父さまは帝都へ出す書類を増やし、ヴォルクは僕の授業を続けた。マルタは窓の隙間を塞ぎ、ゴードン爺さんは水路の冬支度で忙しそうだった。秋の終わり、爺さんが古い水路図を貸してくれた。赤い印は雪が降る前に直す場所だという。
「この曲がり角、どうしてこんなに遠回りなの?」
「昔は、ここに畑があったのです。道が変わっても、水路はそのまま残ったんですよ」
僕は感心して図を広げた。地面は同じなのに、人の使う道は変わっていく。兄さんは外で剣を振っていた。昼に戻ると、僕の広げた図の端を指した。
「その橋、軍の馬車も通るらしい」
「じゃあ壊れたら大変だ」
「俺たちの荷物も届かなくなるからな」
兄さんは馬車の通り道を考え、僕は水が溢れたときの流れを考えた。
「意見が違うね」
「見てるものが違うんだろ」
夕方、僕はヴォルクに調律の練習を見てもらった。炎を十二呼吸も揃えられたが、先生は褒める前に僕の手を確かめた。
「今度は一度消して、同じ大きさでもう一度灯してみろ」
二度目はうまくいった。三度目に火を強めようとすると、芯の油が急に燃え、僕は慌てて手を離した。掌が熱いのに、部屋は少しも暖かくならない。
「大きく出すことと、長く持たせることは違う。遠くの物へ働きかけるなら、また別の稽古が要る」
僕は帳面を開き、火の大きさ、続いた呼吸の数、指先が震えた回数を書いた。最近、熱の巡る場所が前と少し違う気もする。先生に言うと、成長に伴って感じ方が変わることはあるが、感覚だけで力が増えたと判断するなと叱られた。
「疲れたら休め。明日も授業はある」
その日は早めに切り上げ、ゴードン爺さんに返す図面を描き写した。火を揃えたことより、曲がった水路の意味が分かったことが嬉しかった。兄さんは夕食のあと、僕の図を一枚見た。
「いいじゃないか。爺さんにも見せてやれ」
「魔術と関係ないことを覚えてもいいかな」
「面白いなら、いいだろ」
そう答えて、兄さんは剣の手入れに戻った。僕はもう一度図を広げた。水の流れる先には、まだ知らない村がいくつもあった。
◇
誕生日が近づくと、母さまは夕食の献立を僕に尋ねるようになった。
帝都からは、十歳になった子どもを冬の定められた期間に順次調べるという通知が届いていた。出発は誕生日のあとだ。雪が深くなれば往路にも日数がかかる。父さまは馬車と宿を早くから手配していたが、僕には紙の上の予定より、目の前の菓子の方が気になった。
「何が食べたい?」
「甘い菓子。それと、ゴードン爺さんが話してた焼き栗」
「栗は用意できるかしら。聞いてみるわ」
母さまが笑ったので、僕も笑った。帝都へ行くのは緊張するけれど、誕生日まで嫌な日になるわけではない。エレノアから、薬草の絵が描かれた手紙が届いた。選別が終わったら、また白百合を見に行きたいという。
僕は春になったら庭を案内すると書いた。兄さんは返事を封筒にしまうのを手伝ってくれた。
「楽しみができたな」
「帝都から帰ったら兄さんも来る?」
「俺は邪魔じゃないか」
「そんなことないよ」
「なら、暇だったらな」
兄さんは僕の頭を小突いた。その日の夕方、庭で木剣を合わせた。二度続けて負けたので、僕は地面に座り込んだ。
「兄さんはどうしてそんなに強いの?」
「強くない。兵舎の連中には負けっぱなしだ」
「でも、僕には勝つ」
「お前は魔術の稽古をしてるからだろ」
たしかにそうだった。僕は起き上がり、木剣についた泥を払った。
「帝都で認められたら、もっと強い魔術を習えるかな」
「そうしたいのか」
「うん。魔術があれば、村の橋も直せるかもしれない」
「橋は、人が石を運ばないと直らないぞ」
「分かってるよ。だから、両方覚える」
兄さんは笑った。
「それなら忙しくなるな」
「兄さんも手伝ってよ」
「ああ。できることなら」
その返事が嬉しくて、僕はもう一度勝負をせがんだ。兄さんは今度も手加減しなかった。