って約束されたのに一方的に破られたオリ主が、W杯ベスト8確定した試合後のインタビューで湿度高めの感情をお漏らしする話。

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第1話

 

 

 

父も母も、帰ってくるのがいつも遅かった。

 

フルタイム勤務が基本で、家に帰ってくるのは大体19時を過ぎてから。

 

残業したであろう日は、僕が眠った後に帰宅することも多々あった。

 

このご時世では珍しくもない共働きというやつで。

 

僕が所謂鍵っ子という奴になるのも、そう遅くはなかった。

 

小学生一年生になって、ランドセルと共に渡された家の鍵。

 

学校が終わった後は、自分たちが住む家に帰り、その鍵を使って中に入る。

 

最初は無邪気に喜んでた。

 

なんとなく自分が認められた気がしたっていうか、なんか自立できたっていうか。

 

…いや、大人の真似が出来て単純に嬉しかったのだろう。

 

意気揚々と帰宅しては、どうだと言わんばかりの顔で鍵を開けた。

 

でもそれを褒めてくれる人も、部屋で迎え入れてくれる人も勿論居ないわけで。

 

幼稚園の時は絶対に感じることがなかった、誰一人いない自分の家の静けさに違和感を持って。

 

家に帰るのが、なんとなく嫌になった。

 

 

 


 

 

 

一人で広い家に居るのは嫌だ。

 

かと言って別に他に行く所があるわけではない。

 

幼少期の僕は…というか今もあんまり変わってはいないが、あまり他の何かに興味を持つことはなかった。

 

どんなおもちゃや絵本を与えても大した興味を示すことはなく、父や母が一緒に遊んでくれるようになって漸く関心を向けるようになったとかなんとか。

 

そういう性格…ってやつなのかな?

 

あんまり、周りのことに興味を持てなかった。

 

だから、当時も何処かに行って時間を潰すっていう考えもなかった。

 

こんな性格だから友達らしい友達もいなくて。

 

必然的に、学校から帰っては日が沈みきるまで玄関のドアの前で座り込んでいた。

 

寂しいとかは、なかった。

 

いや…あったと言えばあったのかな?

 

やたらと静かな家が嫌っていうことは、他の誰かが居ればそれは解決できるし。

 

現にそれが解決したのも他者の介入があったからで。

 

でも、それを寂しいと感じれるような情緒が育ってなかったのかもしれない。

 

何を考えることもなく、ただ空を流れていく雲を眺めるだけの時間。

 

流れて、流れて、流れて。

 

気づけば空の色が、青から赤へ、赤から黒へ。

 

言語化ができない夜の匂いが鼻をくすぐってから、漸く家に入る。

 

そのまま部屋で布団に包まり、両親の帰りを待つ。

 

そんな日々がずっと続く筈だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、お前ヒマ?サッカーやらん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの日、君が声をかけてくれるまでは。

 

 

 


 

 

 

声をかけてきたその子は、酒寄朝日と名乗った。

 

聞くに同じ学校の同じ学年、更に僕の家の隣に住んでいた子だったらしい。

 

隣の家とかのご近所付き合いみたいなのについては、我が家はそんなに積極的ではなかった。

 

…というか、やる暇がなかったというのが正しいかな?

 

休日出勤とかも珍しくなかったし。

 

まぁそんなこんなでお隣さんのことを何も知らなかった僕は、大層驚いたわけだ。

 

いやだってさ、こっちのイエスノーを聞く前に僕の腕を引いて公園に向かい始めてたからね。

 

答えは聞いてないってやつかな?

 

しかも公園に着くや否や、いきなり僕に向かってボール蹴り出すし。

 

いきなりの展開に困惑してた上に、当時はサッカーどころかスポーツなんてやったことなかった。

 

そのせいか、朝日が蹴ったボールを僕は顔面で強かに受け止めることになった。

 

あれは痛かった…普通に泣き出しそうだったし。

 

流石の朝日も、これには慌てた様子を見せた。

 

駆け寄ってきた朝日に、涙を堪えながらサッカーをしたことがないことを僕は伝えた。

 

すると朝日は、目を輝かせて自分の胸を叩きながら、俺が教えてやると言ってきた。

 

まぁ子供だったからね、教えたいって欲が純粋に表に出たんじゃないかな。

 

それでも、朝日はあの時の朝日なりに真剣に教えてくれた。

 

ボールの蹴り方、ドリブルの仕方、トラップの仕方。

 

擬音混じりの説明を聞いて、やってる様を目に留めて、見様見真似でやってみる。

 

そうやって朝日が持ってきたボールに、足や体で触れ合って。

 

 

 

 

 

 

ドクン。

 

心臓が1回、大きな鼓動を鳴らして。

 

世界が、広がった。

 

 

 

 

 

 

冗談抜き、誇張抜きでそう言える。

 

大人になった後でもそう言えるくらいに、その時の感動は大きかった。

 

まるで、狭められていた視界が開けた様に。

 

色んなものが目に入ってきて。

 

色んなものが、カラフルに色づきだした。

 

ボールがまるで意思を持って自分に語りかけているようにも感じた。

 

世界はこんなに、広くて、美しいんだって。

 

ボールを蹴るたびに、心が躍った。

 

ボールを受けるたびに、胸が熱くなった。

 

気づけば、服に泥がつくのも、顔に滴る汗も気にしないで。

 

日が落ちるまでずっと、朝日とボールを追いかけていた。

 

楽しい。

 

凄い。

 

綺麗。

 

色づく世界の全てが、そこらの芸術作品よりも煌びやかに見えて。

 

よく見えるからこそ、次に何をしたら楽しいか、どうしたら面白いかが即座に頭に浮かんで。

 

浮かんでくる全部を試してみたくてしょうがなかった。

 

そして。

 

開けた視界の中でより一層。

 

こっちを見て楽しそうに笑う朝日の顔が。

 

この世の何よりも。

 

色鮮やかで、とても綺麗に見えた。

 

 

 


 

 

 

そこからは、サッカーにのめり込んだ。

 

家の玄関前で、焦って僕を探しに行こうとしていた母に駆け寄る。

 

どこに行っていたのなんて疑問に返すこともせず、息絶え絶えのままにサッカーをやりたいと伝えた。

 

一旦落ち着くために家に入って、再度何があったのかを父が帰ってきてからちゃんと説明した。

 

そして、自分の意思もはっきりと伝えた。

 

父も母も、サッカーをやることを咎めなかった。

 

というか寧ろ乗り気だった。

 

今まで何にも興味を示さなかった息子が、興奮冷めやらぬ様子でやりたいと伝えてきたのなら、それもそうか。

 

兎にも角にも、そこから僕のサッカー人生は始まった。

 

学校から帰っては、あれ程嫌っていた家の中に入って、着替えや道具の用意をする。

 

そうして準備を終えて家の前で待っていると、ボールを小脇に抱えた朝日がやってきて、今日もやるぞと言ってくる。

 

そして近くの公園に行って、日が落ちるまで二人でボールを追いかけ回す。

 

休日なんかはもっと凄い。

 

文字通り、朝から晩までずっとサッカーをやっていた。

 

酒寄さんや僕の両親が、何度怒りの表情を浮かべながら公園に迎えに来てくれたことか。

 

休日には、朝日の妹さんやお父さんが付き合ってくれることもあった。

 

妹さん...彩葉さんもサッカーが上手かった。

 

自画自賛になるけど、自分はかなりサッカーの才能があったらしく、朝日をはじめ他の人に教えられたサッカー関連のことはかなりの速さで吸収できた。

 

彩葉さんは、そんな僕と同じくらいの速さで技術を身に着けていっていた。

 

ただ本人にとってサッカーは遊びの域を出なかったらしく、気が向いたら程度の回数しか参加してくれなかったことを覚えている。

 

朝日のお父さんの朝久さんは、凄く優しい人だった。

 

懐が深いというか、器が大きいというか...誰かを包み込める優しさを持った、そんな人だった。

 

息子の友達である僕にも、気さくに話しかけてくれた。

 

一度だけ、朝久さんに頭を撫でられたことがある。

 

朝日と彩葉さんがサッカーで遊んでるのを見守りながら、木陰で二人して休憩していたとき。

 

ふと朝日との友好関係について聞かれた僕は、思っていたことを素直に伝えた。

 

朝日と関係を持つ前の心境や、朝日と友達になってからの充実、サッカーの楽しさ。

 

そして、朝日のどんなところをよく思っていて、どんなところが好きか。

 

当時はまぁ、小学生だったからね...特に恥ずかしげもなくペラペラ喋ってた記憶があるよ。

 

それを聞いた朝久さんは、嬉しそうに目を細めて朝日の方を見つめながら、そうかと言葉を漏らした。

 

その後に僕の頭を撫でながら、朝日とこれからも仲良くしてやってほしいと言ってきた。

 

頭に添えられたその手が、随分と優しくて心地よいものだったことはよく覚えている。

 

これ以外にも割と細かいことまで、思い出として僕の記憶に残っていた朝久さん。

 

ただサッカーの腕前はというと、そこまでではなかった。

 

サッカーに限らずというか、スポーツ全般がどうにも...。

 

いや、できないというわけじゃないな。

 

致命的なまでに体が弱かったという感じかな?

 

僕らと遊んでても5分もしないうちに息が上がっては、しょっちゅうベンチや木陰で休んでいたイメージがある。

 

今思えばこの時から既に...。

 

...いや、それはいいか。

 

兎にも角にも、僕と朝日は夢中でサッカーに打ち込んだ。

 

遊ぶもサッカー、学ぶもサッカー、話すもサッカー。

 

何をするにしても、朝日と一緒にいるときはサッカーに関することをしていた。

 

サッカーを通じて、僕と朝日の仲は急激に深まっていったのだった。

 

 

 


 

 

 

僕と朝日がやっていたサッカー。

 

それはいよいよ、遊びの範疇から逸脱し始めた。

 

まぁそりゃ毎日のように3時間以上もボールを蹴り続け、ひどいときは10時間近くもボールを追っかけてたわけだし。

 

流石にそこまで行くと、お互いの両親共々心配するわけで。

 

それと同時に、僕たちの熱意自体も感じ取っていた。

 

僕たちの行動範囲を制限しつつ、僕たちの熱意を尊重できる方法。

 

熟考の末に両親は、クラブチームへの参加を勧めてきた。

 

しかし、当時の僕はクラブチームというものをよく知らなかった。

 

説明を聞いてもよく理解できず、翌日学校で朝日に聞いてみた。

 

すると、話を聞いた朝日は目を輝かせた。

 

どうやら朝日も同じように両親からクラブへの参加を勧められたらしい。

 

もっと上手い人たちといっぱいサッカーができる。

 

そう言いながら、一緒にやろうと手を握ってきた朝日。

 

その時の朝日の目は、空に浮かぶ星のようにキラキラ輝いていた

 

ドクン。

 

心臓が一段と大きく高鳴った気がした。

 

前にもどこかで感じたことのある感覚。

 

そうだ、あの時だ。

 

初めてボールを触ったあの時だ。

 

世界が一気に広がったあの時と同じ感覚。

 

これに従えば、きっと、もっと。

 

楽しくなれる。

 

暴れる心臓と弾む息を抑えようともせず、僕は朝日に一緒にやろうと返事をした。

 

そこからの日々は本当に楽しかった。

 

クラブチームには色々な人がいたが、誰1人例外なく上手いと思える人だった。

 

サッカーの中で初めて会った、朝日以外の相手。

 

朝日とは違う色で、声で、感覚で、話してくる。

 

より一層、僕の見える世界が広がった。

 

これで行こう、これはどうだ、こうしたらどうする?

 

誰かと相対する度に、自身の脳の中にたくさんのアイデアが浮かんでくる。

 

朝日だけを相手にしてきた頃とは、文字通り桁が違う数。

 

いくら消化してもそれ以上のペースで増えていく、無限ともいえる数のビジョンに心が躍った。

 

そして何より楽しかったのは、朝日とそのビジョンを共有しながらプレーできたことだ。

 

今までは基本2人、多くて4人の少人数でしかサッカーをしたことが無かった。

 

4人でやる場合は、パワーバランスやらを考えて朝日と僕は別れてやってたし。

 

2人でやるなら、当たり前だが1対1だ。

 

そういった要因もあり、今まで朝日と仲間としてサッカーをしたことはなかった。

 

だから、初めて朝日と協力しながらサッカーをやった時、またあの感覚が蘇った。

 

世界がまた、一段と広がった感覚。

 

ここにボールが欲しい、次はここに、朝日はここに欲しいだろう、こうやって攻めよう。

 

ボールをやり取りしてるだけで、言葉は交わしていない。

 

なのにお互いの意図が、考えていることがまるでエスパーみたいにわかって。

 

まるでボール1個だけで、会話をしているみたい。

 

僕らが通じ合うためには、ボール1つさえあればよくて。

 

それさえあれば、二人でならどこまでだって行けるようにも思えた。

 

朝日がゴールを決める度に、僕がゴールを決める度に。

 

お互いの功績に喜び合って競い合う度に。

 

その実感はどんどん強まっていった。

 

事実それも、間違ってはいなかったのかもしれない。

 

朝日と僕が入って以降、そのクラブチームの成績は見違えるように変化した。

 

どれだけ劣勢でも、僕か朝日が試合に出れば状況は一変した。

 

僕と朝日が一緒になった試合なんかは、相手の保護者の方々から苦笑いが出るくらいには圧倒した。

 

勝率は何倍にも跳ね上がり、今までは一度もなかった全国大会への出場も5年生の時に初めてできた。

 

僕らにも限界はあるし、サッカーはチームスポーツだから優勝まではできなかったけどね。

 

それでも、自分たちの実力やそれを全国に振るった時の手ごたえは確かにあった。

 

目を閉じれば、今でも鮮明に思い出せる。

 

 

 

「ナイスパス、優!」

 

 

 

「優、こっち!」

 

 

 

「優、見とったか今の俺のシュート!」

 

 

 

「すっげー!今のどうやったんだよ、優!」

 

 

 

心のそこから楽しんでいるような声。

 

宝石のように眩く光り輝く笑顔。

 

触れ合った体から伝わってくる体温。

 

ユニホームについた土や芝の匂いに交じった、朝日の匂い。

 

全部が全部、僕の中で大切な思い出だった。

 

そして、初めての全国大会が終わった日。

 

夕暮れが差し込む河川敷の天端を通る道を二人で歩いていた。

 

大会を通して自分が全国に通用することを実感した朝日は、終始興奮冷めやらぬ様子でああすればもっと勝てたなと試合の反省をしていた。

 

その様子を眺めながら適度に相槌と返答をして、二人並び帰路につく。

 

そうしているだけでも僕は、十分幸せだった。

 

でも朝日は、違った。

 

 

 

「なぁ優、知ってるか?今の日本ってW杯だとベスト8に行ったことないんやって!」

 

「...そう、なん?」

 

「せやで~!前回のW杯もな~、ベルギーに最後の最後で逆転されたんよ!」

 

「...へぇ~、それは残念、やね。」

 

「残念どころじゃないねん!俺は悔しすぎて寝れんかったよ!」

 

「...夜更かしは、駄目、だよ。」

 

「う゛っ...わ、わかってるわ!じゃなくてぇ!優、俺はな!」

 

「...?」

 

「将来日本代表になって、日本を絶対にW杯でベスト8にさせたる!」

 

「...凄いけど、できる、かな?」

 

「確かに難しい事だと思う...でも、優がいれば!俺はできると思うねん!」

 

「...僕、が?」

 

「せや!優と俺が揃えば、日本中...いや世界が相手でも戦える!」

 

「...僕と、朝日で...。」

 

「やから、優!お前も俺と一緒に日本代表になって、日本サッカーの歴史を変えんねや!」

 

 

 

 

 

 

「俺には、優が必要やねん!一緒にやろうや!」

 

 

 

 

 

 

朝日は、隣に立つことを求めた。

 

後ろで見守るんじゃなくて、一緒に走ることを求めた。

 

そして何より、僕がする何か以上に、僕自身を一番強く求めてくれた。

 

ドクン。

 

心臓が高鳴る。

 

ドクン、ドクン。

 

いつもより大きい音で、何回も。

 

全身に血が巡って、沸騰しそうなくらいに熱かった。

 

顔も耳も真っ赤になっていたと思う。

 

昔から外にいる時間のわりに日焼けしなかったから、肌の白さも相まってかなり目立っていただろう。

 

それでも、そんなこと気にならないくらい。

 

興奮した。

 

嬉しかった。

 

 

 

「...う、うん!やり、たい!ぼ、僕も、朝日とい、一緒に...やりたい!!!」

 

 

 

暴れる感情のままに、喉から出てくる言葉を整えることもせず口にする。

 

そんな拙い同意でも、朝日は嬉しそうにしてくれた。

 

朝日が僕の腕を握って走り出す。

 

掴まれた手の暖かさと、差しこんだ夕日に照らされた朝日の笑顔は、多分二度と忘れられないだろう。

 

そこからは、より一層サッカーにのめり込んだ。

 

学校に行く前に、二人で朝練をするようになった。

 

クラブの練習時間以外にも、サッカーをするようになった。

 

その時も、二人で色々調べながら考えたメニューやノルマをこなすようにした。

 

きつかった...とは思う。

 

家に帰ったら自分の部屋にたどり着く前に、廊下でそのまま泥のように眠ってたし。

 

でも、それ以上に楽しいが勝っていた。

 

自分達の実力がめきめきと上達していくのが実感できたし。

 

純粋にできることが増えたことでプレーの自由度も上がった。

 

最終学年である6年生での大会も、良い成績を収められた。

 

中学生になってからはカテゴリーが上がって、より上手い人たちと競えるようになったし。

 

U-15の日本代表の監督からも、声をかけてもらうことができた。

 

全部が順調で、上手くいっていた。

 

このまま二人でサッカーを続けて、いつか一緒に日本代表になって。

 

もっと、もっと、二人で一緒に、高いところへ行ける。

 

そう、信じて疑わなかった。

 

そんな充実していて幸せだった日常が音を立てて崩れていったのは、中学1年生の冬の時期だった。

 

 

 


 

 

 

朝久さん──朝日のお父さんが亡くなられたらしい。

 

信じがたい様な言葉を両親の口から聞いたのは、クラブの練習が終わった後だった。

 

その日は珍しく、朝日が朝練にも学校にも、そしてクラブの練習にも顔を出さなかった日だった。

 

理解が追い付かなくて3回は聞き直したが、勿論聞き間違いなどではなく。

 

それから2、3日が経過して、朝久さんの葬式が行われた。

 

沢山の人が参列に訪れて、朝久さんに最後のお別れをしていく。

 

両親に倣って朝久さんに手を合わせて焼香をする。

 

棺桶は小窓が開いておらず、朝久さんの顔は見えなかった。

 

焼香を終えて、遺族である朝日達に挨拶をする。

 

彩葉さんは、大きな瞳を揺らしてボロボロと涙を流していた。

 

お母さんの紅葉さんはいつものようにキリっとしていたけど、目元がいつもより腫れていた気がする。

 

そして朝日は、見たことないような表情をしていた。

 

いつもの明るさや無邪気さは鳴りを潜め、故人を思ってただ静かに悲しんでいる。

 

大きく声を上げることも、涙を流すこともなく。

 

 

 

「あ...さ、ひ...?」

 

 

 

あまりの変わり様に、僕は震える声で朝日を呼んだ。

 

朝日は軽く頭を下げた後、悲しさが残る表情のまま少しだけ笑みを浮かべた。

 

そんな顔、見たことない。

 

僕の知ってる朝日は、いつも笑ってて、面白くて、明るくて。

 

それこそ名前のように、太陽みたいな人で。

 

 

 

「...来てくれてありがとうな、優。父さんも、喜んでくれてると思うわ。」

 

 

 

そう言う朝日の表情に、朝久さんの姿が重なる。

 

知ってる優しさと、知らない朝日。

 

何でそんな顔するの?

 

何で泣かないようにしてるの?

 

何で朝久さんの真似をしてるの?

 

頭に浮かぶる疑問と、拭いようのない違和感。

 

そして今更になって湧いてくる喪失感も相まって、僕は涙を流した。

 

僕の頬から滴り落ちる涙を、ハンカチで拭ってくれた朝日。

 

向けられた優しさに何故か心が痛くなって、余計に涙が溢れた。

 

違う、違うよ朝日。

 

優しくしてほしいんじゃない、取り繕ってほしいんじゃない。

 

一緒に泣いてほしいんだ。

 

我慢しないでほしいんだ。

 

それがちゃんと言葉にできれば、変わっていたことが何かあったかもしれない。

 

けど結局、伝えれなかったことだけが事実として僕の心に残った。

 

朝日がその表情の裏で何を考え、何を思って。

 

どれだけ傷ついていたのか。

 

それを推し量ろうとするには、当時の僕はあまりにも子供過ぎた。

 

 

 


 

 

 

朝久さんが亡くなってから、朝日は変わった。

 

まず、クラブの練習に来なくなった。

 

本人曰く、家の事をしなきゃいけないからとのこと。

 

実際、酒寄家は葬式以降かなり忙しそうにしていた。

 

紅葉さんも色々と手続きやらなんやらで忙しいから、純粋にクラブに関しての時間を裂けないだけ。

 

それが落ち着けば恐らく、朝日もクラブを辞めることになる。

 

クラブのコーチ陣がそんな世間話をしているのを、練習中に耳に挟んだ。

 

辞め...ちゃうの、かな...。

 

僕の心は不安で満ち溢れていた。

 

朝日と最後にサッカーをしたのは葬式以前。

 

それ以降はずっと、朝日がいないサッカーを僕はし続けている。

 

朝日のいないサッカーは、本当にサッカーなのか疑いたくなるくらいつまらなかった。

 

だからもし朝日がサッカーを辞めるのなら、僕がそれ以降やるサッカーはずっとつまらないものになる。

 

そうなってしまったら、僕はどうなるのだろう。

 

楽しいサッカーがあるから、今までの生活は充実していた。

 

サッカーに出会わなかった生活がどうなっていたかなんて、考えたくもなかった。

 

もっと上手くなって、もっと強い人と戦って、もっと高いところへ行きたい。

 

嫌だ、嫌だ、嫌だ。

 

僕はまだ、楽しいサッカーを失いたくない。

 

そんな、ひどく独善的な動機で、僕は朝日の家の門を叩いた。

 

いつもだったら..二人で朝練に打ち込んでいるであろう時間帯。

 

対応してくれたのは紅葉さんだった。

 

色々と忙しいのだろうか、いつもの表情や雰囲気の裏に少しだけ疲れが垣間見えた。

 

急に申し訳なさが湧いてきて口ごもってしまう僕を気にすることなく、紅葉さんは朝日を呼びに行った。

 

少しの間待っていると、朝日がドアを開けて出てきてくれた。

 

朝日は落ち着いた声のまま、僕に挨拶をした。

 

ここ最近の朝日はいつもそうだ。

 

いつもの明るさが無くなって、常に落ち着き払っている様子だ。

 

学校でもそうしている。

 

休み時間になったら真っ先に外に出て遊びに行っていたのに、今では終始自分の席から窓の外を眺めるようになった。

 

まるで、朝久さんになろうとしているみたい。

 

僕はそれが、どうしようもなく嫌だった。

 

朝日の屈託のない笑顔が好きだった。

 

朝日の太陽みたいな明るさが好きだった。

 

朝日の年相応なやんちゃ加減が好きだった。

 

でも、今の朝日はその逆で。

 

無理して大人を装っているように見えた。

 

どうすれば、朝日はちゃんと笑えるんだろう。

 

子供ながらに一生懸命考えてひねり出した回答。

 

それがサッカーだった。

 

僕とサッカーをしていた時の朝日はいつも笑っていた。

 

だから、僕と一緒にサッカーをすれば、朝日はまた笑ってくれる。

 

今までやってきたのだから、僕にはそれが、きっとできるはず。

 

それに、サッカーをやれば少し位は気がまぎれるかもしれない。

 

お父さんを亡くした辛さも、少しの間なら忘れられるかもしれない。

 

楽しいサッカーを失いたくないという私欲。

 

朝日に笑っていてほしいという気持ち。

 

自分ならできるという自信。

 

色んな思いが混ざり合ったまま、出迎えてくれた朝日に声をかける。

 

けど、長年他人とのコミュニケーションに非積極的だったのが仇になったか。

 

 

 

「あさっ...ひ!そ、その...えっ、と...。」

 

「...さ、サッカー...やら、へん...?」

 

 

 

大丈夫?

 

心配してる。

 

相談してよ。

 

かけたい言葉は山ほどあったはずなのに。

 

口から出てきたのはしどろもどろな文字の数々と、蚊の鳴くような声での誘いだけ。

 

そんな誘いを、朝日は優しい口調と少し違和感のある笑顔で断った。

 

気を遣わせたと、なんとなく理解できた。

 

ボールを介することでしか雄弁に語れない自分自身に嫌気がさす。

 

言葉に詰まりながらそっかとだけ返して、朝日の家を後にした。

 

朝日に誘いを断られたのは...いや、そもそも誘ったこと自体が初めてだった。

 

いつもは朝日が手を引いてくれた。

 

初めてあったあの時から、ずっとそう。

 

だから勿論、断られることだって初めてだった。

 

チクチクと胸の奥が痛む。

 

それでも体は思いのほか勝手に動くようで。

 

僕の両足は、今日の練習メニューのノルマをこなすために公園へと向かって動いていた。

 

公園で一人、ボールを蹴りながら考える。

 

朝日との今までのような関係は、ここで終わってしまうのだろうか。

 

コーチ陣の世間話の内容が頭をよぎる。

 

不安は大きくなるばかりで、だけどそれを解消する手立てがない。

 

夜にベットで目を瞑っても、嫌な想像ばかりしてしまう。

 

私欲と気持ちと自信と、言語化して区別できていた内訳がぐちゃぐちゃになって一体化する。

 

もう自分でも、何を不安に思っているかすらわからなくなってきた。

 

 

 

「…な、んとか、しなきゃ…。」

 

 

 

焦る気持ちを表すように、呟いた声は震えていた。

 

でもどうすればいい?

 

どうすれば朝日は笑顔でいてくれる?

 

そんなこと今までわざわざ考えなくてもよかった。

 

だから、そんな方法思いつくわけなくて。

 

結局僕には、サッカー以外の選択肢が無かった。

 

ボール1つで何処までも行けると錯覚した僕は、ボール以外で触れ合う方法を学んでこなかった。

 

その弊害が、露骨に顔を出してきている。

 

何度も。

 

何度も。

 

何度も。

 

朝日をサッカーに誘った。

 

こうすれば朝日が笑ってくれる(これしか朝日が笑ってくれる方法を知らない)から。

 

いつかきっと、またあの時みたいに笑い合えるって。

 

何度も。

 

 

 

「ごめん!まだちょっと余裕なくてな、また誘ってくれや。」

 

 

 

何度も。

 

 

 

「ごめんな、優。今、そないな気分ちゃうねん…。」

 

 

 

何度も。

 

 

 

「…あ〜…悪い、今日も無理や。………なぁ、優…いや、なんでもあらへん…。」

 

 

 

朝日が戻ってきてくれると信じて。

 

 

 

「………いい、やらん。……………もう、誘ってくれなくても、ええで?そんな、なぁ?虚しいやろ…お前も………。」

 

 

 

朝日に声をかけ続けた。

 

人は、失敗から学ぶ生き物だ。

 

だから成長していく上で必ず、失敗をすることがあるし、その必要もあるとは思ってる。

 

でもさ、神様っていうのがいるんだったら。

 

酷いよなって思うよ。

 

朝日のお父さんの件もそうだけど。

 

今じゃなくていいじゃん。

 

なんで今なんだって。

 

 

 

 

 

 

「ええかげんにせぇよお前!!!」

 

 

 

 

 

 

なんで、よりによって朝日で失敗しなくちゃいけなかったんだって。

 

他の誰かで良かったじゃん。

 

朝日でだけは、失敗したくなかったのに。

 

そう思うと同時に、あの日の雨の冷たさを思い出す。

 

6月に入って梅雨時期になってきた頃。

 

少し小雨がパラつく日に、いつもの様に朝日をサッカーに誘って。

 

いつもの様に断られるかと思ったら、その日は違った。

 

違和感のある笑みを浮かべながら断りを入れる朝日はいなくて。

 

代わりに、身体を震わして怒りを露わにしている朝日がいた。

 

朝日に押されて尻餅をつき、濡れた地面と傘がなくなって体に降ってくる雨から、嫌に冷たい感覚が伝わってきた。

 

 

 

 

 

 

「サッカーサッカーうるっさいねん!」

 

「それしか言えん様になったんかお前は!あぁ!!?」

 

「ひっつき虫みたいにちょこまかちょこまか付き纏いおってぇ!」

 

 

 

 

 

 

朝日が怒ってるとこなんて見たことなかった。

 

ましてや、その怒りの矛先が自分になることなんて考えたこともなかった。

 

心の何処かで、驕りのようなものがあったのかもしれない。

 

朝日に嫌われることなんて、絶対にないって。

 

だから、朝日がお父さんの件で悲しんでることも。

 

そこから家族仲がギクシャクし始めたことに悩んでいることも。

 

険悪になる紅葉さんと彩葉さんとの間で、板挟みになって苦しんでいることも。

 

そんなこと一切知らないと、無神経に何回も誘ってくる大馬鹿者(僕)にイラついていたことも。

 

少しも、考えたこともなくて。

 

 

 

 

 

 

「鬱陶しいねん!!!失せろやぁ!!!」

 

 

 

 

 

 

その時に初めて気づいたんだ。

 

辛い思いをしてたのも、僕のことが嫌いになってたことも。

 

ナイフみたいな言葉に胸を貫かれて漸く。

 

呆然としていても、なんとなく自分が悪いことだけはわかって。

 

僕は謝罪の言葉を口にした。

 

 

 

「…っご、ご…ごめ……な…っい……。」

 

 

 

それも驚きと悲しさで震えていたせいで、どれだけ伝わったかも分からなかった。

 

ただ、今は目の前にいるだけでも朝日のストレスになることだけは分かったから。

 

尻餅をついた拍子に投げ出してしまった傘を拾い上げ、足早にその場を去った。

 

足を早める。

 

胸の痛みが増してきた。

 

足を早める。

 

視界がぼやけてきた。

 

足を早める。

 

引き締めた口の端から嗚咽が漏れ出した。

 

それでも体は、便利なことに勝手に動く様で。

 

本降りになり出した雨の中、メニューをこなすべく公園に1人で向かって行った。

 

その日初めて、メニューのノルマをこなすことが出来なかった。

 

 

 


 

 

 

あの1件以降、朝日と喋ることは無くなった。

 

学校で顔を合わせても、朝日は目を合わせようとしなかった。

 

多分、僕とは付き合いきれないと判断したのだろう。

 

そして僕自身も、朝日を苦しめていたという後ろめたさから、声をかけるのをやめた。

 

そうしていく間に疎遠になって。

 

気づけば顔を合わせることもせず、お互いに見て見ぬふりをする様になって。

 

クラスも別のクラスになって。

 

気づけば隣の家からも、朝日はいなくなっていた。

 

引越したのだろう。

 

一声くらいかけてくれてもよかったのに。

 

頭でそう考える自分を、無神経なやつに挨拶したいと思わないだろと押さえ込む。

 

去っていく朝日を引き止める権利は、僕には無いのだから。

 

そうして朝日という存在を失って。

 

僕はより一層サッカーに打ち込んだ。

 

理由はわからなかった。

 

でも頭の何処かで、サッカーすらも失ったら本当に不味いと警鐘が鳴らされていた。

 

漠然としていてかつ強烈な強迫観念に駆られ、僕は足元のボールに全てを投げ出し始めた。

 

その成果は、確かに身を結んだ。

 

U-15の日本代表にも呼ばれた。

 

高校の時には全国優勝もした。

 

日本のリーグでプロにもなったし。

 

今では海外のリーグでプレーしている。

 

A代表にも18の頃から23の今に至るまで、ずっと招集され続けた。

 

色んな人と、サッカーをした。

 

性別も人種も年齢も問わず。

 

色んな場面で、色んな場所で。

 

ボールを受けて。

 

ボールを蹴った。

 

でも不思議だね。

 

子供の頃の倍以上はボールに触っているのに。

 

子供の頃よりも、ちっとも楽しくないんだ。

 

嬉しくないんだ。

 

心が踊らないんだ。

 

ボールに触るたびに跳ねていた心臓も、今はただ大人しく一定のリズムを刻んで。

 

無限とも思えるくらいに湧き出てたアイデアは、あの頃から増えることはなかった。

 

ただただ、無感情で無関心にボールを蹴り出す。

 

チームに所属している以上は勝とうとするけど、その勝ちに対して喜びを感じなかった。

 

朝日がいなくなったあの日からずっと、僕のサッカーには色が無くなっていた。

 

心が錆びついた様に動かない。

 

 

 

「やったぜ桑田!!!全国優勝だぁ!!!」

 

 

 

高校で全国優勝した時も。

 

 

 

『途中交代で入ってきたのは桑田…今日がJリーグ初出場です。』

 

 

 

初めてJリーグの試合に出た時も。

 

 

 

『さぁ、桑田。これがエールディヴィジでのデビュー戦となります!』

 

 

 

海外のリーグで試合に出た時も。

 

 

 

『サイドから折り返して…中を使って、桑田の右足〜!!!前半32分、19歳の桑田がネットを揺らしました!これが代表初ゴールです!』

 

 

 

A代表の試合で初めてゴールした時も。

 

 

 

『大事なグループステージ初戦を戦っている日本。トップ下に入っているのは、オランダのリーグでプレーしている桑田。』

 

 

 

W杯の試合に初めて出た時も。

 

そして。

 

 

 

『時間的に恐らくこれがラストプレーになるでしょう。いい位置でのフリーキック……直接、狙っていったぁぁぁ!!!』

 

 

 

『後半アディショナルタイム!日本、桑田の左足で逆転!!!逆転です!!!ベスト8の進出になんとっ!!!日本、王手がかかります!!!』

 

 

 

『アディショナルタイム、目安の5分は既に過ぎていますっ…日本陣営は時計を指差してアピールしていますが……大きく蹴り出してクリアっ!…ここでっ!!!ここで試合終了の笛ぇ!!!』

 

『なんということでしょう!!!長年阻まれづけてきたベスト16の壁!!!2030年、このスペインの地でようやくその壁を打ち破り、ベスト8進出ですっ!!!』

 

 

 

朝日と誓った夢を叶えた時でさえ。

 

僕の心は、動くことはなかった。

 

ふぅっと息を吐きながら、異国の地の空を見上げる。

 

とんでもない形相で走ってきた代表の仲間たちの抱擁は、なんとか笑顔の仮面をつけて対応した。

 

僕の世界に朝日がいなくなってから10年。

 

それだけ時間も経てば、誤魔化しや処世術なんてものも覚えれてしまう。

 

揺れ動かない心を引きずりながら、バレない様に仮面をしてチームメイトと接する日々。

 

随分な変わり様に、自分でも少し笑えてきた。

 

そうこうしている間に時間は過ぎて、気づけば試合後のインタビューの時間になっていた。

 

本来ならキャプテンが対応する筈なのだが、何故か僕に白羽の矢が立ってしまった。

 

この試合のMOMが多分僕だからというので、気を利かせたのだろう。

 

余計なお世話だなぁと思いつつ、世間は多分それを求めてるだろうしと、頭の中で切り替えた。

 

インタビューの内容も、なんてことはない。

 

 

 

『桑田選手、遂に!遂にベスト8進出です!おめでとうございます!!!今の率直な気持ちをお聞かせください!』

 

「ありがとうございます。そうですね…まぁ、シンプルに嬉しいです。私も日本の歴史の1ページになれて、とても光栄です。」

 

『1G1Aの活躍、それによる日本の逆転という形でこの試合は幕を下ろしました!特に後半アディショナルタイムの、フリーキックからのゴールが特に印象的でしたが、ゴールが決まった時はどういうお気持ちでしたか?』

 

「そう、ですね…練習は沢山やってましたし、クラブでも同じシチュエーションで決めれていたので、自信はありましたね。でも、はい、嬉しかったです。」

 

 

 

よくある内容を話すだけで。

 

そこそこ慣れてしまっている自分がいた。

 

上っ面で浮かべている笑顔の裏で、いつもより疲れたななんて考えが浮かんでくる。

 

汗をユニフォームで拭いながら、次の質問を待った。

 

 

 

『今まで日本は、ワールドカップではベスト16が最高戦績でした。その事実を今夜、桑田選手の手によって塗り替えたと言っても過言ではありません!今の感動を、誰に伝えたいですか?』

 

 

 

──誰に。

 

そう言われた瞬間に、脳裏をよぎる笑い声。

 

小学生ながら頼りに見えた背中。

 

太陽の様な笑顔。

 

 

 

「あははっ…過言な気はしてますが、そうですね…支えてくれた家族とか…。」

 

 

 

あの日感じだ熱が、記憶の奥底から溢れようとしてくる。

 

まるで噴火口から迫り上がってくる火山の様に。

 

 

 

「怪我でサポートに回ってくれた選手とか、コーチとか、関係者の方々とか…。」

 

 

 

あの日々が忘れられない。

 

何をやっても、ふとした瞬間に思い出す。

 

朝日とボールを追いかけあったあの日を。

 

 

 

「そして、日本からスペインのこの会場にわざわざ来てくれたり…テレビとかで見てくれてたりしているサポーターとかに…そうですね…伝え………。」

 

 

 

時間が経てば埋まると思ってた。

 

忘れられると思ってた。

 

あの日についた傷も、痛みも、なにもかも。

 

 

 

「………………。」

 

『…?桑田選手?』

 

 

 

だけど、いくら経っても。

 

ずっと痛いままで。

 

どうすればいいかも分からないまま、ここまで来た。

 

ここまで、来ちゃったんだ。

 

来ちゃったんだよ。

 

ねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………あ、朝日……僕っ、1人で夢……叶えちゃ、ったよ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰に伝えたい?

 

そんなの1人しかいない。

 

君だよ、朝日。

 

本当なら、君は隣にいた筈だ。

 

この瞬間を一緒に分かち合ってくれたはずだった。

 

でも、今君はここにいない。

 

なんで?

 

誘ってくれたのは、手を引いてくれたのは君なのに。

 

君が近くにいなきゃ、ここまで来ても意味ないのに。

 

…あぁ、そうか。

 

今になって漸く分かった。

 

あの時の僕が何を恐れていたのか。

 

サッカーを失うことが怖かったんじゃない。

 

朝日との繋がりが無くなるのが怖かったんだ。

 

君と他人になるのが恐ろしかったんだ。

 

僕は君が、何よりかけがえのないものだと思っていたんだ。

 

今更分かったって、どうしようもないのに。

 

 

 

『え、えっ…と、すみません。もう一度…。』

 

「すみません、取り乱してしまいました。なんか…感動が押し寄せてきてしまって…。」

 

 

 

そう、どうしようもないのだ。

 

過去に戻ることなんて、無かったことになんて出来やしない。

 

この場に朝日がいないこと、それが揺るぎない事実なのだ。

 

出会いもあれば、必然的に別れがある。

 

それは準備の出来具合に関係なく、唐突にやってくることだってある。

 

それに抗い、繋ぎ止めることができなかった僕の落ち度だ。

 

悔やんで、悔やんで、悔やみ続けて。

 

抱えたまま、残りの人生を生きていくしかないんだ。

 

 

 

『えぇ……その、朝日…さん?というのは、お知り合いの方でしょうか?その方への、メッセージ?です…かね?』

 

「ははっ…聞かなかったことにして欲しかったんですけどね…。そうですね、なんていうか…まぁ…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕の一番で…隣にいてくれなかったアイツへの、負け惜しみ…です。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だって、もう嫌だって放り投げてしまうより、引きずって苦しんだ方がよっぽど良いと思ったから。

 

しょうがないんだ、もう。

 

朝日、僕はおかしくなっちゃったのかな。

 

おかしくさせられちゃったのかな。

 

どれだけ充実している様な日々を送っても。

 

それこそ幼い頃に誓った夢を叶えても。

 

君とサッカーしていた時が、一番楽しかった。

 

一番満たされてた。

 

この先ずっと苦しいのが分かっていても、あの日の思い出をずっと抱えていくことを選んじゃった。

 

進んで苦しみに行くなんて、そんな趣味ない筈なのに。

 

僕の心の全てが、君を求め続けている。

 

未練がましいとは自分でも思うよ。

 

もう10年も経つのに。

 

あの時の感覚を、ずっと追いかけている。

 

諦めきれないんだ、どうしても。

 

昼夜問わずに、今君がここにいたらって考えちゃうし。

 

ここにいない君への不満も、両の手じゃ数えきれないくらい湧いてくるんだ。

 

そう、だからこれは、負け惜しみだ。

 

君がいらないと遠ざけた僕という存在は、君が願ってた夢の舞台に立つほど大きくなったんだって。

 

君の逃した魚は大きかったんだって。

 

それを理解して、なんであいつがとハンカチを噛みちぎる勢いで悔しがってほしいんだ。

 

あいつと一緒にいればよかったって、後悔してほしいんだ。

 

今何処にいるかも分からない君に、そうやって思われることが。

 

 

 

──今の僕が望める、最大の幸せだろうから。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

「…うわぁ〜すっごい顔、これは相当拗らせてるね〜…。ていうか朝日だって。名前おんなじ…じゃん………朝日?こっぴどくフッた相手と出会したみたいな顔してるけど、大丈夫?」

 

「へぇあ!!?え、全然!?!?大丈夫ですけど!!?」

 

「何をそんなに慌てて………もしかして、この桑田って人が言ってるのって、実は朝日のことだったりして。」

 

「んべべべべべつべつべつそそそんそん、別にそげんことなかよ!!?」

 

「京都出身から博多出身にいつ鞍替えしたのさ…。ていうかその焦りよう、絶対そうじゃん。」

 

「い、いや、乃依…これは違くてだな……うおっほぉいあ!!?」

 

「着信音にビビり過ぎでしょ…。」

 

「う、うるさいねん……あれ、彩葉から?……はい、もしm」

 

『お兄ちゃんさぁ!!!今テレビでW杯見てるよね!!?この桑田さんって優君だよね!!?あんた優君に一体何したわけ!!?』

 

「い、いやそれはそのなんというか…その…。」

 

『そういえば毎日サッカー誘いに来てくれてたのに、急に来なくなったよね?それとあの見てる側が心抉られるような表情と何か関係あるってこと!!?事と次第によっては私の権力フルに使っt』

 

「あぁしまったぁ!!!急用があるのを思い出してしまったぁ!!!というわけで切るな!!!バイバイ!!!」

 

『あ、ちょっ、待てバカあn』

 

「ふぅ…危ないあぶな…………とはならないっすよねぇ…。」

 

「朝日?他の人にあんな表情させる様な事してたってこと?俺、事細かに聞かせてほしいんだけど?」

 

「あはは…どうぞお手柔らかに…………。」

 

 

 

その日の夜、東京都内にはあの黒鬼の帝アキラによく似た成人男性の悲鳴が轟いたとかなんとか。

 

 

 

 

 

 

 

 







桑田優
・女顔童顔で儚い系のクソ美人でカタメカクレ族、だが男。ちゃんとついてる。
・純粋なサッカーファンより顔ファンの方が遥かに多い。サッカー関連のコミュニティにおいて「桑田の顔ファン」は蔑称として使われている。
・結構なコミュ障。身内が亡くなっててんやわんやの人に向かって毎日の様にサッカーやろうと誘ってくる妖怪。
・めっちゃ拗らせてる。それを自分で理解した上で、その気持ちを抱いたまま溺死しようとしてる。それはそれとして朝日に後悔はしてほしいと思ってる。

酒寄朝日
・悪いと思ってるしこっちもこっちで普通に引き摺ってるし、たまに夢にも出てくるし、なんならトラウマになってて儚い系の人がちょっと苦手になってる。
・あんなことを言うつもりはなかったが、ヒートアップしてつい放ってしまった言葉の弾丸。あの時の桑田の顔が今でも脳裏にこびりついている。謝ろうとする度にその顔がリフレインしてしまい、そんな顔させるくらいだったら関わらない方がアイツのためだと仲直りを諦めた。
・関係が無くなった後もずっと桑田の活躍を追っていた。もう忘れられてるもんだと思ってたのに、地上波放送のしかもW杯でまさかの爆弾喰らって大焦りしている。隣に付き合ってる人いるんですけど?


駒沢乃依
・彼氏が過去になんかやらかしてたらしい。
・別に気にしてはいない。
・…気にしてない。
・………だから、気にしてないって!!!

酒寄彩葉
・あれ…なんかこの人見覚えが……あさ、あぁ!!?お兄ちゃんと昔遊んでた………ちょっと待てなんて顔してんだウチの兄は何をやらかしたんだおいおいおい!!!

桑田のファンダム(顔ファン)
・角をへし折られた哀れなユニコーンと化した。

桑田のファンダム(普通のファン)
・自分の推しが「初恋の人にこっぴどくフラれたけど、それでも心配かけたくないからと涙を必死に堪えて無理やり作った笑顔」みたいな顔を浮かべていたため気が気じゃなくなった。なんとかしてアサヒというやつを特定して、責任を取らせようと躍起になっている。

帝のファンダム
・一時騒然としたが流石にちゃうやろと鎮火した。でも結局本人だったのでまた燃えた。

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