境界寄生体   作:P-PEN

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第十一章 最後の準備

 

 

 

 協約酒場(ギルドホール)に戻った一行は、まず自分たちの厄除を確認した。結果は、誰の目にも明らかだった。

 

 スティレイトの厄除は七つから四つへ。アルクシアのものも同じく四つまで減っている。クゥの厄除に至っては、残る灯火は三つしかなかった。先ほどの戦闘で受けた傷も、界錨を設置した事実も、敵を祓滅した結果も、すべて過去へ押し戻されたはずなのに、厄除の消耗だけは残っていたのである。

 

「厄除、減少」

 

 アルクシアが短く告げる。彼女は灯火の数を確かめてから、手元にある観時器(ログ)へと目を移した。時間が巻き戻ったのなら、なぜ厄除の灯火は戻らないのか。そして、なぜ彼女たち自身は、巻き戻る前の記憶を保っているのか。

 

 答えはまだ出ていない。だが、すべてが無意味に消えたわけではないことだけは確かだった。時間改変の影響を受けずに残ったものがある。ログもまた、その一つだ。

 

「むむ、本当ね……」

 

 ススルーシィは皆の厄除を確認しながらわずかに眉を寄せ、クゥへ視線を向けた。

 

 「クゥ、次が本番だけど、貴方は大丈夫?」

 

 「大丈夫だ!」

 

 クゥは即答した。厄除の灯火が減っていることは理解しているらしいが、それで戦意(食欲)を失うような彼女ではない。

 

 「さっきのタイプの攻撃はもう覚えた!」

 

 「……そう。なら、次は食らわないことね」

 

 ススルーシィはそれ以上心配を口にしなかった。相手の攻撃を知り次の戦いに備える。それができるなら、クゥはまだ戦える。しかし問題は、彼女たち自身の戦闘能力だけではなかった。

 

 スティレイトは酒場の備品や受付の様子を見回し、ふと違和感を覚えた。

 

 「それにしても……ルクレスがいないな」

 

 本来なら、この時間にはルクレス・エピルフォンが一行を迎えに来ているはずだった。鉱山で起きた異常を報告し、彼らに依頼を伝えたのもルクレスである。ところが、今はその姿がどこにも見当たらない。

 

 それなのに鉱山の事件に関する資料は、何事もなかったかのように彼らへ渡されていた。

 

 「依頼を受けていないのか、それとも……」

 

 スティレイトの言葉に、アルクシアも周囲を見渡した。

 

 「いない」

 

 「本当だ、どうなってるんだー?」

 

 クゥが首を傾げる。ススルーシィも腕を組み、資料へ視線を落とした。単なる記憶違いでは説明できない。彼女たちの記憶と、現在の世界の状態が食い違っているのだ。

 

 スティレイトは受付の係員を呼び、資料を持ち込んだ人物と、ほかに鉱山の依頼を受けている者がいないかを尋ねた。係員の返答は、彼らの疑念をさらに深めるものだった。

 

 資料を届けたのは採掘に携わっていた鉱夫だったという。現地では祓魔師の小隊が対応に当たっており、大規模な浸界非違の可能性が高いため、現場の封鎖も行われているはずだと説明された。

 

 つまり、依頼そのものは存在している。鉱山で異常が発生していることも、現地の祓魔師たちが対処していることも変わっていない。だが、彼らを迎えに来たはずのルクレスだけが、現在の時間には存在しないかのように扱われていた。

 

 「……あの時よ!」

 

 突然、ススルーシィが声を上げた。彼女は資料を受け取った瞬間を思い返していた。最初に厄除の灯火が消えた、あの瞬間である。

 

 「私たちが依頼を受け取った時!あの時に、私たちのログが取られているんだわ!」

 

 アルクシアが顔を上げた。

 

 「なに」

 

 「私たちの厄除の灯火が最初に減ったのは、依頼書を受け取った時でしょう?つまり、私たちが巻き戻される地点はそこなのよ!」

 

 ススルーシィは資料を指で叩いた。

 

 「でも、明日の道標の連中は違う。彼らの時間が巻き戻る地点は、もっと前にある。だから、私たちが逃げた後も、彼らは同じ場所に取り残されているのよ!」

 

 確証があるわけではない。しかし、目の前にある矛盾を説明する仮説としては筋が通っていた。

 

 自分たちは依頼を受け取った時点へ戻される。その時点より前に巻き戻される者がいるなら、彼らは自分たちとは異なる時間の繰り返しに囚われていることになる。ルクレスが姿を消した理由も、明日の道標の小隊が現地から離れられない理由も、そこに関係している可能性があった。

 

 スティレイトは厳しい顔で頷いた。

 

 「彼らが、さっきのことを覚えていることを願うしかない……か」

 

 「明日の道標、大変?」

 

 アルクシアの問いに、ススルーシィは即座に答えた。

 

 「かなりまずい状況になっているはず。早く話を聞きに行くわよ!」

 

 ログに記録された情報を解析できるのは、時間と境界の異常を専門に扱う者たちだ。彼女たちだけで推測を重ねても、限界がある。今は手元に残った記録を専門家へ渡し、何が起きているのかを明らかにする必要があった。

 

 「了承」

 

 アルクシアが応じ、スティレイトも勢いよく立ち上がった。

 

 「たりまえェ!」

 

 クゥはまだ事情を完全には理解していない様子だったが、仲間たちが向かう先に何があるのかは分かっていた。

 

 「よくわからないけど、クゥたちが助けに行かないとだ!」

 

 彼女たちは協約酒場を後にし、神殿へと向かった。

 

 今度は、入口で教皇ラクリオンが待っていた。

 

 「ふむ……皆、よく来てくれた」

 

 ラクリオンは一行の顔を順番に見て、柔らかな笑みを浮かべた。

 

 「いや、よく帰って来てくれた、というべきかな?」

 

 「ラクリオン。時間がないわ、手早くお願い」

 

 ススルーシィは挨拶もそこそこに切り出した。いつもは余裕ぶっている彼女も取り繕う余裕がない証拠だった。この界非は自分のことより他人の事の方が余裕がなくなる傾向にある。人類を優先すべきラクリオンですら、内心少しだけ彼女の気質が心配になった。

 

 ――明確に人非ざる性質(力)に人の心。“半蛇”ススルーシィは人よりも余程人間らしい。

 

 「おっと、なぜ覚えているのかとか聞かないの?」

 

 思考を切り替えるため、ラクリオンは軽く肩をすくめた。

 

 「いいけどね。ちなみに先に言っておくと、私は覚えていないよ。あくまで契約の件だけだ」

 

 時間が巻き戻ったことを、教皇自身は記憶していないらしい。それでも、彼らと交わした契約は有効なまま残っている。ラクリオン式の契約は時空への干渉によって無効化されない。その性質が、今回も彼らの行動を支えていた。

 

 「それより、ログをこちらへ」

 

 ススルーシィは観時器を差し出した。ラクリオンはそれを受け取り、解析班へ回すよう指示した。記録された情報を読み解くには専門家の手が必要だが、彼らがこれまでに積み重ねた行動は、決して無駄ではなかった。

 

 その間、ラクリオンは一行を別の人物のもとへ案内した。

 

 神殿の警備と、その指揮の一部を任されているという女性――リルフィリアだった。彼女はアウルムから訪れており、隣にはメルクリエの姿もあった。

 

 「あらあら、ギルドの方々は相変わらず元気がよろしいですわねぇ」

 

 リルフィリアは余裕たっぷりに微笑み、長々と前置きを始めようとした。

 

 「本題、早急」

 

 アルクシアが遮る。

 

 「悪いけど、世間話に付き合う時間はないわよ」

 

 ススルーシィも容赦なく続けた。スティレイトもまた、落ち着いた口調ながらはっきりと言う。

 

 「私たちは世間話をしに来たわけではないからね」

 

 「まあ、余裕を持った方がよろしくてよ?」

 

 リルフィリアは少しばかり不満そうにしたものの、すぐに態度を改めた。

 

 「まあいいでしょう。私はこの神殿の警備、その指揮の一画を任されていますから。手早くいきましょう」

 

 彼女が合図すると、隣のメルクリエが何かを持ってきた。新しい厄除だった。

 

 「厄除だ!」

 

 クゥの顔がぱっと明るくなった。アルクシアも差し出された祭具を確かめる。消耗した厄除は、ここで交換できるらしい。

 

 「確かに必要なものね」

 

 ススルーシィは平静を装ったが内心では胸を撫で下ろしていた。次の戦闘が先ほどより危険なものになる可能性は高い。厄除が減った状態で臨むのと、万全の状態で臨むのとでは、仲間の生存の見込みが大きく変わる。彼女視点では人間は脆すぎるのだ。

 

 「次はもっとヤバそうなのが来るみたいだからな。ありがたい」

 

 スティレイトが礼を言うと、リルフィリアはわざとらしく肩をすくめた。

 

 「誰が使い切ったのか、今は予備の厄除が随分となくなっていましてね。なので、私たちアウルムのメンバーのものを持ってきました。そちらの消耗した方と交換です」

 

 そして、胸を張って言い放った。

 

 「おーっほっほ! どうせ私のような強者には不要なものですから?」

 

 「ま、その話には同意するわ」

 

 ススルーシィはあっさり頷いた。鼻白む彼女に気が付かず常識を語る様に続ける。

 

 「死の肩代わりなんて、死ぬような攻撃を受ける弱っちいのが悪いんだものね」

 

 強者ならば、死を遠ざけるための手段に頼る必要などない――彼女は本気でそう考えている節があった。事実ススルーシィは厄除を所持していない――もちろん人間用の厄除が効果を発揮しないという理由もあるが。

 

 嫌がられ損ねたリルフィリアは、それ以上の冗談を続けることなく一行を送り出す事にした。時間が無い事も真実だったからだ。

 

 「せっかく面白そうな方々ですのに、時間がないというのなら、これ以上は語らなくてよさそうですわね。さあ、行きなさい。都市は安心して任せておくといいわ。私たちアウルムがいるのだから」

 

 アルクシアは短く礼を告げ、クゥも笑顔で礼を言った。ススルーシィは皆の新しい厄除を一つ一つ確かめ、すぐに踵を返す。彼女たちが向かうべき場所は、もう決まっていた。

 

 ログの解析結果を聞くこと。そして、時間が巻き戻る仕組みを理解し、次の戦闘で何をすべきかを定めることだ。

 

 

                 *

 

 

 神殿の奥では、解析班が観時器に蓄積された記録を読み解いていた。やがて、彼らは一つの結論にたどり着く。

 

 彼女たちが戦っていた相手は、単に時間を巻き戻す怪異ではなかった。現世と幽世を隔てる境界そのものに寄生し、その修復機能を利用して生き延びる存在――モノリス。

 

 周囲の界非を祓い尽くすと、境界は損傷を修復しようとして大量の加護を流入させる。モノリスは、その加護を穢れへと変換し、新たな界非を生み出していた。さらに、界非がすべて消えた瞬間、境界へ干渉して時間を巻き戻す。そうして生じた時空の歪みさえも穢れへと変え、モノリスは繰り返すたびに強大になっていく。

 

 つまり、彼女たちは敵を倒すことで、かえって敵に力を与えていたのだ。

 

 モノリスを無闇に破壊することもできない。境界の一部に取り返しのつかない損傷を与えれば、現世と幽世を繋ぐ穴が恒久的に残る恐れがある。敵を祓滅するだけでは足りない。先に境界を人為的に修復し、自己修復のために加護が流れ込む仕組みそのものを止めなければならない。

 

 ここで、戦いの目的はさらに明確になった。

 

 モノリスを倒すことだけを目指しても、時間は再び巻き戻る。界非をすべて祓滅することが、逆に敵を強化する。ならば、次に必要なのは境界の修復だ。そのうえでモノリスを祓い、時間改変の連鎖を断つ。

 

 ススルーシィは解析結果を聞き終えると、口元を吊り上げた。

 

 「なるほどね。ようやく、どうすれば良いのか見えてきたわ」

 

 「ながい、かり、おわる」

 

 「次は、食べられる界非が出る事件で起きて欲しいな!」

 

 「そうそう起きてたまるかよ……」

 

 戦意は充分。次の戦いでは、もう同じ時間を繰り返すつもりはなかった。

 

 

 

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