は確かに死んだはずである。

 

 にもかかわらず、次に意識を取り戻した時には、この場所にいた。

 

 しかも、隣には自分を殺した張本人が座っている。

 

「ところでスザク。一つ確認しておきたいんだが」

 

「今度は何?」

 

「お前、俺を刺した後のことは覚えているのか?」

 

「……どうして?」

 

「俺には記憶がない。当然だがな。だから、お前がどの時点からここへ連れてこられたのかが気になった」

 

 スザクは、しばらく答えなかった。

 

 仮面の向こうで何を考えているのか、ルルーシュには分からない。

 

「君の計画は成功したよ」

 

 やがて、スザクがそう答えた。

 

「少なくとも、君の死は世界に大きな変化をもたらした」

 

「……そうか」

 

「それで満足かい?」

 

「ああ。十分だ」

 

 ルルーシュは小さく笑った。

 

 自分の死が無意味ではなかった。そのことを確認できただけでも、この奇妙な再会には意味があったのかもしれない。

 

 しかし、スザクは笑わなかった。

 

「君はそうやって、いつも自分だけで結論を出すんだね」

 

「……何?」

 

「満足したなら、それで終わり。君は死んだから、あとのことは知らなくていい。そういうところは、最後まで変わらないんだ」

 

「……スザク」

 

「僕が何を引き受けたのか、君だって分かっているだろう?」

 

 ルルーシュは口を閉じた。

 

 枢木スザクは死んだ。

 

 少なくとも、表向きにはそういうことになっている。

 

 彼はもう、枢木スザクとして生きることはできない。名前を捨て、素顔を隠し、かつて自分が憎んでいた仮面の男として生き続ける。それがゼロレクイエムにおけるスザクの役割だった。

 

 ルルーシュは死ぬことで罪を背負い、スザクは生き続けることで罰を受ける。

 

 二人で決めたことだ。

 

 だが、決めたからといって、互いに納得できるとは限らない。

 

「……今さら謝ったところで、お前は喜ばないだろうな」

 

「よく分かっているじゃないか」

 

「まったく。死んでまで説教されるとは思わなかったぞ」

 

「僕だって、死んだはずの君ともう一度会うとは思っていなかったよ」

 

「……そうだな」

 

 ルルーシュは天井へ視線を向けた。

 

 スザクの声には、以前と変わらない響きがある。皮肉っぽい言い回しも、相手に逃げ道を与えないところも、よく知る幼馴染のものだった。

 

 それなのに、顔が見えないというだけで、妙な距離を感じる。

 

 もっとも、今さら素顔を見たいなどと口にしたところで、相手は応じないだろう。

 

「……ところで、俺たちはいつまでここにいるんだ?」

 

「分からないよ」

 

「出口もない。時計もない。外部との連絡手段もない。これでは監禁と変わらんぞ」

 

「君が今までしてきたことを考えれば、監禁されるくらいは仕方ないんじゃないかな」

 

「おい」

 

「冗談だよ」

 

「……お前が言うと、冗談に聞こえん」

 

「君にだけは言われたくないね」

 

 スザクはそう答えると、正面のスクリーンへ顔を向けた。

 

 その瞬間だった。

 

『ご来場の皆様にお知らせいたします』

 

 突然、部屋全体に女性の声が響き渡った。

 

 ルルーシュは反射的に立ち上がり、周囲を見渡した。スザクも僅かに身構える。

 

『これより上映を開始いたします。お二人には特別観覧席をご用意しておりますので、最後までごゆっくりお楽しみください』

 

「……上映?」

 

 ルルーシュが眉をひそめる。

 

『なお、本観覧席から上映内容へ直接干渉することはできません。あらかじめご了承ください』

 

「待て! 何者だ、貴様は!」

 

 ルルーシュの問いに返事はなかった。

 

 次の瞬間、巨大なスクリーンに映像が浮かび上がる。

 

 そこには、見覚えのある建物が映し出されていた。

 

 アッシュフォード学園。

 

 そして、生徒会室。

 

「……は?」

 

 ルルーシュは間の抜けた声を漏らした。

 

 画面の中では、ミレイ・アッシュフォードが山積みになった書類を前に頭を抱えている。

 

『うーん、やっぱり人数が足りないわねぇ』

 

『会長、そりゃそうですよ。そもそも、こんな量の書類を一日で片付けようとするのが間違ってるんですって』

 

 隣にはリヴァルがいた。

 

 見慣れた光景だった。

 

 あまりにも見慣れた光景だった。

 

 ルルーシュは数秒ほど呆然とした後、ゆっくりと椅子へ座り直した。

 

「……なんだ、これは」

 

「君の学校だね」

 

「見れば分かる!」

 

「懐かしいじゃないか」

 

「いや、そういう問題ではなくてだな……」

 

 ルルーシュは画面を指差した。

 

「どうして俺の知っている人間が、こんなところに映っているんだ?」

 

「僕に聞かれても困るよ」

 

「……それもそうか」

 

 スクリーンでは、ミレイとリヴァルがルルーシュの話を始めていた。

 

 ルルーシュがゼロだったこと。

 

 皇族だったこと。

 

 そして、何も言わずにいなくなってしまったこと。

 

 リヴァルが少し寂しそうに話し、ミレイが冗談めかして答えている。

 

『私たちに何も言わないまま、勝手に全部背負い込んで、勝手にいなくなっちゃったんだもの。文句の一つや二つ、言ったって罰は当たらないでしょう?』

 

「……会長」

 

 ルルーシュは、思わず呟いた。

 

 ずっと隠していた。

 

 自分が皇子であることも、ゼロであることも。

 

 何も知らないまま、ただ普通の学生として接してくれた人々。

 

 あの学園だけは、ルルーシュにとって特別な場所だった。

 

 だからこそ、巻き込みたくなかった。

 

 それなのに、結局は多くのものを失わせてしまった。

 

「……君は本当に、あの人たちにも何も話さなかったんだね」

 

 スザクが言った。

 

「話せるわけがないだろう」

 

「そうだろうね。でも、だからといって傷つかなかったわけじゃない」

 

 ルルーシュは小さく息を吐いた。

 

 確かに、その通りだった。

 

 自分は秘密を守ることで、彼らを守ったつもりになっていた。

 

 しかし、秘密にされる側の気持ちなど、ほとんど考えていなかったのかもしれない。

 

 そんなことを考えていると、画面の中で時計が止まった。

 

 窓の外の人々が動かなくなり、生徒会室の床から白い光が溢れ出す。

 

 ミレイとリヴァルが驚く間もなく、二人の姿が消えた。

 

「……なるほど」

 

 ルルーシュが呟く。

 

「どうやら、あいつらも俺たちと似たような状況らしいな」

 

「そうみたいだね」

 

「だが、どうして会長が生徒会室にいる? 確か卒業して、テレビの仕事をしていたはずだが……」

 

「そういえば、そうだったね」

 

 スザクも画面へ目を向けた。

 

 ルルーシュは少し考えたものの、すぐに首を振った。

 

「まあいい。今は映像を見ていれば何か分かるだろう」

 

「珍しいね。君が調べるより先に様子を見るなんて」

 

「情報がないんだ。無理に推理しても仕方がない」

 

 そう言って、ルルーシュは椅子に座り直した。

 

 ミレイが卒業しているはずなのに、現役の生徒会長として振る舞っている。

 

 小さな疑問だった。

 

 だが、その疑問は、これから映し出される光景によって、さらに奇妙な意味を持つことになる。

 

         ◇ ◇ ◇

 

### 第二話 観客席にいる、懐かしい人々

 

「……シャーリー?」

 

 ルルーシュの口から、自然と名前が漏れた。

 

 スクリーンには巨大な映画館が映し出されている。その中で、見知らぬ場所へ連れてこられたミレイとリヴァルの前に、一人の少女が現れた。

 

 オレンジ色の髪。

 

 よく笑い、よく怒り、何かにつけて世話を焼いてくれた少女。

 

 シャーリー・フェネット。

 

 彼女は、確かに死んだはずだった。

 

「……シャーリーだね」

 

 スザクも小さく呟いた。

 

 ルルーシュは答えなかった。

 

 画面の中では、ミレイがシャーリーを強く抱き締めている。死んだはずの友人を前にして、涙をこぼしているのだ。

 

 しかし、シャーリー自身は自分が死んだことをはっきり理解していないらしい。不思議そうに首を傾げながらも、ミレイに抱き締められたことを喜んでいた。

 

「……生きているのか」

 

 ルルーシュが呟いた。

 

「分からないよ」

 

「だが、あそこにいる」

 

「そうだね」

 

 その返答に、ルルーシュは黙り込んだ。

 

 シャーリーの死。

 

 それは、今でも胸の奥に深く刻まれている。

 

 彼女は自分を信じてくれた。自分が何者であるかを知っても、なお手を伸ばしてくれた。

 

 それなのに、守れなかった。

 

 何より残酷だったのは、彼女を殺したロロを、その後も弟として利用し続けたことだった。

 

 もちろん、最後には違う感情も生まれた。

 

 ロロは自分を救うために命を落とした。

 

 だが、その事実をもって、シャーリーの死を帳消しにすることなどできない。

 

「……会えて嬉しい?」

 

 スザクが尋ねた。

 

 ルルーシュはしばらく黙っていた。

 

「……ああ」

 

 やがて、小さく頷いた。

 

「嬉しいさ。たとえ映像の中だけでも、あいつが笑っているところを見られるならな」

 

 スザクは何も言わなかった。

 

 それから間もなく、ロロが姿を現した。

 

 画面の中で、彼は真っ先にルルーシュの所在を尋ねている。

 

 兄はどこにいるのか。

 

 その問いを聞いた瞬間、ルルーシュは目を伏せた。

 

「……ロロまでいるのか」

 

「君の弟だった子だね」

 

「……ああ」

 

 ルルーシュは短く答えた。

 

 ロロ・ランペルージ。

 

 偽りの弟。

 

 シャルルによって失われた自分の記憶を補うため、兄弟という関係を与えられていた少年。

 

 最初は敵だった。

 

 シャーリーを殺したことを知った時には、心の底から憎んだ。

 

 それでも、ロロは最後まで自分を兄だと信じていた。

 

 あの少年が命を削って逃がしてくれなければ、自分はあの場で捕らえられていただろう。

 

「……あいつには、酷いことをした」

 

 ルルーシュが呟いた。

 

「……そう」

 

 スザクは、それ以上追及しなかった。

 

 代わりに、静かにスクリーンへ視線を向けた。

 

 そこには、新たな人々が現れ始めていた。

 

 カレン、ニーナ、黒の騎士団の面々。

 

 そして、コーネリアやギルフォード、ダールトン。

 

 さらに、クロヴィスまで現れたところで、ルルーシュは思わず笑ってしまった。

 

「……おいおい。随分と豪華な顔触れだな」

 

「何がおかしいんだい?」

 

「いや、クロヴィス兄上までいるとは思わなかったのでな。俺を殺そうとした軍人と、俺が殺した皇族が同じ場所にいる。これでは同窓会どころではないぞ」

 

「君は、本当に笑えないことを言うね」

 

「……すまん」

 

 もっとも、ルルーシュの笑みはすぐに消えた。

 

 コーネリアが何者かに向かって声を上げたからだ。

 

 その方向から現れたのは、桃色の髪をした少女だった。

 

「……っ!」

 

 スザクが立ち上がった。

 

 椅子が音を立てて後ろへずれる。

 

 ルルーシュも、思わず息を呑んだ。

 

 ユーフェミア・リ・ブリタニア。

 

 神聖ブリタニア帝国第三皇女。

 

 行政特区日本を設立しようとし、最悪の悲劇によって命を落とした少女。

 

 彼女が、コーネリアへ向かって駆け寄っていた。

 

『姉上!』

 

 懐かしい声だった。

 

 ルルーシュにとっても、スザクにとっても。

 

 コーネリアは妹を強く抱き締めていた。普段の威厳など忘れたように、何度も名前を呼んでいる。

 

 画面の中のユーフェミアは少し困ったように笑いながらも、姉の背中へ手を回していた。

 

「…………」

 

 スザクは、何も言わなかった。

 

 仮面がスクリーンへ向けられたまま、微動だにしない。

 

 ルルーシュは、その横顔を見つめた。

 

「……スザク」

 

「……何?」

 

「……ユフィだ」

 

「……見れば分かるよ」

 

 返答は短かった。

 

 スザクは、ゆっくりと椅子へ腰を下ろした。

 

 その手が、強く握り締められている。

 

 ルルーシュは何か言おうとしたが、結局言葉を飲み込んだ。

 

 何を言えばいいというのだろう。

 

 スザクにとって、ユーフェミアは誰よりも大切な存在だった。

 

 皇女と騎士。

 

 立場は違えど、互いに心を通わせていた。

 

 それを奪ったのは、自分だ。

 

 事故だったなどという説明で、済ませられるはずがない。

 

「……元気そうで、よかったね」

 

 しばらくして、スザクが呟いた。

 

 ルルーシュは、静かに頷いた。

 

「ああ」

 

 それ以上の会話はなかった。

 

 画面の中では、ニーナが泣きながらユーフェミアへ駆け寄っていた。

 

 ナナリーもまた、姉との再会を喜んでいる。

 

 そして、そんな彼女たちの背後には、日本人の犠牲者や遺族たちの姿があった。

 

 彼らはユーフェミアを憎んでいる。

 

 その目には、隠しようのない怒りと悲しみが宿っていた。

 

 ルルーシュは、その光景を見つめていた。

 

 シャーリーも、ロロも、ユーフェミアも。

 

 そして、クロヴィスや行政特区日本の犠牲者たちも。

 

 あの場所には、すでに命を落とした人間が大勢いる。

 

 その一方で、生き残ったはずの者たちもいる。

 

 ただ、彼らがどの時点から招かれたのかは、はっきりしない。

 

「……ルルーシュ」

 

 スザクが口を開いた。

 

「……なんだ」

 

「……あの場所は、普通じゃないね」

 

「今さらだな」

 

「君は何か分かったのかい?」

 

「……いや」

 

 ルルーシュは首を振った。

 

「ただ、俺たちが知っている時間の流れは、あそこではあまり意味を持たないらしい」

 

 それだけ言うと、口を閉じた。

 

 今は推測を重ねても仕方がない。

 

 それに、ルルーシュにはもっと気になることがあった。

 

 どうして、あの人々が集められたのか。

 

 そして、彼らに何を見せようとしているのか。

 

 その答えは、すぐに明らかになった。

 

『今回の上映対象者は、こちらの人物となります』

 

 スクリーンに、自分の顔が大きく映し出されたのである。

 

「…………」

 

 ルルーシュは絶句した。

 

 その隣で、スザクが少しだけ顔を向けた。

 

「……ルルーシュ」

 

「……なんだ」

 

「君の人生上映会らしいよ」

 

「……そうだな」

 

「しかも、あそこにいる全員で見るみたいだね」

 

「……そうらしい」

 

「……大変だね」

 

 その言い方が妙に他人事だったため、ルルーシュは思わずスザクを睨みつけた。

 

「お前、少し楽しんでいないか?」

 

「どうだろうね」

 

「……おい」

 

「君がこれまで何を考えてきたのか、僕も知らないことが多いから」

 

 スザクは静かに答えた。

 

「興味はあるよ」

 

「……ろくでもない趣味だな」

 

「君に言われたくないね」

 

 ルルーシュは天井を仰いだ。

 

 どうやら、自分の死後にまでプライバシーというものは認められないらしい。

 

 もっとも、今さら隠し立てできることなど、ほとんど残っていない。

 

 自分はすでに、世界から憎まれる悪逆皇帝として死んだのだから。

 

「……好きにすればいいさ」

 

 ルルーシュは、そう呟いた。

 

 そして、スクリーンへ視線を戻した。

 

 画面の中では、幼い頃の自分とナナリーが映し出されていた。

 

 その隣には、まだ何も失っていないユーフェミアが笑っている。

 

 ルルーシュは、知らず知らずのうちに拳を握り締めていた。

 

 これから何が起きるのか。

 

 自分は、すべて知っている。

 

 そして、その結末を変えることができないことも。

 

         ◇ ◇ ◇

 

### 第三話 彼が失ったもの、奪ったもの

 

 最初に映し出されたのは、ブリタニア皇宮の庭園だった。

 

 まだ幼いルルーシュが本を読み、その隣でナナリーが楽しそうに笑っている。ユーフェミアが遊びに誘っても、ルルーシュは生意気な返事をするばかりだったが、結局最後には本を閉じて付き合っていた。

 

 そんな自分の姿を見せられて、ルルーシュは居心地が悪そうに身じろぎした。

 

「……幼少期からとは、随分と念入りだな」

 

「君は昔からあんな感じだったんだね」

 

「何がだ?」

 

「素直じゃないところ」

 

「……お前も人のことは言えないだろう」

 

「僕は少なくとも、遊びたいなら遊びたいって言っていたよ」

 

「その結果、俺の都合も考えずに連れ回したんだろうが」

 

 幼い頃のスザクは、とにかく元気な少年だった。

 

 皇族として育ったルルーシュとは育った環境も考え方も異なり、最初は何かと衝突していた。それでも、二人は次第に友情を深めていった。

 

 懐かしい記憶だった。

 

 だが、スクリーンに映し出された穏やかな時間は長く続かなかった。

 

 母マリアンヌの暗殺。

 

 ナナリーの負傷。

 

 そして、シャルル皇帝との決別。

 

 ルルーシュは、もう何度思い出したか分からないあの日の光景を、黙って見つめていた。

 

「……あの頃の君は、本当に父親を憎んでいたんだね」

 

「今でも好きにはなれんさ」

 

「そうだろうね」

 

 スザクは、幼いルルーシュがシャルルへ食って掛かる場面を見つめていた。

 

 皇帝は幼い息子を相手にしているとは思えないほど冷淡だった。母の死について説明を求めても、返ってきたのは突き放すような言葉ばかりだった。

 

 やがてルルーシュとナナリーは日本へ送られ、そこでスザクと出会う。

 

 画面の中の少年たちが喧嘩を始めたところで、ルルーシュは小さく笑った。

 

「……酷いものだな。今見ると、本当に子供の喧嘩だ」

 

「君が先に喧嘩を売ったんじゃなかったかな」

 

「お前が俺を気に入らなかったんだろう」

 

「まあね。偉そうな外国人が突然やってきたんだから」

 

「……よく友達になれたものだ」

 

「それは僕も思うよ」

 

 スザクがそう答えた直後、映像はブリタニアによる日本侵攻へと切り替わった。

 

 炎に包まれる街。

 

 逃げ惑う人々。

 

 そして、廃墟の中で交わされた幼い二人の約束。

 

 世界を変えようとした少年たちの原点だった。

 

 それを見つめながら、ルルーシュは静かに息を吐いた。

 

 あの日、二人はまだ子供だった。自分たちがこれからどれほど多くの人間の運命を左右することになるのか、想像すらしていなかった。

 

 その後、映像はアッシュフォード学園へと移る。

 

 生徒会室で笑うルルーシュ。ナナリーの世話を焼くルルーシュ。リヴァルとくだらない賭け事をしているルルーシュ。

 

 そして、その裏で着々と復讐の準備を進めていく少年。

 

「……器用なものだね」

 

 スザクが言った。

 

「何が?」

 

「これだけいろんなことを考えていて、よく普通の学生生活を送れたものだよ」

 

「褒めているのか?」

 

「感心しているだけさ。僕には無理だったと思う」

 

 ルルーシュは、それには答えなかった。

 

 スクリーンに映る生徒会室は、本当に平和だった。

 

 ミレイが無茶な企画を思いつき、リヴァルが悲鳴を上げ、シャーリーが笑いながら自分を呼んでいる。

 

 あの頃、ルルーシュは確かに二つの人生を生きていた。

 

 復讐のために世界を変えようとするゼロと、妹のために普通の生活を守ろうとする学生。

 

 その二つを両立できると思っていた。

 

 少なくとも、どちらか一方を選ばなければならなくなる日が来るとは、考えたくなかった。

 

「……あそこは、いい場所だった」

 

 ルルーシュが呟いた。

 

「……そうだね」

 

 スザクも頷いた。

 

 しばらくして、スクリーンの中ではC.C.との契約が始まった。

 

 赤く輝く瞳。

 

 絶対遵守のギアス。

 

 そして、ルルーシュが最初にその力を行使した場面。

 

「……ここからか」

 

 ルルーシュが呟く。

 

「君がゼロになったきっかけだね」

 

「正確には、ゼロになるための手段を手に入れた瞬間だな」

 

「大して変わらないよ」

 

 スザクはそう言うと、スクリーンへ顔を向けた。

 

 画面の中では、ルルーシュがクロヴィスを追い詰めていた。

 

 ギアスによって情報を聞き出し、最後には自ら銃を向ける。

 

 そして、引き金を引いた。

 

 乾いた銃声が響く。

 

 映画館の観客席では、クロヴィスが立ち上がり、自分を殺した弟へ怒りをぶつけていた。

 

 ルルーシュは、その姿を黙って見つめた。

 

「……兄上には、恨まれて当然だな」

 

「そうだろうね」

 

「お前は何も言わないのか?」

 

「何を?」

 

「俺が兄を殺したことについてだ」

 

 スザクは、少しだけ考えた。

 

「……君は、僕が責めれば納得するのかい?」

 

「……いや」

 

「それなら、何を言っても同じだろう?」

 

 ルルーシュは口を閉じた。

 

 言われてみれば、その通りだった。

 

 クロヴィスが日本人を虐殺したことと、自分がクロヴィスを殺したことは、別々に存在する事実である。どちらにも理由があった。だが、理由があれば何をしても許されるわけではない。

 

 そして、その事実を最もよく理解しているのは、今の自分たちなのだろう。

 

「……兄上は、昔から絵が好きだった」

 

 ルルーシュが小さく呟いた。

 

「そうなのかい?」

 

「ああ。母上の肖像画も描いていた。政治に関しては褒められた人物ではなかったが、あの頃は普通の兄だったんだ」

 

「……そう」

 

 スザクは、それ以上何も言わなかった。

 

 映画館では、クロヴィスが自分の死を嘆いていた。

 

 ユーフェミアが悲しそうに兄の名前を呼び、コーネリアが厳しい表情でスクリーンを見つめている。

 

 ルルーシュは、その光景から目を逸らさなかった。

 

 もう謝る相手も、言い訳をする相手も、この部屋にはいない。

 

 ただ、かつて自分がしたことを見届けるしかなかった。

 

         ◇ ◇ ◇

 

 やがて、ナリタ攻防戦の映像が始まった。

 

 ゼロの作戦によって発生した大規模な土砂崩れ。

 

 ブリタニア軍を壊滅させるために仕掛けた一手は、確かに戦術的な成果を上げた。

 

 だが、その代償は大きかった。

 

 多くの兵士が巻き込まれ、市街地にも被害が及んだ。

 

 そして、その中にはシャーリーの父親もいた。

 

「……ここだったんだね」

 

 スザクが呟いた。

 

「ああ」

 

 ルルーシュは頷いた。

 

 画面の中では、父の死を知ったシャーリーが泣いていた。

 

 その姿を見たルルーシュは、何かを言いかけたが、結局口を閉じた。

 

 スザクも黙っていた。

 

 やがて、上映会場のシャーリーが、悲しそうにルルーシュの名前を呼んだ。

 

 彼女は、父親を失った原因が自分の好きな少年にあったことを、あらためて突き付けられていた。

 

 それでも、嫌いになれなかった。

 

 その気持ちを口にした少女を見て、ルルーシュは目を伏せた。

 

「……俺は、あいつの優しさに甘えていたんだろうな」

 

 スザクは答えなかった。

 

 ただ、しばらくしてから静かに言った。

 

「……シャーリーは、本当に君が好きだったんだね」

 

「ああ」

 

「……それだけは、僕にも分かるよ」

 

 ルルーシュは何も言わなかった。

 

 彼女が自分を好きになってくれたことは、今でも大切な記憶だった。

 

 しかし、その気持ちに応えられなかっただけでなく、彼女の人生まで狂わせてしまった。

 

 何より、シャーリーが最後に自分へ向けてくれた言葉を思い出すたびに、胸が苦しくなる。

 

 彼女は、何度でも自分を好きになると言ってくれた。

 

 その言葉が、どれほど救いになったか分からない。

 

 だからこそ、自分が彼女へ返せたものの少なさが、今でも悔しかった。

 

「……ところでルルーシュ」

 

「なんだ?」

 

「君、ひょっとして女の子に好かれていた自覚はあったのかい?」

 

「……は?」

 

 突然話題が変わったため、ルルーシュは思わず顔を上げた。

 

「シャーリーは明らかに君のことが好きだっただろう? 君は気付いていたのかと思って」

 

「……ある程度はな」

 

「ある程度?」

 

「妙な聞き方をするな。まさか、俺に恋愛相談でもしたいのか?」

 

「君に相談しても、ろくな答えは返ってこないだろうね」

 

「……失礼な奴だ」

 

「だって、君は自分の恋愛より世界征服を優先していたじゃないか」

 

「世界征服ではない! ……いや、最終的には確かにそうなったが」

 

 ルルーシュが言い淀むと、スザクは小さく肩を揺らした。

 

 笑ったのだろうか。

 

 仮面のせいで分からなかったが、少なくとも今のやり取りは、昔の二人を少しだけ思い出させるものだった。

 

 そして、ルルーシュはそのことに、わずかな安堵を覚えていた。

 

 自分たちが最後に協力したからといって、過去が消えたわけではない。

 

 それでも、こうして言葉を交わすことくらいは許されてもいいのではないか。

 

 そんなことを考えてしまった。

 

 しかし、その穏やかな時間は、すぐに終わりを迎えることになった。

 

 スクリーンに、新しい文字が表示されたからだ。

 

 行政特区日本。

 

 その文字を見た瞬間、ルルーシュの表情から笑みが消えた。

 

 隣のスザクも、何も言わなくなった。

 

 画面の中では、ユーフェミアが嬉しそうに笑っている。

 

 その姿を見たルルーシュは、ゆっくりと息を吐いた。

 

「……ここまで来たか」

 

 スザクは、何も答えなかった。

 

 ただ、スクリーンへ向けられた仮面が、僅かに下を向いた。

 

 そして、二人は再び過去と向き合うことになる。

 

         ◇ ◇ ◇

 

### 第四話 たった一つの冗談

 

 行政特区日本の構想が発表された時、ルルーシュは笑っていた。

 

 もちろん、心からの笑顔ではない。

 

 むしろ、その表情の裏では必死に対策を考えていた。

 

 ゼロが掲げた日本解放という大義。それを、ブリタニアの皇女が平和的な方法で実現しようとしている。行政特区日本が成功すれば、黒の騎士団は存在意義を問われることになるだろう。

 

 だからこそ、ルルーシュはユーフェミアの構想を破綻させようとしていた。

 

「……ここまで考えていたのか」

 

 スザクが呟いた。

 

 スクリーンには、当時のルルーシュの計画が映し出されている。

 

 ギアスを使い、ユーフェミアに自分を撃たせる。それによってゼロを被害者として見せ、行政特区日本の信用を失わせる。

 

 確かに、あの時のルルーシュならば考えそうな作戦だった。

 

 そして、その計画が成功していれば、ユーフェミアは政治的な立場を失っていただろう。

 

「……君は、最初からユフィを利用するつもりだったんだね」

 

「ああ」

 

 ルルーシュは、短く答えた。

 

 スザクがこちらを向く。

 

「……理由は聞かない方がいいかな?」

 

「聞きたいのなら答える。俺にとって、行政特区日本は邪魔だった。それだけだ」

 

 ルルーシュは、あえて言葉を飾らなかった。

 

 ナナリーのためだった。

 

 ブリタニアを倒すためだった。

 

 世界を変えるためだった。

 

 そんな理由を並べれば、少しは聞こえがよくなるかもしれない。

 

 しかし、ユーフェミアを利用しようとしていたことには変わりがない。

 

「……そう」

 

 スザクは静かに答えた。

 

「君は昔から、自分の目的のためなら随分と思い切ったことをする人間だったよね」

 

「……そうだな」

 

「僕は、それが嫌いだった」

 

 ルルーシュは何も言わなかった。

 

 スザクが自分のやり方を嫌っていたことなど、今さら説明されるまでもない。

 

 二人はかつて、何度も衝突した。

 

 目的のためには手段を選ばないルルーシュと、間違った方法で手に入れた結果には意味がないと考えるスザク。

 

 もちろん、実際にはそれほど単純な関係ではなかった。

 

 スザク自身も、理想と現実の間で何度も矛盾した行動を取ってきた。

 

 だからといって、その矛盾を指摘すれば自分の罪が軽くなるわけではない。

 

 ルルーシュは、ただ画面を見つめていた。

 

 その先で、ユーフェミアがゼロと対面している。

 

 そして、二人の会話が始まった。

 

         ◇ ◇ ◇

 

 ルルーシュは、あの日のことを今でも鮮明に覚えていた。

 

 ユーフェミアは、まっすぐに自分を見つめていた。

 

 少し困ったように笑いながらも、行政特区日本への協力を求めていた。

 

 彼女が持ちかけた提案は、ゼロにとってあまりにも都合が悪いものだった。

 

 受け入れれば、革命の勢いは失われる。

 

 拒否すれば、日本人のために戦うという大義が揺らぐ。

 

 自分が追い詰められていることを、ルルーシュは理解していた。

 

 だからこそ、用意していた手段を使うつもりだった。

 

 しかし、その計画は一つの事実によって覆される。

 

 ユーフェミアが、皇位継承権を放棄していたのだ。

 

「……え?」

 

 スザクが、思わず声を漏らした。

 

 彼女が特区のために大きな決断をしたことは知っていた。

 

 しかし、その事実をルルーシュが知った時、何を考えていたのかまでは知らなかった。

 

 スクリーンには、ルルーシュの胸中が映し出されている。

 

 ナナリーのために。

 

 ルルーシュのために。

 

 日本人とブリタニア人が争わずに暮らせる世界のために。

 

 ユーフェミアは、自分が皇族として持っていたものを手放した。

 

 その事実は、ルルーシュの予想を大きく上回るものだった。

 

「……こんなことを、考えていたんだね」

 

 スザクが呟いた。

 

「……ああ」

 

 ルルーシュは頷いた。

 

「俺は、あいつを甘く見ていた。優しいだけの皇女だと思っていたんだ」

 

 ユーフェミアは確かに優しかった。

 

 しかし、ただ優しいだけの少女ではなかった。

 

 彼女には、自分の大切なものを捨ててでも他人を救おうとする強さがあった。

 

 そのことを、ルルーシュは理解していなかった。

 

 いや、理解しようとしていなかったのかもしれない。

 

 そんなユーフェミアの姿を認めてしまえば、自分が積み上げてきたものを疑わなければならなくなるからだ。

 

「……俺は、あの瞬間に負けたと思った」

 

 ルルーシュが呟いた。

 

「……何に?」

 

「ユフィにだ」

 

 その答えに、スザクは黙った。

 

「俺は、世界を変えるために戦っていた。多くの人間を利用し、数え切れないほどの命を犠牲にしてきた。だが、あいつは違った。少なくとも、あの時のユフィは、誰かを殺すことなく世界を変えようとしていた」

 

 ルルーシュは、スクリーンの中で笑っている少女を見つめた。

 

「……俺には、あいつのやり方を否定できなかった」

 

 画面の中で、ゼロがユーフェミアへ協力を約束した。

 

 彼女の表情が、ぱっと明るくなる。

 

 嬉しそうに笑い、まるで幼い頃へ戻ったかのようにルルーシュへ話し掛けている。

 

「……君は、本当に受け入れたんだね」

 

 スザクが言った。

 

「……ああ」

 

「……ユフィの計画を、壊すつもりはなくなっていた」

 

「そうだ」

 

 スザクは、それきり黙ってしまった。

 

 ルルーシュは隣へ顔を向けたが、仮面の奥の表情は分からなかった。

 

 彼は何を考えているのだろう。

 

 自分がユーフェミアの提案を受け入れたことを喜んでいるのか。

 

 それとも、これから起きる悲劇を思い出しているのか。

 

 ルルーシュには分からなかった。

 

 ただ、スザクが普段より静かになっていることだけは確かだった。

 

「……スザク」

 

「……何?」

 

「……俺は、あのまま終わらせるつもりだった」

 

 その言葉に、スザクが顔を向けた。

 

「……行政特区日本に協力して、黒の騎士団をどうするか考え直す。少なくとも、ユフィを利用する計画は捨てた」

 

 ルルーシュは、少しだけ苦笑した。

 

「……俺自身、驚いていたよ。自分があれほど簡単に、長年の計画を取り下げるとは思っていなかった」

 

「……そうなんだ」

 

 スザクの返事は短かった。

 

 しかし、その声には僅かな震えがあった。

 

 ルルーシュがユーフェミアの願いを受け入れた。

 

 それがどれほど大きな意味を持っていたのか、スザクには分かっていた。

 

 もし、あの約束が守られていたならば。

 

 その先に、どんな未来があったのだろう。

 

 考えたところで答えは出ない。

 

 だが、考えずにはいられなかった。

 

 そして、スクリーンの中では、二人が楽しそうに会話を続けている。

 

 ルルーシュが少し得意げな顔で、ギアスについて説明を始めた。

 

「…………」

 

 ルルーシュの表情が強張った。

 

 スザクも、ゆっくりとスクリーンへ顔を向ける。

 

 その先で何が起きるのか、二人とも知っていた。

 

 だからこそ、何も言わなかった。

 

 何も言えなかった。

 

         ◇ ◇ ◇

 

『ここから先の出来事について、上映に先立ち説明を行います』

 

 突然、スクリーンの映像が停止した。

 

 ルルーシュは、僅かに目を見開いた。

 

 画面の中では、かつての自分とユーフェミアが笑顔のまま静止している。

 

 そして、ギアスについての説明が始まった。

 

 能力の成長。

 

 使用者の精神状態。

 

 そして、制御不能という現象。

 

 やがて、画面にはマオの姿が映し出された。

 

 かつて他人の心を読むギアスを持ち、その力を制御できなくなった男だった。

 

 彼は、他人の思考が絶え間なく聞こえてしまうという苦痛に苛まれていた。

 

 ルルーシュは、その存在を知っていた。

 

 C.C.から話も聞いていた。

 

 それなのに、自分だけは大丈夫だと思っていた。

 

「……ルルーシュ」

 

 スザクが口を開いた。

 

「……なんだ」

 

「……君は、ギアスが制御できなくなる可能性を知っていたんだね」

 

「……ああ」

 

 ルルーシュは頷いた。

 

 言い訳はしなかった。

 

 自分が何を見落としていたのか、今では嫌というほど理解している。

 

 ギアスを使い続ければ、いつか制御できなくなるかもしれない。

 

 その危険性を知りながら、便利な力として使い続けていた。

 

 自分の知略と意志があれば、どんな力でも扱える。

 

 そんな傲慢さが、心のどこかにあったのだろう。

 

 スクリーンに、説明が表示された。

 

 ルルーシュのギアスは、まさにこの瞬間、本人の意志では止められない段階へ到達していたのだと。

 

「……そうか」

 

 スザクが呟いた。

 

 その声は、ひどく静かだった。

 

 ルルーシュは何も言わなかった。

 

 説明を受けたスザクが、何を考えているのかは分からない。

 

 しかし、少なくとも自分に向けられる感情が好意的なものでないことだけは理解できた。

 

 そして、スクリーンが再び動き始めた。

 

『それでは、映像を再開します』

 

 ルルーシュは、ゆっくりと立ち上がった。

 

「……おい」

 

 自分でも、何に向かって声を掛けているのか分からなかった。

 

 映像は過去の記録だ。

 

 そのことは理解している。

 

 だが、身体が勝手に動いていた。

 

「……やめろ」

 

 スクリーンの中では、かつての自分が笑っている。

 

 ユーフェミアも笑っている。

 

 そして、自分が口を開こうとしていた。

 

「……やめろ、ルルーシュ」

 

 ルルーシュは、まるで他人へ話し掛けるように自分の名前を呼んだ。

 

 無意味だということは分かっている。

 

 今さら過去を変えられるはずがない。

 

 それでも、口を閉じていられなかった。

 

 あの時の自分は、何も知らない。

 

 自分がどれほど取り返しのつかない過ちを犯そうとしているのか、まったく理解していない。

 

 ただ、ユーフェミアへギアスの恐ろしさを説明しようとしているだけだった。

 

 よりにもよって、最悪の例を使って。

 

「……言うな」

 

 ルルーシュの声が震えた。

 

 隣では、スザクが黙って座っている。

 

 ルルーシュは彼を見なかった。

 

 ただ、スクリーンの中のユーフェミアを見つめていた。

 

 彼女は笑っている。

 

 その笑顔を、これから自分が奪う。

 

「……ユフィ、目を閉じろ……!」

 

 ルルーシュが呟く。

 

 もちろん、届かない。

 

 彼女は何も知らないまま、かつての自分を見つめ続けている。

 

 そして、ギアスを発動させてはならない一言が、発せられようとしていた。

 

「やめろッ!!」

 

 ルルーシュは叫んだ。

 

 思わずスクリーンへ駆け寄る。

 

 だが、映像は止まらない。

 

 ルルーシュの左目に、赤い紋様が浮かび上がった。

 

 それに気付かないまま、ユーフェミアが顔を上げる。

 

「ユフィ! 見るなッ!!」

 

 そして。

 

 かつてのルルーシュが、日本人を殺せという言葉を口にした。

 

 それは、ギアスの恐ろしさを説明するための、あり得ないほど極端な例だった。

 

 彼自身、そんな命令を本気で下すつもりなどなかった。

 

 しかし、その言葉が発せられた瞬間、赤い光がユーフェミアの瞳へ入り込んだ。

 

 ギアスが発動した。

 

 ルルーシュは、ただ立ち尽くした。

 

 目の前で、かつての自分が青ざめている。

 

 そして、ユーフェミアが困惑した表情を浮かべている。

 

 彼女は抵抗しようとしていた。

 

 日本人を殺したくない。

 

 そんなことをするために行政特区日本を作ったわけではない。

 

 その意志は、確かに存在している。

 

 しかし、ギアスはそれを許さなかった。

 

「……あ……」

 

 ルルーシュの口から、声にならない息が漏れた。

 

 何度思い出しても同じだった。

 

 夢の中で何度やり直しても、結末は変わらなかった。

 

 たった一言。

 

 自分が、あの一言さえ口にしなければ。

 

 ユーフェミアは死なずに済んだ。

 

 行政特区日本は、少なくともあの瞬間には破綻しなかった。

 

 大勢の日本人が殺されることもなかった。

 

 スザクが、あれほど自分を憎むこともなかった。

 

 その事実が、胸の奥を強く締め付けた。

 

「……すまない……」

 

 ルルーシュが呟いた。

 

「……ユフィ……」

 

 その瞬間だった。

 

 横から、何かが凄まじい勢いで迫ってきた。

 

「――っ!?」

 

 衝撃を感じた時には、すでに身体が宙を舞っていた。

 

 頬へ突き刺さるような痛み。

 

 大きく揺れる視界。

 

 そして、背中を打ちつける衝撃。

 

 ルルーシュは椅子を巻き込みながら床へ転がり、数メートル先でようやく止まった。

 

「……がっ……!」

 

 肺から空気が押し出される。

 

 何が起きたのか理解するまで、数秒を要した。

 

 顔を上げると、そこにはスザクが立っていた。

 

 黒い仮面。

 

 握り締められた拳。

 

 そして、無言のままこちらを見下ろしている姿。

 

「……スザク……?」

 

 ルルーシュが呟いた。

 

 スザクは、ゆっくりと拳を下ろした。

 

「……今のは、ユフィの分だよ」

 

 その声は、驚くほど冷静だった。

 

 怒鳴るわけではない。

 

 激昂するわけでもない。

 

 ただ、事実を告げるような口調だった。

 

 ルルーシュは、殴られた頬を押さえた。

 

 唇の端から血が滲んでいる。

 

 だが、それ以上に、スザクの声が冷たく聞こえた。

 

「……君は、あの時笑っていたんだね」

 

 スザクが言った。

 

 ルルーシュは答えなかった。

 

「……ユフィがどれほど喜んでいたのか、君は分かっていたんだろう?」

 

「……ああ」

 

「……彼女が、君を信じていたことも?」

 

「……知っていた」

 

 スザクは、静かに首を傾けた。

 

「……それなのに、どうしてあんなことを言ったんだい?」

 

 ルルーシュは答えられなかった。

 

 ギアスが暴走した。

 

 自分の意志ではなかった。

 

 虐殺を望んでいなかった。

 

 それらは、すべて事実だった。

 

 しかし、だからどうしたというのだろう。

 

 ギアスの危険性を理解していながら、軽率な冗談を口にしたのは自分自身だった。

 

「……俺は……」

 

 ルルーシュは、ゆっくりと身体を起こした。

 

「……あの時、本当に……」

 

「……冗談だったんだろう?」

 

 スザクが言葉を引き取った。

 

 ルルーシュは顔を上げた。

 

 スザクは、まっすぐこちらを見下ろしていた。

 

「……分かっているよ。君が最初からユフィを殺すつもりではなかったことは」

 

「……スザク」

 

「……でも、それで何が変わるんだい?」

 

 その問いに、ルルーシュは何も答えられなかった。

 

「……ユフィは死んだ。大勢の日本人が殺された。彼女は虐殺皇女と呼ばれるようになった」

 

 スザクの声は、淡々としていた。

 

「……君が冗談のつもりだったからって、その事実が変わるわけじゃない」

 

「……ああ」

 

「……僕は、君がユフィを撃ったことも知っている」

 

 ルルーシュの肩が震えた。

 

「……ギアスを止められなかったから、殺すしかないと判断したんだろう? その後、彼女の死を革命に利用したことも」

 

 スザクは、ゆっくりと続けた。

 

「……それも、冗談だったのかい?」

 

「……違う」

 

 ルルーシュは、はっきりと答えた。

 

「……それは、俺が決めたことだ」

 

 スザクは、しばらく黙っていた。

 

 そして、静かに頷いた。

 

「……そうだね」

 

 短い返事だった。

 

 ルルーシュは、ゆっくりと立ち上がった。

 

 足元が僅かにふらついたが、何とか姿勢を保つ。

 

 殴られた頬は痛む。

 

 しかし、スザクを責めるつもりはなかった。

 

 自分が殴られた理由は、よく分かっている。

 

「……殴り足りないなら、もう一発くらいは付き合うぞ」

 

 ルルーシュは、無理に笑おうとした。

 

 だが、スザクは首を振った。

 

「……それで君の罪が軽くなるなら、何度でも殴るさ」

 

 ルルーシュは笑みを消した。

 

「……でも、そんなことはできないだろう?」

 

 スザクは、拳を開いた。

 

「……僕は、君を許さないよ」

 

「……ああ」

 

「……ゼロレクイエムを成し遂げたからって、過去が消えるわけじゃない」

 

「……分かっている」

 

「……君が最後に死んだからって、ユフィが帰ってくるわけでもない」

 

 ルルーシュは、静かに頷いた。

 

 スザクは、そこでようやく椅子へ戻った。

 

 ルルーシュも、少し遅れて自分の席へ腰を下ろした。

 

 二人の間には、重い沈黙が流れていた。

 

 スクリーンでは、ユーフェミアが必死にギアスへ抵抗している。

 

 そして、映画館に集められた人々が、その真実を知って涙を流していた。

 

 ルルーシュは、何も言わなかった。

 

 スザクも、何も言わなかった。

 

 互いに何を考えているのか、聞く必要はなかった。

 

 あの悲劇が事故から始まったことと、ルルーシュがその後に自ら選択を重ねたこと。

 

 その二つは、別々の事実として存在している。

 

 スザクは、そのどちらも忘れていなかった。

 

 そして、ルルーシュも。

 

 ただ、ゼロレクイエムを成し遂げた二人であるという事実だけでは、それらを帳消しにすることはできなかった。

 

         ◇ ◇ ◇

 

### 第五話 許されなかった少女

 

 行政特区日本の虐殺が始まった。

 

 ルルーシュは、スクリーンから目を逸らさなかった。

 

 銃を向けられた日本人たちが、何が起きているのか分からないまま逃げ惑っている。兵士たちは皇女の命令に従って発砲し、会場にいた人々が次々と倒れていった。

 

 その中には、子供もいた。

 

 家族を連れて新しい生活を始めようとしていた者もいた。

 

 彼らは、ブリタニアを信じていたわけではない。それでも、ユーフェミアの言葉だけは信じてみようと思ったのだ。

 

 その希望が、目の前で踏みにじられていく。

 

「……酷い光景だね」

 

 スザクが呟いた。

 

「……ああ」

 

 ルルーシュは答えた。

 

 その声は、ひどく低かった。

 

 画面の中では、ユーフェミアが日本人の殺害を命じ続けている。

 

 彼女自身も、それを望んでいない。

 

 それでも、命令は止まらない。

 

 そして、その姿を見つめる映画館のユーフェミアは、泣いていた。

 

 自分が日本人を殺した。

 

 自分の声で、兵士たちに命令した。

 

 その事実を、彼女は今初めて突き付けられている。

 

 コーネリアは妹を抱き締め、ニーナも涙を流していた。

 

 しかし、ユーフェミアはスクリーンから目を逸らそうとしなかった。

 

 自分が何をしたのか、最後まで知ろうとしていた。

 

「……あいつらしいな」

 

 ルルーシュが呟いた。

 

「……何が?」

 

「ユフィのことだ。自分の意志ではなかったと分かっても、被害を受けた人間のことを考えている」

 

 スザクは少しだけ顔を向けた。

 

 ルルーシュは、スクリーンの中で泣いている少女を見つめていた。

 

「あいつは、昔からそうだった。自分が辛い時でも、誰かが困っていると放っておけなかった」

 

「……そうだね」

 

 スザクは短く答えた。

 

 その後、しばらく二人は黙って映像を見続けた。

 

 映画館では、行政特区日本で家族を失った日本人たちが声を上げ始めていた。

 

 なぜ、自分たちが死ななければならなかったのか。

 

 なぜ、家族を奪われなければならなかったのか。

 

 なぜ、ユーフェミアが日本人を救いたかったというだけで、すべてが許されるかのように語られるのか。

 

 その怒りは、当然のものだった。

 

 ルルーシュは、自分が何かを言える立場ではないことを理解していた。

 

 彼らから大切な人を奪ったのは、自分だ。

 

 そして、その事実を知っている人間が、今目の前にいる。

 

 日本人たちがユーフェミアへ怒りを向けるたび、ルルーシュは胸の奥に鈍い痛みを覚えた。

 

 彼女が悪いわけではない。

 

 本当に責められるべきなのは、自分の方だ。

 

 そう考えても、スクリーンの向こうへ声を届けることはできなかった。

 

「……自分が悪かったって言いたいのかい?」

 

 スザクが尋ねた。

 

 ルルーシュは顔を向けた。

 

「……ああ」

 

「だったら、そう思っていればいい」

 

 スザクの声は静かだった。

 

「君がここで何を言っても、あの人たちには届かない。少なくとも、今はね」

 

 ルルーシュは、少しだけ目を伏せた。

 

「……そうだな」

 

 言われるまでもないことだった。

 

 だが、改めて口にされると、胸に重く響いた。

 

 映画館では、一人の日本人男性がユーフェミアへ問い掛けていた。

 

 息子を殺された父親。

 

 彼は、ユーフェミアが操られていたことを知っても、悲しみをどこへ向ければいいのか分からなかった。

 

 悪意によって殺されたのなら、憎むことができた。

 

 だが、実際には違った。

 

 ユーフェミアは人々を救おうとしていた。

 

 ルルーシュも、その瞬間には虐殺を望んでいなかった。

 

 それでも、息子は死んだ。

 

「……こういう人たちが、ほかにも大勢いたんだね」

 

 スザクが呟いた。

 

 ルルーシュは頷いた。

 

「ああ」

 

「……君は、知っていたんだろう?」

 

「……戦争をしていた以上、犠牲者が出ることは理解していた」

 

 ルルーシュは、一度言葉を切った。

 

「だが、それは人数としての理解だったんだろうな」

 

 スザクは、黙っていた。

 

「何人が死んだ。どれだけの被害が出た。作戦は成功したか、失敗したか。俺は、そんなことばかり考えていた」

 

 ルルーシュは、スクリーンの中で泣いている男性を見つめた。

 

「あの一人一人に家族がいて、生活があって、未来があった。当然のことなのに、どこかで忘れていたんだ」

 

 スザクは、ゆっくりと頷いた。

 

「……僕も、人のことは言えないよ」

 

 その返答は、ルルーシュにとって少し意外だった。

 

 スザクは、しばらく黙っていた。

 

「僕だって、戦争で人を殺してきた。ランスロットに乗って、何度も戦場へ出た。自分が正しい方法を選んでいると信じていたけれど、それで誰も傷つかなかったわけじゃない」

 

「……ああ」

 

「だからといって、君のしたことを許せるわけじゃないけどね」

 

「……分かっている」

 

 ルルーシュは、静かに頷いた。

 

 スザクの声には、わずかな疲労が滲んでいた。

 

 それは、かつての戦いを振り返る者の声だった。

 

 そして、ルルーシュは思った。

 

 自分たち二人は、よく似ていたのかもしれない。

 

 互いに正しいと思う道を選び、その結果として多くの人間を傷つけた。

 

 そして、最後には互いを利用して世界を変えようとした。

 

 そんな二人が、今さら互いの罪を裁こうとしている。

 

 皮肉なものだった。

 

 しかし、それでも。

 

 スザクが自分を許さないという事実だけは、変わらなかった。

 

         ◇ ◇ ◇

 

 やがて、ゼロがユーフェミアを撃つ場面が映し出された。

 

 ルルーシュは、静かに拳を握り締めた。

 

 スザクは、何も言わなかった。

 

 先ほどまでとは違い、殴りかかってくることもなかった。

 

 ただ、あの光景を見つめていた。

 

 そして、ユーフェミアが倒れる。

 

 映画館の中では、コーネリアが悲鳴を上げた。

 

 ニーナが泣き崩れ、ナナリーも涙を流している。

 

 ルルーシュは、自分の手を見つめた。

 

 あの時、引き金を引いた手だった。

 

 自分の意志で、銃を向けた。

 

 その事実は、どれほど後悔しても変わらない。

 

「……ルルーシュ」

 

 スザクが名前を呼んだ。

 

「……なんだ」

 

「……僕は、君を許さないと言ったよね」

 

「……ああ」

 

「……でも、君が何を考えていたのかは、知りたいと思っている」

 

 ルルーシュは、ゆっくりと顔を上げた。

 

 スザクはスクリーンを見つめたまま続けた。

 

「君があの時、どれほど追い詰められていたのか。何を考えてユフィを撃ったのか。僕は、それを知らなかった」

 

 ルルーシュは、黙って聞いていた。

 

「……だから、今は最後まで見ようと思う」

 

「……そうか」

 

 短い返事だった。

 

 だが、ルルーシュにはそれ以上の言葉が見つからなかった。

 

 スザクは、許すつもりがないと言った。

 

 それでも、自分のことを理解しようとしている。

 

 その態度をどう受け取ればいいのか、ルルーシュには分からなかった。

 

 ただ、ありがたいと思ってしまった。

 

 それが、少しだけ情けなかった。

 

         ◇ ◇ ◇

 

 映像が一時停止し、映画館の照明が明るくなった。

 

 ユーフェミアが、犠牲者たちへ向かって立ち上がる。

 

 自分は本当に平和を望んでいた。

 

 日本人を殺したくなかった。

 

 その気持ちだけは信じてほしい。

 

 そして、許してほしいとは言わない。

 

 そう告げた彼女に対し、一人の女性が涙ながらに答えた。

 

 自分の夫は帰ってこない。

 

 息子が受けた傷も消えない。

 

 だから、今すぐ許すことはできない。

 

 その言葉を聞いたユーフェミアは、深く頭を下げた。

 

 ルルーシュは、何も言わなかった。

 

 スザクも、黙って見つめていた。

 

 やがて、ニーナがルルーシュを許さないと宣言する。

 

 それを聞いたルルーシュは、苦笑した。

 

「……当然だろうな」

 

 スザクは何も答えなかった。

 

 ニーナにとって、ユーフェミアは特別な存在だった。

 

 そして、ルルーシュはその彼女を死なせた男である。

 

 たとえギアスが暴走した事故だったとしても、許される理由にはならない。

 

 何より、事故の後にルルーシュが取った行動は、自分自身の選択だった。

 

 そのことを、ルルーシュ自身が最もよく理解していた。

 

 やがて、C.C.がコーネリアから問い詰められる場面が始まった。

 

 ギアスの危険性。

 

 能力が制御不能となる可能性。

 

 そして、ルルーシュにその力を与えた責任。

 

 C.C.は、自分にも責任があることを否定しなかった。

 

「……C.C.まで責められているのか」

 

 ルルーシュが呟いた。

 

「……当然じゃないかな」

 

 スザクが答えた。

 

「彼女が君に力を与えたんだろう?」

 

「……そうだが」

 

「危険性を知っていたなら、責任を問われるのは仕方ないと思うよ」

 

 ルルーシュは、少しだけ眉をひそめた。

 

 確かに、その通りなのかもしれない。

 

 しかし、C.C.がすべて悪いと言われれば、それは違うと反論したくなる。

 

 彼女は自分に力を与えた。

 

 だが、その力をどう使うか決めたのは自分だった。

 

 何度も忠告を受けた。

 

 それでも、自分の判断でギアスを使い続けた。

 

 その結果が、あの悲劇だった。

 

「……C.C.には、世話になった」

 

 ルルーシュが呟いた。

 

「……そうだね」

 

「最後まで、俺に付き合ってくれた」

 

 スザクは、スクリーンの中のC.C.を見つめた。

 

 彼女は、いつも通りの無表情に近い顔をしていた。

 

 だが、コーネリアから責任を問われた時には、どこか寂しそうに見えた。

 

 ルルーシュは、その姿を見て小さく息を吐いた。

 

「……あいつにも、酷いことをしたな」

 

 スザクは、何も言わなかった。

 

 ルルーシュが、これまで自分に関わった人間たちを思い返していることは分かっていた。

 

 しかし、その一人一人に対して謝罪を口にしたところで、すべてが解決するわけではない。

 

 そのことも、二人とも理解していた。

 

 そして、スクリーンの中では、ユーフェミアが涙を流していた。

 

 彼女は、ルルーシュを憎めないと言っている。

 

 自分を殺した男であることを知りながらも、嫌いになれないのだと。

 

「……ユフィ……」

 

 スザクが、小さく呟いた。

 

 ルルーシュは、何も言わなかった。

 

 その言葉が、どれほど自分にとって救いになるものなのか。

 

 そして、どれほど残酷なものなのか。

 

 理解していたからだ。

 

 ユーフェミアは、今でも自分を憎めない。

 

 そんな彼女の優しさを、これ以上利用するわけにはいかない。

 

 ルルーシュは、ただ静かに彼女を見つめていた。

 

 画面の中では、コーネリアが妹を抱き締めている。

 

 無理に憎む必要はない。

 

 だが、無理に許す必要もない。

 

 そう告げる姉の言葉に、ユーフェミアは涙を流しながら頷いていた。

 

「……コーネリア姉上も、随分と変わったな」

 

 ルルーシュが呟いた。

 

「……そうかな?」

 

「ああ。昔なら、問答無用で俺を殺しに来ていただろう」

 

「今でも、その気持ちはあると思うよ」

 

「……だろうな」

 

 ルルーシュは小さく笑った。

 

 しかし、その笑みには寂しさがあった。

 

 コーネリアは、自分を許していない。

 

 それでも、妹の気持ちを否定しようとはしなかった。

 

 自分の怒りよりも、ユーフェミアの心を優先している。

 

 それは、姉としての愛情なのだろう。

 

 ルルーシュは、幼い頃のコーネリアを思い出した。

 

 強く、誇り高く、妹たちを守ることに誰よりも熱心だった皇女。

 

 あの頃の彼女は、今も変わっていないのかもしれない。

 

 そして、自分はその大切な妹を奪ってしまった。

 

 その事実を、改めて思い知らされた。

 

         ◇ ◇ ◇

 

### 第六話 選ばれなかった未来

 

「……何だ、これは」

 

 ルルーシュが眉をひそめた。

 

 スクリーンに、再び行政特区日本の式典会場が映し出されたからだ。

 

 先ほどまでの記録は、すでに終わっている。

 

 ユーフェミアの死も、虐殺の真実も、映画館の観客たちは知った。

 

 それなのに、なぜ今さらあの日の映像が流れるのか。

 

『ここからは、実際に起きた出来事ではありません』

 

 機械音声が響く。

 

『もし、あの時ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが別の言葉を選んでいたならば。その可能性の一つをご覧いただきます』

 

「……なるほど」

 

 ルルーシュは、小さく呟いた。

 

 もしも。

 

 あの時。

 

 自分が、あんな冗談を口にしなかったなら。

 

 何度も考えたことだった。

 

 しかし、それを映像として見せられるとは思っていなかった。

 

 スクリーンの中では、ルルーシュとユーフェミアが向かい合っている。

 

 ギアスは発動していない。

 

 ユーフェミアは笑っている。

 

 そして、ルルーシュが行政特区日本への協力を約束した。

 

 ただ、それだけだった。

 

 何も起きなかった。

 

 誰も傷つかなかった。

 

 そして、二人は笑い合っていた。

 

「…………」

 

 スザクは、何も言わなかった。

 

 ルルーシュも同様だった。

 

 やがて、行政特区日本の式典が始まる。

 

 ユーフェミアが壇上へ立ち、集まった日本人たちへ笑顔を向けた。

 

 その隣にはゼロがいる。

 

 多くの人々が、二人の姿へ拍手を送っていた。

 

 歓声が響く。

 

 日本人も、ブリタニア人も、同じように笑っている。

 

 確かに、そこには希望があった。

 

「……綺麗なものだな」

 

 ルルーシュが呟いた。

 

「……そうだね」

 

 スザクが答えた。

 

 その声には、先ほどまでとは違う感情が含まれていた。

 

 懐かしさ。

 

 寂しさ。

 

 そして、どうしようもない喪失感。

 

「……あの時、僕は本当に嬉しかったんだ」

 

 スザクが静かに言った。

 

 ルルーシュは顔を向けた。

 

「ユフィが行政特区日本の構想を話してくれた時、ようやく何かが変わるかもしれないと思った」

 

 スザクは、スクリーンに映る少女を見つめていた。

 

「日本人も、ブリタニア人も、争わずに暮らせる場所ができる。僕がずっと目指してきたことに、少しだけ近づける気がしたんだ」

 

「……ああ」

 

「そして、ユフィ自身も楽しそうだった。あんなに嬉しそうに笑う彼女を、僕はずっと見ていたかった」

 

 ルルーシュは、何も言わなかった。

 

 スザクは、しばらく沈黙した。

 

「……でも、僕は守れなかった」

 

 その声に、ルルーシュは顔を上げた。

 

「……スザク」

 

「騎士になったんだ。彼女を守るために、僕は騎士になった」

 

 スザクは、自分の手を見つめた。

 

 白い手袋に覆われた指が、ゆっくりと握り締められる。

 

「……それなのに、一番大切な時に守れなかった」

 

「……お前の責任ではない」

 

 ルルーシュは、思わずそう答えた。

 

 しかし、スザクは首を振った。

 

「……君にそれを言われたくはないよ」

 

「……そうか」

 

 ルルーシュは口を閉じた。

 

 当然の返答だった。

 

 スザクが何を後悔し、何を悔やんでいるのか。

 

 それを自分が慰める権利などない。

 

 スクリーンでは、行政特区日本が無事に開かれたことを祝う人々が映し出されていた。

 

 その中には、先ほど泣いていた日本人女性の家族もいた。

 

 夫が笑っている。

 

 息子が楽しそうに父親の手を引いている。

 

 そして、母親も笑っていた。

 

 家族三人で、新しい生活を始めようとしていた。

 

 それは、実際には叶わなかった未来だった。

 

「……あの家族も、生きていたかもしれないんだな」

 

 ルルーシュが呟いた。

 

「……そうだね」

 

「……たった一つの言葉で、随分と違うものだ」

 

 ルルーシュは、苦笑した。

 

 自分は長年、世界を変えるために戦ってきた。

 

 多くの作戦を立て、何度も命懸けの戦いを繰り返した。

 

 それなのに、世界の運命を最も大きく変えたのは、何の考えもなく口にした一言だった。

 

 その事実が、あまりにも皮肉だった。

 

「……ルルーシュ」

 

 スザクが口を開いた。

 

「……なんだ」

 

「……僕は、この未来が本当に実現したとは思わない」

 

 ルルーシュは少し驚いた。

 

「……どういう意味だ?」

 

「行政特区日本が成功しても、ブリタニアの問題がすべて解決するわけじゃない。シャルル皇帝が何もせずに見守っていたとも思えないし、黒の騎士団がすぐに武器を置いたかどうかも分からない」

 

 ルルーシュは、静かに頷いた。

 

「……ああ。その通りだ」

 

「それでも、少なくともユフィがあの場で日本人を殺すことはなかった」

 

 スザクは、スクリーンの中の少女を見つめた。

 

「……それだけで、僕には十分だった」

 

 その言葉に、ルルーシュは何も答えられなかった。

 

 彼は、ユーフェミアと一緒に世界を変えようとしていた。

 

 自分は、その可能性を奪ってしまった。

 

 そして、その後も多くの犠牲を生みながら、別の方法で世界を変えようとした。

 

 結果として、ゼロレクイエムは成功した。

 

 だが、その成功をもって、過去の犠牲がすべて正当化されるわけではない。

 

 ルルーシュは、それを理解していた。

 

「……もしも」

 

 スザクが呟いた。

 

「……もし、あの時ユフィが生きていたら、君はどうしていたんだい?」

 

 ルルーシュは、少し考えた。

 

「……分からん」

 

 やがて、そう答えた。

 

 スザクが顔を向ける。

 

「……君にも分からないのかい?」

 

「ああ。あの時の俺は、ユフィの提案を受け入れた。だが、それで復讐を完全に諦められたかどうかは分からない」

 

 ルルーシュは、静かに続けた。

 

「シャルルへの憎しみが消えたわけではなかった。母上の死の真相を知りたいという気持ちも残っていた。だから、何らかの形で戦い続けていたかもしれない」

 

「……そうだね」

 

「だが、少なくともユフィを敵に回すことはなかっただろうな」

 

 ルルーシュは、少しだけ笑った。

 

「……あいつに勝てる気がしなかったからな」

 

 スザクは何も言わなかった。

 

 ただ、スクリーンに映るユーフェミアを見つめていた。

 

 彼女は本当に楽しそうに笑っている。

 

 その姿が、あまりにも眩しかった。

 

         ◇ ◇ ◇

 

 やがて、映像はアッシュフォード学園へと移った。

 

 そこには、平和な日常を送るルルーシュたちの姿があった。

 

 ミレイが相変わらず無茶な企画を思いつき、リヴァルが悲鳴を上げる。

 

 シャーリーがルルーシュへ話し掛け、ナナリーが楽しそうに笑う。

 

 そして、ユーフェミアが学園へ遊びに来ていた。

 

「……賑やかなものだな」

 

 ルルーシュが呟いた。

 

「……君は、こういう生活が好きだったんだね」

 

 スザクが言った。

 

「ああ。騒がしいとは思っていたが、嫌いではなかった」

 

「そうだろうね。君はいつも文句を言いながら、結局みんなに付き合っていたから」

 

「……お前まで会長の味方をするのか」

 

「事実だろう?」

 

「……否定はしないが」

 

 ルルーシュは、小さく苦笑した。

 

 しかし、すぐにその表情が曇った。

 

 映像の中では、シャーリーが笑っている。

 

 ロロもいる。

 

 ナナリーも、何の心配もなく兄の帰りを待っている。

 

 そして、ユーフェミアも生きていた。

 

 そんな世界が、確かに存在し得たのだ。

 

「……見たかったな」

 

 ルルーシュは、思わず呟いた。

 

「……何を?」

 

「……こんな未来を」

 

 スザクは、何も言わなかった。

 

 ルルーシュも、それ以上は語らなかった。

 

 ただ、スクリーンを見つめていた。

 

 そこには、自分が選べなかった道が映っている。

 

 そして、その道の先には、たくさんの笑顔があった。

 

 あの頃の自分は、世界を変えるためなら何でもできると思っていた。

 

 だが、今になって思う。

 

 自分が本当に欲しかったものは、こんな何でもない日常だったのではないかと。

 

 ナナリーが笑っている。

 

 友人たちが騒いでいる。

 

 ユーフェミアが生きている。

 

 それだけで十分だったのかもしれない。

 

「……ルルーシュ」

 

 スザクが静かに口を開いた。

 

「……なんだ」

 

「……君は、最後には自分で選んだんだよね」

 

 ルルーシュは、顔を向けた。

 

「……何を?」

 

「……ゼロレクイエムを」

 

「……ああ」

 

「……それは、君自身の意志だった」

 

「そうだ」

 

 スザクは、ゆっくりと頷いた。

 

「……なら、僕も自分の選択を後悔するつもりはないよ」

 

 ルルーシュは、少しだけ目を見開いた。

 

 スザクはスクリーンを見つめたまま続けた。

 

「君を殺したことも、ゼロとして生きることを選んだことも、僕自身が決めたことだから」

 

「……スザク」

 

「……だから、君も忘れないでほしい」

 

 スザクは、静かに言った。

 

「僕たちは協力した。でも、それで過去のすべてが許されたわけじゃない」

 

 ルルーシュは、しばらく黙っていた。

 

 そして、ゆっくりと頷いた。

 

「……分かっている」

 

 それ以上、二人は何も言わなかった。

 

 スクリーンでは、存在しなかった未来の上映が終わろうとしていた。

 

 最後に映し出されたのは、行政特区日本の式典会場だった。

 

 ユーフェミアが笑っている。

 

 その隣には、ゼロがいる。

 

 そして、スザクも。

 

 誰もが笑っていた。

 

 ルルーシュは、その光景を静かに見つめた。

 

 何度思い返しても、もう変えることはできない。

 

 それでも、こんな未来があったかもしれないという事実だけは、忘れずにいたかった。

 

         ◇ ◇ ◇

 

### 第七話 まだ、終わっていない

 

 映像が終了すると、スクリーンは一度暗くなった。

 

 しかし、上映会そのものが終わったわけではなかった。

 

『以上をもちまして、行政特区日本に関する記録の上映を終了します』

 

 そのアナウンスを聞いたルルーシュは、ようやく肩の力を抜いた。

 

 長い時間だった。

 

 実際にはどれほど経過したのか分からないが、少なくとも精神的には何年分もの疲労を感じていた。

 

 自分の人生を他人に見せられるというのは、想像以上に居心地が悪い。

 

 しかも、最も見られたくなかった過去まで、何一つ隠されずに映し出されてしまった。

 

「……まったく、趣味の悪い上映会だ」

 

 ルルーシュが呟いた。

 

「そうかな?」

 

 スザクが答えた。

 

「……お前は違うのか?」

 

「少なくとも、僕は知らなかったことを知れたよ」

 

「……そうか」

 

「君がユフィの提案を受け入れていたことも、あの事件がどうして起きたのかも」

 

 ルルーシュは、黙っていた。

 

 スザクは、少しだけ言葉を区切った。

 

「……だからといって、君への気持ちが簡単に変わるわけじゃないけどね」

 

「……それでいい」

 

 ルルーシュは、静かに答えた。

 

 スザクが何を考えているのか、完全には理解できない。

 

 それでも、彼が自分を許さないことだけは分かっていた。

 

 そして、その感情を否定するつもりもなかった。

 

 ゼロレクイエムを成し遂げた。

 

 世界を変えるために協力した。

 

 その事実は確かに存在する。

 

 だが、互いの過去を許し合ったわけではない。

 

 ルルーシュは、それを理解していた。

 

「……ところでスザク」

 

「……何?」

 

「……お前は、この上映会が終わったらどうするつもりだ?」

 

 スザクは、少しだけ首を傾げた。

 

「……どうするって?」

 

「元の世界へ戻れるのか。それとも、ここに留まるのか」

 

 ルルーシュは、スクリーンを見つめた。

 

「……俺は、死んだはずだからな。今さら戻る場所もないが」

 

 スザクは、しばらく黙っていた。

 

「……君は、戻りたいのかい?」

 

 逆に問い返された。

 

 ルルーシュは、少しだけ考えた。

 

「……いや」

 

 そして、首を振った。

 

「俺が戻れば、ゼロレクイエムが台無しになる。それだけは避けたい」

 

「……そうだね」

 

「……だが、ナナリーには会いたいと思う」

 

 その言葉に、スザクは黙った。

 

 ルルーシュは、少しだけ笑った。

 

「……矛盾しているな」

 

「……君らしいよ」

 

「……そうか?」

 

「うん」

 

 短い返事だった。

 

 ルルーシュは、スクリーンに映るナナリーを見つめた。

 

 妹は、コーネリアやユーフェミアと一緒に座っていた。

 

 涙を拭いながら、何かを話している。

 

 その姿を見ていると、胸の奥が温かくなる。

 

 自分が守ろうとしたもの。

 

 自分が、何よりも大切にしていたもの。

 

 それが、今もそこにある。

 

「……元気そうだ」

 

 ルルーシュが呟いた。

 

 スザクは、何も言わなかった。

 

 ルルーシュも、それ以上は何も言わなかった。

 

 ただ、しばらくナナリーの姿を見つめていた。

 

         ◇ ◇ ◇

 

 やがて、ルルーシュは椅子の背もたれに身体を預けた。

 

 スクリーンの中では、映画館の観客たちが次の上映を待っている。

 

 その様子を見ながら、ふと一つのことを思い出した。

 

「……会長は、卒業していたんだよな」

 

 小さな独り言だった。

 

 スザクが顔を向ける。

 

「……そうだったね」

 

「……それなのに、あそこでは生徒会長として扱われている」

 

 ルルーシュは、スクリーンを見つめた。

 

 ミレイは現役の生徒会長として振る舞いながら、その後の出来事を知っている。

 

 ナナリーも同様だ。

 

 彼女はゼロレクイエムを知っているはずなのに、ほかの者たちと同じように、この奇妙な状況を受け入れている。

 

 そして、すでに死んだはずの人々が、大勢集められている。

 

 そのことを考えると、どうしても引っ掛かるものがあった。

 

 ただ、今はその疑問を追及するつもりはなかった。

 

 自分には分からないことが多すぎる。

 

 何より、観客たち自身が不自然さを感じていない以上、外から見ている自分に何ができるわけでもない。

 

「……どうしたんだい?」

 

 スザクが尋ねた。

 

「……いや、少し考え事をしていただけだ」

 

 ルルーシュは首を振った。

 

「……今はいい」

 

 スザクは、それ以上尋ねなかった。

 

 ルルーシュも、何も言わなかった。

 

 ただ、スクリーンの中の人々を見つめていた。

 

 死んだはずの者たち。

 

 そして、まだ生きているはずだった者たち。

 

 そこに、どんな違いがあるのだろう。

 

 あるいは、そもそも違いなど存在しないのだろうか。

 

 そんな考えが、一瞬だけ脳裏をよぎった。

 

 しかし、ルルーシュはすぐに思考を切り替えた。

 

 確証のない推測に時間を費やしても、今は意味がない。

 

 それよりも、次に何が映し出されるのかを確認するべきだろう。

 

『それでは、上映会第二部を開始いたします』

 

 機械音声が響いた。

 

 スクリーンに、新しい映像が浮かび上がる。

 

 黒い制服。

 

 赤い瞳。

 

 そして、疲れ切った表情を浮かべる少年。

 

 ルルーシュ・ランペルージ。

 

 いや。

 

 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。

 

 その姿を見たルルーシュは、小さく息を吐いた。

 

「……まだ続くのか」

 

「君の人生は、あそこで終わらなかったからね」

 

 スザクが答えた。

 

「……そうだな」

 

 ブラックリベリオン。

 

 皇帝による記憶の改竄。

 

 ロロとの生活。

 

 シャーリーの死。

 

 第二次トウキョウ決戦。

 

 黒の騎士団との決別。

 

 そして、ゼロレクイエム。

 

 これから先にも、多くの真実が存在している。

 

 それらを、映画館にいる人々が知ることになる。

 

 ルルーシュは、隣に座るスザクへ顔を向けた。

 

「……スザク」

 

「……何?」

 

「……お前は、最後まで見るつもりか?」

 

 スザクは、僅かに首を傾げた。

 

 そして、静かに答えた。

 

「当然だろう?」

 

 その返事に、ルルーシュは小さく笑った。

 

「……そうか」

 

「君の人生を、最後まで見届けるよ」

 

 スザクは、スクリーンへ顔を向けた。

 

 ルルーシュも、それ以上何も言わなかった。

 

 ただ、同じようにスクリーンを見つめた。

 

 二人の間には、まだ消えない因縁がある。

 

 それは、これから先も簡単に消えることはないだろう。

 

 しかし、それでも。

 

 二人は、同じ場所に座っていた。

 

 互いの過去を知り、互いの罪を理解したまま。

 

 そして、まだ知らない真実が存在していることにも気付かないまま。

 

 上映会は、静かに続いていく。

 

 ルルーシュは、最後にもう一度だけ、隣の男へ視線を向けた。

 

 黒い仮面。

 

 ゼロの衣装。

 

 そして、顔の見えない幼馴染。

 

 スザクは、スクリーンを見つめたまま動かなかった。

 

 ルルーシュは何か言おうとしたが、結局やめた。

 

 今さら仮面を外せと言ったところで、どうせ応じないだろう。

 

 そんなことを考えながら、彼もまた正面へ顔を向けた。

 

 スクリーンには、ルルーシュの知らない世界が広がっていた。

 

 そして、その世界のどこかで、何かが静かに動き始めていた。

 

 それが何なのか。

 

 まだ、誰も知らない。

 

――番外編『上映会を見つめる者たち』

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。