もし、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの人生を、彼に関わったすべての人々が見たとしたら?
ある日、アッシュフォード学園の生徒会メンバー、ブリタニア皇族、黒の騎士団、そして既に命を落とした者たちが、謎の映画館へと集められた。
そこにいるはずのないユーフェミア、シャーリー、クロヴィスたち。
しかし、上映会の主役であるルルーシュと、彼の親友であるスザクの姿だけはなかった。
やがて、巨大なスクリーンに一人の少年の姿が映し出される。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
ゼロとして世界に反逆し、数え切れないほどの人々の運命を変えた少年。
彼を愛した者。
彼を信じた者。
彼に裏切られた者。
彼によって大切な人を奪われた者。
彼らは、これまで知らなかったルルーシュの人生と、その心の内を目撃することになる。
そして明らかになる、行政特区日本の真実。
なぜ、平和を望んでいたユーフェミアは日本人の虐殺を命じたのか。
なぜ、ルルーシュは大切な彼女を自らの手で殺したのか。
あの日、ルルーシュが口にしたのは、すべてを破壊するための計画などではなかった。
それは、ほんの軽い冗談だった。
もし、あの一言がなければ。
もし、ほんの少しだけ運命が違っていたなら。
ユーフェミアは死なずに済んだのだろうか。
彼を憎み続けた者たちは、真実を知って何を思うのか。
そして、ゼロレクイエムの本当の意味を知った時、彼らはルルーシュを許すのか。それとも、なお憎み続けるのか。
これは、**ルルーシュのいない上映会で、残された人々が彼の罪と願いに向き合う物語。**
※原作の行政特区日本事件の基本的な経緯を踏まえた二次創作です。上映会の会話、心理描写、犠牲者との対話、仮定の未来は本作独自の創作です。
なお、本作品は上記作品の作者様とは関係のない、独立した非公式の二次創作です。
第一話 仮面の男と、彼を憎んだ者たち
ここは神聖ブリタニア帝国が統治していたエリア11……ではなく、アッシュフォード学園の生徒会室。
いつもならば騒がしい生徒会室では、ミレイ・アッシュフォードが山積みになった書類と向き合っていた。
「うーん、やっぱり人数が足りないわねぇ」
「会長、そりゃそうですよ。そもそも、こんな量の書類を一日で片付けようとするのが間違ってるんですって」
「リヴァル君、男の子がそんな弱音を吐くものじゃないわよ。それに、こういう時に頼りになる副会長がいないんだから仕方ないじゃない」
「ああ、ルルーシュかぁ……」
何気なく口にした名前に、リヴァルは少しだけ表情を曇らせる。
ルルーシュ・ランペルージ。
アッシュフォード学園生徒会の副会長であり、成績優秀、容姿端麗、そのうえ頭の回転が異常に速いという、少々出来すぎた少年だった。
ただし、授業を平然とサボるうえに賭け事を好み、面倒事を嫌うという問題児でもあった。
少なくとも、リヴァルはそう思っていた。
あの少年が、まさか世界を相手に戦争を仕掛けるような人間だったとは。
「……会長は、あいつのことをどう思ってるんですか?」
「どうって?」
「その……ルルーシュですよ。あいつがゼロだったこととか、皇族だったこととか、色々あったじゃないですか」
リヴァルの問い掛けに、ミレイは書類をめくる手を止めた。
思うところがないわけではない。
むしろ、ありすぎて困っている。
彼女はルルーシュが皇族であることを以前から知っていた。祖父の代から続くアッシュフォード家の事情もあり、ルルーシュとナナリーを匿うことがどれほど危険なのかも理解していた。
だが、それでも彼がゼロとして活動していたことまでは知らなかった。
ましてや、ユーフェミア・リ・ブリタニアを殺害した張本人だったなど、考えたこともなかった。
「そうねぇ……。とりあえず、一発くらい殴ってやりたいかしら」
「えっ?」
「私たちに何も言わないまま、勝手に全部背負い込んで、勝手にいなくなっちゃったんだもの。文句の一つや二つ、言ったって罰は当たらないでしょう?」
冗談めかして笑うミレイだったが、その表情はどこか寂しげだった。
リヴァルもそれ以上は何も言わず、机の上に置かれた書類を手に取った。
そんな時だった。
突然、生徒会室の時計が止まった。
「……あら?」
最初に異変に気付いたのはミレイだった。
秒針が十二の位置で完全に停止している。電池切れかと思ったが、壁に掛けられた別の時計も、リヴァルが腕につけていた時計も、まったく同じ時間を示していた。
「会長、これって……」
「リヴァル、ちょっと窓の外を見てくれる?」
言われた通りに窓へ近づいたリヴァルは、そのまま固まった。
校庭を歩いていた生徒たちが動いていなかった。
飛んでいた鳥も、風に舞っていた落ち葉も、すべてが空中で静止している。
「な、なんだよこれ!?」
「ちょっと、落ち着きなさいって!」
「いやいやいや、無理ですよ! だって外の連中、全然動いてないんですよ!?」
リヴァルが振り返った瞬間、生徒会室の床が白く光り始めた。
「えっ、ちょっと待って!? 何よこれ!」
「会長ぉぉぉ!?」
二人の悲鳴が重なる。
そして次の瞬間、生徒会室から二人の姿が消えた。
机の上に残された書類だけが、誰もいなくなった部屋で静かに積み重なっていた。
◇ ◇ ◇
「……ここは?」
最初に意識を取り戻したミレイは、見知らぬ場所に立っていた。
目の前には巨大なスクリーンがあり、そこへ向かって緩やかに下っていく床には、何百、何千という座席が並べられていた。
映画館。
そう表現するのが最も適切な場所だった。
ただし、普通の映画館と決定的に違う点がある。
その広さが異常だった。
見渡す限りに座席が続き、奥の方は薄暗くて確認することすらできない。
「会長! 無事だったんですね!」
「あら、リヴァル。あなたも来ちゃったのね」
「来ちゃったって、こっちだって好きで来たわけじゃないですよ!」
再会を喜ぶリヴァルをよそに、ミレイは周囲を見渡した。
どうやら、この場所に転移させられたのは自分たちだけではないらしい。
「ミレイ会長……?」
聞き覚えのある声がした。
振り向いた先にいたのは、オレンジ色の髪をした少女だった。
「シャーリー!?」
「あっ、やっぱり会長なんだ!」
シャーリー・フェネット。
アッシュフォード学園生徒会の一員であり、ルルーシュに恋心を抱いていた少女。
しかし、その少女はすでに命を落としていたはずだった。
「シャーリー……あなた……!」
「えっ? 会長、どうしたんですか?」
不思議そうに首を傾げるシャーリーを、ミレイは思わず抱き締めた。
突然の行動に驚くシャーリーだったが、ミレイが小さく震えていることに気付くと、何も言わずに背中へ手を回した。
「ちょ、ちょっと会長? 苦しいですよ」
「……馬鹿ね。もう二度と会えないと思ってたんだから」
「会長……?」
シャーリーには理解できなかった。
自分が最後に覚えているのは、ルルーシュに会うために走っていたこと。そして、銃声と、冷たい床の感触。
それから先の記憶は曖昧だった。
だが、今こうしてミレイが泣きそうな顔で抱き締めてくれている。
それだけで、シャーリーには何かとても大切なことが起きているのだと分かった。
「シャーリー……?」
「リヴァル君もいるんだね!」
「お、おう……」
普段ならば再会を喜んで大騒ぎしていたであろうリヴァルも、今ばかりは言葉が出てこなかった。
死んだはずの友人が目の前にいる。
それが奇跡なのか、それとも別の何かなのか、理解できなかったからだ。
「……会長」
今度は別の声がした。
そこにはカレン・シュタットフェルトとニーナ・アインシュタインが立っていた。
さらに少し離れた場所には、ロロ・ランペルージの姿まであった。
「カレン! ニーナ! ロロまで!?」
「私も何が何だか分からないんです。気付いたらここにいて……」
「……ルルーシュは?」
ロロが真っ先に尋ねたのは、兄として慕っていた少年の行方だった。
ミレイは小さく首を振る。
「残念だけど、見てないわね」
「そう……ですか」
ロロはそれだけ答えると、俯いてしまった。
その様子を見たシャーリーが何か言おうとしたところで、突然、映画館全体に大きな怒声が響き渡った。
「何者だ! 姿を見せろ!」
女性の声だった。
ただし、その声には人を従わせることに慣れた者特有の威圧感がある。
ミレイたちが声の方向へ顔を向けると、紫色の髪を持つ女性が、周囲を取り囲む兵士たちに指示を出していた。
「コーネリア皇女殿下……!?」
ニーナが驚愕する。
神聖ブリタニア帝国第二皇女、コーネリア・リ・ブリタニア。
エリア11の総督を務め、戦場では数々の武功を挙げた帝国屈指の武人である。
その隣にはギルフォードやダールトンの姿もあった。
「ギルフォード、出口を確認しろ。ダールトンは兵を集めろ。何者かの罠ならば、すぐにでも対処せねばならん」
「イエス、ユア・ハイネス!」
「殿下、少々お待ちください。どうやら我々だけではないようです」
ダールトンが視線を向けた先には、明らかにブリタニア軍人ではない者たちが集まっていた。
扇要、藤堂鏡志朗、千葉凪沙、玉城真一郎。
かつてゼロのもとで戦った黒の騎士団の面々だった。
「おいおい、どうなってんだよ! なんで俺たちがブリタニアの連中と同じ場所にいなきゃならねえんだ!」
「玉城、少し落ち着け。状況が分からない以上、下手に刺激するな」
「扇さん、落ち着いていられるかよ!」
玉城が騒ぎ立てる一方、藤堂は周囲の状況を冷静に観察していた。
ブリタニア軍、黒の騎士団、アッシュフォード学園の生徒。
所属も立場もまったく異なる人間たちが、一つの場所に集められている。
しかも、その中にはすでに死亡したはずの者がいる。
その事実が、この場の異常性を何よりも雄弁に物語っていた。
「姉上……?」
不意に、澄んだ少女の声が響いた。
「……っ!?」
コーネリアの身体が硬直した。
その声を聞き間違えるはずがない。
何度も夢に見た。
何度も名前を呼んだ。
そして、二度と聞くことができないと思っていた声だった。
「ユフィ……?」
「姉上!」
長い桃色の髪を揺らしながら、一人の少女が駆け寄ってくる。
ユーフェミア・リ・ブリタニア。
神聖ブリタニア帝国第三皇女。
そして、行政特区日本の設立を宣言した後、集まった日本人の虐殺を命じ、ゼロによって射殺された少女だった。
「ユフィ……本当に、ユフィなのか?」
「はい! 姉上、よかった……。私、どうしてこんなところにいるのか分からなくて……」
「ユフィ!」
コーネリアは駆け寄ってきた妹を強く抱き締めた。
軍人としての威厳も、皇族としての体裁も、今はどうでもよかった。
死んだ妹が生きている。
その事実だけで、胸の奥に積み重なっていたものが崩れていく。
「姉上、苦しいです……」
「……すまない。だが、もう少しだけ、このままでいさせてくれ」
「……はい」
ユーフェミアは微笑み、姉の背中へ腕を回した。
だが、その光景を喜べない者もいた。
「……ユーフェミア様」
ニーナだった。
彼女は最初、夢を見ているのだと思った。
目の前にいるのは、かつて自分を救ってくれた皇女。
自分にとって、誰よりも尊く、美しく、優しかった人。
あの日、ゼロに殺されたはずの人。
「ユーフェミア様……!」
「あら、ニーナさん?」
ユーフェミアが名前を呼ぶ。
それだけで、ニーナは耐えられなくなった。
「ユーフェミア様ぁ……!」
泣きながら駆け寄るニーナに、ユーフェミアは少し驚きながらも優しく手を伸ばした。
「どうしたんですか? そんなに泣いて……」
「だって……だって、私……!」
言葉にならなかった。
ゼロが憎かった。
ユーフェミアを奪ったゼロが。
あの仮面をつけた男さえいなければ、彼女は死なずに済んだはずだった。
その思いだけは、長い時間が過ぎても消えることはなかった。
「ユーフェミア様……もう、どこにも行かないでください……」
「ニーナさん……」
ユーフェミアは困ったように微笑み、泣きじゃくるニーナの頭をそっと撫でた。
そして、その様子を少し離れた場所から見つめている者がいた。
「……ユフィ姉様」
車椅子に座った少女。
ナナリー・ヴィ・ブリタニアだった。
彼女の傍らには咲世子が立っている。
「ナナリー!?」
ユーフェミアは驚いて顔を上げた。
「ナナリーもここにいるのですね!」
「はい……ユフィ姉様……」
ナナリーは震える手を伸ばす。
ユーフェミアはその手を取ると、優しく握り返した。
「よかった。ナナリーも無事だったのですね」
「ユフィ姉様……私……」
何を言えばいいのだろう。
兄がゼロだったこと。
兄がユーフェミアを殺したこと。
そして、兄自身もまた、世界から憎まれながら死んでいったこと。
それらを知るナナリーには、簡単に再会を喜ぶことができなかった。
だが、ユーフェミアはそんなナナリーの事情を知らない。
「ルルーシュは一緒ではないのですか?」
「……っ」
その一言に、ナナリーの表情が歪んだ。
コーネリアもまた、妹を抱く腕にわずかに力を込める。
「……ユフィ。ルルーシュのことは、後で話そう」
「姉上?」
「今は……今だけは、何も考えずに再会を喜ばせてくれ」
ユーフェミアは不思議そうに首を傾げたものの、それ以上は尋ねなかった。
ただ、自分を抱き締める姉の身体が震えていることだけは分かった。
そして、何かとても悲しいことが起きたのだろうということも。
◇ ◇ ◇
それからしばらくすると、映画館の照明が突然明るくなった。
『ご来場の皆様にお知らせいたします』
「っ!? 誰だ!」
コーネリアが声を張り上げる。
だが、返答はなかった。
『これより、ある人物の人生を記録した映像をご覧いただきます』
「人生……?」
ミレイが首を傾げた。
『ここに集められた皆様は、それぞれ異なる時点より招かれています。生者も死者も存在しますが、本上映会の終了までは、いかなる争いも認められません』
「死者……やはりそういうことか」
藤堂が小さく呟く。
シャーリーやユーフェミア、ダールトンに加え、ゼロに殺害されたクロヴィス皇子まで姿を現している以上、その説明には一定の説得力があった。
「おい! ふざけるな! 人を勝手に連れてきておいて、映画を見ろだと!?」
玉城が怒鳴った。
『なお、皆様がご覧になる映像は、対象者が実際に経験した出来事です。本人の行動だけでなく、その時の思考や感情についても、可能な限り正確に映し出されます』
「……思考や感情まで?」
カレンの表情が変わった。
それはつまり、本人が誰にも明かさなかった秘密まで見ることになるということだ。
彼女の脳裏に、黒い仮面を被った一人の少年の姿が浮かぶ。
だが、その考えを口にするよりも先に、アナウンスは続いた。
『今回の上映対象者は、こちらの人物となります』
巨大なスクリーンが点灯する。
最初に映し出されたのは、一枚の写真だった。
黒髪の少年。
整った顔立ちと、どこか人を見下したようにも見える不敵な笑み。
アッシュフォード学園の制服を着たその少年を、ミレイたちは誰よりもよく知っていた。
「……ルルーシュ?」
シャーリーが呟いた。
スクリーンに文字が表示される。
上映対象者
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア
別名:ルルーシュ・ランペルージ
黒の騎士団初代総司令官・ゼロ
神聖ブリタニア帝国 第99代皇帝
「は……?」
リヴァルが間抜けな声を漏らした。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 人生上映会って……ルルーシュの!?」
「……そういうことみたいね」
ミレイも驚きを隠せなかった。
そして、その名前を見た瞬間に表情を変えた者が大勢いた。
「ゼロ……だと……!」
クロヴィスが顔を引きつらせる。
「よりにもよって、私を殺した男の人生を見せるというのか!?」
「ルルーシュ……!」
コーネリアもまた、険しい表情を浮かべた。
弟であり、敵であり、妹を殺した男。
さらに、最後には皇帝となり、世界を恐怖で支配した男。
その人生を、今から自分たちに見せるというのか。
「……冗談じゃないわ」
ニーナが震える声で呟いた。
「なんで……なんで、あんな人の人生なんか……!」
彼女の隣にいたユーフェミアは、スクリーンを見つめたまま動かなかった。
「……ルルーシュ?」
そこに映る少年は、幼い頃から知っている大切な弟のような存在だった。
少し生意気で、頭がよくて、優しいところもある少年。
そんな彼が、ゼロ?
「姉上……これは、どういうことなのですか?」
コーネリアは答えられなかった。
いったい、何から説明すればいいというのだろう。
ルルーシュがゼロだったことか。
自分たちと敵対していたことか。
それとも、ユーフェミア自身が彼に殺されたという事実か。
コーネリアが言葉を探していると、再びアナウンスが流れた。
『なお、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア本人、および枢木スザクは本上映会には参加しておりません』
「スザクも……?」
ユーフェミアの顔に寂しさが浮かんだ。
『上映会は、残された人々が知らなかった事実を知るために用意されています。映像に対する感想や評価は、すべて皆様の自由です』
「残された者……?」
ナナリーが小さく繰り返した。
『それでは皆様、お席にお着きください』
周囲を見渡すと、いつの間にか各座席に名前が表示されていた。
皇族、軍人、黒の騎士団、アッシュフォード学園生徒会。
それぞれの名前が記された席が、いくつもの区画に分かれて用意されている。
さらに、その奥には見覚えのない日本人たちが座っていた。
老人、女性、子供を抱いた男性。
彼らは一様に、皇族たちへ敵意を含んだ視線を向けていた。
「……あの方たちは?」
ユーフェミアが尋ねる。
『行政特区日本における犠牲者、および遺族の方々です』
「……え?」
ユーフェミアが目を見開いた。
行政特区日本。
その名称には聞き覚えがあった。
なぜなら、それは自分が設立しようとしていた場所なのだから。
「犠牲者……? どうして……?」
誰も答えられなかった。
ただ、ユーフェミアを見つめる日本人たちの目には、隠しようのない憎悪が宿っていた。
それが自分に向けられていると気付いたユーフェミアは、戸惑いながらも、ゆっくりと頭を下げた。
その姿に、何人かの日本人が顔を背ける。
ニーナはそれを見て怒りを覚えたが、何も言うことはできなかった。
彼らがユーフェミアを憎む理由を、ニーナは知っていたからだ。
だが、同時にどうしても納得できなかった。
ユーフェミア様は、あんなことをする人じゃなかった。
ゼロさえいなければ。
ルルーシュさえいなければ。
きっと、すべてが違っていたはずなのだ。
そんなニーナの胸中など知らぬまま、ユーフェミアは自分の名前が記された席へと向かった。
隣にはコーネリア、反対側にはナナリーの席がある。
さらにニーナがすぐ後ろに座ると、ユーフェミアは少し安心したように微笑んだ。
「……姉上、私、少し怖いです」
「心配するな、ユフィ。私がいる」
「はい……」
その言葉を聞きながら、コーネリアは拳を握り締めた。
妹を殺した男の人生を見せる。
しかも、その妹自身にまで。
誰が何の目的でこんなことをしているのかは知らない。
だが、もし妹をさらに傷つけるような映像が流れるのならば、その時は必ず――。
『それでは、上映を開始します』
考えが途切れる。
照明が落とされ、巨大なスクリーンに映像が浮かび上がった。
そこには、まだ何も失っていなかった頃の、小さなルルーシュとナナリーの姿があった。
そして、その二人に笑い掛ける、幼いユーフェミアの姿も。
「……あ」
ユーフェミアが小さく声を漏らした。
「懐かしい……」
幼い頃の思い出。
もう二度と戻れない、遠い日の光景。
それが、今から始まる長い悲劇の、最初の一ページだった。
第二話 失われた日常と、知らなかった素顔
スクリーンに映し出されたのは、ブリタニア皇宮の庭園だった。
まだ幼いルルーシュが、車椅子に座ったナナリーの隣で本を読んでいる。
少し離れたところでは、ユーフェミアとクロヴィスが楽しそうに話していた。
『ルルーシュ、また難しい本を読んでいるの?』
『別に。そんなに難しいものじゃないよ』
『でも、さっきから全然遊んでくれないじゃない』
『ユフィが遊びたがっているだけだろう?』
小さなルルーシュが呆れたように答える。
そんな彼に、ユーフェミアは頬を膨らませた。
『だって、ナナリーも一緒に遊びたいでしょう?』
『私はお兄様と一緒なら……』
『ほら、ナナリーもそう言っているじゃない』
『今の返事は、どう考えても僕と一緒なら何でもいいって意味だろう』
『もう、ルルーシュったら!』
少女の抗議に少年が小さく笑う。
どこにでもある、平和な日常。
そこにはゼロも、黒の騎士団も、ブリタニア皇帝も存在しなかった。
ただ、兄妹と幼馴染が仲良く過ごしているだけだった。
「……本当に、懐かしいですね」
ユーフェミアが微笑んだ。
自分たちが幼い頃の映像を見せられるとは思っていなかったが、こうして改めて眺めてみると、当時のルルーシュは随分と素直ではなかったらしい。
「ルルーシュったら、昔からこうだったんです。口では面倒だって言うのに、結局は最後まで付き合ってくれて」
「そうだったな」
コーネリアも懐かしそうに答える。
もっとも、彼女の胸中は穏やかではなかった。
今映っている少年が、後に自分の妹を殺害する。
そう考えると、目の前の思い出が別の意味を持ち始めてしまう。
「……ルルーシュは、この頃からナナリーに甘かったのですね」
「ええ、お兄様はいつも私のことを第一に考えてくれました」
ナナリーが答える。
その声には、兄を懐かしむ気持ちと、複雑な感情が入り混じっていた。
兄は優しかった。
それは間違いない。
しかし、優しい兄だったからといって、兄が犯したことまで消えるわけではない。
その事実を、ナナリーは誰よりもよく理解していた。
「へえ、ルルってこんな感じだったんだ」
シャーリーが感心したように呟く。
「今とあんまり変わらないね」
「いや、結構違うんじゃないか? 少なくとも、俺はあいつがこんなに素直に笑ってるところなんて見たことないぜ」
リヴァルがそう答えると、ミレイは小さく笑った。
「あの子も昔はこんな顔をしていたのねぇ」
ミレイはルルーシュが皇子だったことを知っていたが、その幼少期まで詳しく知っていたわけではない。
ましてや、ブリタニアの皇宮でどのように過ごしていたかなど、本人が語ることもなかった。
だが、その微笑ましい時間は長く続かなかった。
スクリーンの映像が切り替わる。
銃声。
悲鳴。
倒れる母親。
血に染まった廊下で、幼いルルーシュが妹を抱き締めていた。
「……お母様」
ナナリーが震える声で呟いた。
マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア暗殺事件。
その日を境に、ルルーシュとナナリーの人生は大きく変わった。
映像の中では、まだ幼い少年が父親である皇帝に食って掛かっていた。
なぜ母を守らなかったのか。
なぜ犯人を捜そうとしないのか。
なぜナナリーがあんな目に遭わなければならなかったのか。
だが、皇帝から返ってきたのは冷たい言葉だけだった。
そして、ルルーシュとナナリーは日本へと送られる。
事実上の人質として。
「……父上」
コーネリアが低い声を漏らした。
父が冷酷な人間であることは知っていた。
だが、幼い二人がここまで追い詰められていたとは。
当時、自分は何をしていただろうか。
妹たちを守ることばかり考えていたが、同じように守るべき弟と妹がいたことを、いつの間にか忘れてしまっていたのではないか。
そんな思いが胸をよぎった。
「……姉上」
ユーフェミアがコーネリアの手を握る。
コーネリアはその手を握り返し、静かにスクリーンを見つめた。
映像は日本へと移った。
枢木スザクとの出会い。
最初は反発していた二人が、次第に友情を育んでいく様子。
そして、ブリタニアによる日本侵攻。
平和だった時間が終わり、炎に包まれていく街並み。
幼いルルーシュが、何もできずに立ち尽くしていた。
『……僕は、こんな国を許さない』
少年の瞳には、幼い子供には似つかわしくない憎しみが宿っていた。
そして、スクリーンには彼の心の内が映し出される。
母を奪った者たちへの怒り。
妹を道具のように扱った帝国への憎悪。
自分たちの居場所を奪った父への復讐心。
そのすべてが、やがて世界そのものを変えるという野望へとつながっていった。
「……なるほどな」
藤堂が腕を組んだ。
「ゼロがブリタニアに反旗を翻した理由の一つが、これだったというわけか」
「だけどよ、そりゃあ自分の国の問題じゃねえか。なんで俺たち日本人を巻き込んだんだ?」
玉城が不満そうに言う。
その言葉に、カレンも否定はできなかった。
確かにルルーシュには理由があった。
だが、それを知らされずに戦っていた自分たちは、一体何だったのだろうか。
彼の復讐のために利用されたのか。
それとも、本当に日本の解放を願っていたのか。
答えはまだ分からない。
「……あの子、ずっとこんなことを考えてたのね」
ミレイが呟いた。
ルルーシュはアッシュフォード学園では普通の学生として振る舞っていた。
妹の世話を焼き、生徒会の雑用を押し付けられ、時には授業をサボって賭け事に興じていた。
そんな日常の裏で、彼はずっと復讐を考えていたというのか。
映像が切り替わる。
今度はアッシュフォード学園だった。
「あっ!」
リヴァルが声を上げた。
「俺たちだ!」
スクリーンには、生徒会室で騒いでいるミレイたちが映っていた。
そこで笑うルルーシュは、先ほどまで復讐に燃えていた少年と同一人物とは思えないほど自然だった。
シャーリーがルルーシュに話し掛け、リヴァルが茶化し、ミレイが面白がって余計なことを言う。
ナナリーが微笑み、ルルーシュが困ったように笑う。
いつもの風景。
彼らにとって、何よりも大切だった日常。
「……楽しそうだね」
シャーリーが呟いた。
「そうね」
ミレイも頷く。
「私たち、結構楽しくやってたのよね」
「結構どころじゃないですよ! 会長の無茶振りさえなければ最高でしたって!」
「なによ、それ!」
いつものようなやり取り。
だが、誰も心から笑うことはできなかった。
スクリーンの中で笑っている少年が、その裏で何をしていたのか。
それを、これから見せられるのだから。
◇ ◇ ◇
そして、上映会は一つの転機を迎えた。
シンジュク事変。
毒ガスと偽って運び込まれた謎のカプセル。
ブリタニア軍による虐殺。
そこでルルーシュは、一人の緑髪の少女と出会った。
「……C.C.」
カレンが呟く。
その少女は、映画館の後方にも座っていた。
C.C.は何も言わず、ただスクリーンを眺めている。
彼女だけは、この先に何が映るのかを知っているようだった。
スクリーンでは、ルルーシュが兵士たちに包囲されていた。
そして、C.C.が銃弾を受ける。
少年は絶望したような表情を浮かべたが、次の瞬間、その瞳に奇妙な紋様が現れた。
「……なんだ、これは?」
コーネリアが眉をひそめる。
ルルーシュが兵士に向かって命令する。
すると、それまで彼を殺そうとしていた兵士たちが、まるで自分の意志を失ったかのように命令に従った。
そして、銃声が響いた。
「なっ!?」
クロヴィスが立ち上がる。
「なんだ、今の力は!?」
スクリーンの隅に説明が表示される。
ギアス。
他者の精神へ干渉する特殊な能力。
ルルーシュが手に入れたのは、目を合わせた相手に一度だけ絶対的な命令を下すことのできる力だった。
相手がどれほど嫌がっても、どれほど自分の意志に反していても、その命令には逆らえない。
「……そんな馬鹿な」
藤堂が呟いた。
軍人として、そんな能力の危険性は想像に難くなかった。
忠誠心も、信念も、覚悟も関係ない。
たった一言の命令で、自分が守るべきものを裏切らされる。
それは、軍人にとって最悪の能力だった。
「つまり……あいつが今までやってきたことの中には、この力で無理やり従わせたものもあるってことか?」
扇が尋ねる。
「……そういうことだろうな」
カレンが答える。
彼女自身、ルルーシュの戦略に驚かされたことは何度もあった。
どこから情報を仕入れたのか。
なぜ敵の動きを把握できたのか。
なぜ不可能と思える作戦を成功させられたのか。
その理由の一端が、ようやく明らかになったのだ。
「でも……」
シャーリーが小さく声を上げる。
「それって、相手が嫌がってても言うことを聞かせられるんだよね?」
「そうよ」
カレンが答える。
「……怖いね」
その一言に、誰も反論しなかった。
確かに便利な力かもしれない。
だが、それ以上に恐ろしい。
相手が大切な人であっても、命令すれば逆らえなくなるのだから。
そんな会話が交わされている間にも、スクリーンの映像は進んでいった。
クロヴィスとの対峙。
ルルーシュはギアスで情報を聞き出した後、兄に銃を向けた。
「……待て」
クロヴィスが震える声を出す。
「待て、ルルーシュ。私は……!」
その言葉が届くはずもない。
スクリーンの中で、ルルーシュは引き金を引いた。
銃声。
そして、崩れ落ちるクロヴィス。
「……っ!」
映画館の中が静まり返った。
最初に口を開いたのは、ほかならぬクロヴィス本人だった。
「……どうしてだ」
先ほどまで憤慨していた彼は、今度は力なく椅子に座り込んでいた。
「私は……あの子たちが死んだと聞かされていた。だから、ルルーシュが生きていると知った時、本当に……」
そこで言葉が途切れる。
彼は日本人に対する非道な命令を下していた。
それは事実だ。
だが、弟が生きていたことを喜んだ気持ちまで嘘だったわけではない。
「クロヴィス兄様……」
ユーフェミアが悲しそうに名前を呼ぶ。
「……あいつは私を殺した」
クロヴィスが答える。
「それが事実だ。私に罪があったとしても、あいつが私を殺した事実は変わらない!」
その言葉に、ユーフェミアは何も返せなかった。
彼女もまた、ルルーシュによって命を奪われた一人なのだから。
上映会はさらに進む。
ゼロの誕生。
黒の騎士団の結成。
コーネリアとの戦闘。
日本解放という大義のもとに繰り返される戦い。
そして、ナリタ攻防戦。
「……あ」
シャーリーの声が震えた。
スクリーンに、大規模な土砂崩れが映し出されていた。
ナイトメアフレームが押し流され、兵士たちが逃げ惑う。
そして、崩落に巻き込まれていく人々。
その中に、シャーリーの父親がいた。
「……お父さん」
シャーリーが呟く。
彼女は父親の死を知っていた。
事故ではなく、戦闘に巻き込まれたことも知っていた。
そして、その戦いを指揮したのがゼロであったことも。
しかし、こうして映像で見ると、胸の奥に閉じ込めていた感情が再び押し寄せてくる。
「ルル……」
愛していた人。
父親を死なせた戦いを指揮した人。
そして、自分の大切な友達でもあった人。
それらがすべて同じ人物だという事実に、シャーリーは唇を噛んだ。
「シャーリー……」
ミレイが心配そうに声を掛ける。
「……大丈夫です」
シャーリーは笑おうとした。
だが、うまく笑えなかった。
「私……知ってたはずなのに。ルルがゼロだって……でも、こうして見ると……やっぱり……」
彼女はそこで言葉を止めた。
泣きたい気持ちと、ルルーシュを責めたい気持ち。
それでも彼を嫌いになれなかった自分。
そのすべてが、胸の中で絡まり合っていた。
「……嫌いになれたら、もっと楽だったのかな」
小さな呟きだった。
しかし、隣にいたミレイには聞こえていた。
ミレイは何も言わず、シャーリーの手を握った。
彼女が好きになった少年は、確かに多くの人を傷つけた。
だが、シャーリーが彼を好きになった日々まで、嘘になるわけではない。
それだけは、きっと誰にも否定できないのだろう。
◇ ◇ ◇
第三話 行政特区日本
上映が始まってから、どれほどの時間が経過しただろうか。
奇妙なことに、映画館の中では空腹も疲労もほとんど感じなかった。
途中で休憩時間が設けられ、観客たちはそれぞれの立場から映像について語り合ったが、誰もが一つの疑問を抱えていた。
なぜ自分たちは、ルルーシュの人生を見せられているのか。
確かに、知らなかった事実はいくつもあった。
彼の生い立ち。
復讐の理由。
ギアスという異能。
だが、それだけでは説明がつかなかった。
ルルーシュの人生に関係した者たちが集められていることは理解できる。
それでも、ユーフェミアや行政特区日本の犠牲者まで呼び寄せた理由は何なのか。
そして、その答えを知ることになる瞬間が、静かに近づいていた。
『上映を再開いたします』
アナウンスが流れる。
スクリーンに映し出されたのは、アッシュフォード学園の学園祭だった。
「あら、今度は私たちの学園祭ね!」
ミレイが声を上げた。
巨大なピザ作りに挑戦した日。
ユーフェミアがお忍びで学園を訪れ、騒動を巻き起こした日。
そして、すべてが変わり始めた日だった。
「……あ」
ユーフェミアが目を見開く。
「これ、覚えています!」
学園祭の映像が流れていく。
大勢の学生たち。
楽しそうな笑い声。
そして、騒ぎの中で再会するルルーシュとユーフェミア。
だが、上映会の観客たちが注目したのは、その後の映像だった。
ユーフェミアが世界に向けて、ある構想を発表したのである。
行政特区日本。
ブリタニアによって奪われた日本という名前を取り戻し、限定された地域とはいえ、日本人とブリタニア人が対等に暮らせる場所を作る。
人種や身分による差別を認めず、誰もが共存できる場所を目指す。
それは、ユーフェミアが自ら考えた平和への道だった。
「……ユフィ」
コーネリアが表情を曇らせた。
姉としては無謀だと思っていた。
皇族としては、帝国の統治方針に反する危険な政策だとも考えていた。
だが、妹がどれほど真剣に考えていたのかは知っている。
彼女は決して、気まぐれでこの構想を発表したわけではなかった。
「ユーフェミア様……」
ニーナが両手を胸元に寄せた。
この時のユーフェミアは、本当に輝いていた。
自分が何をしたいのか。
どんな世界を作りたいのか。
それをまっすぐに語る姿は、ニーナにとって何よりも尊かった。
「……素晴らしい提案だったんです」
ニーナが呟く。
「ユーフェミア様は、本当に……本当に日本人のことを考えていたんです……」
その声が震える。
なぜなら、この後に何が起きるのかを知っていたからだ。
そして、同じことを考えている者が他にもいた。
「……特区か」
藤堂が目を伏せる。
「当時、我々はあの構想を信用できなかった」
「当然だろ。ブリタニアが急に日本人を平等に扱うなんて、信じられるわけがねえ」
玉城が言う。
「だが、もし本当に実現していたのならば、少なくともあの場所に集まった者たちは、武器を取らずに済んだかもしれん」
藤堂の言葉に、玉城は反論できなかった。
実際、行政特区日本には多くの日本人が希望を抱いていた。
ブリタニアへの不信感を持ちながらも、もしかしたらという期待を捨てられなかった人々がいた。
戦争ではなく、対話によって未来を変えられるかもしれない。
そんな希望を抱いた者たちが、あの場所に集まったのだ。
「……私も、行こうと思っていました」
不意に、後方から女性の声がした。
振り向くと、一人の日本人女性が立っていた。
まだ三十代ほどに見える女性だった。
彼女の隣には、小さな男の子が座っている。
「夫と息子と三人で、行政特区日本に登録するつもりだったんです」
女性はユーフェミアを見つめていた。
「私たちは、ブリタニアのことなんて信じていませんでした。でも、あの皇女様の言葉だけは……少し、信じてみようと思ったんです」
ユーフェミアの表情が曇る。
「……ありがとうございます」
「お礼なんて、言わないでください」
女性は小さく首を振った。
「私は、あの場所で夫を亡くしました」
「……っ」
「息子も、撃たれたんです。助かりましたけど、それからずっと銃声を怖がるようになりました」
映画館の中が静まり返った。
「私たちが信じたことが、そんなに馬鹿なことだったんですか?」
女性の問い掛けに、ユーフェミアは何も答えられなかった。
自分が何をしたのか、まだ理解できていなかった。
しかし、目の前の女性が嘘を言っているとは思えない。
それどころか、彼女が自分へ向ける視線には、説明できないほどの悲しみが宿っていた。
「……申し訳、ありません」
ユーフェミアが頭を下げる。
だが、その瞬間、コーネリアが立ち上がった。
「ユフィ、待て! お前は……!」
「姉上」
ユーフェミアは静かに首を振った。
「私には、まだ何があったのか分かりません。でも、この方が私を恨んでいることは分かります」
「……ユフィ」
「だから、ちゃんと知りたいんです。私が、何をしてしまったのか」
コーネリアは言葉を失った。
その答えが、どれほど残酷なものなのか。
誰よりもよく知っていたからだ。
そして、再びスクリーンが動き出した。
◇ ◇ ◇
映像の中で、ルルーシュが険しい表情を浮かべていた。
ユーフェミアによる行政特区日本の設立宣言。
それは、黒の騎士団を率いるゼロにとって、致命的な一手だった。
日本人のために戦う組織。
その存在意義が、戦争を必要としない特区によって失われかねなかったのである。
受け入れれば、ゼロの革命は行き詰まる。
拒否すれば、平和を望む日本人に敵対することになる。
いずれにしても、ルルーシュが積み重ねてきた計画は大きく狂うことになる。
「……なるほど、そういうことか」
扇が呟いた。
「行政特区日本が成功すれば、俺たちは戦う理由を失う」
「いや、理由そのものがなくなるわけじゃねえだろ!」
玉城が反論する。
「ブリタニアの支配が全部なくなるわけじゃねえんだからよ!」
「それでも、多くの人が武器を置く可能性はあった」
藤堂が答える。
「少なくとも、ゼロにとっては無視できない脅威だったということだ」
その言葉に、カレンは唇を噛んだ。
当時の自分も、行政特区日本には複雑な思いを抱いていた。
母のために。
兄のために。
日本人として生きるために戦っていた自分にとって、武器を置く選択肢を簡単に受け入れることはできなかった。
しかし、それと同時に、特区が成功すれば救われる人が大勢いることも理解していた。
スクリーンの中では、ルルーシュが一つの計画を立てていた。
ゼロとしてユーフェミアに接触し、ギアスを使って彼女に自分を撃たせる。
それによって行政特区日本を破綻させ、世論を再びブリタニアへの反発へと導く。
危険な計画だった。
だが、その計画が成功すれば、黒の騎士団は再び戦う理由を得られる。
「……っ!」
ニーナが立ち上がった。
「最低……!」
彼女の声が震える。
「最初からユーフェミア様を利用するつもりだったんじゃない!」
それは、誰にも否定できない事実だった。
実際にルルーシュは、ユーフェミアを利用しようとしていた。
彼女の善意を踏みにじり、自分の計画のために利用しようとしたのである。
「……そうね」
カレンが苦々しい表情で頷いた。
「その時点では、確かにそうだった」
「その時点では……?」
ニーナが睨み付ける。
「何よ、それ! まるでその後は違うみたいな言い方じゃない!」
「……分からないわよ。だから、見ているんでしょう」
カレンも言い返した。
自分だって、ルルーシュを擁護したいわけではない。
ただ、映像の中の彼が何を考えていたのかを、最後まで見届けたかった。
それは、かつてゼロを信じて戦った者としての、最後の責任でもあるように思えた。
そして、スクリーンに行政特区日本の式典会場が映し出された。
大勢の日本人が集まり、期待と不安を胸に開会を待っている。
その一角で、ゼロの仮面を被ったルルーシュがユーフェミアと対面していた。
「……あの日だ」
ユーフェミアが呟いた。
「私……ルルーシュと、お話ししたんです」
コーネリアの表情が強張る。
ついに、あの日が来てしまった。
妹が虐殺皇女と呼ばれるようになった日。
そして、彼女が命を落とした日。
「……ユフィ、無理に見なくてもいい」
コーネリアが静かに言う。
「私が代わりに見ておく。お前は目を閉じていろ」
「いいえ、姉上」
ユーフェミアは首を振った。
「私、見たいです」
「だが……!」
「ルルーシュと何を話したのかは、覚えています。それなのに、その後のことがよく分からないんです」
彼女は一度、言葉を切った。
「……だから、知りたいんです」
その決意に、コーネリアは何も言えなくなった。
スクリーンの中で、二人の会話が始まった。
最初、ルルーシュは警戒していた。
ユーフェミアの考えを見抜き、何とか自分に有利な状況を作ろうとしていた。
しかし、話が進むにつれて、彼の表情が変わっていく。
ユーフェミアは、行政特区日本を実現するために、自ら皇位継承権を放棄したというのだ。
「……え?」
コーネリアが目を見開いた。
「ユフィ……お前……!」
皇位継承権。
それは皇族としての権威を支えるものの一つだった。
ブリタニアの皇女という立場を利用するからこそ、特区設立に向けて動くことができた。
にもかかわらず、彼女はその権利を手放した。
なぜか。
答えは、すぐに明らかになった。
ナナリーが望むような、優しい世界を作りたかったから。
ルルーシュやナナリーと、昔のように穏やかに過ごせる場所を作りたかったから。
もちろん、日本人とブリタニア人が争わずに暮らせる社会を目指していた。
だが、その願いの奥には、大切な家族ともう一度笑い合いたいという、少女らしい願いもあったのだ。
「……ユフィ姉様」
ナナリーが口元を押さえた。
「私の……ために……?」
「ナナリー……」
ユーフェミアは困ったように笑った。
「それだけじゃありませんよ。もちろん、日本の皆さんのためでもありました。でも……ナナリーやルルーシュと、もう一度仲良く暮らせたらって、思っていたんです」
「……っ」
ナナリーは涙をこぼした。
自分のために、皇位継承権を捨てた姉。
その姉を殺した兄。
あまりにも残酷な事実だった。
そして、スクリーンの中では、その事実を聞いたルルーシュが沈黙していた。
彼は困惑していた。
自分が何年もかけて積み上げてきた計画。
復讐のために流した血。
多くの人を巻き込み、利用し、傷つけながら進めてきた革命。
そのすべてを、一人の少女がまったく別の方法で終わらせようとしている。
しかも、それがナナリーのためだというのだ。
ルルーシュの胸中に、複雑な感情が渦巻いていた。
敗北感。
安堵。
嫉妬。
そして、幼い頃から知る少女への愛情。
彼女は、自分が失ってしまったものを、まだ持っていた。
人を信じる強さ。
誰かを傷つけずに願いを叶えようとする優しさ。
自分にはもう選べないと思っていた道を、彼女は目の前に差し出していた。
「……ルルーシュ?」
シャーリーが呟く。
スクリーンの中のルルーシュが、笑っていた。
ゼロとしての冷酷な笑みではない。
皮肉でも、嘲笑でもない。
心の底から、困ったものだと認めるような、穏やかな笑みだった。
そして、ルルーシュはユーフェミアに告げた。
自分の負けだ、と。
行政特区日本の計画を受け入れる、と。
「……え?」
ニーナが声を漏らした。
その言葉を理解するまでに、数秒を要した。
「……受け入れた?」
スクリーンの中では、ルルーシュが自分の計画を取り下げることを決めていた。
ユーフェミアを利用するために準備していた筋書きは、もう必要なくなっていた。
彼は、妹のように思っていた少女が示した道を認めたのである。
「そんな……」
コーネリアも驚きを隠せなかった。
ゼロは行政特区日本の最大の障害となる存在だった。
しかし、そのゼロが協力を約束したというのか。
それが本当ならば。
もし本当に、そのまま進んでいたのならば。
「……成功していたのか?」
藤堂が呟いた。
誰も答えられなかった。
だが、少なくとも一つだけは確かだった。
この瞬間、ルルーシュは行政特区日本を破壊しようとは考えていなかった。
彼は、ユーフェミアの願いを受け入れていた。
そして、そんな彼の隣で、ユーフェミアは本当に嬉しそうに笑っていた。
「……よかった」
映画館のユーフェミアが呟いた。
その目には、涙が浮かんでいた。
「私……ルルーシュに認めてもらえたんですね」
彼女の記憶は、この辺りまで残っていた。
幼い頃から知っているルルーシュが、自分の提案を受け入れてくれた。
それが本当に嬉しかった。
彼ならきっと、日本人とブリタニア人が仲良く暮らせる世界を作るために協力してくれる。
そう信じていたのだ。
「……私、間違ってなかったんですね」
ユーフェミアが微笑む。
だが、誰もその言葉に答えることができなかった。
なぜなら、この後に何が起きるのかを知っているからだ。
そして、スクリーンの中では、二人が楽しそうに会話を続けていた。
その光景を見つめながら、ニーナは必死に考えていた。
何かがおかしい。
自分が知っている事実と、映像の中で起きている出来事が一致しない。
ルルーシュはユーフェミア様を利用しようとしていた。
それは間違いない。
しかし、途中で考えを変えた。
彼女の願いを受け入れた。
では、なぜ。
なぜ、あのような事件が起きたのか。
「……お願い」
ニーナは小さく呟いた。
「お願いだから……これ以上、何も起きないで……」
それは、叶うはずのない願いだった。
そして、スクリーンの中でルルーシュが口を開いた。
自分には、他人を絶対に従わせる力があるのだと。
たとえどんな無茶な命令でも、相手は逆らうことができない。
そう説明する彼の表情は、どこか得意げだった。
ユーフェミアは不思議そうに首を傾げる。
ルルーシュは、その能力がいかに強力なのかを説明しようとしていた。
そして、彼は口にしてしまった。
絶対に、言ってはならない一言を。
第四話 たった一つの、最悪の冗談
その一言が発せられる直前、スクリーンの映像が停止した。
「……え?」
シャーリーが顔を上げる。
今まで一度も止まることなく進んでいた映像が、不自然なほど静かに停止していた。
ルルーシュは笑っている。
ユーフェミアも笑っている。
これから二人で行政特区日本を成功させようと、希望に満ちた表情を浮かべている。
そんな二人の姿が、まるで写真のように固定されていた。
『ここから先の出来事について、上映に先立ち説明を行います』
突然のアナウンスに、観客たちが顔を上げる。
『これから発生する事件は、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの人生において、最大級の転換点となります』
「……転換点?」
ミレイが呟いた。
『また、この事件については、当事者たちの認識と実際の原因に大きな相違が存在します』
その言葉に、ニーナが眉をひそめる。
「……どういう意味?」
『まず、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが所有するギアスについて、追加説明を行います』
スクリーンの中央に、赤い紋様が浮かび上がった。
先ほど、ルルーシュの瞳に現れたものと同じ紋様だった。
『ギアスとは、使用者の精神状態や能力の成長によって性質が変化する特殊な力です。ルルーシュのギアスは当初、本人が意図的に発動させることのできる能力でした』
「……当初?」
藤堂がその言葉を拾った。
「ということは、途中から違ったということか?」
『その通りです』
次に映し出されたのは、マオと呼ばれる青年の姿だった。
他人の心を読むギアスを持った男。
しかし、彼は能力を制御できなくなっていた。
周囲の人間の思考が、本人の意志とは関係なく絶え間なく聞こえてしまう。
その苦痛が、彼の精神を少しずつ追い詰めていった。
「……こんなことが」
ミレイが顔をしかめる。
「他人の心が勝手に聞こえ続けるなんて、まともでいられるわけないじゃない」
「……そうね」
カレンが頷く。
ギアスが危険な能力であることは分かった。
しかし、使用者自身にさえ制御できなくなる可能性があるという事実は、また別の恐ろしさを持っていた。
『能力の成長に伴い、ギアスの発動を使用者が停止できなくなる場合があります』
スクリーンの映像が変わる。
今度は、ルルーシュの左目が大きく映し出されていた。
『そして、この時点でルルーシュのギアスは、本人の意志による停止が不可能となる段階へ移行していました』
「……は?」
ニーナが呟いた。
彼女は一瞬、その説明を理解できなかった。
「……ちょっと待って」
スクリーンを見る。
ルルーシュが笑っている。
ユーフェミアも笑っている。
そして、ルルーシュの左目には、確かに赤い紋様が浮かび上がっていた。
「……嘘」
ニーナの声が震える。
「そんな……そんなことって……」
まだ、何も説明されていない。
だが、ニーナの頭の中では、一つの可能性が生まれていた。
認めたくない可能性。
あまりにも馬鹿げていて、あまりにも残酷な可能性だった。
「……まさか」
コーネリアもまた、その意味に気付き始めていた。
ギアスは相手を絶対に従わせる能力。
ルルーシュの意志とは関係なく発動する状態。
そして、目の前にいるのはユーフェミア。
行政特区日本を設立しようとしていた妹。
後に日本人の虐殺を命じた妹。
その三つが、一つの線でつながり始める。
「……やめろ」
コーネリアが呟いた。
「それ以上は……」
彼女の願いなど、スクリーンには届かない。
『それでは、映像を再開します』
停止していた時間が動き始めた。
ルルーシュが楽しそうに口を開く。
自分のギアスならば、ユーフェミアの意志に反する命令でも強制できる。
そんな能力の恐ろしさを説明しようとしたのだ。
彼は、少し悪戯っぽく笑った。
そして、わざと極端な例を選んだ。
『例えば、僕が今ここで日本人を殺せと命じれば、君は嫌でも従うことになるんだ』
その瞬間。
ルルーシュの左目が赤く輝いた。
ギアスが発動した。
真正面から彼の瞳を見ていたユーフェミアの目に、赤い光が入り込む。
「…………え?」
映画館のユーフェミアが小さく声を漏らした。
スクリーンの中でも、彼女は同じように驚いていた。
そして、ルルーシュが笑顔のまま固まった。
今、自分は何を言った?
何が起きた?
なぜギアスが発動した?
ルルーシュの思考が、スクリーンに映し出される。
彼は命令するつもりなどなかった。
ユーフェミアを傷つけるつもりもなかった。
行政特区日本を破壊するつもりもなかった。
ただ、能力の説明をするために、あり得ないほど極端な例を挙げただけだった。
それが、冗談のつもりだった。
「…………」
誰も声を出せなかった。
映画館の空気が、凍り付いたようだった。
そして、その沈黙を破ったのはニーナだった。
「……え?」
彼女は何度か口を動かした。
だが、うまく言葉にならなかった。
「……今の……何?」
隣の席に座るミレイを見る。
ミレイもまた、呆然としていた。
「会長……今の……」
「……ニーナ」
「今の、冗談……だったんですか?」
問い掛ける声が震える。
ミレイは答えられなかった。
答える必要など、なかった。
スクリーンには、ルルーシュの思考が映し出されている。
そこに、虐殺を望む気持ちは存在しなかった。
行政特区日本を破壊しようという計画も、もはや存在しなかった。
彼はただ、ユーフェミアと穏やかに会話をしていただけだった。
そして、能力の説明をするために口にした冗談が、最悪の命令へと変わってしまった。
「……ふざけないで」
ニーナが呟いた。
「……ふざけないでよ……」
彼女の目から涙がこぼれた。
「なんで……なんでそんな冗談を言うのよ……!」
スクリーンの中では、ユーフェミアが苦しそうに顔を歪めていた。
そして、そんな彼女を前に、ルルーシュが青ざめている。
ようやく、自分が何をしてしまったのか理解したのだ。
「嘘でしょう……?」
シャーリーが口元を押さえた。
「ルル……そんな……」
ルルーシュは頭がよかった。
誰よりも先を読み、他人を出し抜き、難しい問題をあっさりと解いてしまうような人だった。
シャーリーは、そんな彼が好きだった。
少し意地悪で、格好つけたがりで、何でも自分一人で抱え込もうとするところもあった。
だが、彼がこんな失敗をするとは思っていなかった。
それも、何千、何万という人間の運命を変えてしまうような失敗を。
「……冗談?」
コーネリアが呟く。
彼女の声は、ひどく静かだった。
「……あの事件が?」
誰も答えない。
「ユフィが虐殺皇女と呼ばれるようになったのも……」
握り締めた拳が震える。
「日本人が殺されたのも……」
呼吸が荒くなる。
「私の妹が……あんな死に方をしたのも……!」
そこで、コーネリアは言葉を詰まらせた。
怒りのあまり声が出なくなったのではない。
理解したくなかったのだ。
もっと残酷な計画があったと思っていた。
ゼロが周到に準備し、ユーフェミアを罠に掛けたのだと。
あるいは、ブリタニアを憎むあまり、妹を利用して日本人を虐殺させたのだと。
そう考えれば、少なくとも敵の悪意として理解できた。
しかし。
冗談。
ただの冗談。
そんなものが原因だったというのか。
「……馬鹿な」
コーネリアは力なく呟いた。
「そんな……そんなことで……!」
彼女の隣に座っていたユーフェミアは、何も言わなかった。
ただ、スクリーンを見つめていた。
そこには、自分が映っている。
そして、自分の目が赤く染まっていく。
ユーフェミアは、震える手を胸元に当てた。
「……私……」
何かを思い出しかけた。
あの日、ルルーシュと話していた時のこと。
行政特区日本を成功させようと、二人で約束したこと。
その後、突然おかしくなった自分の身体。
頭の中に入り込んできた、奇妙な衝動。
それが何だったのか、ようやく理解した。
「……あの時……」
スクリーンの中で、ユーフェミアが必死に首を振っていた。
『嫌……そんなこと……』
自分は日本人を殺したくない。
そんなことをするために行政特区日本を作ったわけではない。
人を助けたい。
誰もが笑って暮らせる世界を作りたい。
その願いは、確かに存在していた。
しかし、ギアスは彼女の願いなど認めなかった。
命令は絶対。
相手がどれほど拒絶しても、命令を実行しようとする。
ユーフェミアの意識が、少しずつその命令に侵食されていった。
「……やめて」
映画館のユーフェミアが小さく呟いた。
「私……そんなこと、したくありません……」
隣のコーネリアが妹の肩を抱く。
「ユフィ……!」
「姉上……私、そんなこと……」
ユーフェミアの目から涙がこぼれた。
「私……日本の皆さんと、仲良くしたかっただけなのに……」
その言葉に、コーネリアは妹を強く抱き締めた。
スクリーンの中では、ルルーシュが必死になっていた。
命令を取り消そうとする。
ユーフェミアを止めようとする。
しかし、一度かけたギアスを再び使って上書きすることはできない。
彼には、もう彼女を元に戻す手段がなかった。
その事実を理解した瞬間、ルルーシュの表情から血の気が引いた。
彼の胸中には、絶望が広がっていた。
自分は何をした。
何をしてしまった。
ユーフェミアは、自分を信じてくれた。
自分の計画を打ち明け、協力を求めてくれた。
自分もまた、その願いを受け入れたはずだった。
それなのに。
たった一言。
たった一度の、軽率な冗談によって。
彼女のすべてを壊してしまった。
「……ルル」
シャーリーが震える声で名前を呼んだ。
そんな表情をしたルルーシュを、見たことがなかった。
いつだって余裕そうに振る舞っていた。
困っている時でも、どこかで解決策を考えているような人だった。
だが、今の彼には何もなかった。
自分の犯した過ちを理解しているのに、取り返す方法がない。
その事実だけが、少年を追い詰めていた。
「……どうして」
ニーナが呟く。
誰に向けた問いなのか、自分でも分からなかった。
「どうして……気を付けなかったの……?」
ルルーシュはギアスを持っていた。
その危険性を誰よりも知っていた。
過去には、能力の制御を失った者とも遭遇している。
それなのに。
よりにもよって、ユーフェミア様を相手に。
よりにもよって、あんな命令を。
「……なんで、そんな馬鹿なことを……!」
ニーナは顔を覆った。
怒りたかった。
罵倒したかった。
ルルーシュを人殺しだと責めたかった。
しかし、その一方で、今まで自分が信じてきたものが音を立てて崩れていくのを感じていた。
ルルーシュは、最初からユーフェミア様を殺すつもりだった。
そう信じていた。
あの虐殺も、すべてゼロの計画だったのだと。
だからこそ憎めた。
絶対に許してはならない悪人として、憎み続けることができた。
だが、実際は違った。
彼は、ユーフェミア様と一緒に行政特区日本を成功させようとしていた。
その直後に、冗談を言った。
そして、すべてが壊れた。
「……そんなの……」
ニーナが嗚咽を漏らす。
「そんなの……あんまりじゃない……!」
何が一番悲しいのか分からなかった。
ユーフェミア様が死んだこと。
日本人が殺されたこと。
ルルーシュが冗談であんなことを言ったこと。
それとも。
もし、ルルーシュが何も言わなかったならば、ユーフェミア様が生きていたかもしれないという事実。
そのすべてが、彼女には耐え難かった。
◇ ◇ ◇
第五話 虐殺皇女の真実
映像は止まらなかった。
そして、観客たちは知ることになる。
あの日、行政特区日本で何が起きたのか。
それが、どれほど理不尽な出来事だったのかを。
スクリーンに映し出されたユーフェミアは、すでに先ほどまでの彼女ではなかった。
笑顔は残っている。
声も同じ。
歩き方も、仕草も、何一つ変わっていない。
しかし、その言動だけが決定的に違っていた。
日本人を殺さなければならない。
その命令が、彼女の行動を支配していた。
「……嫌」
映画館のユーフェミアが呟いた。
「……私、こんなこと……」
スクリーンの中では、ユーフェミアが式典会場へと向かっていた。
会場には、行政特区日本の設立を祝うために集まった日本人が大勢いた。
彼らはまだ、何も知らなかった。
これから自分たちの生活が変わるのだと信じていた。
日本人という名前を取り戻せる。
差別されずに暮らせるかもしれない。
子供たちが、将来を夢見られるようになるかもしれない。
そんな希望を胸に、皇女の登場を待っていた。
「……お母さん」
後方の席で、小さな男の子が母親の手を握った。
先ほど、ユーフェミアに話し掛けた女性の息子だった。
「……どうしたの?」
「……これ、あの日だよね?」
女性は息を呑んだ。
スクリーンには、親子三人で式典会場に向かった時の映像が映っていた。
夫が笑っている。
息子が楽しそうに手を振っている。
自分も笑っていた。
あの日は、家族三人で新しい生活を始められると思っていた。
「……そうね」
女性は息子の頭を撫でた。
「……あの日よ」
スクリーンの中で、ユーフェミアが壇上に立つ。
観客たちの歓声が響く。
誰もが、彼女の言葉を待っていた。
そして、ユーフェミアは笑顔で口を開いた。
日本人を殺害するよう、命じた。
会場が静まり返った。
「……っ!」
映画館のユーフェミアが顔を覆った。
誰も、すぐには理解できなかった。
会場にいた日本人たちも、冗談だと思ったのだろう。
だが、ユーフェミアは続けた。
日本人を全員殺すように、と。
そして、近くにいた兵士から銃を奪うと、実際に引き金を引いた。
銃声が響いた。
「……いやぁっ!」
映画館のユーフェミアが悲鳴を上げる。
スクリーンに映っているのは、自分だった。
自分の顔。
自分の声。
自分の手。
その手が銃を持ち、日本人に向けられている。
理解できなかった。
自分は、あんなことを望んでいなかった。
望むはずがなかった。
「……姉上……」
ユーフェミアが震える。
「……私……私が……」
「見るな、ユフィ!」
コーネリアが妹を抱き締める。
しかし、ユーフェミアは首を振った。
「……見ます」
「ユフィ!」
「……私が、何をしたのか……知らないままでは……」
声が震えていた。
涙が止まらなかった。
それでも、ユーフェミアはスクリーンから目を逸らさなかった。
彼女は日本人を救いたかった。
そのために皇位継承権まで捨てた。
姉に反対されても、周囲に無謀だと言われても、諦めなかった。
なのに。
自分自身の手で、その人たちを殺している。
「……ごめんなさい……」
ユーフェミアが呟いた。
「……本当に……ごめんなさい……」
その言葉は、誰に向けられたものだったのだろう。
スクリーンの中で殺された日本人たちか。
行政特区日本を信じてくれた人々か。
それとも、自分を信じて協力してくれるはずだったルルーシュか。
ユーフェミア自身にも分からなかった。
ただ、謝ることしかできなかった。
そして、その様子を見ていた日本人たちの表情も複雑だった。
「……本当に、操られていたのか」
年配の男性が呟く。
彼は行政特区日本で息子を亡くしていた。
あの日以来、ユーフェミアを憎み続けてきた。
平和を約束しながら、突然日本人を虐殺した皇女。
自分たちを騙していた悪魔のような女。
そう思っていた。
だからこそ、彼女を憎むことができた。
しかし、今目の前にいる少女は泣いている。
あの事件が、本人の意志ではなかったと知って。
自分が犯したことを知って。
まるで、何も知らない子供のように泣いている。
「……ふざけるなよ」
男性が呟いた。
その声には怒りがあった。
「……じゃあ、俺の息子は何のために死んだんだ……?」
誰も答えられなかった。
「皇女様が悪魔だったなら、それでよかった……。最初から殺すつもりだったなら、俺は一生あんたを憎んでいられた!」
男性が立ち上がった。
「でも、違うっていうのか!? あんたも、あんなことしたくなかったっていうのか!?」
「……はい」
ユーフェミアが震える声で答える。
「……私は、殺したくありませんでした……」
「じゃあ、どうして死んだんだよ!」
男性の声が映画館に響き渡る。
「俺の息子は……どうして殺されたんだよ……!」
その叫びに、ユーフェミアは答えられなかった。
答えなど、あるはずがなかった。
ルルーシュが冗談を言ったから。
ギアスが暴走したから。
それらは原因を説明することはできても、息子を失った父親の悲しみに答えるものではなかった。
「……申し訳、ありません……」
ユーフェミアは泣きながら頭を下げた。
男性は何か言おうとした。
しかし、それ以上の言葉が出てこなかった。
彼が憎んでいた虐殺皇女は、そこにはいなかった。
いたのは、自分が知らない間に大勢の人間を殺してしまったと知り、泣いている少女だった。
だが、それで息子が帰ってくるわけではない。
憎しみを向ける相手が変わったところで、喪失感が消えるわけではない。
「……畜生……」
男性は顔を覆った。
「……なんなんだよ……こんなの……」
その姿を見ながら、藤堂は静かに目を閉じた。
彼もまた、戦争によって大勢の部下を失ってきた。
敵の悪意によって死んだ者もいる。
命令によって死んだ者もいる。
そして、誰も望んでいなかった事故によって死んだ者もいた。
だが、死んだという事実に違いはなかった。
理由を知ることと、納得できることは別なのだ。
◇ ◇ ◇
スクリーンの中では、虐殺が続いていた。
ユーフェミアの命令に従い、兵士たちが日本人へ銃を向ける。
混乱の中で逃げ惑う人々。
倒れる者。
家族の名前を呼ぶ者。
そして、何が起きているのか理解できないまま、ただ走る子供たち。
「……こんな……」
リヴァルが顔を青くした。
彼は戦争を直接経験したことが少なかった。
ゼロの活動も、ブリタニア軍の作戦も、どこか遠い世界の出来事のように感じていた。
だが、今目の前に映っているのは現実だった。
人が死んでいる。
自分たちと同じように、笑って、話して、家族と暮らしていた人たちが。
「……ルルーシュ……」
リヴァルが小さく呟く。
「……お前、何やってんだよ……」
その言葉に、ミレイは何も答えなかった。
彼女もまた、同じことを考えていたからだ。
ルルーシュは賢い少年だった。
だから、こんなことが起きるとは思わなかった。
だが、違う。
賢いからといって、失敗しないわけではない。
いくら頭がよくても、取り返しのつかない間違いを犯すことはある。
そして、その間違いが誰かの命を奪うこともある。
今まさに、彼らはその事実を突き付けられていた。
「……殿下」
ダールトンが声を上げた。
彼の表情は苦痛に満ちていた。
スクリーンには、ユーフェミアを止めようとする自分の姿が映っていた。
彼は当時、皇女の言動が異常であることに気付いていた。
何かがおかしい。
ユーフェミア様が、こんなことを命じるはずがない。
そう考え、必死に制止しようとした。
しかし、彼女は銃を向けた。
そして、引き金を引いた。
「……殿下が、あの時……」
ダールトンが呟く。
「ギアスという力によって操られていたというのならば……!」
「……ダールトン」
コーネリアが名前を呼んだ。
ダールトンは悔しそうに拳を握り締めた。
「私は……もっと強く止めるべきでした。たとえ殿下から銃を向けられようとも、身を挺して止めるべきだった!」
「お前の責任ではない」
コーネリアが答える。
「だが……!」
「……お前の責任ではない」
もう一度、同じ言葉を繰り返す。
しかし、コーネリア自身も分かっていた。
そう言ってやることしかできないのだ。
誰が悪かったのか。
誰に責任があったのか。
答えは明白なようで、簡単ではなかった。
ギアスによって操られたユーフェミア。
命令を下したルルーシュ。
そして、ユーフェミアの命令に従い、実際に日本人へ銃を向けた兵士たち。
彼らはギアスによって直接操られていたわけではない。
皇女の命令だから従った者もいた。
異常だと思いながらも従った者もいた。
そして、もともと日本人を見下していたため、ためらうことなく発砲した者もいた。
そのすべてを、一つの理由だけで片付けることはできなかった。
「……ルルーシュのせいだ」
ニーナが呟く。
「全部、あいつのせいよ……!」
しかし、その言葉には以前ほどの確信がなかった。
ルルーシュがギアスをかけた。
それがなければ事件は起きなかった。
だから彼が悪い。
それは間違っていないはずだった。
だが、彼が意図的に虐殺を起こしたわけではないことも、今では知ってしまった。
それでも、憎むべきなのか。
もちろん、憎い。
ユーフェミア様を死なせたのだから。
だが、憎しみだけでは説明できない感情が胸の奥で膨らんでいた。
「……許せない」
ニーナが呟く。
「……絶対に、許せない……」
その言葉を聞いたユーフェミアは、何も言わなかった。
ただ、彼女の手をそっと握った。
「……ユーフェミア様?」
「……ニーナさん」
ユーフェミアは涙を浮かべたまま、静かに微笑んだ。
「私のために、怒ってくれているのですね」
「……当たり前です!」
ニーナが叫ぶ。
「だって……だって、ユーフェミア様は何も悪くないのに!」
ユーフェミアは小さく首を振った。
「……私、まだうまく考えられません」
その声は、とても弱々しかった。
「ルルーシュのことも、何があったのかも……全部、理解できたわけではありません。でも……」
彼女はスクリーンを見つめた。
「……あの方たちが亡くなったことは、変わらないんですよね」
「……はい」
「……だったら、私は……」
そこで言葉が途切れた。
自分が悪くないと言われても、何も感じずにはいられなかった。
自分の意志ではなかったとしても、自分の身体が人を殺した。
自分の口が命令を下した。
それによって、大勢の人間が死んだ。
自分は被害者なのか。
それとも、加害者なのか。
ユーフェミアには、その区別がつかなかった。
ただ、一つだけ確かなことがある。
「……あの時、私……本当に、皆さんと仲良く暮らしたかったんです」
彼女の声が震えた。
「……それだけは……信じてほしいです……」
その言葉に、後方の日本人たちは誰も答えなかった。
しかし、彼女から目を逸らす者もいなかった。
その沈黙が、ユーフェミアには何よりも辛かった。
◇ ◇ ◇
第六話 それでも、ゼロは引き金を引いた
虐殺を止めようと奔走するルルーシュ。
しかし、すでに事態は取り返しのつかないところまで進んでいた。
ユーフェミアを止めなければならない。
だが、どうすればいい。
ギアスを解除する方法はない。
説得も通じない。
力ずくで拘束したとしても、彼女の頭の中には命令が残り続ける。
ルルーシュは必死に考えていた。
何か方法はないのか。
自分なら、何とかできるのではないか。
しかし、答えは出なかった。
「……ルルーシュ」
ナナリーが小さく呟いた。
スクリーンの中で、兄が苦しんでいる。
それが、ナナリーには辛かった。
兄はいつだって、自分の願いを叶えようとしてくれた。
優しい世界を作ろうとしてくれた。
しかし、そのために多くの人を傷つけてしまった。
そして今、最も傷つけたくなかった人まで傷つけてしまった。
「……お兄様……」
ナナリーの目から涙がこぼれる。
「……どうして、こんなことに……」
隣にいたユーフェミアが手を伸ばし、ナナリーの手を握った。
二人は何も言わなかった。
ただ、互いの手を握り締めていた。
スクリーンの中では、ルルーシュが黒の騎士団へ命令を下していた。
行政特区日本は罠だった。
ユーフェミアは敵だ。
日本人を救うためにブリタニア軍を攻撃しろ。
そして、ユーフェミアを殺せ。
「……っ!」
コーネリアが椅子から立ち上がった。
「ルルーシュッ!」
怒声が響き渡る。
「貴様……!」
先ほどまでは、事故だった。
故意ではなかった。
そう説明されていた。
だが、今の命令は違う。
ルルーシュは、自分の意志でユーフェミアを敵だと宣言した。
妹を殺せと命令した。
「……自分で過ちを犯しておきながら……!」
コーネリアの拳が震える。
「それを隠し、ユフィを悪人に仕立て上げるというのか!」
「……姉上」
ユーフェミアが声を掛ける。
だが、コーネリアは止まらなかった。
「何が冗談だ! 何が事故だ! その後に貴様がしたことは、すべて自分の意志ではないか!」
その言葉に、映画館の観客たちは誰も反論できなかった。
確かに、最初のギアスは事故だった。
ルルーシュは虐殺を望んでいなかった。
しかし、その後に取った行動は違う。
彼は真実を隠した。
ユーフェミアを虐殺皇女として世界に認識させた。
そして、その悲劇を革命のために利用した。
それらは、すべて彼自身の選択だった。
「……そうね」
カレンが小さく呟く。
彼女は、あの日のことを覚えていた。
ユーフェミアを倒せ。
日本人を救え。
ゼロの命令を聞いた時、自分は迷わなかった。
なぜなら、ユーフェミアが本当に虐殺を命じていたからだ。
あの時の自分にとって、彼女は許し難い敵だった。
しかし、その真実を知ってしまった今は違う。
「……私たちも、知らなかった」
カレンが呟いた。
黒の騎士団は、ゼロを信じていた。
少なくとも、自分たちが戦っている理由については、信じていた。
だが、ゼロは知っていた。
ユーフェミアが操られていたことを。
彼女が本当は日本人を殺したくなかったことを。
そして、その原因が自分にあったことを。
「……最低よ、ルルーシュ」
カレンの声が震えた。
「……どうして、言ってくれなかったのよ……」
その問いに答えるように、スクリーンにはルルーシュの胸中が映し出される。
真実を説明しても、誰が信じるのか。
ギアスという能力の存在を公表できるのか。
自分が犯した失敗を認めれば、黒の騎士団はどうなるのか。
そして、何より。
すでに多くの日本人が殺された。
行政特区日本は崩壊した。
ユーフェミアを止める方法も見つからない。
ならば、どうする。
ルルーシュは、自分の犯した過ちを利用することを選んだ。
それが、少なくとも生き残った日本人を救うための手段になると考えた。
そして、その選択によって、ユーフェミアが一生消えない汚名を背負うことになるのも理解していた。
「……馬鹿ね」
ミレイが呟いた。
「……本当に、馬鹿な子……」
彼女はルルーシュの考え方を理解できる気がした。
いや、理解できてしまうからこそ辛かった。
彼は自分が悪いと分かっていた。
すべてを自分の責任だと考えていた。
そのうえで、残された状況を少しでも自分に有利な方向へ動かそうとした。
だが、それによって何が失われるのか。
彼は理解していながら、止まれなかった。
「……誰かに、相談しなさいよ……」
ミレイが呟く。
「……一人で全部決めないでよ……」
その声には、怒りよりも悲しみが強く滲んでいた。
ルルーシュは頭がよかった。
しかし、頭がよいことと、正しい選択ができることは違う。
そして、彼は最も大切な場面で、その違いを見失っていたのかもしれない。
◇ ◇ ◇
スクリーンに、ユーフェミアの姿が映った。
彼女はナイトメアフレームに乗り込み、日本人を殺そうとしていた。
そして、それを止めるためにゼロが現れる。
やがて機体を破壊され、地上へ降り立つユーフェミア。
彼女はなおも銃を手に取ろうとしていた。
その姿を見て、映画館のユーフェミアは泣いていた。
自分がこんなことをするなど、想像したこともなかった。
武器を持って人を殺そうとする。
その相手が、自分が救おうとした日本人であるという事実が、何よりも辛かった。
「……姉上」
「……ユフィ」
「……私、怖いです」
ユーフェミアが呟いた。
「……私が、私じゃなくなっているみたいで……」
コーネリアは妹を抱き締めた。
「……お前は、お前だ」
「……でも……」
「……お前の意志ではなかった。私は、それを知った」
コーネリアの声が震える。
「……私は、あの日のお前が何を考えていたのか、ずっと分からなかった」
それは、彼女にとって最も辛いことの一つだった。
ユーフェミアは優しい少女だった。
人を傷つけることを嫌い、誰もが笑える世界を望んでいた。
そんな妹が、突然日本人の虐殺を命じた。
なぜ。
どうして。
何か理由があったのか。
それとも、自分が知らない妹の一面があったのか。
コーネリアは何度も考えた。
そして、考えるたびに苦しくなった。
自分は妹のことを、何も理解していなかったのではないかと。
だが、違った。
ユーフェミアは最後まで、ユーフェミアだった。
優しい妹だった。
ただ、その意志を奪われていただけだった。
「……ユフィ」
コーネリアの目から涙がこぼれた。
「……すまなかった」
「……姉上?」
「……私は、一瞬でも……お前が本当にあんなことを望んだのではないかと……」
そこで言葉が途切れる。
ユーフェミアは驚いたように姉を見つめた。
「……姉上」
「……すまない……!」
コーネリアは妹を強く抱き締めた。
その様子を、ニーナは泣きながら見つめていた。
彼女もまた、ユーフェミアを信じていた。
だが、それは自分にとって都合のよい信じ方だったのかもしれない。
ユーフェミア様は悪くない。
ゼロに利用された。
それは確かに事実だった。
しかし、自分はその真実を知ろうとはしなかった。
ただ、ゼロを憎むことで、悲しみを埋めようとしていた。
そして、その憎しみが、やがて別の悲劇へとつながっていく。
ニーナは、そのことを知っていた。
フレイヤ。
自分が生み出した、恐ろしい兵器。
彼女自身の選択が、無関係な人々の命を奪う結果につながった。
憎しみは、確かに理由になる。
だが、理由があるからといって、何をしても許されるわけではない。
「……私も……」
ニーナが小さく呟いた。
「……私も、人のこと……言えない……」
その声を聞いたミレイが、静かにニーナの肩へ手を置いた。
彼女が何を考えているのか、詳しく聞く必要はなかった。
ただ、今はそばにいてやりたかった。
そして、スクリーンの中では、ゼロがユーフェミアへ銃を向けていた。
「……やめて」
ナナリーが呟いた。
その声は、誰にも届かない。
「……お兄様……やめて……!」
スクリーンの中で、ルルーシュは引き金を引いた。
銃声。
ユーフェミアの身体が崩れ落ちる。
「……ユフィ!」
コーネリアの悲鳴が響いた。
ユーフェミア自身も、思わず目を閉じた。
そして、映画館の中に重い沈黙が広がった。
ルルーシュは、ユーフェミアを撃った。
ギアスではない。
誰かに操られていたわけでもない。
彼自身の意志で、引き金を引いた。
その事実だけは、何をどう説明しても変わらなかった。
そして、彼の胸中が映し出される。
後悔。
絶望。
自己嫌悪。
そして、ユーフェミアへの深い愛情。
彼女は、自分が初めて恋心に近いものを抱いた相手だった。
幼い頃から知っている、大切な少女だった。
その少女を、自分の手で撃った。
その事実が、ルルーシュの心を深く傷つけていた。
「……好き……だったんですね」
シャーリーが呟いた。
その言葉には、嫉妬はなかった。
ただ、深い悲しみだけがあった。
「……ルル、ユフィ様のこと……」
ミレイも何も言わなかった。
彼女は、ルルーシュがどれほど不器用な人間だったのかを知っている。
大切な人ほど、遠ざけてしまう。
守りたいと思った人ほど、自分の事情に巻き込まないようにする。
そして、最後には自分一人で決断してしまう。
それが、ルルーシュという少年だった。
だが、今回ばかりは、その不器用さで済ませることはできなかった。
彼は、自分の手で大切な人を殺したのだから。
◇ ◇ ◇
第七話 許せない理由と、許したい理由
ユーフェミアの死が映し出された後、映画館の照明がゆっくりと明るくなった。
『ここで一時休憩といたします』
アナウンスが流れる。
だが、誰も席を立とうとはしなかった。
今まで見せられた映像が、あまりにも衝撃的だったからだ。
ルルーシュがゼロだったこと。
彼がブリタニアを憎んでいた理由。
ギアスという能力。
そして、行政特区日本の悲劇。
それらは、すでに多くの者が知っていた歴史とは、まったく異なる意味を持っていた。
特に、ユーフェミアに対する認識は大きく変わっていた。
虐殺皇女。
日本人を騙し、平和を約束しながら虐殺を命じた悪女。
それが、彼女に貼り付けられた汚名だった。
しかし、真実は違った。
彼女は最後まで、日本人を救おうとしていた。
その願いを奪われ、意志を操られ、自分が最も嫌っていたことを強制された。
そして、最後には大切な人の手によって殺された。
あまりにも残酷な結末だった。
「……あの」
静寂を破ったのは、ユーフェミアだった。
彼女はゆっくりと立ち上がった。
そして、後方に座る日本人たちへ顔を向ける。
「……皆さんに、お話ししたいことがあります」
日本人たちが顔を上げる。
先ほど息子の死を語った男性も、家族を失った女性も、静かに彼女を見つめていた。
「……私は、今まで自分が何をしたのか、よく分かっていませんでした」
ユーフェミアの声が震える。
「……でも、先ほどの映像で知りました。私の命令によって、大勢の人が亡くなったことを」
そこで一度、言葉を切る。
「……私は、皆さんを殺したくありませんでした」
その一言に、何人かの日本人が顔を歪めた。
「……私は、本当に……皆さんと仲良く暮らしたかったんです」
ユーフェミアの目から涙がこぼれた。
「……だから、あの場所を作ろうと思いました。日本人も、ブリタニア人も、同じように笑って暮らせる場所を……」
彼女は深く頭を下げた。
「……でも、その願いは叶いませんでした」
誰も何も言わない。
「……私が何も覚えていなかったからといって、皆さんの悲しみが消えるわけではありません」
ユーフェミアの肩が震えた。
「……ですから、私を許してくださいとは言いません」
その言葉に、コーネリアが顔を上げた。
「ユフィ……」
「……ただ、一つだけ……お願いがあります」
ユーフェミアは涙を拭いながら、日本人たちを見つめた。
「……私は、日本人の皆さんを憎んでいたわけではありません」
その声は、震えながらもはっきりしていた。
「……それだけは、どうか……覚えていてください……」
映画館の中が静まり返った。
彼女の言葉は、決して自分を正当化するものではなかった。
ただ、自分の本当の気持ちを知ってほしいという願いだった。
先ほどの日本人女性が、ゆっくりと立ち上がった。
「……皇女様」
「……はい」
「……私は、あなたを恨んでいました」
ユーフェミアが小さく頷く。
「……当然だと思います」
「夫が死んで、息子が怪我をして……。私たちは、何も悪いことなんてしてなかったんです」
「……はい」
「ただ、普通に暮らしたかっただけだったんです」
女性の目から涙がこぼれる。
「……あなたが日本人を殺せって言った時、私は本当に……何が起きたのか分からなかった」
彼女は息子の手を握った。
「……ずっと、あなたが憎かった。どうしてあんなことをしたのか、何度も考えました」
そこで言葉を詰まらせる。
「……でも、今は……」
女性は首を振った。
「……分からないんです」
ユーフェミアが顔を上げる。
「……許していいのかも、恨んでいいのかも……」
女性の声が震えた。
「……あなたも、被害者だったんですね……」
その一言に、ユーフェミアは目を見開いた。
女性は泣いていた。
「……でも、だからって夫が帰ってくるわけじゃないんです……」
「……はい」
「……だから、今すぐ許すなんて……できません……」
「……はい」
ユーフェミアも泣いていた。
二人は、しばらく何も言わなかった。
そして、女性は静かに座った。
彼女の隣では、息子が母親の手を握っていた。
その光景を見ながら、藤堂は目を閉じた。
彼は、今のやり取りこそが、この上映会の意味なのかもしれないと思った。
真実を知ったところで、すべてが解決するわけではない。
だが、真実を知らなければ、理解する機会すらなかった。
それだけは、確かなことだった。
◇ ◇ ◇
「……私は、許さない」
突然、ニーナが口を開いた。
その言葉に、ユーフェミアが振り向く。
「……ニーナさん?」
「……ルルーシュのことです」
ニーナは俯いたまま続けた。
「……私は、ルルーシュを許しません」
ミレイが何か言おうとしたが、ニーナは首を振った。
「……だって、あの人がギアスを使わなければ、ユーフェミア様は死ななかったんです」
その声は、怒りで震えていた。
「……冗談だったとか、事故だったとか、そんなの関係ありません」
ニーナは顔を上げる。
「……ユーフェミア様は、何も悪くなかったんです」
ユーフェミアは何も言わなかった。
「……それなのに、ルルーシュは……自分の失敗を隠すために、ユーフェミア様を悪人にした!」
ニーナの目から涙がこぼれる。
「……私は、それが許せません……!」
誰も否定しなかった。
実際、ルルーシュは自分の過ちを隠した。
その結果、ユーフェミアは虐殺皇女として歴史に名を残すことになった。
彼女の本当の願いは、誰にも知られなかった。
その事実が変わるわけではない。
「……そうね」
カレンが静かに答えた。
「……私も、許せないことはあるわ」
ニーナが顔を上げる。
「……でも、それと同時に……」
カレンは言葉を探した。
ゼロとしてのルルーシュ。
生徒会副会長としてのルルーシュ。
そして、ユーフェミアを殺したルルーシュ。
そのすべてを知ってしまった今、簡単に結論を出すことはできなかった。
「……もし、あの時……ギアスが暴走しなかったら……」
カレンが呟く。
「……きっと、何もかも違っていたのよね」
その言葉に、ニーナは顔を歪めた。
それは、彼女が最も考えたくなかったことだった。
もし。
あの時、ルルーシュが冗談を言わなかったなら。
もし。
ギアスが暴走しなかったなら。
もし。
ユーフェミアが、ほんの少しだけ違う方向を向いていたなら。
それだけで、すべてが変わっていたかもしれない。
行政特区日本は成功していたかもしれない。
ユーフェミアは生きていたかもしれない。
スザクと幸せに暮らしていたかもしれない。
そして、日本人とブリタニア人が共存する未来が、本当に実現していたかもしれない。
「……そんなの……」
ニーナが呟く。
「……そんなの、考えたくない……」
彼女は顔を覆った。
考えれば考えるほど、悲しくなる。
たった一つの冗談。
その冗談さえなければ。
すべてが違っていた。
「……ニーナさん」
ユーフェミアが静かに声を掛けた。
「……私も、そう思います」
ニーナが顔を上げる。
「……でも、起きてしまったことは……変えられないんですよね」
「……はい……」
ユーフェミアは悲しそうに微笑んだ。
「……だから、私は……これからどう考えればいいのか、まだ分かりません」
その言葉に、ニーナは何も返せなかった。
彼女もまた、同じだったからだ。
◇ ◇ ◇
第八話 彼女を殺したのは誰なのか
「……一つ、確認しておきたいことがある」
コーネリアが口を開いた。
その声には、軍人としての冷静さが戻っていた。
だが、表情は険しいままだった。
「……あのギアスという力は、本当に解除できなかったのか?」
彼女の問いに、後方に座っていたC.C.が顔を上げた。
「……できなかった」
「……貴様は?」
「C.C.だ」
「お前がルルーシュにあの力を与えたのだな?」
「……そうだ」
C.C.は否定しなかった。
その態度に、コーネリアの表情がさらに険しくなる。
「……ならば、貴様にも責任があるのではないか?」
「……あるだろうな」
C.C.が静かに答える。
あまりにもあっさりとした返答に、コーネリアは一瞬言葉を失った。
「……私はルルーシュに力を与えた。そして、能力が成長すれば制御できなくなる可能性があることも知っていた」
「……ならば、なぜ止めなかった!」
「……止められると思っていたからだ」
C.C.はスクリーンへ視線を向けた。
「……私も、あいつもな」
その言葉には、後悔が滲んでいた。
ルルーシュは賢かった。
ギアスを巧みに使いこなし、自分の目的を実現しようとしていた。
だからこそ、能力の危険性を理解しているはずだと思っていた。
だが、結果は違った。
彼は、自分の力を過信していた。
そして、最悪の瞬間に、その過信の代償を支払うことになった。
「……つまり」
藤堂が静かに口を開く。
「ギアスの発動そのものは事故だった。しかし、その危険性を軽視していた責任はルルーシュにある、ということか」
「……そういうことだ」
C.C.が頷いた。
「……それに、あいつはその後の選択まで事故だったとは言えない」
コーネリアが顔を上げる。
「……どういう意味だ?」
「……ユーフェミアを撃ったのは、あいつ自身の意志だ」
C.C.の言葉に、映画館が静まり返った。
「……あいつは、ユーフェミアを救えないと判断した。そして、彼女を殺すことを選んだ」
コーネリアの拳が震える。
「……それを、許せというのか?」
「……いや」
C.C.は首を振った。
「……許す必要はない」
その答えに、コーネリアは驚いた。
「……私は、あいつの選択が正しかったなどと言うつもりはない。だが、あいつが何を考えていたのかは知っている」
C.C.は一度、言葉を切った。
「……あいつは、自分がユーフェミアを殺したことを、最後まで忘れなかった」
「……っ」
「……忘れられるはずもなかったんだろうな」
その声には、どこか諦めにも似た感情が滲んでいた。
ルルーシュは、自分が犯した罪を理解していた。
理解したうえで、さらに多くの罪を重ねていった。
その先に何があるのか。
自分がどこへ向かっているのか。
彼自身にも、すべてが見えていたわけではなかった。
しかし、彼は止まらなかった。
止まることができなかった。
「……ルルーシュは……」
ユーフェミアが小さく声を上げた。
C.C.が顔を向ける。
「……私を殺した後……泣いていたんですか?」
その問いに、C.C.は少しだけ目を見開いた。
「……ああ」
短い返事だった。
「……泣いていた」
ユーフェミアの目から涙がこぼれた。
「……そう、ですか……」
彼女は胸元に手を当てた。
なぜか、少しだけ安心してしまった。
ルルーシュは、自分を殺したことを悲しんでくれた。
自分の死を、何とも思っていなかったわけではなかった。
それが分かっただけで、胸の奥にあった大きな不安が少し和らいだ。
だが、その感情に気付いた瞬間、ユーフェミアは困惑した。
どうして、自分を殺した人のことを心配しているのだろう。
どうして、その人が泣いてくれたことを嬉しいと思ってしまうのだろう。
理解できなかった。
自分でも、何を考えているのか分からなかった。
「……姉上」
ユーフェミアが呟いた。
「……私、ルルーシュのことを……憎めないんです」
コーネリアが顔を上げる。
「……ユフィ」
「……あんなことをされて、私も……あの方たちも……大変な目に遭ったのに……」
ユーフェミアの声が震える。
「……それでも、ルルーシュが嫌いになれないんです……」
彼女は涙をこぼした。
「……どうしたらいいんでしょう……?」
コーネリアは、何も言わなかった。
答えられなかったのだ。
自分はルルーシュを憎んでいる。
妹を殺した男として。
自分の大切な家族を奪った男として。
しかし、目の前の妹は、その男を憎めないと言っている。
それを否定することができなかった。
なぜなら、ユーフェミアは昔からそういう少女だったからだ。
人を憎むことが苦手で、誰かの悲しみを自分のことのように感じてしまう。
そして、その優しさゆえに、今回の悲劇に巻き込まれた。
「……ユフィ」
コーネリアは妹を抱き締めた。
「……無理に憎む必要はない」
「……姉上……」
「……だが、無理に許す必要もない」
その言葉に、ユーフェミアは顔を上げた。
「……今すぐ答えを出さなくていい」
コーネリアの声は、優しかった。
「……お前が何を思おうと、私はお前の姉だ。それだけは変わらない」
「……はい……」
ユーフェミアは姉の胸に顔を埋めた。
そして、声を殺して泣いた。
その姿を見ながら、ナナリーもまた涙をこぼしていた。
兄を愛していた。
今も、愛している。
だが、兄の行動をすべて肯定することはできない。
それでも、兄が何を考えていたのかを知りたい。
兄がどんな気持ちで戦い、何を望んでいたのかを。
そう思うことが、罪なのだろうか。
ナナリーには分からなかった。
ただ、今は兄に会いたかった。
会って、直接聞きたかった。
どうして、あんな冗談を言ったのか。
どうして、ユーフェミアを殺さなければならなかったのか。
そして、どうして自分には何も話してくれなかったのか。
そのすべてを、聞きたかった。
◇ ◇ ◇
第九話 たった一度、別の言葉を選んでいたなら
やがて、映画館の照明が再び落とされた。
『休憩時間を終了します』
アナウンスが流れる。
だが、スクリーンに映し出されたのは、ルルーシュの人生の続きではなかった。
先ほどの行政特区日本の映像。
ルルーシュとユーフェミアが、穏やかに会話している場面だった。
「……また、ここ?」
シャーリーが呟いた。
『ここからは、実際に起きた出来事ではありません』
その説明に、観客たちが顔を上げる。
『あの時、もしルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが別の言葉を選んでいたならば、何が起きていたのか。その可能性の一つをご覧いただきます』
「……っ!?」
コーネリアの表情が変わった。
もし。
あの時。
別の言葉を選んでいたなら。
そんなものを、今から見せるというのか。
「……やめろ」
彼女は小さく呟いた。
「……そんなものを、見せるな……」
しかし、映像は動き始めた。
ルルーシュが笑っている。
ユーフェミアも笑っている。
そして、ルルーシュが口を開いた。
今度は、あの言葉を口にしなかった。
代わりに、少し照れくさそうに微笑んだ。
『……まあ、何にせよ、君には敵わないな』
ユーフェミアが嬉しそうに笑う。
『それじゃあ、協力してくれるのね?』
『ああ。約束する』
二人が握手を交わした。
たった、それだけだった。
何も起きなかった。
ギアスは発動しなかった。
ユーフェミアが日本人の虐殺を命じることもなかった。
ルルーシュが絶望することもなかった。
そして、行政特区日本の開会式が始まった。
ユーフェミアが壇上に立つ。
大勢の日本人たちが彼女を見つめている。
彼女は微笑み、行政特区日本の設立を宣言した。
拍手が響いた。
歓声が上がった。
ブリタニア人も、日本人も、同じように笑っていた。
そして、その様子をゼロが静かに見つめていた。
「…………」
誰も何も言わなかった。
それは、彼らが望んでいた光景だった。
誰も死なない。
誰も殺されない。
誰も憎まない。
そんな未来が、確かに存在し得たのだ。
もちろん、行政特区日本が本当に成功したかどうかは分からない。
ブリタニアの制度が、簡単に変わるとも限らない。
新たな問題が生まれていた可能性もある。
だが、少なくとも。
あの場所で、あのような虐殺が起きることはなかった。
「……ああ……」
日本人女性が声を漏らした。
スクリーンには、夫が映っていた。
息子を肩車し、楽しそうに笑っている。
自分も笑っている。
家族三人で、新しい生活を始めようとしていた。
「……あなた……」
女性の目から涙がこぼれた。
隣にいた息子が、スクリーンを指差す。
「……お父さんだ……」
その一言に、女性は耐えられなくなった。
息子を抱き締め、声を上げて泣いた。
もう二度と会えない夫。
もう二度と戻らない日常。
それが、目の前に映っている。
もし、あの時。
ルルーシュが別の言葉を選んでいたなら。
自分たちは、今も三人で暮らしていたかもしれない。
そんな未来が、確かにあったのだ。
「……なんで……」
女性が呟いた。
「……なんで、あんなことを言ったのよ……」
その声は、誰にも届かなかった。
そして、彼女だけではなかった。
日本人たちの間から、すすり泣く声が聞こえ始めた。
家族を失った者。
友人を失った者。
大切な人を失った者。
彼らは、今まで悲しみを怒りへと変えて生きてきた。
だが、目の前に映し出された可能性は、その怒りさえも奪っていく。
誰かの明確な悪意によって奪われた未来ではなかった。
たった一度の、軽率な冗談。
それが、すべての始まりだった。
「……ルルーシュ……」
シャーリーが泣いていた。
彼女もまた、もしもの未来を見つめていた。
そこには、生徒会室で笑うルルーシュの姿があった。
ゼロとしての活動を終え、ナナリーと一緒に普通の学生生活を送る少年。
ミレイに雑用を押し付けられ、リヴァルに賭け事へ誘われ、シャーリーに呆れられる。
そんな、何でもない日常。
彼女はそれが、たまらなく愛おしかった。
「……ルル……」
スクリーンの中のルルーシュは、楽しそうに笑っていた。
その隣にはユーフェミアがいた。
ナナリーがいた。
スザクがいた。
誰もが笑っていた。
そんな未来を見ながら、シャーリーは涙をこぼした。
「……こんな未来も……あったんだね……」
ミレイが、彼女の肩を抱いた。
「……そうね」
その声も震えていた。
「……あったかもしれないわね……」
リヴァルは何も言わなかった。
ただ、俯いて涙を拭っていた。
彼が望んでいたのも、そんな普通の日常だったからだ。
◇ ◇ ◇
そして、スクリーンには最後の映像が映し出された。
ルルーシュとユーフェミアが、行政特区日本の式典会場で並んで立っていた。
ユーフェミアは笑っている。
ルルーシュも笑っている。
その二人を、大勢の日本人たちが祝福していた。
「……ルルーシュ」
ユーフェミアが呟いた。
彼女は、もう泣いていなかった。
ただ、静かにスクリーンを見つめていた。
「……私、本当は……」
隣のコーネリアが顔を向ける。
「……ルルーシュと、こんなふうに笑いたかったんです」
その言葉に、コーネリアは何も答えられなかった。
ユーフェミアは続けた。
「……ナナリーと、スザクと、姉上と……みんなで、一緒に暮らしたかったんです」
その声が、少しだけ震える。
「……日本の皆さんとも、仲良くなりたかったんです」
彼女は小さく微笑んだ。
「……それだけだったんですけどね……」
その言葉に、コーネリアは妹を抱き締めた。
そして、ついに堪えきれなくなったように泣き始めた。
軍人として。
皇族として。
姉として。
今まで、誰にも見せることのなかった涙だった。
「……ユフィ……!」
「……姉上……」
「……お前は……何も間違っていなかった……!」
コーネリアの声が震える。
「……お前は、ただ……優しい世界を作ろうとしただけだった……!」
ユーフェミアもまた、姉を抱き締めた。
「……はい……」
二人は、しばらくそのまま泣いていた。
その姿を見ながら、ナナリーも涙をこぼした。
ニーナも。
シャーリーも。
ミレイも。
そして、行政特区日本で家族を失った人々も。
それぞれ、違う理由で泣いていた。
誰かを許したからではない。
誰かを憎むことをやめたからでもない。
ただ、あまりにも多くのものが失われていたことを、改めて知ったからだった。
◇ ◇ ◇
やがて、スクリーンが暗くなった。
そして、白い文字が浮かび上がる。
行政特区日本虐殺事件
発端:ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの意図しないギアス発動
直接的命令:日本人の殺害
発動時の本人の意図:能力説明のための冗談
結果:ユーフェミアの意志の喪失、行政特区日本の崩壊、多数の犠牲者の発生
その後:ルルーシュ自身の判断による事件の政治的利用とユーフェミアの殺害
誰も、その文字から目を逸らさなかった。
冗談だった。
その事実は、確かに明らかになった。
しかし、それによってすべてが許されるわけではなかった。
ルルーシュの責任が消えるわけではない。
ユーフェミアが受けた苦しみも、日本人たちが失った命も、戻ってくることはない。
ただ、今まで知られていなかった真実が、ようやく明らかになったのだ。
ユーフェミアは、虐殺を望んでいなかった。
ルルーシュもまた、あの瞬間に虐殺を望んでいたわけではなかった。
それでも、悲劇は起きた。
そして、彼らはそれぞれの選択によって、その悲劇をさらに大きなものへと変えてしまった。
「……ルルーシュ」
ユーフェミアが小さく呟いた。
その声には、怒りも悲しみも、そして懐かしさも混ざっていた。
「……どうして……あんな冗談を言ったんですか……?」
答える者は、いなかった。
ルルーシュは、この場所にいない。
スザクも、この場所にいない。
だからこそ、残された者たちは真実を知り、それぞれの答えを探すしかなかった。
『以上をもちまして、行政特区日本に関する記録の上映を終了します』
アナウンスが流れる。
『なお、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの人生上映会は、まだ終了しておりません』
その言葉に、観客たちが顔を上げた。
そうだった。
まだ、すべてが終わったわけではない。
ルルーシュの人生は、この事件の後も続いている。
ブラックリベリオン。
記憶の改竄。
黒の騎士団への復帰。
シャーリーの死。
ロロの死。
第二次トウキョウ決戦。
そして、神聖ブリタニア帝国第99代皇帝への即位。
さらには、ゼロレクイエム。
これから先にも、彼らが知らない事実が存在する。
そして、その中には、今回の事件と同じように、多くの者の認識を覆す真実が隠されているのかもしれない。
「……まだ、続くのね」
ミレイが呟いた。
「……そうみたいですね」
シャーリーが答える。
彼女はスクリーンを見つめた。
そこには、再びルルーシュの姿が映し出されていた。
ゼロの仮面を被った少年。
世界を変えようとした少年。
そして、取り返しのつかない過ちを犯してしまった少年。
「……ルル」
シャーリーは小さく微笑んだ。
「……私、最後まで見るよ」
その声には、決意が宿っていた。
「……あなたが何を考えて、何をしてきたのか……全部、知りたいから」
ミレイも、リヴァルも、カレンも、ナナリーも、静かに頷いた。
そして、コーネリアは妹を抱き締めたまま、スクリーンへ鋭い視線を向けていた。
「……ルルーシュ」
その声には、まだ怒りが残っていた。
「……貴様の罪が消えたわけではない」
しかし、それと同時に。
「……だが、ユフィの真実を知ることができた」
その事実だけは、認めざるを得なかった。
そして、ユーフェミアは静かに目を閉じた。
ルルーシュが笑っていた顔を思い出す。
幼い頃の、少し生意気な少年。
自分の提案を受け入れてくれた時の、優しい笑顔。
そして、自分へ銃を向けた時の、悲しい表情。
そのすべてが、彼女の大切な思い出だった。
「……ルルーシュ」
ユーフェミアが呟く。
「……私、まだ……あなたを嫌いになれません」
その言葉は、誰にも聞こえないほど小さかった。
だが、隣にいたコーネリアには届いていた。
コーネリアは何も言わず、妹の手を握り締めた。
その手は、まだ少しだけ震えていた。
そして、再び映画館の照明が落とされる。
『それでは、上映会第二部を開始いたします』
スクリーンに、新しい映像が映し出された。
そこにいたのは、一人の少年だった。
黒い制服。
赤い瞳。
そして、すべてを失ったかのような表情。
ルルーシュ・ランペルージ。
いや。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
彼の人生は、まだ終わっていない。
そして、彼を愛した者たちも、彼を憎んだ者たちも。
そのすべてを、これから知ることになる。