夏の終わり、父さまが近隣の騎士家から稽古の相手を招いた。今度は子どもだけでなく、年配の武術教師も来るという。兄さんは知らせを聞くと、木剣の柄を巻き直した。
「嫌なの?」
僕が聞くと、兄さんは首を振った。
「教わることはあるだろうからな」
その答え方が、少し大人びていた。当日、庭には年の違う少年が四人並んだ。武術教師は、はじめに全員の立ち方を見た。兄さんの番になると、しばらく何も言わなかった。
「誰にその構えを習った?」
「兵舎の者たちです」
「そうか。無駄が少ない。だが、足が短いな」
兄さんは頷いた。
僕には、悪いところを言われたのに兄さんが少し嬉しそうなのが不思議だった。二人ずつ組み、木剣を打ち合わせる。兄さんは相手が踏み込む直前に身体をずらし、何度も攻撃を避けた。打ち返す動きも小さい。
「すごい」
僕が思わず声を出すと、見ていた少年が笑った。
「当てなきゃ勝てませんよ」
確かに、兄さんは打てるように見える瞬間にも、剣先を止めることがあった。教師が片手を上げて試合を止めた。
「レオンハルト。今のは攻められただろう」
「……はい」
「相手を見すぎると機会を失う」
兄さんは深く頭を下げた。
僕は横から見ていて、どちらが正しいのか分からなくなった。兄さんは相手の動きが見えているようなのに、なぜか前へ出ない。休憩中、兄さんは僕に水を持ってくるよう頼んだ。
「兄さん、どうして途中で止めちゃうの?」
「庭での稽古だからな」
「庭だから?」
兄さんは答えず、濡れた額を袖で拭いた。
「相手も怪我しない方がいいだろ」
僕は頷いた。
でも、ほかの少年たちは遠慮なく打っているように見えた。稽古が終わると、教師は父さまへ何か話した。
父さまの表情は硬かった。
兄さんはそれを離れた場所から見ていたが、僕が隣へ行くと、いつものように頭を軽く叩いた。
「お前は今日、退屈だっただろ」
「ううん。もっと見たかった」
「変な奴だな」
兄さんは笑った。
その笑い方だけは、少し疲れていた。
◇
客の少年たちは翌日も屋敷に残った。僕は母さまに言われ、昼食の前に彼らを庭へ案内した。兄さんは兵舎へ用事があり、まだ戻っていない。一人の少年が、壁に掛けてある練習用の木剣を手に取った。
「レオンハルト様は、いつもああなのですか」
「ああって?」
「剣を振る前に考え込んでしまう」
別の少年が笑った。
「怖いんじゃないか。弟君は神童なのに」
僕は、その言い方が嫌だった。
「兄さんは怖がりじゃない」
「勝負で前に出ない者は、そう見られますよ」
少年は悪気がないような顔をしていた。
でも、言葉は胸に残った。
昼食の席では、父さまが武術教師へ兄さんの様子を尋ねた。
「型はよく覚えています。見る目もある。ただ、決めるべきところで踏み込まない」
教師は言葉を選んでいた。
父さまは黙ったまま頷き、兄さんの皿へ目を向けた。
「聞いたな、レオンハルト」
「はい」
「迷いをなくせ」
兄さんはそれだけ答えた。
隣に座る僕には、どうして兄さんが何も言い返さないのか分からなかった。食事のあと、僕は兄さんを追いかけた。
「さっきの人たち、ひどいよ」
「何か言われたか?」
「兄さんが怖がりだって」
兄さんは足を止めた。
怒ると思ったのに、怒らなかった。
「そう思わせとけばいい」
「よくないよ!」
「アルヴィス」
兄さんは声を低くした。
「人の言うことを、いちいち気にするな」
「でも兄さんのことだもん」
兄さんは少しだけ目を伏せた。
「……ありがとな」
それから僕の肩を軽く押し、先に歩いていった。
僕は廊下に取り残された。
兄さんを守りたいと思った。でも、そのとき僕には、何から守ればいいのかさえよく分かっていなかった。