不機嫌な特異点と脳内ツッコミ過多な日常   作:小桜紫雨

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第14話

第14話:不機嫌な特異点と新秩序のスパゲッティ

 

王国の最深部、あらゆる理不尽と欺瞞が凝縮された『極点特権圏』アルタ・レガリア。

その中心にそびえ立つ最高位の白亜の宮殿――の、すでに天井が半分ほど吹き飛んだ玉座の間。

 

牧桜雅は、どこか気だるげに丸椅子に腰掛け、床へ投げ出すように左足を組んでいた。

足先から絶えず滲み出す微小な重力波が、高級な大理石の床を直径数ミリ単位で粉々にすり潰し、細かな砂粒へと変えていく。

 

「はあ……。何度見ても、この手の身勝手な連中の顔は胸が悪くなるな」

 

桜雅の目の前では、アウレリア正統王国の現国王にして【極点特権圏】の頂点に君臨する男が、総毛立つほどの恐怖に震えながら尻餅をついていた。

周囲を固めていた近衛騎士団や高位の魔導士たちも、桜雅が放つ『重力レンズ効果』と不可視の圧倒的質量によって、床へと縫い付けられるようにひれ伏している。

 

――誰一人として、指一本動かすことすらできない。

 

それも当然だ。彼らが「世界の理」「選ばれた特権」と信じて疑わなかった王国の魔力炉は、すでに底辺圏の崩壊によってすべて機能を停止している。彼らの足元を支えていた特権の構造は、桜雅が放ったほんの気まぐれな重力波の余波によって、すでに音もなく瓦解していたのだから。

 

≫《――オウガさん。分析完了しました。この空間の周囲に張られていた結界、および王族の魔力回路の残骸……すべて、親宇宙のブラックホール中心から漏れ出た情報素粒子のカス以下の出力です。端的に言って、ただのゴミですね》

 

頭の中で、アオイの冷徹で正確無比なアナウンスが響く。

 

≫《いやぁ、それにしてもウケるんですけど! 王様気取ってたおっさんたちの顔、見事に真っ青通り越して透明になっちゃってるじゃん! ねぇオウガ、あーし特製のエクストリーム・タバスコでも口に突っ込んでやろうか?》

 

すかさずアイリの能天気で底抜けに軽いギャグが割り込み、緊迫した空気を一瞬で軽妙なものへと変える。

 

≫《……バカなこと言わないの、アイリ。いくら相手がクズの集まりだとしても、そんな品のない真似をしたらオウガ様が不愉快になられるわ。……でも、まぁ……これだけ散々理不尽を撒き散らしておいて、いざ自分が追い詰められたら命乞いですか。本当に、見ていて虫唾が走るクズっぷりね》

 

ミツキのツンデレ混じりの冷ややかな声が、トドメとばかりに脳内に響き渡る。

 

「……お前たち、少しは静かにしろ。頭の中で大運動会でもやってるのか」

 

小さく息を吐き、桜雅は冷め切った目を国王へと向けた。

王国では「黒い瞳の女」を魔力炉の代わりとして使い潰し、自らの贅沢と特権を維持してきた。筋の通らない格差、不条理な差別、そして「生かされていることに感謝しろ」という傲慢な思想。

桜雅が最も嫌悪する「不条理の塊」が、この宮殿そのものだった。

 

「な、なに者だ……貴様は……! 我らは世界を統べる神聖な血脈……! このアルタ・レガリアを壊すことなど、世界の秩序に対する冒涜――」

 

「秩序ねえ」

 

桜雅は鼻で笑うと、気だるげに組んでいた足を外し、床へとかかとを下ろした。

 

直後――。

 

ドォンッ!!

 

王国の中心、アルタ・レガリアの広大な敷地を囲んでいた巨大な防壁と宮殿の尖塔が、中央から一文字に引き裂かれた。

物理的な衝撃ではない。重力波が空間の体積と分子結合を直接書き換え、建物そのものを文字通り「存在しなかったこと」へとリセットしたのだ。

 

絶望すら飲み込む圧倒的な重圧の中、国王の首もとへ、桜雅の靴先がふわりと歩み寄る。

 

「お前たちの言う『秩序』とやらが、どれだけ歪んでいて筋が通らないか、少しは理解できたか?」

 

「ひっ……! 待て、命だけは――!」

 

「あいにく、俺は説教が好きじゃない。それに――」

 

桜雅はふと、これまで救出してきた少女たちが眠るアイリの異空間(学校)へと意識を向ける。

あそこでは今、アオイの管理のもとで文字を学び、ミツキに見守られながら、少女たちがようやく「人間としての日常」を取り戻し始めている。その平穏を脅かす可能性のある芽は、ここで完全に摘み取っておかなければならない。

 

首都アルタ・レガリアの王宮を崩壊させた桜雅は、休む間もなく次の目的地へと踏み出す。

狙うは王国の中核をなす二大階層――【覇道重圧圏】の5都市と、【正統神聖圏】の5都市。そこに囚われている未解放の黒目女性たちの救出と、不条理の象徴である構造物の完全粉砕である。

 

最初に向かったのは、軍務と防衛を司る【覇道重圧圏】。

最初に視界に捉えた軍事都市『アストラ・ドミナ』の周辺では、数千の王国軍兵士たちが迎撃の陣を敷いていた。しかし、桜雅が気だるげに右足の靴底を石畳にこつんと鳴らした瞬間、空間そのものが軋みを上げる。

 

ドォォンッ!!

 

不可視の重力波が大地を割り、都市を囲む頑強な黒曜石の外壁と巨大な市門、さらに背後にそびえる軍学院の要塞が一瞬で分子レベルへと粉砕された。兵士たちは自重の数千倍に跳ね上がった重圧に耐え切れず、全員が盛大に地面へと平伏する。

 

≫《――アストラ・ドミナ、制圧完了。地下魔力炉より36名の対象者を回収、アイリの異空間学校へ転送しました。次、『ルミナ・ベラ』の幻術結界ですが……出力が低すぎて、ただの線香花火にしか見えませんね》

 

アオイの冷静な報告を背景に、桜雅は次々と都市を渡り歩いていく。

『ルミナ・ベラ』の華美な幻術都市も、『ノクティア・レアル』の熱加工都市も、『インペリア・ルミナ』の宮廷都市も、『ドミニオ・クラーヴィス』の統制都市も――桜雅の足元から放たれる微小な重力レンズの前では、誇り高き学院や魔力炉ごと紙細工のように崩れ去った。

 

【覇道重圧圏】の5都市から計180名を救出し、桜雅の足はそのまま【正統神聖圏】へと向かう。

 

神聖と血統の絶対領域とされる【正統神聖圏】は、王国の歴史において最も格式高く、それゆえに最も深い闇を抱えていた。

学問と継承の都市『サビオクラティア』、正統維持の『ベラ・レガリア』、禁呪と混沌を封じる『オスクラ・マキナ』、宗教の中心『カテドラ・マグナ』、医療と血統管理の『クラリスタ』。

 

どの都市も、神聖な聖堂や白亜の学院の地下深くに巨大な魔力炉を備え、黒目の女性たちから命の魔力を吸い上げ続けることでその威光を保っていた。

 

「……きれいな顔をして、やってることは最悪のドブさらいだな」

 

桜雅が吐き捨てるように呟き、左足を軽く踏み込む。

 

メリメリメリ……ッ!

 

空間が歪み、音速を超える重力波が神聖圏の全都市を同時に襲った。聖堂のステンドグラスが砂になり、最高位の神聖結界はエラー音を鳴らしながら粉々に砕け散る。古来からの禁忌の書庫に眠っていた膨大な歴史書も、歪んだ理の前に文字ごと消え去るか、あるいはアイリの空間へと吸い込まれていった。

 

≫《きゃーーっ! オウガ、見て見て! この『カテドラ・マグナ』の地下にあったおっそろしい魔力炉、あーしが空間生成でキレイにくり抜いて更地にしてやったし! 古文書もゴッソリいただいたから、あとでみんなでお勉強できるね!》

 

≫《……はしゃぎすぎよ、アイリ。でも……よくやったわ。地下の魔力炉でやつれてた女性たちも、みんなアオイの転送で無事に学校へ送り届けられたわね。これで【正統神聖圏】の240名も全員保護完了よ》

 

頭の中で響く異形たちの賑やかな声を片耳で聞きながら、桜雅は崩れ落ちる神聖都市の瓦礫の上に立ち尽くした。

 

これで労働底辺圏、恩寵管理圏、覇道重圧圏、正統神聖圏、極点特権圏にわたるすべての魔力炉が停止し、救出された黒目女性の総数は「2,279名」に到達した。

 

「……ふう。やっと、少しは空気がマシになったか」

 

王国の誇りも、格式も、理不尽な格差も、すべては微小な特異点の前ではただのゴミクズ同然だった。

桜雅は気だるげに肩を回すと、未だに脳内で騒ぎ立てるアオイ、アイリ、ミツキの声を背に、静かにその場に腰を下ろす。

 

「まあ、やり過ぎた事は確かか……魔力炉の力を利用した施設はすべて破壊し塵と化した。だが、このまま放置すれば残された約780万人の一般市民たちが飢えて共倒れになる。……仕方ねえ、後始末くらいは付き合ってやるか」

 

アウレリア正統王国に属する26の都市には、平均して約30万人の一般市民が暮らしている。王族や特権階級が消え去り、魔法の理が崩壊した今、彼らが自立して生きていくための手助けは必要不可欠だった。

 

国名としての「アウレリア」という響き自体は残すにしても、もはや不要な階層制度や特権はすべて剥ぎ取る。王も居らず、歪んだ魔法体系も失われたこの地で、桜雅は残されたアイテムの調整と復興の道筋を頭の中で組み立てていく。これからはアウレリア連邦国で良いだろう。

 

かつて【極点特権圏】が独占していた特権アイテムも再編する。

空間容量を拡張し、時間経過を遅らせることで実用性を増した【アイテムバック】や、正確な個体ステータスを可視化する【ステータスの水晶】は、今後の復興や生活管理のためにそのまま残す。

そして、かつての不確実な呪物や危険な遺物に代わる新たなマジックアイテムとして、着用者の精神力を守る【業のペンダント】と、過酷な環境でも安全な拠点を提供する【星空のテント】を新たに配置することにした。

 

すべてを更地にし、理不尽な重圧を綺麗に洗い流した特異点は、どこか気だるげなため息をつきながら、崩壊した王国の新しい夜明けへと歩みを進めるのだった。

 

――だが、どこまでも自分たちの利権や声の大きさにしがみつく「老害」や「声高なプロ市民崩れ」の群れが、新体制の移行会議に紛れ込んでいたのは、崩壊の喧騒が収まりつつある王都の残骸でのことだった。

 

「待て! 我々にはこれまでの伝統と権利がある! いきなり特権を剥ぎ取るなど暴挙だ! 住民自治の権利を無視するな!」

 

拡声器でも使っているのか、やたらと甲高く、中身のないスローガンをわめき散らす一団が広場の中心で気炎を上げる。

その見慣れた――しかしこの世界においては異様までに場違いな「声だけは一丁前な連中」の姿に、桜雅は気だるげにため息をついた。

 

「……うるせえな。話を聞いてやれば、言いたいことはそれだけかよ」

 

桜雅が足先を軽く石畳にトントンと叩く。

その微小な重力子の共鳴が空間のベクトルを歪め、わめき散らしていた連中の周囲の重力を局所的に数万倍へと跳ね上げた。

 

ブウンッ――! と大気が悲鳴を上げる。

 

「なっ……なんだこれ、体が……っ、頭が、引き延ばされる――ぎゃあああっ!?」

 

物質の体積と固有振動数を無視し、空間ごと縦方向へ引き延ばす「スパゲッティ化現象」。

その物理法則の暴力の前に、声高な叫び声は一瞬で高音の悲鳴へと変わり、連中の頭部や身体は文字通り細長く引き伸ばされて消え去った。周囲の群衆は、あまりの圧倒的かつ無慈悲な処刑劇に息を呑み、恐怖のあまり完全に沈黙する。

 

「おしゃべりは終わりだ。ここから先、筋の通らない駄弁を垂れる奴は全員この仕様で更地にする。文句はあるか?」

 

冷め切った桜雅の視線が残された代表者たちを舐め回すように見据えると、誰一人として口を開く者はいなかった。

 

その圧倒的な暴力による「意思統一」を終えた後、桜雅は残された約780万人の市民を導くための新しい統治機構を淡々と定めていった。

 

「いつまでも王様気取りのバカを残しておく気はない。これからは俺の故郷の行政組織を見本にする」

 

地方行政のトップとして「知事」や「市長」のポジションを新たに設置し、各分野の実務を担う「各庁」を編成。そして、これまでの不条理な身分固定や世襲を完全に廃し、「4年に一度の民主的選挙制」の導入を高らかに宣言した。

各庁のトップもすべてこの選挙によって選出されることとなる。

 

だが、ここで桜雅が突き付けた条件は容赦がなかった。

 

「ただし、覚えとけ。この新しいシステムの中で、少しでも私腹を肥やしたり、不正や権力の濫用をやらかした奴がいたら――例外なく『死刑』だ。綺麗事の更正なんて面倒な真似はしねえ。一発でその場で消し飛ばす」

 

その言葉の重みを裏付けるかのように、桜雅の足元から再び微小な重力レンズの歪みが揺らめく。

さらに、これまでの不確実な呪物や特権アイテムに代わる新たな統治の切り札として、着用者の精神や思考の歪みを監視・保護する【業のペンダント】の強力版を全幹部および要職者に強制装着させることとした。

これにより、私欲や裏工作を企む精神の波長そのものがペンダントを通じて感知され、不正の芽が育つ前に完全に弾き出される仕組みが構築されたのである。

 

暴力と科学的統御、そして厳格なルールによる新しい国家の骨組み。

「……やれやれ、これで当分は面倒なゴタゴタも起きねえだろ」

 

崩壊した王都の冷たい風の中、桜雅はポケットに手を突っ込み、やれやれと肩をすくめながら、ようやく手に入った静かな日常へと歩みを進めるのだった。

 

≫《――いやー、見事なまでのスピード解決だったね! 権利だの伝統だのって喚いてたおっさんたち、見事に麺類みたいにチュルンヌルンって引き延ばされて消えちゃったし! あーし、思わず画面に向かって拍手しちゃったよ!》

 

≫《……ほんと、呆れるくらい容赦がないんだから。でも、あんな騒がしいだけの害虫を一発で更地にする手際、嫌いじゃないわ。……それに、不正をした奴は全員死刑って……。オウガ様、案外本気でこの世界を立て直す気なのね》

 

≫《――分析結果を補足します。対象のプロ市民崩れどもの脳内情報処理速度は、物理法則の変化に対して完全に遅延していました。結果として、スパゲッティ化現象における特異点圧力の実験台として非常に高いサンプル値が得られましたね。極めて合理的です》

 

脳内で代わる代わる響き渡る三者三様のガヤを心地よいBGM代わりに聞きながら、桜雅は細長く伸びた空の彼方へと視線を向け、どこか冷めていながらも確かな充実感に包まれるのだった。

 

この構成や表現について、さらに調整したい箇所や追加したいアイデアなどはございますか?

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