お久しぶりです。よろしくお願いします。
※最新バージョンまでプレイ済を推奨です。
スネージナヤ。国を、民を存続させるために天理へ反旗を翻した氷の国。
現状の標的はテイワットの死を司る神に等しき存在──死の執政ロノヴァ。
彼女はずっと苛立っていた、上司は長期欠勤、同僚は不真面目。民は信仰を忘れ、挙句の果てには不躾に睨み付けてくる。自分はルールを守るために仕事をしているだけなのに、向けられるのは憎悪を超えた殺意ときた。これで苛付くな、という方が無理があるだろう。神の如き存在だが、ロノヴァにも心はあるのだ。
限界を迎え、堪忍袋の緒が切れるのも時間の問題だったのである。
「わたしを困らせるのが、そんなに楽しいか?」
「──ロノヴァ!」
列車での長距離移動が交通の基盤となっているスネージナヤのとある駅に、ロノヴァは前兆もなく現れた。
彼女にいち早く反応したのは、テイワットに降り立った旅人の空。彼の相棒であるパイモンを筆頭に、その場に集まっていた面々も驚愕の表情を浮かべていた。
そんな彼ら彼女らを見下ろして、ロノヴァは溜め息を漏らす。
「はぁ。本当にしつこい」
理解ができないと態度で示して、ロノヴァは宙空に座って足を組んだ。
「死の呪いを受け続けてもなお研究を続けるとは。言葉で伝えないと理解できないのか? きみたちに許された領分を超えているのだと」
「もちろん理解しているさ。だが、その先にしか未来がないのであれば、抗うしかないだろう」
ロノヴァの警告に答えたのは件の研究の長であるミティヤ。死の執政を前にしても怖気づいた様子はなく、自然体なまま反逆の意思を口にしていた。
周りの面々も彼と同じ考えなのだろう。誰も彼もが恐れを抱きつつも、厳しい眼差しでロノヴァを見上げている。
ただでさえ苛付いて仕方がないというのに、凡人に直視され、あろうことかこちらに敵意を向けられている。
「もともとは研究員を何人か罰し、きみたちを懲らしめたら終わりにしようかと思っていたが……気が変わった」
ロノヴァの眼に、明確な意思が宿った。
「一人に、確実な「死」を齎そう」
『っ!?』
下された神託に全員が身構える。確実な「死」と、ロノヴァが言ったからだ。
今までロノヴァが齎していた「死」の呪いは限定的なものだった。生物学的に死ぬことは間違いないのだが、何かしらの制限があるためか時間経過で蘇るのだ。
最悪「死」に至っても問題ない。
そんな考えが全員にあったことは否めない状況で、この発言。
場の緊張が一気に高まったのは言うまでもなかった。
「さて……」
ロノヴァが右手を上に広げると、おもむろに現れたのは一冊の本。
「誰にしようか……」
ペラペラとページを捲りながら、眼下にいる人々をロノヴァは見比べる。行動の意味が理解できずに固まっている面々は、下手に動いていいものなのかと口すら噤んでいた。
ぺらり、ぺらりと捲り、ロノヴァは首肯を一つ。
「ふむ、やはり初手でぶつけるなら最大火力だろう。決めた」
黒い指先が示す先にいたのは、金色の髪を靡かせる異郷の少年。
「降臨者、きみにしよう」
「!?」
指定された降臨者こと空は、即座に剣をその手に持ち構える。その瞳に恐怖や怯えはない。
「そう簡単に殺されるとでも?」
「それはきみ次第だ。さて、となるとあと必要なのは客観的に物事を判断できる者か。できれば女性がいい」
空の敵意に対しロノヴァは大きな反応を返さず、ゆっくりと視線を動かして一人に目を付けた。
「きみがいいな」
その場でロノヴァが手を振ると、背後に大きな赤い目が現れる。
「……え?」
同時に、ある女性の後ろにも同じ目が出現。
ロノヴァが移動し目に手を突っ込むと、その手は空間を飛んで女性の首根っこを掴み取る。あまりにも一瞬のことで誰も動けず、防ぐ手立ても無かった。
次の瞬間、手を引いたロノヴァによってその女性は赤い目を通して宙に移動。
信じがたい光景に女性の名を叫んだのはオデットだった。
「ヴォジャニーツァ!」
「え? え? え!?」
突如として視点が急変したヴォジャニーツァは狼狽えるしかなかった。
「いつの間に!? 首が冷たいのだわ!」
「ロノヴァ! ヴォジャニーツァを放せ!」
「そのつもりだ」
「ひゃっ」
ロノヴァが手を放すとヴォジャニーツァは支えを失って一瞬の浮遊感に襲われるが、一瞬の後にはすとんと何かに座っていた。確かめると赤い物質でできた何かであり、手摺にはぎょろりとした目が刻まれている。
「こ、怖い!」
「我慢してくれ。わたしにはこれしか用意できないからな」
ヴォジャニーツァの素直過ぎる感想にまさかの返事。状況の展開に頭が追い付かず、自分がどう行動すればいいのか全く分からない。
ひとまず分かっているのは、気を許してはいけないということだけだ。
「あたしをどうするつもり? 言っておくけど、人質になると思ったら大間違いなのだわ」
「そのつもりはない。言っただろう、客観的に物事を判断できる者が必要だと。きみにしてほしいことは、素直に感想を述べてほしい。それだけだ。危害を加えるつもりもない。まあ、今のところはだが」
「その言葉を信じろというの?」
「きみたちの目的は時間稼ぎなのだろう。先ほどあの男が言っていたではないか、できるだけわたしを引き付ける必要があると。それに付き合ってあげるわけだ、不都合はないと思うが」
「…………」
ヴォジャニーツァはこの作戦の実質的なリーダーであるミティヤを見やる。
口元を手で押さえつつも、ミティヤが下した判断はゴーサイン。
「……分かったのだわ」
「そうか、では始めよう」
準備が整ったロノヴァは再び本を手にした。
「あなたは旅人を殺すの?」
「安心しろ。きみと同様に、降臨者にも危害を加えるつもりはない」
「なんですって? でもさっき、確実な死を齎すって……」
「わたしの齎す「死」が、肉体的なそれだけだと思っているのであれば大間違いだ」
開かれたページを見つめて、ロノヴァは宣言する。
「わたしが降臨者に齎すのは、社会的な「死」だ」
「死の執政ってそんなこともできるのか!?」
「うるさいマスコット。回収するぞ」
「オイラの扱いが雑じゃないか!?」
空のすぐ傍で浮かんでいるパイモンを一瞥したのちに、ロノヴァは前置きもなく告げた。
「わたしは日頃からよく人間を観察している。危険人物であればその注目も増す。先ほどからわたしに口答えをしている研究者や降臨者はその筆頭だ」
「さっきから言っている降臨者って、旅人のことなのかしら?」
「ああ。きみの言う通り、そこの降臨者は旅人だ。行く先々の国で多くの出会いをし、絆を育んできた。問題ごとに好まれる性質故に英雄的な活躍も多い。各国で残した偉業とその名は広く知れ渡っているようだな」
「ほう、死の執政にも認められているのか。旅人はやはり凄いんだな」
「流石旅人だな! オイラも鼻が高いぜ!」
「あ、うん。ありがとう」
ミティヤとパイモンに褒められたものの、空は安心なんてできなかった。はっきり言って盛大な前振りとしか思えなかった。
ロノヴァは言った。齎すのは社会的な「死」だと。ぶつけるなら最大火力だと。
悪事を働いてきたなんていう事実は全くない。ないのだが、不安は加速度的に積み上がる。
この不安はもしかしたら、どこか漠然とした自覚があるからなのか。社会的な「死」に繋がる自らの所業に心当たりがあるからなのか。
果たして、ロノヴァの口からこぼれたのは。
「人間の諺には至言が多い。きみたちの本質を的確に表しているだろう。曰く、英雄色を好むと」
あ、やば、嫌な予感が──
「そこの降臨者には、現地妻が何人もいるそうだ」
「なぁんですってぇえええええ!!?」
飛びきり良い反応をしたのはヴォジャニーツァだった。ロノヴァの審美眼が確かである証明だろう。
「旅人! どういうことなの!? げ、現地妻が何人も!?」
「いや誤解だ! 俺は結婚してないから!」
「ふむ、わたしの調べでは何人かは裸の付き合いもしているようだが」
「たぁあああびぃいいいびぃいいいとぉおおお?」
「お風呂、お風呂一緒に入っただけだから!」
「塵歌壺だったか? 家に数十人もの女性を連れ込んでいるな」
「本当なのかしら~~~?」
「いや、それは……」
「本当なのね……」
事実無根であれば反論もすぐ出てくるのだが、なまじ真実が混ざっているから性質が悪い。
この状況で言い淀んでしまったのは間違いなく悪手であった。ロノヴァの発言を認めたようなものだからだ。
すっかりロノヴァ側、というより女性側に回ったヴォジャニーツァの眼は据わっていた。
「見損なったのだわ! 結婚していなければ、多くの女性に粉をかけてもいいのかしら!」
「粉をかけるなんて、俺はそんなこと……」
「わたしの調べでは、少なくとも十人以上の女性とデートしているな。現地妻は国ごとに言うと……モンドが四から六、璃月が六から八、稲妻が四から六、スメールが三、フォンテーヌが三、ナタが二、ナド・クライが零といったところか」
「…………旅人? 言い訳はどうしたの?」
「…………現地妻については否定する」
ヴォジャニーツァの詰問に空はそう答えるしかない。なぜなら前半は事実だから。心なしか周りの視線も時化ってきていた。
本来の目的をすっかり忘れたヴォジャニーツァは、ロノヴァの私刑にがっつり乗り込んでいた。
「あら? そう思えばスネージナヤにはいないのね」
「来たばかりだからだろうな。ただまあ、候補はもういるようだが」
「なるほど、誰のことだかあたしも分かったのだわ」
ちらり、と、とあるバレリーナに視線が走りそうになって、ヴォジャニーツァはこほんと咳払いする。
「旅人がまさかそんなプレイボーイだったなんて、思わなかったのだわ。あたしに対しては結構誠実だと思っていたのに」
「きみは降臨者の食指を動かす要素が乏しいようだ。だから対応が誠実に見えるのだろう」
「旅人の好みにどうこう言う権利なんてあたしにはないけれど、すごくムカつくのだわ。それで、あたしにはどんな要素が欠けていると言うの?」
「わたしの調べでは、主に三つの要素が重要だ。一つ目は、乳房は大きければ大きいほど良い」
「最低」
「二つ目は、煽情的な服装をしているかどうか」
「最低だわ」
「最後は如何にチョロいかだな」
「最っ低なのだわ!」
一切の遠慮なくボロクソな評価を下すヴォジャニーツァ。周りの女性陣と一部の男性陣は頷いていた。
「待ってくれ! それは流石に風評被害だ!」
「ほう。どの点がだ?」
「全部だよ! 胸とか服装とかチョロいとか、俺はそんなこと思っていない!」
「そうか。てっきりそうかと思っていたのだが」
「違う、事実無根だ」
すかさず否定する空に対し、ロノヴァは両手で自らの肢体を抱き締める。
「わたしの胸元やスカートの中身にも熱い視線が向いていたはずだが、勘違いだったか」
「なぁんですってぇえええええ!!?」
ヴォジャニーツァは絶好調である。
「それは本当なのかしら!?」
「わたしもこの通り女だ。なら分かるだろう?」
「ええ、もちろん分かるわ。男性の邪な視線なんてすぐに分かるのだわ。あれで隠しているつもりだなんて、ちゃんちゃら可笑しいもの」
「全くだ。その点そこの降臨者は隙あらば胸元をチラ見し、太腿のその先を凝視している。敵であるわたしであっても見境無しだ」
「スケベの化身! スケベの化身なのだわ!」
もはやロノヴァよりもヴォジャニーツァの方が空を口撃している。彼女の貞操観念は割と厳しいタイプなのかもしれない。
「──いい加減にしろ!」
響き渡った怒声には、心を打つ感情が込められていた。
「旅人が、旅人がそんな無責任で失礼なことするわけないだろ!」
「パイモン……」
相棒の力強い言葉に、空は削られていた精神が回復する心地だった。
信じてくれている人が一人いることが、これほど心強いなんて。
胸打たれた空の眼が少し潤むなかで、宙に座るロノヴァは薄く微笑む。
「つまり降臨者は、責任を取る気があると?」
「当たり前だろ! 旅人はみんなを幸せにできる凄いやつなんだからな! じゃなきゃあんな無鉄砲に口説いたりするもんか!」
「パイモン?」
「わたしの記憶違いでなければ、テイワットで重婚は認められていなかったような……」
「そんな不可能を覆すのが旅人なんだ! そうだよな、旅人!? 旅人はみんな大切だって言ってもんな!」
「いや、それは話が違うというか……」
「ほう。それは楽しみだ」
背中から刺された空は何か言い淀んでいたが、ロノヴァが先んじて結論を出してしまったのであたかも決定事項のようになってしまった。
「凄いな旅人、重婚だってよ」
「普通ならヤバいだろって思うが、あの人は本物の英雄だからな。ワンチャンありそうで凄い」
「いや普通にダメでしょ。やっていいことと悪いことがあるじゃない」
「きっと「それでもいい!」っていう女性がいるんだろうな~。罪深いわ」
まさかの重婚宣言(違う)に、周囲の人々も口に戸が立てられない。
冷や汗とか脂汗とかが止まらない空へ向かう視線の種類は様々だが、割合としては白い目が多いだろう。
「そうなると始まるのは、正妻戦争か」
「正・妻・戦・争! 話題は最低だけれど、面白そうだと思ってしまったのだわ」
「もうやめてくれ……」
「何を言っている。ここからが本番だろう」
「これが死の執政ロノヴァか。どうやら僕は認識を改めないといけないようだ」
「言っておくが、降臨者の次はきみだぞ?」
「正妻戦争の話をしようじゃないか!」
「ミティヤぁあああっ!」
手の平をぐるんぐるんに返すミティヤの判断は早かった。一応は本来の目的である時間稼ぎは出来ているのだ、この展開に乗っかるのもやぶさかではない。
ぺらりとページを捲り、ロノヴァは自身がまとめた国ごとの情報に目を通す。
「では国ごとに正妻候補を紹介しよう。まずはモンドだ」
「あなた調べだとたしか、モンドには四から六人も現地妻がいるのよね?」
「ああ。その中でもさらに筆頭と言えるのは……ノエルという少女だな」
「ふむ、なるほど。オイラも納得の候補だ。エウルアも捨てがたいと思ってたんだけど……」
旅人とずっと一緒にいるのはパイモンだ。
誰よりも旅人に詳しいと自負しておりその判定も自然と厳しくなるものだが、ロノヴァの考えに対して否はないようだった。
「ちなみにこの少女がノエルだ」
「写真まであるなんて用意周到なのね。まあ、可愛らしいのだわ」
ロノヴァが虚空より取り出したノエルが映っている写真を見て、ヴォジャニーツァはその可憐さにうっとりする。
第一印象は可愛いであったヴォジャニーツァであったが、その後はじっくりとノエルの服装を見詰めて首を傾げた。
「この子は普段何をしているの?」
「彼女はメイド騎士だ」
「メイド騎士! ダニカちゃんみたいな女性がモンドにもいるのね!」
メイド騎士の言葉に食い付いたのは、旅人に白い眼を向けていた一人にして冬契軍の司令官であるヴェスナである。
ダニカとは同じ師匠のもとで育った幼馴染。彼女も元傭兵現女皇のメイド長という異色な経歴を持っており、メイド騎士と言われてみればなるほど、たしかにそうかもしれないと思える女性だった。
段々とロノヴァの話に乗っかる人が増えている。空は心臓の鼓動がおかしくなってきていた。
「降臨者はノエルとは何度もデートをしているようだな。街歩き、ショッピング、デートスポット巡り、野外で添い寝など、着々と距離を詰めている」
「でも彼女、胸はそこまで大きくないし、服装も煽情的とは言えないのだわ」
「降臨者にとって、ノエルはチョロいのだろう」
「最低! 女の子の純情を何だと思っているのかしら! 旅人、あなたはそこで正座なのだわ!!」
「…………はい」
すっ、と空は口答えもせずに膝を折った。
あまりにも早すぎる諦めである。あと六国もあるというのに。
なお、ロノヴァは手を緩めるつもりなど毛頭なかった。
「次は璃月だが、ここが最も判断に迷うな。本命は誰だろうか……」
「璃月は六から八……あらためて口にするとイカれているのだわ。よく浮気がバレないわね」
「実際に恋人という存在はいないようだからな。だから周りの女性陣はやきもきはするが、強くも言えないと」
「旅人に経済力が無ければ、史上最強のヒモ男になっていたわね」
言いたい放題である。
「ふむ、やはりこの娘だな」
ロノヴァから差し出された写真をヴォジャニーツァは当たり前のように受け取った。
「なっ……」
写真に写っていた女性を見てヴォジャニーツァは絶句する。
あまりにも、あまりにも破廉恥だったからだ。
「な、なんて恰好をしているのかしら!? 肌にぴったりと張り付いたノースリーブ全身タイツ! お腹にちょっと布を巻いているけれど、前後の布は垂らしているだけで局部の防御力は皆無なのだわ! おっぱいなんてほとんど曝け出しているのと同じなのだわ!」
「ちなみにその娘は年がら年中その格好で外を歩くし、国の行く末を左右する重大な会議にも参加している」
「璃月は破廉恥の国!」
「あ~、オイラ誰のこと言っているのか分かったぞ」
とんだ風評被害であるが、件の女性は国を代表する立場にいると言っても過言ではないためヴォジャニーツァの言葉もあながち間違ってはいなかった。
「その娘の名は甘雨。人間と仙獣「麒麟」のハーフだ。年齢はたしか、二千歳以上ではあったはずだ」
「色々とパワーワードが過ぎるのだわ……」
「降臨者はこの娘を見かけると、必ず視線が上と下に吸い寄せられている」
「正直に言うと、それは仕方ないと思ってしまうのだわ。あたしだって見ない自信がないもの」
同性ですら思わず見てしまう魅力的もとい破廉恥な服装。きっと璃月の民は見慣れ過ぎてしまって認識がバグっているのだろう。
「この甘雨という娘は他の現地妻と異なり降臨者にぞっこんというわけではない。押せばいける関係性ではあると思うが」
「つまり旅人が一番エッチな目で見ているのが彼女なのね?」
「その通りだ」
「今のどのあたりが「つまり」だったんだ!?」
パイモンのツッコミのキレが本来の鋭さを取り戻し始めていた。パイモンもパイモンでこの状況に慣れてきてしまったのだろう。
「では次は稲妻だな。ここは簡単だ、最有力の現地妻は決まっている」
迷わず取り出された写真。
ヴォジャニーツァはロノヴァが創り出した赤いイスを自然に操作し、もはやロノヴァと隣り合う位置にまで移動して写真を覗き込んだ。
「あら、……あら?」
すっ、と渡された写真を手に取り、ヴォジャニーツァは写っていた女性を凝視する。
顔、可愛くて綺麗。
胸、小さい。
服、まあ普通。
「旅人の好み三原則に二つも当て嵌まっていない。つまりこの女の子はチョロいのね!」
「それもあるが、加えて彼女は一味違う強さがある」
「一味違う強さ?」
「ああ。この娘は押しが強く、圧も強い。降臨者がもしこの娘を選ばなかったら、降臨者を斬り殺すのではないかというほどの圧があるんだ」
「誰かに奪られるくらいなら、あなたを殺していいですか? ということね! ロマンチックなのだわ!」
ロマンチックとは? という声なき声がそこかしこから聞こえた気がする。少なくとも空はそう思っていた。
そして幸か不幸か必然か、空とパイモンはロノヴァが言及している女性に当たりが付いていた。
「この娘は神里綾華。稲妻における貴族令嬢だ」
「旅人は骨を埋める覚悟もなく貴族令嬢にまで粉をかけているのね。蛮勇なのだわ」
「降臨者の運命は「女性に背中を刺されて死ぬ」と定められている」
「え? 嘘? 本当に?」
「もちろん冗談だ。きみの死の運命はわたしの管轄ではないからな」
「性質が悪すぎるぞ!?」
テイワットの死を司るロノヴァが言うと、冗談すら運命に収束されてもおかしくないだろう。空の運命や如何に。
「ちなみに補足すると、降臨者が裸の付き合いをした女性のほとんどは稲妻の者だが、この娘ではない」
「背中を刺されてしまえばいいのだわ」
(「言い訳したいけど……!」)
ロノヴァが言う「裸の付き合い」は「混浴をした」という意味で間違いないだろう。空には心当たりしかないし、実際一緒の湯に入った自分以外は全員女性だった。なお、内訳は「妖怪(獏)」「妖怪(狐)」「神(雷)」である。ただの女性枠とは違うのだと言いたい気持ちはあったが、それはそれで別のハレーションが生まれてしまうだろう。
畢竟、空は黙って耐え忍ぶしか選択肢がないのだ。
「降臨者がどう死ぬのかは興味があるが、今は置いておこう。次はスメールだ。この国の正妻候補者も決まっているな」
ロノヴァは手慣れた振る舞いで写真を虚空から取り出し、受け取ったヴォジャニーツァは真剣な眼差しで見定める。
顔、可愛い。
胸、中々。
服、エッチ。
「旅人が好きそうな女の子なのだわ! これでチョロかったら完璧なのだわ!」
「チョロい部類に入るな」
「この子が真の正妻!」
写真を両手で掲げて勝利宣言()をかますヴォジャニーツァ。他の正妻候補たちが聞いていたら血の雨が降っていたかもしれない。
真の正妻と聞いて、聴衆となっていた面々も興味津々だ。空はますます縮こまるしかない。
「やっぱりこの女の子が正妻戦争のトップを走っているのかしら?」
「それは降臨者のみ知ることだ。後で問い詰めるとしよう」
「そうね、そうしましょう!」
「その娘の名はニィロウ。スメールにおける踊り子だ。モンドで言うアイドル、この国で言うプリマドンナという立ち位置だな」
「なるほど道理で。なんとなくだけれど、同業者の色を感じるのだわ」
「先ほどの話に戻るが、わたしの見立てでもこの娘が正妻戦争のトップ争いをしていると思う」
「詳しく聞かせてちょうだい!」
これまでは客観的な事実? のみを口にしていたロノヴァの私見。これが不思議な説得力を生み出し、その場にいた者の心に響き渡る。
──旅人の本命は、スメールにいる!
空はもう両手で覆った顔を上げられなかった。
「この娘は降臨者が大好きだという気持ちをまるで隠していない。直接的には言わないが言葉に表し、行動で示す。ほとんど告白に近い発言もするし、降臨者に抱き着いたり、膝枕をしたりなど、肉体的な接触も多いな。そういう意味で、この娘は正妻戦争で有利な立ち位置にいると判断できるだろう」
「オマエ旅人のことどんだけ調査してるんだ!? シムランカのことまで知ってるのは流石におかしいだろ!?」
「わたしは神だ。この程度は造作もない」
そう、ロノヴァは神と称して相違ない存在。そんな彼女が敵として立ちはだかっているのだ。
あらためてその恐ろしさを理解して、その場にいる面々は唾をのむ。
彼ら彼女らの動揺をよそに、ロノヴァはさて、と呟いた。
「次はフォンテーヌか。ここは正直なところ、正妻候補とは言ったがどちらかというと友情の色が濃い。その中で最有力候補は、この娘だな」
ロノヴァが指に挟んだ写真を一切の躊躇なく受け取るヴォジャニーツァ。
写っていた女性の特徴を表すとこんな感じだ。
顔、綺麗。
胸。デカい。
服、肌色面積は少ないけどムチムチしている。
「これはまた、旅人が好きそうな感じね。今までの正妻候補の中でも断トツでおっぱいが大きいのだわ!」
「この娘は降臨者のことを相棒と呼ぶ。異性間の友情といった感じだが、きっかけがあれば大きく転がりうる可能性を秘めているだろう」
「なるほど。ふとした瞬間に恋心が刺激されて一気に沼に落ちる展開ね。嫌いじゃないわ!」
いったいヴォジャニーツァはどの目線の立場なのだろう。正妻候補が半分を超えた辺りで疑問に思わずにはいられない空であったが、今の空にとって彼女が間違いなく敵側であることはたしか。下手な発言は首を絞めることも分かっているので黙るしかない。もう既に締まりまくっているが。
なお、ロノヴァが誰のことを指しているかは当然分かっていた。
「名前はナヴィア。少し雑に言うと、没落した有力組織の令嬢だな」
「見える、見えるのだわ! 没落した組織を復興させるために旅人が助力して絆が深まっていき、ある瞬間を境に燃え上がる恋が生まれる瞬間が!」
「まあ、降臨者は他国に現地妻がたくさんいるのだがな」
「やっぱり最低なのだわ」
妄想力逞しいヴォジャニーツァはうっとりとした様子で恋物語を口にしたが、現在進行形の話題で水を差されて一気に冷える。なお、ヴォジャニーツァの想像はあながち間違ってはいない。
「ここに来ておっぱいに惹かれるなんて、旅人も結局は雄なのだわ」
「いやその、ナヴィアは胸だけが魅力的なわけでは……」
「そんなことは言われなくても分かっているのだわ!」
「ヴォジャニーツァはナヴィアと会ったことないだろ!?」
味方でがあるパイモンの鋭いツッコミ。ヴォジャニーツァは聞いていなかった。
「この娘も正妻戦争を戦えるポテンシャルは有しているということだな。さて、残りは一つ。ナタだが、ここも一強だな」
ついにロノヴァは写真を直接ヴォジャニーツァの目の前に召喚し、ヴォジャニーツァはパシッと二本の指で挟み取った。
写っているのは当然女性であり、ヴォジャニーツァは冷静な目で分析を始める。
顔、可愛いよりの綺麗。
胸、まあデカい。
服、ピチピチでむちむちでえちえち。
「これまたレベルの高い女性なのだわ。おっぱいは中々で、背中なんてフルオープンなのだわ」
「加えて、この娘はこれまで正妻候補の中でも断トツでチョロい」
「旅人からはそういったフェロモンでも出ているのではないかしら……?」
「あながち間違ってないかもしれないな」
こうもバリエーション豊かな女性陣が全員旅人に惚れているのだ、そう疑う気持ちが湧き上がるのも無理はない。
「それで、この女性はどういった方なのかしら?」
「名前はシトラリ。ナタでは珍しい長寿な人間で、部族の中でも最優と評して相違ないシャーマンだ」
「シャーマンってたしか、幽霊とお話しできるような神職の人だったかしら?」
「概ねの理解はそれで間違いない」
「メイド騎士に始まり、半仙半人、貴族令嬢、踊り子、没落令嬢と続いて、今度はシャーマン。英雄色を好むとは言うけれど、なぜそんな茨の道を歩むのかしら……」
これぞ英雄を巡る正妻戦争なのだろうと、ヴォジャニーツァは心の底から戦慄する。
「きっと、それが降臨者であるからだろうな」
「……さっきから気になっていたのだけれど、その降臨者とはどういう意味なのかしら?」
「ふむ……まあ、教えても構わないか」
少し沈思したロノヴァは、空がどういった存在なのかを改めて説明することにした。
「降臨者とは、簡単に言うとこの惑星の外から来た者を言う。しかし、全ての外来した存在を降臨者と呼ぶことはない。その中でも、世界に匹敵する意志を持つ存在を降臨者と呼ぶのだ」
「世界に匹敵する意志……?」
「ああ。それは四つのコードに分類される。「世界を守る」、「世界を維持する」、「世界を滅ぼす」、「世界を創る」。これらの強い意志を持つ外来的存在──これが降臨者だ」
「ではこれを前提として、そこの降臨者はどのコードを持っているのだろうな」
薄く笑うロノヴァの問いに答えられる者はいない。
世界を守り、世界を維持し、世界を滅ぼし、世界を創る。
どれもスケールが大き過ぎて実感するには程遠い。だがどれであろうと、空が背負う重積は計り知れないということだ。
まさに英雄に相応しい。
「存外、世界を滅ぼすコードでも持っているのかもしれない。現に降臨者のお願いであれば、命を賭してでも従う女性がたくさんいるだろうからな」
大袈裟、とも言い切れない。
事実、稲妻の正妻としてロノヴァが紹介した神里綾華は、空と神が対立した時には、必ず空の力になると宣言しているくらいだ。
「というわけだ、降臨者。きみに最後の質問をしよう」
「質問? ま、まさか……」
「そのまさかだ。きみは誰が本命なんだ? ここまで来て、はぐらかすなんて真似はしてほしくないな」
空気は完全にロノヴァが支配していた。なんならその場に全員が空の答えを聞きたいと思っていた。出歯亀根性である。
ダラダラと汗を流すしかないのは空だ。
(どうする、どうする、どうすればいい!? 誰の名前を言ってもよくない気がする。ロノヴァの言うとおり、綾華は色々と凄いんだ。特に毎年届く手紙の熱量が! もしここで綾華以外の名前を出したら、僕は背中を刺されるのか? だからと言って綾華の名前を出したら、僕は一生稲妻から出れなくなる。そんな気がする! だめだ、答えが出ない……)
俯いていた顔を上げると、天上より見下ろすのは黒き死神の姿。
これが、死の執政。
テイワットの死を司る、天理の影。
「──ロノヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
『……えっ?』
ロノヴァを含めたほぼ全員から素っ頓狂な声が漏れた。
頭上に現れるのは紫紺の杭。尖塔にも等しき物量を兼ね備えた、神々を打ち滅ぼす人間の過ちを形にした武器。
神殺しの力を秘めたそれは、ロノヴァ目掛けて射出された。
ヴォジャニーツァが傍にいたにも関わらず。
「きゃあアアアアアっ!?」
「──全く無粋な」
右手を掲げたロノヴァの直上に、赤黒い光でできたシールドが展開。接触と共に途轍もない波動が生まれ、暴風となって辺りに吹き荒れる。
ぐっ、と押し込まれたロノヴァの腕は微かに震えたが、次の瞬間にはシールドごと紫紺の杭を振り払っていた。
「し、死ぬかと思ったのだわ……」
「ふん。余興は終わりだな。まあ、意味はあったとしておこう」
最後の詰めまでは完遂できなかったが、十分に空を追い込むことはできた。あとは勝手に噂が広がって、各国の正妻候補にその他の女性陣も動き出すことだろう。ロノヴァが手を下さずとも、空が死んでくれる可能性は増したはず。
ロノヴァはこの場における協力者へと目を合わせた。
「ヴォジャニーツァといったか。わたしの茶番劇に付き合ってくれたこと、礼を言おう。ここからは敵となるが、きみの前途が幸福であることを祈っているよ」
「……ありがとう、と言っておくのだわ。いつかあなたにも、あたしの歌を聞かせてあげるのだわ。それがあたしにとっての幸福となるのだから」
「そうか。楽しみにしよう」
赤い椅子が移動し、地面が近付いたのを見てヴォジャニーツァは仲間の傍に着地する。
いつの間にか立ち上がっていた空の隣に、余興を台無しにした闖入者である偉丈夫──ファトゥス統括官である道化が歩み出た。
「間に合った、のか? 吾輩が予想していた展開とは違うようだが……」
「ナイスタイミングだよ、道化! ここからが戦いだ!」
「そうか、ならば良い。この愚者の目があれば、神にも届く」
「凡人に許された領域を超えているな。全くもって度し難い」
ロノヴァが天に手を翳し、赤黒い波動が大玉となって吹き荒れる。
「神罰を下すとしよう」
こうして、神と人の決戦が始まったのだった。
そうだ、きみ達にも伝えることがある。
戦闘中にも関わらず命懸けで、時には仲間の命すら懸けてわたしのスカートの中や胸元を凝視していた、きみ達のことだ。
もっと自分の行動を顧みた方が良い。きみ達には死の呪いを刻印することすらしたくない。
わたしとは無関係なところで、●んでくれ。