境界寄生体   作:P-PEN

4 / 17
第四章 門を開く石

 

 

 

 

 ススルーシィは、残った布怨徒の大群へ向かって踏み込んだ。

 

 「いくわよ!」

 

 その声が届いたときには、彼女はすでに敵の懐へ入り込んでいた。爪が閃く。ひとつ、ふたつ、みっつ。異形たちが反撃の構えを取るよりも早く、鋭い斬撃がその身体を薙ぎ払った。人の目には、一瞬だけ彼女の姿が幾重にも重なって見えた。残像を残すほどの速度で、彼女は群れの間を駆け抜けていく。

 

 「ヴァルーシア爪流術、白蛇咬っ!」

 

 幾重もの残像が敵の群れを挟み込み、繰り出される嵐の様な斬撃が粉砕していく。布怨徒の身体が裂け、黒い蝶たちもまた、呪詛毒に侵されて次々と消えていった。

 

 停止したススルーシィは、障害が存在しなかったのかの様に歩みを再開した。

 

 「さぁて、準備運動は終わったわ」

 

 アルクシアは彼女の動きを目で追いながら、内心で舌を巻いていた。速い。単に攻撃が速いというだけではない。敵の配置を見極め、最短の動きで間合いへ入り、攻撃を当てるべき場所へ正確に爪を走らせる。その一連の動作が極まっていた。恐らく予め攻撃箇所を知らされていても回避は不可能だっただろう。

 

 「やっべぇなあの蛇ねぇちゃん」

 

 「ススルーシィは強いぞ!一口も食べれたことが無いからな!」

 

 スティレイトが感心したように呟いた。無邪気に反応したクゥの遥か後方から、ミーナもまた、結界の向こうからススルーシィを見つめている。その視線には珍しく温度があった。

 

 「……流石です。ススルーシィ様……」

 

 当の本人は称賛に浮かれる様子もなく、周囲の異形たちを観察していた。

 

 「今のところ、敵の動きは普通ね」

 

 言葉どおり残った敵の動きに特別な変化は見られない。こちらの攻撃を受けても、異形たちは感情を露わにすることなく、ただ機械的に前へ進もうとしていた。

 

 「此処までで、厄除を削られたりしてないわよね?」

 

 ススルーシィが味方へ問いかけると、アルクシアは平然と答えた。

 

 「冗談、うまい」

 

 クゥも大きく声を張り上げる。

 

 「全然平気だぞー!」

 

 「たりめーよぉ! 酒を半分飲む暇すらあるわ」

 

 スティレイトは手元の酒を気にする余裕まであった。敵の群れは確かに危険だったが、彼らの連携は崩れていない。対してこちらは結界を維持する者たちも、前線で戦う者たちも、それぞれの役割を果たしている。

 

 そのとき、戦場の奥で動く影があった。

 

 ルクレスの姿が、まるで瞬間的に結晶洞の内側へ現れたかのように見えた。次の瞬間には、短刀が黒い蝶の身体を貫いている。三体がまとめて地面へ落ち、羽ばたきもせずに消滅した。

 

 さらに、結界の向こうからフォルティが弓を引く。放たれた矢は敵へ一直線に飛ぶのではなく、途中で地面へ突き刺さった。

 

 矢が、回転した。

 

 鋭い刃物のように地面を滑り、回転鋸さながらの動きで異形たちを切り裂いていく。矢であるはずなのに、まるで地面そのものを這う刃だった。

 

 「おー!下拵えはバッチリだなルクレス!」

 

 クゥが声を弾ませる。

 

 「矢なのに!?」

 

 スティレイトは思わず目を疑った。フォルティはそんな反応を気にするでもなく、仕事を終えた弓を下ろす。

 

 「よしよし、役に立てたかしら?」

 

 アルクシアは、尊敬を込めて彼女を見ていた。

 

 ――相変わらずの技巧。流石だ、フォルティ姉さん。あれだけは、未だに真似できない。

 

 彼女がそう思った、まさにそのときだった。

 

 結晶洞の奥に鎮座するモノリス。その周囲の空間が、ぐにゃりと歪んだ。最初に変化を感じ取ったのは、誰だったのだろう。少なくとも、そこにいた全員が、次の瞬間には異変を目の当たりにしていた。

 

 石の表面が変わったわけではない。巨大な岩塊が動き出したわけでもない。けれども、その周囲の空間だけが、現実の形を保てなくなったかのように揺らいでいる。

 

 そして、モノリスの下部から、濃い穢れが吹き出した。

 

 先ほどまで漂っていたものより、明らかに濃い。空気が重くなる。結晶の表面にまとわりつく闇が深まり、洞窟の奥に沈んでいた何かが、こちら側へ染み出してくるようだった。

 

 「っと、おいおい。調査から破壊に目的を変えた方がいいんじゃないか?」

 

 スティレイトの軽口には、さすがに警戒が滲んでいた。

 

 ススルーシィはモノリスを睨みつける。

 

 「このモノリス……まさか、門……?」

 

 その疑念に答えるように、石の下から噴き出した穢れが形を変えた。

 

 黒い霧が、ひとつの輪郭を得る。長い衣をまとった死神のような姿。手には鎌を思わせる武器が握られ、仮面めいた頭蓋の奥には、底の見えない空虚が広がっていた。

 

 それは、これまで戦ってきた布怨徒とは明らかに違っていた。

 

 ただ漂い、ただ襲いかかるだけの異形ではない。そこには武装があり、明確な敵意があり、こちらを見定めるような不気味な気配があった。

 

 「再発生、駆除!」

 

 アルクシアが弓を構え直す。

 

 「ホオントより強い臭い!」

 

 クゥも黒い大剣を握りしめた。モノリスの周囲から現れたのは、一体だけではなかった。死神めいた異形が、三つの影となって結晶洞に浮かんでいる。彼らは鎌を携え、互いに連携するように位置を取った。

 

 フォルティが声を上げる。

 

 「うわ!まだまだ出てくるってわけ!?」

 

 ミーシャーも、いつもの調子を崩さないまま言った。

 

 「これは俺達だけで行動してたら確実にやられてたな~~~」

 

 ススルーシィは、三体の異形を順番に見比べた。体格だけで判断するなら、これまでの敵と大差はない。しかし、纏う気配も、動きの鋭さも明らかに一段上だった。

 

 「さっきまでの雑魚とは少しランクが違うわね」

 

 ミーナが結界の内側からモノリスを見つめる。彼女は目の前の異形ではなく、その発生源にこそ警戒を向けているようだった。

 

 「……何か、嫌な予感がします。この界非たち自体ではなく……」

 

 言葉を切り、もう一度モノリスを見る。

 

 「あのモノリス……いえ、この場所……?」

 

 彼女の予感を裏付けるように、空間の歪みは消えなかった。新たに現れた三体は、ただの増援なのだろうか。それとも、モノリスが何かをこちら側へ送り込むための、ほんの入り口にすぎないのか。

 

 答えはまだ見えない。ルクレスが短刀を構え、静かに告げた。

 

 「なんであれ、今は目の前の敵を倒すほかない」

 

 その言葉を合図にするように、アルクシアが一歩前へ出た。

 

 先ほどまでの戦いとは違う。敵の能力は偏りなく高く、鎌の届く範囲に不用意に踏み込めば、こちらもただでは済まないだろう。だが、アルクシアは退かなかった。

 

 彼女は動かず、呼吸を整えた。

 

 「……危機、察知、先手必勝」

 

 右眼に、術式の光が宿る。

 

 「狙い撃つ」

 

 弓を引く指先が静止した。狙いを定めるというより、敵の動きの先にある未来を見通そうとしているかのようだった。彼女の視線が、三体のうち二体を捉える。

 

 矢が放たれた。

 

 一射目が飛び、続いて二射、三射。矢は一本ずつ別々の軌道を描きながら、敵の逃げ道を塞ぐように飛翔した。鎌で弾き落とそうとした異形が身を捻る。だが、その回避先には、すでに別の矢が待ち受けていた。

 

 避けたはずの場所へ、矢が突き刺さる。

 身をかわした先へ、さらに矢が飛び込む。

 まるで最初から、敵がどこへ逃げるのか知っていたかのように。

 

 アルクシアの表情は変わらない。彼女の狙いは揺らがず、矢は一発たりとも無駄にはならなかった。鎌を振るって矢を払った異形も、続けざまに襲いかかる矢の雨までは防ぎきれない。黒い衣が裂け、身体の内側にある空虚が露わになる。仮面めいた頭蓋が砕け、死神の姿が崩れていった。

 

 ほとんど同時に、もう一体も矢の群れに呑み込まれた。

 

 「わたし、外す、ない」

 

 アルクシアは誇らしげに言った。スティレイトが、倒れた異形たちを見て口笛を吹く。

 

 「見事に針山が二体出来上がっちまった」

 

 ルクレスも思わず感嘆の声を漏らした。

 

 「おお……」

 

 フォルティは一瞬、言葉を失っていた。だが、すぐにいつもの調子を取り戻し、アルクシアへ声をかける。

 

 「……あっ、よくやったわ!アルクシア!」

 

 アルクシアは、称賛してくれる仲間たちへ手を振った。戦場のただ中だというのに、ほんの少し得意げな仕草だった。ミーナは、彼女が手にしている祭具を見つめていた。

 

 「……あれが、神造祭具……」

 

 それは、誰にでも扱えるような武器ではないのだろう。敵の動きを読み、無数の矢を正確に導く。並外れた集中力と技量があって初めて、その力を十全に引き出せるのだ。

 

 ススルーシィも、感心したように目を細めた。

 

 「使いこなすにはかなりの集中力を要しそうな武器だわ」

 

 だが、彼女の視線はすぐに、残る一体へと移った。戦闘はまだ終わっていないからだ。

 

 モノリスの周囲では、空間の歪みが消えずに残っていた。死神めいた異形が二体倒されたからといって、あの石が何であるか分かったわけではない。むしろ、敵が現れるたびに、ここに隠されたものの輪郭が少しずつ濃くなっていくようだった。

 

 ススルーシィは爪を鳴らし、口元に笑みを浮かべた。ようやく、準備運動では済まない相手が出てきたのかもしれない。その期待を、彼女はまだ口にしなかった。

 

 三体目は、仲間たちのように矢を受けて倒れることを拒んだ。

 

 焼け焦げた衣の裾が炎の中で縮み、剥き出しになった骨が、ぎしりと音を立てる。骸骨の顔を覆う仮面がアルクシアを向いた。眼窩には光も眼球もない。それでも、そこに向けられた殺意だけは、はっきりと感じ取れた。

 

 業透徒(ゴースト)は大鎌を持ち上げた。刃を振り回すのではない。柄を両手で握り、身体の正面に水平に構える。矢を迎え撃つため、仲間たちがそうしたように鎌で軌道を逸らそうとしたのだろう。あるいは、迫る敵を前にして、避けるという選択肢そのものを捨てたのかもしれない。

 

 その判断が、致命的な誤りだった。

 

 クゥの巨体が間合いを詰める。踏み込んだ足が岩肌を砕き、黒い大剣が頭上へと振り上げられた。業透徒は即座に鎌を横たえ迫る一撃を受け止めようとする。黒い刃と大鎌が正面からぶつかり、火花とも黒い火の粉ともつかないものが散った。

 

 だが、受け止められるはずがなかった。

 

 クゥの一撃は鎌の刃を圧し折りそのまま仮面を砕く。抵抗を失った身体が傾くより早く、クゥは振り下ろした剣を縦回転の勢いで引き戻し、二撃目を叩き込んだ。

 

 焼け焦げた頭蓋が真っ二つに裂けたまま宙に浮かぶ。残った衣も骨も、黒い塊に押し潰されるようにして崩れ落ちた。

 

 最後の一体が消えた。

 

 その瞬間、戦場に満ちていた異様な気配が途切れる。誰もが、これで終わったのだと思った。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。