ヒュンッ! バババババッ!! ドガァァァン!!
耳をつんざくような銃声と爆発音、そして鼻をつく硝煙の匂い。
横島忠夫は、アスファルトの破片が飛び散る路上を無様に逃げ惑っていた。
「ベトナムか、ここはぁー!? 美神さーん! おキヌちゃーん!!」
確か、魔族絡みの仕事でターゲットのアジトを襲撃したところ、セキュリティの魔物に奇襲を食らって吹っ飛ばされたはずだ。
なのに、気がついたら怪しげな魔族のアジトではなく、なぜか近代的なビル街のど真ん中。
しかも、あちこちで女子高生たちが機関銃やらアサルトライフルやらをぶっ放し合っているではないか。
「なんでJKがモノホンの銃ぶっ放してんだよ!? どういう治安してんだここはーっ!!」
横島は悲鳴を上げながら、近くにあった崩れたコンクリート壁の瓦礫の裏へと頭から飛び込んだ。
頭を抱えてダンゴムシのように丸まり、ガタガタと震えながら必死に現実逃避を試みる。
「ゆ、夢だ……これは夢なんだ! 本当の俺はあったかい布団でぐっすり寝てるんだ! さあて、そろそろ起きないとなぁ! 今日の仕事は魔族絡みだから気合い入れるかぁ!!」
「あ、あの……! だ、大丈夫!?」
錯乱して独り言を叫ぶ横島の耳に、可愛らしい声が届いた。
ビクッと顔を上げると、同じ瓦礫の陰に、ひとりの少女が身を潜めていた。
美しい薔薇色のショートヘアに眼鏡をかけた、いかにも真面目そうな美少女だ。
ただ、その頭上には不可思議な模様の光の輪が浮かんでいる。本来常人には何となくでしか認識出来ない筈だが、霊能力者である横島にはその謎の発光体がはっきり認識できた。
「えっ……お、女の子!? 何でこんなとこに!?」
横島は一瞬だけ鼻の下を伸ばしかけたが、すぐ頭上を掠めていったロケット弾の轟音で我に返った。
こんな可愛い眼鏡っ娘が、戦場のど真ん中にいていいはずがない。横島の中のなけなしの男気が、恐怖をわずかに上回った。
「お、おい君! なんでこんな銃撃戦のど真ん中にいるんだよ!? ここは危ない、俺がなんとか時間を稼ぐから早く逃げろっ!」
柄にもなくカッコをつけて少女の肩を掴む横島。
しかし、眼鏡の少女――陸八魔アルは、眼鏡の奥の瞳をパチパチと瞬かせ、きょとんとした顔を見せた。
「え? 確かに危ないけど……その、流石に怯えすぎじゃ……?」
「何言っとんじゃい! 鉛玉が雨霰と飛んできてんだぞ! 当たったら死ぬだろーが!!」
「し、死ぬ!? ま、まさか、そんな大袈裟な……!」
アルは横島の発言に驚き、困ったように苦笑いを浮かべる。
そしてアルは何かに気付いたようで、横島へ語りかける。
「あなたもしかして外の人? あの、ここ……学園都市『キヴォトス』では、このくらいの銃撃戦なんて日常茶飯事よ。それに『ヘイロー』があるから大したことないわよ」
「へいろー? その輪っかのことか?」
「そうよ。銃で撃たれたくらいじゃちょっと痛いくらいで、せいぜい気絶するくらいよ。だからそんなに怖がらなくても……」
おずおずと学園都市の常識を教えてくれるアル。
それを聞いた横島は、ポカンと口を開けたまま数秒間フリーズした。
「……え? 撃たれても、平気?」
「ええ」
「なーんだそうだったのかぁ!? それなら早く言ってくれよ!」
横島の顔から、みるみるうちに恐怖の色が消え、いつもの調子いいヘラヘラした笑顔が戻ってきた。
「あはははは! じゃあ大丈夫なんじゃん! いやー、死ぬかと思った! ったく、人騒がせだなあここは!」
すっかり安心しきった横島は、余裕たっぷりに笑いながら、瓦礫の陰からひょいっと無防備に頭を出した。
その瞬間である。
ヒュンッ!
一発の流れ弾が絶妙な角度で飛来し、瓦礫から出た横島の頭部を浅く掠めた。
「……へ?」
ピタリ、と横島の動きが止まる。
数秒の静寂ののち、横島のこめかみから、ツーッ……と真っ赤な鮮血が滝の様に流れ落ち、顔面を赤く染め上げた。
ズキズキズキッ!! と、遅れてやってくる猛烈な激痛と焼けるような熱さ。
当然である。横島忠夫はキヴォトスの生徒ではない。
彼にヘイローなどという便利な防弾システムは存在しないのだ。
「えっ……!? ち、血ぃぃぃぃっ!? うそ、掠っただけなのになんで!?」
アルが眼鏡をずり落とさんばかりに目を見張り、パニックになって悲鳴を上げる。
その目の前で、横島は頭からダラダラと血を流しながら、まるでホラー映画の怨霊のような凄まじい形相で、ゆっくりとアルの方へと首を巡らせた。
「お、おおお、おいコラァァァ……っ!!」
「ひぃっ!?」
充血した目を剥き出しにし、血まみれの顔でアルへと詰め寄る横島。
「全然大丈夫じゃねえじゃねえかあああああっ!! めちゃくちゃ痛えし、血ぃ出るじゃねーか!!」
「ひゃああああっ!? ご、ごめんなさいいいいっ!! わ、私、外から来た人なんて初めて見たから、てっきりあなたにもあるものだと……っ!!」
「謝って済むかあああっ! 死ぬ! 俺だけ普通に撃たれて死ぬうううっ! 美神さーん! 助けてええええっ!!」
頭から流血して涙目で暴れ回る横島の絶叫と、陸八魔アルの謝罪の声が虚しく木霊していた。
* * *
ひとしきり喚き散らし、お互いに息が切れてようやく冷静さを取り戻した頃には、横島のこめかみの出血もなんとか収まりつつあった。
持っていたハンカチで横島の血を拭いながら、アルは青ざめた顔で事の重大さを噛み締めていた。
「つ、つまり……横島くんは外の世界から来た人で、ヘイローがないから、流れ弾に一発当たっただけでも死んじゃうくらい脆いってこと……!?」
「も、脆いって言うな! 鉛玉食らったら死ぬのが当たり前じゃい!」
「と、とにかくここにいたら危険よ! 安全なところまで私が案内してあげるから、頭を低くしてついてきて!」
アルは自分のスナイパーライフルを握り直して真剣な表情で周囲を警戒しながら、路地裏の遮蔽物から遮蔽物へと横島を先導し始めた。
ゴミ箱の陰や崩れた壁の裏を中腰でコソコソと移動しながら、横島はふと疑問に思い、前を行くアルの華奢な背中に声をかけた。
「……なあ、アルちゃんって言ったっけ。なんで初対面の俺なんかのために、そこまで必死になってくれるんだ? 俺なんか放っといて一人で逃げりゃいいのに……」
するとアルは、瞳をきょとんとさせ、それから少し怒ったように眉を吊り上げて振り返った。
「な、何を言ってるのよ! 私が見捨てたら、あなた死んじゃうでしょ!! 人が死ぬかもしれないのに、見捨てるなんてできるわけないじゃない!」
あまりにも真っ直ぐで、打算も何もない、当たり前の善意。
その言葉を聞いた瞬間、横島の胸の奥にじんわりと温かいものが広がった。
(……ああ、そういえば俺、普段はどういう扱い受けてたっけ……)
脳裏に浮かぶのは、元の世界での過酷な日々。
時給255円でこき使われ、生命の危険など日常茶飯事、せめて死体はキレイだといいな……というブラックすら超えた漆黒の環境とのあまりの落差に、横島の目から涙がこぼれ落ちた。
「う、ううっ……」
「えっ!? よ、横島くん!? ど、どうしたの急に泣き出して……! あ、もしかして、さっきの頭の傷が痛むの!? ごめんなさい、私ったら急がせすぎちゃって……!」
慌てて駆け寄り、おろおろと顔を覗き込んでくるアル。
その純粋な心配がまたしても涙腺を刺激し、横島は慌てて袖で顔をゴシゴシと拭った。
「あ、あれ? おかしいな、どうしたんだろ……あはは、なんか目にゴミでも入ったのかな……」
照れ隠しに目元をこすりながら、ヘラヘラと笑って誤魔化す横島。
だが、そんなヌルい感動の空気は、直後に響き渡った不吉な飛翔音によって木っ端微塵に吹き飛ばされた。
シュゴォォォォォッ――!!
「「……え?」」
二人が同時に顔を上げると、軌道を逸れた一発のロケットランチャーの弾頭が、白煙を上げながら真っ直ぐこちらへ向かって突き進んでくるのが見えた。
「ろ、ろ、ロケットランチャァァァァッ!?」
横島の顔面が瞬時に崩壊し、絶叫が木霊した。
完全にパニックに陥った横島は寝言以下の妄言を喚き始めた。
「死ぬんやー! もうアカン!! まだ青春を何一つ謳歌してないのにーっ! 死ぬ前に一度でいいから、全裸美女で満杯の日本武道館のステージでもみくちゃにされながら、『ジョニー・B・グッド』を歌ってみたかったあああーっ!!」
「横島くんっ!!」
アホなことをほざく横島にアルが飛びついた。
強い力で横島を押し倒し、その上に覆いかぶさるようにして、アルは横島を自分の胸元へと強く抱きしめたのだ。
「へっ……!? あ、アルちゃん……!?」
突然の密着と少女の柔らかさ、体温、そして甘い香り。
横島は目を白黒させながら、顔を真っ赤にしてしどろもどろに言い訳を始めた。
「い、いやあ、今のはその、死ぬ間際のくだらない妄想と言いましょうか、決して俺が普段からそんな変態的なことばっかり考えてるわけじゃ……」
「動かないでっ!!」
自分の背中でロケット弾を受け止める覚悟で、ギュッと目を閉じて震えながらも、決して横島から離れようとしないアル。
その必死な声に、横島はハッと息を呑んだ。
(この子……自分を盾にして、俺を……!?)
撃たれても死なないヘイローがあるとはいえ、直撃すればただでは済まないはずだ。とても痛いはずだ。
それなのに、ついさっき出会ったばかりの情けない男を守るためにこの少女は迷わず身を挺してくれた。
『女の子に庇われる』――その構図が横島忠夫の奥底に刻まれた、ある強烈な記憶を呼び起こした。
かつて、自分のために命を散らした魔族の少女。あの時と同じ、自分の無力さと目の前の少女を傷つけさせてたまるかという感情が、横島の全身を駆け巡る。
ドクンッ!!
横島の魂が大きく脈打ち、霊力が沸騰するように急激に上昇して爆発的に膨れ上がる。
その瞬間、横島の頭上の空間が歪み、バチバチと眩い光を放ちながら『何か』が急速に顕現した。
ドガァァァァァンッ!!
耳膜を破らんばかりの大爆発とともに、ロケット弾が着弾した。
凄まじい爆風と衝撃波が路地裏を薙ぎ払い、横島とアルの身体は吹き飛ばされた。
* * *
「う、うぅ……っ! げほっ、げほっ……!」
濛々と立ち込める黒煙と粉塵の中、アルは瓦礫の上でなんとか身を起こした。
制服は砂埃で汚れ、眼鏡が少しズレている。痛みはあるが、ヘイローを持つアルに大きな怪我はない。
それよりも、アルは自分が庇っていたヘイローを持たない、キヴォトスではあまりにも無力な少年の安否を気遣い、視界の悪い煙の中へと必死に声を張り上げた。
「横島くんっ!! 横島くん、生きてる!? 返事をして、横島くーんっ!!」
「……い、いてててて……お、おう! なんとか生きてるぞーっ!」
少し離れた煙の向こうから、間の抜けた声が返ってきた。
アルはへたり込みそうになるほどホッと胸を撫で下ろし、声のした方へと駆け寄った。
「よかった……! 本当に無事でよかった……!」
やがて、周囲に立ち込めていた粉塵が晴れていく。
合流した二人は、お互いの姿を見て、同時に目を丸くして固まった。
「あ、アルちゃん! 怪我は……って、本当にピンピンしてんな!」
「わ、私はヘイローがあるから平気だけど……なんで無傷なの!?」
そう、爆心地のすぐ近くにいて吹き飛ばされたにもかかわらず、横島は服が少し焦げて擦り傷ができている程度で五体満足、ほぼ無傷で立っていたのだ。
「あ、あれ? そういや全然痛くねえぞ……? アルちゃんが庇ってくれたからかと思ったけど、俺もなんか妙に頑丈になってるような……」
自分の身体を触って首を傾げる横島。
そんな彼の頭上をふと見上げたアルは、息を呑んで目を見張った。
そこには、さっきまで確実に存在していなかったはずの『光の輪』を、確かに感じたのだ。
しかもそれは、キヴォトスでも見かけない異質な気配のものだった。
詳細をアルが認識することは出来なかったが、それは鋭角的な五芒星をベースに、いくつもの幾何学的な直線と十字、そして王冠や角を思わせる複雑な紋様が組み合わさった意匠をしていた。
悪魔学に精通した者が見れば、それはとある大悪魔、ソロモン七十二柱、序列二十九位の大公爵を表す印章の様だと感じただろう。
かつて横島の世界において、人間、神、悪魔の全てを敵に回して、世界そのものを創り変えようと企み、横島たちを苦しめた大悪魔――その印章に酷似したヘイローが、彼の頭上で静かに脈動していたのである。
「よ、横島くん……っ! あ、頭の上! ヘイローが……さっきまで無かったはずなのに、ヘイローが生えてるわよ!?」
「へ!?」
アルに指差されて、横島は自分の頭上を見上げた。
そこには確かに、見覚えのないなんだか妙に禍々しい輪っかが浮かんでいる。
もちろん、悪魔学の知識など皆無の横島には、その意匠が意味するものが何なのか知るはずもない。
だが、悪魔と契約することによって強力な力を得る代わりに、やがて身も心も化物へと変貌する外法、『魔装術』の使い手にかつて、あるいは現在進行形で散々な目に遭わされた記憶が横島の脳裏に鮮明に蘇った。
「うわああああっ!? な、なんだこれ!? なんでこんなもんが急に生えてきたんじゃあぁぁ!?」
頭上の輪っかを引っぺがそうとしながら、横島は涙目でアルの両肩をガッと掴み、ガクガクと揺さぶりながら支離滅裂に問い詰めた。
「お、おいアルちゃん! これ本当にこのまま頭に付けてて大丈夫なやつなのか!? 使いすぎると身も心も怪物になっちゃったりしない!? それか重篤なマザコン拗らせたりしない!?」
「ひゃあああっ、わ、わかんないわよ! 急にヘイローが生えてくる人なんて私も初めて見たし、怪物になるなんて聞いたことないわよおおおっ!! 重篤なマザコンって何!?!」
「いいから早く外し方を教えろおおおっ! 手遅れになって俺が人間じゃなくなったらどうすんじゃあああっ!!」
「だから本当に知らないってばーっ! 目が回るぅぅぅ!!」
路地裏で横島とアルがギャーギャーと揉み合っている、その時だった。
「……おい、なんだありゃ?」
「なんか、ヤバい気配がしねえか……?」
激しい銃撃戦を繰り広げていたスケバンたちや不良グループ、さらには武装したヘルメット団の面々が、一人、また一人と銃撃の手を止めた。
彼女たちの視線が、一斉に横島たちへ集中する。
無理もない。横島の頭上に顕現した、あの大悪魔を象ったヘイロー。
そこから溢れ出ているのは、キヴォトスにおける『神秘』と呼ぶにはあまりにも異質で、底知れぬ威圧感を放つものだったのだ。鈍感な街の不良やヘルメット団ですら、肌を刺すようなその異常なプレッシャーを本能的に「放置してはいけない巨大な脅威」として感じ取っていた。
「あ、あいつ……なんかヤバそうだぞ!」
「このままじゃアタシら全員ヤラれるかもしれねえ! おい、今は休戦だ! 先にアイツを袋叩きにしてぶっ潰すぞォッ!!」
「「「おうっ!!」」」
昨日の敵は今日の友とばかりに、さっきまで抗争をしていた不良とヘルメット団が即座に野合した。
総勢数十人の武装女子高生たちが、アサルトライフルやサブマシンガンを構え、怒号とともに横島へ向かって一斉に攻撃を開始したのだ。
「ひ、ひいいいいっ!? な、なんで全員こっちに向かってくんだよおおおっ!?」
「マズいわ横島くん! 何か今のあなた、すっごく目立っちゃってるわよ!!」
獰猛な目をギラつかせて殺到してくる不良たちの群れ。
絶体絶命の恐怖に駆られた横島は、迫りくるスケバンたちに向かって反射的に手を突き出した。
「く、来るなああああっ! あっち行けえええええっ!!」
拒絶の叫びとともに、横島の体内で渦巻いていた膨大な霊力が掌から一気に放出された。
ズドォォォォォンッ!!
放たれたのは普段横島が繰り出すことのない、大気を震わせる程に強力な極大の霊波砲であった。
「「「ぎゃあああああああっ!?」」」
直撃を食らった先頭の不良グループが、爆発的な衝撃波に巻き込まれて宙を舞い、派手に吹き飛んだ。
一撃で前衛が吹き飛ばされ、地面が抉れた光景に、後続のヘルメット団やスケバンたちが「ヒッ……!?」と足を止めて一斉に怯む。
しかし、一番驚いていたのは他ならぬ撃った本人だった。
「……へ? あ、あれ? 俺、こんな強力な霊波砲なんて撃てたっけ……?」
煙を上げる自分の掌を見つめてポカンとする横島。
霊力を固めて飛ばすことはあっても、ここまで圧倒的な火力と射程が出せた記憶はない。奥の手を使えばその限りではないが、それを切った覚えもない。
その隣で、アルが驚愕しながらも叫んだ。
「す、凄いじゃない! 今の、もしかしてか◯はめ波!? 横島くんか◯はめ波出せるの!?」
「い、いやあ……俺の場合、どっちかというとギャ◯ック砲……」
妙にメタいやり取りで現実逃避をしている間にも、怯んでいた不良たちが我に返り、再び銃を構え直した。
「く、くそっ、ビビるな!!」
「こっちは数が多いんだ、一斉に撃ちまくれば勝てる! やっちまえーっ!!」
恐怖を振り払うように叫びながら、不良たちの大群が再び雪崩のように押し寄せてくる。銃口が一斉に火を噴き、無数の銃弾が横島たちの周囲の壁を削り取った。
「ひぃぃぃっ! まだ来る気かよこいつらあああっ!!」
再び迫る鉛玉の雨に、横島のなけなしの理性がプチッと音を立てて弾け飛んだ。
錯乱状態に陥った横島は両手をブンブンと振り回しながら、霊波砲を機関銃のように乱射し始めた。
ドガァン! ズドォン! バゴォォォン!!
「来るな! 死ね! いや死ぬな! でもあっち行けええええっ!!」
「ぐわあああっ!?」
「うわあああ、なんだこの火力はあああっ!?」
一発ごとに路面が爆ぜ、街灯がへし折れ、不良たちが次々と悲鳴を上げて空へと吹き飛んでいく。まるで重砲を一人で連射しているかのような、圧倒的な弾幕と破壊力。
その凄まじい戦果を目の当たりにして、隠れていたアルの顔にパッと希望の色が灯った。
「す、凄い……! あんな大人数を相手に一歩も引いてないなんて……! これなら何とかなるかもしれないわ……!」
希望が見えたアルは眼差しを横島へと向けた。
――だが、その横顔を見た瞬間、ピシリと凍りついた。
「オラオラオラァ! どうだ、もっと食らえコンチクショーーッ!! なんか知らねえけど力がどんどん湧いてくるぜえええっ! ヒャッハーーーーっ!!」
そこにいたのは、焦点の合わない血走った目で、ヨダレを垂らしながら、完全に正気を失って霊波砲を乱射し続ける狂人の姿だった。
極度の恐怖と急に手に入れた強大すぎる力の万能感がごちゃ混ぜになり、脳内麻薬がドバドバと溢れ出して完全にハイになっていたのである。
もはや敵がどこにいるかも見ておらず、関係ないビルまで次々と粉々に吹き飛ばしている。
「逃げるヤツはスケバンだ!! 逃げないヤツはよく訓練されたヘルメット団だ!! ホント、キヴォトスは地獄だぜ! フゥハハハーハァー!」
「…………」
爛々と狂気の光を宿した目で、笑いながら街を更地に変えていく横島。
そのあまりにも危うい姿を前にして、アルは頬をヒクヒクと引きつらせながら一歩後ずさった。
(こ、こりゃ……いろんな意味で、駄目かもしれないわ……っ!!)
* * *
数分間にわたる狂乱の乱射がようやく止み、不気味な静寂が戻ってきた。
横島が肩で息をしながら周囲を見渡すと、あれだけ大勢いたスケバンやヘルメット団の姿はすでに影も形もなく、全員が蜘蛛の子を散らすように逃げ去った後だった。
その代わりと言ってはなんだが、目の前に広がっていたのは爆撃でも受けたかのような惨状だった。
アスファルトはクレーター状に抉れ、街灯や看板はへし折れ、周囲のビルの壁面は無惨に崩れ落ちて、辺り一面が文字通りの瓦礫の山と化していたのである。
「……あ、あれ? なんか俺、ちょっとやり過ぎちゃった……?」
煙を上げる自分の両手と世紀末のような廃墟と化した街並みを交互に見て、横島の顔からスーッと血の気が引いていく。
横島は乾いた笑いを浮かべながら、誰に言うでもなくブツブツと呟き始めた。
「い、いやいや! 俺は悪くねえぞ! 先に手を出してきたのはあいつらなんだからな! こ、これは完全に正当防衛のはず……うん、不可抗力だ、俺は被害者だ……!」
必死に自分に言い聞かせて現実逃避を図る横島。
その斜め後ろで、アルはどうしようもないヤツを見るような引きつった目で横島を見つめていた。
(こ、この人……もしかしてちょっと、ううん、かなりアレな人なんじゃ……?)
出会った当初の外から迷い込んだ可哀想な人という認識は、すでに木っ端微塵に砕け散っていた。
さっきまでの狂気の沙汰と今の見苦しい姿からして、この男の本性が相当なロクデナシであることをアルは大分察してしまっていたのである。
と、その時だった。
ズガガガガガガッ!!
「うわあああっ!?」
突如として空気を切り裂いた重厚な銃声とともに、横島の足元が一瞬にして蜂の巣のように砕け散った。
「横島くん、伏せてっ!!」
「ひぃぃぃっ!!」
二人は反射的に、すぐ近くにあった巨大なコンクリート塊の瓦礫の裏へと再び飛び込んだ。
間一髪で遮蔽物に身を隠したものの、直後にはその分厚いコンクリート壁をゴリゴリと削り取るような凄まじい威力の銃弾が、立て続けに撃ち込まれてくる。
「な、なんだまだ不良が残ってたのか!? どこのどいつだコンチクショー!」
横島は泣き喚きながら、相手を確かめようと瓦礫の端からほんの数ミリ、顔をチラリと覗かせた。
バシュッ!
「ぎゃあああっ!?」
覗かせたそのわずか数ミリを正確に狙い撃つように、超高精度の銃弾が横島の鼻先を掠めて瓦礫の角を吹き飛ばした。
横島は悲鳴を上げて首を引っ込めると、そのまま四つん這いになって別の瓦礫の陰へと必死に転がり込む。しかし、その移動先すら読まれているかのように、的確な先読み射撃が地面を抉りながら追尾してくるではないか。
「うおっ、あぶねえええっ!! なんだこいつ、さっきまでの連中と全然ちげえ!? ちょっと顔を出しただけで精確に撃ち抜いてきやがる!」
デタラメに撃ちまくっていた不良たちとは次元の違う、冷徹で無駄のない精密射撃。
横島は冷や汗を滝のように流しながら、移動する瓦礫の隙間から、一瞬だけ見えた襲撃者の姿を必死に目で捉えた。
立ち込める硝煙の真ん中に、その少女は悠然と立っていた。
小柄で華奢な体躯でありながら、その身の丈には到底釣り合わない巨大で禍々しい重機関銃を、まるで小枝でも扱うかのように軽々と保持している。長く美しい白髪をなびかせ、漆黒の軍服のような衣装を身に纏った、迫力ある少女だ。
「お、おいアルちゃん! あいつ誰だ!? なんかちっちゃいのにデカい機関銃を振り回してる、長い白髪で黒い軍服着た女の子がいる!!」
瓦礫の陰から叫ぶ横島。
その特徴を聞いた瞬間、アルの顔面が、今日これまでで一番の真っ青――いや、真っ白に染め上がった。
「まさか、空崎ヒナ!? う、嘘でしょ、なんでこんなところに風紀委員長が出てきてるのよおおおっ!?」
「ふ、風紀委員長!? なんだよ、学校の風紀委員か!」
「た、ただの風紀委員じゃないわっ! あれはゲヘナ学園の風紀委員会を束ねる学園の最大戦力……つまりゲヘナ最強よ! この辺りの不良や無法者たちにとっては名前を聞くだけで震え上がる恐怖の象徴よおおおっ!!」
カタカタと身体を震わせながら、半泣きで解説するアル。
それを聞いた横島は、飛び交う銃弾から頭を抱えて逃げ回りながら、素っ頓狂な声を張り上げた。
「はああ!? 風紀委員ってつまり警察みたいなもんか!? おいちょっと待てコラァ!! 俺は不良どもに襲われた被害者だぞ! なんで被害者の俺が警察に蜂の巣にされかけとるんじゃああああーっ!?」
瓦礫の裏から、己に降りかかる理不尽を訴える横島の絶叫。
すると、ピタリと銃声が止んだ。
静まり返った廃墟に、コツ、コツ、と足音が響く。
巨大な機関銃の銃口から紫煙を立ち昇らせながら、空崎ヒナは冷ややかな紫紺の瞳で横島の隠れる瓦礫を見据え、低く落ち着いた、しかし有無を言わさぬ威圧感を孕んだ声で初めて口を開いた。
「……被害者? ずいぶんと都合のいい解釈をするのね。――街の区画をひとつ丸ごと更地にして、これだけ破壊の限りを尽くした貴方を、野放しにするわけないでしょう」
「ぐはぁぁ!!」
ヒナのあまりにも正論すぎる指摘に、横島はぐうの音も出なかった。
周囲を見れば、確かにスケバンたちがやった銃撃の跡など可愛いもので、被害の九割九分は横島がハイになってぶっ放した霊波砲による大破壊である。どう見ても現行犯のテロリストだ。
だが、ここで素直に認めてお縄につくような横島忠夫ではない。
瓦礫の陰から上半身を乗り出した横島は顔中のあらゆる穴から体液をまき散らしながら、必死の形相でヒナに向かって絶叫した。
「ち、ちがああああうっ!! あれは向こうが悪いんや! 俺は仕方なく撃ち返しただけなんやあああ! あれは正当防衛じゃああああーっ!!」
魂の底からの見苦しい言い訳が、瓦礫の山に虚しく反響する。
それを聞いたヒナは、心底呆れ果てたように小さくため息をつくと、冷徹な目で銃口を再び横島へと向けた。
「……そう、面倒くさいわね。なら、言い訳はお縄についた後に署の方で聞かせてもらうわ」
ガシャリッ!!
ヒナが引き金に指をかけた瞬間、彼女の頭上のヘイローと銃身から、禍々しい黒紫色のオーラが爆発的に噴き上がった。
「ひ、ひいいいいっ! 人の話を聞けええええっ!! 完全に犯罪者扱いやないか!!」
ズガガガガガガガガッ!!
容赦のない鉛の暴風が再び吹き荒れ、キヴォトス最強の風紀委員長による猛攻が幕を開けた。
* * *
「はぁっ……はぁっ……ぜぇっ……! な、なんとか撒いたか……?」
最初の遭遇地点から何区画も離れた、薄暗い路地裏。
横島は壁に手をついて肩で息をしながら、キョロキョロと周囲の気配を窺った。
その後ろで、同じく息を切らして膝に手をついていたアルは、もはや完全に犯罪者を見るような目で横島を見つめていた。
(こ、この人……ぜっっったいにカタギじゃないわ……っ!!)
アルがそう確信するのも無理はない。
あの空崎ヒナの猛攻から逃亡するにあたり、横島が見せた逃走術は一般人のそれを遥かに逸脱していたのだ。
人通りの多い雑踏に紛れ込んだかと思えば、通行人の死角を縫うようにして瞬時に姿をくらまし、人気のない裏路地では迷路のようなダクトや非常階段を猿のように縦横無尽に駆け抜ける。
それだけではない。行き止まりにあった廃ビルの厳重に施錠された裏口を、どこからか拾ってきた針金一本で僅か数秒にしてピッキング解錠して侵入したかと思えば、自分たちが通った足跡や気配をプロ並みの手際で綺麗に消し去る。
かと思えば、わざと別の方向へ偽の逃走痕跡を残して追跡者のミスリードを誘うなど、その一連のムーブは、どう見ても国際指名手配犯か熟練の工作員のそれだったのである。
実際はバイト先での極悪極まりない業務や、悪霊や魔族どもから命がけで逃げ回り続けた経験の賜物なのだが、もちろんアルが知る由もない。
「よ、横島くん……あなた、いったい何者……」
アルが恐る恐る尋ねかけた、まさにその時だった。
カツン……
静まり返った路地裏の入り口に、硬質な靴の音がひとつ響いた。
逆光の中、ゆっくりと歩み出てきたのは、長い白髪を揺らし、漆黒を纏った少女――空崎ヒナであった。彼女は巨大な機関銃の銃口を真っ直ぐ横島へと向けながら、涼やかな声で告げる。
「……鬼ごっこは、もうおしまいかしら?」
「なあ……!?」
現れたヒナの姿に、横島は驚愕してバッと後ろへ飛び退いた。
そして、震える指でヒナを指差しながら声を張り上げた。
「ば、馬鹿なあああっ!? 俺にたどり着ける痕跡は全て消したはずだぞ! 監視カメラの死角を突き、ダミーの逃走経路まで偽造した! それなのにどうやってここが分かったんだあああっ!?」
あまりにも悪党丸出しのセリフである。
隣のアルが「もう完全に犯罪者じゃないのよっ!?」と頭を抱えたほどだ。
対するヒナは、眉ひとつ動かさず冷徹なポーカーフェイスを貫いていた。
――だがその内心では、目の前の不審な男に対して、最大級の警戒を向けていた。
(……信じられない。この男、本当にただ者じゃないわ……)
実のところ、ヒナ自身は逃走劇の早い段階で、横島の巧妙すぎる隠蔽工作と攪乱によって彼を見失っていたのである。
その後、彼女はすぐさま風紀委員会を総動員して広範囲にわたる人海戦術でのローラー作戦と、街中の防犯カメラ映像の総当たり解析を命じた。にもかかわらず、現場から上がってきた報告は「不自然な空白地帯がある」「痕跡が途中で完全に途絶えている」という信じがたいものばかり。風紀委員会をもってしても横島の居所を特定することはできなかったのだ。
最終的にここへ辿り着けたのは、集まった断片的な情報と「ここまでプロフェッショナルな逃走犯なら、逆にこの盲点に潜むはず」という、ヒナ自身の実戦経験に基づく野生の『勘』でアタリをつけた結果に過ぎない。もしその勘が外れていれば、完全に逃げ切られていたところだった。
(街を一瞬で更地にした異常な火力に、風紀委員会の包囲網を翻弄する隠密技術……。次の行動を許せば、また何をされるか分からない!)
「くっ、こうなったら土下座して――」
横島が冷や汗を拭いながら、命乞いのための次の行動をしようとした、そのコンマ数秒前のことだった。
ヒナの紫紺の瞳が鋭く細められ、一切の躊躇なく引き金が絞られた。
ドガガガガガガガガッ!!
「ぎゃあああああああっ!?」
言い訳を発する隙すら与えない、超至近距離からの容赦ないフルオート射撃。
漆黒の光を帯びた重機関銃の弾丸の嵐をまともに全身へと食らい、横島は断末魔の悲鳴を上げながら吹っ飛び、路地裏の地面へと仰向けに倒れ込んだ。
「よ、横島くーーーんっ!?」
アルが悲鳴を上げる中、横島は全身をピクピクと痙攣させながら白目を剥いて伸びている。
ヘイローのおかげで致命傷こそ免れているものの、ゲヘナ最強の全力射撃を浴びた衝撃で完全に意識が飛んでいるようだった。
「……ふぅ」
銃口から立ち昇る硝煙を払いながら、ヒナは倒れ伏す横島を見下ろし、疲労の滲む声で小さく呟いた。
その脳裏には、風紀委員が何度も舌先三寸の詭弁や隙を突いた攪乱によって逃走を許してしまい、そのたびに街の地面を掘り起こして大爆発させてきた、厄介極まりない『温泉開発部の部長』の顔がちらついていた。
「……貴方みたいなのは、何かする前に問答無用で黙らせるのが一番よ」
路地裏に倒れ伏した横島から視線を外し、ヒナは冷ややかな紫紺の瞳を、ガタガタと震えているアルへと向けた。
「……それで、この男は貴女の一味、いや『企業』の構成員かしら? 『便利屋68』の社長――陸八魔アル」
「ひいいっ!?」
静かに告げられたその言葉に、アルは完全に白目を剥いて硬直した。
(な、なんで泣く子も黙る風紀委員長が、私の名前どころか身辺情報までしっかり把握してるのよおおおっ!?)
確かにアルは、格好いいアウトローに憧れ、幼馴染の浅黄ムツキと一緒に違法ビジネスすら請け負う『便利屋68』の開業をこっそり画策してはいる。
だがそれはまだ計画段階であり、風紀委員会にマークされるような大それた悪事など何ひとつ実行に移していないはずなのだ。
「あ、あのっ、ち、違っ! 確かにムツ……幼馴染とそういう計画を立ててはいるけどまだ何も、というか、この人とはさっき偶然出会っただけで――」
せめてムツキは、と思い名前を伏せつつ、しどろもどろになりながら必死に言い訳を並べるアル。
しかしその言葉の途中で、ヒナは視線と銃口を倒れ伏している横島へ向けて引き金を引いた。
ドガガガガガッ!!
放たれた銃弾が、地面に倒れて伸びている横島を再び容赦なく撃ち抜く。
横島は声も出せず、無言のままボロ雑巾のようにゴロゴロと転がった。
「ちょ、ちょっとおっ!? いくらなんでも、そんな死体に鞭打つような真似、流石に酷すぎるわよ!!」
アルは思わずツッコミを入れた――が、すでに横島を死体扱いしているあたり、まったく援護になっていない。
それでもヒナは表情ひとつ変えず、横島から視線を切らず、銃口をピタリと向け続けたままだ。
数秒の沈黙。
やがて、うつ伏せに転がっていた横島の肩がピクリと揺れ、忌々しげな舌打ちが路地裏に響いた。
「……チッ。流石に死んだふりはもう通用しないか」
横島はそう呟くと、先ほどまでの白目を剥いていたダメージなど嘘だったかのように飛び起きた。
「っ……!」
ヒナは間髪入れずに引き金を絞る。至近距離から放たれる漆黒の弾丸の嵐。
だが、その嵐が横島の身体を貫く直前――横島が前に突き出した掌が、バチィッ! と鮮やかな青白い光を放った。
ガキンッ!
まるで分厚い装甲板にでも弾かれたかのように、ヒナの弾丸が火花を散らして次々と弾かれる。
ヒナは即座に銃口をわずかに動かし、頭部や足元と次々に狙いを変え、さらには射撃のタイミングを微妙にずらしながら変則的なバースト射撃を浴びせかけた。
しかし横島は、目にも留まらぬ速度で青白く発光するその手で銃弾を的確に叩き落とし、完璧に迎撃してみせたのだ。
(す、凄い……! あのヒナの全力の攻撃を、素手で完全に防ぎきってるなんて……!)
少し離れて人間離れした応酬を見つめていたアルは、さっきまで犯罪者を見るような目で見ていたことも忘れ、驚嘆の眼差しで横島を見直していた。
やがて、弾倉の区切りか、ヒナが一度射撃の手を止めた。
硝煙が漂う路地裏で、二人は数メートルの距離を置いて静かに対峙する。
ヒナは銃口を向けたまま、これまでの不可解な攻防を頭の中で冷静に振り返り、独り言のように静かに口を開いた。
「……さっき、貴方が私の射撃をモロに食らって倒れた時。そして、死んだふりをしていた貴方に私が追撃を加えた時。……今ほど強くはなかったけれど、貴方の掌が、その瞬間だけ薄っすらと光っていたわ」
ヒナの鋭い紫紺の瞳が、横島の手元へと注がれる。
「最初は、あの大出力の砲撃を撃とうとして、私の射撃で中断されたのかと思っていたけれど……違う。貴方はその『光の盾』を展開して致命傷を防いでいた……」
ヒナが指摘した通り、素手だったはずの横島の掌には、半透明に輝く青白い六角形の光の盾が浮かんでいた。
霊力を極限まで圧縮して盾としては勿論、投擲武器にもなる攻防一体の横島の霊能『サイキックソーサー』である。
ヒナの言葉を聞いたアルがハッとして横島の手元を凝視すると、確かにそこにはキヴォトスの生徒たちが纏う『神秘』とはどこか異なる、異様な気配を放つ光の盾が浮かんでいるのが見えた。
ヒナはさらに分析を重ねるように独白を続ける。
「街を吹き飛ばした砲撃……あれは威力こそ物凄かったけれど、貴方の扱い方はお粗末なものだった。けれど、今の盾を使った迎撃の精巧さ、無駄だらけのようでも崩れない防御……。それが、貴方の本来のスタイルなのね」
暴走気味で乱射した霊波砲と、数々の死線を潜り抜けて磨き上げられた横島本来の戦闘スタイル。その決定的な差を、ゲヘナ最強の少女はたった一度の交戦で正確に見抜いてみせたのだ。
図星を指された横島だったが、彼はニヤリと不敵な笑みを浮かべると、どこか芝居がかったキザな口調で肩をすくめた。
「フッ……まあな。ああいうドカーン、グワーンってな感じよりも、相手を華麗に翻弄して、蝶のように舞い、蜂のように刺すのが、俺本来のやり方でね……」
横島は六角形の光の盾を弄ぶように指先でクルリと回転させながら、鋭い目つきでヒナを指差した。
「気をつけろよ、風紀委員長。――俺から一瞬でも目を離すと、次に何をするか分からんぜ?」
大胆不敵な挑発。
ヒナは無言のまま眉根を寄せ、もはや横島のわずかな動き、呼吸のタイミング、その一挙手一投足たりとも絶対に見落とすまいと、極限まで神経を研ぎ澄ませて横島を睨み据えた。
張り詰めた空気の中、一瞬の睨み合いが続く。
そして次の瞬間――横島が両手に今までよりも遥かに巨大で眩い光を集め始めた。
(――来たっ!)
ヒナの思考が超速で回転する。
あれだけ大きな光を集めるということは、予備動作の大きい高威力の砲撃か、あるいは大技の準備段階だ。自分ならば発動前に潰せる。
そして今、横島の両手にある光はまだ『盾』としての明確な形を成していない。防御を固める前にこちらから踏み込んで確実に攻撃を届かせる!
そして何より、これまでの横島の異常なタフネスと防御力を鑑みれば、遠距離からの牽制では決定打にならない。確実に仕留めるには盾を展開する隙すら与えず、超至近距離から最大火力をブチ込むしかない――!
「――させないわっ!!」
ヒナは瞬時に判断を下し、地面を蹴って弾丸のように横島へと吶喊した。
小柄な身体が風を切り、一瞬にして横島の懐へと肉薄する。ヒナの視線は、横島から1ミリたりとも外れていない。
――だが、それこそが、数々の強敵を小賢しい知略とハッタリで出し抜いてきた男、横島忠夫の仕掛けた罠だった。
ヒナが完全に間合いに入ったことを確認した横島は、口角を上げ、両手に集めた霊力を思い切り打ち合わせた!
「食らえっ! 必殺――サイキック猫だましィィィッ!!」
パァァァァァンッ!!
打ち合わされた両手から放たれたのは、視界を焼き切る強烈な閃光と、鼓膜を直接揺さぶるような大爆音であった!
「っ!? く、ぁ……っ!!」
「自分から目を離すな」とわざわざ宣言してヒナの意識を一点に集中させ、さらに突撃を誘発して至近距離で炸裂させた強烈な目潰し。
いかに最強のヒナといえど、こればかりは完全に裏を突かれた形となり、至近距離で目と耳を直撃する閃光と爆音をモロに食らって足が止まった。
(こ、この男……! 素手だというのに、閃光弾顔負けの目潰しを……!? さっきの挑発も、大技の構えも、すべて私を集中させてこれを確実に食らわせるための布石だったというの……っ!?)
真っ白に染まった視界とキーンと鳴り響く耳鳴りの中で、ヒナは今日もう何度目かも分からない驚愕に唇を噛んだ。
わずか数秒後。
驚異的な身体能力で視覚と聴覚の麻痺から強引に回復したヒナは、即座に銃を構え直して周囲を睨み回した。
「……いない!?」
しかし、そこにあったのは無人となった薄暗い路地裏だけだった。
あれほど激しい攻防を繰り広げていた横島の姿も、一緒にいたはずのアルの姿も、さらにはどちらへ逃げたのかを示す足跡や気配の痕跡すらも、まるで最初から存在しなかったかのように綺麗さっぱり消え失せていたのである。
「…………」
静寂が戻った路地裏で、ヒナは重機関銃を下ろし、通信機を操作した。
遠隔地からドローンや監視網を使って現地の状況を観測、補佐していた、風紀委員会の行政官・天雨アコへと回線を繋ぐ。
「……アコ、聞こえる? 標的に逃げられたわ。そちらで逃走経路を追跡できているかしら」
通信機の向こうから、アコの焦りと悔しさに満ちた声が返ってきた。
『も、申し訳ありませんヒナ委員長! 先ほどの強烈な閃光で監視ドローンの光学センサーも一時的に焼かれまして……! 現在、周辺のカメラ網をすべて洗い直していますが、一度完全にロストして初動を掴めなかった以上、あれほど異常な隠密、逃走技術を持つ標的を今から追跡するのは……不可能です……っ!』
「……そう。分かったわ、捜索は一度打ち切って。お疲れ様」
短く返答して通信を終了させると、ヒナは誰もいない路地裏で、深い、本当に深い溜息をひとつ吐き出した。
街の一区画を文字通り更地へと変えた凶悪犯。
それを風紀委員長である自分自らが出張っておきながら、まんまと一杯食わされてみすみす取り逃がしてしまったのだ。
(……あぁ、頭が痛いわね。これほどの大破壊を齎した下手人を逃がしたと知ったら、マコトがどれだけ調子づいて嫌味を言ってくるか……)
高笑いしながら風紀委員会の失態を宣伝して回る羽沼マコトの忌々しい顔を思い浮かべただけで、ヒナの小さな身体に鉛のような憂鬱がのしかかる。
「……もう、本当に面倒くさい……」
ゲヘナ最強の風紀委員長の切実な呟きが、夕暮れの迫るキヴォトスの路地裏に虚しく溶けていった。