日夜怪異は日常に魔の手を伸ばしている。
そんな街で暮らす佐藤さんと俺の話だ。
季節は夏。時刻は朝6時。
陽射しが強くて、朝方なのに歩くだけで少し汗ばむ。
変なアイマスクを着けて河原で寝ている男がいた。
俺はその人に近づいて、肩を優しく叩いて起こす。
「……ん、おはよう」
「また野宿ですか、佐藤さん」
佐藤さんは欠伸をしながら、眠たそうに目覚める。
「そうだよ。二条くんこそこんな時間にどうしたの?」
「差し入れです」
手に持つコンビニの袋を見せると、佐藤さんの目の色が変わった。
「マジ!?3日間、公園の水道水だったからクソ助かる!」
コンビニの袋を受け取った佐藤さんは早速おにぎりを取り出し、食べ始める。
「うん。おにぎりは鮭に限るね。ほら、よく言うじゃん。『シャケ、召喚』って」
「なんですかそれ……」
意味不明な発言と共に佐藤さんはおにぎりを食べ終える。朝食も取ってもらったところで、俺は本題に入ることにした。
「佐藤さん知ってます?最近の怪物騒ぎ」
「ん?ああ、鬼が出るって奴ね」
佐藤さんに怪物の噂を話す。
この街、洋間町には昔から怪物騒ぎか絶えない。
そして、俺の
「ソイツさ、人の言葉喋る?」
「ええ、まぁ……」
「じゃあ、なんて事はないよ」
佐藤さんは笑みを浮かべながら、三本指を立てる。
「ボクの尊敬する人の言葉、というか定義。人を恐怖させる物の条件が3つあんのよ」
『一つ、怪物は言葉を喋ってはならない。 』
『二つ、怪物は正体不明でなければいけない。 』
『三つ、―――怪物は、不死身でなければ意味がない』(※)
「言葉話してる上に鬼だって分かってるんでしよ。タネのバレた手品と一緒。ほら、もう怖くない。その時点で怪物失格なワケ」
「一般人だったら、鬼ってだけでビビると思いますけどね……」
佐藤さんは「そう?」と不思議そうに返す。
この人に恐怖というものはないらしい。
「とにかく、今回ばかりは佐藤さんは手を出さないで下さい。コレはウチの問題ですから」
俺は佐藤さんを見つめながら、真剣な表情で話す。
「うーん、そういうことならキミに任せようかな」
佐藤さんは立ち上がり、俺に背を向けて歩き出す。
「二条くん、差し入れありがとね」
佐藤さんは手を振って、別れた。
佐藤さんには任せられない。……いや、任せたくない相手だった。
その日の夜。俺は仕事着に着替えて、町のある場所を訪れていた。
足元にはひび割れた祠。
そして地面には内蔵がぶちまけられた男女が横たわっていた。
「極東のエクソシスト共が……オレをこんな所に400年も封印しやがって」
そこには胡座をかき、人肉を喰らう怪物がいた。
その怪物は筋骨隆々で毛深く、正しく化け物という姿をしていた。
オーガ。西洋の鬼だ。
「おい、復活してから何人食いやがった……!」
オーガは俺の方を振り返る。
「その魂の形、見覚えがあるぞ……。貴様、あのエクソシストの子孫だな」
俺の姿を見たオーガは人骨を吐き出し、立ち上がる。
コイツは俺の祖先が命懸けで封印した怪物だった。
何かの拍子か故意かは分からないが、とにかく先祖代々守り続けてきた封印は破られてしまった。
「先祖に代わって、俺がお前を祓う……!!」
俺は霊力を練る。一般人には見えない力の流れ。
それが刃を象って、俺の武器になる。
俺の家の始末は俺がつけなければいけない。
「堕ちたものだな、東洋のエクソシストも!貴様の先祖の方がまだ歯ごたえがあったわ!」
……誤算だった。
かなりの修行を積んでいたつもりでいた。
けれど、俺の力は規格外の化け物には通じなかった。
「……クソ」
追い詰められた俺はついに霊力も練れなくなった。
電池の切れたおもちゃのように地面に倒れる。
地面を揺らしながら、鬼は俺へ近づいてくる。
「ここまでか。なら、死ね」
オーガの拳が振り下ろされる。
……ああ。我ながら短い人生だったな。
「へーっ。流石洋間町。 洋モノも混じってるんだね」
その声に遠のいていた意識が戻された。
「なんだ貴様は」
「どうも、祓い師の佐藤でぇーす」
森の茂みから現れたのは佐藤さんだった。
「佐藤さん……どうして……!」
「朝のおにぎりのお礼だよ。それに知り合いに死なれちゃ後味悪いしね」
そう言いながら佐藤さんはオーガの目の前に立ち塞がる。
「ハハハ!貴様、大した霊力も持ち合わせていないではないか!この小僧共々、貪ってくれるわ!」
オーガの標的が俺から佐藤さんに変わる。
肉塊を作るべく、腕を振り下ろす。
「よっと」
佐藤さんは飛び上がり、オーガの攻撃を軽々とかわす。
「それっ」
佐藤さんは反撃とばかりに拳をオーガの身体に叩き込む。
溝落ちを殴られ、オーガの体勢が崩れる。
「小癪な……!!」
巨体から繰り出される素早いカウンター。
人間を軽く挽肉に変えてしまう拳の一撃を佐藤さんは人差し指で受け止める。
「何っ……!?」
「やっぱり強いんだ。鬼のパンチはいいパンチって言うしね」
佐藤さんは茶化しながらオーガの攻撃をいなした。
「それじゃあ、次はこっちの番」
それから一転して、佐藤さんが怒涛の攻めを始める。
オーガが防戦一方を強いられ続ける。
嵐を思わせる激しい拳がオーガを襲う。
十数秒も経たないうちに
……どちらが鬼神か分からない。
「何故だ!?このオレが、こんな奴に!?」
実のところ、佐藤さんの霊力は少ない。
有名な祓い師の家系であるにも関わらず、一般人程の霊力しか持ち合わせない佐藤さんがどうしてここまで戦えるのか。
俺なりの結論がある。佐藤さんが言った怪物の3条件。
それをあの人は信じきっているのだ。
もはや信奉の域に近い。
どれだけ強い人間でも、緊張や恐怖に飲まれてしまえば自身のコンディションは悪くなる。
俺でも怪異の類と戦う時は心のどこかで恐怖を感じている。
だが、佐藤さんは怪物と呼ばれるに全く恐怖を感じていない。
恐怖心がないということは100パーセント……いや、それ以上のパフォーマンスを発揮出来る。
人並みしかない霊力すら、伝説の僧侶並に届きうる。
一種のプラシーボ効果。
強烈な思い込みで彼は強大な力を得ているのだ。
「有り得ん……!こんな事が……!」
佐藤さんの怒涛の攻撃を受けて、遂にオーガが膝を付く。
反対に佐藤さんは息すら上がっていない。
力の差は明らかだ。オーガは佐藤さんに勝てはしない。
「なら、トドメ刺しちゃおうか」
サトーさんが腕をのばし、右手を銃の形にする。
構えた指先に霊力が集まってゆく。
「一度やってみたかったんだよねー。人差し指からぶっぱなすやつ」
「ふざけるな……!貴様なんぞにぃ!」
激昂したオーガが佐藤さんに向けて走りかかってくる。
「バイバーイ、洋モノ妖怪君」
霊力の塊がオーガを貫き、内側で爆発する。
「オ、オレがはら、われ、るなどと……!」
眩い閃光と共にオーガの身体が崩れてゆく。
そして魂そのものがこの世から祓われてゆく——。
「ふぅ。一仕事終わりっと」
「佐藤さん、俺……」
「今は何も言わなくていいよ。君は祓い師としての役目を真っ当したじゃないか。君が戦ってくれたから、僕は間に合ったんだよ」
……やっぱり佐藤さんには敵わない。
そう思っていた時、佐藤さんの携帯が鳴る。
ディスプレイの表示を見て、佐藤さんの顔がみるみるうちに青くなってゆく。
「ゲッ、オカンだ!」
オーガを圧倒していた余裕げのある態度はどこかへ行き、佐藤さんの情けなく謝る姿がそこにあった。
この人にとっての最大の恐怖は魑魅魍魎の怪物じゃなくて、自分の母親……なのかもしれない。
※ 『空の境界』蒼崎橙子のセリフより引用。
佐藤さん
旧姓寺田。寺生まれのTさんの元になったとされる人物の末裔。
数年前にデキ婚した上に婿入りした事で実家から追い出される。
最近祓い師として勝手に活動しているので母親に怒られまくっている。
一番怖いものは母親。
俺
本名 二条 智史《にじょう さとし》。
洋間町で怪物退治を家業にしている二条家の跡取り。
ある事件から佐藤と知り合い、親しくなる。