帝都からの手紙が届いたのは、僕が九歳になった秋だった。赤い封蝋には、見慣れない細かな模様が刻まれている。父さまは封筒を開いたあと、朝食を半分残して執務室へ戻ってしまった。
昼過ぎ、僕と兄さんはそこへ呼ばれた。
「来年、アルヴィスは帝都で選別の儀を受ける」
「選別?」
「十歳になる貴族の子どもが、帝国に魔力の状態を届け出る儀式だ」
父さまは説明しながら、地図を広げた。屋敷から帝都までは、僕が思っていたよりずっと遠い。
「兄さんも行く?」
「今回はお前が主役だ」
僕が口を尖らせると、父さまは手紙の続きを読んだ。
「出発前に、帝都の監査官がこの領地へ来る。魔術の状態を確かめたいそうだ」
ヴォルクの授業なら毎日受けている。なのに、知らない人に何を確かめられるのか、僕には分からなかった。執務室を出ると、兄さんが僕の隣に並んだ。
「帝都からの人が来る日、俺は兵舎にいると思う」
「どうして?」
「稽古を休む理由にはならないからな」
「僕は試験なのに、兄さんは剣なんだ」
「お前にはお前の稽古がある。俺には俺のがある」
兄さんはそれだけ言って、兵舎へ向かった。僕は少し羨ましかった。兄さんは剣の稽古を続けているのに、僕は来年の儀式が決まっただけで落ち着かなくなっている。夕食のあと、兄さんに帝都はどんな街なのか聞いた。
「大きな橋があるらしいぞ」
「本当に?」
「帰ってきたら、どんな橋だったか教えてくれ」
そう言って兄さんは地図を広げた。僕は帝都へ続く道を指でたどった。遠い街へ行くのが少し楽しみになった。
◇
父さまの机の上には、帝都からの手紙のほかに、布や食糧を扱う商人の見積書まで積まれるようになった。僕が入ると、父さまは数字の並んだ紙を伏せた。
「勉強は順調か」
「うん。でも計算が難しい」
「なら、もっとよく習いなさい」
いつもの答えだった。
その日、ゴードン爺さんが倉庫へ来ていたので、僕は尋ねた。
「帝都へ行くのって、お金がたくさんいる?」
「護衛に馬、道中の宿、贈り物。安くはありませんな」
「僕が行かなかったら、節約できる?」
爺さんは驚いたように目を丸くした。
「決まりですから、それは難しいでしょう」
僕は少し考えた。
「でも、僕のためにたくさん使うんだね」
「……そうですな」
爺さんは帳面を閉じた。
「旦那様は、坊ちゃんの力がこの領地を助ける日が来ると信じておられます」
僕は嬉しくなかったわけではない。でも、村の橋を直すお金も足りないのに、帝都へ行くためには用意できるというのが不思議だった。夕方、父さまとブランドン家の使いの人が話していた。
エレノアとの約束も、僕が帝都へ行くことを前提に進んでいるらしい。僕は扉を通り過ぎようとして、父さまの声を聞いた。
「才能が認められれば、ランカスターは変わる」
僕は足を止めた。
それが本当なら嬉しい。
でも、才能が認められなかったら、どうなるのだろう。急にそのことが気になった。
夜、兄さんに聞いた。
「僕が帝都で失敗したら、父さまは困るかな」
「何を失敗するんだ?」
「魔術とか」
兄さんは少し考えた。
「お前がどんな結果でも、帰ってこられるように準備しておけばいい」
「父さまもそう思ってる?」
「……さあな」
兄さんは正直に答えた。
「でも俺はそう思ってる」
その返事を聞いて、僕は少し安心した。