標的が三つ、ほぼ同時に倒れた。
最後の一つが地面に転がったところで、リナは射撃トリガーから指を離した。
『射撃終了。命中率九十四パーセント』
ユリウスの声が通信機から響く。
『操縦精度も基準以上です。少なくとも単機での操作技能に問題はありません』
「ありがとうございます!」
リナは少しだけ胸を張った。
訓練施設でも射撃だけは得意だった。同期にはもっと器用な操縦士もいたが、移動中の標的を撃つことに関しては、誰にも負けたくなかった。
『じゃあ次、あたしと模擬戦ね』
ミレイユの声が割り込む。
「えっ、もうですか?」
『大丈夫大丈夫。軽くやるだけだから』
『お前の軽くは信用ならねえ』
ノアだった。
『今日は模擬戦の予定じゃねえだろ』
『分かってるよ。ちょっと言ってみただけ』
リナの正面モニターに、次の訓練内容が表示された。
単機射撃評価、終了。
次は二機連携。
複数の移動標的と、味方機を混在させた市街地模擬訓練だった。
この訓練では実弾を使用しない。火器は模擬射撃モードに切り替えられ、発射操作に連動する光学信号で命中を判定する。標的は信号を受信すると、自動で倒れる仕組みだ。
ただし、味方機への誤射や射線の重複も記録される。訓練だからといって、好き勝手に撃っていいわけではない。
『セルヴァ』
訓練管制室からアレックスの声が入る。
彼は各機の位置と射線を、管制室のモニターで監督していた。
「はい!」
『今の射撃は良かった。次は別のことを見せてもらう』
「別のこと、ですか?」
『ああ。一人で撃つのと、仲間と一緒に撃つのは違うからな』
リナは画面に表示された訓練区域を確認した。
標的の位置は一部しか表示されていない。
味方機の移動予定も、固定されていない。
訓練施設では、単機射撃と部隊行動はそれぞれ別の課目として教わった。
ただ、こうした条件を組み合わせた訓練は、あまり経験していない。
『ミレイユ、先導を頼む』
『もちろん!』
『ただし模擬戦じゃないぞ。連携訓練だ』
『分かってるって』
『……本当だろうな』
『分かってるよ!』
通信の向こうでノアが笑った。
リナも思わず口元を緩める。
そこへ新しい指示が入った。
『セルヴァはミレイユの後方について、移動目標を攻撃。味方機との距離を維持しろ。判断に迷ったら報告すること』
「了解しました!」
訓練が始まった。
ミレイユの機体が、滑るように前進する。
脚部が地面を蹴り、背部のスラスターから短い噴射炎が上がった。
速い。
リナもブーストを起動する。
機体が加速し、視界の端を訓練施設の建物が流れていく。
速度表示は安定していた。
姿勢制御にも問題はない。
ミレイユの後方を維持する。
できる。
これなら問題ない。
『右前方、標的二』
ユリウスの報告。
「確認!」
リナは照準を合わせた。
一発目、命中。
二発目、命中。
続いて三つ目の標的が現れる。
反射的に照準を移動した瞬間、警告音が鳴った。
『セルヴァ、射線確認』
「え?」
標的の手前を、ミレイユの機体が横切った。
リナは慌てて射撃トリガーから指を離した。
『今のは味方機を巻き込む射線です。発射していれば、誤射判定になっていました』
「……すみません」
『謝罪より報告を優先してください。状況が変化した場合は?』
「射撃中止、射線再確認。味方機の位置を報告します」
『その通りです』
リナはモニターを見つめた。
標的には当てられる。
機体だって、ちゃんと動かせる。
けれど。
誰かと一緒に戦うというのは、思っていたよりずっと難しいらしい。
*
次の訓練では、標的の位置が事前に知らされなかった。
しかも、ミレイユの機体が突然進行方向を変える。
『左側、あたしが行く!』
「は、はい!」
リナは反射的に追従した。
次の瞬間。
『セルヴァ、停止』
アレックスの声。
リナは急制動をかけた。
機体が低く沈み、足元の砂利を跳ね飛ばす。
正面には、遮蔽物に隠れた敵役の標的。
もしそのままミレイユを追っていたら、二機とも同じ方向へ移動し、標的を監視する機体がいなくなっていた。
『セルヴァ、今の状況は分かるか』
アレックスに尋ねられた。
リナは周囲の映像を確認した。
「……敵役の正面が、空きました」
『そうだな』
「ミレイユさんを追いかけたので……」
『ミレイユは左から接近すると報告していた。なら、お前はどうすべきだった?』
リナは答えられなかった。
少し考えてから、ようやく口を開く。
「……正面から警戒を続けるべきでした」
『そうだ』
短い沈黙。
『ミレイユ。お前も、どこまで出るか先に伝えろ。セルヴァはまだお前の動きを知らない』
『了解。ちょっと急ぎすぎた』
リナは思わず顔を上げた。
自分だけが叱られると思っていた。
『よし、もう一回やるぞ』
アレックスの声は、最初と変わらなかった。
『今度は撃つ前に、全員の位置を確認すること。いいな』
「了解!」
*
訓練が終わる頃には、リナの肩はひどく凝っていた。
被弾したわけではない。
むしろ、機体の操作そのものは好調だった。
けれど、全員の位置を気にしながら操縦すると、思考が追いつかなくなる。
味方を見ている間に標的を見失う。
標的を追っている間に味方が移動する。
状況を報告しようとすると、次の指示が入る。
訓練終了の表示が出たときは、本気でほっとした。
「お疲れ!」
格納庫へ戻ると、ミレイユが手を振っていた。
「いいじゃん、リナ。射撃は本当に上手いね」
「……ありがとうございます」
「最後の方は結構ついてきてたし」
「全然、そんなことないです」
「そう?」
リナは少し迷った。
「……撃っていい場所と、撃っちゃいけない場所を考えてたら、標的を見失いました」
「ああ、そっちか」
ミレイユは頷いた。
「最初は難しいよね。あたしも昔、先輩に散々怒られたし」
「ミレイユさんでも?」
「そりゃね。今も怒られるけど」
「今は主に整備班にな」
ノアが横から言った。
「いい加減その話やめない?」
「やめてほしけりゃ関節を壊すな」
いつものやり取りだった。
けれど、リナは少しだけ気が楽になった。
自分だけが最初から何もできないわけではない。
そう思えることが、今はありがたかった。
*
その日の夕食後、アレックスは整備区画でノアと話していた。
格納庫の照明は半分ほど落とされている。
明日の訓練に使う機体は既に整備架に戻され、整備班が足元で点検を続けていた。
「どう見る?」
アレックスが尋ねた。
「リナか?」
「ああ」
「操縦は悪くねえ。射撃もな。ただ、周りを見る余裕がねえ」
「そうだな」
「短縮課程の弊害だよ。個人技能に時間を振って、部隊行動は配属先任せ。事故が起きるまで変えねえつもりなんだろうな」
ノアは吐き捨てるように言った。
アレックスは端末を見た。
リナの訓練記録が表示されている。
ユリウスの評価も、ほぼ同じだった。
基本技能は高水準。
戦術判断は未成熟。
情報処理の負荷が増えると、報告に遅延が発生する。
「明日も続けるぞ」
アレックスが言った。
「まずは二機連携からだな」
「実戦になったらどうする?」
「今の段階なら後衛。お前かユリウスの援護下に置く」
「それでも足りねえかもしれんぞ」
「分かってる」
ノアは整備架に並んだ機体を見上げた。
「……あいつ、まだ二十歳だろ」
「ああ」
「まったく、嫌な時代だ」
アレックスは何も答えなかった。
格納庫の奥では、整備兵が古い装甲板を取り外している。
金属が床へ置かれ、乾いた音を立てた。
その音を聞きながら、アレックスは端末を閉じた。
明日の訓練計画には、まだ空欄が残っていた。
できれば、その空欄を訓練で埋めたかった。
だが、この国では、予定通りに一週間を終えられる保証すらなかった。