聖剣使いイリス   作:使い手なない

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第3話 はじめての仲間

 

 冒険者になってから、およそ二か月が経った。

 

 地方都市リーヴェルの朝は、今日も賑やかだ。

 

 石畳の通りには荷馬車が行き交い、焼きたてのパンの香りが漂っている。

 

 その中を、一人の少女が軽い足取りで歩いていた。

 

 黒髪を左右で結んだハーフツインテール。右と左で色の異なる青と金の瞳。

 

 イリス・アストレア、十歳。

 

 彼女は今、冒険者ギルドへ向かっていた。

 

 この二か月、イリスは薬草採取や荷物運び、町の周辺での簡単な依頼をこなしてきた。

 

 時には魔物と遭遇することもあったが、無理に戦うことはせず、危険だと判断すれば引き返した。

 

 最初の依頼でフォレストウルフと戦ったときの恐怖は、今でもよく覚えている。

 

 だからこそ、油断はしない。

 

 ローザから教わった言葉を胸に、毎日少しずつ経験を積んでいた。

 

「おはようございます!」

 

 ギルドの扉を開け、イリスは元気よく挨拶した。

 

「あら、イリスちゃん。おはよう!」

 

 受付の女性が笑顔で迎えてくれる。

 

 最初の頃は緊張していたこの場所も、今ではすっかり馴染みのある場所になっていた。

 

「今日は依頼を受けに来たんですけど……」

 

「ああ、そうそう。ちょうどよかったわ。イリスちゃんにお話があるの」

 

「私に、ですか?」

 

 受付嬢は一枚の書類を取り出した。

 

「実はね、イリスちゃん、緑級への昇級条件をほとんど満たしているのよ」

 

「……えっ?」

 

 イリスは思わず目を丸くした。

 

「本当ですか!?」

 

「ええ。依頼の達成数も十分だし、報告も丁寧。問題行動もないもの」

 

「よかった……!」

 

 胸の前で小さく拳を握る。

 

 緑級になれば、受けられる依頼の種類も増える。

 

 つまり、それだけ報酬を得る機会が増えるということだ。

 

 ローザの治療費を稼ぐためにも、昇級は嬉しい知らせだった。

 

「それで、あと何をすればいいのでしょうか?」

 

「残っているのは、共同依頼の達成ね」

 

「共同依頼……?」

 

「ほかの冒険者と協力して、指定された依頼を達成するの。冒険者は一人で行動することもあるけれど、仲間と協力する力も必要だから」

 

「なるほど……」

 

 イリスは納得して頷いた。

 

 確かに、今までの依頼はほとんど一人でこなしてきた。

 

 誰かと一緒に戦った経験は、まだない。

 

「では、一緒に依頼を受けてくださる方を探さないといけませんね」

 

「そうね。ちょうど同じ条件を残している子が――」

 

「ちょっと待った!」

 

 突然、背後から元気な声が響いた。

 

 振り返ると、一人の少女が立っていた。

 

 赤みがかった茶色の髪を高い位置で結んだポニーテール。琥珀色の瞳は好奇心に満ちている。

 

 イリスより少し背が高く、いかにも活発そうな少女だった。

 

「あんた、今、共同依頼の話してたよね?」

 

「えっ? はい、そうですが……」

 

「だったら、あたしと組まない?」

 

 あまりに突然の申し出に、イリスはぱちぱちと瞬きをした。

 

「……ええと」

 

「あ、ごめん。まだ名前も言ってなかった!」

 

 少女は胸を張る。

 

「あたしはリオ! リオ・クラウゼル! 十一歳、白級冒険者!」

 

「私はイリス・アストレアです。十歳になります」

 

「十歳!?」

 

 リオが目を見開いた。

 

「えっ、あんた、あたしより年下なの!?」

 

「はい。そうですが……」

 

「へえ……!」

 

 リオはイリスを上から下まで眺めた。

 

「もしかして、フォレストウルフを倒したっていう子?」

 

「……え?」

 

「聞いたことあるんだよね。十歳で冒険者になって、最初の依頼でフォレストウルフを倒した女の子がいるって」

 

「そ、それは……確かに私ですけど」

 

 イリスは少し困ったように笑った。

 

「でも、あのときは本当に怖くて……。運がよかったところもあります」

 

「ふーん……」

 

 リオはじっとイリスを見つめる。

 

 そして、にっと笑った。

 

「決めた! やっぱりあんたと組む!」

 

「ええっ?」

 

「あたしも緑級に上がりたいんだけど、共同依頼がまだなの。ちょうどいいでしょ?」

 

「それは、そうですけど……」

 

「なに? あたしじゃ不満?」

 

「い、いえ! そんなことはありません!」

 

 慌てて首を振るイリス。

 

 その様子を見て、リオは楽しそうに笑った。

 

「じゃあ決まり!」

 

 受付嬢が二人のやり取りを微笑ましそうに眺めていた。

 

「ふふっ。それなら、ちょうどいい依頼があるわよ」

 

 そう言って、一枚の依頼書を差し出す。

 

『街道付近に出没するゴブリンの討伐』

 

 リーヴェルから少し離れた街道沿いの雑木林で、ゴブリンが目撃されているという。

 

 数は三、四体ほど。

 

 まだ大きな被害は出ていないものの、商人や旅人が襲われる前に対処してほしいという依頼だった。

 

「ゴブリンか……」

 

 リオが依頼書を覗き込む。

 

「どう? イリス。いけそう?」

 

「そうですね……」

 

 イリスは依頼内容を慎重に読み返した。

 

 複数の魔物を相手にするのは、これまでの経験から考えても簡単ではない。

 

 けれど、今回は一人ではない。

 

「リオさんは、どんな魔法を使うんですか?」

 

「あたし? 炎魔法!」

 

 リオは得意げに答えた。

 

「火の玉を飛ばしたり、炎の矢を撃ったりできるよ。近づかれるのはちょっと苦手だけどね」

 

「それなら、私が前に出て戦います。リオさんには後ろから援護していただく形で、どうでしょう?」

 

「へえ、あんた、前衛なんだ?」

 

「はい。剣術と風魔法を使います」

 

「いいじゃん! 相性よさそう!」

 

 リオは嬉しそうに拳を握った。

 

「よーし! さっそく行こう!」

 

「はい!」

 

 こうして、二人の初めての共同依頼が始まった。

 

 ◇◆◇

 

 街道沿いの雑木林までは、徒歩で一時間ほど。

 

 二人は並んで歩きながら、互いのことを話していた。

 

「へえ、イリスっておばあちゃんと二人暮らしなんだ」

 

「はい。小さい頃から、ずっとお世話になっています」

 

「魔法も教えてもらったの?」

 

「そうです。剣術も、おばあちゃんに教わりました」

 

「剣術まで!? すごいおばあちゃんだね!」

 

「ふふっ。私の自慢のおばあちゃんです」

 

 イリスは嬉しそうに微笑んだ。

 

「リオさんは、どうして冒険者になったんですか?」

 

「あたし? 強くなりたいから!」

 

 即答だった。

 

「強くなって、いろんな場所に行って、すごい魔法使いになるの!」

 

「素敵ですね」

 

「でしょ?」

 

 リオは得意げに笑う。

 

「イリスは?」

 

「私は……」

 

 イリスは少しだけ言葉を選んだ。

 

「おばあちゃんが病気なので、治療費を稼ぎたいんです」

 

「……そっか」

 

 リオの表情が少し変わった。

 

「じゃあ、頑張らないとね」

 

「はい」

 

「だったら、今日の依頼も絶対成功させよう!」

 

 リオは前を向き、元気よく拳を突き上げた。

 

 イリスはその横顔を見て、小さく笑った。

 

「……ありがとうございます、リオさん」

 

「もう! さん付けなんていらないって!」

 

「えっ?」

 

「あたしたち、これから一緒に戦うんでしょ? リオでいいよ!」

 

「ですが……」

 

「ほら、呼んでみて!」

 

 イリスは少し戸惑ったあと、口を開いた。

 

「……リオ」

 

「うん!」

 

 リオは満足そうに頷いた。

 

「それでよし!」

 

 イリスもつられて笑った。

 

 誰かと並んで依頼に向かう。

 

 それだけのことが、なんだか新鮮だった。

 

  ◇◆◇

 

 雑木林に到着すると、二人は足を止めた。

 

「この辺りだね」

 

「はい。足跡を探してみましょう」

 

 イリスは地面に目を向ける。

 

 柔らかな土には、小さな足跡がいくつも残されていた。

 

「……ありました」

 

「ほんとだ!」

 

 リオが身を屈める。

 

「こっちに続いてるね」

 

「ええ。ただ、足跡が複数あります。慎重に進みましょう」

 

「わかってるって!」

 

 リオはそう答えたものの、少しだけ声を落とした。

 

 二人は足跡を辿りながら、木々の間を進んでいく。

 

 やがて――

 

「……いた」

 

 リオが小声で呟いた。

 

 少し開けた場所に、三体のゴブリンがいた。

 

 緑色の肌をした小柄な魔物たちが、木の枝や石を手にして歩き回っている。

 

 イリスは木の陰から様子を窺った。

 

「三体ですね」

 

「うん。どうする?」

 

「私が先に出ます。リオは距離を取って、援護をお願いします」

 

「了解!」

 

 リオは右手を構えた。

 

 イリスも静かに魔力を集中させる。

 

 淡い光が集まり、その手に一本の剣を形作った。

 

「……わあ」

 

 リオが目を輝かせる。

 

「それがイリスの魔法?」

 

「はい。光剣です」

 

「すっご……! あとで詳しく教えて!」

 

「ふふっ。依頼が終わったら、ですね」

 

 イリスは微笑み、前を向いた。

 

「では、行きます!」

 

 地面を蹴る。

 

 風魔法による加速。

 

 一瞬で距離を詰めたイリスは、先頭のゴブリンへ光剣を振るった。

 

「ギャッ!」

 

 ゴブリンが倒れる。

 

 残る二体が驚いて振り返った。

 

「イリス! 右!」

 

 リオの声。

 

 右側のゴブリンが石を振り上げていた。

 

 イリスは身を捻り、その一撃をかわす。

 

「――《火球》!」

 

 背後から炎の球が飛来した。

 

 しかし。

 

「っ!?」

 

 炎がイリスのすぐ横を通過する。

 

 思わず足を止めたイリスの目の前で、火球が地面に着弾した。

 

 乾いた土が弾ける。

 

「ご、ごめん!」

 

 リオの焦った声が響いた。

 

「大丈夫です!」

 

 イリスはすぐに答えた。

 

 けれど、ほんの一瞬の隙を突かれ、ゴブリンが迫ってくる。

 

「くっ……!」

 

 光剣を構え直す。

 

 正面から振り下ろされた石を受け流し、横へ踏み込む。

 

 そのまま剣を振るい、二体目を倒した。

 

 残る一体が距離を取る。

 

「イリス!」

 

「はい!」

 

 今度は互いの位置を確認した。

 

 イリスは左へ回り込み、ゴブリンの注意を引く。

 

 リオは十分な距離を確保し、右手を突き出した。

 

「今度こそ――《火球》!」

 

 炎の球が一直線に飛ぶ。

 

 ゴブリンは逃げようとしたが、間に合わなかった。

 

「ギャアッ!」

 

 炎を受けたゴブリンが倒れる。

 

 やがて、辺りは静かになった。

 

「……終わった?」

 

 リオが息を吐く。

 

 イリスは周囲を見渡した。

 

「三体とも動きません。ですが、依頼書には四体いる可能性も書かれていました」

 

「あ、そっか」

 

「もう少し周囲を確認しましょう」

 

「うん!」

 

 二人は慎重に周辺を調べた。

 

 しばらく探索したものの、ほかのゴブリンは見つからなかった。

 

 足跡も確認し、少なくともこの付近に別の群れがいる様子はない。

 

「これなら、報告できそうですね」

 

「やったー!」

 

 リオが両手を上げた。

 

 しかし、すぐにイリスへ向き直る。

 

「……あのさ」

 

「はい?」

 

「さっきはごめん。あたしの魔法、危なかったよね」

 

 リオは少し気まずそうに目を逸らした。

 

「イリスが動く方向、ちゃんと見てなかった」

 

「……私も、リオが魔法を撃つタイミングを確認していませんでした」

 

「でも、あたしが――」

 

「次は、声を掛け合いましょう」

 

 イリスは柔らかく微笑んだ。

 

「そうすれば、きっともっと上手に戦えます」

 

 リオは一瞬きょとんとした。

 

 そして、にっと笑った。

 

「……うん!」

 

 差し出された拳。

 

 イリスは少し戸惑いながらも、自分の拳を軽く合わせた。

 

「次はもっと上手くやろうね、イリス!」

 

「はい、リオ!」

 

  ◇◆◇

 

 夕方。

 

 二人は冒険者ギルドへ戻っていた。

 

「ゴブリン三体の討伐を確認しました。周辺の調査報告も問題ありません」

 

 受付嬢が書類に目を通す。

 

「それでは――」

 

 イリスとリオは、思わず顔を見合わせた。

 

「イリス・アストレアさん。リオ・クラウゼルさん」

 

 受付嬢は笑顔で告げる。

 

「お二人とも、緑級への昇級を認めます。おめでとうございます!」

 

「……!」

 

「やったあああっ!」

 

 リオが歓声を上げた。

 

 イリスも思わず胸の前で両手を握る。

 

「ありがとうございます!」

 

 受付嬢から、新しい冒険者証が渡された。

 

 そこには、緑級を示す印が刻まれている。

 

 イリスはそれを大切そうに見つめた。

 

 冒険者になって二か月。

 

 ようやく、一つ上のランクへ進むことができた。

 

「ねえ、イリス!」

 

 隣からリオが顔を覗き込む。

 

「はい?」

 

「次の依頼も、一緒に受けない?」

 

 イリスは目を瞬かせた。

 

「……私と、ですか?」

 

「ほかに誰がいるのよ!」

 

 リオは笑った。

 

「今日、結構楽しかったし! あたしたち、相性いいと思うんだよね!」

 

「……ふふっ」

 

 イリスの頬が緩む。

 

「私も、楽しかったです」

 

「じゃあ、決まり!」

 

「はい!」

 

 イリスは嬉しそうに頷いた。

 

「これからも、よろしくお願いします。リオ」

 

「こちらこそ! よろしく、イリス!」

 

 二人は顔を見合わせて笑った。

 

 こうしてイリスには、初めての冒険者仲間ができた。

 

 ◇◆◇

     

「おばあちゃん、ただいま帰りました!」

 

 家に戻ったイリスは、いつもより弾んだ声で挨拶した。

 

「おかえり、イリス。今日はずいぶん嬉しそうね」

 

 椅子に座っていたローザが微笑む。

 

「はい! 聞いてください!」

 

 イリスは鞄から冒険者証を取り出した。

 

「緑級に昇級しました!」

 

「あらまあ!」

 

 ローザの表情が明るくなる。

 

「おめでとう、イリス。頑張ったわね」

 

「ありがとうございます!」

 

 イリスは嬉しそうに笑った。

 

「それから……今日は、もう一ついいことがあったんです」

 

「なあに?」

 

「友達ができました!」

 

 ローザは少し驚いたように目を丸くした。

 

「まあ、そうなの?」

 

「はい! リオっていう、一つ年上の女の子なんです。炎魔法が得意で、とっても元気な子で……!」

 

 イリスは今日の出来事を夢中になって話した。

 

 初めて誰かと一緒に依頼を受けたこと。

 

 上手く連携できず、少し危なかったこと。

 

 それでも二人で力を合わせて、依頼を達成できたこと。

 

 そして、また一緒に冒険しようと約束したこと。

 

 ローザはその話を、穏やかな笑顔で聞いていた。

 

「……よかったわね、イリス」

 

「はい!」

 

 イリスは大きく頷いた。

 

 冒険者になってから、毎日が新しい経験の連続だった。

 

 怖いことも、難しいことも、たくさんある。

 

 それでも。

 

 今日からは、一緒に笑い合える仲間がいる。

 

 イリスは胸の前で、新しい冒険者証をそっと握った。

 

 明日が、少しだけ楽しみになった。

 

 ――十歳の少女の冒険は、まだ始まったばかりだった。




ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。

今後とも『聖剣使いイリス』をよろしくお願いいたします。
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