ノ ミ 以 下 さ ん 風 妹 作:匿名太郎
「……徽章を盗まれた、ですって?」
スバルの誘導と取り成しにより、銀髪の少女──エミリアと行動を共にすることになった二人。ケイは歩きながら、冷ややかな視線をエミリアへ向けた。
「ええ、とても大切なものなの。だから、どうしても探し出さなきゃいけなくて……」
困り顔で話すエミリアに対し、スバルはまるで全ての展開をあらかじめ知っているかのように堂々と先頭を歩いている。
「安心しろって、エミリアたん! 俺とケイのタッグにかかれば、そんな盗難事件なんて一発解決だからよ!」
「誰がタッグよ、気持ち悪い」
ケイは間髪入れずに冷たく言い捨て、スバルのジャージの裾をぐいっと引っ張って立ち止まらせた。
「ちょっとアンタ、壁際に来て。話があるから」
「お、おいケイ、今は一刻を争う事態で──」
「いいから来なさい」
ケイの瞳に、疑念と圧迫感が宿っていた。エミリアに「少し兄を絞めてくるから待ってて」と手短に告げ、路地の陰へとスバルを引きずり込む。
「……で? 何を隠してるのか吐き出しなさいよ、バカ兄」
ケイは腕を組み、冷酷な眼光でスバルを射殺すように見つめた。
「不自然すぎるのよ、アンタの行動のすべてが。異世界に転移して数時間も経ってない人間が、なんでそんなに落ち着いてるの? そもそも、あのハーフエルフの人と会った瞬間、アンタ『また会えた』みたいな顔したでしょ。説明しなさい」
叩きつけられる分析。 ケイの観察眼は、スバルの隠し通そうとしている違和感を正確に撃ち抜いていた。
「それは……その、俺の勘だ! カン! 男の直感ってやつだよ!」
「ハッ、勘? 呆れた。論理的説明を放棄して『勘』の一言で済ませようとするなんて、思考停止もいい加減にしなさいよ。アンタのその不自然な誘導のせいで、あっちの人に余計な警戒をされたらどうするの? 私の身の安全を危険に晒すような無計画な行動、絶対に許さないから」
畳みかけるケイの追撃に、スバルは冷や汗をダラダラと流し、悔しそうに拳を強く握りしめた。
「くそっ……言えねえんだよ! 言えるわけねえだろ……っ!」
スバルの声が、痛々しいほどに絞り出される。
「言ったら……言ったら、お前まで巻き込まれる……! 俺を信じろ、ケイ! 俺はお前とエミリアを助けたいだけなんだ! それ以外に理由なんてねえよ!!」
「……っ」
スバルの叫びに、ケイは一瞬言葉を詰まらせた。
(……何なのよ、その顔は。なんでそんな、世界中の絶望を一人で抱え込んでるみたいな顔するのよ……)
元の世界で、部屋に閉じこもっていた兄。 学校でうまく立ち回り、周りから評価されていた自分を見る兄の目が、時に卑屈なコンプレックスを孕んでいたことをケイは知っていた。 だが、今のスバルの瞳にあるのは、自分へのコンプレックスなどではない。ただひたすらに、妹とエミリアを死なせたくないという、強い感情だけだった。
「……ちっ、意味不明。支離滅裂。自己満足のヒーローごっこも大概にしなさいよ」
ケイはぷいっと顔を背け、冷たく言い放った。
「アンタの言う通りにしてあげるわよ。ただし、私が危険だと判断したら即座に撤退するから。私の『安全に過ごす権利』を脅かす真似をしたら、タダじゃおかないからね」
強がりの裏で、ケイの胸の奥には不快感と恐怖が渦巻いていた。 兄が隠している、恐ろしい「何か」。それが何なのか分からないことが、ケイの精神を苛んでいく。
やがて三人は、陽が落ちかけた貧民街の奥──巨大な木造の建物、盗品蔵へと辿り着いた。
「ここが……盗品蔵ね。案外あっさり見つかったわね」
ケイは周囲の気配に気を配りながら、低く呟く。 スバルは呼吸を整え、意を決したように重い扉を押し開けた。
「たのもーう! 買い取りの相談に来たぜ!」
「ああん? なんだぁ、見ねえ面だな……」
暗がりの中から現れたのは、見上げるような巨躯を持つ巨人族の老人──ロム爺だった。 そして奥のカウンターには、盗み出した「徽章」を指で弄ぶ、八重歯の光る少女──フェルトの姿があった。
「へえ、カモが乗り込んできたかと思ったけど……ずいぶん可愛いお嬢ちゃん連れじゃん」
フェルトがケイの整った容姿を見て、ニッと笑う。
「ちょっと、気安くジロジロ見ないでくれる? 人のプライバシーと尊厳に対する配慮が欠落してるんじゃない? 盗品を扱ってるような裏稼業の人間にモラルを求めるのもナンセンスかもしれないけど」
「なっ……なんだこのガキ、生意気な!」
フェルトが怒りで眉をひそめるが、ケイの堂々とした立ち振る舞いと威圧感に一瞬気圧される。
「まあ待て、フェルト。交渉のテーブルにつくってんなら、客だ」
ロム爺が巨躯を揺らして二人を制し、緊張感の漂う交渉が始まった。 スバルは自分の携帯電話──ミーティアと偽った を提示し、徽章の買い取り権利をフェルトと話し合う。
ケイはそのやり取りを観察していた。
(兄の提示している『ミーティア』の価値、相手の反応、そして兄の過剰な焦り……。全てのピースが揃いすぎている。まるで、一度この交渉をリハーサルしたこ
とがあるかのように……)
ゾク、と背筋に冷たい悪寒が走る。
(あり得ない。だって私たち、今日この世界に来たばかりなのよ? なんで兄は、相手が何を欲しがっていて、どう動くかを正確に把握できてるの……!?)
スバルの「異常さ」に対する疑念が決定的なものになりかけた、その時──
ギィィィ……
静まり返った盗品蔵の扉が、ゆっくりと開いた。
「──あら、まだお客様がいたのね」
暗闇から響いたのは、濡れたように艶めかしい女性の声。 その瞬間、ケイの全身の毛穴が開き、皮膚が死の恐怖で狂ったように粟立った。
次元の違う「殺意」が、盗品蔵の空気を完全に支配したのだ