「女神様、あたってるのですが……」
「あてて……ごほん。そんなことより何か見落としていませんか?」
女神に召喚された一人の男子高校生、彼はチートスキルと共に剣と魔法の世界へと送られることになった。
しかしゲートを潜ろうとしたまさにその時、それは起きたのだ。
女神に後ろから抱き留めれ、そして促された視線の先には、アンケートボックス。
仕方なく、そう仕方なく、任意のアンケートに答えることになった彼は、正直に答えを書いていく。
その最後の項目は「女神によるお客様への対応はいかがでしたか?」だった。
彼は満点より一つ下、★2つに印をつける。
むにっ。
その時、背中に柔らかいものがまた押し付けられた……。
「では、セベットさん。あちらに見えるゲートを通れば、剣と魔法の世界カルロディアへと転移します。お気をつけていってらっしゃいませ」
ここは現実世界と切り離された女神の空間。
一人の男子高校生が女神によって召喚され、今まさに異世界へと赴かんとしていた。
彼の名は
この先の異世界で、冒険者セベットとして活躍し、その歴史に名を刻むことになる……予定である。
「はい、何から何までありがとうございます。女神ルピナシア様」
「いいえ。これもわたくしの務めですから」
女神が彼に向けて微笑んだ。
もちろん健全な男子であるセベットは、容姿端麗な女神の美顔スマイルにどぎまぎとして顔を赤らめる。
「えっと、その……いってきます!」
大きく宣言すると、その勢いのままゲートへと向かい歩き出す。
恥ずかしさのあまり、とても早足だった。
「あ、お待ちください、セベットさん」
「……え?」
しかしそこで女神に呼び止められる。
セベットは急停止せざるを得ない。
「そんなに急ぐと転びますよ? ゆっくりでいいですからね。ええ、ゆっくりいきましょうね。そうでないと、もしかしたら何か見落とすかもしれませんからね。いいですか、よく周りを見ながらゆっくりと歩いてくださいね?」
「……? は、はい。わかりました」
何度も念押しされる「ゆっくり」に対して、セベットは頭の中で疑問符を浮かべる。
(ま、いっか)
異世界への逸る気持ちを抑えながら、ともかくもセベットは女神の言う通りにする。
そう、とてもゆっくりとした足取りでゲートへと近づいていった。
☆
凱旋門を小さくしたようなゲート。
慎重な足取りで辿り着いたセベットは、そこで奇妙なものを見つけた。
(なんだ、あれ?)
街中で見かける小さな郵便ポストのようなものが置かれていた。
四角い穴の開いた、セベットの胸ぐらいの位置にある白い箱である。
「アンケートボックス……?」
その箱の前面にはそう書かれていた。
しかもその傍には、立ったまま何かを書くのにちょうどいい高さの机が用意されている。
さらに机の向こうの壁に横断幕が掲げられていて「アンケートにご協力ください(回答は任意です)」と大きく書かれている。
(別にいっか。早く行きたいし)
しかし任意ということは、強制ではない。
セベットはそのままその前を素通りして、ゲートへ向かおうと――。
むにっ。
「……え?」
その時セベットの背中に、なんだかとても気持ちいいものが触れた。
「待ってください、セベットさん」
首をぎぎぎと回せば、彼を抱き留めた女神の笑顔がその間近にあった。
「あ、あの、女神様……。その、あたってるんですが……」
「あてて……ごほん。そんなことより、何か見落としていませんか?」
むにっ、むにむに。
女神の素晴らしく豊満な胸が、セベットの背中へとぐいぐい押し付けられる。
するとゼペットは自然に回れ右をして、まるで誘導されるかのように身体が勝手に机へと向かっていった。
「どうでしょうか? 何かお忘れではないですか? 見落としていませんか?」
「あっはい。書きます、アンケート。……なので、その、離れて、いただけると……」
思春期真っただ中のセベットには刺激が強い。
どうしても少しだけ前かがみにならざるを得ない。
「まあ! ご協力いただけるんですね。本当にありがとうございます」
ささっと女神はセベットから離れた。
(おさまれ……おさまるんだ……)
女神に背を向けたまま、セベットは目を閉じてそう何度も念じていた。
☆
「ふう……」
いろいろ収まったことで気を取り直し、机の上を改めて見ればそこにアンケート用紙が置かれていて、ペン立てに鉛筆が何本か入っていた。
その中から一本を取り出しつつ、セベットは用紙に書かれている内容に目を向ける。
(ええと……まずは『転生は何回目ですか?』……え、何回もできるの?)
セベットは疑問を覚えながら「1回目」と書き込んだ。
(次は……『チートスキルは何を選ばれましたか』)
セベットは悩むことなく「無限成長」と書き込んだ。
(それから、『チートスキルの満足度はいかがですか?』……うーん?)
そこでセベットの手が止まる。
その項目の下に中身が空白の星マークが3個並んでいた。
用紙の下の方を見れば、評価の目安として「0個:普通以下、1個:良い 2個:とても良い 3個:最高」と書かれている。
(これ、レストランのアンケートみたいだな。でもスキルの満足度って言われても、まだ実感が……)
悩みつつもセベットは星を1つだけ塗った。
(次は……『チートスキルの選択肢は充分ありましたか?』……うーん、どうだろうな)
またもセベットは熟考し、そこで手を止める。
(強いて言えば、一番欲しかったのは定番の無限アイテムボックスなんだよなあ……)
セベットは星を2つ塗ることにした。
(ええと、次は……『女神によるお客様への対応はいかがでしたか?』……うーん)
ゆっくりとセベットは星を塗っていく。
1つ目、2つ目……そこで悩んで手を止めた。
(なんかこういうのって、最高評価ってなかなかしづらいんだよね。……よし、これでいっか)
そしてセベットが鉛筆を置き、紙を手に取ろうとしたその時だった。
むににっ!
「あの、女神様、また当たってます……」
「だから、あてて……ごほっ、ごほっ。セベットさん、しっかりと全部書いていただけましたか?」
「は、はい。全部、書きました」
「本当にですか? もう一度よく確認してください。特に最後の項目について、よーく見直してください」
むに! むにむにっ!
ふぅ~~。
「め、女神様、か、顔が近いです! 耳に息が……。わ、わかりました、わかりましたから!」
後ろから覆いかぶさるように抱き着かれているセベットは、もう一度鉛筆を手に取って最後の星を塗り潰した。
「ご協力ありがとうございます」
女神がセベットからぱっと距離を取る。
その隙にセベットは用紙を掴み取り、アンケートボックスへさっと投函した。
「では、いってらっしゃいませ~」
「は、はい、いって、きます」
セベットは完全に前かがみになってしまっていた。
そんな格好の付かない体勢で、女神の笑顔に見送られながらゲートをくぐっていったのだった。
☆
「やっほ~、ピノちゃ~ん」
セベットが無事ゲートを潜り抜けるのを見送ったその時、女神ルピナシアの背後の地面に丸い円が現れ、にゅっと小さな女の子が出てきた。
「クラレですか……何の用です?」
女神ルピナシアと同時期に女神となったクラレンテである。
彼女はあどけない笑みをきらきら輝かせていた。
「えへへ~、お話に来ただけだよ~」
「邪魔だから帰りなさい。次の方が、このわたくしを待っているのです」
振り返ったルピナシアの表情は、セベットに向けていた笑顔はどこへやら、むっとしてたいそう不機嫌だ。
「もう~、ちょっとぐらいいいでしょ~? ねえ、ねえ、ピノちゃん」
「なんです? 用件があるならさっさとしなさい」
「あのね~、そのアンケート、みんな書いてくれてる~? ボクのところはね~、5人に1人は書いてくれるんだよ~」
「ふん、その程度ですか。わたくしのところは全員書いてくれていますよ」
「おお~、さっすがピノちゃんだね~」
「ふふん、わたくしに掛かればこの程度、軽いものです。これはもうランキング1位確定で、上位への昇格も間違いないでしょう」
ルピナシアは仏頂面を収め、鼻高々に胸を張った。
大きな胸がぶるんと揺れる。
「すっごーい、おめでとう!」
それに対して小さなクラレンテは、ぱちぱちと大きな拍手を送り、まるで自分のことのように喜んでいた。
「そうでしょう。もっと褒め称えなさい。オーホッホッホ!」
もはや高笑いが止まらないルピナシアである。
そんなとき、ふと何かに思い至ったクラレンテが拍手を止め、右手に人差し指をほっぺにあてながら可愛らしい疑問符を浮かべる。
「でもさ~、ピノちゃん。どうやったら、みんなに書いてもらえるの~?」
「そんなの決まっています。美しい笑顔を見せればいいのです。わたくしの美貌をもってすれば容易いこと。……まあ、ガキンチョのクラレには無理でしょうけど」
「そっか~。でも、ボクもみんなに喜んでもらえるように頑張ってみるよ~。ピノちゃん、ありがと~! じゃあね~」
そして大きく手を振りながら、クラレンテは丸い穴から自分の領域へと帰っていった。
「さて、邪魔者はいなくなったしさっさと次を呼びましょう。同じような男子クンを探さないと……」
ルピナシアは空中に現れた画面を切り替えながら、次の召喚ターゲットとなるむっつりな感じの男子高校生を吟味し始めたのである。
☆
異世界カルロディア、とある国の王都にて、冒険者セベットは教会を訪れた。
「神父様、ありがとうございます。おかげですっかり良くなりました」
「いいえ、これも女神さまの思し召しでございます」
前回のダンジョン探索で軽い怪我を負ったため、その治療に訪れたのである。
「あ、女神さまの像にお祈りしていかないと……」
「ええ、是非、お願いいたします」
そうして治療室を出たセベットは、そのまま礼拝堂の奥へと向かう。
用事があるのか、神父もまた彼の後ろをついてきた。
「……あれ?」
そこにあったのは等身大の白い女神像。
「どうしましたかな?」
「女神さまの像、この前と変わってませんか?」
ただしセベットが久しぶりに見たそれは、豊満な胸が特徴の女神ルピナシアではなく、いろいろ小さなとっても可愛らしい女の子の像に変わってしまっていた。
「はい。先日お告げがありましてな、これより女神クラレンテ様が我らを見守って下さるとのこと。そのため各地の教会にある女神様の像は、新しい女神様のものへと変化したのです」
「では、女神ルピナシア様はどうなさったのでしょう?」
「上位神へと至られたのでしょう。我らよりも遥か高みの、尊き存在へとなられたのです」
「なるほど。それは素晴らしいですね」
納得したセベットは、女神像に向かって膝をつく。
両手を組んで、目を閉じて頭を垂れた。
(女神クラレンテ様、この世界にどうかご加護を……)
『は~い。セベットさん、がんばってくださいね!』
(……!! はいっ!)
セベットの瞼の裏に、女神のあどけない笑みが映る。
彼は女神の小さくて愛らしい姿にほっこりした。
「では神父様、失礼します」
「ええ、お気をつけて」
そしてセベットは教会を出た。
その直後のことだ。
「ううう、なんでわたくしがこんな雑用を……」
たくさんの落ち葉で埋まる玄関先を、一人のシスターが掃き掃除をしていた。
彼女の愚痴が風に乗って、セベットのところまで聞こえてくる。
(この人、どこかで見たことがあるような……?)
その風貌に既視感を覚えたセベットが立ち止まる。
「ピノさん、手が止まっています。早く終わらせてください」
すると年かさのシスターがやってきて、彼女のやる気のない仕事ぶりを叱り始める。
「セベットー! 早くしなよー!」
けれど、そこで待っていた仲間に呼びかけらたため、彼の意識はシスターから逸れてしまう。
「うんっ!」
セベットは気付かなかったが、落ち葉をしぶしぶかき集めるそのシスターの胸は、ちっとも揺れていなかった。
もしかすると。
セベットの背中に何度も押しつけられた柔らかいものは、実は
(おわり)