【第18話 金髪の少女】
エレノア・ブランドンと初めて会ったのは、屋敷の庭だった。春になりかけた風がまだ冷たい日で、僕は母さまに言われて新しい外套を着ていた。
馬車から降りてきた少女は、僕より少し背が高かった。明るい金色の髪を後ろで束ね、飾りの少ない青い服を着ていた。父さまと並ぶ大人が、彼女の名を紹介した。
「娘のエレノアです」
少女は丁寧に膝を折った。
「初めまして、アルヴィス様」
「初めまして」
僕も頭を下げた。
そのあと何を言えばいいのか分からず、二人でしばらく黙った。母さまが庭を案内するよう言うと、エレノアは僕について歩き始めた。
「魔術がお得意だそうですね」
「練習してるだけだよ」
「私、魔術を見たことがありません」
「じゃあ、先生がいいって言ったら見せるね」
彼女は嬉しそうに頷いた。
庭の隅には、母さまが育てている白百合があった。冬を越した茎はまだ細く、土の中から新しい葉が少しだけ見えている。エレノアはそこにしゃがみ、葉へ触れそうになって手を止めた。
「この花、きれいですね」
「まだ咲いてないよ」
「咲く前の形も好きです」
僕は意外だった。花は咲いてからきれいになるものだと思っていた。
「母さまが大事にしてるんだ。前に枯れそうになったことがあって」
「助かったんですか」
「うん。僕が少しだけ」
言いかけてから、僕は説明に困った。彼女は急かさず、続きを待ってくれた。そのとき、兄さんが中庭から戻ってきた。僕が紹介すると、兄さんは礼をした。
「レオンハルトです。弟がお世話になっています」
「いえ。こちらこそ」
エレノアは少し緊張した顔になった。兄さんは僕へ目配せして、そのまま屋敷へ入っていった。
「優しいお兄様ですね」
彼女が言った。
「うん。すごく」
「アルヴィス様は、お兄様のお話になると顔が変わりますね」
「え?」
「さっきより楽しそうです」
僕は何だか恥ずかしくなった。別れ際、彼女は庭を振り返って言った。
「次に来るころには、百合は咲いているでしょうか」
「きっと咲くよ」
僕はそう答えた。
魔術を使わなくても、春になれば花は咲く。その当たり前のことが、その日は何だか嬉しかった。
◇
【第19話 婚約の裏側】
エレノアが帰ってから数日後、父さまは僕を執務室へ呼んだ。机には、ブランドン家の紋章が入った手紙があった。
「エレノア嬢とは話せたか」
「うん。花が好きなんだって」
父さまは少し驚いた顔をした。
「花の話か」
「魔術の話もちょっとしたよ」
「そうか」
父さまは手紙を指先で押さえた。
「彼女の家とは、これからもっと親しく付き合うことになるかもしれん」
「友だちになれるってこと?」
「……それに近いが、家と家の約束だ」
僕には意味が分からなかった。父さまは椅子から立ち、窓の外に広がる畑を見た。
「ランカスター家は豊かではない。冬に物資が不足することもある。ブランドン家には、南の街道を使う権利と取引先がある」
「じゃあ、冬に食べ物を運んでもらえるの?」
「話がまとまればな」
僕は嬉しくなった。雪で閉ざされた北の村のことを思い出したからだ。
「僕も何かするの?」
「大きくなったら分かる」
父さまはそう言い、話を終わらせた。廊下で母さまに尋ねると、少し困ったように笑った。
「エレノアさんと将来、家族になるお話が出ているのよ」
「家族?」
「まだ決まったわけではないけれど」
僕はびっくりした。
エレノアとは庭で少し話しただけだ。百合のことと、兄さんのこと。なのに家族になるかもしれないなんて。
「彼女は知ってるの?」
母さまは返事を急がなかった。
「きっとお家で説明されているでしょう。でも、あの子もまだ小さいから」
その晩、兄さんに聞いてみた。
「エレノアと家族になるかもしれないんだって」
兄さんは水を飲む手を止めた。
「……そうか」
「兄さん、知ってた?」
「そういう話が出るかもな、とは」
「なんで教えてくれなかったの」
「俺が話すことじゃないだろ」
兄さんは笑ったが、少しだけ寂しそうに見えた。
「僕、エレノアのこと、まだよく知らない」
「じゃあ、これから知ればいい」
「家のために?」
兄さんは僕の頭を軽く叩いた。
「お前が、話したいと思うなら」
その答えが、父さまのものよりずっと分かりやすかった。