戦火の片隅で   作:ルナビス

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第七話 「小休憩」

 アレックスが端末を伏せた。

 

「待っていても、すぐには決まりそうにないな。一度、交代で休もう」

 

 ノアが椅子の背から身体を起こした。

 

「ようやく、その気になったか」

 

「俺だって座って待つのは飽きたよ」

 

 リナは膝の上の水を見下ろした。まだ半分以上残っている。

 休むと言われても、どうすれば休めるのか分からなかった。機体を降りて座っている今も、頭の中だけがずっと動いていた。

 

 アレックスがこちらを見る。

 

「ここはレディファーストということで、女性二人を先に休ませるか」

 

「そういうのは遠慮なく乗っかるよ」

 

 ミレイユが立ち上がった。

 リナも続こうとして、隊長を見た。

 

「あの、次の指示は」

 

「来たら起こす。呼ばれるまで待機室に座ってる必要はない」

 

「……了解しました」

 

「仮眠室は廊下の奥だそうです。空いているところを使っていいと」

 

 ユリウスが扉の方を示した。

 ミレイユが扉を開け、リナを振り返る。

 

「行こ。横になれるうちに」

 

「はい」

 

 リナが廊下へ出ると、ミレイユも後に続いた。

 扉が閉まり、待機室の話し声が遠くなった。

 

 

     *

 

 

 仮眠室の明かりは、入口の一つだけがついていた。

 折り畳み式の寝台に薄い毛布が載っている。リナたちが入ったとき、部屋には誰もいなかった。

 

「奥、使っていいよ」

 

 ミレイユが入口に近い寝台へ腰を下ろした。

 リナは隣の寝台へ座る。靴を脱ごうとして、いったん手を止めた。

 

「脱いで平気。起きてから履けばいいんだから」

 

「はい」

 

 見られていたことが、少し恥ずかしかった。

 靴を脱いで寝台の下へ揃える。それからも、リナは座ったままだった。

 

 ミレイユが毛布を広げる音がする。

 待機室では飲み込めた言葉が、静かな部屋では、いつまでも喉の近くに残っていた。

 

「ミレイユさん」

 

「ん?」

 

「次も、ああいうことがあったら」

 

 そこで言葉が止まる。

 ミレイユは毛布を膝に置いた。

 

「あたしが狙われたら、ってこと?」

 

「……誰かが、です」

 

 自分が狙われる場合もある。

 そう付け加えようとして、やめた。

 

「また撃つんですよね」

 

「そりゃ、あたしは撃つよ」

 

 返事は早かった。

 

「死にたくないなら撃つしかないけどね」

 

「分かってます」

 

 思ったより強い声が出た。

 ミレイユの手が止まる。

 

 リナは膝の上で指を組んだ。

 

「撃たなかったら、どうなってたかくらい……分かってます」

 

 怒るつもりではなかった。

 助けてもらった。帰ってきてからも、ずっと隣にいてくれた。

 そんなことを言いたいわけではない。

 

「だから、撃ったんです。でも」

 

 木の根元が浮かんだ。

 口を閉じても、そこだけは消えなかった。

 

「また、あれを見るんだと思うと」

 

 ミレイユは、すぐには答えなかった。

 リナも顔を上げられなかった。

 

「……うん。今の言い方は、きつかったね」

 

「いえ」

 

「分かってないって言いたかったんじゃないよ」

 

 寝台が小さく軋んだ。

 ミレイユが、こちらへ身体を向けていた。

 

「あんたが撃ってくれたの、分かってる。あたし、道路の方を見てたから」

 

 リナは頷いた。

 

「でも、そのあと動かなくなったでしょ。呼んでも返事ないし」

 

「聞こえては、いました」

 

「うん。今は分かる」

 

 ミレイユが息を吐いた。

 

「あのときは、何が起きたのか分かんなかった。機体が止まったままで、あんたからも返事がないからさ」

 

 無線越しに呼ばれた声を思い出した。

 早く返事をしなければと思っていた。なのに、口を開いても何も出なかった。

 

「あたしも焦ったんだよ。置いていけないし、あそこで二人とも止まってるわけにもいかないし」

 

「すみません」

 

「謝ってほしくて言ってるんじゃなくて」

 

 ミレイユは言いかけて、眉を寄せた。

 

「……こういう話、うまくないな、あたし」

 

 リナはようやく顔を上げた。

 いつもなら、ミレイユの方から次の言葉が出てくる。今は二人とも、何を言えばいいのか探していた。

 

「さっき、止まってほしくなかったって言ったのは、本当」

 

「はい」

 

「でも、戻ってきてまで、早く切り替えろって言うつもりはないから」

 

 リナは毛布の端をつまんだ。

 

「……すぐには、無理です」

 

「うん」

 

 それだけ返ってきた。

 納得したわけでも、楽になったわけでもなかった。ただ、これ以上うまく説明しなくてもよさそうだった。

 

 ミレイユが靴を寝台の下へ押し込み、横になった。

 

「あたし、先に寝ちゃうかもしれないけど」

 

「寝てください」

 

「眠れなかったら、起きててもいいからね。あたしに合わせなくていい」

 

 リナも身体を横たえた。

 寝台は硬かった。操縦席より楽なはずなのに、肩の力が抜けない。

 

 目を閉じかけて、また開いた。

 天井の継ぎ目を見つめる。

 

 隣から、毛布を引き寄せる音がした。

 

 

     *

 

 

 二人が出ていったあと、待機室には端末の小さな音だけが残った。

 アレックスは空いた椅子を引き寄せ、脚を伸ばした。

 

 ユリウスが受け取った連絡を確認し、画面を伏せる。

 

「隊長。一つ、聞いてもいいですか」

 

「どうした」

 

「セルヴァを、ハルトと組ませた理由です。初陣なら、ヴァレンの方が向いていたのでは、と思ったんですが」

 

 ノアが顔を上げた。

 アレックスは伸ばした脚を戻す。

 

「ノアと組ませることも考えた。ただ、セルヴァは訓練でハルトの動きに慣れ始めていたからな。初陣では、その組み合わせを続ける方が動きやすいと判断した」

 

「訓練で合わせたことを、そのまま使えるように、と」

 

「ああ。ハルトも、セルヴァがどこで迷うか、どこまでなら援護できるかを少しずつ掴んでいた。今回は、それを優先した」

 

「そもそも、最初の訓練でハルトと組ませたのは、何か狙いがあったのか?」

 

 ノアが聞いた。

 

「お前の方が合わせやすいとは思ってたよ。ただ、ハルトにも、お前以外と組んだときの動きに慣れてほしかった」

 

「まあ……確かに、俺が大体合わせてたからな」

 

「ああ。相手が変われば、同じタイミングで援護が来るとは限らない。そこを、訓練で確かめておきたかった」

 

 ノアは少し考えてから、頷いた。

 

「あいつ、声をかけた時点で、こっちも動いてるつもりだからな」

 

「セルヴァは、その声を聞いてから動く。ハルトには返事と位置を確かめてほしかったし、セルヴァにも、見えないときは見えないと言ってほしかった」

 

 訓練の映像を見直したあと、二人は位置を変える前に声をかけるようになった。

 互いに聞き返すことも増えた。アレックスは、それを見ていた。

 

「それに、お前ならセルヴァが困る前に手を貸すだろ。最初は、あいつが自分でどこまで判断できるかも見たかった」

 

「俺が過保護だってのか」

 

 ノアが微妙な顔をした。

 

「先に気づいてしまうだろう、とは思ってた」

 

「……訓練なら、口出すなって言われりゃ黙ってるぞ」

 

「そうだな。次の訓練では、その辺も先に話しておく」

 

 ノアは背もたれへ身体を戻した。

 ユリウスが、伏せた端末の縁へ指を置く。

 

「組ませた理由は分かりました。今夜も、二人で援護し合って下がれています。ただ、撃ったあとのセルヴァの様子は気になりました」

 

「帰ってからも、返事が少し遅れてた」

 

 アレックスは机に置いた自分の手を見た。

 

「初めて人を撃ったんだろうな。あの様子だと」

 

「俺と組んでても、撃ったあとは同じだったかもしれねえな」

 

 ノアが、二人の出ていった扉を見た。

 

「ただ、ハルトもどう声をかけりゃいいか、困ってるんじゃねえか」

 

「そう見えたか」

 

「いつもなら、もう少し喋るだろ、あいつ」

 

 アレックスは、リナの隣に座っていたミレイユを思い返した。

 リナが水の容器を握ったまま黙っている間も、ミレイユは隣にいた。

 

「あのとき、何度も呼びかけていましたから。ハルトも、まだ気になっているんでしょうね」

 

 ユリウスが言った。

 

「ああ」

 

 アレックスは手袋を外し、机へ置いた。

 

「二人とも、休んだあとで話を聞こうと思ってる。何が見えていたかだけじゃなくて、今、どうしてほしいかも」

 

「セルヴァは、大丈夫です、としか言わないかもしれませんね」

 

「そうだな。さっきも、短い返事だけだった」

 

 ノアが鼻から短く息を吐いた。

 

「まあ、聞きすぎるなよ。あいつ、聞かれりゃ全部答えなきゃならねえと思うぞ」

 

「難しい注文だな」

 

「お前が隊長だろ」

 

 アレックスはわずかに口元を緩めた。

 

「そうだったな」

 

 ユリウスの端末が鳴った。

 三人の視線が集まる。

 

「整備からです。ヴァレン機は、もう少しかかるそうです」

 

「結果が出たら教えてくれ。次の配置は、任務と機体の状態を見て決める」

 

「了解です」

 

 アレックスは机に広げていた地図を畳んだ。

 廊下の奥は静かだった。

 二人とも、少しでも眠れていればいいと思った。

 

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