不機嫌な特異点と脳内ツッコミ過多な日常   作:小桜紫雨

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第20話

第20話:不機嫌な特異点と、星を穿つ脳内会議

 

アウレリア連邦国が誕生し、理不尽な特権階級のピラミッドが綺麗に更地へとリセットされてから数十日。

アイリが生成した異空間内の私立学校――その広大な運動場では、今や人類史に残るであろうカオスな一大イベントが開催されていた。

 

二千名を超える救出された少女たちが、それぞれのトラウマを乗り越えて汗を流し、笑い声を上げている。

だが、その賑わいの裏で、脳内回線はいつも通りに喧しかった。

 

≫《運動会における競技規則の徹底。徒競走中の妨害行為は禁じられておりますが、重力波を用いた加速アシストは「物理的インチキ」に該当するため厳正に減点対象とします、オウガさん》

≫《堅いこと言うなよアオイ! せっかくの運動会なんだし、障害物競争のゴール前に「ランダム超高圧重力トラップ」とか仕掛けたら絶対盛り上がるって! あーし、今スポンサー枠で実況席から見てるけど超ウケるんですけど!》

≫《バカを言わないでください。生徒たちが文字通りスパゲッティ化して天井に張り付くだけの惨劇になります。……それに、オウガ様、あそこのパン食い競争のパン、ミツキさんが隠し味に特製スパイスを仕込みすぎて魔力反応が臨界点に達していますわ》

 

脳内で繰り広げられる三匹の異形――アオイ、アイリ、ミツキの賑やかなガヤをBGM代わりに、牧桜雅は放送室の窓際でパイプ椅子に浅く腰掛け、気だるげに欠伸を噛み殺した。

手元には冷え切った缶コーヒー。足元は相変わらず不機嫌そうに床のコンクリートを微小な重力子で僅かに歪ませている。

 

「……うるせぇ。ただの運動会だろ。勝手に走らせて勝手に終わらせろ」

 

ぼそりと呟いたその時だった。

晴れ渡っていた異空間の空――その中央に、突如として不吉な裂け目が走った。

 

バリバリバリ、とガラスが割れるような音とともに、空間の境界が黒く抉り取られる。そこから現れたのは、煤けた黒いローブを纏った、胡散臭い笑みを浮かべる男だった。

地元の言葉で言うところの、脱力感のある仙台弁が脳内に響く。

 

「いやぁ、参った参った。宇宙の端っこでちょっと配線引っ掛げだらさ、こっち側のパケット盛大さバグってすまってさぁ。このままだど君らの作ってるぢっこいマイクロ・コスモスごど、全部消滅してすまうわげよ。テヘペロ」

 

現れたのは、他でもない「親宇宙の神」だった。

相変わらずの軽薄さ、責任感の欠如、そして圧倒的な空気の読めなさ。すべてが桜雅の逆鱗を綺麗に、かつ高速で踏み抜いていく。

 

運動場では、突然現れた怪しげなローブの男に生徒たちがざわめき始めていた。

 

≫《……解析完了。親宇宙のメンテナンス不良による二次災害エラー。現在の宇宙境界線の崩壊確率、99.8%。放置した場合、この空間の全質量が特異点へ吸い出されます》

≫《うわ、マジ最悪じゃん! せっかくあーしが作った特製障害物コースが台無しなんですけど! 神様さぁ、ちょっとツラ貸しなよ、亜空間の隅っこでコンクリート詰めにして東京湾に沈めてあげるから!》

≫《オウガ様……あのふざけた神、今すぐ消し去ってよろしいですわよね? わたくし、手ずから極高圧の重力プレスでぺちゃんこにして差し上げたい衝動に駆られております》

 

異形たちの殺意が綺麗に一致した瞬間、桜雅の中で何かがプツリと切れた。

 

「……なぁ」

 

桜雅はゆっくりと立ち上がった。

足元のパイプ椅子が、微小な重力波の余波を受けて一瞬で砂のように崩れ落ちる。

 

「俺の昼休みと、このクソ面倒くせぇ運動会をだな……よくも真っ昼間から盛大に邪魔してくれたな、クソジジイ」

 

「いやぁ、そうごしゃぐなって。これでもおらはね、宇宙の秩序――」

 

神が軽口を叩き続けたのは、そこまでだった。

 

瞬間、桜雅の姿がかき消えた。

肉眼では捉えられないほどの超高加速。足先の重力制御によって空気抵抗も質量も完全に無視された移動軌跡が、一直線に神へと突き進む。

 

「ぐえっ!?」

 

神の言い訳を遮ったのは、圧倒的な質量と物理法則の暴力だった。

桜雅の足先が、神の下唇を正確無比に、かつ容赦のない力でガッチリとホールド――いわゆる「足指による下唇キャッチ(土下座強要仕様)」を完璧にキメた。

 

「おまっ、ちょっ、まっ、口、下唇三次元の限界超えで――!」

 

「うるせぇ。お前のその言い訳を聞いてるだけで、脳味噌の毛細血管が逆流しそうなんだよ」

 

桜雅は冷徹な眼差しを神に向けたまま、もう片方の足を軽く宙で蹴り上げた。

そのつま先から放たれたのは、ブラックホール中心部から抽出された「極小の重力波」。

宇宙の境界線にぽっかりと開いていたバグの穴に向かって、桜雅はそれを針と糸の要領で正確に撃ち込む。

 

≫《情報素粒子、再結合。因果律、強制修正。バグデータ、消去……出力、最大》

 

アオイの冷静なシステム音声と同期するように、空間の裂け目がジジジと音を立てて縫い合わされていく。まるで破れた服を無理やり雑巾縫いで塞ぐかのような、荒っぽくも絶対的な物理的補修。

宇宙の消滅危機は、たった数秒の「足蹴り」と「雑な重力波の縫合」によって何事もなかったかのように回避された。

 

「ひ、ひぇ……勘弁してぐれ、若えの……おらっち、これでも一応神様――」

 

「神様がなんだ。俺の平穏な日常と、あいつらの給食の時間をこれ以上脅かすなら、お前の存在そのものを『無』の特異点に放り込んで、過去の歴史ごとスパゲッティにしてやる」

 

「はい、すまねぁーおだってましたもう二度ど宇宙の端っこちょさねぁーごめんなしてくない!」

 

完全に白旗を上げた神の下唇を足指で軽く一押しし、桜雅はそのまま勢いよく神を蹴り飛ばした。

神の身体は重力加速の砲弾となって、綺麗に元の宇宙の裂け目へと吸い込まれ、そのまま彼方へと消えていく。

 

バリッ、と音がして、空間の裂け目が完全に閉じた。

異空間学校の運動場には、再び平和な――しかしどこかシュールな余韻を残した――静けさが戻ってきた。

 

生徒たちは何が起きたのかよく分かっていない様子だったが、とりあえず障害物競争の続きがアナウンスされ、再び歓声が上がっていく。

 

桜雅はふぅ、と小さく息を吐き出すと、崩れたパイプ椅子の残骸を無視して、再び別の椅子を引き寄せて腰掛けた。

冷めかけた缶コーヒーのタブを開け、一口飲む。

 

≫《お疲れ様でした、オウガさん。宇宙の安定確率、100%に復帰しました。なお、神のエネルギー残量は微小のため、今後数百年は再起動しません》

≫《やっるじゃんオウガ! 流石あーしの見込んだ特異点! ご褒美に特製のメガ盛りタピオカミルクティー作ってあげる!》

≫《まったく、暴力に任せてばかりですけれど……今回は免じて許してあげますわ。でも、生徒たちの前でそんな粗暴な真似をして、教育上よろしいのかしら》

 

「……五月蝿い。あいつらが静かに勉強して、俺が昼寝できる環境が整うなら、神の一匹や二匹いつでもペレットにしてやるよ」

 

桜雅は気だるげに目を細め、運動場で元気に走り回る少女たちの姿を眺めた。

理不尽な世界を自らの足で文字通り「更地」にし、暴力的なまでの重力で秩序をねじ伏せたその果てにあるのは、騒がしくも愛おしい、退屈で最高な日常。

 

ポケットに両手を突っ込み、桜雅は再び微小な重力子を足元で心地よく共鳴させながら、静かにまどろみの世界へと身を委ねていくのだった。

 

だが、その平穏も長くは続かない。

季節外れの陽気が漂う異空間学校の中庭――その平成初期を模したコンクリートと緑に囲まれた一画で、牧桜雅はジャージの裾を引きずりながら、けだるげに桜の木の下で日向ぼっこをしていた。

頭上では、アイリが虚空から召喚した冷え冷えのラムネ瓶をシャカシャカと振っている。

 

≫《オウガ、見て見て〜! なんか今日の外の街、妙に騒がしくない? 帝国だか共和国だかの残党が、なんか必死こいて『南の聖域が動いたぞー!』とか叫んでパニックになってて爆笑なんですけど!》

≫《……放置しなさい。あいつらがどうあがこうと、親宇宙のブラックホール中心から見れば、数式上の誤差にも満たない微小なノイズにすぎません》

≫《でも、オウガ様。少し退屈が過ぎるのではないでしょうか? 生徒たちの基礎教育も軌道に乗ってまいりましたし、たまには外の空気を吸いに行くのも一興かと……あら?》

 

ミツキのツンとした声が途切れる。

桜雅の足元、そのアスファルトの隙間から、まるで重力異常の磁力線を描くように、ふわりと奇妙な空間の裂け目が開いた。

 

「……なんだ、これ」

 

桜雅が気だるげに半眼を開き、その裂け目を覗き込む。

そこから転がり出してきたのは、金属の檻に入れられた赤ん坊――ではなく、なぜか異世界の伝統的な衣装を着せられた、人間の乳飲み児たちだった。いや、厳密に言えば、黒髪黒目の血筋を持つ、かつて「呪われた存在」として山野に捨てられたり、闇市場の奥底で秘かに流通させられていた赤子たちである。その数、総勢52名。

 

≫《は? え、ちょっ、待って待って! これ、どこから湧いたの!? あーし、空間生成の担当だけど、こんな不法投棄みたいな赤ちゃんリストに入ってないし!》

≫《……観測データ照合。南方の国境沿いにあった隠し地下施設、『零号培養槽(ゼロ・クリード)』の崩壊に伴う自動転送パケットを検知。旧魔法王国の貴族たちが、黒目の一族を人為的に量産して『生体魔力炉』のパーツにしようとしていた残骸です》

≫《……またか。筋の通らねぇ真似をするクズどもだな》

 

桜雅の眉間に、深いシワが刻まれる。

面倒事はごめんだ。だが、目の前で不条理に転がされた命と、それを生み出した世界の構造的ないびつさが、彼のひねくれた正義感――あるいは解剖学的フェチズム以前の「不機嫌な引力」を逆なでしていた。

 

「おい、アオイ。この赤ん坊たちのステータスと、周囲の空間座標を洗い出せ」

≫《了解しました。……解析完了。周辺半径五十キロ圏内に、隠し要塞『レアル・バスティオン』を確認。最後の良心ぶった旧貴族の残党どもが、逃亡資金稼ぎにこの赤ん坊たちを『最後の特産品』として隣国に売り飛ばそうとしています》

「……いい度胸だ」

 

桜雅はゆっくりと起き上がり、その足癖の悪いスニーカーで地面を軽く踏み鳴らした。

空間が、ミシリと悲鳴を上げる。

 

≫《キタキタキタァーーッ! オウガのブチギレ物理法則の時間だよ!! ぐちゃぐちゃのスパゲッティにしてやれ!》

≫《オウガ様、お気をつけて。ですが……その、あまり無茶な散財(重力波の乱射)をなさると、わたくしの胃に穴が空きそうです……って、もう歩き出してるし!》

 

桜雅は懐からロリポップを取り出し、乱暴に口に放り込むと、重力レンズで自身の姿を光速の彼方へとその姿を消した。

 

南方の荒野にそびえ立つ白亜の要塞『レアル・バスティオン』。

その最深部、厳重な魔法陣が張りめぐらされた地下牢にて、要塞主である伯爵ドルチェは、青ざめた顔で高級ワインをあおっていた。

 

「くそっ……! あの化け物が首都を更地にしたせいで、我が商会も終わりだ……! だが、この114名の『純血の黒目児』さえ高値で売りつければ、西方へ逃げ延びる資金にはなる……!」

 

その時、要塞全体の空気が、物理的に「重く」なった。

 

「――は?」

 

伯爵の首が、見えない引力によってガクンと真下に引っ張られる。

天井の石造りの梁が、まるで柔らかい粘土のようにミシミシと音を立てて歪み、縦方向へ引き延ばされていく。いわゆる「スパゲッティ化現象」の初期兆候だった。

 

「な、なんだ……!? 結界が……! 魔力炉が勝手に圧縮されて……ぐっ、体が、縦に……!?」

 

ドサッ、と音がして、重力制御を失った要塞の扉が、紙細工のようにペチャンコに潰れた。

そこに立っていたのは、制服のブレザーを無造作に羽織った、気だるげな高校生――牧桜雅だった。

 

「お前が、この赤ん坊たちを『商品』扱いしたクズか」

 

「ひっ……! な、なんだお前は……! 衛兵! 衛兵を呼べっ!」

 

桜雅は冷ややかな目で足元を見下ろすと、その右足を軽く振り上げた。

物理法則の暴力が、音もなく展開される。

 

「うるせぇ。筋の通らねぇ生き死にを目の前でやられると、こっちはな……最高に気分が悪くなるんだよ」

 

ドンッ、と空間が収縮した。

要塞の分厚い外壁が、半径十メートルの特異点に引きずり込まれるように中心へ向かって崩壊し、伯爵を含む衛兵たちは一瞬にして粒子状のペレットへと圧縮される。血の一滴すら飛ばず、ただ完璧な「無」と「歪み」だけが残された。

 

≫《敵性存在の消滅を確認。……相変わらず手際がいいですね、オウガさん。環境負荷も最小限に抑えられています》

≫《やっほー! オウガ、カッコいい! ねぇ、あの檻の中にいる赤ちゃんたち、みんな黒い瞳をしてて可愛いんだけど! あーしがミルク作ってあげる!》

≫《……まったく、乱暴な方ですこと。ですが……その、赤ん坊たちを放置するわけにもいきませんし……わたくしが温かいミルクと産着と赤ん坊専用アンドロイドを用意いたします。オウガ様、こっちを手伝ってくださいませ!》

 

ミツキの慌てた、しかしどこか優しい声が脳内に響く。

桜雅はため息をつきながら、地面に転がっていた114名の赤ん坊をアイリの異空間へと次々に回収していく。重力がゼロになるその空間なら、乳飲み児たちも安全だ。

 

「……やれやれ。これでまた、あの学校の生徒が増えちまったな」

 

これで総数は2,926名。

平和な昼下がりと、終わらない補習と、そして新たな「家族」を迎えた異空間学校へ向けて、桜雅は再び重力レンズを起動させ、気だるげにその場を後にした。




一応今のところは29話まで投稿済で毎日12時に予約を入れてあります。
本来遅筆でいつまで毎日投稿できるか分かりませんけどね。
23話からは第三章 魔大陸ヴァルハラ=グラビティス蹁が始まります。
2026/10/20 0:09現在
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