戦火の片隅で   作:ルナビス

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第二話 速成組

 標的が三つ、ほぼ同時に倒れた。

 

 最後の一つが地面に転がったところで、リナは射撃トリガーから指を離した。

 

『射撃終了。命中率九十四パーセント』

 

 ユリウスの声が通信機から響く。

 

『操縦精度も基準以上です。少なくとも単機での操作技能に問題はありません』

 

「ありがとうございます!」

 

 リナは少しだけ胸を張った。

 

 訓練施設でも射撃だけは得意だった。同期にはもっと器用な操縦士もいたが、移動中の標的を撃つことに関しては、誰にも負けたくなかった。

 

『じゃあ次、あたしと模擬戦ね』

 

 ミレイユの声が割り込む。

 

「えっ、もうですか?」

 

『大丈夫大丈夫。軽くやるだけだから』

 

『お前の軽くは信用ならねえ』

 

 ノアだった。

 

『今日は模擬戦の予定じゃねえだろ』

 

『分かってるよ。ちょっと言ってみただけ』

 

 リナの正面モニターに、次の訓練内容が表示された。

 

 単機射撃評価、終了。

 

 次は二機連携。

 

 複数の移動標的と、味方機を混在させた市街地模擬訓練だった。

 

 この訓練では実弾を使用しない。火器は模擬射撃モードに切り替えられ、発射操作に連動する光学信号で命中を判定する。標的は信号を受信すると、自動で倒れる仕組みだ。

 

 ただし、味方機への誤射や射線の重複も記録される。訓練だからといって、好き勝手に撃っていいわけではない。

 

『セルヴァ』

 

 訓練管制室からアレックスの声が入る。

 

 彼は各機の位置と射線を、管制室のモニターで監督していた。

 

「はい!」

 

『今の射撃は良かった。次は別のことを見せてもらう』

 

「別のこと、ですか?」

 

『ああ。一人で撃つのと、仲間と一緒に撃つのは違うからな』

 

 リナは画面に表示された訓練区域を確認した。

 

 標的の位置は一部しか表示されていない。

 

 味方機の移動予定も、固定されていない。

 

 訓練施設では、単機射撃と部隊行動はそれぞれ別の課目として教わった。

 

 ただ、こうした条件を組み合わせた訓練は、あまり経験していない。

 

『ミレイユ、先導を頼む』

 

『もちろん!』

 

『ただし模擬戦じゃないぞ。連携訓練だ』

 

『分かってるって』

 

『……本当だろうな』

 

『分かってるよ!』

 

 通信の向こうでノアが笑った。

 

 リナも思わず口元を緩める。

 

 そこへ新しい指示が入った。

 

『セルヴァはミレイユの後方について、移動目標を攻撃。味方機との距離を維持しろ。判断に迷ったら報告すること』

 

「了解しました!」

 

 訓練が始まった。

 

 ミレイユの機体が、滑るように前進する。

 

 脚部が地面を蹴り、背部のスラスターから短い噴射炎が上がった。

 

 速い。

 

 リナもブーストを起動する。

 

 機体が加速し、視界の端を訓練施設の建物が流れていく。

 

 速度表示は安定していた。

 

 姿勢制御にも問題はない。

 

 ミレイユの後方を維持する。

 

 できる。

 

 これなら問題ない。

 

『右前方、標的二』

 

 ユリウスの報告。

 

「確認!」

 

 リナは照準を合わせた。

 

 一発目、命中。

 

 二発目、命中。

 

 続いて三つ目の標的が現れる。

 

 反射的に照準を移動した瞬間、警告音が鳴った。

 

『セルヴァ、射線確認』

 

「え?」

 

 標的の手前を、ミレイユの機体が横切った。

 

 リナは慌てて射撃トリガーから指を離した。

 

『今のは味方機を巻き込む射線です。発射していれば、誤射判定になっていました』

 

「……すみません」

 

『謝罪より報告を優先してください。状況が変化した場合は?』

 

「射撃中止、射線再確認。味方機の位置を報告します」

 

『その通りです』

 

 リナはモニターを見つめた。

 

 標的には当てられる。

 

 機体だって、ちゃんと動かせる。

 

 けれど。

 

 誰かと一緒に戦うというのは、思っていたよりずっと難しいらしい。

 

 

     *

 

 

 次の訓練では、標的の位置が事前に知らされなかった。

 

 しかも、ミレイユの機体が突然進行方向を変える。

 

『左側、あたしが行く!』

 

「は、はい!」

 

 リナは反射的に追従した。

 

 次の瞬間。

 

『セルヴァ、停止』

 

 アレックスの声。

 

 リナは急制動をかけた。

 

 機体が低く沈み、足元の砂利を跳ね飛ばす。

 

 正面には、遮蔽物に隠れた敵役の標的。

 

 もしそのままミレイユを追っていたら、二機とも同じ方向へ移動し、標的を監視する機体がいなくなっていた。

 

『セルヴァ、今の状況は分かるか』

 

 アレックスに尋ねられた。

 

 リナは周囲の映像を確認した。

 

「……敵役の正面が、空きました」

 

『そうだな』

 

「ミレイユさんを追いかけたので……」

 

『ミレイユは左から接近すると報告していた。なら、お前はどうすべきだった?』

 

 リナは答えられなかった。

 

 少し考えてから、ようやく口を開く。

 

「……正面から警戒を続けるべきでした」

 

『そうだ』

 

 短い沈黙。

 

『ミレイユ。お前も、どこまで出るか先に伝えろ。セルヴァはまだお前の動きを知らない』

 

『了解。ちょっと急ぎすぎた』

 

 リナは思わず顔を上げた。

 

 自分だけが叱られると思っていた。

 

『よし、もう一回やるぞ』

 

 アレックスの声は、最初と変わらなかった。

 

『今度は撃つ前に、全員の位置を確認すること。いいな』

 

「了解!」

 

 

     *

 

 

 訓練が終わる頃には、リナの肩はひどく凝っていた。

 

 被弾したわけではない。

 

 むしろ、機体の操作そのものは好調だった。

 

 けれど、全員の位置を気にしながら操縦すると、思考が追いつかなくなる。

 

 味方を見ている間に標的を見失う。

 

 標的を追っている間に味方が移動する。

 

 状況を報告しようとすると、次の指示が入る。

 

 訓練終了の表示が出たときは、本気でほっとした。

 

「お疲れ!」

 

 格納庫へ戻ると、ミレイユが手を振っていた。

 

「いいじゃん、リナ。射撃は本当に上手いね」

 

「……ありがとうございます」

 

「最後の方は結構ついてきてたし」

 

「全然、そんなことないです」

 

「そう?」

 

 リナは少し迷った。

 

「……撃っていい場所と、撃っちゃいけない場所を考えてたら、標的を見失いました」

 

「ああ、そっちか」

 

 ミレイユは頷いた。

 

「最初は難しいよね。あたしも昔、先輩に散々怒られたし」

 

「ミレイユさんでも?」

 

「そりゃね。今も怒られるけど」

 

「今は主に整備班にな」

 

 ノアが横から言った。

 

「いい加減その話やめない?」

 

「やめてほしけりゃ関節を壊すな」

 

 いつものやり取りだった。

 

 けれど、リナは少しだけ気が楽になった。

 

 自分だけが最初から何もできないわけではない。

 

 そう思えることが、今はありがたかった。

 

 

     *

 

 

 その日の夕食後、アレックスは整備区画でノアと話していた。

 

 格納庫の照明は半分ほど落とされている。

 

 明日の訓練に使う機体は既に整備架に戻され、整備班が足元で点検を続けていた。

 

「どう見る?」

 

 アレックスが尋ねた。

 

「リナか?」

 

「ああ」

 

「操縦は悪くねえ。射撃もな。ただ、周りを見る余裕がねえ」

 

「そうだな」

 

「短縮課程の弊害だよ。個人技能に時間を振って、部隊行動は配属先任せ。事故が起きるまで変えねえつもりなんだろうな」

 

 ノアは吐き捨てるように言った。

 

 アレックスは端末を見た。

 

 リナの訓練記録が表示されている。

 

 ユリウスの評価も、ほぼ同じだった。

 

 基本技能は高水準。

 

 戦術判断は未成熟。

 

 情報処理の負荷が増えると、報告に遅延が発生する。

 

「明日も続けるぞ」

 

 アレックスが言った。

 

「まずは二機連携からだな」

 

「実戦になったらどうする?」

 

「今の段階なら後衛。お前かユリウスの援護下に置く」

 

「それでも足りねえかもしれんぞ」

 

「分かってる」

 

 ノアは整備架に並んだ機体を見上げた。

 

「……あいつ、まだ二十歳だろ」

 

「ああ」

 

「まったく、嫌な時代だ」

 

 アレックスは何も答えなかった。

 

 格納庫の奥では、整備兵が古い装甲板を取り外している。

 

 金属が床へ置かれ、乾いた音を立てた。

 

 その音を聞きながら、アレックスは端末を閉じた。

 

 明日の訓練計画には、まだ空欄が残っていた。

 

 できれば、その空欄を訓練で埋めたかった。

 

 だが、この国では、予定通りに一週間を終えられる保証すらなかった。

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