第21話:不機嫌な特異点と、零度(ゼロ)の迷い子
放課後のチャイムが響く、はずだった。
だが、この異空間学校にそんな風流な音色はない。あるのは、アイリがどこからか錬成した平成初期のCDラジカセから流れる、すこしノイズの混ざった下校時刻のチャイムと――総勢2,926名の女子生徒たちが立てる、底抜けに賑やかな足音だけだ。
窓際の特等席。
木製の古い机に片肘をつき、桜雅(おうが)は深くあくびをかみ殺した。
≫《オウガさん、心拍数が毎分六十八回で安定しております。ただし、前頭葉の退屈パラメータが限界値の九十九パーセントを突破しました。このままでは周囲の木製机が潮汐力により微小粉砕を起こします》
≫《待って待って! オウガ、退屈ならあーしが特製の激辛タピオカミルクティー作ってあげるから! 飲んだ瞬間、舌の表面の重力が反転して宇宙まで味覚が飛ぶやつ!》
≫《……不純な飲料でごまかそうとなさらないでください、アイリ。オウガ様が求めているのは、もっとこう……理不尽な世界に対する知的で暴力的なカタルシスです。わたくしが、綺麗に掃除して差し上げますのに》
脳内で三人の異形が代わる代わる喚き立てる。
桜雅はげんなりとした顔で、素足の指先をクネクネと動かした。足先には、今日も今日とて心地よくホールドされた自作の特製クッションが収まっている。
「……うるせぇ。お前ら、少しは静かにしろ。頭の中で大運動会すんな」
ぶっきらぼうに呟いた、その時だった。
空間が、きゅっと音を立てて歪んだ。
物理的な衝撃ではない。光が屈折し、教室の空気がレンズのようにゆらめき、波長ゼロの微弱な「重力波」が床の木目を不均質に波立たせる。
≫《――警告。親宇宙の観測限界点外縁より、未知の情報パケットが流入。……これは、解析不能の『エラーコード』です》
アオイの機械的な声が、わずかに揺らいだ。
普段、感情の起伏を見せない黒い球体が、微かに明滅している。
「エラー……?」
桜雅が細い目をさらに細める。
ガリガリ、と。
黒板の前の空気が、まるで古びたセピア色の写真フィルムのように破れ、そこから一人の「少女」が転がり出た。
年齢は十歳前後。
灰色の粗末な布切れをまとい、細い手足は傷だらけだ。そして何より――その双眸は、この世界で最も忌み嫌われ、差別されるはずの「漆黒」だった。
「……は?」
少女は冷たい床に這いつくばり、怯えたように肩を震わせている。
だが、奇妙なのはその容姿ではない。彼女の周囲だけ、局所的に「熱運動(分子運動)」が消失していた。彼女が途切れ途切れの吐息をつくたび、大気の熱が強奪され、周囲の空気が絶対零度近くまで急激に低下。床の木片がカチコチに凍りつき、熱膨張の逆現象で微小な音を立てて砕けていく。
≫《オウガ! あれ、下位世界のバグどころじゃないよ! 親宇宙の管理外にある『遺棄された特異点』の破片だ!》
≫《……なんと。あのような小さな肉体に、宇宙の歴史そのものを圧縮したような情報素粒子が宿っているなんて……》
≫《オウガ様。放っておけば、この空間ごと彼女の存在が因果の彼方に消し飛びます。……どうなさいますか?》
三人の声が重なる。
桜雅はゆっくりと椅子から立ち上がった。足癖悪く机の脚を軽やかに蹴り飛ばし、アンニュイな気だるさを纏ったまま、少女のほうへ歩み寄る。
「……めんどくせぇ」
低く呟きながらも、桜雅はその場にしゃがみ込んだ。
凍てつく床に素足を投げ出し、怯える少女の顎を、乱暴ではなく、しかし有無を言わせぬ手つきでくいと持ち上げる。解剖学的な視線で少女の首筋の脈動を測り、体温の異常低下を確かめる。
「なぁ、お前」
黒く塗りつぶされたような瞳が、真っ直ぐに桜雅を見上げる。
言葉を発する力もないのか、少女はただ震えている。だが、その胸元には、見覚えのある歪んだ結晶が光っていた。地球の物理法則では説明のつかない、重力制御の古代コアパーツ――。
≫《――観測完了。彼女は、かつて私たちがいた親宇宙の『初期実験』で切り捨てられた、最後の観測端末です》
≫《ってことは、あーしらの妹みたいなもんじゃん!》
≫《不謹慎な言い方をなさらないで、アイリ。ですが……保護の優先度は最高値です》
桜雅はふっと鼻で笑い、乱雑に髪を掻きむしった。
筋の通らない不条理。理不尽な運命。用が済めば捨てられる過去。
そういう「めんどくさいもの」を見ると、どうしようもなく頭に血が上るし、同時に――放置する気にもなれなかった。
「おい、アオイ。この空間に、あいつらのための新しい部屋を用意しろ」
≫《……承知いたしました。学舎の隣に、最高精度の重力制御室を構築します》
「アイリ、温かいスープと、あと甘いもん持ってこい。死にかけのガキを温めるんだ、手加減すんじゃねぇぞ」
≫《りょーかい! 特製マシュマロココア、秒で作る!》
「ミツキ、こいつの服と怪我をどうにかしろ。……理不尽な暴力は俺が肩代わりしてやるから安心しろってな」
≫《……相変わらず荒っぽい方ですが……まぁ、悪くありませんわね》
桜雅は立ち上がり、凍てついた少女をひょいと軽々と抱え上げた。
その背後で、異空間の空が青空へと切り替わり、今日も今日とて騒がしい仲間たちの声が頭の中に響き渡る。
「れっつごー、だねオウガ!」
「やれやれ……これだから退屈する暇もねぇよ」
不機嫌な特異点は小さく舌打ちをすると、新しい日常の泥沼へと、歩みを進めたのだった。
◇
「あー……あったかい……」
微かな掠れ声だった。
アイリが速攻で錬成した「特製マシュマロココア(物理法則無視で常に猫舌に優しい四十度をキープ)」の湯気が、少女の小さく青ざめた鼻先をくすぐる。
ミツキが作り出した肌触りの良い毛布に包まれ、少女――自身を「ナノ」と名乗ったその黒目の幼女は、両手で大きなマグカップを大事そうに抱えていた。
≫《オウガさん、報告です。ナノさんの体内に残留していた『遺棄特異点』の過剰情報素粒子の排除、および時空座標の固定が完了しました。局所的な絶対零度化のバグも収束。現在のHP、MPともに正常値へ復元されております》
≫《いやーマジで焦ったし! 登場した瞬間に『床が凍って分子運動停止~!』とかどこの氷属性ボスかと! ていうかオウガ、抱っこしたときのあーしの特製毛布の手触りどうだった? 超モチモチでしょ?》
≫《……アイリ、余計な自慢はいいのです。それよりもオウガ様、ナノ様の身体に刻まれた刻印……あれは単なる実験体のものではありません。旧『アウレリア正統王国』の最深部、オスクラ・マキナの地下に隠蔽されていた管理コードと同一ですわ》
脳内での三人のやり取りを聞き流しながら、桜雅はいつもの木製机にドカッと腰を下ろした。
素足の指先を器用に動かし、机の角で爪をサッサッと磨く。解剖学的なフェチズムを刺激するそのしなやかな足癖を、誰も注意する者はいない。
「オウガ、さま……?」
ココアを飲み干したナノが、不安げな黒い瞳を桜雅に向けた。
黒髪黒目の容姿は、この異世界の地上では奴隷として不当に扱われる象徴。しかし、ここ『重力学舎(異空間学校)』においては、全員が同じ黒の輝きを持つ仲間だ。
「おい、ガキ」
桜雅はアンニュイな目つきのまま、冷たく言い放つ。
「俺の名前を気安く呼ぶな。それと、俺は慈善事業でボランティアやってるわけじゃねぇ。筋の通らねぇ不条理と、調子に乗ってる理不尽な奴らが嫌いなだけだ」
≫《相変わらずの素直じゃないムーブ出ました! これが『ツンデレひねくれ主人公』の真骨頂でーす!》
≫《黙りなさいアイリ。オウガ様のお言葉の裏には、深遠なる優しさと『もう二度とお前に辛い思いはさせない』という固い決意が込められているのです……ああ、なんという慈愛……!》
≫《ミツキ、感情の解析データが主観に偏りすぎています。客観的には単なる『シャイな高校生』です》
(……お前ら本当に一回黙れ)
桜雅は心の中で三人に局所的な重力圧を叩きつけ、二人の異形がキャッと小さく悲鳴を上げるのを楽しんだ。
「で? ガキ。お前をそんな目に遭わせた『元凶』はどこにいる?」
ナノはビクッと肩を揺らしたが、桜雅の黒い瞳の奥にある、冷徹でありながらも確かな怒りの揺らめきを感じ取ったのか、意を決したように小さな口を開いた。
「……西の荒野の、さらに向こう……『沈黙の回廊』にある地下研究所……。そこに、私と同じように『作られた』黒い目のお姉ちゃんたちが……まだたくさん、閉じ込められています……」
「……へぇ」
桜雅の唇が、歪んだ笑みを刻んだ。
アウレリア連邦国として再編し、商業国ガナンシアスもあらかた叩き潰して平和になったと思っていた矢先だ。世界のゴミ箱の底には、まだ清掃の行き届いていない「腐敗した泥」が残っていたらしい。
≫《検索完了。西の荒野外縁『沈黙の回廊』地下施設。旧魔法王国の極秘研究機関『ノクティア・レアル』の残党が、旧世界のバグデータを二次利用して禁忌の生体兵器を製造中とのことです》
≫《うわっ、引くわー。せっかくあーしが次の体育祭用に『激熱! 全員で跳ぶ巨大大縄跳び(重力二倍)』の企画書いてたのに! 水ささないでよネー!》
≫《……叩き潰しましょう、オウガ様。わたくしたちの可愛い妹分を傷つけ、存在を否定した愚か者どもに、万有引力の恐ろしさを骨の髄まで教えてやるのです》
「言われるまでもねぇよ」
桜雅は立ち上がり、足指で胸元の空間をクシャリと歪ませた。
空間が悲鳴を上げ、微小なブラックホールが指先で黒く輝く。
「……さて。退屈しのぎに、ゴミ掃除といくか」
不機嫌な特異点は、少女の頭を雑にポンポンと叩くと、新たな「物理法則の暴力」を解き放つべく、異空間の扉を押し開けたのだった。
◇
西の荒野のさらに果て――地図の空白地帯と呼ばれる『沈黙の回廊』。
そこは草木一本生えぬ死の土地であり、かつて旧王国が世界の「不都合な真実」を埋め立てた廃棄場であった。大気を満たす魔力はねじ切れ、音すらも歪んで届かない不気味な静寂が広がっている。
「……ハッ、何が沈黙だ。ただのゴミ溜めじゃねぇか」
空間の歪みから足を踏み出した桜雅は、土足ならぬ裸足を荒野の枯れ土に下ろした。
不気味な砂嵐が吹き抜けるが、桜雅の周囲十メートルだけは重力の波動によって完璧な無風・微小気圧空間が保たれている。砂塵ひとつ彼の髪を乱すことはできない。
≫《オウガさん、地下三百メートル地点に巨大な高密度魔力炉、および約四百の生命反応を検知しました。そのうち約八割が黒目の一族――遺伝子配列の異常な欠損が見られます。人造的に精製されたクローン、あるいはバグデータの複製体です》
≫《マジで胸糞悪いんだけどー! ガキのナノちゃんみたいな子を大量生産して武器にしようとしてたってコト!? あーし、怒りのあまり特製ギロチン型チョコフォンデュタワー錬成しちゃいそうなんだけど!》
≫《お静かに、アイリ。……オウガ様、施設の防衛障壁は『神域・特異属性』の【時空】および【情報】を遮断する三重の複合結界です。通常魔法であれば国家規模の攻城兵器を用いても破れませんが……》
「結界ぃ?」
桜雅は心底くだらなさそうに鼻を鳴らした。
彼にとって、この異世界の「魔法」など、バグだらけのOSの上で動く粗悪なアプリに過ぎない。
時空の遮断? 物理法則の書き換えの前に、そんな概念など何の意味も持たないのだ。
桜雅は右足の指先をくいと上げた。
ただそれだけの、あまりにも軽率な動作。
――ズズズズズズズズズズズンッ!!!!
「ひっ……!?」
地下施設を守る監視兵たちが悲鳴を上げる間すらなかった。
桜雅が足指を一つ鳴らした瞬間、地下三百メートルに位置していた巨大研究施設『ノクティア・レアル第二研究棟』の上部に存在していた数百万トンもの土砂と岩盤が、完全な質量ゼロ(無重力)へと変換され、上空へと一気に爆ぜ上がった。
そして、剥き出しになった地下の巨大要塞に向けて――今度は絶対重力場(局所的ブラックホール)を叩き落とす。
ドォォォォォォォォォンッ!!!!
幾重にも張り巡らされた「神域結界」が、まるで乾いたウエハースのように木端微塵に砕け散る。
歪んだ空間の中で、時空の歪みが施設全体を垂直に圧縮し、鉄骨や石造の隔壁が豆腐のようにペシャンコに潰れていった。
≫《――圧巻の現象定義です。結界の概念そのものが潮汐力によって縦に引き延ばされ、情報パラドックスを起こして消滅しました。敵防衛戦力の九分九厘が戦闘不能です》
≫《キャーー! オウガかっこいいー! まさに『理の書き換え』! 物理の暴力バンザイ!》
≫《……さすがはオウガ様。ですが、被検体である黒目のお少女様がたが巻き込まれないよう、ミリ単位での重力制御……誠にお見事でございますわ》
「当たり前だ。無駄な殺生は嫌いだが、筋の通らねぇ実験やってるゴミどもを活かしておく義理もねぇ」
崩壊した天井から、軽やかに飛び降りる桜雅。
瓦礫の山となった中央広場には、白衣を着た旧王国の研究者たちが、己の身に起きた現象を理解できず、白目を剥いて転がっていた。
その中心で、一人だけ重力圧を免れた老研究者が、狂乱したように叫ぶ。
「な、なんだお前は……!? 我らの『絶対神域結界』を、このような理不尽な力で破るなど……お前は神か!? それとも魔王か!?」
桜雅は億劫そうにそちらへ歩み寄ると、足癖悪く、老研究者の顎の下にスッと足指を滑り込ませた。
そしてそのまま、神の下唇をホールドした時と同じ洗練された足技で、老研究者の頸動脈をがっちりと指先でホールドする。
「がふっ……!? あ、足で……首を……!?」
微小な重力圧が頸動脈の血流を阻害し、三半規管を急速に狂わせていく。視界が急速に黒く染まり(ブラックアウト)、老研究者は吐き気と激痛で全身を痙攣させた。
「問いに問いを重ねてんじゃねぇよ、ジジイ」
桜雅は冷ややかな黒い瞳で老研究者を見下ろした。
「俺はただの高校生だ。……ちょっとばかり、不機嫌な特異点(物理のバグ)を連れたな」
≫《ひえっ……! お、桜雅学園長……!?》
『ノクティア・レアル第二研究棟』の最深部。
足指で頸動脈を締め上げられた老研究者――自称・主任研究員のジジイは、白目を剥きかけながら失禁寸前の情けない悲鳴を上げた。
「学園長? 誰のことだバカ」
桜雅は心底心当たりのなさそうな顔で、足の指にクッと力を込める。
≫《オウガさん、補足です。現在、異空間学校マイクロ・コスモス内に身を寄せる元奴隷・被検体の黒目女性の総数は、今回救出した382名を加えて3,308名に達しました。彼女たちにとって、オウガさんはこの『重力学舎』を統べる絶対的指導者――すなわち『学園長』として認識・神格化されております》
≫《学園長! オウガ学園長! なんか響きが昭和の学園ドラマっぽくてエモいじゃん! 朝の朝礼で『えー、校長の桜雅です。今日の給食のハンバーグは重力三倍です』とか言うんでしょ!?》
≫《……アイリ、意味の分からない給食を出そうとしないの。オウガ様、ジジイの頸動脈圧迫の加減、完璧ですわ。あと二秒強めれば脳幹がスパゲッティ化を起こして即死いたします》
「……学園長とか柄じゃねぇんだよ。俺はただの高校生だっつってんだろ」
チッと舌打ちを一発鳴らし、桜雅は足指をパッと解放した。
地面にドシャッと崩れ落ち、ヒィヒィと惨めに酸素をむさぼるジジイを放置し、彼は周囲の強化ガラス製の培養槽を見渡す。
中には、ナノと同じように怯えた瞳をした、小さな黒髪黒目の少女たちが肩を寄せ合っていた。
「おい、アオイ」
≫《はい。対象者382名の空間量子化および異空間学校(第一体育館裏)への転送準備、すでに完了しております。重力波による肉体の損傷・精神的ショックの緩和処置も同時に行います》
「よし、連れてけ。……ミツキ、この施設内にある使える資材と食料、研究データを全部強奪しろ。ジジイの脳内の情報素粒子も吐き出させてから、この穴ごと時空の彼方に初期化だ」
≫《承知いたしましたわ、オウガ様。情報抽出の際、少しだけ『重力の逆流』をかけて精神を不協和音で揉み洗っておきますね》
ミツキのツンデレ気味な優しい(?)アフターケアが確定した瞬間、ジジイの顔面が極限の恐怖で引きつったが、桜雅は一瞥もくれなかった。
数分後。
『ノクティア・レアル第二研究棟』が存在していた沈黙の回廊の地下には、深さ五百メートルの完璧な「球体状の更地」だけが残された。
◇
異空間学校の巨大グラウンド。
「みなさーん! 本日の特別給食でーす!」
アイリの声が異空間全体にスピーカー(重力増幅)を通して響き渡る。
目の上に広がるのは、三大食肉モンスターのなかでも超高級とされる『クレーテーの牡牛』の熟成肉と、『ロック鳥』の胸肉をふんだんに使用した、地球の平成B級グルメ「特大スタミナジャンボ丼」を積み重ねた山だ。
三千人を超えた黒髪黒目の少女や女性たちが、整然と並びながら、温かい湯気の立つ丼を両手で受け取っていく。
「学園長様……ありがとうございます……!」
「お肉が……こんなに柔らかいなんて……」
涙を流しながら丼を頬張る生徒たちの姿を、校舎の屋上の手すりに足をかけながら、桜雅はダルそうに見下ろしていた。
≫《ふふ……三千人余りの食糧問題を、重力圧縮による『時空ゼロ熟成』と、アイリのレシピ生成で一瞬で解決してしまうとは。相変わリズムの狂った学園運営ですね、オウガさん》
≫《だってー! 三千人だよ!? 毎日お米だけでどれだけ消えると思ってんの!? あーし、そろそろガナンシアス共和国の穀物市場を重力で丸ごと買い占めないと追いつかないんだけど!》
≫《……ふん、オウガ様がその気になれば、大陸一つの食糧生産量を倍増させることなど造作もありませんわ。……それにしても、オウガ様》
ミツキがスライム状の念話を少し甘く響かせる。
≫《あの子たちの笑顔……オウガ様が救った命の重みですわね》
「……知るかよ。俺はただ、筋の通らねぇ実験やってたジジイどもにイラついただけだ。食ったら運動して、さっさと勉強させろ。アオイ、補習のスパルタ度を二割増しにしろ」
≫《了解いたしました。これより3,308名全生徒に対し、現代物理学基礎(一般相対性理論と量子力学の不協和音)の抜き打ちテストを実施します》
「ギャー! スパルタ学園長出たーー! 生徒ちゃんたちが悲鳴上げて逃げ惑ってるよー!」
アイリの叫び声と、下で巻き起こる少女たちの絶叫(と歓声)を聞きながら、桜雅はふっと小さく口角を上げた。
「……たく。退屈しねぇのだけは、認めてやるよ」
不機嫌な特異点の日常は、どこまでも過剰で、理不尽で、そして少しだけ温かい。