十歳の誕生日を迎えてからしばらくして、僕は父さまに付き添われて選別の儀に出た。熱が引き、医師が長旅を許すまで待たされた。雪の残る街道を馬車で進んでいるあいだも、指先にあの温かさが戻ることはなかった。
宿屋で眠る前にも、いつものように胸へ意識を向けてみた。身体は動く。息もできる。ただ、マナを通していた道筋だけが、手の届かないところへ消えてしまったようだった。
出発前、父さまは医者に何度も確かめていた。受ける資格はあるのか。日を改められないのか。そう尋ねる父さまの声が、馬車の揺れの中で何度も頭に浮かんだ。儀式を執り行う側の答えは、変わらなかった。
広間には僕と同じくらいの子どもが並んでいた。祭壇には古い銀色の器具が置かれ、その周りを神官と軍の係官が囲んでいる。前の子が手を触れると、銀の縁に淡い光が走った。係官が数字を読み上げ、神官が記録する。
僕の番が来た。
「左手を、こちらへ」
言われたとおりに触れた。
金属は驚くほど冷たかった。以前の僕なら、指先の奥で小さな脈動を感じただろう。でも、何も起きない。
神官が一度器具を拭いた。
「もう一度」
僕は目を閉じた。ヴォルク先生に習った呼吸を思い出し、胸の奥へ意識を沈める。
ない。
探しても、探しても、どこにもない。
銀の器具は光らなかった。
「魔力循環、反応なし」
軍の係官が言い、記録欄へ短い線を引いた。それだけだった。僕は怒鳴られるのだと思っていた。神童として期待していた大人たちに問い詰められるのだと思っていた。
誰も僕を見なかった。
次の子どもが呼ばれ、係官はもう書類をめくっていた。父さまは僕の肩に手を置いた。押さえるような手だったのか、支える手だったのか分からない。帰りの馬車では、雪がずっと窓を叩いていた。
「父さま、ごめんなさい」
僕が言うと、父さまはしばらく黙った。
「謝ることではない」
答えは正しかった。
けれど、父さまはそれ以上、僕を見なかった。屋敷へ戻ると、東棟の勉強部屋は冷えていた。魔術の授業のために回されていた薪が、ほかの部屋へ振り分けられたのだという。
机の上にはヴォルク先生の帳面が残っていた。最初の頁には、昔の僕が『急がない』と大きく書いている。文字の形が幼くて、僕はしばらく見つめていた。急がなければ、また使えるようになるのだろうか。
その答えを知っている人は、屋敷に誰もいなかった。
◇
エレノアからの手紙は、春になっても届いていた。新しく育てた薬草が冬を越したこと。南の街道で市が立ったこと。白百合は今年も咲きそうか、という質問。僕は返事を書くたび、魔術のことに触れるべきか迷った。結局、花のことだけを書いた。
ある日、ブランドン家の使者が屋敷へ来た。父さまと母さまは長く話し合い、僕は呼ばれなかった。夕食の前、母さまが僕の部屋へ来た。
「エレノアさんとのお話だけれど、いったん白紙に戻すことになったわ」
「……婚約の話?」
「ええ」
僕は驚かなかった。
父さまが書類を閉じる音を何度も聞いていたし、使者が帰る顔も見ていたからだ。でも、驚かないことと悲しくないことは違った。
「僕が魔術を使えなくなったから?」
母さまはすぐに答えなかった。
「両家の事情が変わったの」
「僕が使えたら、変わらなかった?」
母さまの目に涙が浮かんだ。
「……そうかもしれない」
僕はそれ以上聞かなかった。数日後、エレノア本人から手紙が届いた。
『父から話を聞きました。勝手に決められて、私は少し怒っています』
その一行を読んで、僕は思わず笑いそうになった。
『でも、私たちが庭で話したことまでなくなるわけではありません。もしよければ、また花の絵を送ってください』
僕は何度も読み返した。
家族になる約束はなくなった。でも、友だちでいていいらしい。
僕は返事を書いた。
『今年の百合はまだ咲いていません。咲いたら知らせます』
そこまで書いて、ペンを置いた。
『僕はもう魔術を使えません』
そう書き足した。
紙が少し滲んだ。
僕は新しい紙に書き直さず、そのまま封筒に入れた。エレノアなら、たぶん読んでくれると思ったからだ。