乾いた銃声と爆発音が、見渡す限りの砂漠に響き渡っていた。
砂塵が舞うアビドス高等学校の敷地境界で、やたらと高性能な最新式の重火器を乱射する不良集団――カイザーから横流しされた最新装備で武装したスケバンや他所のチンピラたちが、怒涛の勢いで押し寄せていた。
だが、それを迎え撃つ防衛側は、たったの五人。
巨大な盾を構えて前線を涼しい顔で支える小鳥遊ホシノを筆頭に、無駄のない鋭い射撃で敵を次々と無力化していく砂狼シロコ、ミニガンで制圧射撃を浴びせかける十六夜ノノミ、遊撃として正確に隙を突く黒見セリカ、そして後方から的確な戦況分析と指示を飛ばす奥空アヤネ。
圧倒的な兵力差と装備差を物ともせず、アビドス対策委員会の面々は流れるような連携で襲撃者たちを瞬く間に蹴散らし、撃退してみせた。
その戦闘の全貌を、数百メートル以上離れた砂に埋もれかけたビルの屋上から、息を潜めて観察する二、三の人影があった。
双眼鏡を覗き込んでいるのは、横島と、彼に同行してきたヘルメット団たちだ。
「……まあ、そりゃそうだよな」
横島は双眼鏡を下ろしながらぼやいた。
「うちが依頼を蹴ったからって、アビドス襲撃の計画そのものが立ち消えになるわけがねえ。カイザーにしてみりゃ、他所のチンピラに同じ話を持ってくだけだしな」
横島の隣で、スコープ越しにアビドス生徒たちの立ち回りを見ていたヘルメット団の少女たちは、額からツーと冷や汗を流して顔を見合わせた。
「あ、アイツらヤバすぎだろ……」
「マジで断って大正解だったわ……。いくら積まれたってあんな化け物じみた連中とやり合いたくねえよ」
たった五人で最新装備の武装集団を文字通り粉砕したアビドスの規格外の精強さに、少女たちは心底震え上がっていた。
「……よし、あっちの戦闘も粗方片付いたみたいだな。んじゃ俺たちも――」
横島がそう言いかけた、まさにその瞬間だった。
横島の野生の勘が、脳内でけたたましく警報を鳴らした。
「――っ!?」
横島は躊躇することなく両手を伸ばし、隣にいたヘルメット団の少女たちの襟首を掴むと、力任せに背後の瓦礫の陰へと引きずり倒して伏せさせた。
「ぎゃっ!? な、何すんだよ横――」
「動くな! 声も出すな!」
鋭く押し殺した声で命じると、横島はヘルメット団を安全圏に置いたまま、砂煙に紛れて素早く数メートル離れた別の観測ポイントへと這うようにして移動した。
即座に背負っていたスナイパーライフルを構え、レンズの光反射を防ぐキルフラッシュをセットし、瓦礫の隙間から慎重にアビドスの敷地へと照準を向ける。
遮蔽を変え、気配を殺し、光の反射による位置バレも完全に防いだ、プロ顔負けの隠密ぶり。
だが――スコープの捉えた光景に、横島は背筋を凍らせた。
「…………」
戦闘を終えたばかりの輪の中で、ピンク色の長髪を揺らした小柄な少女――小鳥遊ホシノが、巨大な盾を脱力したように抱えたまま、寸分の狂いもなく横島を真正面から見つめ返していたのだ。
そのオッドアイの瞳は、昼行灯のような眠たげな光の奥に、深淵のような冷徹さを湛えていた。
「……やべぇ、また目が合った。こりゃあ完全にバレてんな……」
横島は冷や汗をダラダラと流しながら引きつった声で呟いた。
物陰で縮こまっていたヘルメット団が、信じられないといった様子で声を震わせる。
「マ、マジで言ってんの横島……!? ここからどんだけ離れてると思ってんだよ!?」
「距離なんざ関係ねえよ、あっちの勘の鋭さの問題だ……」
横島はスコープから目を離し、深いため息をついて天を仰いだ。
「まったく、なんなんだ……。ありゃあゲヘナの風紀委員長とどっこいどっこいだぞ……」
* * *
そもそも、なぜブラックマーケットを根城にする横島とヘルメット団が、わざわざこんな遠く離れたアビドスの砂漠まで足を運んでいるのか。
理由は極めて単純――横島が放った「カイザー=キモい変質者」というレッテル貼り作戦が、あまりにも上手く機能しすぎてしまったからである。
横島の思惑通り、ヘルメット団の少女たちはカイザーに対して強烈な生理的嫌悪感を抱き、依頼を断ることに一切の異論は出なかった。
しかし、その策はあまりにも効果的すぎたせいで、粗暴なチンピラだった彼女たちの精神を、ただの思春期の少女にまで引き戻しすぎてしまったのだ。
『金を巻き上げた挙句に、変質者みたいな手口で毎日付きまとわれて嫌がらせされてるなんてさぁ……』
『アビドスの子たち、めっちゃ可哀想じゃない……?』
あんなキモい奴らにネチャネチャと粘着されているアビドス高等学校に対し、団員たちのあいだで不憫がる声と、同情の輪が急速に広がってしまったのである。
そして何より――その同情の急先鋒に立ったのが、他ならぬ横島忠夫だった。
(たった数人の女子高生が、砂漠の限界集落で健気に借金返しながら暮らしてるだと……!? そこに目をつけた巨大企業のオッサンどもが、チンピラけしかけて精神的に追い詰めようとしてるってのか!? 許せねえ……!! 美神さんの下で散々こき使われてきた俺だからこそ分かる、搾取される側の悲哀!!)
そして「とりあえずアビドスがどんな目に遭ってるか、様子見だけでも行ってみようぜ」という横島の一声で、こうして偵察隊が結成されてしまったのである。
「……で、偵察に来てみりゃあの強さだ」
横島はライフルを収めると、いまだに心臓のバクバクが止まらない胸元を押さえて小さく愚痴った。
「同情して損したとは言わねえが……あのピンク頭のちっこいの、絶対に敵に回しちゃいけねえタイプだわ……」
* * *
ほんの数秒、視線と意識をわずかに逸らしただけだった。
「キミたち、一体なにを見てたのかな〜?」
カツン、と響く乾いた足音とともに、背後から降ってきたのは、あまりにも場違いなほど間の抜けた少女の声。
「――っ!?」
横島の全身の毛穴という毛穴から、一瞬で冷や汗が吹き出した。
振り向いた先――先ほどまで遥か先の校門前にいたはずの小鳥遊ホシノが、巨大なシールドを気だるげに抱え、すでにビルの屋上に仁王立ちしていたのだ。
(うそだろ!? いつの間にここまで詰めてきやがった!? 移動の気配すら微塵も掴めなかったぞ……!)
数多の不意打ちを幾度となく躱してきた横島ですら、完全に意表を突かれて面食らい、次の一手をどう打つべきか頭の処理がコンマ数秒まごついてしまう。
ホシノは首をコテンと傾げ、眠たげなオッドアイを細めた。
「それで? キミたちも、さっきの連中のお仲間……ってことでいいのかな〜?」
どこまでも気の抜けた声で問いかけるホシノ。
だが――その小柄な身体から滲み出ているプレッシャーは、周囲の空気を凍りつかせるほど凶悪で、ドス黒い殺気に満ち満ちていた。問答無用で敵をすり潰す気満々の、歴戦の猛者の気配。
その圧倒的なオーラを前にして、横島の背後にいたヘルメット団たちが一斉に銃を構え、やけくそ気味に叫んだ。
「ひ、怯むな! やるぞテメエら!!」
「単身で乗り込んできやがって、返り討ちにしてやるよオラァッ!!」
「バ、バカッ! やめろ、俺らの敵う相手じゃ――!」
横島が慌てて割って入ろうとした、その時だった。
「行くぞお前ら! 蝶のように舞い――ッ!!」
号令一番、ヘルメット団の少女たちは見事なフットワークで左右へと一斉に散開した。
ホシノは「うへ〜、散らばられちゃうとちょっと面倒だなぁ……」と眉を下げつつ、まずは一番近い位置へ回り込もうとした一人へシールドを構え直し、迎撃態勢をとる。
少女たちは瓦礫を蹴り、互いの射線を被らせない完璧なポジションへと滑り込むと、銃口をホシノの眉間へと向けて高らかに叫んだ。
「――ハチのように刺す――ッ!!」
挟撃の十字砲火。
ホシノが目を細め、散弾銃の引き金に指をかけた――まさにその会敵の刹那。
ヘルメット団たちは、全員で今日一番の叫びを響かせた。
「「「――と見せかけて、ゴキブリのように逃げるッッッ!!!!」」」
「な……ッ!?」
ホシノが息を呑んだ瞬間、少女たちは屋上の縁から非常階段へ、あるいは隣のビルの屋根へと、蜘蛛の子を散らすどころではない超人的な初速で一目散に逃げ散っていった!
そのあまりの脱兎の勢いたるや、後ろに大量の砂煙を残すほどの徹底ぶりである。
『蝶のように舞い』のあたりから(あれ?……)と怪訝な顔をしていた横島だったが、完璧なオチをつけられた瞬間、盛大にズッコケた。
「だああああっ!? テメエら、人の十八番をパクるんじゃねえ!! しかも俺を置いてくなぁぁぁっ!!」
砂ぼこりの舞う屋上に、置き去りにされた横島の悲痛な絶叫だけが木霊する。
完全に先手を取って叩き潰す気満々だったホシノは、構えた散弾銃の切っ先を宙に浮かせたまま、ポカンと口を開けてその場に固まっていた。
気まずい沈黙と吹き抜ける砂嵐の中、置き去りにされた横島へと向けられた銃口は、微動だにしていなかった。
「……で?」
ホシノはシールドの陰から、冷ややかなオッドアイをジトッと細めて横島を見据える。
「キミも逃げる? ……まあ、逃げられたらの話だけどね〜」
のんびりとした口調の裏に滲む、逃がす気など毛の先ほどもない絶対的な捕獲宣言。
だが、見捨てられたはずの横島は、思いのほか落ち着いた様子で両手を軽く広げてみせた。
「いや、俺は逃げねえよ。そもそも、元々はアンタらに話があってここまで来たんだ。どうやって接触したもんか迷ってたところだったから、かえって手間が省けて丁度よかったぜ」
「ふーん……」
食ってかかるでも命乞いをするでもない横島の態度に、ホシノは眉ひとつ動かさず、むしろ食い気味に冷たく言葉を被せた。
「それ、おじさんが大人しく聞いてあげる必要、あるのかな〜?」
完全に問答無用。いつでも引き金を引いてミンチにできるぞ、という底知れない威圧感が屋上を支配する。
普通のチンピラならこの時点で失禁して土下座するところだが、横島は不敵にフッと口角を吊り上げた。
「あると思うぜ」
言い切った。
――だが、心臓はバックバクの限界状態だった。
(クソッ、このピンク頭、見た目はちっこいのにプレッシャーが半端じゃねえ!)
このままでは完全に会話の主導権を握られたまま、ただの不審者としてボコボコにされて砂漠に埋められかねない。
状況をひっくり返し、相手のペースを崩して一気にイニシアチブをこちらへ引き寄せるにはどうする?
横島の脳裏に浮かんだのは、かつて美神除霊事務所で厄介な依頼人相手にハッタリをかます時に使ったことがある、とある映画の超有名フレーズだった。
ニヤリと映画スターばりの薄笑いを浮かべてこう言い放った。
「――アンタが、決して拒めない提案をひとつ、持ってきてやったのさ」
カチャリ。
「…………」
その瞬間、ホシノの周囲の大気が、完全に凍結した。
横島が何の気なしに口にしたフレーズは、小鳥遊ホシノへの問いかけとしては、おおよそ考え得る中でもこれ以上ない程、最低最悪なものだった。
「……あ」
相手の瞳の奥からすべての光が消え、底知れぬ暗黒の虚無へと変わったのを目の当たりにした瞬間、横島の野生の勘が「あ、これ死んだわ」と理解した。
「へぇ……」
「ま、待てタンマ! 今の言い方はちょっと映画の真似しただけで――」
ドォォォォォンッ!!!!
弁明の猶予など、一文字たりとも与えられなかった。
爆発的な踏み込みでコンクリートの床面が粉々に砕け散り、ホシノの姿が視界から消えたと思った次の瞬間には、巨大なシールドの鉄塊が横島の鳩尾へと超音速でめり込んでいた。
「ゴハッッッ!?」
「――私の前で、二度とその言葉を使うな」
空中に浮き上がった横島の視界に、冷徹極まりないオッドアイが映る。
言葉を挟む間もなく、散弾銃の強烈なゼロ距離射撃の連打と、容赦のない殴打のフルコースが叩き込まれた。
「ひでぶ!? あべしっ!? うわらば!!」
砂漠の廃ビルの屋上に、横島忠夫の断末魔と、砂塵を巻き上げる一方的な残虐ショーの轟音が虚しく響き渡ったのだった。
* * *
タコ殴りにされた横島は、ロープで芋虫のようにガチガチの簀巻きにされ、砂漠を引きずられるようにしてアビドス高等学校の校舎へと連行された。
対策委員会の教室の床に無残に転がされた横島は、顔中を腫らした状態で、事の次第を一切の誇張も嘘もなく、洗いざらい白状した。
ブラックマーケットでヘルメット団のアジトに転がり込んでいたこと。
カイザーコーポレーションからアビドス襲撃の依頼が持ち込まれたこと。
裏を洗ってみたら、アビドスが血のにじむ思いで返済した金が、そのまま襲撃犯への報酬と武器購入資金にロンダリングされていたこと。
あまりに陰湿で胸糞が悪かったためヘルメット団に依頼を蹴らせたこと。
そして、あまりに不憫に思って偵察に来たところを、言葉のチョイスを大失敗して今に至ること――。
一通りの説明を聞き終えた直後、教室には怒号と混乱が渦巻いた。
「な、なんなのよそれ……っ! アタシたちがバイト掛け持ちして、必死に工面して返したお金で、アタシたちを襲わせてたってわけ!?」
セリカは机をバンと叩き、怒りのあまり顔を真っ赤にして叫んだ。
「……許せない。今すぐカイザーの拠点に乗り込む。ついでに金庫も差し押さえるべき」
シロコは冷徹な瞳に静かな怒りの炎を灯し、覆面を取り出しながら淡々とカチコミを主張する。
「賛成です☆ ハチの巣にしちゃいましょうか〜!」
「ちょ、ちょっと二人とも待ってください! 正当な証拠もないのにそんなことしたら、私たちが犯罪者になっちゃいますよぉっ!」
物騒極まりない提案に便乗するノノミと、必死に引き留めるアヤネ。
そんな後輩たちの騒ぎの中、ホシノだけは腕を組んだまま壁にもたれ、俯いて固く口を閉ざしていた。横島を半殺しにした時の鋭い殺気は消え失せ、痛ましい現実に耐えるような、重苦しい沈黙を守っている。
やがて――。
怒声が収まると、教室には鉛のように重い絶望感がじわじわと広がっていった。
怒ったところで、借金が消えるわけではない。
相手はキヴォトス全土に根を張る巨大企業であり、自分たちは廃校寸前のたった五人の生徒。返済した金がそのまま自分たちを脅かす弾丸に変わるという悪夢のようなサイクルを突きつけられ、対策委員会の面々は為す術のない現実に打ちのめされたように項垂れた。
「……っ、一体何がしたいのよ……カイザーは……っ!!」
耐えきれなくなったセリカが、絞り出すように叫んだ。
怒りというよりは、理不尽に対する悲鳴のような問い。
床の上でミノムシのように転がっていた横島は、心底困り果てたように深くため息を吐き出した。
「……当事者のアンタらにすら心当たりがねえってんなら、いよいよ見当もつかねえな……」
重苦しい沈黙が広がる中、壁にもたれていたホシノが小さく息を吐き、すたすたと歩み寄ってきた。
カチャリ、とポケットナイフを取り出すと、床の上で芋虫のように転がっていた横島のロープを手際よく切断する。
「……よいしょっと。痛かったでしょ、手荒なことしちゃってごめんね〜。あと……わざわざこんな危険なこと、教えに来てくれてありがとうね」
「い、いててて……」
横島は自由になった手足をさすりながら、のそのそと起き上がった。
ホシノの口調はいつもの気の抜けた「おじさん」口調に戻っており、腫れ上がった横島の顔を気遣うような言葉遣いではあったが――その瞳の奥には、決してこれ以上踏み込ませないという明確な一線、冷ややかな壁がそびえ立っていた。感謝と謝罪を述べつつも、これ以上の深入りを明確に拒絶する、他人行儀な距離感。
(まあ……そりゃそうだよな。いきなり現れた素性も知れねえ男に、こんな爆弾みたいな話ぶちまけられたんだ。警戒するなって方が無理ってもんよ)
ホシノが引いた防壁の意図が手に取るように理解できた。だからこそ、横島は痛む首を回しながら、素朴な疑問を口にする。
「まあ、気にすんな。……ってか、自分で言うのも何だが、アンタらよく俺の話を信じたよな? 怪しいチンピラのハッタリだと思って、そのまま砂漠に埋められてもおかしくねえ状況だったのにさ」
するとホシノは、ヘラヘラとした脱力系の笑みを浮かべ、対策委員会の会議机の上にポンと置かれた紙束と記録媒体を指差した。
「うへ〜、こんだけの確固たる証拠を持ってきといて、よく言うよ〜」
机の上に並べられていたのは、おおよそ合法的な手段では手に入るはずのない真っ黒な決定的証拠の数々だった。
「……ねえキミ、カイザーからヘルメット団に話が来てから、ほんの数時間でこれ集めてきたって言ったよね? ……本当に何者なの?」
ホシノのオッドアイが、呆れと微かな警戒、そしてドン引きの色を帯びて横島を値踏みするように見つめる。
いくら情報戦に長けた工作員でも、数時間でメガコーポの後ろ暗い案件の物証をここまで完璧に洗えるわけがない。どう考えても正規の手段ではなかった。
だが、当の横島はポリポリと頭を掻きながら、心底不思議そうに目を丸くした。
「え? いや……別にそんくらい大したことねえだろ。なんでそんな大層なことみたいに言ってんだ?」
横島にしてみれば、美神事務所で日常茶飯事のようにやらされていた数々の悪行に比べれば、簡単な作業に過ぎなかったのだ。
そんな横島の「これくらい普通でしょ?」と言わんばかりの態度に、ホシノは引きつった笑いを浮かべた。
「うへ〜……。確かにカイザーの連中が変態で関わりたくないってのは完全に同意するけどさぁ……。おじさん的には、できればキミとも関わり合いになりたくないかな〜……」
「おいコラ! なんで俺まで同類扱いされてんだよ!!」
人助けのつもりで命がけの潜入捜査までやってのけたはずなのに、あっさりと「キモい大企業」と同等の危険人物枠に放り込まれ、横島は理不尽さに思わず盛大にツッコミを入れるのだった。
* * *
「――でさ、一応聞くけど、誰か何か対抗策を思いついた奴はいるか?」
横島が痛む体をさすりながらそう尋ねると、教室の空気はさらに一段重く沈み込んだ。
アビドスの五人は押し黙り、誰も答えを返すことができない。
相手はキヴォトス全土に根を張る巨大企業。こちらは廃校寸前のたった五人。しかも自分たちが返済した金がそのまま武器になって襲撃者へ流れるという、抜け出しようのない泥沼のサイクルだ。高校生の頭でパッと思い浮かぶような打開策など、あるはずもなかった。
そんな重苦しい沈黙の中、おずおずと口を開いたのはアヤネだった。
「……あの、横島さんは、何かいい案があるんですか……?」
すがるような、しかしどこか諦めの混ざった問いかけ。
横島はチラリと、腕を組んだまま壁にもたれているホシノへと視線を向けた。
「いや……俺はあくまで部外者だしな……」
歯切れ悪く言葉を濁す。
しかし、目の前で理不尽な現実に打ちのめされ、今にも押し潰されそうな少女たちの姿を実際に見てしまった以上、横島忠夫という甘っちょろいお人好しな男は、もはや完全に見て見ぬふりを決め込むことが出来なくなっていた。
とはいえ、ホシノが放つ「これ以上アビドスに関わるな」という無言の防壁も痛いほど伝わってくる。彼女が部外者の介入を許すはずがないことも、重々承知していた。
それでも――横島は一つ息を吐き出し、あえてその結界へと足を踏み入れた。
「……まあ、ないこともない、けどな」
その言葉に、ホシノはピクリと眉を動かした。
拒絶の言葉を口にしようと唇を開きかけたが、藁にもすがる思いで横島を見つめる後輩たちの視線に気づき、ぐっと言葉を飲み込む。
(……まあ、聞くだけならタダだしね……)
ホシノが遮らないのを確認すると、横島は己の頭の中に浮かんだ悪魔的な策略を語り始めた。
* * *
数分後。
一通りの説明を終えた横島が一息ついた時、教室を支配していたのは完全なる静寂だった。
「…………」
アビドスの面々は、一様に言葉を失っていた。
ドン引き。戦慄。絶句。
あらゆるネガティブな感情がブレンドされた視線が、一斉に横島へと突き刺さる。
普段ならどれほど過激な作戦にも無表情で乗っかるあのシロコですら、耳をペタンと伏せ、引きつった目で一歩後退りしているほどだった。あまりにも悪辣。あまりにも外道。合法とか正義とかいう概念を跡形もなくゴミ箱にシュートした、裏社会の人間すら逃げ出すような極悪プランだったのだ。
凍りついた空気を破ったのは、貼り付けたようなビジネス笑顔を浮かべたホシノだった。
「……えーっと、はい! 大変貴重で参考になるご意見、誠にありがとうございました〜! 今後の対策会議にて、前向きに検討させていただきますね〜!」
徹底的に余所余所しいトーンで放たれた、実質的な絶対にお断りの定型句。
あまりの突き放しっぷりに、横島のこめかみに青筋がピキピキと浮き上がった。
「テメエ……っ、ちったあ本音を隠せや!」
「いやぁ〜、アビドス高等学校対策委員会はですね〜、『お天道様の下を胸張って歩けるように生きよう』がモットーでしてねぇ〜?」
すっとぼけた顔で両手をひらひらさせるホシノに、横島は指を突きつけて絶叫した。
「さっき初対面の人間を問答無用で半殺しにしたヤツがどの口で抜かすかあああーーっ!?」
「うへ〜、あれは正当防衛の範囲内だからノーカンノーカン!」
二人がギャーギャーと不毛な言い争いを繰り広げていた、その時だった。
「…………ん」
ふと、シロコが俯いていた顔を上げた。
そのオッドアイの奥に、先ほどまでの引きつった困惑は消え失せ、爛々とした危険な輝きが宿っていた。
「……それ、すごくいいと思う」
「「は!?」」
横島とホシノの言い争いがピタリと止まる。
「シ、シロコちゃん!?」
「相手は理不尽な手段で私たちを追い詰めてる。なら、こっちが真っ当なルールで付き合う必要はない。……横島のプランは、とても有効。合理的」
「そうですね☆ 賛成に一票〜」
シロコの危険な熱量に、ノノミが楽しげに便乗する。
「ちょ、ちょっと待ってよ二人とも!? いくらなんでもそんなの……でも、でもさぁっ!!」
頭を抱えていたセリカが、ギリッと奥歯を噛み締め、怒りとやけくそが混ざった瞳で机をバンと叩いた。
「このまま黙ってあいつらの食い物にされて廃校になるくらいなら……やってやろうじゃないのよ!!」
「セ、セリカちゃんまでぇぇぇっ!? だ、ダメですよ皆さん、冷静になってください! うぅ、でも……でもぉ……っ!」
必死に止めようとしていたアヤネだったが、暴走列車のように突き進む仲間たちの熱気と、横島の提示した現状を打破できる唯一の現実的な道筋の誘惑に抗いきれず、最後には涙目でコクコクと頷いて押し切られてしまった。
「う、うへぇ……」
後輩たちが一瞬で闇に染まっていくのを目の当たりにし、ホシノは引きつった笑いを浮かべながら天を仰いだ。
こうなってしまっては、もう止められない。
ホシノは観念したように深くため息を吐き出すと、ポリポリと後頭部を掻きながら、ジトッとした目を横島に向けた。
「……はぁ。わかった、わかったよ……。おじさんも賛成する。……乗ったよ、その最悪の作戦に」
こうして、横島が授けたあまりにも悪辣な外道プランが、アビドス対策委員会の満場一致(一名の諦めを含む)によって正式採用されてしまったのであった。
* * *
「今日こそおどれらの最期じゃあああーーっ! ハーッハッハッハッハ!!」
砂煙を巻き上げながら疾走するピカピカの真新しい大型装甲車。そのハッチから身を乗り出した横島は、下卑た高笑いをアビドスの青空へと響かせていた。
その背後から展開するヘルメット団の面々の装備も、以前のボロっちいものとは雲泥の差だった。最新型のタクティカルヘルメットに、ピカピカの自動小銃、果ては新品の携帯型ロケットランチャーまで構えている。
口振りからして、彼らがこうしてアビドスへカチコミをかけるのは一度や二度ではない。
「……ん、受けて立つ」
「ノノミ先輩、右翼の展開を阻止! シロコ先輩、セリカちゃんは正面の装甲車を!」
迎え撃つアビドス側も手慣れたものだった。激しい銃撃戦の火花が散り、最新兵器の弾幕とアビドス生徒たちの精確無比なカウンターが砂漠を揺らす。
「ははは! 撃て撃てぇーっ! 最新兵器の威力を思い知れ――ぶべっ!?」
横島が調子に乗って叫び散らかしていた、その時だった。
「――はい、そこまで〜」
のんびりとした気の抜けた声とともに、巨大なシールドを構えた小鳥遊ホシノが突風のような勢いで真正面から突っ込んできた。
「ぎゃああああああああっ!?」
ドガァァァァァンッ!!
凄まじい衝撃音とともに装甲車は側面から綺麗に一回転してひっくり返り、派手な爆炎を上げながら吹き飛んだ。
ガラガラと崩れる残骸の中から、横島が這いずり出てくる。その目の前に、ホシノが影を落とすようにスッと立ちふさがった。
無様な姿で地べたを這う横島を、ホシノは上からじっと見下ろす。
「うへ〜。何度も何度も懲りないヤツだね〜、横島くん?」
ヘラヘラと笑いながら銃口を突きつけてくるホシノに、横島は即座に土下座の姿勢を取り、コメツキバッタのように激しく額を地面に打ち付けながら泣き喚いた。
「堪忍やーっ! 仕方なかったんやーーっ!!」
「いやぁ〜、そう言われてもねぇ? こっちも毎度毎度付き合わされると弾薬費がかさんじゃって困るんだよね〜」
全く許す素振りを見せず、散弾銃のボルトをガチャリと引くホシノ。
すると横島は、懐から手際よく分厚い布に包まれた物体を取り出し、両手で頭上に捧げ持った。布の隙間から覗くのは、帯封のついた分厚い札束の山である。
「これッ! ほんのお詫びの印……ワタクシ共の誠意でございます! どうかこれでご容赦を、お慈悲をォォォッ!!」
「おっ、話が早くて助かるよ〜」
ホシノはその包みをひょいと受け取って懐にしまうと、辺り一帯に響き渡るよく通る声で高らかに宣言した。
「――はいストーップ! キミたちの誠意、確かに受け取ったよ〜! じゃあ今日のところは、これで手打ちってことで!」
その声を合図に、激闘を繰り広げていたはずのアビドスの生徒たちとヘルメット団が一斉に撃ち方をやめた。
「皆さん、お疲れ様でした。ケガをされた方はいませんか?」
「ヘーキヘーキ! アヤネちゃんは今日も優しいねえ」
「ふぅ〜、今日もいい汗かいたわねー!」
「お疲れ〜、あ〜腹減った。なあセリカ、今日柴関のシフト入ってる?」
「入ってるけど、アンタらまた来る気?」
「あたぼうよ! さっきアタシらをボコボコにしてくれたセリカちゃんに、上げ膳据え膳してもらって食うラーメン程美味いもんはねえからなぁ〜」
「……アンタら横島さんみたいになってきたわね」
「いくらなんでも言って良いことと悪いことがあんだろぉ!!」
盛大にやり合っていたはずの双方はあっさりと銃を肩に担ぎ、互いに近寄って駄弁り始めたり、木陰に座り込んで先ほどの戦闘の感想戦を繰り広げ始めたりしたのだった。
* * *
アビドス高等学校・対策委員会の教室で、横島が自身の思いついた打開策を披露した時のことである。
「……いいか、よく聞けよ?」
アビドスの面々の前で、横島は自分の策を切り出した。
「まず、一度蹴ったカイザーからの襲撃依頼を、俺たちがもう一度受け直す。そして、依頼通りにアビドスを襲撃するんだ」
「ぶっ飛ばされたいなら最初からそう言いなよ〜?」
ホシノがすかさずヘラヘラと笑いながら茶々を入れる。
だが、これはホシノなりの計算だった。(どうせコイツ、ロクでもないことを言い出すに決まってる……)と直感したホシノは、あえて自分が率先して茶化すことで「横島はこういうアホなことを言う奴だ」と場に印象づけ、短気なセリカや真面目なアヤネが激昂して話の腰を折ってしまわないようにしたのだ。
「話を混ぜっ返すな! 黙って最後まで聞けっての!」
横島はホシノを一喝すると、身を乗り出して語り始めた。
「カイザーから依頼を受ければ、前金の支度金が出る。俺らはその金で新しい装備や装甲車を揃えて、きっちり懐に小遣いを残す。そして契約通り、アビドスを襲撃しに来るわけだ」
一度蹴った依頼を再び取り付けることなど、横島からすれば造作もないことだった。
相手はこちらを野蛮で学のないチンピラと完全に見下している。そんなカイザーの木っ端に下手に出て、惨めったらしく泣き付き、自尊心と嗜虐心を満たしてやって、いい気にさせた隙に有利な条件を取り付ける。
事実、横島はこの後、当初よりも高額の出資を引き出すことに成功した。
「――ただまあ、当然ながら俺らの戦力じゃお前らには逆立ちしたって勝てねえよな? だから派手にドンパチやった後、きっちりお前らにボコボコにされて負ける」
「……負ける? 自分から?」
首を傾げるセリカに、横島はニヤリと笑みを浮かべて指を立てた。
「そう、負けるんだよ。で、負けた俺らは『命ばかりはお助けを〜!』っつって、カイザーからせしめた報酬の一部を襲撃の慰謝料として、アビドスに上納する」
「……あっ」
シロコの耳がピクリと跳ねた。横島は「食いついた!」と内心思いながら続ける。
「アビドスは襲撃を撃退した正当な権利として、合法的に慰謝料を手に入れる。カイザーの依頼には『何日までに滅ぼせ』なんて具体的なノルマも期限も設定されてない。……ってことはだ? この『カイザーの金で武装して襲撃→返り討ちに遭ってアビドスに金を払う』ってマッチポンプを繰り返せば――俺たちもアビドスも、カイザーから定期的にまとまった収入を吸い上げられるってわけよ!」
強いて言うなら、襲撃の度にぶちのめされることになる横島とヘルメット団たちは割りを食うことになるが、言い出しっぺの横島はそんなことは気にしない。
ヘルメット団たちもアビドスに対して同情的な者が多く、既に横島の薫陶をたっぷりと受けていたことから、チンケなプライドよりもアビドスと分けてもなお割の良い収入を優先して、不満を飲み込んだ。
カイザーがアビドスを締め上げるために用意した資金を、八百長によって丸ごと横流しし、カイザーの金でアビドスの借金返済資金を工面する――。
かくして同じ金が一つのところで延々と回り続ける永久機関が誕生し、そこから生まれたものは利子の返済で精一杯だったアビドスに、元金の返済にまで着手できるようになるまでの余裕をもたらした。
* * *
何故、横島忠夫は小鳥遊ホシノの深い拒絶を前にしても、踏み込んで手を伸ばしたのか。
何故、小鳥遊ホシノは到底信用など出来ない横島忠夫が差し出した手を取ったのか。
横島は度を超えた女好きのお人好しだが、本来の彼ならばここまでホシノたちに踏み込むことはなかっただろう。
ホシノが本来抱く警戒心は、この程度の窮地に陥ったくらいでは横島の馬鹿げた策を許容しなかっただろう。
今回の八百長が成立したのは、様々な要因があってのことである。
だが、結局のところ、横島が手を伸ばし、ホシノがその手を取った最大の要因――それは両者がお互いに、自分と『同類』の匂いを感じたからだ。
同病相憐れむ、横島とホシノ両者の関係はその一言に尽きるのである。