不機嫌な特異点と脳内ツッコミ過多な日常   作:小桜紫雨

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第18話

第18話:商業国ガナンシアスと「金(きん)」の真理

 

首都圏の再編を終え、アウレリア連邦国が新たな歩みを始めて数日。

異空間学校の窓際で、牧桜雅(まき おうが)は相変わらず不機嫌そうに足を投げ出し、気だるげにあくびを噛み殺していた。三半規管の奥で微かに反響するブラックホールの重力波が、退屈な日常の輪郭を歪ませている。

 

≫《――オウガさん。次なる経済圏、商業国ガナンシアスとの交易および金融網の接続に関する予測値が出ました。結論から申し上げますと、あそこの金の純度は『舐めてます』》

アオイ(黒い球)の冷静かつ無機質な声が、脳内に直接響く。

 

≫《おいおい、見た目はピカピカの延べ棒なのに、中身はただの安物真鍮(ブラス)の厚がけとかマジで終わってんな! ぼったくりバーもびっくりの詐欺国家じゃん! あーしが空間跳躍して金庫のドル箱ごと全部巻き上げてこよっか?》

アイリ(黒い扉)が軽いトーンで、物騒な提案をぶち上げる。

 

≫《バカを言いませんこと。いくら相手が腐った商業國家であっても、法と筋を通さなければわたくしたちの品位が疑われます。……もっとも、オウガ様が『面白くない』とお感じになれば、その限りではありませんけれど》

ミツキ(黒いスライム)がツンとした響きを含ませつつ、桜雅の機嫌をそっと窺う。

 

「なあ、アオイ。この松前漬けのイカ、もう少し塩分を尖らせてもよくねえか。ミツキのやつ、健康面に配慮しすぎて物足りねえんだよ」

異空間学校の窓際、昼下がりの陽射しを浴びながら、桜雅は怠そうに足を組んで呟いた。その足癖の悪い右足のつま先は、天井付近でふよふよと浮遊していたアオイのスカートの裾を、絶妙な微小重力波でツンツンと小突いている。

 

≫《オウガさん。ミツキの塩分調整は、救出された少女たちのナトリウムバランスを考慮したものです。あなたの個人的な味覚の暴走に生態系を合わせる必要性はありません。というか、私のスカートを重力で引っ張るのをやめなさい》

≫《あーし的にはもっとマヨネーズとかドバドバかけてジャンクにいきたいところ! オウガ、今度マヨネーズの分子構造、重力で錬成してよ!》

≫《……オウガ様。いくらわたくしが分子製造を担当しているからといって、何でもかんでも重力場での強引な化学結合で片付けようとしないでください。マヨネーズの乳化プロセスには、それなりのデリケートな温度管理と卵黄の物理的プロセスが必要なのです。……って、聞いてますかオウガ様!?》

 

アオイの冷徹な分析、アイリの底抜けに軽い嬌声、ミツキのツンデレ気味な説教。脳内に響く三者三様のガヤを心地よいBGM代わりに、桜雅は鼻を鳴らした。

前回のスタンピードで西の荒野の地下魔力炉を消し去り、一万頭を超える三大食肉モンスターを極上熟成肉に変えてから数日。異空間学校の住民は2,279名を数え、校内はかつての殺伐とした奴隷市場の面影すら消え、妙な活気と平和に満ちあふれていた。

 

だが、平穏とは桜雅にとって最も退屈を意味する。

 

「……で、金(きん)だ」

桜雅はガリッとパイプ椅子を蹴り、無造作に立ち上がった。

 

「先ずは商業国ガナンシアスへ行ってこのチャチな似非『純金』の足取りを追わねぇとな』

王権打破によりアウレリア連邦国は立ち上がったものの、国内のインフラや流通網を安定させるには、隣国である商業国ガナンシアス共和国との大規模な貿易ルートの開通が不可欠だった。特に、大規模な食料生産や生活物資の調達において、ガナンシアスの巨大な商業都市『コミダ・デリシオサ』を牛耳る商業ギルドの動きが気に食わないと、アオイのデータ解析でははじき出していた。

 

「筋の通らねえ利権構造で、裏でコソコソと黒目女性の密輸ルートをまだ残してるクズどもがいるらしいな」

桜雅の黒い瞳が冷ややかな光を帯びる。その足が一歩踏み出された瞬間、足元の空間が局所的に歪んだ。

 

物理法則の暴力――重力制御による空間跳躍。音すら置き去りにした超高速移動により、桜雅の姿は異空間学校から消え去った。

 

数秒後。

桜雅が降り立ったのは、商業国ガナンシアス共和国の首都にほど近い巨大貿易都市『コミダ・デリシオサ』の表通りだった。白亜の壁と石畳が続く美しい街並みだが、その中心部にそびえ立つ「ガナンシアス中央金庫(バルト・デ・オロ)」の威圧的な黄金の門が、ひときわ異彩を放っていた。

 

中央金庫の前では、武装した警備兵が通行人を威圧し、商業ギルドの幹部たちが何やら不穏な密談を行っていた。

 

「おい、アウレリアの旧体制が崩れたおかげで、我が社の『特殊労働者(黒目女性)』のルートに一時的な滞りが出ている。だが、闇市場での価格は跳ね上がっている。もっと仕入れを増やせ!」

太った商会の男が、金色の装飾が施された杖を地面につきながら吐き捨てる。

 

その傍らを、桜雅は気だるげな足取りで通り過ぎようとした。その足癖の悪さが、あろうことか商会の男が足元に置いた金貨の入った鞄を軽く蹴り飛ばす。

 

「あ、っつ。足元が狂っちまったぜ。……なんだ、このゴミ溜めみたいな金の色は」

桜雅が冷ややかに見下ろすと、商会の男は顔を真っ赤にして怒鳴り声を上げた。

 

「き、貴様! どこの馬の骨だ! ここがガナンシアス中央金庫の敷地内であり、我が『エル・オロ商会』の息がかかった場所だということがわかっているのか!」

 

周囲の警備兵が一斉に槍を構える。

だが、桜雅はわずかに鼻を鳴らすだけで、右手の指先を軽く宙に向けた。

 

≫《オウガさん、周囲の市民の巻き込み被害に注意しなさい。もっとも、あの商会の男のナトリウム値と悪徳度は許容値を超えていますけれど》

≫《オウガ、やっちゃえ! あーしタイマンよりこういう派手な建築物破壊のほうがテンション上がる!》

≫《……ほんとうに、少しは加減というものを覚えたらどうなんですか、オウガ様! でも、あの金庫の防衛魔術、ちょっと構造的に許せない欠陥がありますわね……》

 

脳内トリオの呆れ混じりのツッコミを背景に、桜雅は微小な重力波のレンズを展開した。

 

「重力加速度、一千G」

 

それは音もなく、しかし絶対的な物理法則の暴力だった。

商会の男たちが踏みしめていた石畳が、豆腐のように一瞬で圧縮され、地面へと沈み込む。中央金庫の分厚い鉄と金の扉は、重力波の伸縮によって分子結合を断ち切られ、粉微塵の砂埃へと変貌した。

 

金庫の中に山と積まれていた金貨や魔石、そして不正な密輸リストの数々が、重力レンズの引力に引かれて空中へ垂直浮上していく。

 

「なっ……! なんだこれ、重力が、空間が――っ!」

警備兵も商会の男たちも、重圧のあまりその場に這いつくばり、大気圧の急激な変動で顔面を蒼白にさせる。

 

桜雅は宙に浮いた金貨の中から、一際大きな金貨を足指で器用に挟み取り、ひらりと地上に落とした。

 

「金(きん)の質量が足りねえんだよ。お前らがやってる商売も、その汚い欲の塊も、物理の法則の前じゃただのゴミ屑だ」

 

桜雅は冷ややかな視線を這いつくばる男たちに投げ捨てると、崩壊した金庫の地下深くから、新たな黒目女性たちの生存反応を示す魔力波をアオイの索敵越しにキャッチした。

 

「……さて。買い出しのついでだ。この国の腐った金庫の底を、もう少し綺麗に掃除してやるとするか」

不機嫌な特異点は、退屈を紛らわせる新たな標的に向けて、気だるげに歩みを進めるのだった。

 

ここ、『コミダ・デリシオサ』闇オークション会場では相変わらず違法に入手した奴隷の売買が行われていた。

――「さあ皆様、本日の目玉出品でございます! アウレリア正統王国の崩壊に伴い、市場に流れ着いた最高品質の『魔力補給炉(ブラックアイ)』! 世代を超えて使い潰せる極上の牝馬ならぬ牝奴隷、お値段据え置き、銅貨の端数など切り捨ての金貨十枚から!」

 

大理石造りの豪奢なオークション会場の中央。金色の刺繍が施された重厚な壇上で、ふくよかな肥え太った会頭――エストゥピド商会の当主であるゴルドー・バルトロメオが、下卑た笑みを浮かべて唾を飛ばしていた。

 

その背後では、今は滅びた魔法王国の理不尽なシステムによって黒目を理由に囚われ、絶望に瞳を濁らせた10名の全裸少女たちが、冷たい鉄格子の中で小さく震えて丸くなっていた。

 

「……金で買えないものは無い。この世界の価値は、すべてこの黄金の輝きが証明しているのだ」

特等席のソファにふんぞりかえり、葉巻の煙を燻らせながら豪語するゴルドーは、自らの富と権力が世界の絶対真理であると疑わなかった。筋の通らない暴力と、それを正当化する汚泥のような金の論理。桜雅にとって、これほど虫唾が走る光景もなかった。

 

その時――。

ガッ、と。

石畳の床が、耐えがたい質量に踏み潰されるような乾いた悲鳴を上げた。

 

「……あ?」

場内の喧騒が、ピタリと止まる。

 

入り口の扉は壊されていない。音もなく、いつの間にか客席の最前列、会頭の真向かいの特等席に、一人の少年が気だるげな足取りで腰を下ろしていた。

黒髪、不機嫌そうに歪められた端正な顔立ち――牧桜雅。その足先からは、常人には知覚できないほどの微小な重力波が周囲の空間をじわりと歪ませ、床の石材を豆腐のように柔らかく沈み込ませていた。

 

「おや、お客さんかな? 入場には招待状と、それなりの財力が――」

「うるせぇよ、ハゲ」

 

桜雅は面倒臭そうに鼻をほじると、ポケットから無造作に一つの革袋を取り出し、それをゴルドーの目の前の卓に放り投げた。

 

ズシン、と。

たかが小さな革袋がぶつかっただけであるはずの卓が、尋常ではない重量に耐えかねて真っ二つにへし折れる。中から零れ落ちたのは、ギルドでの討伐報酬として獲得した純金貨の山だった。その総額、優に金貨数千枚分。都市の国家予算すら軽く凌駕する莫大な富が、無造作に床に散らばる。

 

「なっ……なんだこれは……!? こ、これほどの金貨を一体どこから……!?」

「足りねぇなら、まだいくらでもある。だが、そういう話じゃねぇんだよ」

 

桜雅は冷ややかな目を向け、片足のつま先をコンコンと床に鳴らした。

その瞬間、床下から這い出る微小な重力子共鳴が、ゴルドーの足元から全身へと這い上がる。

 

≫《試算完了。ガナンシアスの国家予算の数パーセントに匹敵する流動資産の物理的提示。これより市場の破壊活動を開始します》

≫《うわっ、まぶしっ! ていうかオウガ、それ全部出しちゃっていいわけ? まあ、あいつらの目が点になってるからいっか!》

≫《お金の力でしか物事を測れない下劣な者たちに、本物の「重み」を教えてさし上げなさい》

 

「『金で買える理不尽』ってのは、聞いていて吐き気がするほど不愉快でね」

桜雅が立ち上がり、足の裏に力を込める。

 

ゴルドーは喉元まで迫る尋常ではない圧迫感に気付き、悲鳴を上げようとしたが、声すら出るはずがなかった。肺の空気が押し潰され、血液が逆流するブラックアウトの恐怖が彼の全身を支配する。

 

「お前らが崇めてるその金とやらが、どれだけ重くて歪んでるか……身をもって教えてやるよ」

 

――ズウン。

桜雅の足元から放たれた極小の重力特異点が、ゴルドーの座る豪華な椅子、周囲の取り巻きの兵士たち、そして散らばった金貨の山を丸ごと捉えた。

 

空間がキュッと一瞬で収縮し、高圧の質量が一点へと叩きつけられる。音すら置き去りにされた圧縮の果てに起きたのは、眩い閃光でも爆発でもない。ただ、すべての物質が分子レベルで引き延ばされ、ねじ曲げられ、そして――一つの巨大な『高密度金属ペレット(金塊)』へと、無慈悲に凝縮し直される現象だった。

 

「ひ、ひぃっ……! ぎゃあああっ!」

ゴルドーが誇っていた富も、権力も、傲慢な笑みも。

すべては一瞬にして、無機質な一塊の金属の塊へと姿を変え、床にコトリと転がった。音の高さすら赤方偏移で狂い、重力レンズに曲げられた悲鳴が歪んだ高低差となって消えていく。

 

≫《圧縮率99.8パーセント。対象の質量および金貨の分子構造が完全に融着し、一つの美しいインゴットへと昇華されました。経済的にも物理的にも大成功です》

≫《うわぁ、めっちゃ重そうな金塊ペレットができた! オウガ、これ学校の文鎮に使えない?》

≫《ふふ、お似合いの末路ですわ。お金で命を買おうとした報いを受けなさいな》

 

桜雅は悲鳴を上げる者どもを一瞥すらもせず、檻の中に震えていた黒目の少女たちの方へと歩み寄った。

足先から放つ微小な重力波で、少女たちを縛り付けていた冷たい鉄の枷と魔力の鎖を、蜘蛛の巣を払うように正確に粉砕していく。

 

「……もう泣かなくていい。行くぞ」

冷徹だがどこか底抜けに優しいその一言に、少女たちは恐る恐る顔を上げ、そして涙を流しながらうなずいた。

アイリの空間転移によって、救出した者たちから順次、異空間学校の安全な温もりへと送り込まれていく。

 

崩落した金庫の床に開いた巨大な亀裂から、桜雅は重力を殺して緩やかに下降した。

 

石造りの壁面は深層に進むにつれて精巧なモルタルとレンガで補強され、やがて古代帝国の遺構を流用した怪しげな地下大空間へと繋がっていた。

 

そこは、表面上は輝かしい商業都市『コミダ・デリシオサ』の闇を凝縮したような場所だった。

立ち込める泥と油脂の臭い。重い鉄鎖が擦れ合う金属音。そして、冷たい石床に身を寄せ合う、無数の全裸少女たちの息遣い。

 

≫《オウガさん。地下三層目より生体反応を感知。黒目女性、計421名。また、区画最奥部にて特殊な高密度魔導機関の重力歪みを観測しました。この機関、既存の魔法体系における【金(きん)】属性および【熱】属性の強制共鳴炉です》

≫《げっ、マジで!? 金の属性って金属の錬成とか硬化じゃん? なんでそんなん地下で回してんの?》

≫《……アイリ、頭を使いなさい。彼女たちの高い魔力と長寿の生体エネルギーを触媒にして、粗悪な鉄や銅を強引に『疑似金貨』に錬金しているのですわ。市場のハイパーインフレを引き起こしかねない、最低最悪の不正鋳造ですわね……!》

 

アオイの冷静な分析と、ミツキの怒りを帯びた説明が桜雅の脳内に響く。

桜雅は気だるげに首を鳴らし、足先をわずかに浮かせた。

 

「金(きん)の属性ねえ……。元素記号Au、原子番号79。陽子と中性子の高密度な結合を、わざわざ生体エネルギーの搾取で偽装して作ってたってわけか。筋が通らねえな」

 

「だ、誰だ……! intruso(侵入者)か!?」

闇の奥から、豪華なシルクのローブを纏った商業ギルドの幹部――『エル・オロ商会』の総裁、ベルナルドが武装した私兵集団を引き連れて姿を現した。その手には、高密度の金の魔石が埋め込まれた杖が握られている。

 

「ここはガナンシアス共和国の『国家最高機密経済区画』だぞ! 貴様、地上の金庫を破壊した程度で調子に乗っているのか! 我らの『金の力』を見せてやる、殺せ!」

 

ベルナルドが杖を掲げると、地下空間全体に張り巡らされた【金】属性の陣が黄金の光を放ち、数百本の金属の槍が桜雅に向けて一斉に高速射出された。

 

槍の群れが桜雅の視界を埋め尽くす。

だが、桜雅は避ける素振りすら見せず、ポケットに両手を突っ込んだまま、右足のつま先で軽く空間の空気を蹴った。

 

「重力波干渉――原子核崩壊」

 

――ズンっ!!

空間が歪む。音すら消失する絶対的な圧力が地下空間を包み込んだ。

飛来していた数百本の金属槍は、桜雅の前方数十センチの地点でピタリと停止すると、まるで潮風に晒された砂の城のように、一瞬で茶褐色の錆びた粉末へと還元され、床にサラサラと崩れ落ちた。

 

「な……っ!? 我が【金】属性の絶対硬化が……消えた!?」

ベルナルドが目を剥く。

 

「お前らの使ってる『魔法』ってのは、結局のところ原子の結合に魔力っていう不確定要素を流し込んでるだけのハリボテだ。重力波で原子間の距離を広げてやりゃ、鉄も金もただの脆い塵になる」

 

桜雅は冷ややかな瞳でベルナルドを見下ろし、ゆっくりと歩みを進めた。その足が一歩踏み出されるたびに、強固な石畳がミシミシと悲鳴を上げ、ベルナルドの足元だけが局所的に「加速度五百G」の重力場に叩き落とされる。

 

「ひぐっ……!? グッ、体が……潰れ――っ! 重い、重すぎるっ!!」

ベルナルドは膝から崩れ落ち、自身の贅肉とシルクの服が地面にへばりつく圧迫感に顔面を血の気のない土色に変えた。

 

≫《オウガさん、絶妙な出力調整です。ベルナルドの肋骨および骨盤へのクラック率は九一パーセント。即死を回避しつつ、呼吸困難を維持しています》

≫《うわー、まさにスパゲッティ化のプレビュー版って感じ! オウガ、ついでにその怪しい錬金炉も吹っ飛ばしちゃいなよ!》

≫《……オウガ様。救出対象の少女たちにショックを与えないよう、衝撃波の指向性制御をお願いいたしますわ。……あと、あんな薄汚い男の顔をこれ以上見たくありません》

 

「言われなくても解ってる」

桜雅はベルナルドの金の杖を足指でひょいと挟み上げると、それをパキリと乾いた音を立てて折り砕いた。

 

「ミツキ、異空間の準備。アオイ、421名の転送座標を確定しろ。アイリ、学校の食堂に美味いもん追加するぞ」

 

≫《了解。亜空間学校・第四校舎の居住区郭を開放。全421名の生体波形を固定し、転送プロセスを開始します》

 

暗闇に縛り付けられていた黒目の少女たちの足元に、ぬくもりのある漆黒の重力波が滑り込み、彼女たちの身体を優しく包み込んで空間の隙間へと消し去っていく。

 

地下魔力炉と偽りの金床が完全に消滅し、ただの空洞となった『エル・オロの底』。

残されたのは、重力圧で地面に埋まり、虫の息となったベルナルドと彼の私兵たちだけだった。

 

「お前らが守りたかった『金の真理』ってのはな……」

桜雅は更地となった地下の最奥から地上を見上げ、静かに腕を上げた。

 

「俺の気分次第で、いつでも『ただの重い石ころ』に変えられる程度の価値しかねえんだよ」

 

――ドォォォォン!!

重力波の逆流。

地上にそびえ立っていた『ガナンシアス中央金庫』、そして悪徳商会エル・オロの本部ビル全体が、下からの重力反動によって完全に自壊し、巨大な瓦礫の山となって更地へとリセットされた。

 

商業国ガナンシアスを揺るがす大事件の渦中、桜雅は煙が巻き起こる更地の上にぽつんと佇んでいた。

 

≫《救出完了。異空間学校の総生徒数は、今回の10名と421名を加えて2,710名となりました。アオイ、新入生の制服と教科書の用意、よろしくねー!》

≫《問題ありません。すでに指導要領に基づいたクラス編成と、第二体育館の増設データを作成済みです》

≫《ふう……これでまた賑やかになりますわね。……ところでオウガ様、今回はこれだけ大騒ぎをしたのですから、少しはお腹が空いたのではありませんか?》

 

ミツキのツンデレ混じりの問いかけに、桜雅はグッと気だるげに首を回した。

 

「おい、アイリ。新しい生徒の分も、給食のメニュー増やしとけよ」

「はーい! 任せてよオウガ! 今日のデザートは特製の濃厚プリンだからね!」

「……まったく、相変わらず荒っぽいんですから。でも、保護した少女たちがまた増えましたね」

 

背後では、ガナンシアス経済圏の象徴であった大商会の本拠地が、桜雅の放った余波によって音もなく崩壊し、ただの砂埃へと帰していった。

 

金で買える理不尽を、暴力と物理法則の極点でねじ伏せた少年は、ポケットに両手を突っ込んだまま、呆然とする街を背にして悠然と歩き出す。

 

「ああ、腹が減った。……そういえば、ガナンシアスは海に面してる商業国だったな」

桜雅の頭の中に、唐突に新たな美食の映像が浮かび上がる。

 

「アオイ、アイリ、ミツキ。……次は、『特選本マグロのトロ、極上ウニ、そして炙りホタテの海鮮丼』だ。ガナンシアスの港を少し借りて、最高の海鮮を引っ張り上げるぞ」

 

≫《全ターゲットの制圧および資産の接収、完了しました。お疲れ様です、オウガさん》

≫《いやー、今日もいい汗かいた! 次はなに食べる?》

≫《……お疲れ様、オウガ様。少しは休んでくださいまし》

≫《……はあ。どこまでもご自分の欲望に素直なお方ですこと。ですが……まあ、わたくしも酢飯の分子調整には少しこだわりがありますので、お付き合いいたしますわ》

≫《やったー! 海鮮丼祭りだー! あーしガリ多めでよろしくー!》

≫《港湾エリアの特大水産モンスターの索敵を開始します。オウガさん、重力波での強引な一本釣り、準備はいいですか?》

 

「おう。筋の通った美味いもん食って、また昼寝でもするさ」

不機嫌な特異点は、崩壊した商業都市の瓦礫を背に、新たな「海の獲物」を求めて、どこまでも気ままに歩み出していくのだった。

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