補給所へ戻って二日後、僕はミラから輸送予定の表を渡された。
「次の便の時刻を、ロウと相談して決めてみて。最後はオルドさんが確認するから」
僕は嬉しくなった。
自分で考えた予定を、仕事で使えるかもしれない。僕は前回の記録を見て、休憩の場所と長さを書き込んだ。坂の手前で一度。谷を下りたところでもう一度。途中の井戸には水があるはずだった。
案を持って馬小屋へ行くと、ロウは馬の蹄を手入れしていた。
「また同じ道です。今度は休憩を多めに入れました」
ロウは紙を受け取り、指で井戸の印を押さえた。
「そこは空だ」
「え?」
「先月から水が出にくい。荷を運ぶ連中には有名な話だぞ」
「地図には井戸があるって」
「井戸はある。水があるとは限らん」
僕はまた紙を見つめた。
ロウは馬の脚を地面へ戻し、少し離れた木立を指した。
「こっちの牧草地で休める。水は桶で持っていけばいい。ただし、一頭あたり必要な量を考えろ」
「どのくらい?」
「馬の大きさと仕事で変わる。今日は俺が教える」
僕は帳面を出した。
ロウは少し呆れたように笑い、馬を一頭ずつ紹介してくれた。足の速い栗毛。坂道に強い黒毛。重い荷を引けるが疲れやすい芦毛。
「全部、同じ馬じゃないんだね」
「お前もテオも同じ人間だが、持てる荷の重さは違うだろ」
言われて、僕は笑った。
夕方、修正した予定をミラへ渡した。ミラは僕の紙を見て、首を傾げた。
「これだと、帰りが夜になるよ」
「馬を休ませると、どうしても」
「なら、途中の中継所で一泊させればいいじゃない」
「でも、宿泊の食糧が増える」
「増えるね。だから書くの」
ミラは備考欄を指した。
「予定を短く見せても、本当の時間は短くならないよ」
僕は一泊分の飼葉と食事を書き足した。数字が増えるのを見るのは、少し嫌だった。でも、足りないまま出発する方がもっと嫌だった。オルドは僕らの表を見て、何か所かに印をつけた。
「この便は急がん。それなら一泊にしろ」
僕は頷いた。
そのあとで、補給長が何気なく言った。
「予定を守るために馬を壊すな。次の便が出せなくなる」
僕は、ロウが汗をかいた馬の鼻先を拭いていた姿を思い出した。帳面の備考欄へ、もう一行だけ足した。
『帰った馬が、次も働けること』
◇
荷車が戻らなかったのは、雨が強くなった夜だった。夕方までに帰着するはずの一台が、暗くなっても門をくぐらない。テオは門の下で何度も道を見ていた。
「遅いな」
僕も隣に立った。
遠くでは雷が鳴っている。土の庭には、すでに水たまりができていた。オルドは伝令を呼び、荷車の出発時刻と最後に目撃された場所を確かめた。
「中継所は出てる。旧街道の手前だな」
ミラが帳面を開いた。
「積み荷は空袋と道具。帰り便です」
「御者は?」
「ロウさんと、若い兵が一人」
僕は胸が冷たくなった。
昼にロウへ挨拶したばかりだったからだ。
「探しに行きます」
言ってから、自分でも驚いた。
オルドは僕を見た。
「暗い中でお前が出ても、探す者が一人増えるだけだ」
「でも、何かあったら」
「だから、こちらから動くんだ。順番がある」
オルドは地図を広げ、見張り台へ連絡を送る道を指した。
「まず、道沿いの小屋を確かめさせる。雨が弱まらなければ、車を探すのは明け方だ」
僕は唇を噛んだ。
以前、兄さんは何かあるたび危ないから待てと言った。今も、ただ待つのはつらかった。ミラが僕の前へ紙を置いた。
「最後に荷車を見た人と時刻を、ここへ書いて」
「僕が?」
「できるでしょう」
僕は頷いた。
門番、荷を受け取った中継所の兵、戻ってきた伝令。それぞれの話を聞く。誰がいつ見たのかを分けて書くと、少しずつ分かってきた。ロウの荷車は、夕方の激しい雨が始まる前に中継所を出ている。
旧街道には、雨宿りできる小さな石造りの小屋が二つあった。
「もし雨を避けてるなら、この小屋かもしれない」
僕は地図の印を指した。
オルドが覗き込み、近くの兵へ言った。
「最初の巡回はここを見ろ。無理に谷へ下りるな」
兵は頷き、雨具を持って門を出た。
深夜、短い伝令が戻った。
荷車は小屋の近くにいた。
車輪が泥にはまり、ロウたちは無理に動かさず、馬を屋根の下へ入れて待っていたらしい。
「二人とも無事か」
オルドが尋ねる。
「はい。夜明けに引き上げられます」
僕は大きく息を吐いた。
膝から力が抜け、椅子へ座り込んだ。ミラが冷めた麦茶を僕の前へ置いた。
「怖かった?」
「うん」
「私も」
彼女は笑わなかった。
僕は地図の小屋へ指を置いた。
「探しに行ってたら、僕も迷ってたかもしれない」
「そうね」
ミラは帳面を閉じた。
「ここにいて、できる仕事があったでしょう」
その通りだった。
外へ走り出すことだけが、人を助ける方法じゃない。でも、夜が明けてロウの顔を見るまでは、やっぱり安心できなかった。