客人たちが帰る前に、もう一度だけ中庭で稽古があった。兄さんは同じ少年と向かい合った。最初の打ち合いで、相手の木剣が兄さんの肩をかすめた。兄さんはすぐ半歩退き、足を立て直した。
それを見ていた少年の一人が、昨日と同じことを言った。
「やっぱり、踏み込めないんですね」
僕は我慢できなかった。
「兄さんは、ちゃんと見てる!」
声が庭に響いた。
みんながこちらを向いた。
「さっきだって避けたし、当てられそうだった。弱いわけじゃないよ」
相手の少年は目を丸くした。
「では、なぜ当てないのですか」
「それは……」
僕は言葉に詰まった。
兄さんならきっと理由を知っている。でも僕には説明できない。
「魔術ができるからって、剣も分かるつもりなのか」
年上の少年が言った。
僕は熱くなった顔のまま言い返した。
「分からないよ。でも、毎日練習してるのは知ってる!」
そのとき、兄さんが木剣を下ろした。
「アルヴィス、下がれ」
声は静かだった。
「でも」
「俺の稽古だ」
僕は口を閉じた。
兄さんは相手へ礼をして、残りの時間を続けた。最後まで大きく踏み込むことはなかった。客人が帰ると、父さまは僕を呼んだ。
「礼を失したな」
「……はい」
「兄を思う気持ちは分かる。だが、客を侮辱してよい理由にはならん」
僕は何も言えなかった。
父さまは叱り終えると、ため息をついた。
「相手を守ろうとして、相手の立場を悪くすることもある。覚えておきなさい」
僕はその意味を、すぐには分からなかった。夜、兄さんの部屋へ行こうとして、扉の前で立ち止まった。さっきの兄さんの声を思い出したからだ。
『俺の稽古だ』
僕は何度も手を上げ、結局、扉を叩かずに戻った。
◇
翌朝、兄さんはいつも通り中庭へ出ていた。けれど、僕が近づくと木剣を下ろした。
「昨日はごめんなさい」
僕が言うと、兄さんは少し驚いた顔をした。
「父さまに叱られたか」
「うん。でも、それだけじゃなくて」
僕は足元の土を見た。
「兄さんが嫌だったなら、謝りたかった」
兄さんはすぐには答えなかった。遠くで門番が声を掛け合っている。兄さんは木剣を立て、柄に両手を置いた。
「嫌だったのは、お前が俺の代わりに怒ったことじゃない」
「じゃあ、何?」
「お前に、俺が助けられる側にいると思わせたことかな」
僕は首を振った。
「兄さんは僕を何回も助けてくれたよ」
「そうだな」
兄さんは笑った。
でも、その笑みはすぐに消えた。
「俺だって、助けてもらってばかりじゃ格好つかないだろ」
「そんなの、気にしなくていいのに」
「お前には、まだ分からないかもしれない」
僕は少しむっとした。
「子どもだから?」
「俺も子どもだよ」
兄さんは思いがけず大きな声で笑った。
「今の身体じゃ、できないことも多いしな」
僕はその言葉を不思議に思った。今の身体、という言い方が妙だった。でも、兄さんはすぐに木剣を持ち直した。
「今日は稽古を見てていい?」
「いいよ。ただし、口は出すな」
「分かった」
僕は中庭の端へ座った。
兄さんは何度も踏み込んだ。動きは滑らかだったが、あるところで必ず止まり、次の足を慎重に置き直した。
しばらくして、僕は自分から声を掛けた。
「水を持ってくる?」
「頼む」
兄さんは僕の方を見ずに答えた。あの日から、僕は兄さんの稽古を見ても、すぐに褒めたり励ましたりしないようになった。何も言わずに隣にいることだって、少しは役に立つのかもしれないと思ったからだ。