美女で野獣 ~もふもふ狼娘になった復讐令嬢と魔法が使えない戦士貴族、最強バディで魔王を討つ   作:炭酸水ひろみつ

18 / 18
第18話 小さな嫉妬と冒険の開始 

「……そんなことがあったんだ」

 

 シルクは、なんとも言えない顔で呟いた。

 

 食事を終えた共同厨房には、まだバターと炒めた米の香ばしい匂いが残っており、目の前ではユーリが空になった皿を重ねている。先ほどまで見事な手際で料理を作っていた男に、まさかそんな過去があったとは思わなかった。

 

「まあ、普通にしてればいい人だったんだけどなあ」

 

 ゼクスは椅子の背もたれへ身体を預け、当時を思い出すように天井を見上げた。

 

「美人で、スタイルも良くて、気さくなお姉さんって感じでさ」

 

「…………」

 

 シルクの眉が、ぴくりと動いた。

 

「話してて面白かったし――」

 

 そのとき、不意にシャツの裾をくいっと引かれ、ゼクスが「ん?」と視線を落とすと、シルクの細い指がしっかりとそこを摘まんでいた。

 

「ゼクス」

 

「はい」

 

 呼びかける声が妙に低い。まだ何も言われていないというのに、なぜかゼクスの背筋が自然と伸びた。

 

 シルクは口元に笑みを浮かべながら、じっとゼクスを見上げている。

 

 しかし、目が笑っていない。

 

「あなたは私が好き。――そうでしょ?」

 

「はい」

 

 即答だった。

 

 むしろ、他に何と答えろというのか。

 

 しばらくゼクスの顔を見つめていたシルクは、その答えにようやく満足したのか、シャツを摘まんでいた指から力を抜いた。

 

「ならいいの」

 

 ふいっと横を向いた白い頬はわずかに膨らみ、ほんのりと赤みが差している。

 

 そんな横顔を見ているうちに、ゼクスの口元は自然と緩んだ。

 

 怖い。怖いのだが――。

 

(……嫉妬してるの、かわいいな)

 

「何?」

 

「なんでもない」

 

「なんで笑ってるの?」

 

「笑ってないよ」

 

「笑ってる」

 

 再びジト目が突き刺さり、ゼクスがどう誤魔化したものかと考えていると、食器を片付けていたユーリが呆れたように割って入った。

 

「はいはい。お熱いようで。人の過去の失敗談を聞いた直後に、よくそこまでいちゃつけますね」

 

「いちゃついてない!」

 

 シルクは即座に否定したが、ゼクスは特に否定しなかった。

 

「それより、明日はシルフの森へ行くんでしょう?」

 

 ユーリは洗った皿の水気を布で拭き取りながら、窓の外へ視線を向ける。すっかり日は落ち、テンペストの夜空には星が瞬き、宿舎の窓から漏れる明かりが石畳を淡く照らしていた。

 

「ああ」

 

 ゼクスは椅子の背もたれから身体を起こすと、それまでの緩んだ表情を引き締めた。

 

「勇者と合流する。それから、できれば仲間になってもらう」

 

 神託を受けた勇者。

 

 自分たちより一足先にシルフの森へ向かったという、まだ顔も知らない人物。

 

「俺たちだけじゃ、魔王軍と戦うには力が足りない。勇者と共闘して――」

 

 そう口にした瞬間、ゼクスの脳裏に灰に覆われたルナグレイヴの光景が蘇った。

 

 焼け落ちた家々や地下に取り残された人々、そして何より、魔王軍によってシルクから奪われたものを思い返しながら、ゼクスは自分の掌を見つめて強く握り締める。

 

「魔王を倒す」

 

 声は静かだったが、そこに迷いはなかった。

 

 シルクも何も言わず、そんなゼクスの横顔を見つめていた。

 

「……どんな奴なんだろうな、勇者って」

 

 少しだけ重くなった空気を和らげるようにゼクスが笑うと、ユーリが眼鏡の位置を直した。

 

「噂では、相当な凄腕らしいですよ。二つ名は“剣神・神風”。冒険者には白からプラチナまで実力に応じたランクがありますが、その勇者は登録してから恐ろしい勢いで依頼をこなし、一気にプラチナまで駆け上がったとか」

 

「プラチナ……そんなに強いんだ」

 

 シルクの瞳が期待に輝く。

 

「ええ。テンペストでもかなり有名な冒険者のようです」

 

「だったら、一緒に戦ってくれたら心強いね」

 

「ああ」

 

 ゼクスも頷いた。

 

 どんな人物なのかは、まだ分からない。気難しい相手かもしれないし、自分たちとは考え方が合わない可能性だってある。

 

 それでも、同じ敵を見据える者なら、きっと共に戦える。

 

「よし!」

 

 ゼクスは両手で膝を叩くと、勢いよく立ち上がった。

 

「考えるのは会ってからだ。今日は明日に備えて休もう!」

 

「そうね」

 

「賛成です。シルフの森までは、それなりに距離がありますからね」

 

 そうして三人は明日の出発に備え、それぞれの部屋へと戻っていった。

 

 明日には勇者と出会える。

 

 ゼクスは、そう信じていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。