SF世界で唯一の魔法使い。 作:おれっす。
ユーコクの故郷は、行こうと思えば首都から最短15分で行けるところにある──というと、まるですぐそこにあるかのように見えてしまうので、実際の距離はかなりある、と先に言っておこう。
昔なら、馬車で数週間はかかったものだ。
並の魔法使いでさえ、フルで飛んで一週間はかかっただろう。
だけど、今はもうファンタジーじゃないからな……。
ジャンルをSFへと鞍替えしたこの星には、転送装置というものがあった。
平たく言えば、瞬間移動装置だな。
これは星中に細かく設置されていて、それぞれが繋がっている。
俺達一般市民は、これに金を払って入るだけで、好きなところへワープできちゃう訳だ。
……まあ、今回それは使わなかったんだけど。
転送装置って、魔族と相性が悪いんだよな。
魔族と人間は似ているが、しかし決定的に違う生命体だ──特に、生まれながらに必ず魔力を保有しているというのが大きい。
いや、保有しているというより……自身の構成材料に、魔力があるというか。
俺達人間が、骨やら血やら肉やらで出来ているように、彼らは魔力で象られているのだ。
ただでさえ、魔力と科学は相性が悪い。
その辺のアレコレによって、魔族は転送装置で飛べないことの方が多かった。
だから──魔族が遠出する際は、エアバイクなんかを利用するのが主流なのである。
ユーコクが俺を頼ったのは、その辺が理由だな。
彼女は免許を持っていないのだ。
「ひゃっほ~! 相変わらず、店長さんのバイクは乗り心地最高ですね! もっと! もっとスピード出しましょう!」
「馬鹿お前、昔と違って制限速度とかあるんだよ。都市部を出るまでは我慢しろ」
「都市部を出たら破るつもり満々だ!? 事故だけは起こさないでよ? テンチョー」
「大丈夫だ、いざとなったら目撃者も事故もなかったことにしてみせるから」
「それは全然大丈夫じゃないと思うんだけど!?」
キャー! と両手を上げて喜ぶユーコクと、汗ダラダラで俺に叫び声を上げるバイトちゃん。
二人ともサイドカーに押し込んでいるのに、反応が対局的で面白いなと思った。
スピードメーターが100くらいのところを維持しながら、徐々に高度を上げる。
「おぉー、結構開発進んでるんだなー。この辺、前まではもうちょい田舎じゃなかったか?」
「店長さんの「前」がいつ頃を指すのか不明過ぎて、コメントしづらいですね……」
「テンチョーが大分昔とか言う時って、大体数百年とか前だからなあ」
「分かります分かります、困ってしまいますよね?」
「そーなの! この前もさぁ」
女三人寄れば姦しいとはよく言うが、それは二人でも変わらないな……と、ちょっとだけ思う。
ここに無理に割って入ったりすれば、針の筵になるのがオチだ。
俺は小さくため息を吐き、周りの景色へと視線を泳がせる──広がる町並みは、如何にも進化した文明都市という感じだ。
高層ビルに、立体道路。
幾十ほどのエアカーが、決められた航路を光の帯のようになって流れている。
もう少しだけ空を見上げれば、宇宙航行用の船がゆらりと飛んでいるし、あちこちに軌道エレベーターが見える。
昔は、ここらで最もデカい建物と言えば、城くらいなものだったんだが。
感傷に浸る訳ではないが、変わりすぎだろとも思う。
「ま、それも良きかなと言うべきか。時代は新しいものが常に象るものだしな」
「おや、それは古臭い魔族への悪口ですか?」
「や、お前な。そりゃどっちかって言えば、俺に一方的に刺さる言葉だろ……」
「ふふ、それもそうでした。店長さんは、何億年と生きていますものね?」
「それは盛りすぎ」
仮にそうだとしたら、俺はこの星が出来た時から生きてる計算になるじゃねーか。
かなりの爺であることは自負していても、そこまでではない。
「じゃあ、テンチョーって一体何歳なの?」
「さぁな、1000を超えてから数えてない」
「えぇ~? 勿体ないなー」
「もったいなくないの。数えても意味ない数字だよ、これまでも、これからも」
もうね、ここまで生きると若いとか若くないとか気にしない境地に入ってくるから。
何ならかなりどうでもいい──とか言ってるうちに。
「おぉー、ついに都市部抜けたな」
「わぉ、大自然だ~!」
「ここら辺は、魔力が在りさえすれば、昔と変わりませんね」
言って、ユーコクが懐かしむように目を細めた。
山、湖、森、川。
それらの大自然は、一時期は文明の発展によってかなり脅かされたが、そこからゆるりと時間をかけて取り戻された。
まあ、自分たちで滅ぼしかけたものを救ったって、別に褒められたことではないというか……。
当たり前の行動ではあるんだけどな。
規模が大きければ大きいほど、当たり前というのは難しくなる。
だから、「やるじゃん、人間」とは思っても良いだろう。
「それじゃ、目的地まで一気にスピード上げるから。舌だけ噛まないよう気を付けろよ」
「はぁ~い! やっちゃってください、店長さん!」
「事故って死ぬのだけは勘弁だからね!? テンチョー!」
「いや俺信頼なさすぎだろ」
言って、アクセルを踏み込む。
瞬間、スピードメーターは馬鹿みたいな振れ方をして。
エアバイクは、音を置き去りにした。
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「はい、とーちゃく。2人とも、気分はどうだ?」
「バッチリですよ、店長さん」
「い、意外と大丈夫……てゆーか、めっちゃ面白かった……!」
「そりゃ重畳」
プルプル震える指先を見ながら、何だか興奮してるバイトちゃんを尻目に、ユーコクへと目線を移す。
それを受けて、ユーコクは「こちらです」と俺達の先を歩いた。
ユーコクの故郷は──村と言って良いのか分からないほどに、寂れていた。
木造の小屋がちらほらと見受けられるが、人気(魔気と言うべきか?)は感じられない。
……まあ、魔族自体は他にもまだいるけれど、彼女の同族はもう、他にいないからな。
長い時間をかけて、魔族はその数を減らし続けている。
閑散とした森の中をついていけば、黒い屋根の小屋に辿り着いた。
「ふむ、十年以上振りですが──意外と綺麗に残っているものですね」
「ユリノア……お母さんが亡くなって以来か。帰ってなさすぎだろ」
「これでも100年ほど住みましたから、飽きてしまいまして」
「故郷に飽きたとかあるんだ……!?」
いやでも、田舎から都会に出た人が帰ってこようとしない……みたいなのと一緒なのかな? とバイトちゃんがぼやく。
まあ、概ねそんな感じだろう。
「ただいま、帰りました」
言いながら、ユーコクが扉に手をかける。
ぎぃぃ、と音を立てて扉が開けば、ぶわっと埃が舞った。
「ま……妥当だな」
「あ、ちょっ、テンチョーズルい! 風魔法で自分だけ守ってるでしょ!」
「目ざといな、バイトちゃん……ほれ。おすそわけだ」
「人間は大変ですねぇ──でも、中まで入る必要はありませんよ」
言って、ユーコクは玄関に飾られていた、妙な装飾を手に取った。
古びた羽根が差し込まれ、黒い石の嵌められた、小さな竜の頭蓋。
その表面には、魔族文字が刻まれている。
「……呪いの道具ですか?」
「ふふふっ、そう見えますか? でも残念──これは、魔除けです」
「まっ、魔除け?」
「ええ、あるいはお守りと言っても良いですが……どうです? バイトさん」
言って、ユーコクはそれを、より寄せてバイトちゃんへと見せた。
「これはですね。旅に出た魔族が、無事に帰ってきますように──という祈りの込められたものなのです」
「無事に、帰ってくるように……」
「母が昔、作ってくれたものです。ですから、帰ってくる必要があったという訳ですね。これだけは、持ち出そうと思っていたので」
目を瞑り、思い出すようにユーコクが言う。
一方、バイトちゃんの目線は、悩まし気に揺れていた。
「そんなのは寂しいと、バイトさんは言ってくれましたね──それは、正しい。わたしは確かに、少しだけ寂しいと感じています」
「……それなら。せめて、もっと。他の物も、持って帰るとか」
「いえ、いいえ。これだけで良いのです──故郷や、家というのはですね、物ではないのです」
バイトちゃんと目を合わせ、優しく諭すようにユーコクが言う。
「大事なのは、魔族──人なのです。一番重要なものは、場所や物ではなく、人にこそ宿る」
「……」
「だから、寂しいですが、構わないのです。わたしには、わたしの帰りを待つ人がいますので」
その言葉には、生きた分だけの時間が乗っていたからこそ、俺は何も言わなかった。
言えなかったと言っても良い──その意味が、俺には痛いほど、分かったから。
バイトちゃんにも、少しだけでも分かれば良いなと、そう思った。
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で、後日談。
あの気味の悪いお守りは、俺の店へと飾られることになったのだった!
「いや何で?」
「おや、ダメでしたか?」
「や、ダメとは言わないが……」
値札とかつけちゃだめなんだよね? と聞いたら、当然でしょう! と叱られた。
本当に当然だな。
「わたしは、10年前より天涯孤独の身です」
「知ってるよ」
「ええ、ですから。この世でわたしのことを深く知るのは、店長さんくらいなものです」
「それは初耳だ」
「初めて言いましたから──ですから」
トン、と地面を蹴って、ユーコクが空に浮く。
俺の前まで浮いてきた彼女が、フッと笑った。
「いつでもわたしの帰り、待ってくれますよね?」
「ま、そのくらいはな」
「ふふ。それならこのお店、決してなくさないよう、残しておいてくださいね? 帰る場所が、なくなってしまいますから」
「……善処はするよ」