不機嫌な特異点と脳内ツッコミ過多な日常   作:小桜紫雨

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第4話

第4話::特異点、買い占める

 

俺はギルドの薄暗い地下倉庫で、一人積み上げられた肉の山を眺めていた。ひんやりとした空気の中に、濃厚な脂の香りと、極限まで圧縮された魔力が放つオゾン臭が充満している。普通の人間なら肺が焼き切れるような高密度な空間だが、俺にとってはただの日常の匂いだ。

 

十分ほど待っただろうか。ガチャリと重い鉄の扉が開き、まとめ髪の如何にも仕事ができる風貌のエルフの女がやって来た。長い端正な耳と、無駄のない冷徹な眼差しが特徴的だ。

 

「ほう、この量のアイテムボックスを持つ只人とは珍しいですね。失礼……」

 

≫《オウガ、心拍数が跳ね上がってますよ。大人の女性に値踏みされて緊張ですか?》

≫《あーし的にはもっとこう、胸元をガン見して「おっぱいデカっ」とか言ってみてほしいわけ!》

≫《馬鹿なことを言わないでくださいアイリ。……オウガ様、相手の魔力回路が僅かに揺らいでいます。戦闘態勢への移行、および周囲の重力微調整を推奨します》

 

脳内でやかましい三匹の声を鼻で笑いながら、俺はエルフの女を流し目で捉えた。

 

「で、あんたが上の人間か」

 

冷ややかな俺の態度に、エルフの女は眉根を微かに寄せた。俺が胸元を見たわけでも、女が怯えたわけでもない。ただ純粋に、目の前にある規格外の物量に戸惑っているだけの顔だ。

 

「私はこのリーティニス村のギルド支部長代理を務めるルミナリアと言います。オークジェネラルの個体を一撃で、しかも数十頭分。――あなた、名前は?」

 

「牧桜雅だ」

 

ルミナリアは手元の羊皮紙に素早くペンを走らせる。だが、そのペン先がピタリと止まった。

 

「マキ……オウガ? 聞いたことがない響きですね。どこかの国の貴族ですか、その魔法回路の密度は……」

 

彼女は山のように積まれたワイルドブルの首元に歩み寄り、自身の持つアイテムボックスの魔力を展開して一部の素材を収納しようとした。しかし、その瞬間――ルミナリアの顔色からサーッと血の気が引く。

 

「……っ!? 私のストレージ干渉が……弾かれる? それに、この骨組織は外部からの物理衝撃ではなく、内側から全方向に均等な圧力を受けて微粉砕されている。これほどの高精度な質量制御……まさか、空間ごとすり潰したのですか? この世界の魔力なのでしょうか、少なくともこの大陸の魔力ではありません」

 

≫《おや、このエルフ、高位のアイテムボックス持ちのようですが、オウガさんの重力場に干渉しようとして返り討ちに遭いましたね》

≫《えー、地味。もっと「キャーすごい!」とか言わせないとつまんなくない?》

≫《馬鹿、下手に目立って面倒なものは避けたいが……こいつ、俺の収納物の比重すら読み切れずにてこづっているな》

 

俺は低く息を吐き、壁に背中を預けたまま冷たく言い放つ。

 

「どうでもいい。それより、この素材と魔石の査定を早くしろ。金貨に変えたいんだよ。これから奴隷を買い漁る予定なんでな」

 

「……金貨、それも大量に、ですか?」

 

ルミナリアは信じられないものを見る目で俺を見上げた。彼女の背筋に、わずかな冷や汗が伝うのも無理はない。三大食肉モンスターの素材一頭分だけでもアルビア村の経済が潤うというのに、ここにあるのは数十頭分。さらに、エルフである彼女が持つ大容量の収納魔法ですら、この高密度な質量を前に処理落ちを起こしかけている。

 

「――お前のその目、気に入らねえな。俺はお前に値踏みされる為にここに来たわけではないぞ」

 

俺が不機嫌に言い放った瞬間、重力がほんの数ミリ秒だけ、ギルドの床板を軋ませた。ルミナリアの足元がわずかに沈み込み、彼女の息が詰まる。赤方偏移を起こした空間の歪みが、彼女の視界の端で小さくきらめいた。

 

≫《出力漏れてますよオウガさん。空間の歪み係数が基準値を超えています》

≫《いよっ、ダークヒーロー! もっと地面陥没させちゃいなよ!》

≫《……無駄な威圧はトラブルの元です。ですが、あの黒目差別と奴隷制度を野放しにしているようなこの腐った世界の連中に、その全財産を吐き出させる口実としては上々ですね》

 

異形たちの勝手な雑音を脳内で処理しながら、俺は冷ややかにルミナリアを見据えた。この街の裏でうごめく不条理をすべて買い支え、俺の意のままにねじ伏せるための資金を、今すぐここに用意させるとしよう。

 

ルミナリアは一度深く呼吸をして自身を落ち着かせると、引き締まった声で言葉を繋いだ。

 

「……現在、このギルドにここにある物資を買い取るだけの資金はありません。まだ詳細な金額は計算できていませんが、ざっと見ただけですが金貨500枚以上の確認は取れました。ですが、今のギルドにある資金は金貨100枚前後です。足りない分は直ぐに村の全店舗にギルドから通達を出し、冒険者ギルドの各支部や本部、役所を通じてギルドで清算するのは如何でしょうか? 不足分が必ず出ますことは理解しています、追ってお支払いすることでご承知いただきたいのですが」

 

地球の価値に換算すれば5億円をも優に超える取引。リーティニス村のギルド単体では到底用意できないほどの莫大な富を突き付けられ、ルミナリアは冷や汗を拭うことすら忘れていた。

 

「ああ、それで構わないぞ」

 

俺は短く答え、軋む空間を元に戻した。この腐った世界の理不尽を叩き潰すための布石は、今、確実に揃い始めた。

 

「清算は3日後までには必ず終了させます。またその時に牧様のギルドランクも変更を行います。ゴールド級は確実ですので、現在は仮という形ですがドッグタグの変更を指示しますのでカウンターで手続きをお願いします」

 

「ああ、分かった」

 

ルミナリアが慌ただしく地下倉庫を去っていくのを見送り、俺は重力制御を解いた薄暗い空間で一息ついた。脳内では、相変わらず三匹の異形が喧しい議論を続けている。

 

≫《金貨500枚ですか。地球の価値に直せば約5億円……村の経済を完全に掌握するには格好の種銭ですね》

≫《ねえオウガ、さっそくその資金で可愛い女の子の奴隷とか買いまくるわけ?》

≫《アイリ、相変わらず頭の中がお花畑ですね……ですが、オウガ様の「筋を通す」という目的のためには、資金力と社会的信用は何よりも強力な武器となります》

 

「……勝手に話を進めるな」

 

俺は低い声で呟きながら地下倉庫の階段を上り、ギルドのカウンターへと向かった。仮のゴールド級ドッグタグを受け取り、外に出ると、夕暮れの市へと続く空が赤黒く染まり始めている。その空の彼方では、重力波の微弱な揺らぎがまるで俺の未来を嘲笑うかのように小さく波打っていた。

 

さて、筋が通らない境遇に擦り潰された者達はどういう生き方をしているのか。他のこの世界の連中より厚遇するつもりだが、甘やかすつもりは全くないし、無駄な気遣いをする気もない。

 

暫くはアイリの異空間で養生し、健康な身体と精神を取り戻してもらおうか。それから一人一人に向き合えばいい。俺のアンドロイドを作れば10名までなら同時対応も可能だろう。教育も育成も必要だ。アオイとミツキにアンドロイドの製造を指示するか。

まあ、なんにしても今考えても仕方ないな。

 

取り敢えずギルドに紹介された奴隷館へ向かう。この村の奴隷館は大小はあるが、全てこの国の商会のリーティニス村の支店だそうだ。

 

この村は冒険者がこの国で最も多く集まる場所であり、他所では不評な黒い瞳の奴隷が唯一購入される場所でもあるらしい。

 

村の外に広がる荒野の影響は大きく、そこは魔力の源となるマナが枯渇しており、生物の生存自体が困難な環境だ。荒野で休んでも魔力の回復は不可能であり、魔法を使用すれば通常の五倍の魔力を消費するという。故に人目がなく、モンスターの襲撃も無い安全な場所とされている。魔力を消費しない「交尾」を行うにはうってつけの場所で、荒野へ黒い奴隷を連れ出し交尾をすると微量だが魔力が回復するらしい。

もっとも、この惑星のマナも魔力も俺には何の関係もないが。

 

そんな情報をアオイの解説で確認しているうちに、最初の奴隷館へとたどり着いた。

 

この村の奴隷館は商店のような造りをしており、中に入ると多くの奴隷たちが並んでいた。全員が全裸で後ろを向いている。それは瞳の色を見せないための措置であり、瞳の色による区別が必要な者は別の部屋にいるそうだ。

 

俺が店舗に入ると、直ぐに店主らしい男が愛想笑いを浮かべて近づいてきた。

 

「牧様とお見受けし、声を掛けさせて頂きましたが間違い御座いませんでしょうか?」

 

「そうだな、牧桜雅だ。世話になる、よろしく頼む」

 

「ギルドからはすでに連絡は来ております。奥の方には当店自慢の奴隷達も控えております。奴隷のことでありましたら、ご要望にはできるだけお応えしたい所存です」

 

「では、早速で悪いがここに居る奴隷達について説明を頼む。俺は2歳の頃から最近まで師匠の元で修行に明け暮れていたんで世間に疎いし何も知らないに近い。ただ、スキルに『鑑定』や『心眼』『天眼』を持っているので、その辺りは留意してくれ」

 

店主は一瞬動きを止め、冷や汗を浮かべた。

 

「か、かかか、鑑定ばかりではなく、し、心眼と天眼ですか……は、はは、はい、しかと留意いたします……!早速ですがご質問にあった此処に居る奴隷ですが、黒い瞳の奴隷達になります。この村の西に広がる荒野を渡るのに使われる奴隷達です。ご承知かもしれませんが荒野では魔力の回復は出来ません。しかし黒い瞳の女達と交尾をすれば魔力の減少は無く荒野を渡る事が出来ます。魔力回復ポーションは高価ですのでその代わりに安価で荒野を渡り森に行く事が出来ます。黒の瞳の者は非常に長寿で自身だけにしか効果はありませんがヒーリングの魔法も高いレベルで使えます。1人銅貨10枚で提供し森の入り口で銅貨2枚で引き取っています。魔力回復ポーションは銅貨60枚ですので銅貨8枚で済む黒の瞳の奴隷達は非常に安価で済みます」

 

店主の言葉を聞いた桜雅の脳内で、三匹の異形たちの意識が怒涛の勢いで接続される。

 

≫《……クソですね。効率的かつ残酷なまでの搾取の構造、まさに人間の業の極みです》

≫《待って待って、えぐいって! 全裸で後ろ向きって、それもう人間扱いしてないじゃん! しかも荒野を渡るための「魔力回復装置」扱いとか、胸糞悪すぎてあーし涙出そうなんだけど!》

≫《オウガ様……許せませんわ、こんな理不尽。すぐにでもあの店主の息の根を……いや、その前に全財産を叩きつけて買い占め、この状況から完全に解放して差し上げるべきですわ!》

 

冷徹な計算、怒りと嫌悪、そして弱者に対する強烈な同情と保護欲が、脳内で重力波のように複雑に干渉し合う。

 

俺は床を踏みしめ、重力制御による微かな圧力を地面に伝えながら、冷え切った瞳で店主を見据えた。

 

「……なるほどな。その『黒い瞳の奴隷』、ここにいる全員分まとめていくらだ?」

 

俺の低い問いかけに、店主は冷や汗を拭いながらガタガタと震え始めた。

 

「とと、当商会で取り扱っている黒い瞳の奴隷は48名です。銅貨480枚のところですが384枚。いえ、380枚で提供いたします!現在32名しかおりませんが森から戻り次第残りの16名もお届けいたします」

 

「分かったそれで良い、至急準備をしてくれ。残りの者達は冒険者ギルドに届け、ギルドで金は受け取る様にそれでいいな」

 

「ももももも、もちろんはいー! あああ、ありがとうございました」

 

店主は奴隷達の鉄の足枷を従業員に外させて、俺の元に奴隷達を集めた。

俺の元に来た奴隷達に貫頭衣とサンダルを渡し、それを着るように指示する。

奴隷達は戸惑いながらそれらを着て行く。

 

「おい、店主、これが残りの者の衣類と靴だ。今までの様な扱いはするなよ」

 

「ばばばばば、はいー! 勿論です!」

 

店を出て予定通り、アイリの空間に黒い瞳の女達を導く。俺のアンドロイドをはじめ大勢のアンドロイドたちが、彼女たちを温かく迎え入れていた。

 

取り敢えず黒い瞳の女達の開放が先だ。俺は次々と奴隷館を巡り村の黒い瞳の奴隷達を解放した。

 

大規模の店 2店 = 240名

 

中規模の店 6店 = 270名

 

小規模の店 16店 = 190名

 

総勢 700名

 

金は銅貨7,000枚のところを銀貨50枚で済んでしまった……。

俺が拠点へと戻り、アイリの異空間で次々と保護した女性たちの数を頭の中で整理していると、脳内で三匹の異形たちが一斉にざわめき始めた。

 

≫《総勢700名……。銀貨50枚での一括買い占めですか。地方都市一つの小規模な国家予算レベルを、奴隷の解放事業に全ツッパする狂気……嫌いじゃないです》

≫《やばい、かっこよすぎるんですけど! 悪徳店主たちを銭の暴力で殴り倒して、全員お姫様扱いで保護とか、主人公の株がストップ高なんだけど!》

≫《……破廉恥な商売どもにはもっと重力で地面にめり込ませるべきでしたわ! ですが、行き場のない彼女たちに自立の道を用意するオウガ様のその「筋を通す」生き様……わたくし、胸が熱くなりました》

 

やかましいツッコミと称賛を脳内から流し込みながら、俺は温かいスープを啜る女性たちの背中を遠くで見つめた。

理不尽な世界に踏みにじられた命の数だけ、俺が背負う因果も重くなる。だが――悪くはない。

この宇宙の特異点が選んだ道は、いつだって最悪で、最高に愉快だ。

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