監査官が来たのは、秋の雨が三日ほど続いたあとの朝だった。帝都から来たセヴェリンという男は二人の護衛を連れていた。父さまが僕を紹介すると、男は左手を借りたいと言った。指にはめられた小さな銀の輪が、呼吸に合わせて淡く光った。
「普段どおりに息をしてください」
僕が深く息を吸うと、光が少し強くなる。ヴォルクが燭台を置き、火の調律をするよう合図した。いつもの授業だ。そう思うと肩の力が抜けた。炎を小さく揃えたとたん、監査官の筆が止まった。
「……もう一度よろしいですか」
「失敗した?」
「いいえ。念のためです」
二度目は、火を動かす前から輪の光が強くなった。けれど、僕が炎に意識を向けるころには、その光は弱まっていた。セヴェリンは銀の輪を確かめ、数字を一つ書き直した。
「もう一度、お願いします」
三度目には、火を揃えてもさっきほど光らなかった。何が違うのか、僕には分からない。セヴェリンはしばらく考え込んでから、輪を布で包んだ。
「輪の反応が測るたびに変わったので、魔力量の正確な評価はできませんでした。ただ、炎を保つ際の魔力操作は非常に優秀です。同年代では、なかなか見られない精度でしょう」
父さまが本式の儀では分かるのかと尋ねると、セヴェリンは「そのための選別です」と答えた。検査が終わり、中庭に出ると、兄さんが年上の兵士と木剣を合わせていた。旅の護衛の一人も足を止めて眺めている。
兄さんは相手の動きに先回りしたが、最後は肩を軽く打たれた。
「そこまで」
兵士が笑い、兄さんは悔しそうに木剣を下ろした。護衛が兵士に何か尋ねた。兵士が兄さんの名前を答えると、その人は小さな手帳を開いていた。兄さんは気づかないふうで、また構えを直した。
昼食の席では父さまが検査の結果ばかり気にしていた。僕はそれより、さっきの木剣の勝負が気になった。
「兄さん、次は勝てそう?」
「見てたのか」
「うん。惜しかったよ」
「惜しいのは負けだ」
兄さんはそう答えて、僕の皿に残ったパンを一つ取った。監査官が帰っても、僕にはあの数字が何を意味するのか分からなかった。兄さんも結果を聞いてこなかった。
◇
監査官が帰った翌朝、僕は父さまの執務室に呼ばれた。机の上には、セヴェリンが残していった検査結果の控えがあった。数字の横には、僕には読めない印がいくつもついている。
「結局、僕の試験は失敗だったんですか」
父さまが口を開くより先に聞いてしまった。
「失敗ではない」
答えたのはヴォルクだった。
「銀の輪の反応が毎回違った。あれでは、今のお前の魔力量を正しく決められんというだけだ」
「じゃあ、僕の力が弱いのか強いのか、分からないの?」
「量についてはな。ただ、火を揃えたときの手つきは見た。あれだけ細かくマナを調節できる子は、そう多くない」
「銀の輪も、体内を流れる量の目安しか取れん。お前が何に向いているかまで、あの数字だけで決めるものではない」
先生は結果の控えを裏返した。
「大きな火を一瞬つけるのと、小さな火を長く保つのでも違う。帝都へ行くまでに、できることとできないことをもう少し確かめよう」
僕は昨日、三度もやり直した炎を思い出した。うまくできなかったと思っていたけれど、先生は別のところを見ていたらしい。父さまは紙を指で押さえた。
「それは、帝都でも認められるのか」
「正式な評価は選別を待つしかありません。ただ、操作の精度なら、同年代の中でも頭一つ抜けています。そこは自信を持ってよいでしょう」
父さまは少しだけ表情を緩めた。
「そうか。では、今までどおり励みなさい」
「はい」
部屋を出ると、庭から木剣の音がした。兄さんは今日も兵士に相手をしてもらっているようだった。
僕も勉強部屋へ戻った。
数字の意味はまだ分からない。でも、昨日まで練習してきたことは、無駄ではなかったのだ。ヴォルクが来る前に、僕は燭台を二つ並べた。今度は、昨日より長く火を揃えてみたかった。